カテゴリー「メディア論」の記事

2009年4月22日 (水)

よく出てくる

私は毎週、アニメ関連のWEBラジオをいくつか聴いているのですが、ほぼ確実と言っていいくらい、血液型の話をしているのを、週に一度以上耳にします。ちょっとびっくりする頻度です。

いわゆる「コミュニケーションの潤滑油」的な捉えられ方なのでしょうね。もう、「当たり前」な感じになっているようです。極めてライトで、かなり信じている、という。

インターネットラジオ・TVの番組表

↑ここから面白そうなのをチョイスして聴いているのですが、せいぜい週に10本前後かな。それでも、結構血液型性格判断の話を耳にします。少なくない人達に聞かれるものだから、その影響力は、馬鹿に出来ないでしょうね。

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2009年4月11日 (土)

暴挙

対局中の羽生名人に記者がサイン求める 厳重注意(産経新聞) - Yahoo!ニュース

想像に過ぎませんが、羽生さんは、

  • 下らない事にその場で腹を立てるより、下らない事に一瞬だけ付き合い、後は忘れ去って、集中力を乱さないようにした。小さい波は、その内消える。
  • 全く気にならなかった。この程度の事では集中力は乱されず、気軽に応じた。
  • ほとんど自動的に手が動き、思考の大部分は将棋の展開に割かれていた。
  • 実ははらわたが煮えくり返るほど怒ったが、書きつつ心を鎮めた。
  • はらわたが煮えくり返るほど怒りながら勝った。

の内のどれかだったと思われます。

 休憩時間に担当者が、問題の記者に「対局中に声をかけるような行動は慎んでほしい」と注意したところ「郷田さんの手番だと思っていた。うかつだった」と釈明したという。

一見何もしていないかのように思える時にも思考がフル回転しており超絶パフォーマンスが発揮されている、というのは、将棋をほとんど知らない(指す事は出来る程度)私ですら認識出来るのですが。いや、それ以前の話な気もしますけど。色々状況を把握する事が出来ていなかったのでしょうね。

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2009年3月21日 (土)

ねじれている可能性

メモ

最近ちょっと話題になった、淡路恵子さんがドラクエに苦言、という記事⇒73歳女優が開発遅れのドラクエに「私はいつまでも生きているわけではない」と苦言 - ロケットニュース24(β)

はてブで、この事を採り上げた別記事を知ったのですが⇒淡路恵子さん(73歳)、開発遅れのドラクエに「私はいつまでも生きているわけではない」と苦言:ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd

ここにあった画像を見て、なんとなく、あれ、と思っていました。

で、さっき、自分のブログの記事を見返してたら、これが⇒Interdisciplinary: ゲームと芸能人

そこでリンクしたのがこちら⇒女優 淡路恵子 「ドラクエ」をおおいに語る - BLUE VENUS'S BED

画像が載っていますね。そして、この画像、「ぁゃιぃ(*゚ー゚)NEWS 2nd」に貼ってあるものと同じ、と言うか、直リン。

その画像を見ると、淡路さんの年齢は73歳となっています。エントリーが上がったのが2006年。今淡路さんは75歳だそうですから、明らかに、数年前の新潮の記事(Wikipediaによれば、2007年1/4・11新年特大号の記事との事ですが、週刊新潮のオフィシャルサイトにて確認出来ないので、詳細不明)。

しかし、「ロケットニュース24(β)」の記事を見ると、最近の話のように書かれている。まるで、先日のドラクエ9の延期発表を受けて、のように。と言うか、私は全くそうだと読みました。最近新潮で淡路さんが何か書かれたのだろうな、と。でもよく見れば、リンク先に、週刊新潮のどの号に掲載されたかは載っていないのですね。最近の新潮にも載った(つまり、新潮の記事で二度淡路さんがドラクエについて語った)可能性も考えたのですが、確認出来ませんでした。

いや、お前が思い込んだだけだろう、と言われればそれまでですが、上記リンクに対する反応を見ると、私と同じような読み方をしているだろうと思われるものが散見されます。

もし、リンク先の話が数年前の新潮の記事の事を指しているのだとすれば、

女優の淡路恵子さん(73歳)が、発売を延期した『ドラゴンクエストIX 星空の守り人』(以下、ドラクエIX)や、『ドラクエ』シリーズについて語っている。

この書き方は紛らわしい。ドラクエ9が発売延期したのは事実だけれども、この書き方だと、淡路さんが、発売延期の話を受けて何か仰った、と読めるので。しかし、そもそも、ドラクエ9のDSでの開発が発表されたのは、2006年末の事(参照⇒ITmedia +D Games:「ドラゴンクエストIX」ニンテンドーDSで登場 新潮の記事とほぼ同じ時期)だから、発売延期の話など関係あるはずが無い訳ですね(最初の発売延期発表は、2007年8月。参照:スクエニのリリース⇒http://www.square-enix.com/jp/company/j/news/2007/download/20070827_40.pdf (PDF) )。少なくとも、

73歳女優が開発遅れのドラクエに

これはおかしい。なぜならば、淡路さんが73歳の当時、ドラクエ9が開発遅れ、というのはあり得ないから。過去の発売延期の事も含んでいる(つまり、ドラクエは、開発遅れによる発売延期が多い、という事実を含む)、という読解は出来なくも無いけれど、それは非常に無理があります。新潮の記事を読むと、淡路さんの仰り方は、「開発が遅れる」と言うより、「続編の発売までの期間がドラクエは長い」事について、もっと短ければ楽しめるという希望を言っている、というものだからです。別に苦言では無い(語感にもよるけれど、私はあれを苦言などとは表現出来ないです)。

これらを鑑みると、元記事の記述は、間違いとは言えないかも知れないけれど、非常に紛らわしい。と言うか、なぜあのような書き方をしているのか解らない。だって、ドラクエ9の発売延期を受けての発言だと誤解しませんか、あれじゃ。記者はどういう意図で、また、どのような過程で、あの記事をあのような書き方をするに至った、のかな。

尤も、もし、

  • 淡路さんの記事が週刊新潮に最近載った
  • そこで、以前の記事とほぼ同一の内容が書かれていた

という事実があれば、書き方の問題と言うより、私の読解の問題な訳ですけれども。そうで無いとするならば、明らかに書き方がおかしい。

情報求む。※自分は「ロケットニュース24(β)」の記事をこう読んだ。実は淡路さんの、別所での同じような記事がある。等々。

普通、記事の見出しに年齢を書く場合、現在の年齢を出すものだと思います。過去の話なら、「当時」などの記述が入るはず。ここら辺も、紛らわしいのではないでしょうか。

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2009年3月18日 (水)

1割?

<早大>学生の1割「周囲に大麻所持者」半数以上が入手可能(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

タイトルに、「学生の1割」とありますね。でも、記事を見てみると、

 調査は昨年12月~今年1月、全学部生と大学院生(計約5万3000人)を対象に実施。約4700人(8.8%)から回答を得た。周囲に違法薬物の所持・使用者が「いる」と答えたのは9.9%で、

こうあります。全学部生と大学院生を対象、となっているので、全数調査ですね。それで、回答割合が約9%と(相当低いですな)。その中で約10%が、「いる」と答えたのだから、結局、約470人程度が「いる」と答えた、という事です。それをもって、「学生の1割」とするのは、どう考えてもおかしいと思います。実際に「いる」と回答したのは、全学生中1%未満なのですし。全数調査を企図したので、結果的に集まった4700人の回答をそのままランダムサンプルと看做す訳にもいかないから、推定も単純には出来ない。

可能性としては、約470人が、特定の数十人程度の事を言っている、というのも考えられますよね。クスリなんかやってる人間は噂になるだろうし、「周囲」というのが友人関係を指すとも限らないから(これは、質問文を見ないと何とも言えませんけれど)、情報があれば「いる」と答える、というのは、考えられないでは無い。

と、こういう事を鑑みれば、やはり書き方に疑問が残る訳であります。

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2009年2月19日 (木)

新聞

私、紙の新聞を読む習慣(ラテ欄だけ見るのを「新聞を読む」とは、普通は言わないと思うので)を、一度も持った事無いんですよね。これはさすがに珍しいかも。

もちろん、今はWEBを通じて記事を読むようになった訳ですが、それもたかだか7・8年(ネット始めて10年も経っていないのです)。

WEBだと、同じ出来事について書かれた複数の記事の参照がやりやすいので、良いですな。

10代の頃から、マスメディアの情報の曖昧さが気になってたんだよなあ……何でなんだろ。何となくの心当たりはあるけれども。

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このエントリーを書くきっかけ:どらねこさんのブクマ

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2009年2月14日 (土)

蜜の味?

最近、このニュースがにわかに注目を集めておるようであります⇒妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに:プレス発表:お知らせ:独立行政法人 放射線医学総合研究所

私としては、ある実証研究の一成果を紹介する際に、安易に喩え、つまり、ことわざや慣用句などを用いて「注目」させる、という書き方は、好ましく無いと考えます。特に、プレスリリースにおいてこのような書き方をするのは、よろしく無いでしょう。先日も、赤ちゃんの顔認知の話がありましたが・・。

さて、このような研究成果が発表された際には、そこから何が言えるか、また、何が「言えないか」、というのを丁寧に見ていくのが肝要でありましょう。

本来、原典を参照して検討していく、というのが適切でしょうけれども、それは専門の神経科学者や心理学者に任せるとして、ここでは、メディアに向けたプレスリリースである、という所に注目して、記事の書かれ方も含めて見る事にしましょう。

まずタイトル。※引用にあたり、文字修飾や改行を、適宜直します。部分的には追加。誤字脱字衍字は原文ママ

妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに
―妬みに関する脳活動が強い人ほど“他人の不幸は蜜の味”と感じやすいことが脳科学的に証明された―

ここで、「メカニズムが明らかに」、「脳科学的に証明された」と強調されています。メカニズム云々はともかく、「証明された」という言い回しは、慎重な実証科学者は使うのに躊躇いそうなものに思います。

「概要」部分。

ここでは、通常、人間は、他人の不幸に同情するものであるが、それだけでは無く、それを喜ぶような場合、つまり、「他人の不幸は蜜の味」という言い回しで表されるような現象があり、その脳機能との関係がそれまで明らかで無かった事、そして、その論理の一端が著者らの神経科学的研究によって明らかにされた事、が紹介されています。

今回の研究では、高橋らが考案した心理課題を被験者に与え、その時の脳内の活動をfMRI により解析しました。その結果、第1に妬みの感情には前部帯状回*3と呼ばれる葛藤や身体的な痛みを処理する脳内部位が関連していることがわかりました。次に、妬みの対象の人物に不幸が起こると、線条体*4と呼ばれる報酬に関連する部位が活動することがわかりました。さらに妬みに関連する前部帯状回の活動が高い人ほど、他人の不幸に対して線条体が強く反応することが明らかとなりました。

ポイント

  1. 著者らが心理測定尺度を考案。
  2. fMRIにより画像解析。
  3. →妬みの感情に前部帯状回が関連。
  4. 妬みの対象に不幸が起こる→線条体が活動。
  5. 前部帯状回の活動と線条体の活動に正の相関関係。

が見出された。

最後の段落では、本研究が各分野に今後与えるであろう影響を仄めかしています。心理測定法・教育への応用・カウンセリングへの応用 等々。

「背景」部分。

まず、妬みという感情について説明し、神経科学的にその感情については未だ明らかにされてこなかった事を紹介し、その研究の意義を説明しています。

このような私達が普通に感じる感情について脳内のどの部位が関係し、また感情と感情の関係についてはこれまでほとんどわかっていませんでした。また他人の不幸を喜んだり切望したりする感情は、しばしば非道徳的な行為や犯罪にも結びつきます。このように妬みは個人の生活の満足度や自己の評価にも関係し、この感情をマネジメントすることは個人や集団の心理的安定に重要です。本研究ではまず、自己と他者との関連性の強弱が妬みとそれに関連する脳活動にどのように影響するかを検討しました。次に妬みの対象者に不幸が起きた時の“他人の不幸は蜜の味”という感情を誘発する脳活動部位を同定し、さらに妬みに関連する脳活動との関連を調べました。

ここでは、他人の不幸に快感情を覚える事の問題点、それが反社会的行為に繋がる可能性、また、個人の心理的な安定に及ぼす影響について示唆しています。

「研究手法と結果」部分。

ポイントを箇条書き ※鉤括弧で括った部分は引用部

  1. n = 19 (健康な大学生)
  2. 被験者本人が主人公である物語を、被験者自身に読ませる。登場人物↓※この部分、主人公との違いや共通点がが解りやすいように、強調で示す
    • 主人公:「主人公は大学生で、学業成績や経済状況などにおいて平均的な物や特性を有している。」
    • 学生A :「被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通で、かつ被験者より上級であったり優れたな物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生B:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なるが、被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生C:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なり被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。」
  3. ここで便宜的に、
    • 主人公:平凡な男
    • A:出来る男
    • B:出来る女
    • C:平凡な女
    • とする ※「学生○の~」とすると、被験者の事と混同するので紛らわしいため
  4. 実験1:被験者がシナリオを読んだ後、各登場人物に対する……引用部が不明確なので、そのまま引用する。
    • 「学生A, B およびC に対する脳活動をfMRI にて計測した。」 ※「対する脳活動」というのは、変な表現。文脈から補うと、シナリオを読んだ直後に画像診断している、という事だろう
    • 各登場人物に対する「妬み」の強さを測定。6件法による。
  5. 結果1
    • 出来る男>出来る女>平凡な女 の順に妬みの評定は高かった。
    • 出来る男・出来る女のエピソード後には前部帯状回に活動。活動の強さは、出来る男>出来る女 だった。
    • 妬み尺度の成績と前部帯状回の活動に正の相関関係が見られた。
  6. 実験2:出来る男と平凡な女に不幸が起こる、というシナリオを被験者が読み、fMRIで測定。→出来る男と平凡な女に起こった不幸についての「うれしい気持ち」を6件法で評定。
  7. 結果2
    • 出来る男の不幸に対して→中程度のうれしい気持ち・線条体活動あり
    • 平凡な女の不幸に対して→うれしい気持ちは報告されず・線条体活動無し
    • うれしさ尺度の結果と線条体活動に正の相関関係が見られた。
  8. 前部帯状回の活動と線条体の活動とに正の相関関係が見られた。

以下、ここは考察する余地がある、という部分。青字で示す。 ※あくまで、記事を見る限りでは、という観点。詳しい所は、原典に載っているはずなので

  1. n = 19 (健康な大学生) n の大きさは充分か。標本抽出はどうか。母集団は何で、どのように抽出したか。神経科学的には、この n の大きさと標本の採り方で、どこまで一般化出来るか。
  2. 被験者本人が主人公である物語を、被験者自身に読ませる。登場人物↓※この部分、主人公との違いや共通点がが解りやすいように、強調で示す
    • 主人公:「主人公は大学生で、学業成績や経済状況などにおいて平均的な物や特性を有している。」
    • 学生A :「被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通で、かつ被験者より上級であったり優れたな物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生B:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なるが、被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生C:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なり被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。」
  3. ここで便宜的に、
    • 主人公:平凡な男
    • A:出来る男
    • B:出来る女
    • C:平凡な女
    • とする ※「学生○の~」とすると、被験者の事と混同するので紛らわしいため
  4. 実験1:被験者がシナリオを読んだ後、各登場人物に対する……引用部が不明確なので、そのまま引用する。
    • 「学生A, B およびC に対する脳活動をfMRI にて計測した。」 ※「対する脳活動」というのは、変な表現。文脈から補うと、シナリオを読んだ直後に画像診断している、という事だろう 読むのと計測との間に、どの程度の時間的な開きがあったか。言語的教示はどうだったか。
    • 各登場人物に対する「妬み」の強さを測定。6件法による。 この尺度は標準化されたものか。妥当性・信頼性は充分か。単に一つの質問を尺度として用いたのか、それとも他の質問も含んだ尺度として構成されていたか。そもそも、対象に対して妬みを感じるか、という質問をストレートに行うのが適切か。
  5. 結果1
    • 出来る男>出来る女>平凡な女 の順に妬みの評定は高かった。 この評定を、シンプルに間隔尺度のように扱って良いか。平均(なのか?)を出して比較して良いか。この差をどの程度実質的に意味あるものと見るか。検定などは行ったか。行ったとすればどの手法だったか。 ※ポイントは恐らく、平凡な女に対する評定の低さ(グラフ上では0に近い)にあるのでしょう
    • 出来る男・出来る女のエピソード後には前部帯状回に活動。活動の強さは、出来る男>出来る女 だった。 帯状回の活動をどのように測り、強さをどう評価するか、というのを詳しく知らないので、保留
    • 妬み尺度の成績と前部帯状回の活動に正の相関関係が見られた。 そもそも、横軸を「妬みの強さ」として本当に良いのか。上にも書いたが、その尺度はきちんと作成されたか。「妬み」という構成概念をきちんと測るものなのか。縦軸の(%)って、どういう意味なんでしょう。脳画像全体に占める割合? ピクセルとかボクセルとかの。縦軸をああいうスケールで取って見るくらい、1%と2%の差というのは大きいって事なのかな。分解能の高さと領域の大きさによる、か。
  6. 実験2:出来る男と平凡な女に不幸が起こる、というシナリオを被験者が読み、fMRIで測定。→出来る男と平凡な女に起こった不幸についての「うれしい気持ち」を6件法で評定。 「妬み」の所と同様。下も大体同じ。
  7. 結果2
    • 出来る男の不幸に対して→中程度のうれしい気持ち・線条体活動あり
    • 平凡な女の不幸に対して→うれしい気持ちは報告されず・線条体活動無し
    • うれしさ尺度の結果と線条体活動に正の相関関係が見られた。
  8. 前部帯状回の活動と線条体の活動とに正の相関関係が見られた。 図を見る限り、そんなには高く無さそうだけれども…。どのくらいかな。ところで、原点が0で無いのは何故?

「本研究の成果と今後の展望」部分。

について書こうと思ったけど、力尽きた…。コメント書いてねっ。

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図4の散布図ですが…。

もしかして、相関係数(ピアソン)、0.4ちょっとじゃないですか? 0.43くらいと見た。で、帰無仮説: ρ = 0 を棄却出来ないような。と言うか、いずれにしても、n = 19 だと、かなり(95%)信頼区間が広くなりますかね。

全然違うかもですけど。

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2009年2月 5日 (木)

対照的。そして「蛇足」

片や⇒ママまっすぐこっち向いて…横顔わからぬ5か月児(読売新聞) - Yahoo!ニュース

片や⇒赤ちゃん、8カ月までに横顔認識-中大・生理学研が確認:日刊工業新聞

同じトピックを紹介した記事なのに、味付けによってこれほど印象が変わるのだ、という一例。

研究は、脳画像診断によって、(8ヶ月児に対して)5ヶ月児はどうやら横顔を顔として認知はしないようだというのを生理学的に実証したもの。発達心理学的には、注視時間等を尺度として、乳児の認知を研究しますが、それの生理学的な部分が脳画像的に明らかになった、という事で、大変興味深いものです。

ここで、タイトルの比較。まず読売。

ママまっすぐこっち向いて…横顔わからぬ5か月児

いかにも情緒に訴えかけるような書き方。記事内容とも併せて、5ヶ月時では横顔は顔として認知されないから子育ての際には正面から見た方が良い、という印象を強く与えるようなものとなっています。

工業新聞。

赤ちゃん、8カ月までに横顔認識-中大・生理学研が確認

読売と全然違いますね。こちらは、5ヶ月児と8ヶ月児を比較して研究したのを踏まえて、5ヶ月から8ヶ月の間に横顔の顔認知が形成されるようだ、というのを説明しています。

次に、論文著者のコメントを紹介。読売から。

 実験を行った同大の仲渡江美研究員らは「特に月齢の低い赤ちゃんとは、目と目を合わせて接することが大事だ」と話している。

工業新聞。

親子間でコミュニケーションを取る際「月齢の低い赤ちゃんには、正面を見て話すことが大事と示唆される」(中央大の仲渡江美研究員)という。

明らかに印象が違いますね。ちょっと詳しく解らないのですが、これって、各社の取材に答えたのでしょうか。

工業新聞の方は、科学者として、とても慎重な言い方ですよね。「大事と示唆される」という表現。当然、月齢の低い赤ちゃんが横顔を顔として認知しない可能性が生理学的に確認された、という事なので、それは愛着(attachment)の面から言っても、とても重要な現象である、というのは言えます。正面から向き合う頻度が発達に何らかの影響を及ぼす、というのは、理論的にも的外れなものでは無いでしょう。ですが、それはまた別の実証の文脈なので、「大事と示唆される」という言い方に留まる。従って、工業新聞の方の仲渡氏の発言は、うん、確かにそうですね、と科学的にも納得のいくものです。

で、読売の方。これは、タイトルとの相乗効果があるかも知れません。つまり、タイトルで、いかにも赤ん坊が「訴えかける」ような書き方をしていて、その印象のまま読めば、「え、この研究だけからそんな事が言えるの?」と感じてしまうかも知れません。また、冒頭で、

 赤ちゃんを抱きながら、携帯電話などに夢中のパパやママはご用心--。

このような書き方をしていますからね。記事を面白くしようとしたのでしょうが、余計な部分とも言えるでしょう。

もちろん、実際に仲渡氏がどういう発言をしたか、というのも考えるべき所ですね。実際には慎重な物言いをしていたとしても、不本意な要約をされる、という可能性はあると思います。工業新聞の慎重な感じからすると、読売は若干不用意にも取れるので(タイトルなどでバイアスが掛かった、という可能性もあるけれど)。※プレスリリースのようなものが出た、というのも考えられますけれど、それにしては、内容が違い過ぎると思うので

それにしても、読売新聞の記事の書き方の微妙な事よ。せっかくの興味深い研究結果なので、あまり余計な味付けはしちゃいかんですよ。

参考資料

山口真美 研究室 -中央大学文学部 心理学研究室・科学技術振興機構 さきがけ

Wiley InterScience :: JOURNALS :: Human Brain Mapping

日本心理学会 第72回大会

新学術領域研究学際的研究による顔認知メカニズムの解明

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2008年11月12日 (水)

今はもう大丈夫だろう的な雰囲気

『AERA』11/19:血液型性格判断を肯定|ほたるいかの書きつけ

雑誌の意見としては中立……と言えば聞こえはいいけれど、要するに、これまでの知見を無視している、という話。

これは、はてブ経由で⇒Business Media 誠:血液型で見る、歯ブラシ1本の交換期間 (1/2)

ジョンソン・エンド・ジョンソンのプレスリリース⇒プレスリリース | ジョンソン・エンド・ジョンソン

血液型別の歯ブラシの交換時期を調べたそうです。何じゃそりゃ。

なんか、今はもう、強い関連があると断言しなければ適当な事言っていい、と思ってるんじゃないですかね。かなりひどいんですが。後者は別に、性格云々と直接言っている訳ではありませんけれど、医療に関わる企業が、

歯ブラシの交換時期の目安と言われている1ヶ月以内に歯ブラシを変えているのはB型が一番で29.9%。

◆歯ブラシの交換時期は?
  1ヵ月以内に交換している割合が多いのは、B型、A型、AB型、O型の順。
  1週間以内に交換している割合が多いのは、AB型。

◆もてるためには、「白い歯」が重要?
  「重要」と感じているのは、O型女性(重要度71.0%)。
  「重要でない」と感じているのは、A型男性(重要度49.6%)。

こんなものをプレスリリースに載せてどうするんですか。誰も何も言わなかったのかな。少なからず、株を下げるでしょう。医療従事者はどう思うでしょうね。

サンプルは信頼出来るのか、というのは、いつもの通りです。

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2008年11月11日 (火)

詳しく調べる事を勧めます2

Interdisciplinary: 詳しく調べる事を勧めますの続きです。

(本) ゲーム脳の恐怖 - Dr ミカのメモ帳: 脳・栄養・心 (発達障害) - Yahoo!ブログにて、anomyさんや私へ返答がありました。ご自身の主張に反する意見を冷静に受け止めて頂いて、ありがたいです。

さて、森昭雄氏の論は、端的に言って、破綻しています。あらゆるレベルで矛盾や自分勝手な解釈をした部分があり、科学と呼べる代物ではありません。

コメント欄からいくつか引用します。

森昭雄教授は本の中で「ゲーム脳」の定義を説明していますが、
あなたの「ゲーム脳」の定義とは違うのでは?と感じました。

anomyさんのエントリーへの返答です。

森氏の本を読むと、ゲーム脳の明確な、定量的な定義は見出せないはずです。グラフのパターンの分類のように見えるかも知れませんが、同じようなグラフに別の解釈をしている所もあります。

「前頭前野の活動が低下」という部分、生理学的に賦活していないという意味なら、そういう研究結果はあります(ある種のゲームのプレイ時において)。しかしそれは、認知機能等の低下を即示す訳では全くありません。参照⇒テレビゲームが脳に与える影響

そして、この学生たちの80%が、自分はすぐキレる、
すぐ忘れ、忘れ物が多いなどをコメントしているとのこと。

このような、単なる自己申告では、科学的に充分とは全く言えません。仮に、忘れ物が多いというのが合っているとして、それを「脳の機能低下」に即結び付けてはなりません。

この本に対する受け止め方が、貴方と私で違うようですね。
この本を、貴方は読みましたか?

受け止め方の違い、と相対化してはいけません。森氏の論は「間違っている」のですから。

私は、森氏の本について、当ブログで詳しく検討しました。大部ですが、ご覧頂ければ幸いです⇒Interdisciplinary: 『ゲーム脳の恐怖』を読む

また、ゲーム脳論の問題点を平易にまとめたQ&Aもあります。よろしければご覧下さい⇒ゲーム脳Q&A

ゲーム脳は、まともな概念の定義も無く、科学としての方法や手続きも踏んでいないにも拘らず科学的に実証されていると謳っている説として、多数の科学者・専門家から批判を受けている説です。恐らく、批判がある事自体はご承知と思います。上に出した私のテキスト等の批判的言説も吟味して、冷静にご判断頂きたいと思います。

子ども達の健康について考えるならば、森氏の論を受け容れるというのは、良策であるとは言えないのです。

森氏の専門が「脳神経科学」であるというのは、最近森氏のプロフィールにも載っているので、あながち間違いとは言えないようです。ただ、ゲームのような文化が認知や行動にどう影響を与えるか、というのは、実験科学的な論点だけでは無く、広く文化や社会を射程にした方法を用いる必要がある訳です。その意味で言えば、全く不充分であると考えられます。もちろん、実験的な手続き自体が全く不足しているという部分は押さえておくべきで、それは、このブログの一連のエントリーで指摘しています。

ゲームによる認知や行動への影響という面を研究している科学者として、坂元章氏(お茶の水女子大学教授。社会心理学)が挙げられます。冷静で客観的にゲームの影響について研究しておられる第一人者ですので、もしゲームの影響に関心がおありでしたら、坂元氏の著作を参照するのをお勧めします。

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森氏の専門分野について

昨日も書きましたが、改めてエントリーを。

森昭雄氏に関して、これまで、森氏は脳神経科学者だと本に書いてあり、メディアでも紹介される事があるが、実はそうでは無い、という批判がなされてきました。

しかし現在、日本大学のサイトの教員情報に、専門分野が「脳神経科学」と明記されています⇒日本大学文理学部 人文科学研究所

いつ頃書かれたかは定かではありません。私は日大のサイトを、一年に数回はチェックしているはずなので、それほど以前では無いとは思うのですが、いつの間にか追加されていて、驚きました。

さて、今までは、森氏は脳神経科学者では無い、日大のサイトを参照の事、と言ってきた訳ですが、これからは、単純にそう言うだけでは不充分であり、情報としても不正確なものである、と考えられます。

教えて頂いたところ、専門分野を大学のサイトで謳う事等は自己申告で、関連の研究者の弟子筋であったりすれば、特に問題も無く名乗れるという事だそうです。従って、これからは、森氏は脳神経科学者では無い、と言うのではなくて、森氏は脳神経科学専門と言っているが、実は業績的には……と説明するのが正確であると思います。実際、公式の場でそれが専門であると謳っている所を鑑みても、「脳神経科学者では無い」と端的に言って批判するのは妥当では無くなった、と考えて良いでしょう。公的な資格のような、明確に判断出来るものでも無いですしね。

いくらおかしな事を言っているとしても、批判は、正確な情報に基づいて行われなければならないので、ここら辺は押さえておくべきだと考えます。

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2008年11月10日 (月)

詳しく調べる事を勧めます

(本) ゲーム脳の恐怖 - Dr ミカのメモ帳: 脳・栄養・心 (発達障害) - Yahoo!ブログ

コメントへの反応などを見ると、強く信じ込んでいるようです。

聞き入れて頂くのは難しいでしょうけれど、いくつか事実誤認があるので、そこを指摘したいと思います。誤った情報を広めるのは良くありませんので。

森昭雄・日本大学大学院教授

えっと、「大学院教授」って肩書きは一般的なんですかね? 少なくとも、森氏はそう紹介される事は無いかと思います。

「ゲーム脳の恐怖」には、脳波データを用いて解説しています。
この本を読むことをお薦めします。(コメント欄)

ゲーム脳になっている人が、テレビゲームをしている最中の脳を
脳波計で測り、痴呆者の脳と同じようなパターンになることを
実際のデータで説明しています。(コメント欄)

森氏の用いた機器に関しては、信頼性が疑われる物であると各所で指摘されています。また、それによって認知症が診断出来るという説は、全く科学的根拠はありません。

森昭雄教授は、脳神経科学が専門で、(コメント欄)

※ここ重要。意見求む。森氏の専門は元々神経科学ではありません。尤も、今はプロフィール(日本大学文理学部 人文科学研究所:森昭雄)に書いているようですが(書かれてしまっては、業績を考慮するしかないでしょうね。Q&Aに補足しといた方がいいかな。それにしても、大学の関係者は何も言わないの?)、そちら方面でのまともな論文は無く、ゲーム脳論に関する信頼出来る論文もありません。※森氏の専攻が脳神経科学では無い、という批判の指摘の説得力が乏しくなりましたね。業績まで見る人は少ないだろうから。

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2008年11月 9日 (日)

寝屋川調査のデータとグラフ

魚住絹代 『いまどき中学生白書』より、『メディアの利用状況と認知などへの影響に関する調査』(2005)、通称「寝屋川調査」(以下、「寝屋川調査」と記述)に関するデータについて書かれている部分を検討し、掲載されているグラフについても言及します。

以下、「本書」と記述した場合、『いまどき中学生白書』を指します。

○寝屋川調査のデータ

 二〇〇五年七月に行われたアンケートには、寝屋川市、そして、講演を通じて知己を得た長崎県の教育庁、教育委員会、東京都の中学校の生徒、保護者計四千七百六十二人に協力を求め、三千五百人余が回答してくれた。(P12)

▼時期

2005年7月

▼場所・調査対象

寝屋川市・長崎県・東京都の中学生、保護者

▼調査人数

回答の依頼:4762人

回答人数:約3500人

▼調査法に関して

 精神医学の専門家などの協力を得て、調査が医学的・科学的な裏付けを持つようにした。(P12)

▼集計

寝屋川市教育委員会、寝屋川市立中学校のスタッフ

▼問題点

  • サンプルが無作為に抽出されたものでは無い。たとえば、社会調査でよく用いられるような、層化多段抽出法のような方法は採っていないようである。
  • 従って、当該調査によって得られたデータを検定した場合(本書では行われていないが、岡田の著作では、たびたび検定の結果が書かれている)の確率論的な根拠が失われる。目標母集団(調べたい全体)はおそらく、全国の中学生とでもなるであろうが、達成母集団(実際に得られた、あるいは一般化出来る集団)としては、可能な限り一般化したとしても、各地域の中学生(と保護者)総体となるだろう(これも無理な仮定であるが)。
  • 精神医学の専門家などの協力、とあるが、質問項目等、どのような専門家が関わっていたのか、甚だ疑問である(当ブログの他のエントリーを参照の事)。

○グラフの検討

本書に掲載されているグラフを、いくつか紹介する。新たに筆者が同じようなグラフを作成した。

注意点

  • 必ずしも正確な数値が書かれている訳では無いので、大体同様だと視覚的に確認出来るよう、適当に数値を入力した。
  • 本書では、グラフが掲載されてあるページに、タイトルとして、たとえば「ゲーム族には偏食が多い」などの、その節での主張とグラフの解釈の文言が当てられており、グラフによっては、下部にそのグラフを説明する文章が書かれている。本エントリーに掲載するグラフのタイトルは、そのタイトルをそのまま用い、縦軸・横軸の文もそのまま引用した。
  • 本書のグラフは、ほぼ3Dグラフである。それも再現した。
  • グラフのカテゴリーに、「3時間(くらい)以上」とあるが、これは、グラフによって、最も大きいカテゴリーが、「3時間以上」と「4時間以上」の場合があるからである。最大が「4時間以上」の場合には、「3時間くらい」とする。
  • あくまで参考として、再現したグラフを掲載するので、不正確な部分がある事をお断りしておく。
  • 「▼」の後に、「○□△(Pxxx)」と書いた場合には、文が、グラフが掲載されている節のタイトル、「Pxxx」は、節が始まるページ数。
  • グラフは、クリックで拡大。

▼ゲーム族は偏食が多い(P49)

P50_html_m669237e9

一日のゲーム時間が長い子どもほど、偏食が多い。三十分程度の子に比べ、三時間以上ゲームをする子は三倍以上、二時間以上の子は倍以上である。(P50)

この節、「ゲーム族の子は、なぜか肉が好きなケースが多いと感じる。もっとも、これはきちんとした統計に基づくものではなく、経験的な話である。」(P49)という記述もある。

▼落ち着きがなく、注意散漫(P51)

P52_html_719e5fcd

長時間ゲームをする子は、注意散漫で、ミスが多くなる。一日三時間以上ゲームをする子の場合、三割以上が「注意散漫」と自己認識している。(P52)

他に、「じっと座っていることができず、たえず動きたがる」、「気が散りやすく、よくよそ見をしたり、忘れ物やミスが多い」などの質問への回答(いずれも保護者回答)を参照しているようである。

▼傷つけられると仕返ししたくなる(P55)

P56_html_m302ab316_2

ゲーム時間が長い子どもほど、傷つきやすく、それを根に持つ傾向がある。四時間以上ゲームをする子は、まったくゲームをしない子に比べ顕著にその傾向が強い。(P56)

「仕返し」と「復讐」では随分意味合いが異なるように思える。

この質問に答えた子どもについて、「全体で19.7%であったのに対し、四時間以上ゲームをやる子は約二倍だった。」(P55)とある。何が二倍だったのかすぐには解らないし、「4時間以上ゲームをする」子どものカテゴリー内の割合だとしても、全体での割合と比較して何の意味があるのか不明である。

▼無気力・無関心・投げやり(P60)

P62_html_m5dc824f0

ゲーム族は、「新しいもの」を好まない。ネット族、メール族、マンガ族らに比べ新奇なものに対する興味を持つ度合が半分程度で、目立って低い。(P62)

2倍といっても10%と20%との差。しかも標本調査であり、更には、無作為で無いので、誤差の評価、一般化も出来ない。また、保護者の回答である。「とても新しいもの」というのが何を指すのか不明。

▼人付き合いは苦手(P67)

P68_html_m4047a863

もともと社交的だった子どもが、長時間ゲームをすることで内向的になっていく傾向がある。ゲーム時間が長いほど対人関係に消極的になる。(P68)

心理学的に、内向性の高さと社交性の低さは同じでは無かったはずである(詳細未確認)。いずれにしても、既存の測定尺度は使われていないようである。

縦軸の説明が意味不明。質問は、「人付き合いや集団行動は苦手」(子ども回答)、「やや消極的で、人と接するのがとても苦手」(保護者回答)であるのに、何故縦軸が、時間的な変化を反映したものであるかのように説明されているのか。「幼い頃の対人関係について問うと、必ずしも消極的な子どもでなかったことがわかる。」(P69)という記述があるが、ここのグラフの割合がいかにして導き出されたのかは、全く不明である。

▼対人依存症(P105)

P106_html_m14d98c22

ゲーム族と対照的に、メール族は人との交流を好む。ゲーム族、ネット族と比べると、「人と接するのが好き」と答えた割合が顕著に高い。(P107)

保護者回答である。横軸の「熱中しているメディア」というのがどこから導き出されたのか解らない。中学生が心理テストに答えて云々という記述があるが、寝屋川調査での話なのか、別の話なのか、不明である。

見出しに「依存症」と書くのはミスリーディングである。

▼メル友をストック(P119)

P121_html_1dc1b620

一日にやりとりするメールの数が多い子どもは、「友達になったり、絶交したり」が激しい。とくに一日五十通以上メールをする子は、顕著にその割合が高い。(P121)

何故かここでは、他の部分では見られなかった、回答の2つのカテゴリーをグラフにしている。しかし、これも何故か解らないが、積み上げ型の棒グラフで描かれている。

「絶交」という概念は解りにくい。いわゆる「ケンカ」との境界も曖昧。

▼きまぐれで衝動的(P124)

P126_html_m104ef39f_2

一日にやりとりするメールの数が増えるにつれて、気分の起伏が激しくなる。一日五十通以上メールをする子どもは、半数近くが起伏が激しいと答えている。(P126)

「差が激しい」というのも、多分に主観による違いがあるだろう。

その他に、「あまり考えず行動したり、危険なことをしてしまうことがある。」という質問もあったようである。

グラフを見ると、縦軸の目盛りは5刻みで、それほど大きく違うのか、という疑問も出る。そこで、違うグラフを作成してみた。

P126b_html_m4717075f

何件法か判らないので、便宜的に、カテゴリーを2つにして帯グラフを作成した。随分印象が変わると思うが、いかがだろうか。

それ以前に、メールの頻度に関して、何故このような階級分けをしているのか、全く意味が解らない。何故、「20通以内(この”以内”というのもよく解らないが)」の次が、「50通以内」なのか。

▼メール族の生い立ちと家族(P134)

P135_html_m18589ee5

ゲーム族やネット族が「親に認めてもらいたい」と考えているのに対して、メール族は「友達や先輩」と答える率が高く、「親」を逆転している。(P135)

この節、「甘やかされて育ったと思う」という問いに、メール族(今更だが、「○○族」の定義は不明)の約45%がいいえと答えた事から、「メール族は親に甘えることができなかったと感じている子の割合が図抜けて高い」(P134)としているが(他に、「ほめられるより叱られることのほうが多かった」と回答した頻度が高いとしている)、「甘える」と「甘やかされる」は、異なる概念であろう。

P137_html_26c0dc9a_2

メール族の保護者に対するアンケートによると、小学生までに愛情不足の時期があった子どもは、「メール中毒」になりやすい傾向がみられた。(P137)

※縦軸の説明が切れているが、「就学前」である。

このグラフ、目盛りの上限が12%である。いかにも、差を強調している意図が見える。そこで再び、別のグラフを作成してみた。

P137b_html_m322f4e5_2

何度も書いているが、サンプルが無作為で無いから、このデータから、検定等によって母集団について言及する事は難しい。出来るとしても、母集団を限定する必要があるだろう。

仮に、これを記述統計的なデータと看做すとすると、調査対象の保護者の回答の構成比、としか見る事が出来ない。そこでのこの程度の差を意味あるものと看做せるかどうか、という疑問が出てくる。

肯定割合が、最大のカテゴリーでも12%以下である。従って、他の選択肢が何であったか、という所について疑問が出てくる。仮に、「肯定」、「否定」の2つであったとすると、全てのカテゴリーで90%近くがこの質問に否定的に答えたという事だから、全体としては極めて親子関係は良好である、と解釈する事も可能である(あくまで仮定)。

------------

どうでした?

わたし的には、こんなものが本に載り、新聞で紹介され、電子メディアの害悪を訴える著作の論拠とされる事そのものが、信じがたい話であると思うのです。

ここに載せたグラフは、あくまで一部分です。

とにかく、概念の定義が無い。何の何に対する割合かがはっきりしない。解釈が自分勝手。特に、○○族というのは、ゲーム脳や半ゲーム脳に匹敵する不明確さ。

根本的な問題として、このようなデータからは、より大きな集団について一般化するのがほとんど不可能である、と言えます。にも関わらず、魚住氏は全体の傾向であるかのごとく言い、岡田氏は、検定などしてしまっている訳です。

garbage in, garbage outみたいなもので、本来、検討にすら値しないようなものだと思うんですけどね。何故だか、鵜呑みにする人がいる。

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2008年11月 7日 (金)

岡田氏の論拠2

脳内汚染関連のエントリーを続けます。

岡田氏の主張とその論拠について、簡潔にまとめてみます。「▼」の後に、節の見出しを引用し、岡田氏が援用した論拠を示します。

▼覚醒剤の静脈注射にも匹敵(P46)

テレビゲーム中のドーパミンの分泌を調べた研究。ゲームプレイによるドーパミン放出の増加が、覚醒剤(アンフェタミン。0.2mg/kg)の静脈注射時と同等。

論拠

  • M.J.Koepp et al., "Evidence for striatal dopamine release during a video game"(nature 1998)

▼ゲーム・ネット依存は治療の対象となる病気(P52)

マレッサ・オルザックやキンバリー・S・ヤングらの診断基準を紹介。ゲームやネットの依存を治療するクリニックの増加を指摘。

論拠

  • K.S.Young, "Internet Addiction: The emergence of a new clinical disorder" CyberPsychology and Behavior, 1 (3) 1998

▼各国のゲーム、ネット依存の調査(P61)

イギリス・アメリカ・ノルウェーの調査を紹介。日本での調査として、魚住の調査を紹介。

利用実態や依存症状のみならず、認知の傾向や発達の問題、家庭環境などの背景要因にまで踏み込んで調べた点は、世界的に見ても、非常に画期的な調査である。本人のみならず、保護者からも回答を得ることで、非常に精度の高いデータとなっている。(P62)

論拠

  • M.D.Griffiths et al, "Dependence on computer games by adolescents" Psychol. Rep. 82 (2) 1998
  • A.Johansson and K.G.Götestam, "Problems with computer games without monetary reward: similarity to pathological gambling" Psychol. Rep. 95 (2) 2004
  • 魚住絹代 「メディアの利用状況と認知などへの影響に関する調査」 2005

▼恐ろしい中長期的影響(P64)

 しかし、ゲーム、ネット依存で本当に恐ろしいのは、依存症状よりも、長期間使用を続けた場合の中長期的な影響である。その点も非常に薬物中毒に似る(P64)

一般的な薬物中毒の精神医学的な解説。ゲームによる症状についての具体的記述は無し。

▼テレビが村にやってきた(P81)

テレビによる悪影響の説明。テレビが無い地域にケーブルテレビが引かれた。その前後の変化について研究(タニス・ウィリアムズらによる)。テレビが、特に子どもに悪影響(暴力性を高める等)を与える事を示唆。

▼重要な幼い日の体験(P83)

アメリカのローウェル・ヒューズマンらのコホート研究を紹介。

  1. 8歳までにどれだけテレビを見ていたかによって、30歳までに犯した犯罪行為の程度を予測出来た。
  2. 30歳の時点での攻撃性の強さや犯罪歴は、今の時点より、8歳の時点でどれだけテレビを見ていたかに左右された。
  3. 8歳の時点でテレビをよく見ていた人は、親になったときに、子どもを厳しく罰する傾向があった。

これらが示されたと主張。

論拠

  • L.R.Huesmann et al., "Longitudinal relations between children’s exposure to TV violence and their aggressive and violent behavior in young adulthood: 1977-1992" Dev. Psychol. 39 (2), 2003

▼因果関係の認定と法的規制(P84)

アメリカのブランドン・センターウォールの報告書によって、テレビの発達への影響、攻撃性・犯罪増加との因果関係が示されたと主張。

テレビ所有率と殺人率との関係を示した、何を描いているか非常に解りにくいグラフを載せている(Centerwallの原著のグラフを改変)。

岡田によれば、

 さらにセンターウォールは、さまざまな疫学的データを検証した上で、アメリカで起きる殺人の原因の半分がテレビによると因果関係を断定したのである。(P87・89)

論拠

  • B.S.Centerwall, "Television and violence The scale of the problem and where to go from here" JAMA 267 (22), 1992

▼覇気のない青年(P136)

グラフが紹介されている。魚住の著作(『いまどき中学生白書』)にも同じようなグラフが示されている。同じような種類のグラフがたびたび載っている。

ここでのグラフは、横向きの棒グラフ。縦軸:「1日平均のゲーム時間」、横軸:”「何事にも無気力で興味がわかない」と答えた子の割合”(%) となっている。縦軸は、「まったくしない」、「30分くらい」、「1時間くらい」、「2時間くらい」、「3時間くらい」、「4時間以上」。カテゴリーとして選択させたのか、自由に記述させて階級に分けたのかは不明。ヒストグラムでは無く棒グラフである事から、カテゴリーデータと思われる。「4時間以上」とまとめている所や、1時間刻みである所(何故30分刻みが混じっているのか?)の理論的根拠が不明。

質問に対する回答の選択肢(何件法か、等)も不明。

単純集計の度数分布図で無いのに、棒グラフにしている。従って、%の合計は100にならない。だから、一般的な、相対度数とカテゴリーとの関係を視覚的に把握する図では無く、帯グラフを一部切り出したような図になっていて、非常に紛らわしい(しかも、横軸は、25%までしか目盛られていない)。質的変数同士の関係なので、通常は、帯グラフやクロス集計表(分割表)が用いられる。

以前、魚住の著作を参考に作成したグラフがあるので、再掲する。全然違うグラフだったので、後で載せます。追記:岡田氏の本を元にグラフを作成(クリックで拡大)。グラフの向きを縦方向にしました。

Nounaiosengurahu1

この右側にあるようなグラフが頻出する。そして、分母が異なるにも拘らず、「○○は□□の何倍」と記述している。意味が無い事は無いが、紛らわしい。

岡田は、このようなグラフを図示し、そこに、検定の結果を示している。多くのグラフの説明に、カイ二乗検定を行ったとある。たとえば137ページでは、有意確率は0.0001とあるが、n=1830と巨大なサンプル。それ以前に、サンプルの無作為性に疑いが持たれるので、検定の結果をどこまで一般化出来るか(目標母集団と達成母集団との違い)は疑問である。

------------

取り敢えず、前半はこんな感じ。後半は、発達障害との関連等について書かれています。

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2008年11月 6日 (木)

岡田氏の論拠

参考資料として、『脳内汚染からの脱出』に載っている参考文献をメモしておきます(取り敢えず、日本語のものだけ)。WEBに参照出来るページがある場合、リンクを張ります。

○書籍

○報告書、論文

情報メディア白書〈2005〉 情報メディア白書〈2005〉

販売元:ダイヤモンド社
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CESAゲーム白書〈2005〉 CESAゲーム白書〈2005〉

販売元:コンピュータエンターテインメント協会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

CESA一般生活者調査報告書―日本・韓国ゲームユーザー&非ユーザー調査〈2005〉

子どもの放課後改革がなぜ必要か―「放課後の過ごし方」で子どもの人格は変わる? (学級教育の改革シリーズ) 子どもの放課後改革がなぜ必要か―「放課後の過ごし方」で子どもの人格は変わる? (学級教育の改革シリーズ)

著者:明石 要一,川上 敬二郎
販売元:明治図書出版
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テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している! (危険警告Books) テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している! (危険警告Books)

著者:片岡 直樹
販売元:メタモル出版
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いまどき中学生白書 いまどき中学生白書

著者:魚住 絹代
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

心が脳を変える―脳科学と「心の力」 心が脳を変える―脳科学と「心の力」

著者:ジェフリー・M. シュウォーツ,シャロン ベグレイ
販売元:サンマーク出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

脳内汚染 (文春文庫 お 46-1) 脳内汚染 (文春文庫 お 46-1)

著者:岡田 尊司
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

脳内汚染 脳内汚染

著者:岡田 尊司
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

悲しみの子どもたち―罪と病を背負って (集英社新書) 悲しみの子どもたち―罪と病を背負って (集英社新書)

著者:岡田 尊司
販売元:集英社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年11月 3日 (月)

ややこしい

脳内汚染からの脱出 (文春新書 573) Book 脳内汚染からの脱出 (文春新書 573)

著者:岡田 尊司
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

図書館で借りてきて、ざっと再読しました。

やっぱり、ややこしい本ですね。

岡田氏の論は、かなりムチャクチャです。でも、知識に乏しいと、見抜くのはやっぱり難しいかも知れない。ゲーム脳本よりは圧倒的に難しい。

色々ごちゃごちゃ集めて書かれると、尤もらしく見えるんですよねえ。更に、小説風の味付けもしてあり、恐怖感を煽る内容になっている。ややこしい。

この本では、論拠として、大規模な社会調査である(と岡田氏が認識している)寝屋川調査が援用されている訳ですが、それがそもそもおかしいのですね。

岡田氏は、何回も何回も、統計的に有意である事を協調しています。しかも、寝屋川調査のデータを元にした、独立性の検定。そもそも標本の無作為性がとても怪しいのに、検定をして一般化出来るのか、という問題がありますし、また、有意確率を「関連の強さ」の度合として誤認させるような書き方が散見されます。例:「p=0.0000というのは、間違いである確率が十万分の五未満であるということである。こうした強い関連性が、偶然の支配する現実の現象で観察されることは滅多になく、その場合、そこには因果関係が存在することがおおいのである。」(P63)

寝屋川調査では、ゲーム・ネット依存についてのチェックリストが用いられていたそうですが、これも疑問を持つ内容。そもそも信頼性や妥当性が本当にきちんと確認されているのか、というのもそうですが、何よりおかしいのが、その解釈。

そのチェックリストは、全部で8項目。4件法です。一つ挙げると、「ゲームやネットができないことで、イライラしたり、落ち着かなくなることがある。」という質問。回答の選択肢は、「よくある/ときどきある/あまりない/まったくない」という具合。

それで、ですね。「ときどきある」を1点、「よくある」を2点として得点をつける訳なのですが、その解釈が非常に疑問。抜粋しましょう(P65)。

判定基準

0点  依存傾向なし  49.7%が該当
1~3点  要注意  28.6%が該当
4~7点  軽度依存レベル  16.0%が該当
8~11点  中度依存レベル  4.3%が該当
12~16点  重度依存レベル  1.4%が該当

こういう具合です。

これ、おかしいと思いませんか? だって、「ときどきある」が一つでもあれば、「要注意」であると判定されるんですよ。しかもこのチェックリスト、「依存」という精神医学的な概念を調べるものなのです。更に、です。質問項目には、こんなのもあるんです。

止めさせようとしたら、怒り出したり、暴言、暴力になったことがある。

典型的なダブル・バーレルですね。これだと、怒り出したのか暴言を吐いたのか、あるいは暴力に走ったのか、全然解らない。止めさせようとすれば怒り出すというのは、どんなものでも起こり得る訳です。それを、「暴言・暴力」というかなり強い言葉とくっつけている。

こういうのが出てきて、メディアでは数値だけ発表される訳ですね。たとえば、依存の危険がある人が半数もいた、というように。実際岡田氏自身、「逆に言うと、中学生の約半数に何らかの依存症状が認められたことになる。」(P64)と解釈しているのです。「症状」ですよ。そしてその実態は、質問に一つでも「ときどきある」あるいは「よくある」を答えた人が半数いた、という事に過ぎないのです。

岡田氏の著作や主張には、この手の論が散見されます。実にややこしい。

最後に、上で紹介したチェックリストを全部、ちょっと変えて書いてみましょう(P65を元に一部改変して書く)。

  1. ○○や□□ができないことで、イライラしたり、落ち着かなくなる。
  2. 家族や友人と過ごすよりも、○○や□□を優先することがある。
  3. ○○や□□に熱中しすぎて、学校(仕事)のことがおろそかになったことがある。
  4. 時間を決めてやろうとして、守れなかったことがある。
  5. やりすぎて、夜が遅くなったり、朝が起きられなくなったことがある。
  6. していることをごまかしたり、ウソをついたことがある。
  7. やりすぎて、手や目や頭や腰などが痛くなったり、体調が悪くなったことがある。
  8. 止めさせようとしたら、怒り出したり、暴言、暴力になったことがある。

この○○と□□の部分に、ゲームとネットが入る訳ですが……いかがですか? ゲームやネットに限らず、何かを当てはめて、0点を取れますか? 取れなければ、「要注意」だそうですよ。

その前に、「ときどきある」と「あまりない」はどう違うんでしょうね。

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2008年11月 1日 (土)

テレしばい

これは面白い⇒テレしばい - KONAMI

紙芝居をディスプレイを使ってやる、というものですね。

場面によってアニメーションしたりBGMが流れたり、ボイスチェンジャーで声色を変えたり、といった事が出来るようです。声が変えられる、というのはなかなかいいかも。

コンテンツがネットでダウンロード出来る、というのも、今の時代ならではだなあ。

昔ながらの読み聞かせと、電子メディアならではの特性とを組み合わせた、とても興味深い商品と言えるのではないですかね。KONAMI、やるね。

トイザらス辺りで扱っているみたいですね。小さいお子さんがいらっしゃる家庭にお一ついかがですか。

 Accessories/テレしばい Accessories/テレしばい
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2008年10月30日 (木)

情報の与え方

ゲーム脳でしょうか? - Yahoo!知恵袋

質問者は中学生。母親にゲーム脳と言われ、ゲームを禁止されたという事例です。

質問文を読む限りでは、母親がゲーム脳という言葉の用いられ方を知っていたかは判りません。よく解らないがゲーム禁止の方便として用いたのか、それとも、森氏の主張を知っていて鵜呑みにしたか。

さて、質問者が中学生という事で、「どういう風に情報を与えるか」というのが重要な点であろうと思います。知恵袋に投稿するくらいだから(騙っている系の可能性は除外)、それなりのリテラシーを持っていて、WEBを通して相談する、という志向になった。

情報としては、ゲーム脳批判の基本的な所を踏まえて書かれたものが多く、有用な回答がいくつかありますが、ベストアンサーに選ばれたのは、

あなたが勉強のするゲームソフトを母親に提案する事がいかがですか。

これ。この回答は、簡潔過ぎるので、単純に「ゲームで勉強する」のを薦めているのか、他の含意(相手が中学生だから、回答は簡潔にしつつも、親のゲーム忌避を回避するように誘導した、とか。深読みし過ぎだけど)があるのかは判然としませんけれども、それをベストに選んだというのは、象徴的な事なのかも、と感じました。

table_tennis_311さんの回答なんかは、なるだけフレンドリーに接しながらもWikipediaのリンクを貼って、情報を得る方向へも誘導する、という気配りが見られます。

akio_no_no_kyofuさん(解りやすいIDだ…)の回答は、ちょっと複雑で、情報が多い気もします。平均的な中学生には、あの回答は読めないかも知れないな、と。大人が読んでもすぐさま理解するのは難しいかも。もちろん、周りがフォローするのを期待する、というのもあるかもですが。内容としては、とてもよく調べていて丁寧に書かれているので、優れたものと思います。いや、と言うか、あそこまできちんと書ける人はそうはいない。『脳内汚染』の根拠の論文への言及だし。他のゲーム悪影響論系の回答を見てみたけど、かなり調べていて非常に的確な回答をつけておられます。ここも読んでいる方かも知れない。いや、思い切り心当たりが……あんまり書かない方がいいかな。

まあ、私が思うのは、他の回答者も言っているように、ゲームをやる事より、他の事が疎かになる所を考えた方が良いのだろうなあ、と。これは率直な意見ですが、「勉強をゲーム感覚でやってみたら?」と思いますね。勉強もゲームだよ。←本気ですよ

このページを見て、どういう情報を欲しているか、どんな情報をどのように与えるべきか、というのを考えながら接するのがやはり重要なのだろうな、と。どの包丁を用いるのが適切か、という文脈ですね。

余談。回答の一つを見て思った事。

ゲームをやってるのを見てかわいそうだと感じるって、すごく余計なお世話。

そういう人には、この文章を捧げましょう

実際、私がゲーム周辺から得た人的および知的財産は膨大で、コンピューターの知識はもちろんのこと、クリエイティビティやマネージメント、デザインと社会との関わり、社会奉仕とは何かなど、全てゲーム周辺から得たものです。そういうものを否定するような説を、無視することはあっても、肯定するわけがないです。

むしろ子供たちのためには、ゲームはなくなってはいけないものだと思います。私は、中学生ぐらいになったら、学校の授業の一環として、ビデオゲームの歴史や、その背景にあるクリエイター達の苦悩、社会、経済との関わりなどを教えるような授業があっても、良いのではないかとさえ思っています。

そんな覚めた目ではゲームを楽しめなくなるのではないかと言う意見もあるかもしれませんが、そんなことはありません。事実私はゲームを楽しんでますし、ほとんどのコアゲーマーは、同じセンスを持っています。むしろ上のようなセンスを持つことで、「つまらないという楽しさ」を発見したりします。(A-WING::Frog is not Blog::なぜゲーム脳を批判するのか

余談2。ゲーム脳Q&Aを参考資料として紹介して下さる方もいて(他の質問でも見かけた)、ありがたい事です。

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2008年10月26日 (日)

素晴らしい教材

超GJなサイトを見つけました⇒放課後の数学

これは素晴らしいですね。丁寧に書かれていて、図もふんだんに使ってある。自習にもってこい。復習のために参考にするのもいいですね。

作成するのは大変だっただろうなあ、と思います。感謝して使わせてもらわねばなりませんね。

こういうコンテンツは、WEBに向いているようにも思います。確率分布をグラフィカルに確認出来るとかは、とても解りやすいですしね。お手軽なのもいい。

学校とか企業とか、こういうコンテンツを充実させようと頑張ってる所は結構ありますから、それを使わない手は無いです。

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2008年10月25日 (土)

出来るかも?

<大阪・中3ひき逃げ>逮捕の中3女子「ゲームで自信、初めての運転」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

A-WING::Frog is not Blog::リアルだけどリアルじゃないので

情報が少ないので、件の少女について具体的に何か言う、というのは出来ませんが、一般論として。

私らみたいな、ゲームを何十年もやってる人達は、知ってるんですよね。違う、という事を。いかにリアルに近づけるか、というベクトルでもゲームが進歩してきた、メーカーもユーザーもそれを志向した、というのを知っている。

だから、ゲームはリアルを再現しようとする、というのをメタに認識していて、その上で、絶対にリアルとは違う、そこにはどうしようも無い断絶がある、と常に考えてきたんですよね。

グランツーリスモシリーズみたいに、出来る限りリアルなシミュレータを目指すものもあれば、ある種のデフォルメをほどこして「ゲームらしさ」を目立たせ、「ゲームならでは」の面白さを追求する、というものもある。そういうのをひっくるめて「ゲーム」なんですよね。それがその文化の素晴らしい所でもある訳だし。

そういう意味では、少女が至ったような認識は(それが本気かは解らないですが、本当なんでしょうな。取り敢えずゲームのせいにしよう、などという知恵が働くとは考えにくいし、日本でそんな事やっても意味無いし)、まあ、未熟なのだろうな、と。本当にゲームをやって実車を運転したくなる、という人間がいたら、周りが、「お前はアホか?」と言ってやらないといけない訳で。全然違うよ、と。

すごく広く意味を取れば、こういうのも「ゲームリテラシー」と呼べるのかも知れません。

もちろん、私なんかも、別に、最初から理解出来ていたという事でもありませんが。色々学習していくのですね。ただ、今の人達とは、やっぱり状況が違う。※別に、世代の傾向として、どう考えやすいか、と決めているのでは無いです。ゲームは段階的に進歩してきて、ユーザーはそれを見てきた、という事実の話。初めからPSPやDSがあるのと、ファミコンが出てきて狂喜した時代とは、やっぱり違う。

まあ、出来るだけ、楽しみながらも勉強はして下さい、という感じです。

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こういう事件そのものについて。

この手の馬鹿は、ある程度の頻度で現れるものだと思います。事故ったら目立つ、というのはあるのかも知れません。私が高校の頃だったか、クラスメイトの(下の)きょうだいが、やはり興味を持って車を運転してしまった、というのがありましたね。きっかけは色々でしょうが。そんなに珍しい事なのだろうか、と疑問には思います。事故は起こさなかったけど見つかってこっぴどく叱られた、という事例は多そう。馬鹿だけど頻繁に出る馬鹿、という感じかな。

理論的には、ゲームは学習の般化という錯覚を起こさせる場合はあるのかも知れません。ゲームにもよるけれど、「シミュレータと誤認される」、というのは、可能性としては、あり得る。別に、絶対運転出来るかも、なんて思わなくても、ひょっとしたらいけるかも……なんて事は、まあ、あるかもね。

リズムアクションをやって楽器演奏出来るかも、と思うようなものですな。学習の般化というのは、構造が似通っていれば起こるのだろうけれど、それでも別物な訳で。別物だから別物ならではの楽しみがある、という認識を持つのがゲーム好きだったりしますが。

ただ、リズムアクションと違うのは、対象が実車である事。これはもう、ゲーム云々というよりは、あんな物体をコントロールする事そのものへの「恐怖」を覚えなくちゃならないと思います。そういう意味で、基本的な想像力の問題のようにも思います。まあ、ゲームを否定する人なら、ゲームがその想像力を欠落せしめたのだ、と言いそうですが。もちろんそんな話はナンセンスですけど。

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君は、ゲームをやって車を運転したくなったの? うん、馬鹿だね。その馬鹿さ加減が人を殺すかも知れないんだよ。

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2008年10月16日 (木)

選択

Interdisciplinary: 調査の続き。

この調査の内容については、コメント欄でアルファさんに教えて頂きました。

で、今日、図書館に行ったついでに、実際に見てみました。

コピーしてくれば良かったのですが、してないので、記憶を元に書きますが。

アルファさんが書いて下さった、「必要か」に関する質問(アルファさんのコメントより引用します)↓

新聞を見ると「最近はインターネットの利用者が増えてますが、情報や知識を得るために、新聞はこれからも必要だと思いますか、必要ないと思いますか。」のことで、
必要だ           68.9%
どちらかといえば必要だ   21.1%
どちらかといえば必要ない  6.6%
必要ない          2.1%
答えない          1.3%

実は紙面には、この後に、必要だと答えた人に、理由を尋ねているのですね。それで、その内容というのが(文章は正確ではありません)、どこでも読めるから便利、とか、整理されているから良い、とか。面白いのでは、パソコン(いや、「インターネット」、だったか)が使えないから、というのも。ここなんかは明らかに、先の質問との対比ですよね。で、これが重要なのですが、その中にある、新聞の情報が信頼出来るから、という回答が、結構少なかったんです(18%くらいだったかな。60%以下だったのは確実かと)。

そういうのを鑑みると、ここでいう「必要」とは、あった方が便利、というくらいの意味合いで、しかもそれは、情報の信頼性というよりは、媒体の利便性に対しての評価だ、と考えた方が良さそうです。やはり、見出しは(紙面の見出しも同じ)ちと大袈裟かな、と。

ちょっとWEBで調べてみると、この記事に非難をしているのが、多く見られました。なんででしょうね。自作自演か、とかありました。

少し考えれば解るんですが、記事の情報量が少ないという事は、批判も限られた範囲でしか出来ないというのも意味する訳です。想像が行き過ぎて、憶測になっているものが多々みられます。それに、紙面の方には、結構詳しく書かれていますしね。

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2008年10月13日 (月)

調査

「新聞、これからも必要」が90%…読売世論調査 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

どなたか、読売を購読されている方はおられないでしょうか。

この記事についたはてブによると、紙面には詳しい内容が載っていた、との事ですが。

私としては、こういう記事には「必ず」、nと抽出方法くらいは載せるべきだと思っています。それは最低限すべきだと。

国民の多くが新聞を重視していることがわかった。

記事では、こういう事を書いています。これが妥当であるためには、母集団が「日本国民」(定義の問題もあるだろうけれど)で、サンプルはそこから無作為に選ばれ、その上で、高い割合で「重視している」人がいる事が示されなければなりません。これ、抽出方法が決定的に重要な要素です。偏っていれば、いくら大サイズのサンプルあっても、推定の理論的な根拠を失うので。

これって要するに、自身が優れている事が調査によって示された、という内容なのだから、どういう風に調査したのかをちゃんと載せないと、ホントかいな、という反応を持たれると思います。紙面には載せるがWEB記事には載せていない、というのはどうなんでしょう(参照出来るページがあるのかも知れないけれど)。

ちなみに私は、新聞(紙に印刷された、という意味)で(ラテ欄以外の)情報を得るという習慣を、生まれてこのかた持った事が無い人間です…。

2008年10月14日追記:非言及⇒読売新聞の嘘,黄金比率プリン,一緒にするな - カレーなる辛口Javaな転職日記

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江本氏から反応があった模様

kikulog:ミヤネ屋「水伝」の反響

さすがに、全国区のテレビ番組であれだけ批判されたとあっては、何らかのリアクションを取らざるを得ない、といった所でしょうか。

10/12開催の「船井オープンワールド」なるイベントで、江本氏の講演もあったようで、開催前の江本氏のエントリーによれば、そこで、この件について話す予定があると書かれていました。果たしていかなる内容だったのか。

反論は、あった方が良いのかも知れません。無視するより、何か言ってくれた方が、よりおかしさが強調されるかも。少なくとも、内容のある批判にはなり得ないのは、最初から判っているので。

ああ、一つ、この話題についての反応で、物凄く気になる事があったのです。

「文系」の罵倒は止めるように。自身の認識の無さを露呈するだけだから。本気で言っているのだとしたら恥ずかしいし、ネタとかレッテル貼りをして楽しむ、揶揄してるのだとしたら、やっぱり恥ずかしい。

そもそも、強く水伝を批判し始めた自然科学の専門家が、事あるごとに、この問題は勝れて文科系学問の問題でもある、というのを指摘しているのを、念頭に置いた方がいいでしょう。

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2008年10月 7日 (火)

情報不足

これは結構重要な事だと思うので、エントリーにします。

女子中学生、術後に死亡 医師と元准看護師を書類送検 東京(産経新聞) - Yahoo!ニュース

この記事への反応で、ブログや2ちゃんねる等で、中学生で豊胸手術?と言ってるのがあって、中には、亡くなった方や遺族を揶揄する投稿もありました。

しかし、産経の記事(別サイト)へついたはてブを見てみると⇒はてなブックマーク - 女子中学生、胸の整形手術後に死亡 医師と元准看護師を書類送検 - MSN産経ニュース

REVさんが書いているように、亡くなった方は、「漏斗胸」という状態であり、その矯正手術を行ったようです(読売の記事⇒胸の手術後中学生死亡、医師ら業務上過失致死の疑いで書類送検 : ニュース : 医療と介護 : YOMIURI ONLINE(読売新聞))。私は、直前にテレビでこのニュースを知って、単なる(いわゆる)美容整形の話では無いという内容を把握していたのですが、漏斗胸(これ自体初めて知った)というのは知らなかったので、調べてコメントを入れました。

※2つの記事で病院の名前が違いますが、多分、同じ病院の部門の違いだと思います。住所が全く同じなので。整形外科と美容外科の連携については私は解らないので、どういう事情があったかは推測出来ませんけれども、読売の記事によれば、美容外科の方で手術を受けた、という事のようです。▼東京都|代官山整形外科医院の情報-口コミ病院検索QLife(キューライフ)東京都|代官山美容外科の情報-口コミ病院検索QLife(キューライフ)(オフィシャルのサイトだと、「美容外科」の方では住所が探せませんでした)

思うのは、産経の記事は、間違った事実が書いてある訳では無いが、情報が足りない、という事です。美容整形目的の手術での事故は、たびたび報道されるので、今回の件でも、読み手が、たとえば審美目的の豊胸手術であったという状況を想像するかも知れないというのは、それほど難しい推測では無いでしょう。そこを混同されないように情報を捕捉しておくべきだったと思います。実際、読売の記事には書いてあるので。

※その手術が、漏斗胸の矯正手術そのものだったのか、それともそれとは異なる目的だったのか、そうだとして、それは適切な事だったのか、等は、記事の情報からだけでは、医学的知識に乏しい私には判断がつかない所です。

上にも書いたように、「豊胸手術か?」という反応が見られるのですが、産経にしても読売にしても、豊胸手術などとは全く書いていないんですよね。読売の方は、太ももの脂肪を胸に移植、とはあるけれども、きちんと漏斗胸であった事も記している。これはつまり、「”胸の整形”→一般的に豊胸手術」というのが連想された、という事なのでしょうか。

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2008年10月 5日 (日)

ゲイムと学術

アルファさんのブログ経由で⇒ゲームとアカデミーの素敵なカンケイ(第1回)――東京大学 大学院情報学環 馬場章教授 (1/4) - ITmedia +D Games

良記事。

日本では、ゲームというのはあくまで娯楽であって、文化的(象徴的な意味で)、あるいは学術的研究対象としては見られない、というのがあるかも知れません。

それは、対象を無闇に高級なものと看做して特別視するというのを防ぐ事が出来るという反面、文化として見縊られる、もしくは軽く見られる、という事も起こるのでしょう。

コンピュータゲームという文化は、制作に携わる人間の数、投入される資金、産業としての巨大さ、等を考えるともはや、単なる娯楽には収まらないものとなったと言えます。金も人も、才能も動いて、注がれる訳ですね。

ゲームというのは言わば「器」だから、いかにも典型的な娯楽目的のようなものから、芸術作品と呼べるものもあり、また、直接的に教育目的を持つシリアスゲームのような分野も出てきました。従って、これらのあり方を総合的に分析・記述する必要があるでしょう。それには当然、広く学際的な視点が要求されます。

ゲームの学術的研究というのは、まだポピュラーな分野では無いと思いますが、今後益々発展していくと良いですね。

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2008年10月 2日 (木)

ニコニコにゲーム脳

こんな傑作が⇒ゲーム脳とは (ゲームノウとは) - ニコニコ大百科

誰かニコニコでゲーム脳関連の動画なりをアップしないかなあ、と思ってたのですが、大百科に出てくるとは。GJ。

やる夫(あき夫)の説明はかなり上手い。

て言うか、よく調べてるなあ…。これだけ情報を網羅しているって、なかなかですよ。もしかしてゲイムマンさんじゃないか、なんて。

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2008年9月24日 (水)

開かれろ

コメント欄でcomplex_catさんともやり取りした事。

今は、ネットが拡大し、多くの人がWEBを使うようになってきて、色々な情報が色々な人に、大きく広まるようになりました。

で、それは、沢山の批判にさらされる可能性も高まる、という事でもあるのですよね。

動画配信サイトなんかで、動きを公開する。その情報は長く残るし、多数の人の目に触れる。中にはゴミみたいな非難もあるけれど、見る目がある人から苛烈な(かつ妥当な)批判を食らう場合もある。その道で神格化されているような人にも容赦は無いですからね。

そういうのは、良い事でもあると思うのです。武術の世界には、「神話」がありますからね。そういったものを解体していくのは、むしろ健全であるとすら言えます。

異なった分野の人が交流して情報を交換し合ったりね。どうしても体験出来ない部分はあるにしても、情報の性質をきちんと捉えていれば、有意義なやり取りが可能。

もちろん、上にも書いたように、悪い面もありますけどね。2ちゃんねるの武術関連のスレを見れば、それは解りやすいです。

なんにせよ、どんな立場の人でも等しく批判される状況というのを作っていくのが良いと思います。

多分、私の意見は、武術関連の人にはあまり受け容れられないでしょうけど。擁護システムは固いしね。

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2008年9月23日 (火)

考えられない表現

もう、ね。

勘弁して欲しい。

http://www.sendai-c.ed.jp/~nanzai/2008/koutyou/koutyo47.swf(要FLASH PLAYER)

子どもたちを守るために(その1) - 生かされて

人は前頭葉を使ってものごとを考えますが、ゲームをしているときは後頭葉しか働いていないそうです。前頭葉の機能の低下は最新の脳科学機器で証明されています。まさに「脳みそがくさる」状態ですね。

”「脳みそがくさる」”

Naritarianの成田的生活  20070929(google cache)

PTA主催の講演会「テレビ・ゲームで脳みそがくさる」の参加のためだ。

テレビゲームで脳がくさる!? - 阿部清人のオフエアブログ - 楽天ブログ(Blog)

http://kinomi-hoikuen.com/kinomi-otayori200802.html

 さて、先日保護者会の最後の行事として“テレビ・ビデオ・ゲームの影響を考えよう” ~脳みそがくさる?~ と題された講演会が、木の実西部保育園と合同で開催されました。

ゲームの恐怖を煽る言葉としては最高の選択だ。という事は、最悪の言葉遣いだと言える。

田澤雄作でググると、色々出てきますね。anomyさんやたこやきさんも採り上げておられる。ゲーム脳的概念を広めている人間の一人のようです。

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2008年9月18日 (木)

ゲームが社会性を…

メモです。

「ゲームは子供の社会性をはぐくむ」 米社会調査機関が報告書発表 - MSN産経ニュース

・データは社会調査的なもの。観察や実験では無く、電話での聞き取り調査のようである。

・攻撃的になる場合もあるが、それを注意する事でコミュニケーションする、という面も見出されたようだ。

・「慈善事業に寄付」を一般に向社会性の指標として捉えるのは妥当だろうか。

・聞き取り調査であるから、質問紙調査とは若干状況が異なると考えられる。質問者の違いによって、答え方も変わる可能性がある。

・サンプリングは適切か。もし適切さを欠いていれば、一般化は出来ない。また、割合の比較も慎重に行われなければならない。適切だった場合でも、割合の比較は、統計的推測の文脈になると、誤差を考慮するべきだから、数値をそのまま比較してもダメ(推定や検定を考える)。

・ジャンルの違いはどれくらい考慮されているか。

・プレイ時間はどれくらい考慮されているか。

こういう結果自体は、社会心理学的研究で見出されているものと同じですね。調査デザインが適切ならば、ゲームの好影響の傍証の一つ、として捉えられるでしょう。

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2008年9月10日 (水)

ホットケーキと脳

「ホットケーキ作り」が良好な親子関係に効果的 ~“脳トレ”川島教授が研究成果発表(オリコン) - Yahoo!ニュース

今度はホットケーキ。

どこまでやるんでしょうね。

川島氏の場合、どこまでがグレーゾーンかを見極めながらやっているフシがありますからね(DSの「脳トレ」はグレーゾーンとはっきり発言した)。

記事のタイトルや要約の仕方が微妙、という所でもあるのかも知れませんが。脳トレの川島氏の研究だから読者の食い付きも良かろう、という認識があったりしてね。

どの程度、この現象について詳しい解釈が試みられているのかな。ホットケーキ作り、あるいは調理一般に限らず、あまりやった事が無い作業を共同で行ったら、親子間のコミュニケーションが促進される、というのはありそうです。幼稚園児だから、親と作業したく無いと思う子も、それほど多くは無いだろうし。

まあ、そこら辺は、研究内容を詳しく検討しなければ何とも言えない所なのですが、しかし、それこそが最も重要なのですよね。記事には一応、「また、同研究のポイントは“一緒に作業をして子供を褒める”点にあるといい」と書いてはあるけれど、タイトルがねえ…。

思うのは、「脳科学者」と「呼ばれる」、マスメディアに積極的に出て情報を発信する人は、もっと慎重になった方がいいんじゃないかな、という事です。川島氏とか茂木氏とか篠原氏とかね。

ところで、

「自発性、豊かな知識に基づく豊かな想像力、コミュニケーション力や我慢する力など、“子供の生きる力”をもたらす」(川島教授)とされる。

認知機能についての言及はいいと思うんですが、そこからいきなり、「生きる力」という概念にまで一般化して良いものなのですかね? 神経科学的に。それは、複雑な総合的概念なので、きちんと科学的に考えようとすると、ちょっと不用意にものは言えないかな、となりそうなものですが。

この間は、poohさんの所で、バイク運転時の脳活動の研究が採り上げられていましたね。

引き出し問題とはちょっと違うけど、多分、企業の協力がある研究で、「脳を活性化しなかった」という結果は、大々的に報道されないから(「脳の活性化」などという語の意味が詳しく検討される事無く単純に肯定的な意味を持たされているこのご時世に、自分の所の商品なりが「脳を活性化させなかった」とは言いたがらないでしょう)、結局、ネガティブな結果については知られぬまま、という現象が起きたりしてね。そうすると、川島氏は、脳を活性化させる文化を次々と見出した研究者、と評価される訳だ。なんてね。

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2008年9月 6日 (土)

発言

石井慧選手の言動について、「石井節」とか「舌好調」とか言って持ち上げられているのを見ると、つくづく、マスメディアというのは愚かだな、と思います。

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2008年8月23日 (土)

ゲームとの付き合い方

先週アップしたはずの記事が、投稿時刻の設定ミスで、上がって無かったようです…。

えっと、今週の日曜に上げるはずだったものかな。

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テレビ観てたら、NHK教育テレビ「土よう親じかん」 子育て応援番組という番組で、ゲームの特集をやっていました⇒土よう親じかん - 過去の放送 -

途中から観たのですが、結構良い構成だったかな、と感じました。よく付き合い方を考えていきましょう、という。細かい所で、それはどうかな、と思う部分はありましたが、まあそれは、見え過ぎるから気になるんでしょう。全体的には、良い番組だったんじゃないかな、と。

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2008年7月25日 (金)

今更

ここ数ヶ月の間に、産経・読売・毎日の各紙で、ゲーム脳説が紹介されました。いずれも(書き方に違いはあるけれども、ある程度傾向は一致していると言えるでしょう)、それが、他の科学的な仮説や実験研究と同等であるかのような、紹介の仕方でした。

これは実は、かなり異様な事であると言えます。

ゲーム脳は、そもそもニセ科学です。つまり、きちんとした研究を行ってすらいないのに、実証されたと言っているものです。研究は妥当だろうけれども主張が行き過ぎている、というものでも無いのです。あらゆるレベルで、科学的には「説」にすらなっていないもの。それを、中立・公平を努めようとしているのか何なのか解りませんけれど、「批判もある」、というかたちで紹介しているのです。これは、明確に「間違っている」と言える。

ゲーム脳は、ちょっと調べれば、実態が解るものです。それこそ、早ければ数十分で気付けるような代物。いや、気付かなくてはならない、と言った方が良いでしょう。何といっても、新聞記事なのですから。

ゲームの影響について、本当に中立・公平に論じたいのなら、ゲーム脳を持ち出すのは、筋が悪いのです。これは、かなり穏当な表現ですが、率直に言うと、調べるのをさぼっている、あるいは、一定水準以上の能力を持っていない、という事でしょうね。それを言い切って良いほどのものなのですよ、ゲーム脳というのは。

このような主張を、ゲームを擁護したいがための意見だ、と読むのも自由ですけれど。目を逸らせば楽だから、勝手にそうすれば良い。間違っているものには間違っていると言い続けます。まあ、文字通りにとれば、私は「ゲームを擁護している」訳ですが。不当に非難されているものを護りたいと思うのは、当たり前の心理です。

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2008年7月24日 (木)

また毎日か

27 毎日のゲームと子ども3 - アルファ’s blog(仮

新教育の森:子どもとゲーム/3 脳への影響は未解明 - 毎日jp(毎日新聞)

アルファさんのブログにコメント入れようと思ったのですが、毎日の記事への意見として、エントリーにします。

専門家の意見を都合良く持ってくると印象が誘導される、という良い(悪い、か)例ですね。

小泉氏の意見の部分には、「3.熟達化によって熟考の必要が無くなった段階」(1と2はアルファさんのブログを参照して下さい)、という読み方も出来る訳ですが、それは、ゲームをある程度知っている人でないと読み取れない部分ですよね。知らない人は、ゲームは概ね熟考しない、と言っているようにも見える。

津本氏の場合は、「相手の表情等を見ないコミュニケーションが発達を遅らせる可能性がある」、という一般的な論理から(これはある程度妥当だと思います)、ゲームもそういう可能性がある、と言っている訳ですね。この意見自体は、それほどおかしなものでは無いと思いますが(可能性がある、という意見なのだから)、しかし、この文脈で書かれると、「流れ」で読んでしまう。それに本来、ゲームはコミュニケーションツールでもある訳ですね。複数でやるゲームなど、いくらでもあるのです。もし、一人遊びが出来る可能性があるものの悪影響を言う、という事なのであれば、読書等も同様に捉えるべきなのですし。

それにしても、ゲーム脳をまた紹介するとはね。ニセ科学ですよ、あれは。記者は、そのニセ科学性に対して、あまりに素朴過ぎるでしょう。

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2008年7月22日 (火)

記事の見方

Interdisciplinary: 子どもとゲームと親の続き。

PSJ渋谷研究所X: 子どもとゲーム:実は「ゲームが問題」ではないことも-1

大変丁寧な読み解きだと思います。皆さんも読みましょう。

私が思うに、ゲーム脳を、「批判”も”ある説」として紹介するのは、100mで14秒台しか出ていない選手を、オリンピックに出られるぎりぎりの所にいる選手かのように紹介している、ようなものなのですね。そういう人を、「うーん、もう少し調整が進んでコンディションが良ければ、オリンピックも夢では無いのでは」、と紹介するようなもの。だから、そこはしっかり書く「べき」。ゲーム脳というものを紹介するのであれば。

新聞記事の評価は、2つの見方があると思います。

一つは、現状を鑑みて、どれくらいの仕事をしたか、という所。ある状況における相対的な評価、とでも言いましょうか。つまり、他の新聞記事がろくでも無い屑のような記事を書いている今の状況から考えると、バランスを取ろうという書き方が見えて、頑張っていると評価出来ます。

もう一つは、世間に情報を周知する、というメディアの基本的な役割を考えて、最低このくらいはやらなくてはならない、というラインを越えているかどうか、という見方。ゲーム脳の場合だと、それが全く考慮に値しない愚論だという事を正しく伝えるか、という所ですね。

また100m走の喩えを出すと、前者は、他の人達が11秒台で走っている所、10秒31を出した、という感じですね。当然、新聞記事のレベルとしては、10秒を切るかどうか、というパフォーマンスを見せてしかるべきなのですが(2つ目の見方)、現状では他に抜きん出ているからそれは評価しよう、という考え方。

と、そういう異なった評価軸を考えて、今の状況でああいう特集を書くのは興味深いけれども、記事そのもののレベルとしてはそれほど高いものでは無い、というのが、今の私の感想ですね。

後、思うに、「ゲームが脳に与える影響」についてどのくらい調べられているか、というのを紹介する前に、「脳に影響を与えるとはどういう事か」、というのを特集するのも良いかも知れません。新聞記事で、それ自体を検討したり、神経神話批判をするのは、それほど多くは見られない事でしょうから。

それと、ちょっと細かい所ですが。

ゲーム体験が脳に悪影響を与えるなどという学説は存在しない。そのようなことを主張しているのは、森昭雄ただひとりである。その主張も、学説の体を成していない。そのために、森とその主張は批判されている。

「ただひとり」と言うのは、ちょっと難しいですね。「脳に悪影響」、「学説」をどう捉えるか、というのがポイントなのでしょうけれど。脳内汚染なんかは、様々な研究を寄せ集めて適当に解釈し、それを一つの学説のように主張している、というものですしね。意味合いを広くとって、ゲームが脳に悪影響を与える、という趣旨の発言をしている人、あるいは、森氏の主張に賛同する人、と考えると、自分の学説に付随させるかたちでゲームの害悪を唱える人も含まれますね。大友氏なんかは、まさに森氏と軌を一にする人です。

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2008年7月21日 (月)

子どもとゲームと親

亀@渋研Xさんへのレスも兼ねて。

※これは、読売新聞紙上の特集、「子ども――ゲーム」の7/17~7/19分の記事について言及したエントリーです。引用文は、その記事より。

全体としてみれば、確かに、他の同じような記事と較べると、頑張っている方なのかな、と思いました。個人的な感想としては、「それまで不味いものばかり食べさせられてきて、その後で、美味くは無いがちょっとマシなものを食べたら、結構美味しく感じる」、というような感じかな、と。ゲーム関連の記事は、あまりにも不味いものばかりですしね。
書き方としては難しいのでしょうね。不安を感じている養育者の紹介をするのだから、その具体例を書かざるを得ない訳ですが、私などから見ると、それは「不安を煽っている」ようにも感じるんですね。

ああいう記事に関心を持つ人の中には、ゲームに対して漠然とした不安を感じている人も多いでしょうから、果たして冷静に特集全体を見渡すのだろうか、と。

ところで、第一回に、「2才からゲームをしている」という風な記述がありますが、これ、どのくらいの割合なのでしょうね。私としては、2才児がゲームを「ゲームとして」プレイする、というのは、ちょっと考えられないです。ボタンを押せばグラフィックが変化するので、その単純な変化を楽しむ、というくらいのものなのではないかなあ。リモコン押せばテレビが消えるのを憶えて、それを面白がるみたいに。

▼▼▼引用▼▼▼(第一回より)
茨城県土浦市や東京・秋葉原の連続殺傷事件などの容疑者がゲーム好きだという報道を見て、長男の姿に重ねてしまう。現実とゲームの世界の区別がつかなくなり、道徳心が育たないのではないか、と思う。
▲▲引用終了▲▲
ここなんかは、完全に報道の害ですね。現在のゲーム研究の知見から考えても、こういった無根拠な情報による不安を与える方が問題なのでは、と思います。金川はともかく、加藤は「ゲーム好き」と言えるほどかな、という気もしますし。

第二回は、上にも書いたように、論外だと言えます。記事に対する要求水準が高いのではないか、とも思われるかも知れませんけれど、私としては、ゲーム脳を一説として採り上げるのは、陰謀論を、考察すべき興味深い一説として採り上げるのと全く同レベルだと考えているので、そういう評価になります。

榊原氏のコメントは尤もだと思います。
▼▼▼引用▼▼▼(第二回より)
 お茶の水女子大学教授で小科医の榊原洋一さん(発達神経学)は「ゲーム脳の考え方がもてはやされているのは、親が子どもからゲームを取り上げる根拠が欲しかったからではないか。しかし、ゲームをやらせるかどうかは、親の価値観に従って各家庭で決めることだ」と話している。
▲▲引用終了▲▲

第三回、ゲームを持ってない事で子どもが仲間はずれにされる、という可能性について書いてあります。

私は、このロジックがよく解りません。いや、仲間はずれにされる所の懸念が解らないのでは無くて、「ゲーム」の特徴であるかのように言われるのがよく解らない。

子どもは、流行りのものを知らない、所有していない、同じような考えを持っていない、という事で爪弾きにするのは、よくある訳ですね(子どもに限らないけれど)。それは、かなり一般的な事だと思います。
で、ゲーム云々とは直接関係は無くて、もっと一般的な社会心理学的な話ですよね。贔屓とか、その辺の。

まあ、何故こんな事を書くかというと、自分は、ゲーム好きだった事で、物凄く変な目で見られていた訳です。当時は、ゲームばっかりやっているとバカになる、というのが言われていたのですが(これは、ずうっと前から言われていて、最近になってそれが、「脳」への悪影響という具体的な論になってきたのですね)、そういう所から、小馬鹿(これほどぴったりな表現は無いでしょう)にされてきた、という経験があるのです。後、当時の子どもに一般的に人気があったものに興味が無いのを馬鹿にされたり。

昔だったら、(ちょっとステレオタイプ化します)女子だったらアイドルに興味が無いのを馬鹿にされたり、男子だったら野球やサッカーに興味が無いのはダメだと思われたり、というのが、結構あったような。

そういう経験があるので、結局、ゲームがポピュラーになって、状況が逆転したのではないかな、という事なんだと考えています。ゲームがどうこうという問題じゃ無くて、同じような方向性じゃ無い子どもを爪弾きにする心理自体を見るべきなのではないかな、と。
ゲームの普及度から考えると、ゲームを持ってない事で仲間はずれにする、という頻度は高くなると思いますが、それが即、ゲームそのものに内在する問題だ、と言えるかどうかは、ちょっと疑問です。
下手すると、ゲームが薬物と同様の効果を及ぼし、その結果として、ゲームをやらない子どもに排他的になるのだ、という主張も出てきかねません。実際、岡田氏はそれに近い事を言っているのですしね。

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2008年7月20日 (日)

ナンセンス

アルファさんのブログによると、18日の読売新聞に、森昭雄氏が登場した模様⇒森昭雄 読売新聞に登場 - アルファ’s blog(仮

WEBの方には上がっていないようで、私はソース確認出来ていません。

それにしても、(読売に限りません)未だに森氏の意見を専門家のものとして紹介するって、どういう了見なんでしょうね。可能性としては、ゲームの印象を悪くしようと故意にやっているか、記者が馬鹿であるかのどちらかですが。ああ、前者だとしても、馬鹿ですね。いずれにしても、馬鹿です。

ゲーム脳って、それに反論がある、という説と同時に紹介して、それを両論併記と言える、という代物ですら無い訳です。それを、一説として紹介する事自体がナンセンス。そこら辺の所が理解されていないようで。

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2008年7月 9日 (水)

案の定

来て欲しくは無かったけど来るかも知れないと思ってたものが来た⇒【秋葉原通り魔事件】暴発は脳の機能不全? 脚光浴びる脳科学 (1/2ページ) - MSN産経ニュース

 『ゲーム脳の恐怖』の著書がある森昭雄日本大教授は「人を殺すことの善悪がつかないのは記憶、感情などを司る前頭前野が機能障害を起こしているからではないか。同種の事件は今後増えるだろう」と懸念。「茨城県土浦市の8人殺傷事件の容疑者はゲーム中毒だった。格闘ゲームをはじめとしたゲームは反射神経で反応するだけで、思考能力が働かなくなる。凶悪犯罪を起こした容疑者の脳の状態を科学的に分析する必要がある」と指摘する。

どこまでやらかすのですかね、産経は。5流の週刊誌レベルの記事ばかり。

 文科省がNPO法人「子どもとメディア」に委託した調査によると

(内容はリンク先をご覧下さい)気になる。そのNPO法人とやらはこれか⇒子どもとメディア

調査の詳細はWEBでは参照出来ないようですね。

それにしても、森・高橋・柳田の各氏とは、解りやすいものです。産経らしい。

はてブにも書いたんですけどね。神経科学の人達は、もうちょっと積極的に、何らかのリアクションをした方がいいんじゃないですかね。このままだと、科学を知らない人は、森氏の意見のごときものを妥当なものとして鵜呑みにし、少し懐疑的な人からは、脳科学とはこんなものなのか、と思われて、どんどん誤解が広まるようにも思います。

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2008年7月 4日 (金)

戯言

秋葉原通り魔事件 ~ 人生はリセットできない / SAFETY JAPAN [松村 喜秀氏] / 日経BP社

本当に下らない記事。戯言です。ふざけている訳では無く本気でこのような言を撒き散らす事に、戦慄を覚える。

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2008年6月21日 (土)

知識と経験と

鉄パイプで頭を殴っても死なないフィクションを見て、この程度では死なないと思ってしまう人がいるんじゃないか - ARTIFACT@ハテナ系

短いけど、なかなか考えさせられる文章。

まず、フィクションによって情報を得て、それが「本当だ」と思う事は、あると思う。

はてブかどっかにもあったけど、ビール瓶で人の頭を殴ったら簡単に割れるんじゃないか、とかね。

で、実際には、人間というものは、知識と経験によって、物事を認識していく訳なんだよね。

もちろん、峻別出来るものでも無いけれど、便宜的に分けて考えてみると、知識というのはたとえば、拳銃で撃たれて人が死んだとか、転んだ拍子に手を着いたら骨折してしまったとか、そういう情報を得る、という事。つまり、記号的に認識する、というのかな。

で、経験というのは、ここでは、「体験」というのと同じような意味だと考えて貰えれば良いのだけれど、つまり、「殴られて痛みを知った」とか、そういう類。心理学的に言うと、実際に物理的に攻撃を受けた際の知覚を記憶に刻む、とでも表現出来るかな。あの程度であんな痛みや怪我に見舞われたんだから、こっちはもっとひどい事になるだろう、という「比較」によって、推測する。

人間は、経験した事の無いものについては、常に類推し、推測しながら生きていく訳で。

それまでの経験(体験)と知識から、経験していない事を想像していく。だから当然、フィクションの情報を元にして、それが現実に対応している、という風に思い込む事は、あり得ると思う。

ただ、だからといって、それが即認識を固定する、とは言えないのだよね。結局、情報にどれだけのウエイトをかけているか、とか、他にどういう知識を持っているか、関心を持っているか、というのが問題になってくる。

それで、そのウエイトのかけ方そのものにも、知識と経験が関わってくる。高い所から落ちても怪我一つしない、という描写があったとして、それは、高い(けどその描写よりは低い)所から落ちた経験から類推したり、あるいは物理の法則から演繹したりして、「それは無い」、と考えていく訳だよね。そして、相対化して楽しむ。もちろん、周りの人間から「フィクションなんだから話半分で捉える」という教育がなされていた場合には、取り敢えずウソだと看做したりね。

リンク先への反応には、その現象に近い経験をしとくのが大事だ、という意見もあって、確かにそれは、ある程度は言えるのだと思う。だけど、それと同じくらい(あるいはそれ以上に)に、知識も大事。交通事故の怖さは車に轢かれないと解らない、なんて話は当然馬鹿げている訳で、それは、事故でとても多くの人が亡くなっているという事実を知っていたり、車の重さや大きさから直感的に類推したり、というので「解っている」んだよね。

だから結局、知識と経験(体験)の両方が大事というのは一般論として言える、と思う。

後は、バランスの問題だろうね。やっぱり人間は、「想像力」を働かせる存在だから、知識の方がより重要、とも思ったり。より一般的・普遍的なものとして、物理の基本の知識とかね。人間の構造を簡単にでも理解しておく、とか。それは、とても重要な事だと思う。出来れば、「フィクションは基本的にデタラメだ」、くらいの認識を持っていた方が、安全側になって良いとも感じる。いかにも「本当っぽい」、というのはあるからね。そういう基本の認識を持つというのも、広い意味でのリテラシーと言えるかも知れない。

まあ、大人なら、人間がかめはめ波を撃つ事が出来ないなんて、誰だって解ってる訳だけど、それが解っているのは、やっぱり「知識」があるから、なんだよね。体験から、「かめはめ波が撃てない」のは、解らないんだよね。

※上で、知識と経験は「峻別出来ない」、と書いたのは、体験によって得られた知覚的な記憶も「経験知識」と呼べるだろうから。それと、知識を経験によって確認する、というのもあるしね。だから一応、「知識」というのは論理的な知識で、「経験」は、体験的なもの、という風に、便宜的に分けてみた。

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2008年6月19日 (木)

因果関係?

ZAKZAK:“ゲームと無差別殺人”両者に因果関係はあるのか?

もう言っていいですよね。馬鹿であると。

一応書いておきますけど、犯行に至ったきっかけにゲームがなったか、というのは、「解らない」です。そのメカニズムの「解明」が可能なのかすら、解らない(私は不可能だと思っている)。そして、仮に、ゲームが影響を与えていたとしても、「ゲームと無差別殺人に因果関係がある」とは言えない。ものすごいミスリードです、この見出し。

ジャーナリストの井上トシユキ氏

この人も自重しようよ。

ところで、「東方」って、基本的に、シューティングを指すのですよね?(正確には、作品群を表すのかな?)「美少女らがナイフや弾丸を敵に浴びせて倒すゲーム。」なんて表現も、ミスリードだよね。ドラクエを、「剣等で怪物を殺戮し強奪し、他人の家に盗みに入りながら物資を調達していくゲーム」、と言うようなものでは?

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2008年6月13日 (金)

印象を誘導するダメなアンケートの一例

アルファさんに教えて頂きました⇒秋葉原の無差別殺傷事件「銃刀法規制に賛成?」「反対?」 - MSN産経ニュース

ひどいですね。

めちゃくちゃですね。

アンケートフォームはここです⇒産経新聞特集部 私も言いたい

ダメですね。

まず初めに、思いっ切り印象をネガティブな方向に誘導している。

全部回答必須の上、イエスかノーの2択。そして、質問がひどい。

青少年に悪影響があるゲームソフトを取り締まるべきですか

これをノーとは答えないでしょう。悪影響がある、と言ってるんですから。だから、ここに答えられない人は、回答を止めるでしょう。で、1つ回答出来なくなると、全部回答必須なのだから、送れなくなる。そうすると、質問に疑問を感じない「素直」な人はイエスと答え、イエスの割合が大きくなる。当たり前ですね。

しかも、メール等で回答を依頼するのでは無く、アンケートフォームでの募集だから、無回答というのが無い。こんなので、「n=○○」とかそれっぽい事は書くなよ。

下らないアンケートです。

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2008年6月12日 (木)

マスメディアの反応

秋葉原の事件に関して書かれたWEB上の記事を、調べてみました。

ここでは、ゲーム等のサブカルチャー、あるいはインターネットに言及していたり、「識者」と呼ばれる人のコメントが載っているものを、ピックアップしました。※ゲームという単語が入っているものも貼ります。「ゲームのような」、というアナロジーを用いて犯人の心理を推測している記事もありました。

新聞社の記事なので、その内削除されるものもあると思います。

社説 - [秋葉原通り魔]動機の解明を急ぎたい : 南日本新聞

 さらに、インターネットの携帯電話サイトの掲示板に犯行を予告する書き込みをしていたという。その内容は「途中で捕まるのが1番しょぼいパターンかな」などとゲームを楽しんでいるようだ。人を殺すことへのためらいがまるで感じられない。

自身の状態をゲームに擬えていた、というのはあるかも知れない(単なるアナロジーだから)。だが、「ゲームを楽しむ」というのと同様の心情であっただろうか。

福井新聞 - 論説(6/10分を参照)

仮想現実と孤独がミックスしたような世界で現実とのギャップを感じたとき、私たちが想像もできない行動に出る。

意味がよく解らない。

福井新聞 - 越山若水(6/10分を参照)

最近相次ぐ無差別殺人に、生身の命とゲームの命の区別も付かないのかとがく然とする。

区別がつかないのに、何故生身の人間を狙うのだろうか。違いが判別出来ない、というのでは無く、重み付けの話か。

東京新聞:現実の世界で生きているようで、実は携帯サイトの掲示板の世界…:社説・コラム(TOKYO Web)

匿名化を広範に許すネット社会では自分の行為に対する倫理的判断が麻痺(まひ)状態になる。作家の柳田邦男さんはこう分析している。思いやりの心の摩耗と言ってもよかろう。自分はどうか。心に尋ねている。

この文脈で匿名性云々を出す意味が解らない。

福島民報 | 論説・あぶくま抄:無差別殺傷 動機解明を(6月10日) 

子どもはテレビゲームでの殺傷場面に慣れ親しむあまり、仮想現実と現実との区別がつきにくくなるケースもあるという。

ケースもあるという、とする根拠は? その前に、仮想現実と現実との区別がつきにくいというのは、どういう状態なのだろうか。本当に虚構と現実の区別がつきにくいという状態なら、全く文脈が異なってくるはず。

さきがけonTheWeb|北斗星(6月10日付)(秋田魁新報社)

▼凶器はダガーナイフだった。ダガーとは英語で「短剣」を意味する。過去に欧米で決闘用に使われ、アニメゲームにも頻繁に登場する武器という。男がアニメマニアだったかどうかは不明だが、どこかおぞましいものを感じる

アニメやゲームに頻繁に登場する、と言い切れるかも疑問だが、「男がアニメマニアだったかどうは不明」というのは何を意味するのか。そうだったと判明した場合、アニメやゲームと凶器の選択が密接に関連していた、という事か。

【秋葉原通り魔事件】凶器のダガーナイフ 高い殺傷力 - MSN産経ニュース

ダガーナイフは、有名なゲームソフト「ドラゴンクエスト」などにも“アイテム”として登場、ゲーム好きの面を見せる加藤智大容疑者(25)をひきつけた可能性もある。

ダガーと聞いて『ドラゴンクエスト』を思い浮かべる人が多いほど、当該ゲームにおいて「ダガー」などという語は頻出しないと思われる。出てくるだけでよいのなら、無数のゲームが挙げられる。そもそも、『ドラゴンクエスト』では、武器のグラフィックはほとんど登場しない。武器の構造的な特性も同様。

※他ページからのリンクは、「【秋葉原通り魔事件】凶器のダガーナイフ ドラクエの“アイテム”にも」となっている。

Sknc

「ダガーナイフ」銃刀法改正も検討へ : 秋葉原無差別殺傷 : 特集 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

 東京・秋葉原の無差別殺傷事件で使われた「ダガーナイフ」は、人気ゲームで主人公が使う武器として登場するなど、若者の人気アイテム。

ダガーというゲーム中のアイテムが人気なのか、実際のダガーナイフが人気なのか。人気だからダガーがゲームに使われるのか。ゲームに使われているから実際のダガーナイフも人気なのか。そもそも、ゲーム中で注目されるアイテムとしてダガーが位置付けられているなど、ゲームユーザーの立場からすると全く考えられないし、聞いた事も無い。若者にダガーナイフが人気だという話も初めて目にした。

人気ゲームで使われている=それ自体が人気  には全くならない。

文章が読解不能。

asahi.com(朝日新聞社):使用ナイフは人を刺す武器用 規制は一部 秋葉原殺傷 - 社会

 ゲームでも武器として登場し、若者にも人気がある。

読売の記事と同様。「人気」とはどういう概念なのか。

○ZAKZAK(夕刊フジ)

秋葉原無差別殺人、男の素顔…ロリコン、スピード狂

秋葉原無差別殺人男のオタク執着…独特のこだわりも

アニメやゲーム、オタク等の言葉をネガティブな印象に誘導している。情報として書くべきものなのか疑問。

凶器のナイフ6本所有…福井市の軍用品販売店で購入

ダガーナイフは、中世ヨーロッパの騎士が身につけていた両刃のナイフ。俗に言うドスなどに近いサイズ。大ヒットゲーム「バイオハザード」で敵キャラを倒す武器として登場。キャラクターの成長を楽しむロールプレイングゲームの草分け「ドラゴンクエスト」では、ゲーム内の仮想ショップで自由に購入できる。

 加藤容疑者が犯行当日に友人に送った萌え系ロールプレイングゲームにもダガーナイフに似た両刃のナイフが登場していた。

ゲーム内だから「仮想ショップ」なのは当たり前。そもそも、ゲーム内の店で武器が購入出来るなど、大部分のRPG(ロールプレイングゲーム)に共通している事だ。意味不明な言葉の使い方。

萌え系のRPGとは何だろうか。「ダガーナイフに似た」、とすれば、どうとでも言えるのでは。諸刃の短剣ならば、全部似ていると言える。鞘付きの短剣等は、よく出てくる。

「自己愛強すぎる」加藤容疑者“心の闇”専門家が分析

秋葉原殺人男“女”と劣等感「幸せ者は死んでしまえ」

少ない情報から犯人の心理状態・精神構造を論じている。推測の域を出ない。心理臨床においては、様々な検査・面接等の方法を組み合わせて用いて対象にアプローチしていく。それも、妥当性や信頼性を科学的な手続きによって確認した方法によって、である。

このような、「識者」による心理の分析もどきが、果たしてどれほど有用なものとなるだろうか。ある特徴を持っている人が何かをしたとして、その特徴を持っている全ての人がそうである、とはならない。また、「何かをした」のはその特徴を持っているからだ、と断定は出来ない。

こういった分析は、様々な前提・仮説が全て正しい場合に成り立つ推測であって、それ以上のものでは無い。偶然当たる事もあるし、全く合っていなくとも、情報が少なかったという言い訳が出来る。

本当に真摯に考える人ならば、「情報が少なくて何も言えない」、となるはずだろう。「ネット事情に詳しいジャーナリスト」が、何故精神分析のような発言をしているのだろう。

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2008年6月11日 (水)

思い

2008年6月8日千代田区外神田の中央通りで起きた事件について|桃井はるこオフィシャルブログ「モモブロ」Powered by アメブロ

考えさせられる内容。

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2008年6月10日 (火)

秋葉原通り魔事件について

別の件についてのエントリーのコメント欄で、秋葉原の通り魔事件について書いていましたが、別エントリーを立てます。元エントリーのコメント欄はこちら⇒Interdisciplinary: またか#comment-51059993

以下は、アルファさんへのレス。

アルファさん、今晩は。

メーカーや関係者が事件そのものについて何か言う、というのは、今の時点では無いかも知れませんね。
小島監督は、比較的、こういう事については発言される方だと思うので、ある程度時間が経って、何か発言するかも知れません(今語らない方が良いと思ってます。注目度が高過ぎて、要らぬ混乱を呼び起こしそう)。

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水蒸気爆発

巷で話題の(適当)「ケータイでポップコーン」に関して、GIGAZINEが頑張った模様⇒携帯電話の電磁波でポップコーンができるかどうか徹底検証してみた - GIGAZINE

それにしても。

私は見逃していたのですが、こんな記事があったんですね⇒livedoor ニュース - 携帯電話は危険!?電話を鳴らすだけでトウモロコシがポップコーンに!

他の記事は、「電磁波?」とか、なんとなく疑問系になっていましたが、この記事はひどいなあ。

ここまでで、理論的な考察と簡易な実験によって、少なくとも、ケータイから発せられる電磁波によってポップコーンが爆ぜるという説は反証された訳ですが、後は、いかにしてあの動画が作られたか、という所かな。振動によって、というのはどうなんでしょう。理論的にはあり得るが、ちょうど撮影時に爆ぜるようにコントロールするのは難しい、という事? それとも、数十秒後に爆ぜる事自体が理論的に考えにくいという事なのかな。前者だとすれば、何十回でもやってみれば良い話ですけどね。そこまでやってどうする、という疑問はありますが、それはやる人の問題だろうし。

CGとか合成という話もありますけれど、私はちょっと、疑問に思います。

実は、ググってて、ポップコーンが時間を置いて爆ぜてびっくりした、というエントリーを見つけたりもしたんですけどね。それも、フライパンだかの蓋を開けてすぐだったらしいです。

という訳で。

どういう風にすれば、ああいった動画が作れるでしょう。

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2008年6月 7日 (土)

nikoniko

ニコニコ動画、小池百合子議員が出演する「Yuri Channel 動画」

おー。

動画に対するコメント投稿にも対応。

これはなかなか勇者ですね。

でも、やっぱ、コメント監視とかあったりするのかな。

タイトルは、わざとです。

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2008年6月 3日 (火)

ユーモラス?

某ブクマ経由⇒【Re:社会部】夢を推したアニメ - MSN産経ニュース

 その意味で、現在のアニメが将来の科学技術力を占うのかもしれません。しかし、近年話題に上るのは、いわゆる美少女系ばかり。若者の理工系離れの一因は、案外こんな所にあるのかもしれません。

劇的に噴いた。

いや、何を目指すか、というのに、好きだったフィクションが影響するのはあり得るのかも知れませんけれど、それにしても、後半は、飛躍し過ぎじゃないかな。

そもそも、「近年話題に上るのは、いわゆる美少女系ばかり。」、という部分の意味が…。美少女系って何、とか、話題に上ってるのか、とか。しかも、それが理工系離れの一因て…。

居酒屋談義ならともかくねえ。ジョークの類じゃないですか、これ。

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2008年5月30日 (金)

またか

ニューストップ > トピックス > 政治・社会 > 23歳女性行方不明事件 > <江東女性不明>容疑者、技能高く職場転々 美少女グッズも - Infoseek ニュース - Infoseek ニュース

ま た か。

いつまで続くんだろうね。

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2008年5月27日 (火)

その場しのぎ

Interdisciplinary: キャッチーだねの続き。

退屈力読書中 - アルファ’s blog(仮

これはどういう事だっ。

なんか、ストイック氏(隠語です)みたいですね。

まあ、正当化は簡単。

ゲームが変わった、と言えば良い。

メディアの形態が変容し、コンテンツが全く一様で無い文化である、というのを都合良く利用する訳ですな。アド・ホックに。

シリアスゲーム系はホラーゲーム等とは異なっている、なんてのも言いそう。

それならば、ゲーム一般を批判するような事は謹んで欲しいものですけれど。

柔軟な文化であるだけに、適当な解釈が出来てしまったりするのですよね。何とでも言える。否定的な文脈では一緒くたにするのにねえ(「全てが悪い訳では無い」、という逃げ道を用意しつつ)。

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2008年5月25日 (日)

キャッチーだね

退屈は正義のようです - アルファ’s blog(仮

また齋藤さんか…。見てみようかなあ。

文藝春秋|退屈力(齋藤 孝)

CM、ネット、ゲーム……「高度刺激社会」は加速し、特に子どもたちを襲います。齋藤氏は、そのような脳を興奮させる生活から、少ない刺激の中で豊潤な満足感を得る、“態度の転換”の必要性を訴えます。

へえ。

Book 退屈力 (文春新書 628)

著者:齋藤 孝
販売元:文藝春秋
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って、amazonのレビュー見てたら、

「子供もスパイシーなものを求めるようになってきた。これは食文化の世界においても、やはり刺激を追及するようになったあらわれだ。」

…。これは引用? 要約? どっちにしても、凄い内容。

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2008年5月24日 (土)

正当化?

「ごくせんは不良を讃えるな」 和田秀樹さんがコラムで異論(J-CASTニュース) - Yahoo!ニュース

この論法だと、大部分のフィクションが、成立し得ないですよね。

フィクションとは、多かれ少なかれ、ステレオタイプを用いて組み立てられて行くものなのだから。

番組作りを再考するという意見が説得力を持つには、相当な強い証拠が求められるでしょう。当然、『ごくせん』を観る事によって不勉強を正当化する人間が多い、という証拠です。

ちなみに、ネタ元は読んでいないので、どんな「データ」が示されたかは、把握していません。

勉強しない事を正当化するのが問題だとは私も思いますが、テレビを観て正当化「している」かどうかは、別の現象でしょう。

現実に即して物語を構成しなければならないのだとしたら、実につまらないな、と感じます。

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2008年5月22日 (木)

思い込みが激しい

美少女アダルトアニメやゲームの規制嘆願が提出される | デジタルマガジン

請願情報

このようなゲームに誘われた青少年の多くは知らず知らずのうちに心を破壊され、人間性を失っており、既に幼い少女が連れ去られ殺害される事件が起きている。

これはひどい。

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2008年5月16日 (金)

尾鰭

KOJIMA PRODUCTIONS - HIDEOBLOG

先日の、小島監督のMGS4インタビュー記事について、監督自身が説明しています。

うーむ。恐ろしいね。まさに伝言ゲーム。 前の宮本氏の例もあるしね。気を付けて読まないと…。

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asahi.com:ゲーム「メタルギアソリッド4」完成 6月世界同時発売 - コミミ口コミ

PS3の運命が左右される…。

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2008年5月15日 (木)

あってもいいじゃない

地球ドラマチック|『本当のティラノサウルスを知っていますか?』

これ観たのですが、超面白かった。

見つかった化石から色々想像し、理論的な考察を重ねて、当時生息した恐竜の生態に迫る。ワクワクしますね。様々な分野の研究者が協力して、謎を解いていく。ミステリーです。エレガントです。個人的に好きなのは、化石の分析や現代の動物の動きの解析等から、バイオメカニクス的に運動を推測していく所。

日本の民放地上波も、こういう番組作ってくれないかな。喜んで観るんだけど。こういうテーマを取り扱ったものは、無いではないけれど、ゲスト呼んでその人達に何か喋らせて、というのだからなあ。時にはいいけど、そういうバラエティ色を省いて、きっちりと作ったものが増えても良いと思う。ちょっと無駄が多過ぎるからね。ナショナルジオグラフィックチャンネルでやってるようなのを作ってもいいじゃない。

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2008年5月10日 (土)

ちょっとずつずれて

杉山、クルム伊達の現役復帰に疑問「実際に若手が刺激受けるの?」(産経新聞) - Yahoo!ニュース

タイトルとか解釈がずれている気がしないでもない。

賞賛の声を挙げる一方で、「若手は若手で強くなりたい!うまくなりたい!と頑張ってやっているような気がするからね。これで刺激を受けてできるようなら、前からできてるような気がしないでもない」と辛口なコメントも。「やはり早過ぎた引退だったんでしょう。やり残していたこと、まだやりたい!という気持ちがあったんでしょうね。『若手に刺激を与えたい』ということですが、どうなんでしょうねー!?」といまひとつ納得がいかない様子だ。

素直に読めば、若手への苦言、とも読めるのだけれど、どうでしょう。伊達選手復帰が若手の鼓舞になるか、という所への疑問ではあるけれども、それが、「現役復帰に疑問」、となるのかな。よく解らない。

杉山さんのエントリー⇒復帰 杉山 愛・ツアーより愛をこめて/ウェブリブログ

「若手に刺激を与えたい」ということですが、どうなんでしょうねー!? このカンバックで実際に若手が刺激を受けるのかしら?と、ちょいと疑問です。だって若手は若手で強くなりたい!うまくなりたい!と頑張ってやっているような気がするからね。これで刺激を受けてできるようなら、前からできてるような気がしないでもない。

記事の要約とは、ちょっと感じが違うようにも思えますよね。

すっごい細かい事ですけど、なんとなーく、違和感を覚えたのでした。

どう思います?

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2008年4月27日 (日)

フジ伝

PSJ渋谷研究所X: 「フジからの伝言」の効果

うん、やはり、ある程度の数の人が、信じていますね。放送当日に検索した時には、2つ3つしか見つけられなかったけれど。

さんまさんの番組だから、というのは多分、採り上げられた説の信憑性の評価には、それほど強く関わってこないんじゃないかな。で、江本氏に対する「専門家」という先入観が、それなりに働くかも知れない。

うーん、悩ましいものですね。

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2008年4月26日 (土)

戦慄

硫化水素を用いた自殺関連の報道を見ていて思うのですが。

戦慄を覚える。

何にって?

マスメディアの「無邪気」さに、です。

正直、気持ちの悪さを感じる。

シャレにならない悪戯をした小学生が、全く悪びれないであっけらかんとしているのを見るような、そんな感じ。

平気で他の子に責任をなすりつけているのを見ているような、そんな感じ。「知らないよ。あの子じゃないの?」と言っているような、ね。

報道を見ていると、確かに、硫化水素を用いた自殺の頻度が高いように思える。

そして、未だ、ネットで情報を得て…などという言い方をしている。

そろそろ、本気で考えた方がいいんじゃないか。

マスメディアの報道とネットの情報がネガティブな相乗効果を及ぼしているかも知れない可能性に。

いくら何でも、ひどさが過ぎるのではないだろうか。

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2008年4月20日 (日)

フジで水伝

さんまさんの番組で、水伝が採り上げられた模様⇒あっぱれさんま新教授:オフィシャルサイト:今週の学問(その内、こちらに移動すると思います⇒あっぱれさんま新教授:オフィシャルサイト:過去の学問

昨日、たまたま予告編をフジテレビのサイトで観て、「水の結晶写真」らしきものが出てたので、ここで紹介しようかな、と思って、まあ、多分違うんだろうと思い直して止めたのですが、やっぱり書いとくべきだったか…(私が住んでいる所では、放送が無いのです)。

水には結晶があって、話しかけることで結晶が変化し、水自体が美味しくなるそうです。

うーむ。「なるそうです」、じゃ無いよ…。

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2008年4月16日 (水)

誤解

志村けん“ブログ批判”に反論「笑いは芸で取りたい」 - ネタりか

私は件のラジオは聴いていませんでしたが(たまに聴くけれど)、どうやら、そんな事は言っていなかった、という話があるみたいですね。

残念な事ですが、ブログって、悪意のある書き込みが存在するのですよね。愉快犯的な。

今回、言ったか言わなかったかは、調べればすぐに解る事だから、その内に落ち着くでしょうね。

それにしても、これって、いわゆる炎上系の話題ですが、志村さんのブログを見ると、コメント欄が、かなり冷静ですね。中には煽りのようなのもあるけれど、全体的に落ち着いていて(比較的、ですが。充分荒れてる、という見方もあるかも知れない)、感心しました。フォローの言葉も多いですしね。

後から、何らかの説明が志村さんからあるかも知れませんね。

何にせよ、誤解というのは辛いものです。今回、発言があったかは私には解りませんが、もし誤解があったのだとすれば、早く解けるといいですね。

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2008年4月12日 (土)

ケータイバンゴー

妻・夫の携帯番号を「おぼえていない」が6割【携帯依存に関する意識調査】(MarkeZine) - Yahoo!ニュース

何で、「携帯依存」に関する、なのでしょうね。依存というのは依存症なんかを想起させるので、他の語の方がいい気もします。

家族の携帯電話の番号とか、憶えなくても良いものだし。私は、自分のケータイの番号、忘れる事あります。まあ、ほぼ何の不便も無いですが。むしろ、憶えて無い人が58%しかいないのか、という感じ(言い過ぎ…)。

また、「携帯で電話をする場合に自分の名前を名乗るか」について聞いたところ、全回答の44%が「名乗らない」と回答。相手が分かっているので名乗らないと答える人の割合が高い傾向があるようだ。

この部分を読んで思い出した。ドラマを観ていてよく覚える違和感。

ケータイ鳴ってるのに気付いて、ディスプレイを見ずにすぐ通話ボタン押して、「もしもし」って言う場面、ありますよね。

いやいや、その前に、誰からの電話か見るでしょ、普通。よほど待ち切れないとかなら、見ずにやる事もあるかも知れないけれど。

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2008年4月 3日 (木)

見えれば安心

「漫画、アニメ、ゲームのせい」は「天狗の仕業」と同じ思考停止 - 最終防衛ライン2

何でもいいから原因を知りたい、これが原因だ、と「納得」したいのかも知れませんね。もしくは「安心」。でもそれって、不安を駆り立てる事でもあると思うのです。広く普及しているものが要因だ、と言っている訳だから。事実ならともかく、根拠が薄弱な話なので、愛好している者としては、かなり困りますが。尤も、それを言ったら、問題のあるメディアを愛好している者が困るなど構わない、と返されるのでしょう。で、何故そう思う、と訊けば、凶悪事件を起こした人間がゲームを愛好していたから、となるのかな。

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2008年4月 2日 (水)

歌ったり演奏したり

ニコニコ動画、JASRAC曲の演奏動画が投稿可能に(ITmediaニュース) - Yahoo!ニュース

これで、ニコニコで「歌ってみた」とか「演奏してみた」系の動画が、「やっても良い事」になるのかな。で、いつから?

ニコニコ外部プレイヤーがココログにも対応したら、何か貼り付けてみますかね。2008年4月3日追記:どうやら、ブログに埋め込むのはダメみたいです。コメント欄をどうぞ。

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2008年3月31日 (月)

疑う事は、楽しい事

信じるな疑え! 「ニセ科学」批判の菊池教授に聞く

おおっ、画像でかっ。

書かれてある事は、言わば「基本」、ですね。とても大事な部分だから、繰り返し言い続けるべき所。

kikulogの説明をなさっている部分↓

「ひとりでに動いてくれるようになったので、ニセ科学を議論する場として機能していると思いますね。かなり見識と良識のある人たちがいてくれますから」

全くそうですね。kikulogとニセ科学論を知らなければ、私の認識は、かなり低い所に留まっていた事でしょう。

渋滞論文の話もありますね。確かに、「そんなの当たり前だろ」、という反応が多かった。私自身の感想は、「全然意味が解らなかった」、です。きちんとした所に採り上げられたんだから、多分興味深い事実が発見、あるいは確認されたのだろう、と考えて、そこで止まりましたね。説明を読んでも解らなかったので。で、解らないなら解らないままで置いとくのがいいんじゃないかなあ。ほんと、見出しと記事の一部分を見ただけで適当に言ってるだろ、という意見がありましたからね。いや、大した事無い、と言うのだったら、きちんと論文にあたって科学的論理的に批判すればいいのに、という感じ。

まあ、あれです。

重要なのは、鵜呑みにしない事と、解らない部分は置いておく、という事。「解りたい」ならきちんと調べなくちゃね。「解らなさへの耐性」というのが、ニセ科学論で出てきますが(技術開発者さんが初めに使われたのかな)、私としては、これはつまり、「解らなさを楽しめる」事なのではないか、と思っているのであります。未完成のジグソーパズルを見てワクワクするのと、根っこは一緒なんじゃないかな。

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情報・影響

はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`):突き落とし少年の自宅から「ひぐらしのなく頃に」、「DEATH NOTE」など押収 …犯行動機との関連性調べる

たく脊髄反射が多いな。進学を諦めるほど経済的に困窮していたのにマンガを持っているのはおかしい。通常の人よりその内容に傾倒していた可能性は否定できない。動機に結び付き得るものを調べるのが警察の仕事だ。(hogawaさん)

違う、と言うか、論点が異なっているように思える。

この件で問題になっているのは、現時点であのような情報を報道する事に、一体どういう合理性があるか、という所なのではないかな。つまり、アニメやゲームをわざわざクローズアップする事に、どういった意義があるか。それは結局、先入観があるからではないか(あのようなメディアや作品は、特段の良くない影響を及ぼす)、という、そういう話だと思う。

今私達に、犯人が所持していたマンガの種類が明かされたとして、それをどう活用しますか?
ワイドショーや居酒屋談義で、推理小説ごっこが展開されるくらいでしょう。そして、マンガやゲームに対するネガティブな社会的認知が形成される可能性がある。そういう事なんじゃないと。

「影響」というのは大きさであって、方向では無いんじゃないかなあ、なんて。殊更に「悪」影響ばかりを仄めかされれば、反発もしますよ、そりゃあ。

影響が無い、なんてのはあり得ないですからね。なんの影響も無い(もしくは、考慮の必要が無いほど少ない)文化を擁護する、というのはおかしい訳で。自分に「影響を与えてくれた」素晴らしい文化だから、それによく解らない(根拠薄弱な)評価がなされると、黙っていられないのです。

これは付け加えておかないといけないかな。

『DEATH NOTE』は、確信犯の物語だから、読者が思想的なものを受け取るという、そういう可能性は、あります。それは当然。「子どもがこういうの読んでアホな考え持ったりしてね」、って思った事はありません? 私はあります。

だけれど、実際に個人の心理にどう影響したか、というのは、様々でしょう。他にどういうメディアやコンテンツに触れているか、というのもあるし。警察がそれを調べるのは、当たり前の話。でも、それを報道するのにどういう意味があるんだろうな、という所は、考えなくちゃならない。

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2008年3月28日 (金)

その情報は必要か

「悪いとも思っていない」金川容疑者が供述(読売新聞) - Yahoo!ニュース

 金川容疑者は、三浦さん殺害後、逃走中に購入した新作ゲームで遊んでいたと見られることも判明。忍者が刃物や飛び道具で敵を次々と倒す内容で、捜査本部はゲームが殺意を助長させ、JR荒川沖駅の8人殺傷事件につながった可能性もあるとみている。

こりゃひどいな…。可能性、と言われれば、全否定は出来ないし、ある意味極限の状態だから、何がどのような行動のトリガーになったかは、解らないと思う。ゲームが要因であったかも知れない。それはその通り。否定し切るのは、論理的に無理。

だけど。
殺意を助長した、というのをどう検証するか。そして、それをどう一般化するか、どこまで出来るか。

仮に、ゲームに影響された犯罪者がいたとして、そういう犯罪者が存在したから危ないものだ、という情報を流布する?

まだ何も解っていない状況で、ゲームが殺意を助長した可能性を積極的に報道する事に、どういう意義がある?

何故か水俣病を喩えとして出した人もいたけど、ゲームというのが文化現象だという事を、忘れているのかな。よく解らない。

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ロークオリティ

apjさんのブログのコメント欄経由で⇒週刊文春_080403(2008年4月3日号。一番上の記事)

これは素晴らしい印象誘導ですね。

得られている情報の内、ウケそうなものをクローズアップするという、実に下品なやり方。

こういう記事を好んで読んで、鵜呑みにする大人には、なりたくないものです。メディアリテラシーを鍛えるために、ダメな記事として採り上げるくらいしか、価値が無いかな。

あー、一応。

これは、記事本文を読まなくても可能な批判です。目次を見るだけでダメな記事と解る、良い例。

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2008年3月25日 (火)

想像して欲しいのは

ああいう報道によって自分達が傷付くから止めてくれ、じゃ無いんですね。

ああいう報道によって謂れ無き先入観を植え付けるのを止めろ、と言っている訳です。

嫌な話ですけど、自分達がどうこう、というのは、どうでもいいんです、ある程度はね。もう慣れてしまった。ずっと昔から言われているから。激昂するのを抑えるくらいには、感情・思考をコントロール出来る。そんなのに傷付くほどナイーブでは無い。苛立ったりはしますけどね。

で、今行われているのは、ゲームをよくやる子ども達とか、ゲームを制作する人達とかに対する偏見を助長するような報道なんですよ。根拠も無いのに。

特に子どもはね。大人になった私達は、はいはい、アホな事言うなよ、で済ますのも可能。知識を蓄えて、論理的に反論する事も出来る。他人の趣味を貶すダメな人がいる、とメタに考えるのもね。だけど子どもは、そんな事は出来ない。自分が悪い事をしてしまっているんじゃ、と過度に不安になったり、クラスメイトから奇異の目で見られたりね。大人からも、おかしな子として見られる事もある。

駄目でしょ、そんなの。どう考えても。

ゲームの文化としての素晴らしさを解ってくれ、とか、そんなんじゃ無い。そんなの解りませんよ、すぐには。浅い文化じゃ無いんだから。そもそも、ちょっとやそっとで解られてたまるか、というのは、何かに強い関心を持つ人なら、ありますよね。

だから、そうじゃ無くて、自分が興味を持っているものが貶され、それに興味がある人間が普通で無い、と思われるような言い方をするのはおかしいでしょ、という話です。これは、誰にだって理解出来るもののはずです。

何故ここまで言うか、って、実際、報道が物凄いからです。この異様さは、おかしい。特定の文化を安易に犯罪行為の原因に結び付けているのだから。

ゲームに全く興味の無い人でも、想像力を働かせれば、報道のおかしさには、気付けると思います。

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2008年3月24日 (月)

またか

ゲーム好き、1人で食事=高卒後はバイト暮らし-金川容疑者・土浦死傷事件(時事通信) - Yahoo!ニュース

本当に、もう止めてくれないか。

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2008年3月11日 (火)

ゲームとの付き合い方

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画像付きのリンク無かった…。

この本、ちょっと読んでみました。

凄く良い内容だと思います。ゲームとの付き合い方を考えていきましょう、という本で、色々な親子の方針を紹介してたり。

馬場章氏が、ゲーム脳等の、ゲームが及ぼす影響について語るインタビューがあって、これも良かった。

ただ、ちょっと残念だったのが、この本、私が行った書店では、ゲームコーナーにあった所。そういうコーナーには、ゲームに興味がある人が行くでしょうから、他に、育児書のコーナーとかにも置いた方がいいんじゃないかな、と。ちょっともったいないと思いました。書店によっては違うのかも知れませんけれど。

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2008年3月 8日 (土)

こりゃ凄い

と思った⇒はてなブックマーク - 平城遷都1300年祭・マスコットキャラクターについて

戦略的にも(←これは重要です)見事だと感じます。なかなか出来る事じゃ無いよね。

これは個人的な意見ですが。

自分の「好き嫌い」をぶつける時には、慎重にならなければいけない。

このブログで、「自分の好きなものを肯定的に紹介する事はあるが、嫌いなものをわざわざ採り上げる事は滅多にしない」、というのは、そういう認識からだったりします。

「センスが無い」という非難の言葉って、同じ様なセンスを共有している集団でしか成り立たないと思うんですよ。「見る目」が近い人達で、「うーん、これはセンスがいまいち」、と言う時とかね。それは、様々なものを総合する言葉として、「センス」を用いている訳で。直接それを相手に投げ掛ける(私自身、あのキャラを見た時、「なんか凄いセンスだな…」と感じましたし。ネガティブな方に)のって、語彙の乏しさを露呈する事にもなりかねませんね。私も気をつけないと。

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2008年2月18日 (月)

ゲーム脳の説明

興味深く、そして、悩ましくなる事例⇒完全否定されている「ゲーム脳仮説」 パラダイムシフト ~アヒルがウサギに見える日~/ウェブリブログ

これは、ゲーム脳がニセ科学と解っている方が近親者にそれを説明しようとしたが、困難だった、というケースですね。

「そんな難しいことを言われても、分かんないわよ。要は親としたら、子供がゲームをやりすぎたら不安なわけよ。その不安を解消してくれた説なんだから、みんなにウケているんじゃないの?」

「まあ、それはそうなんだけど、間違った学説を拠所にして子供をしつけるというのは、科学的な態度であるとは思えないのだけれど…」

「あなたは科学オタクだから、細かいことばっか気にするのよ。子供がゲームをやりすぎたら困るんだから、いいのいいの」

これは、養育者の立場からのゲーム脳説の見方、つまり実感なのですよね。

悩ましいなあ。

そして、この悩ましさが、ゲームをやらない人には全く理解されないであろう、というのを考えると、更に悩ましくなる。ゲーム脳説を安易に用いると、ゲームをやる事自体をネガティブに捉えたり、本来他に考える必要のあるものを見逃したり、という事をいくら言っても、でも、ゲームをやらないようになるならいい、と返されると、困るだろうなあ。

自分の好きなものと「ゲーム」を入れ替えて考えてみるように促しても、難しいのでしょうね。

私自身の考えは、「ゲームをやり過ぎるとバカになる」、というのは、「スポーツをやり過ぎると身体を壊す」という程度と同じような意味合いで用いられるならば(一般論として、何かを「やり過ぎる」と、それに用いられるものが消耗するのは当たり前だし、それ以外の事が出来ない、というのも当然なので)、ギリギリ「あり」かも知れない、というものです。だけれど、とても残念な事に、ゲームは、ファミコンがヒットした頃から、その害悪が、「本気」で指摘されてきたものなのですよね(脳が壊れる。問題行動や犯罪の原因、等)。しかも、根拠不充分に。更には、ゲーム脳説のように、「科学を装っている」ものまで現れた。だから、かなり言葉の使い方に「拘っている」と思われるような事も、書いています。実際、事件の原因をゲーム(やアニメやマンガ)に押し付ける事が、起こる訳ですからね。慎重にならざるを得ない。

スポーツばかりやると脳が破壊されてしまう、と言われたら、誰も賛同しませんよね。スポーツって言っても色々あるぞ、とか、周りにどんな人間がいるかで違うぞ、とか。そうならないのは、普及・認知の仕方が全然異なるからなんでしょうけれど。

冗談で、「ゲームばっかやってるとバカになるよ(笑)」なんて言える世の中になればいいんですけどね。そういう使い方をするのは、どっちかと言うと、ゲームのユーザーなんじゃないかな。半ば自虐的なね。それを冗談では済まさなくしようとしている人が、いるんですよね。窮屈なものです。実際、私は、ゲーム脳を冗談で使う事があります。でもそれは、ゲーム脳がニセモノだと知っている人同士の間でだけ、です(←自虐的な所もある)。それ以外の場で使えはしない。

※リンク先での例は、家庭でのやり取りの様子を書いたものなので、「親しい人同士の会話の場」であった、という事は、考慮すべきだと思います。それを文字にする事によって、実際の場の雰囲気よりも、読み手によって、印象がネガティブになってしまうおそれがあるでしょう。ですから、本エントリーはあくまで、子を持つ養育者に、ゲーム脳がどう捉えられているか、という事例を紹介するのが主旨である事を、明記しておきます。

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2008年2月17日 (日)

しんじぬもの

これかっ⇒信じぬ者は救われる

読みます。

対談でしたよね。どんな感じなのかな。

この本について書かれた、菊池誠さんのエントリーは、こちら⇒kikulog:香山さんとの対談

ゲーム脳の話が出る事に、仄かな期待。

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2008年2月16日 (土)

TATAMI

頭のいい子に育てたいなら子供部屋は“和室”にしろ(日刊ゲンダイ) - Yahoo!ニュース

うーん、どうなんだろう。

この本文の内容なら、「何だこのおバカなタイトルは」、というくらいで、軽く捉えた方がいいのかな。いや、さすがにここから、「和室がいいのかっ」、となる人は、さほど多くは無いだろう、と思ったので。

研究は面白いですね。香りがリラックス効果を及ぼす事は充分考えられるし。どんな内容だったのか、興味深いです。

このタイトルと記事の書き方から、この研究自体も怪しく見られてしまったりするんじゃないか、という、余計なお世話的な考えも浮かんじゃったり。

これで難関校突破なら安いものだ。

軽く噴いた。

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2008年2月 7日 (木)

態度

記憶が薄れない内に、メモ。

倖田さんのインタビューを観た。

今、言葉に対して強く敏感になっているように感じた。
観察による印象を素直に解釈するならば、「萎縮」している、と言って良いと思う。
言葉を出した直後に言い換えたり、「聞いた人にどのように響くか」、という所を考えている様子だった。
言葉を発するまでに少し間が空くのは、自分が発しようとしている言葉を内言として再生し、それがどう聞かれるか、というのを想像しているから。
本来は、それがデフォルトであるべきなのだけど、今までは、軽んじてしまっていたのだろう。

とにかく、色々考えているように見えた。

舌禍を起こした事を反省するというのは、本質的に、「聞いた人に言葉がどのように響くか」、というのを強烈に内省するのが重要であって、「自身の評判を落とすような事を”言ってしまった”」、と考え、それを「取り繕う」所では無い。

そういう意味では、私には、「反省」しているように見えた。

もちろん、本心は解らない。自分自身と、ごく身近にいる人にしか解らないだろう。そこを考えても、詮無い事だ。やろうと思えばどのようにでも解釈が出来てしまうし、それは意味が無いから。

元々、明るく、毒舌も織り交ぜながら物言いをするキャラクターが売りの一つであった人が、今後どのように歩んで行くか。
今までと、「まるで変わらない」か。
「感じ」は今までのようでも、細かい配慮の行き届いた言葉の使い方になるか。
今までとは異なったキャラクターに変貌するか。
どうなるのでしょうね。一番最後のは、無いとは思うけど。あのキャラクターは、切る事は出来ないだろうから。

前後に、元時津風親方のインタビューのようなものもあって、その態度と比較をして観ていました(事件の内容の具体性が異なるという所もあるが)。いかに自分がやっていた事を正当化しようか、と認識しているか、と、いかに自分の発言が無知に基づいていて、配慮に欠けていたか、を認識しようとしているか、の違いと言うか。

私が先ほどインタビューを観た際には、そのような印象を覚えました。

※発言の内容については、調べてみて、それは根拠が無い事を知った、という意味合いの発言をしていました。事実としてそう信じていたか、というのは判りませんでした。

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2008年1月27日 (日)

昨今の疑似科学批判

っていうのは多分、こういうの(2ちゃんねるの反応も含めて)を指しているんでしょうね⇒痛いニュース(ノ∀`):「マイナスイオンは身体に良い」「クラスターが小さい水はおいしい」…疑似科学にだまされやすい日本人

色んな論点がごっちゃになってますね。沢山の人が投稿してるんで、当たり前なんですけどね。

ただ、多く書かれてある、マスメディアの安直さ、無責任さに対する批判には、同意。

以下、どうでもいい話。

何ヶ月か前に、とある店に行ったら、店内に「マイナスイオン発生器」なるものが備えられていると、アピールされてました。確かに、凄い快適空間だったんですよね。いい空調だったんでしょうけど。もしくは、単なる心理的な効果か。

ああ、後。

ドラッグストアで、歯ブラシ買おうと思って歯磨きコーナー見てたら、「マイナスイオンが出る」、舌苔を掃除するブラシが売ってました。どこにでもあるもんですね。

------

件の竹内氏の記事、apjさんのブログで知ったのですが、最後ら辺、かなり感情の吐露みたいな書き方ですね。よほど、嫌な思いでもされたのかな。「狂信的ともいえる疑似科学叩(たた)き」って、なんだかワカりやすいフレーズですねえ。

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2008年1月21日 (月)

辞書の間違い

<広辞苑>「在原行平」伝説の記述に誤り 業平と混同か(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

おおっ。

初版から、って凄いな…。

これはやっぱり、気付いた人は多く いても、わざわざ出版社に指摘する人はいなかった、という事なんでしょうかね。その他には、指摘があったけど無視していた、とか、気付く人がほとんど存在しなかった、とか考えられますが、それはちょっと、起こりにくい気が…。

ともかく、これだけ長い間修正されなかったというのは、なかなか。

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2008年1月17日 (木)

色々

やっぱ、「色々ある」のを知る方が、「正しい事だけを知らせる」とか、「有害な情報をシャットアウトする」、よりも、妥当だし、現実的だと思うんですよね。別に、何でも無責任に与えていい、と言いたい訳では、全く無いですけれど。

私は、多分5才くらいの頃に、こち亀やら『エコエコアザラク』やら奇面組やら『恐怖新聞』やら水島新司作品やら藤子不二雄作品やら手塚治虫作品やら、物凄く幅広く読んできたのですよね。もちろん、ちっちゃい頃なので、選んで読む、というより、そこにあるものを読む、という感じでした。

そうすると、色々あるのが解るんですよね。だって、奇面組と魔太郎って、まるで正反対の種類じゃないですか。知識も「広く」なるし(ギャグとホラーで、ベクトルの向きが違う)、いいんじゃないかな。幼児の頃から(記憶が曖昧なので、実際は、就学後かも知れないけど)漫画雑誌を講読していた様なものなのですよね。

なんか、有害情報を! と声高に叫んでいる人の言い分を見ると、細い道を作って、その上だけを歩かせようとしている様な、そんな印象。そんな事は無理だし、実現させようとすると、途轍も無く拘束的な環境を作り上げなきゃなりませんからね。いつまでも閉じた環境にいられるなら、まあ良いかも知れませんが、現代のような情報化社会では、かなり難しい気もします。

もし、触れたものの内容が、社会的に好ましく無い行為を正当化するように誤解させるようなものだったら、その時には、内容について話すなりすべきで。そういう時に、そんな下らないものを、と言ってしまうと、最悪ですよね。

どうして、「細く」、「狭く」しようとするんでしょうね。それより、色んなものに触れさせた方が、「豊かな想像力」が得られるんじゃないかな。「はみ出す」ものを恐れているのかも知れない。何からでしょうね。

……おっと。

最初は、子どもの頃から色んなものを読んだりした方が、物事を相対化出来て、メタな認識を鍛える素養になるのではないか、という話を書こうとしたのだけれど、微妙に寄り道してしまった。

やっぱ、一本道を歩くのは苦手みたいです。

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2008年1月15日 (火)

視点

はてなブックマーク - いっそひぐらしのせいでもいいんじゃないのか、もう。フィクションは現実に影響するよ。 - HINAGIKU 『らめぇ』

含みなどは考慮せず(ここ重要)、書かれたものを、ある程度ストレートに読むならば。

そもそも、マンガやゲーム、アニメ等は、「胡散臭い」文化と思われている訳です。強いバイアスが掛かっている。

だから、もし、関係者・原作者なりが、「影響したと認めた」と取られる発言なりをしたとすれば、何が起こるかは、明確です。特に、発言が原作者のものであればね。

戦略的にも全くまずい、という事です。

書かれてある内容は、概ね正当であると感じます。あらゆる文化は、人間の認識に、なにがしかの影響を与える、と考えるのが、むしろ当然。はっきり言って、ある作品が引き金となって、何らかの悲劇を惹き起こす事は、充分あり得る。それを否定出来るはずが無い。それは、どんな文化でも、です。

だけれど、その「正論」を、社会が冷静に受け容れてくれるか、というと、こういう(新聞記事の様な)話題が出る事自体が、それを否定する証左である、と言える訳ですね。大した根拠も無いのに「原因」として論うのが、まかり通っている。それが実際なのです。残念ながら。

○○のせいかもね。と言ってしまうのは、ある種の開き直りであって、自分が携わっている文化の影響力に無頓着である、というメッセージになり得るのですよね。

だからこそ、冷静で、論理的で、科学的な検討が、なされなければならないのです。あの研究会での坂元章氏の態度に倣うべき、だと考えます。

度を越した報道に怒る、というのは、態度としては、全く正当なものだと思います。もちろん、的外れな反論・反発もある訳ですが。y_arimさんは、そこの所を危惧なさっているのかも知れません。

端的に言うと、(批判されている文化に関わる人によって)安易な言い方がなされてしまうと、文化が破壊される虞がある、という事なのですね。情報が社会一般に(マスメディア等を通じて)フィードバックされ、どの様な社会的認知が形成されるか。それがどの様な影響をもたらすか。そういった所を慎重に考える必要があると、考えます。

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2008年1月 6日 (日)

問題の切り分け2

Interdisciplinary: 問題の切り分け。まん延に、poohさんが応答して下さいました。ありがとうございます⇒So-net blog:Chromeplated Rat:Re: 問題の切り分け。まん延

ここで、私自身の考えを、書きたいと思います。現在の認識を整理するという意味でも、書いておいた方が良いでしょうし。

○ニセ科学とは何か。

一般的には、「科学を装っている」が、「科学では無い」もの。狭義には、科学的に実証されていないのに、それがなされたかの如く主張される言説。科学的専門概念の誤用を基に組み立てられた論理体系。「科学的」とは、現代の実証科学の基準に従う。敷衍すると、特に主唱者がいない説も、含む事が出来るだろう。それを積極的に「ニセ科学」と呼称するかは、別の問題。※後半は、ちょっと難しい部分ですね。

○ニセ科学を批判するのは何故か。

ニセ科学の言説が、科学の論理体系について、誤解させる、つまり、「間違った知識を流布する」虞があるため。また、特定の文化を不当に貶める根拠として用いられる場合があるため。

○ニセ科学はどの程度広まっているか。

「どのくらいの数の人間が」、という所は不明。だが、ゲーム脳説を肯定的に扱う講演が、公的な機関によって主催されたり、血液型性格判断を紹介する番組が多く放送されたり、といった例がある。前者は、それ自体が問題であるし、後者は、マスメディアの情報発信の規模を考えると、少なからぬ影響を及ぼしていると推察される。

○ニセ科学が広まっているとすれば、それは何故か。

もし、量的に、以前より広まっていると仮定するならば、色々な理由が考えられる。たとえば、社会総体の科学的リテラシーの低下。あるいは、高度情報化による、情報伝達の形態の変化、等。前者を前提しなくとも、後者の理由によって大きく広がる事は、あり得る。

○(上と関係するが)ニセ科学的言説が肯定的に(つまり、批判的に検討されずに)伝達される場合、その理由は何か。

心理学的な論理。「科学」という文化に対する無知・誤解・恐れ・見くびり、等の感情。それが認知に影響すると考える。ニセ科学を意図的に、「だます手段」として用いる場合には、受け手が「真に受ける」ように仕向ける、という場合もあるかも知れない。人間の心の状態は、決して一定・一貫している訳では無いから、「タイミング」というものがあるだろう。

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現状の私の認識は、このようなものです。

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キレやすい?

<小学生国際比較>日本は親にキレやすく、反抗的 創価大(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

素晴らしいタイトルですね。

内容は、いつものごとく、という感じです。

日本の子どもは家庭や学校で人間関係を維持する力が劣っているのではないか。学校教育の中で子ども同士がふれ合う集団行動を重視する必要がある

※上は、研究チーム代表の言の引用

調査結果から、どうしてこういう論理展開が出来るのか、私には、よく解りません。飛躍があるし。

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2007年12月26日 (水)

メモ:ニセ科学の定義とか

ニセ科学の定義と判定について考える :: 事象の地平線::---Event Horizon---

熟読玩味の事。

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触発されて、ちょっと考えてみた。以下、走り書き。相当カオス。青文字は補足。apjさんが書かれている事とは ずれてくる所もあると思う。

「ニセブランド品」の喩えをお借りします。

ニセ科学について論じる際、「出す側」と「出回り方」の、二つの視点があるように思った。

つまり、売る側賛同者、流布する人達が、ブランド品であると謳って科学的であると主張する販売するか。この場合、解っていて売る場合←故意と、信じ込んで売る場合←確信がある。大元には、「作る」立場の人間←主唱者。新奇の説の提唱者なりがある。

「出回り方」、もしくは、「受け取り方」。ちょっとアナロジーが不正確になるが、そのまま続ける。

「ニセブランド品」を、「ブランド品と信じ込んで」買ったり使用したりしているか。←科学的と感じているか。受け取る側には見分けが付かないいかにも高級な店構えの、「それっぽいショップ」←大学教授、○○研究所、「科学的に実証」などの文句で売られているもの。

それとも、「胡散臭い店」で売られているものか。←肩書きの無い人。専門の研究機関で無い組織誰にでもニセモノと判るのか。←科学的とは感じない。それまでに蓄積した知識によって、科学的では無い、あるいは、信憑性が低い、と看做す

どちらにアプローチするかで、批判の内容は異なる。「売る側」・「作る側」についての言及の場合、それを売ったり作ったりする事自体←科学的な手続きに則って検証していないにも拘わらず、検証されたと言う。故意かどうかは問わないを批判。「受け取る側」についての場合、ニセブランド品をブランド品だと信じ込んで買う人が多いという事を問題視。←「”科学で無いもの”が、”科学的である”と、多くの人に思われている」状態。つまり、社会的認知の問題「そんなもの、誰でもニセモノって判るだろ。」←ニセ科学など批判するもんでも無いだろう、という非難と主張する人は、「どうせ誰も本物だとは思ってないんだから」、と考える。←社会一般に、「科学的」とは認識されていないんだから、と主張する

ニセ科学は、科学の手続きに則られていないのに、それがなされたと主張されれば、成立する。喩え――「元祖・○○」的なお菓子があるとする。それは、ちゃんと製法を守って作らなければ名乗れない。製法を守っていないのに、「元祖・○○」とラベルを貼って売ってはならない。製法を守ったと思い込んでも、実は誤ってしまっていた、という事もあり得る。そして、売ったという事実そのものが、批判の対象となる。必ずしも、それが沢山売れたという事実が要る訳では無い。つまり、「多くの人が」という量的な評価を問題にするのでは無い。「これが出回ってしまってはまずいぞ」的な批判もある、という事。そして、批判対象の、批判の優先順位は、批判者の問題意識や興味関心のある分野によって、異なってくる。かなり出回ってしまっているから駄目だ。あれはニセモノだと知らしめないと、というのもあれば、まだ広まって無いかも知れないけど、影響力が大きいメディアが採り上げているから何とかしないと、というのもある。量的には少ないかも知れないが、ある程度広まる事自体が、他の文化に対する不当な先入観を植え付ける虞がある、と判断する場合も。

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取り敢えず、こんな感じで。

ふう…。何か、脳をフル回転させたから、爆発しそうだ(笑)

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占い? 科学?

ちょっとした疑問です。

私は、「血液型性格判断は、占いと同様のものである(場合がある)」という主張の、意味がよく解らないのですよね。
一般的に言って、血液型で性格が判る、というのは、ある性格類型なり特性と、生物学的因子である所のABO式血液型とを結び付けた主張です。

ちょっと視点を変えてみて、「占い的な血液型性格判断」というものを考えてみると、それはつまり、「今日、○型の人はこういう運勢だ」、という類のものなんかですよね。血液型選手権みたいな。

ところが、血液型性格判断は、論理的に、分布に関する言及である訳です。要するに、○型の人にはこういう性格の人が多い、という事実があれば、それは成り立つ。

で、ですね。
血液型性格判断を信じている人は、当然、生物学的な連関を前提しているはずです。何故なら、社会心理学的メカニズム、つまり、思い込みや自己成就現象によって分布が偏る事がある、などという知識がある人がそれを信じるというのは、論理的に考えにくい。尤も、星占い等と融合させた主張の場合なんかは、また違ってくるとは思いますが。そういう方向で、何らかの論理体系をなした場合、それは、いわゆる疑似科学的主張だと看做すのが、妥当でしょうか。すなわち、現代科学の体系に全く矛盾する、という意味で。

従って、血液型性格判断を信じている人の多くが、何らかの(自然)科学的論理を前提としているだろう、と推測しています。

で、ここまで読まれて、誤解されるといけないので、補足。
上に書いた話は、「ニセ科学」論そのものではありません。ニセ科学として批判の対象となるのは、そもそも科学を標榜している主張や、マスメディアによる、「実験」や「調査」を行ったと称するミスリーディング等なので、これらをニセ科学と批判するのは、全く妥当です。特に、情報発信の面で非常に強力であるマスメディアによる流布というのは、重要な点です。

何か、文が激しく纏まっていないですね。取り敢えず、このまま上げます。意味不明な箇所のご指摘や、批判歓迎。

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2007年12月22日 (土)

属性

相当素朴な感想です。

私は、ネット上に言論を開陳する際は実名で行うべきだ、という意見って、よく理解出来なかったりします。そういう類の事を言っていて、自分は凄まじく暴力的な文章を書く人も、たまーに見られますが、あれって、実名を公表しているから、という理由で正当化してるんですかね。よく解らんですが。

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2007年12月20日 (木)

未確認飛行物体 龍球

しょこたん“UFO肯定派”の町村官房長官を一喝!(産経新聞) - Yahoo!ニュース

ほう。

メリン-しょこたん☆ぶろぐ(※しょこたんのブログはベリーヘビーです。)

ヨーゼフ-しょこたん☆ぶろぐ

さめざめ-しょこたん☆ぶろぐ

…ほう。

色々な意味でカオス。

て言うか、産経には驚かされますな。まあ、あの記事自体をネタと捉えてくれ、って事なのかも知れないけど。

それから。

しょこたんは、懐疑論者の本を読んだ方がいいですね。しょこたんの賢さなら、セーガンの本でも読めば、琴線に触れるでしょう。よく解らんけど。

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実写版映画『ドラゴンボール』亀仙人役はチョウ・ユンファに決定(シネマトゥデイ) - Yahoo!ニュース

さあ、面白くなって参りました。

なんか、身体が震えるほどの作品に仕上がりそうな予感。

そうそう、実写繋がりで。

男塾のトレイラーが、Gyaoにありました。塾長は不破恒大麿さんでしたね。結構ハマり役かな。

え、観た感じどうだったかって? 実にいいB級アクションに仕上がっていそうです。

ところで、「B級アクション」って、どういう意味?

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2007年12月19日 (水)

解説のあり方

興味深い話題⇒So-net blog:Chromeplated Rat:荒川静香の解説(フィギュアスケート)

コメント欄のやり取りもどうぞ。私のコメントは、poohさんの主張にほぼ同意した上で、大部分は、菜々子さんに対して意見したものだったのですが、ほのかに誤解されたような気も、しないでも無いです。私が書いた、

明らかなのは、我々には、よほど近しい関係で無い限り、対象の胸の内など、推測しか出来ない、という事です。解説の仕方をどう感じるかは、多分に、私達の受け取り方、つまり解釈次第と言えます。

この部分は、たとえば、荒川さんが浅田選手に個人的にネガティブな感情を持っている云々と考えるのはほとんど無意味なのではないか、という意味合いでした。もちろん、荒川さんを非難している人に対して掛かっています。私自身は、具体的に淡々と解説する事は、それ自体を歓迎すべきだろう、と思っています。そこに、絶妙な実況のスパイスが加わるのがいいですね。

ちなみに、実況云々の部分(切り出さない云々)は、実況担当者が解説者からどのように「引き出す」かもポイントかな、という意味ですね。実況が的外れな事ばっかり言っている横で、丁寧で淡々とした解説が続くと、視聴者は「噛み合って無い」感を憶えるだろうな、と。

軽く関連しそうな、私が書いたエントリー↓

Interdisciplinary: 過剰

Interdisciplinary: 華美

前者は、競技中の実況・解説や、競技直前の選手紹介の事も念頭に置いて、書きました。

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2007年12月18日 (火)

取り組み

山陰中央新報 - ノーテレビ実践 松江の家庭ルポ

 ゲーム漬けで脳機能が低下する「ゲーム脳」に警鐘を鳴らす講演を聞いたの機に、玉湯幼稚園の保護者がゲームの機会を減らそうと結束。子どもたちは最初は「なんで」と不満そうだったが、じきに外で鬼ごっこをしたり、おもちゃで遊んだりするようになった。(引用は、原文ママ)

うーむ。この時点で、何か重大な事を、見落としているような。

子どもたちは他家でゲームに触れる可能性があるため、成功のカギは一家庭にとどまらない「地域ぐるみでの取り組み」だと実感したという。

そこまでして、ゲームから離すのか…。

ゲーム時間を減らす事そのものには、別に反対はしません。リズムを作るのは、大切かも知れないし。でもそれは、地域ぐるみでやる事なのだろうか。しかも、わざわざ、ゲームとテレビに限定して。

中2は平日平均118分、休日同147分で、全国より9分と5分長かった。

9分と5分…。ばらつきは?

時間を減らすのはいいけど、せめて、「嫌わせない」ようには配慮して下さいね。積極的に遠ざけると、それを嫌悪する、というのは、往々にしてありますから。

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2007年12月16日 (日)

どこに学識があるの?

何か事件が起こると、識者と「称されている」・「呼ばれている」・「どこかの誰かが言っているかも知れない」人達が、自分の経験を基に犯人像を想像し、自説をテレビなりで開陳しますね。

あれ、相当程度に危険だと思うのですよ。色々な意味で。たとえば、視聴者にバイアスを掛けてしまったり、(バイアスという意味で、前者と重なるけれど)特定の属性を持つ人々に不当な印象を植え付けたり。

そもそも。

大部分の「識者」と呼ばれている人は、ある組織の中で、仲間と連携し、様々な情報を得られる環境にあったればこそ、良い仕事が出来た訳で(だから、元○○という肩書きは、ほとんど意味を持たない)。特に、精神分析系の人が、ごくごく限られた情報から犯人像を導くのは、あれはダメでしょう。普通の認識力があれば、「それだけじゃあ、何も解らん」、となるはずです。

で、それが当たれば、優れた洞察力の持ち主として、評価される。はずれたとしても、情報が充分で無い事そのものは、皆解っているのだから、目立った批判は無い。そもそもメディアが訊いている訳ですから、メディアがその人を批判するというのは、考えにくいのですよね。何故か、民放各局で、同じ人を見たりしますし。

経験や実感を過度に一般化するものでは無いと、私は思います。

しかし、上に書いた、報道の構造。巧みと言えば巧みですね。もちろん、ネガティブな意味を込めて、ですが。

最後に本音。

恐らく大部分の事例に当てはまるであろう事を尤もらしく並び立て、さも優れた洞察と知識を持っているかの如く持論を開陳する、誰が認めたか定かで無い「識者」・「専門家」がしたり顔でものを言う状況は、正に、笑止千万であると言えましょう。

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2007年12月14日 (金)

超弩級

痛いニュース(ノ∀`):【mixi】“ゴキブリラーメン”書き込み騒動で、バーミヤン激怒…問題の大学生の父親「あいつ、また何かやったのか…」

ZAKZAK:今度はバーミヤン激怒“ゴキブリラーメン”騒動勃発

うーむ。

なんか、凄いですね。色々な意味で。

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2007年12月13日 (木)

NKHH

こしだのITジャーナル ●ニセ科学批判批判?に思うこと

感想。

  • 議論において、誠実な態度を保とう、というお考えだという事は、窺える。
  • 文章を慎重に書こうとするあまり、表現が過度に婉曲になってしまい、文の趣旨が、とても見えにくい。
  • どの部分が校正されたのかが明示されていないので、校正前との比較がしにくい。追記部分以外も、修正してありますよね?
  • 言及先ブログの管理者(poohさん)及び、コメンテーターの方々の発言の要約が、あまり正確で無いように思える。皮肉の意味合いを付加してしまっているように、私には感じられました。例↓
    • ”その方が曰く「コメント欄ににぎやかな人がおいでになっているだけのようですが、何か?」。”←「~が何か?」って、一般的に、かなりネガティブな表現で用いられると思います。
    • ”しかしニセ科学批判の側の方々から「であなたは炎上でないものを炎上みたいに書き立ててバラエティー記事でも書こうとか?」という非常に不本意な方向に話が進みそうなので”←このカッコ内の部分、どこの事なのか、判らない…。

後、これは、poohさんのブログのコメント欄を読んでいて思った事なのですが。

あまり、謝罪を繰り返すのは、よろしく無いように思います。不快に思われたかどうか、という所にクローズアップし過ぎているような印象を持たれるかも知れません。以前、別のブログ(冬枯れの街)でも、同じ様な事がありました。不快感を与えたというのは事実でしょうけれど、その根拠には、妥当で無い読まれ方をされた、というのがある訳で。尤も、こういう「態度」の問題に、あまり口出しすべきでは無いのかも知れませんが。

ところで、炎上という概念、なかなか難しいですね。捉え難い。個人的には、投稿者の数の多さ、というのが条件に含まれる気もしています。後、言葉遣いの苛烈さとか、投稿者の論理性の乏しさとか。無理に定義する必要も無いでしょうけれど。

最後に、koshidasuiさんに申し上げたい事。

ニセ科学を批判する人間には、科学者で無い人も多く含まれる、というのも、念頭に置くのが良いと思います。

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ごくん

とあるネットラジオを聞いていたら、学力低下とかの話が出ていました。

どうやら、パーソナリティの方は、(テレビか新聞かは判りませんが)メディアの報道をそのまま受けて、学力は低下している、そして、それはゆとり教育が原因、というのを信じていたみたいですね。後、モンスターペアレントの話もしていました。で、だから日本はダメになってしまう、という意味合いの感想で結んでいましたね。

それを聞いていて、ああ、メディアの情報を鵜呑みにしてしまうのは、やはりあるのだな、と、改めて、思った次第。そこからは、なかなか、ホントに学力って下がってるの? とは、考えないものなのでしょうね。結構それは、一般的な認識なのかも知れません。

たとえば、マスメディアの報道なりを見て、それに関する情報をネットで確認する、という癖があれば、色々な角度から考える事が出来るのですよね。メディアによって、ちょっとずつ内容は違うから、それらを総合して考えられる。場合によっては矛盾が見られたりして、ではどれが妥当なのか、という所に、認識が至る。

そういう意味では、まず鵜呑みにしない、というのが、メディアリテラシーの重要な因子なのかな、なんて思います。

よく噛んで食べないとね。

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2007年12月12日 (水)

深読み

某ブクマ経由。

今話題の「水素水」「活性水素水」とは何なのか(下) - OhmyNews:オーマイニュース←これを読んだ後に、

りんご習慣で「医者いらず」へ - OhmyNews:オーマイニュース←これを読むと、色々興味深く読めますね。

りんごの方の記事を見て、ざっと思いつく疑問は、

  • その学者は、番組で具体的に、どういった発言をしたのか。明確に、癌に対する効果を謳ったのか。それとも、慎重に研究結果を報告したのか。
  • 動物実験の方法は適切なのか。記事の情報だけでは、よく解らないです。書かれていたとしても、それが専門的に見てどうであるか、というのも、ちゃんとは理解出来ないでしょうけれど。
  • 臨床試験、あるいは、疫学的調査は行われているのか。ちょっと調べたら、りんごに関しては、疫学研究は、あるみたいですね。
  • もし、リンゴジュースが癌を予防する、という発言が行われていたとして、それは、妥当であるのか。それを主張して構わないほど、研究は蓄積されているのか。新しい説であるとすれば、他の科学者からはどう評価されているのか。

こんな所でしょうか。

それにしても、実験の説明は、解りにく過ぎますね。記事の内容だけだと、色々疑問が浮かんでしまいます。

記事の情報からだけから判断するのは早計かも知れませんが、あの動物実験の結果から、癌にリンゴジュースが効く、とするのは、さすがに気が早いように思います。少なくとも、記事を読んで納得させる、とはいかないかと(鵜呑みする人もいそうな気も…)。

 戦後、わが国の医療の技術は格段に進歩した。その反面、それまで庶民レベルで行われてきた家庭医療や東洋医学が衰退した。先進国でりんごの消費量が減少したのは、じつは日本だけである。食は生命の根源だ。食生活から見直し、「医食同源」の精神を大切にすることで本当の意味での健康が維持できるのではないだろうか。

この締め括りは、無理矢理な感じがしないでも無いです。

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2007年12月11日 (火)

まず疑う

亀@渋研Xさんのブログの最新エントリー(PSJ渋谷研究所X: 調べたのは誰の国語力?←先にお読み下さい)に、件の記事を、学力低下を示すもの、と捉えているブログが見られた、という事が書いてあったので、関連ブログを、ちょっと覗いてみました。

ホントにそうですねえ…。

これは、もう、はっきりと言えますが、あの記事の情報から「学力低下」に一般化するのは、どう考えても、考察が不足しています。ゲームの影響とか言っている人もいるし…。
ぶっちゃけ、えー、と思いますよね。あの記事を見て情報不足に気付かない方も、なかなかね。自分の高校生くらいの頃でも、その程度の事は解りましたよ。だから、新聞記事とかワイドショーのニュースを見て、なんだそれ、と、いつも思ってた訳ですけれど(それでも全然、認識力不足でしたが)。

以下、コメント欄の補足っぽいもの。

そもそも、「岩波書店の調査の目的」が何か、というのも、ポイントだったりする訳ですね。特に一般論を引き出そうとしたのでは無く、あくまで参考資料として役立つデータとして調査を行ったのかも知れません(もちろんそれは、たった100人の意見を調べただけ、という意味で、情報は少ないと言えます)。元ネタには、

同社は「現場の先生が危機感を持っている表れではないか」としている。

とありますが(平仮名の作文、「八つ」を「はちつ」=国語力低下、教師9割が実感-岩波書店調査(時事通信) - Yahoo!ニュース タイトルは、記者が付けるとは限らないですね。そこの考えが抜けていました)、それ自体は、特におかしな発言でも無い訳ですね。調査した100人の内大部分が低下を実感している、という事なので、それは妥当。しかし、この記事の中に挿入する事によって、「岩波の調査した人、などの認識不足」すら読み取らせてしまう可能性もあったり(つまり、社会調査系の記事を批判的に見る人が、記事から推測して、調査した組織なりまで批判する。少なくとも記事だけからは、どういう意図によって調査されたかは、不明)。

ところで、小学4年の子どもが、「はちつ」と読む事、そんなに驚異的ですかね? よく解りませんね。自分とか友達がそれくらいの頃の、「漢字の読め方」なんて、憶えてませんし。

なんか、関連ブログを読むと、日本の全部の小学4年生が「はちつ」と読んでいる、と読み取ったかの様な(←言い過ぎです)論理の展開があったりで。ほんのちょっと考えれば解りますけれど、「岩波書店の調査の対象の100人に訊いた中の一例(複数の可能性もあるけれど)」、ですからね。身近にそういう子がいたら、「いや、それは”やっつ”だよ(笑)」、「あ、そっかー。」となるのかも知れませんよ。記事に書いてあるのは、「はちつ」と読んだ子どもがいた、という事だけですから、その後にどんなやり取りがなされたか、とかは、解らない訳です。

と、あれだけ短い記事についてでも、これくらい、長ったらしい文章を書いてしまうのですね。それはそうです。短いという事は、情報量が不足しているという意味でもあるから。

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このエントリー、ある部分が、「もしかしたら、こう読まれるかも」、と思い、補足しようかともしましたが、止めておきました。多分、誤読する方はおられないでしょう、多分。

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2007年12月 6日 (木)

脳トレとか100ます批判

左巻さんが、脳トレと100ます計算について、言及なさっています⇒Doblog - さまき隊的科学と環境と仕事と遊び -ニセ科学ぷんぷんの「脳トレ」「100ます」

 ぼくには、川島隆太氏の脳科学はある範囲では成り立っても、それが範囲を超えたところにまで適用されると「ニセ科学」になる典型のような気がします。

その通りだと思います。そして、「ある範囲を超えているか」どうかが、非常に微妙な所ですね。まさにグレーゾーン。そういう意味では、川島氏は、実に巧みであると言えるでしょう。ただ、マスメディアは、叩けるとなったら徹底的に叩く所があるので、今後批判が増えると、どうなるかは解りません。尤も、テレビで批判的に採り上げるというのは、無さそうではありますが(テレビが脳トレを好意的に紹介したという事もあるし)。

まあ、PISAの結果に、それらの単純計算作業の重視がどれほど影響しているか、というのは、よく解らない所ですが、流行った、というのは事実ですしね。慎重に分析する必要があろうかと思います。

 「脳トレ」や「100ます」の過剰部分は、やっと最近、問題視されるようになったと思います。教育界の「ニセ科学」の部分を、ぼくは注視していきたいと思います。

マスメディアが採り上げたのは最近ですけれど、WEBでは、脳トレを批判的に捉える論調は、しばしば見かけましたね(私も書きました)。まさに、教育に関わる事なので、ちゃんと考えていかなければなりませんよね。脳トレや100ます計算の場合、もっと一般的に広まったものですし。

私の考えとしは、脳トレは、ニセ科学と科学を跨っている、という印象です。容易にどちらかに行けてしまう危うさは、持っていると思っています。

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2007年11月23日 (金)

イースポ

日本eスポーツ協会設立準備委員会、発足記念イベント開催決定。「ウイイレ2008」、「鉄拳5DR」、「フリスタ!」の日韓戦を実施

JESPA::日本eスポーツ協会設立準備委員会

電通スポーツ事業局竹田氏とGoodplayer.jp犬飼氏による「E-Sportsの現状と今後の展望」アジア室内競技大会のe-Sportsで金メダルを!

なかなか興味深いですね。ウイイレは、いかにも採用されそうなタイトルであります。

日本でも、どんどん普及していくといいですね。

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2007年11月22日 (木)

神の手。今ならまだ間に合う

もし、「神の手」と呼ばれる画像を調べるなりして、ここに辿りついた方がいらしたら。

こちらの記事、及び、関連リンクを読みましょう⇒PSJ渋谷研究所X: どこまで広がる「神の手」

何らかの神秘性をあの画像に見て取った後に、真相を知れば、計り知れないショックを受ける事でしょう。でも、このまま広まるのは良くないからね…。

元ネタと、今の流行りのイメージとのギャップが凄すぎるし。ググってみると、さも自分が撮ったかのように紹介しているものも、ありましたね。世の中には、そういう人もいますからね。注意深くものを考えたいものです。自戒も込めて。

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他人の目

星野奈津子、ブログに不適切発言で芸能活動停止(産経新聞) - Yahoo!ニュース

うーむ。

ブログを書くというのも、タレントとしての活動の一環なのでしょうから、事前に関係者がチェックするとか、そういう事をした方がいいんじゃいかなあ。不適切どころでは無い発言ですからね。ほんのちょっと想像力を働かせれば、絶対に書けない内容だし。もし、自分が事前に見せられたら、本気か? と思いますし。WEBに接続する環境がある人なら誰でも読む事が出来る、という部分は、認識すべきでしょうね。

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2007年11月 8日 (木)

カギ?

母乳育児でIQ上昇=カギとなる遺伝子特定-欧米の研究チーム(時事通信) - Yahoo!ニュース

母乳育児でIQ上昇=カギとなる遺伝子特定

この日本語の意味が解らなかったのは、多分私だけでしょう…。

て言うか。

「上昇」じゃあ無い、と思う。

こういう研究は、科学的に意義があるものなのだと思うけど、ここから、母乳育児を殊更に持ち上げる、なんて事にはならないで欲しいな。考え過ぎかも知れないけど。

ところで、知能指数の様な概念を遺伝子レベル説明する研究(←なんか、凄く変な書き方な気がする)って、どういう分野なんでしょう。ここら辺の方法に関する本なんかがあれば、読んでみたいですね。行動遺伝学とは違いますよね? 肥満に関する、とかの特性ならともかく、知能みたいな複雑なものを、というのが、気になります。

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2007年11月 7日 (水)

批判を受け容れる事

遊鬱さんのブログでのやり取りを見てました。
で、こちらのブログをご紹介⇒Tsukasa Blog | 湊屋さんとふみこの、ちょっといい関係

批判を受け容れて、それに対して誠実な態度をとったという、一つの事例なのではないかと思います。※ただ、「申し訳無い」というのを仰り過ぎな気もします。遊鬱さんも仰っていますし、私も別の所で、似たような事を書きましたが、批判の根拠というのは、自分が愛好しているものを非難されたから「だけ」では無いので。

そういう意味で、藁人形ばかり攻撃する人とは正反対かな、と。

坂元氏や浜井・芹沢氏の本を基にした記事などを書かれるのを、期待します。厳しい見方をすると、「単に謝意を表明した」、というだけに見られる可能性もありますので…。

※なんだかんだ言って、批判を受け容れるというのは、かなり難しい事です。

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超余談。

ツカサ社長さんのブログを見てみて下さい。これ以上は説明しないけど…。

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2007年10月13日 (土)

コメント

痛いニュース(ノ∀`):亀田史郎氏 「大毅の反則行為、故意ではない」「闘志の現れ」…コメント発表

スポーツナビ|父・史郎トレーナー「大毅の反則行為は故意ではありません」

亀田興、大毅への反則指示否定「あれは亀田家のボクシング用語」(スポーツナビ) - Yahoo!ニュース

なんか圧倒的ですな。色々凄い。

ボクシング用語、ねえ…。

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2007年10月12日 (金)

一体、

何なんだろうね、これは⇒痛いニュース(ノ∀`):【神戸・高3自殺】“2ちゃんねるで集まり献花”に「ゲーム感覚か」の声…他人が集う違和感。ネット中傷。いじめに繋がる薄気味悪さ

違和感は、この(新聞の)記事の方に覚える。

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2007年9月17日 (月)

いかがなものかと

Yahoo!ニュースを見ていて思うのですよ。

頼むから、試合結果を見出しに書かないでくれ。

ちょっと前には、「○○の結果」とだけ書いて、本文読まないと解らない様になってたんですけどね。

勘弁して欲しい。

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2007年9月 2日 (日)

大学の講義

質疑応答公開 :: 事象の地平線::---Event Horizon---

とっても興味深いです。勉強になりますね。

こういう講義(質疑応答の内容から推測)を受講出来た学生さんは、かなり得したんじゃないですかね。身近の事と結び付けて説明されて、解りやすかったでしょうし。物事を懐疑的に見る事の大切さを思い知ったのではないかと、感じました(混乱したり、不安がったりしている学生さんも、おられたみたいですが)。本当は、高校までにもそういう授業があれば良いのだと思いますが、高校までの授業のカリキュラムで学ぶのは、なかなか難しいのでしょうね。出来たとしても、優秀な先生が、「余談」として話す事、に含まれるのかな。「面白い先生」というのは、生活に即した話を、授業の内容と絡めつつ話す先生、ですよね。

高校までの授業って(少なくとも、私がいた所は)、洗練された知識を憶え込まされる、という所があるので、面白く無いんですよね。無駄が無さ過ぎる。それをどう工夫するかが、教師の腕、なのかも知れませんが、受験に必要な知識を詰め込む、という事もしないといけないので、大変でしょうね。私の場合、進学校ではありませんでしたが、資格試験を受けさせられる学校でしたので、やっぱり、知識の暗記、でしたね。今や、ほとんど記憶にありません(やり直せば、全く勉強した事無い人よりは、理解までの時間は、短くてすむでしょうけれど)。

前、テレビで、どっかの高校が、良い授業しているのを見かけたなあ。どこだったかな。まずテーマを決めて、それについて、生徒が自主的に研究していく、という進め方をする授業だったのですが。

どうでもいいけど、ビリーズ・ブートキャンプが絶賛されていたのが、なんか可笑しかった(笑)

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2007年8月22日 (水)

「脳トレで」、か?

クルマ高齢社会:脳トレで認知力改善 川島教授ら実験、自動車業界が教材に-家庭:MSN毎日インタラクティブ

この内容だと、「脳トレで」という見出しの書き方は、ちょっと違うんじゃないかと思うけどなあ。色々な専門家が集まって、それぞれの知見を出し合い、トレーニング(かなり盛り沢山に見える)を開発し、テストした訳ですよね。こんな感じで、「つかみ」の様なタイトルをつけるのは、どうなんでしょ。気にし過ぎかな。

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2007年7月30日 (月)

冒険?

痛いニュース(ノ∀`):TV番組製作者「今のテレビはつまらないとは思わない」…ネットの影響だという意見もテレビってどーよ?「つまらなくない!」とTVマン|Ameba News

自然と“人気者大集合”の番組が増えるのです。冒険がし辛い時代です

ああ、自覚はしているんですね。「冒険」が何を指すのかが、よく解りませんが。って、広告代理店の人の話か。

「ゴールデンの演出も出かける30代のチーフディレクター」氏の意見、頷ける所も(少し)ありますが、開き直りと取れなくもないですね。

どうでもいいんですが、最近の『めちゃイケ』、今一つだと思うんですよね。こちらが厭きたのか、番組が以前と変わったのかは、不明ですけど。

あんまり、「つまらないもの」を採り上げて云々するべきではありませんが、細木数子さんの料理を紹介して、周りにいる芸能人が感心する、っていう図は、どうにかなりませんかね。後、「○○流」とか言って、料理をする人なら当たり前の様に知っている基本技能を、さも画期的な方法であるかの様に紹介するのは、やめて欲しい。わざとらしすぎる。白々しい。

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2007年7月23日 (月)

区別出来ないのはどっちだろう

PSJ渋谷研究所X: ドリームガールズと霊能捜査官

子どもだったぼくは「そんなもんを本気で現実と混同するバカな子どもなんかいない」「マンガと現実の区別がつかないマンガ読みなんかいない」なんて思ったものだった。

それと共に、「そんな混同をする奴なんて、本当のマンガ読み(今だとゲームとかも)じゃ無い」、という考えも持ったりしますね。要するに、愛好者同士でそういう共通了解を持つ事が、そんなアホな読み方するなよ、という要求にもなる訳です。

もちろん、フィクションに触れて、「そういう事はあるかも知れない」、と思うのは、大いに起こり得ます。しょっちゅう、と言ってもいいでしょうね。でもそれは、「混同」とはちょっと違う。思う事と、それを現実の生活で実行する事は、違うのですね(もっと正確に言うと、「区別が出来なくなって」実行する、という事です)。で、「そういう事はあるかも知れない」、という子どもの疑問に答えるのは、オトナの役割でしょう。でも、そのオトナが、現実と仮構を区別出来ないのだ、と騒ぎ立てたり、フィクションの、現実には起こり得ない部分についてちゃんと説明出来なかったり。時には、オトナ自体が、コロッと行っちゃう訳ですね。

バーチャルと現実との区別が出来なくて云々…と言うその口が、ニセ科学的な健康グッズについての効能を嬉々として語ったり、超能力捜査の可能性を強く信じて、その手の番組に、現を抜かしている(←敢えてこう表現)のです。これって結構、滑稽でしょう。果たして、ありそうも無い事を信じ切って、現実と混同しているのはどちらか。

私達は、知っています。フィクションにどっぷりと浸かってきたから、どんな話があるか、どういうパターンか、そういうのを、類型として捉えています。いかに現実と乖離したものを尤もらしく見せるか、というのが、クリエイターの腕の見せ所である、というのも考えます。要するに、現実を知っていないと、話にならないんですね。メタなんですね。メタで無いと、対象に振り回されているというネガティブな評価を、受けちゃいますから。そういう意味で、子どもの頃から、鍛えているのですね。

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2007年7月22日 (日)

できる子

こんな本が出てたんですね⇒アスコム:できる子は10歳までに作られる

七田式も採り上げられているんですね。もちろん、一般の養育者向けの内容なんでしょうけれど。

【楽天市場】できる子は10歳までに作られる:楽天ブックス

↑ここを見ると、ゲーム脳の話が書いてあるみたいです。どんな扱われ方しているのかな。

話は替わって、いつも思うのですが、篠原氏、テレビにしても何にしても、安易に出過ぎじゃないですかね(この本は読んでいないので、内容解りませんが)。氏は「科学者」ですから、望むと望まざるとに拘らず、ある程度の権威付けがなされると思うのです。それを視聴者や制作者の責任だ、と言ってしまえばそれまでですが、もう少し、どう捉えられるかを、考えた方がいいんじゃないかなあ。川島氏にも、同じ様な印象を持つ事がありますが。

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考えられない

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 中越沖地震の避難所、テレビ局が隠しマイク仕掛ける

尋常じゃ無いよね。

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2007年7月21日 (土)

ネタバレ

えっと、WEBでニュースを見ていたら、『ハリー・ポッター』の作者が憤慨、という見出しがあったので、記事を読んでみたんですよ。

で、ですね。内容は、「ニューヨーク・タイムズの書評(しかもフラゲ)でネタバレがあって、それに対して作者が、怒りをあらわにしている」、というものだったのですが、なんと、その事を紹介した日本の記事自体に、ネタバレの内容が書いてあったんですね。おいおいおい、という感じです。私は、読んだ事も無いし、特に興味を持っている訳でも無いので、別に構いませんが、ファンは、えーっ、となったでしょうね。

で、昼にこのニュースを読んで、今改めて確認したら、その部分が、仄めかし程度になっていました。クレームを受けたか、内部から指摘があったか…。

しかし、どう考えても、ネタバレ助長でしたよねえ。興味が無い私でも、ちゃんと何が書いてあったか憶えてるくらいですから、本を手に取る人は、その部分を気にしちゃうでしょうね。

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2007年7月20日 (金)

モバイル社会

遊鬱さんの所のコメント経由で⇒モバイル社会の現状と行方 : 書評 : 本よみうり堂 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

追記:本の内容について、コメント欄で教えて頂きました。是非ご覧下さい。

ホント、こんなに批判的な書評というのも、あまり見ないですよね。面白い。

 携帯電話の普及がもたらす社会の変化も気がかりだが、携帯に対する偏見が生み出す闇もまた心配になってきた。携帯はあくまで道具。解釈よりまず取扱説明書をきちんと読んで、私もせめてメールぐらい打てるようにならねば。

素敵ですね。

しかし、何でもかんでも、「心の闇」とか言わんで欲しいですね(本にそう書いてあるのかは判りませんが、括弧で括っているので、書いてあるのかな、と思います)。

ケータイでのメールの平均が18件/日なんて、異常に多いと、直観的に思います。はずれ値がありそうな予感。サンプリングも、どうやったのだろう。「送受信件数」だから、メルマガとかも含むのでしょうか。詳細がわからないので、その内、読んでみようかな。ちなみに私、携帯電話でメールするなんて、数週間に一回とかのペースです(笑)

もちろん、このエントリーは、書評についての感想なので。本そのものについては、読んでいないので、何とも言えないです。心理学の専門家が書いた本だから、心理統計についても適当な事は書かないだろう、と思いたいのですが、著者に正高氏が入っているので、むむ、と思ったのでした。これも一つのバイアスですね。

モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影 Book モバイル社会の現状と行方―利用実態にもとづく光と影

著者:小林 哲生,天野 成昭,正高 信男
販売元:エヌティティ出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2007年7月19日 (木)

きおく

はてなブックマーク - J-CAST ニュース : 電話番号覚えられない!携帯は「バカ量産」の主犯か

J-CAST ニュース : 電話番号覚えられない!携帯は「バカ量産」の主犯か

携帯電話ユーザー、数字の記憶力が低下傾向に=調査 | 世界のこぼれ話 | Reuters

そもそも、「自宅の電話番号や家族の誕生日など単純な情報を記憶する能力が低下」(ロイター)という書き方自体が、結構微妙だと思うのですよね。「能力が低下」というのが。こういうのって、注意資源を他人の生年月日や電話番号の記憶に割く事に、重きを置くか、という問題なので。興味のある分野について、膨大な知識を持っている人がいますが、そういう人は、記憶の能力は高い訳ですよね。J-CASTで言及されているNTT-BJの調査(プレスリリース PDFファイル)の、「デジタル化による記憶力の低下」という表現も、微妙。記憶力の低下、というのは、いかにも一般化が過ぎる書き方ですし、これはむしろ、「憶えなくともよくなった」、という話だとも思います。他にも、首を捻ってしまう様な記述がちらほらと(前、別の記事で採り上げられた時に、言及しました⇒Interdisciplinary: むりやりじゃー)。

しかし、

また、読売新聞夕刊(7月10日)コラムで鈴木美潮記者は、かつては支局や警察署の電話番号を手帳を見る必要もなくプッシュボタンで押すことができたが、「今や携帯のメモリーに頼っりぱなしの自分に驚く」と明かした。「機械の記憶に頼りっぱなしのままでは、『人間力』は落ちる一方ではないだろうか」と不安をもらしている。

って(J-CASTの記事より引用)。何でここで、「人間力」なんて言葉が、いきなり出てくるんですかね。これは論理的に、「人間力」とやらには、高い記憶力が必要条件だという事になりますね。しかも、電話番号の記憶が。何だかよく解らんです。

J-CASTの記事、後段が…。何故に森昭雄氏が。”「携帯はバカを増やしているのではないか」”と発言する、「ある元大学関係者」って。わからない漢字があれば、それを調べるのは、むしろ健全だと思いますけれど。もしかして、ケータイ使ってるから、という事なのか? 国語辞典なら良いとか、それも、紙媒体の方が電子辞書より良いとか、そういう話ではありませんよねえ、さすがに。

大体、記憶を外部の媒体に頼っても、全然構わないと思います。重要なのはむしろ、記憶をどう扱っていくか、という事じゃないかなあ。

それに、記憶力そのものについて論ずるなら、心理学的な研究を行うべきでしょうね。そういう分野でも、無意味綴りを記憶する実験が、生態学的妥当性を欠く、という批判がなされていたりして、興味深いのですが。

私に言わせると、好きな歌手の詞を諳んじている方が、よっぽど凄い記憶力だと思います。そんな人、いくらでもいるでしょう? いないかな。

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2007年7月18日 (水)

何のせい?

痛いニュース(ノ∀`):フジテレビ「ゴールデンタイムの視聴率が悪いのはゲームのせい」

イギリス生活情報週刊誌 - 英国ニュースダイジェスト - 英国における日本報道

「ゲームのせい」と書くのは、いかにも印象誘導的ですが、それはまあ置いといて(痛いニュースのタイトルは、そんなもんです)。

フジテレビの専務氏の分析、つまり、視聴率低下について、Wiiが主たる要因である、というのが正しいかは、よく解りません。テレビ以外のものに関心が分散されている、というのは、当たっているでしょうけれど、その主な対象がテレビゲーム、というのは、どうなんでしょうね。もし正しいとしても、それがどうした、という感じですよね。相対的に、テレビのコンテンツがつまらないというだけの話なので。

で、何故Wii云々という話が出てきたのかと考えると、それが、最近の流行り物を代表する商品の名で、いかにも流行に敏感であるというのを象徴する語であると認識していたから、ではないかと思います。要するに、「使ってみたかった」だけではないかと。

ソースは未確認なので、細かい意味合いが解らない所もありますが、

テレビそのものに問題があるというよりは

これはどうなんでしょうね。仮に、Wiiに関心が移ったというのが正しいならば、それは論理的に、「テレビそのものに問題がある」事になりますよね。ゲームより面白いコンテンツが作れていない、という意味で。そうでないと、テレビより面白いものがあれば、それにユーザーが流れていくのは仕方が無い、という事になりますしね。

で、2ちゃんねるの反応は、ゲームのせい云々については、ちょっと過剰な所がある様な気もしますが、他の部分には、結構賛成です。

要するに、ディスカバリーチャンネル(←スカパーの無料放送の日に観るくらいですが、素晴らしいですよね。面白い)レベルの番組を作ってみれば? という感じです。視聴者がどんなものを求めているか、というのを、マーケティングしているのかな。私はバラエティも大好きですけど、他人を見下したりして視聴者に優越感を味わわせたりする番組とか、そういうのは多いですよね。尤も、昔からなのかも知れませんが、ちとうんざりもしますよね。たとえば、芸人の身体的特徴とか家庭環境とかを貶して笑いをとる、というのは、程々にしないと。後、感動の演出。これは勘弁して欲しい。

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2007年7月 2日 (月)

猛者

Yahoo!ニュース - 時事通信 - ヒルトン関係のニュースの読み上げを拒否=米の女性キャスター

何か凄い。日本でこんな事をやる人がいたら、大顰蹙でしょうね。

しかしホントに、セレブがどうのこうの※って、どうでもいい話ですよね。わざわざ採り上げてどうすんの、と思ったり。向こうの事は知りませんけど、日本人は、興味持つんですかね。

※皮肉を込めると、”セレブ(笑)がどうのこうの”、になりますが。

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2007年7月 1日 (日)

ふざけるのも大概にしたほうが良いと思う

犯罪被害者の身内(遺族等)が、超能力に縋ってでも…という事を言い出したら、それを宥めて、考えを改めさせるべきだろう、どう考えても。

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2007年6月24日 (日)

脳ブームって、まだ続いてるかな

NIKKEI NET:おとなのOFF

はてブが結構ついていて、あれ、何で今になって、と思ったら、WEB記事として、再録されたんですね(元の記事はこちら⇒日経おとなのOFF:2006年10月号 読んだのですが、所有していないので、WEB記事と全く同じかは判らないです)。

ただで読めるし、参考になるので、オススメです。

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2007年6月23日 (土)

右とか左とか…

「ネトウヨ」って(実は、意味がよく解って無い)、ホントに若い人が多いんですか?

そもそも、ホントに増えてるんですか?

よく解らんです。

あ、「増えている」と言っている人がどれだけいるかも、解らんです。

何じゃそりゃ。

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来て→入り

モトケンさんのブログ経由⇒asahi.com:「みのもんたさん政府に来て」逆風の首相、ラジオ対談で - 政治

 「みのもんたさんが国民への発信力、コミュニケーションを生かし、1回政府に来ていただけるのが一番いい」。

まあ、ラジオ番組でのやり取りなので、こんなやり取りもありかな……とは言いたく無いなあ。

でも、「1回政府に来て」が、”「政権入り」を呼びかけた。”にはならないと思うのですが、どうでしょう。尤も、ラジオ聞いてないので、どういうやり取りなのか、細かい所は解らないのですが。

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2007年6月22日 (金)

ばらばら

解り易い「デジタル」の用い方を見つけました⇒ビートルズ '67 ☆Sgt. Pepper's 40周年☆: パソコン、携帯依存症

ところで、この手の主張をする人に、よくあるロジック。

  • 以前、○○という説が提唱された。
  • その説は、科学的根拠が無いと、批判を受けた。
  • しかし、△△(身近の人)を見ると、それはあると考えざるを得ない(あると思われる)。

だから、身近の人間の話を一般化しちゃいけませんて。それに、ある特性の要因が、想定しているものである確証は、あるのでしょうか。もしかするとそれは、バイアスによって形成された信念なのかも知れませんよ。

そういえば、殺人を犯す若い人たちは、共通してパソコンや携帯に依存しているとのこと。

とのこと、って…。

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2007年6月21日 (木)

華美

痛いニュース(ノ∀`):おそまつなテレビ中継がスポーツを殺す いずれテレビそのものも死んでしまう

これは、殆どの意見に同意ですね。

まあ、端的に言うと、「余計なものを付け加え過ぎ」なのです。

私は、NHKの刈屋アナウンサーの実況が、好きですね。抑制が利いていて、耳障りじゃ無いのですよね。

これは、結構書いていますが、演出ばかりして、却って空々しくなってしまっていると思います。感動を「させよう」としないで欲しいです。

あー、でも、一部のプロレスなんかは、実況と一体となって、エンタテインメントとして成立している所も、あるか。余談ですが、私は、格闘技系では、リングスの試合での、WOWOWの高柳アナウンサー(当時)の実況が、好きでした。

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2007年6月19日 (火)

はっはっは

ニューストップ > トピックス > 芸能 > 宇多田ヒカル > 「翔さん披露宴で歌わせてくれない」 宇多田ヒカルがブログで毒づく - Infoseek ニュース

はっはっは。

U3MUSIC INC:ONE NIGHT WEDDING CARNIVAL

はっはっは。

U3MUSIC INC:毒づくってwww

はっはっは。

ニューストップ > トピックス > 芸能 > 宇多田ヒカル > 「翔さん披露宴で歌わせてくれない」 宇多田ヒカルがブログで毒づく - Infoseek ニュース(一番上と同じ)

(20:20追記)
   本記事は6月18日15時過ぎに公開されたが、宇多田さん本人の目にも留まった様子で、わずか2時間後の17時42分にブログを更新。「毒づくってwww」というタイトルを付け、「この記事おもしれーぞ! 」と、本記事の写真を掲載した。

はっはっはっはっは。

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2007年6月18日 (月)

蜘蛛の巣

MORI LOG ACADEMY: 近頃のインターネット

私は、インターネットに接続出来る環境になったのが、比較的遅かったので(まだ6・7年)、最初の頃は、海の、陸地の見えない所に放り込まれた様な感じでしたね。どうすれば有用な情報を得られるか、とか、全く解りませんでした。WEBの創成期から使いこなしていた人は、段階的に拡大していくのに上手く適応出来たと思いますけれど、ある程度大きくなった状態で始めると、とても戸惑います。最初は、ご多分に漏れず、2ちゃんねるやら何やらを警戒したりしていましたね。始める前には、漠然とした不安もありました。まあ、体験した事の無い人がよく語る不安と、同様のものです。

これ程インターネットが拡大して、ブログ等も増えてくると、森さんが仰る様に、実際、薄まったり、役立たずの情報も増えたりしてきているでしょうね。また、WEBで情報発信している人で、常に不特定多数の人に見られる、というのを意識していない人が、増えていると思います。これは多分、html(私も出来ないですが…)等を知らなくても気軽にブログやらを開設出来る、つまり、敷居が下がってきたから、なのかも知れません。もうちょっと、他人の「目」を気にすべきなんじゃないかなあ、と思いますね。原理的には、様々な情報が一瞬で伝達される可能性を持っている訳で、その辺の意識が、低いんじゃないかと。私は、ブログを開設するまでに、色々な所を読んで、どういう情報は書くべきでは無いとか、どういう作法があるかとか、そういうのを、かなり勉強して始めました。よく言えば慎重、悪く言えば臆病、という事ですが、インターネットに情報発信するのですから、少々臆病と思えるくらい慎重になるのが、丁度良いのではないかとも、考えます。追記:文章の修正が面倒なので、追記で。htmlが出来ない云々と、他人の目を気にした方が良い、というのは、論理的に、直接には繋がっていないですね。これは、html等、WEBについての知識を持っている→インターネットにおけるコミュニケーションについても、ある程度考えているだろう→ネットに発信した情報の広がり方についても考えているだろう→ネットへの情報発信に慎重になるだろう―という推測です。html云々というのは、メディアリテラシーの高低を象徴する文章という事ですね。実際にそれが出来るかどうか、という事には、あまり意味は無いです。あー、長い追記。修正した方が良かったし(笑)

その為には、ある程度、仕組みを知った方が良いですよね。そうすると、「想像」する事が出来ます。

今の様に拡大した状況でもいいんじゃないかとも、思います。情報の総量が増えれば、そこから有用なものを取捨選択するのに、ある程度のスキルが必要とされる訳で。必然的に、メディアリテラシーの向上を促す、という。尤もこれは、かなり楽観的な考えですけれど。マスメディアの情報の様に、キレイにカットされて、かたちを調えられたものより、WEBで雑多な情報に触れて、訳の解らなさを知る、という方が、健全な気もします。自分で情報を整理していく、という。

WEBでのコミュニケーションの最大の利点は、時間的・空間的制限を、かなりの程度取り払ったという所にあるのですから、それを認識して、上手く付き合っていくのが、良いのではないかと思います。余り恐れず、かと言って頼り切らず、程々にやるのが、ベターですね。

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ぶっちゃけ、引用文を貼り付けているだけのエントリーは、どうにかして欲しい。

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2007年6月17日 (日)

INAGO

何だか、(主に)はてな界隈が、騒がしいですね。イナゴがどうとか。私は、イナゴが何を意味するか知らないくらい(今調べた)、この辺の事情には疎いのですが、色々議論を戦わせているのを見て(ほんのちょっと眺めて)、何か小難しい事言ってるなあ、という印象です。

こういう辺境で、まったりやっている人間にとっては、余り身近に感じられないんでしょうね。はてブが沢山付く様な所だと、本気で考えざるを得なくなるのかな。まあ私も、うまさんには、よく解らない事をされた訳ですが、それはまた、別の話か。

ブログにしろ掲示板にしろ、実際の会話と同様のマナーを弁えるのが、良いと思います。素朴な意見ですが、それが最も大切ですよね。それが出来ない人がいるのが、問題なのか。

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2007年6月14日 (木)

どんだけなんだ

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 世界は失笑…テレ朝がウッズに「ハニカミ知ってる?」

どこの局かと思ったら、テレ朝かあ。何恥ずかしい事やってんでしょうね。大体、石川選手に対しても、大変失礼です。石川選手は、このニュースは知ったと思いますが、どう感じたかな。そういうのは、性格傾向によって、違いますね。

そういえば、夕方のフジのニュースでも、ハニカミ王子をウッズが絶賛、とか言って、紹介してましたけど。

なんと言うか…何なんでしょうねえ。どこまで呆れさせるんだろう。

「ハニカミ王子」騒動 問われるメディアの在り方-スポーツのニュース:イザ!

膳場貴子アナウンサーの手紙をスタッフが石川に強引に手渡そうとした“ラブレター事件”

こんなのもあったのか…知らなかった。これか⇒ハニカミ王子に「女子アナから」ナゾの手紙?-スポーツのニュース:イザ!

凄いなあ。

以下、軽く暴言ですが。

「メディアの影響」があるとすれば、当然そこには、マスメディアの姿勢の影響だって、含まれる訳です。そういうのを、考えるべきでしょう。一番良いのは、マスメディアなんぞ取るに足らない、と、引いて見る事ですね。あ、全く信用するべきでは無い、という意味では、全然無いです。余りウエイトを掛けない方が良い、と言うか。マスコミは、そう簡単には変わらないでしょうから、見る側の意識を変えるのが、手っ取り早いですね。下らない報道等には見向きもしなければ、良いのですね。まあ、下らないものを好む人もいて(また、マスメディアの情報は、一定の信頼度を保っているだろう、と信じている人もいて)、そこが、悩ましい所なのですけれど。私は、生まれてこのかた、「新聞を読む」という習慣(家で購読していた頃は、テレビ欄以外、ほぼ読んだ事無いです)を持った事が無いので、元々、余り、信頼を置いていなかったのですよね。

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2007年6月10日 (日)

バランス朝食…

TOSSウォッチング掲示板経由で⇒バランス朝食は早寝早起き…千葉大の調査 : 知恵袋 小学校入学~卒業 :育児ネット:教育 子育て : 関西発 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

この前取り上げた調査と、同じものですね。

あれですかね。「ウチの子は朝起きるのが遅いから、朝食を一品増やしてみよう」、と考える人とか、いたりするんですかね。

バランスの取れた食事も大切かも知れませんけれど、統計数字を読む力も、とても大事だと思います。

何と言うか、「数学では70点だったけど、国語は90点だった。だから、国語の方が良い成績だった。」とか、「前回は90点で今回は75点だった。今回の方が駄目だった。」と言うのと似た様な感じですよね。単純な数値の大小でしかものを考えない、という。

「早起き」の境界が「午前7時」なのは、何か根拠があるのでしょうか。

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2007年6月 9日 (土)

na…nandatteー!!

「ゲーム@小説2-恐怖の大王は、ゲーム機だった! 」 ニュースな本棚|Excite エキサイト : ブックス

これは、かなり読んでみたいですね。って言うか、もしかして、有名?

紹介を読むだけで、お腹一杯になりそうです。だって、

世界をカバーする携帯電話をさらにグレードアップしたもので、人工衛星から送られてきた電波とゲーム機が反応して、魔の霊的な波動を起こすのである。
その波動は、666であり、獣のサブリミナル・メッセージだ。(孫引き。リンク先より引用)

これですよ? わくわくせざるを得ないではありませんか。

Amazonで、同じ著者の本を調べると…。余りにご馳走過ぎて、食べ切れなそうであります。

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2007年6月 8日 (金)

誰に走らせるか

Yahoo!ニュース - オリコン - 24時間テレビに黒木瞳、新庄剛志、タカトシ

そういえば、今年は、萩本欽一氏が、マラソンのランナーでしたね。

あのマラソンに関しては、まあ、色々な見方がありますですね。批判的に見る人は、「どういう選び方」をしているか、という所を、突っ込みますね。私もそうです。

途方も無い距離を走るのですから(ここにもツッコミあるでしょうけれど、置いときます)、本人の達成感は凄いだろうし、近しい人の感動も、ひとしおでしょう。観て、元気付けられる人も、多いと思います。そういう感情の動きは、否定出来ないし、する必要も無いです。

でも、ですね。何かちょっと、引っ掛かる訳です。色んな考え方を、してしまうのですよね。

個人的な話をしても、しょうが無いのですけれど、私は、感動を演出する事に、抵抗感があるのですね。もっと言うと、嫌悪感を覚えます。事実に関する事を、いかにもドラマティックに飾り立て、見る者の感動を誘う。そこに、何とも言えない気持ちを、覚えるのですね。「作意」の跡を見出すから、かも知れません。

…あー、回りくどいですね。顰蹙買うかも知れませんけれど、はっきり書いちゃいましょう。あのマラソンのランナー、いかにも「走れないだろう」という人を、選んでませんか。ある程度知名度があり、(ここ数年は特に)到底走れないだろうと視聴者に感じさせ、体力的にも平均より低いと思われる、そんな人を選んでいる様にしか、私には、見えないです。そういう人が走っているのを観せて「感動を誘おう」、という作意を、感じるのです。何か変だと思うのですよ。当然これは、制作者の意図の問題です。基本的に、走る本人がどうこう、という事では無いです。

こういう考え、変ですかね? もしかしたら、そんなひねくれた考えでどうする、とか、折角の感動を台無しにする様な事を言うな、とか言われるかも知れませんね。でもやっぱり、何か引っ掛かるのです。

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2007年6月 7日 (木)

「追い回す」、とは違うのかな

メディア・マスコミの“ハンカチ王子”一辺倒報道に異論あり

この間批判した方の記事ですが、これには、結構同意出来る所があるなあ。

ゴルフの石川選手の追い方とかも、なんじゃそりゃ、という感じです。

そうそう、こういう意見に、「マスコミのやり方に、何を今更」、という意味合いの事を言い返す人が、結構いますけど、それは駄目ですよね。批判はちゃんと、やらないと。

個人的な印象としては、斎藤選手や石川選手は、スーパースターになるポテンシャルを持っていると思っています。マスメディアが何をしても、大概の事は、大丈夫なんじゃないかなあ、と。勿論これは、高いレベルの精神力を持っているだろうという推測ですね。何言われても気にしない、とか、そういう事では無いです。年齢の事もあるし。
マスメディア、対象が「大丈夫そう」だから「図に乗る」って所も、あるんじゃないですかね。言い過ぎ? でも、TBSの件なんか見てると、一体何なんだろうな、とか思う訳です。

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2007年6月 4日 (月)

きちんと

これは良いエントリー⇒Peace of mind ゲームをさせることは本当はいいのか?

不安を煽る様な説を鵜呑みにせず、きちんと考えて、ゲームに接しようとしておられますね。細かい部分で、ちょっと違うかな、という所もありますけれど、これだけ「ゲームの悪影響」が喧伝されている現状で、冷静に考えようとされる誠実さが、伝わりますね。

ゲームについての学術的な研究に触れるのに最適な本として、坂元章氏の著作をご紹介します。

テレビゲームと子どもの心―子どもたちは凶暴化していくのか? Book テレビゲームと子どもの心―子どもたちは凶暴化していくのか?

著者:坂元 章
販売元:メタモル出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響 Book メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響

販売元:学文社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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「ウソ・ホント」

深夜のシマネコBlog: 誰に議論を届けるのかによると、ガツンと貯まる成功家計100の知恵|おはよう奥さん 食費節約・家計やりくりに役立つ暮らし情報雑誌|kurasse(リンクは「今月号」紹介のページ。7月号の紹介を参照の事)に、安原さんの記事が載っているようです。

「子供の安全安心はほんとうのところどうなのか?」なんて感じの見出しがあって、どうせ「子供は危険に晒され続けているから、安心携帯とかココセコムと契約しろ」なんていう脅迫記事なんだろ。なんて思って読んでみると、いきなり「子供が他者によって殺される件数は減っている」と、真っ当なデータを元に浜井浩一が書いていた。
 他にも、ゲーム脳言説に対しては坂元章、環境問題に対しては渡辺正と、主婦誌にはありえないメンツが、学者の立場から極めて真っ当な批判を行っている優秀な記事だった。

という記事だそうです(「深夜のシマネコBlog」より引用)。この種の雑誌に、そういう内容の記事が載るのは、珍しいんじゃないでしょうか。いや、何となく、そう思うだけですが。やはり、インターネットが拡大してきたとはいえ、誰しもが、WEBで情報を集める訳では無いのですから、こういった記事が、主婦層向けの雑誌に載るのは、良い事だと思います。これは、読んでみようかな。

追記:安原さんのブログで紹介されていました⇒『危ない』ニュースのウソ★ホント|女子リベ 安原宏美--編集者のブログ

おはよう奥さん 2007年 07月号 [雑誌] Book おはよう奥さん 2007年 07月号 [雑誌]

販売元:学習研究社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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いくら何でも

暮らし・未成年の凶悪犯罪 (1)メディア・未成年の凶悪犯罪(2)アニメとマンガ

記事の趣旨は置いといて(論外)、先ず、文章を推敲した方が、良いと思います。記者さん、大学生だそうですが、これはあんまりかと。こう言ってはなんですが、中学生が無理して書いた様な文にしか、見えないです。自己紹介の文章が、これですし⇒記者情報

余りにアレなので、もしかして、釣りか? とも思ったんですが、そんな事する意味無いし、こんな記事も書いてるしなあ⇒文化・日本人メジャーリーガーの活躍の裏側で…地域・早慶戦先発 斎藤佑樹投手

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2007年6月 2日 (土)

情報不足

ちょっと(いや、かなり)古い記事ですが⇒成人コミックの3割“児童ポルノ” 警察庁、対策要請へ|エンタメ|カルチャー|Sankei WEB

※あくまで、記事から何が読み取れるか(読み取れないか)、という話です(どこかに一次資料があり、そこには、具体的な情報が記されていた様な気がするのですが、見つかりません…)。

こういう記事って、結構、恣意的と言うか、都合良く書いたりしますよね。

先ず、タイトルの、「成人コミックの3割“児童ポルノ”」は、いかにも、成人コミック全ての中の3割に、そういう表現が含まれている、という印象を与えますよね。でも、

大手のサイト書店のサンプル調査(11月)の結果、販売された成人向けコミック約9000点の3割が子供を性行為の対象としていると推測している。

とある通り、母集団は、「大手のサイト書店で販売されている成人向けコミック」、なんですよね。記事中には、

販売された成人向けコミック約9000点の3割が子供を性行為の対象としていると推測している。

ちゃんと、こう書いてあるのですが、見出しがいかにもわざとらしい。勿論、この結果を、「全ての成人コミック」に一般化する事は、出来ない訳ですね。

当然、調査方法は妥当か、という見方もあります。記事には、サンプルサイズも信頼度も信頼区間も書いてないので、推定の精度がはっきりしないのですよね。解りにくい。まあ、調査者に好意的に見れば、3割前後では、あるのでしょうけれど。

後は、

18歳未満ととれる子供に対する性行為を扱ったものがあり、小学生と受け取れるような子供に対する性行為などを描写したものもある

これの判断が妥当か、とかですね。私はあまり勉強していないので、こういう表現が、どのくらいしっかり定義されているのかは知らないのですが、ある程度コンセンサスを得られている定義に従って、正確に判断されているのかな、という所は、考えます。

こういう記事、調査法は、ちゃんと明記した方がいいですよね。世論調査なんかでは、結構ちゃんと出しているのに、新聞記事に載るようなものでは、殆ど見かけないです。

※たとえば、調査法が妥当で、「3割」というのが、ある程度信頼のおける数字だとします。そうだとしても、今度は、それをどう評価するか、というのは、又別の問題なのですよね。上にも書いた様に、私は、余り知識が無いので、それを云々する事は出来ません(こうだ、という、明確な主張が無いです)。あくまで、統計的調査を記事にする際の書き方を、問題にしています。

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2007年5月16日 (水)

どっち

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 2ちゃんねるに「母親殺した」=14日夜、10回以上書き込み

やっぱり、「また2ちゃんねるか」、と言われるのかな。本人でもそうで無くても。

本人の書き込みと仮定して、件のスレの書き込みを幾つか読んでみましたが、ちょっと戦慄しましたね。本物でも釣りでも、あの書き込みは駄目でしょう。

しかし、今の時点で記事にする様な事か?

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2007年5月15日 (火)

嬉しく無いニュース

遊鬱さんの所で得た情報です⇒脳内汚染からの脱出(岡田 尊司)

新書で出すか? これを…。

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2007年5月14日 (月)

勃発でも無いような

“正義”の暴走ストップブログ(仮) : 悪者は先入観で作られる テレビっ子は漢字書き取り苦手のウソ(←面白いエントリーです)経由⇒子供の「漢字書き取り苦手」 テレビが原因かでバトル勃発 | エキサイトニュース

こんな記事があったのですね。

小倉氏の個人的見解、といった感じですね(←これ重要)。で、仰る事は、ご尤もだと思います。

しかし、日経の見出しは、ダメダメですよね。「テレビ視聴が影響か」って、書いてますし。他紙も微妙ですが。

後、本筋とは関係無い所で、気になったのですが、

  明石教授によると、要は生活習慣の問題だ。テレビを見なくてもゲームなどに時間を割けば勉強しない点では同じだ。

の(これはその通りですが、ちゃんと、そこを強調して欲しい)後で、

みたいテレビは見る、終わればゲームなり勉強なりをする、という切り替えができるかどうかが本質的な問題だ、という見方だ。

って書くのは、ちょっと変では? テレビを観た後に、「ゲームなり勉強なり」って…。

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2007年4月27日 (金)

ラジオが効くかはともかくとして

ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術 Book ラジオは脳にきく―頭脳を鍛える生活習慣術

著者:板倉 徹
販売元:東洋経済新報社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

別の本を探していたら、偶然目に入ったので(Interdisciplinary: いい加減、「脳に良い」は、やめませんかで触れたので、目に付いたのでしょうね)、序章を読んでみました。

案の定、ゲーム脳について、言及してありました。

ゲーム脳を森昭雄氏が提唱し、それに対する批判がある事は認識していながら、敢えてそれには触れないと言い、結局、ゲーム脳の様な現象はあるかも知れない、と主張する論理の展開。この手の論者にありがちですが、ゲームの内容には触れていません。

更には、「犯罪の増加」や「ニート」の問題とも結び付けて、論じられていました。

他の部分は読んでいませんが、序章だけでも、充分批判に値します。

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真の連帯って、何よ?

■いま解き「ナゼ信じてしまう!?血液型性格診断」

うーん、『VOICE』、相変わらずGJだなあ。

「血液型性格診断を広める活動を行っているNPO」の、

血液型人間学は人間の本質的な共通性を探ろうとするものであり、その目的は社会の真の連帯と人間愛を育てることにある

これ、余りにも、意味が解らないんですが。

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2007年4月25日 (水)

どこへ、と言われても

痛いニュース(ノ∀`):【論説】 「『盗んだバイクで~』 尾崎豊の歌、最近の若者は受け入れず…体制や大人への反抗心はどこへ?」…朝日新聞

asahi.com:没後15年尾崎はどこへ 消えた反抗心 - コミミ口コミ

とっても素朴な意見かも知れませんが。

「周りに迷惑をかけるのは間違い」「大人だって子供のことを思っているのに反発するのはおかしい」。体制や大人に反抗するのはいかがなものかという声だ。

本当にこういう傾向になっているのだとすれば、これは、好ましい事なのでは? 成熟した認識ですし。大体、そういう意見が本当に増えているのか、不明です。で、ここから何故、

香山さんは「成長プロセスにおける仮想敵だったはずの親や先生の善意を屈託なく信じている」と首をかしげる。

こうなるのか、よく解らない所です。「善意を屈託なく信じている」、というのは、違う話だと思いますが、どうなんでしょうね。香山氏の観察による根拠が、あるのかも知れませんが。「反抗の仕方」の考え方の違い、なのでは。

尾崎が歌ってきたのは、若者にとって普遍と思われるテーマだったはずなのに、嫌悪にも似た反感が生じている。

そうなんですか? 私や友人達は、どちらかというと、好意的にはとっていませんでしたけれど。といって、体制に迎合する、という感じでもありませんでしたが。と言うか、他人の歌を好きだろうが嫌いだろうが、どっちでも良いのではないかと。

当時の若者が皆、尾崎氏に共感していたかの様な書きぶりですねえ。そんな事、全然無いと思うんですけどね。

そもそも、尾崎氏自身の心情を勝手に解釈して、それを押し付けてません? 仮に、その解釈が妥当であったとしても、それに対する反応から、社会全体の特定の層の傾向を分析するのって、無理があると思いますが、いかがでしょう。

追記:文系白書ブログ: 香山リカの温い分析(=_=)でも、取り上げられていました。そうそう、そんなにややこしい事じゃないんですよね。体制に反抗するとかどうとか。あそこから、若者全体の心性に思いを馳せる、というのは、想像力が豊かと言うか何と言うか。

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2007年4月23日 (月)

メイドが作る

タイトル、意味が解らんですね(笑)

スカパーで、サイエンスチャンネルの番組表を見ていたら、こんな番組が⇒サイエンス チャンネル | シリーズ紹介:made in ☆ 秋葉原

ううむ、こんな所にまでメイドが…。面白い。

観てみました。

ご主人様…って、えーっ!

一体、どんな層の視聴者を対象にしてるんだろう。

ところで、いきなり話は替わりますが、子ども達には、サイエンスチャンネルを見せるのが、良いと思います。いい番組が、沢山ありますよ。

こういうのを観ていると、色々やりたくなってきますね。ラジオなんかの電子工作とか、最近だと、ロボットとか(高いけど)、『大人の科学マガジン』とか。そういうのって、子どもの頃にねだって、買って貰えなかったんですよねえ。

ラジコンもやりたいし、ガンプラも再開したいし…。キリが無い(笑)

大人の科学 真空管ラジオver.2 Toy 大人の科学 真空管ラジオver.2

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二足歩行ロボットキットKHR-2 HV Toy 二足歩行ロボットキットKHR-2 HV

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1/10 電動ラジオコントロールカー シリーズ エンツォ フェラーリ Toy 1/10 電動ラジオコントロールカー シリーズ エンツォ フェラーリ

販売元:タミヤ
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2007年4月22日 (日)

教え、教えられる

不思議缶ネットワークの子どもたち―コンピュータの向こうから科学者が教室にやってきた! Book 不思議缶ネットワークの子どもたち―コンピュータの向こうから科学者が教室にやってきた!

著者:美馬 のゆり
販売元:ジャストシステム
Amazon.co.jpで詳細を確認する

以前、ドラゴンさんに教えて頂いた、「不思議缶ネットワーク」の活動を纏めた本です。

大変素晴らしい内容。皆さんにもお勧めします。是非お読み下さい。

P118からの、一人の児童から発せられた問いに始まった議論(ニセ科学やスピリチュアルと学校教育との関係とも、密接に関わります)や、科学の原理についての応援隊同士の議論等、大変興味深いやり取りがあります。又、子ども達への回答の仕方等の議論では、どの様にして向き合っていくか、という所についての戸惑いも語られていて、とても興味深いです。

子どもにものを教える、というのは、詰まる所、子ども達と一緒に考えていく事、なのだと思います。いかにも陳腐な言い回しですけれど、本当に、そう思っています。決して、既成の知識を押し付けるだけでは無い。そう考えます。

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2007年4月20日 (金)

VODで、ニセ科学批判

ミランカ内のコンテンツ、『博士も知らないニッポンのウラ』を観ました(要無料会員登録。ページ、かなり重いです)。追記:corvoさんに教えて頂きましたが、再生は、Windowsのみで出来ます。残念。

これは、必見であります。

前半は、堀江貴文被告についてですが(個人的には、これも、興味深く観ました)、その後は、ニセ科学やスピリチュアルについて、宮崎哲弥氏、唐沢俊一氏と共に、語られています。血液型性格判断・水伝・ゲーム脳から、細木氏や江原氏の番組まで、広く扱っています。

全部で90分で、かなり濃い内容です。

絶対に、地上波では流せない(笑)

しかし、改めて思ったのですが、博士さんは、かなり勉強しておられますね。感心しました。

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2007年4月19日 (木)

釈明?

ニューストップ > トピックス > 経済・ビジネス > TBS > 不二家問題でTBS 「不十分謝罪放送」 - Infoseek ニュース

司会のみのもんた氏が、

「従業員の方なんか、特に家族の方の気持ちを思うとね。私に厳しいこと言われて、ガックリきてる方もいるんじゃないかと思いますけど。これからはね、『新生』になった不二家ということで、私もどんどん応援させていただきますから、頑張ってもらいたいと思います」

とコメントした。さらには「スタジオのお菓子はぜんぶ不二家にします」と、冗談まで飛び出す様だ。

何これ。 

「厳しい事を言われて、ガックリ」、じゃ無いでしょう。不明確な根拠で無茶苦茶な事を言われて、憤っている筈ですよ。一体、どこからものを言ってるんだ。

「スタジオのお菓子はぜんぶ不二家にします」

ちょっと、どうかしてるんじゃないか。愕然とする。その前に、言う事があるでしょう。

釈明の部分も、あれじゃいかんと思いますよ。色々な所で指摘されていますが。

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2007年4月15日 (日)

委員会

まさか、後藤さんが、あの番組で取り上げられるとは。

三宅さんは、仮想的世界で遊んでいるなあ。しかも、声がでかいから、タチが悪い。ざこばさんもね。

「昔は良かった」が、好きですねえ。

ところで、「今時の若者」って、何歳から何歳なんでしょう。

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2007年4月13日 (金)

読書とゲームと漫画と

Yahoo!ブログ - らくだい魔女の秘密の部屋2007年5月7日追記:リンクした記事は、削除されました。コメント欄をお読み下さい。

まず、「ゲーム脳」について調べてみた方が、良いと思います。

こういった子どもたちの感性を磨き、物事を豊かに表現する力をつけることのできる最も身近で
簡単な行動、それが「読書」なのだそう。
確かに本を読むと、想像力や表現力がつくと思いますね~~。

物事には、「接し方」、というものが、あります。又、どういうきっかけか、というのもありますね。「読書」と、一口では、言えないのではないでしょうか。「何を」、「誰と」、「いつ」、「どの様に」、「どれくらいの時間で」、読むのが良いのでしょう。「想像力」や「表現力」は、「つく」ものなのでしょうか。そこに、能動的な取り組みは、必要無いのでしょうか。

マンガやテレビの視界では得られないものを得られる気がします。
文庫本よりマンガ買って欲しいって小さい頃は思ってたけど

漫画やテレビでは得られないものが、確かにあるのかも知れませんね。文字だけの内容から、色々なものを想像する、という部分は、あると思います。でも、漫画やテレビ(この並べ方は、ちょっと変)でこそ得られるものも、あるのでは。色々な人が、想像力・創造力を振り絞って、作品を創り上げているのですから。そういった作品に触れるのも大切だと、私は思います。

小さい頃に読んだ漫画で、今の自分に大きく影響を与えたものとか、ありませんか。それは、貴重な経験では。

読書(細かい事を言うと、漫画を読むのも、「読書」です。雑誌を読むのもそうですね)が大切だ、というのは、私も、大いに頷ける所です。でも、それを主張するのに、他の文化を引き合いに出すのは、宜しくないですよね。

「ゲームが悪い影響を与える」、という説が、まことしやかに流れて、それを鵜呑みにする人がいて、「ゲームを好きな人」に、どういう印象を持つでしょうか。「ゲームを好きな人」が、そういう説を知って、どう思うでしょうか。ある程度、ものを解った大人なら、そんなのは、ものともしないかも知れません。でも、子ども達は、そうは思わないかも知れませんよ。深く傷つくかも知れません。

少しで良いので、「言われた側」の事も、考えてみて下さい。言う前に、それは本当の事だろうか、と、疑いの目を向けてみて下さい。

「ゲームをやる事」と、「本を読まない事」は、違いますよね。

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2007年4月 7日 (土)

またか

痛いニュース(ノ∀`):【TBS】「新SASUKE」で5人重軽傷→警察に届けず公表もせず「隠蔽」

痛いニュース(ノ∀`):「おもしろかったので…」 TBS、街頭インタビューで同一人物使う「過剰演出」

2ちゃんねるの反応は、ノイズも多いですが、成る程と思わされる意見もあるので、痛いニュースにリンク。

しかしまあ、凄いですね。

『SASUKE』は好きで、よく観るのですが、基本的に、とても危険な競技ですよね。大きな怪我をしたという話を余り聞かなかったので、結構凄い事(偶然)だな、と思っていたら、公表していなかったのか…。

勿論、自己責任の部分もあるとは思いますが、別に、運動能力の高さをチェックして選抜している訳ではありませんよね。ちゃんと、危険性とかを周知させないと。具体的にどの程度の事が行われていたかは、解りませんが。

「スタッフが安全を確認」って、どういう意味なんでしょうね。まさか、「スタッフがやってみたが、怪我は無かった」、では無いですよね。

何か、「視聴者に誤解を与えかねない」という表現、好きですよね。「事前に連絡」って、街頭インタビューでも何でも無いじゃないですか。

「演出の範囲内」か…。私はもう、ほぼ全てのジャンルに、少なからず演出は含まれている、というバイアスを掛けていますので、驚く事でも無いのですが、こういったニュースがあって、「又か」と思ってしまうというのは、かなりまずい状況ですよね。

まあ、テレビでやってる街頭インタビューなんて、全く信頼はおけないですよね。今回は、街頭インタビューでも「演出」をしている可能性があるというのが(しかも、理由が、「バラエティー」だから)、はっきりした訳です。

腹は立たないですよね。どちらかというと、これ程何度も繰り返しているのに、それを、子どもの言い訳にしか思えない論理で正当化する所に、ある種の戦慄を覚えます。

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2007年3月29日 (木)

いい加減、「脳に良い」は、やめませんか

某ブクマ経由⇒ラジオは脳にきく。(A)

参考:芸能問題総合研究所Journal:ラジオと「ニセ科学」(B)、放送済み「ラジオ深夜便」 曲目・演目リスト 2/01木 脳のはたらきとラジオの効用 和歌山県立医科大学教授 板倉徹

心理学的には、ラジオを聴く時間と、想像力を測定する心理検査との成績の関連を見る、等の研究を、すべきかと思います。それで関連が見出されたとしても、「ラジオが脳に良い」なんて事は、直ぐには言えない訳ですが。

板倉氏は、「聴くだけで」(Bより引用)とか、「音だけの情報のため、足りない情報を想像力で補おうとし」(Bより引用)と主張していますが、”「本格的に脳を鍛えたければ、紙と鉛筆を用意してラジオを聴くことです」”(Bより引用)ともしています。ラジオを聴けば受動的に想像力が鍛えられると言っていると思いきや、内容に注意しながら聴くと良い、とも言っている訳ですね。ラジオを聴く事に、条件を付け加えています(Bで、批判されています)。心理学的な、注意の問題を、無視している様にも思えますね。たとえば、ラジオを聴きながら受験勉強をさせた直後に、番組の内容と勉強の内容について問う、という課題が与えられた場合には、認知機能のトレーニングに役立つかも知れません。結局、メディアの特性というより、取り組み方が、重要なのではないかと思います。

結局、「具体的にイメージを働かせながらラジオを聴くのが良い」、という主張に見えます。それはそうでしょう、という感じもします。そんな前提条件があれば。

思うのですが、イメージ(画像)を浮かべずに放送の内容を理解するなど、簡単な事ですよね。論理的な関係を把握するだけなら。具体的なイメージが「浮かぶ」のでは無くて、「浮かべる」のが重要なのでは?

ゲーム脳を取り上げる(Aを参照)のはいかんでしょう、どう考えても。

ゲームや漫画によく触れる人の方が、想像力に乏しい(とまでは言ってないか)、という論は、どうなんでしょう。様々な具体的イメージを観て、その経験を組み合わせたりする事で、想像力が鍛えられる気もするんですけどね。経験的には。

こういった論で、よく見られるのが、コンテンツの内容を無視しているものですよね。どんなメディアかによって、一括りにする。それじゃあ、話にならないと思います。

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正確さが問題でしょうに

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 不二家報道「一部正確欠く」=TBS「朝ズバッ!」

「証言の根幹部分については、信用できる根拠がある」と強調した。

いや、だから、それをちゃんと示さないと。今日辺り、何らかの説明があるのかな(この記事の執筆は、3/29の1時頃です)。

そもそも、「根幹部分」って、何でしょうね。当然、「小売店から回収した賞味期限切れのチョコレートを溶かして製品に再加工」の部分でしょう。それ以外、考えられません。という事は、それがあった事を裏付ける強い証拠があるという意味ですね。どんなものなのでしょう。客観的にそれが確認出来る資料なりで無ければ、話にならないと思うのですが。

しかし(引用は前後します)、

「正確性を欠くものだった」とした。

一体、何度、同じ様な事を言うんだ? 上の部分と併せると、何か、正確では無かったが、概ね合っているから(その根拠もあるから)良いじゃないか、という感じに読めます。あくまで、リンク先の記事を読んだ印象ですが。TBSのサイトを見ても、この件について、案内とか無いっぽいですね。

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2007年3月28日 (水)

ゲーム脳批判記事

気になる出来事: ゲーム脳 根拠なし!?気になる出来事: ゲーム脳 親子でルール作りを

「日大大学院泰羅教授」といえば⇒日大医学部・泰羅助教授に聞く(1)[www.tv-game.com]

随分、トーンが違うなあ、という感じ。尤も、インタビューから数年経っているので、意見が変わるというのは、あるでしょうけれど。いや、泰羅氏の意見そのものは、極めて真っ当です。しかし、森昭雄氏に対する評価は、現時点で判断すると、余り当たっていなかった様に思われます。それと、学者が世間に研究内容を発信するやり方への認識にも、ちょっと違和感を覚えますね。まあ、穿った見方をすれば、他にも解釈は出来ますが、憶測になっちゃいますね。

北海道新聞の記事の内容によれば(ソース未確認。上記リンク参照)、ゲームのジャンルによって、イメージング結果に違いが見出された、という事の様ですね。どういった研究なのかな。

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2007年3月27日 (火)

整理

― ブログ・発見の「発見」 ― 科学上の諸々の発見から「意味」を発見 - ニセ科学、疑似科学論議よりも具体的な批判を

取り敢えず、リンク。後で、本文に追記するか、コメント欄に何か書くと思います。

リンク先に、どっかで見た人がコメントしてますが、あまり気にしないで下さい。

「ニセ科学」を冷静に用いるべきというのは、その通りだと思います。そしてそれは、ニセ科学を批判する代表的な方々は、当然、強く意識しておられる訳ですね。

続きは、又後で。

以下、追記。

批判歓迎。

ニセ科学、疑似科学論議よりも具体的な批判を

「よりも」という表現が、今一つ、理解出来ません。ニセ科学批判や疑似科学についての議論というのは、当然、具体的な論証を含んでいる訳ですね。そもそも、科学っぽいが科学では無いもの、という概念が対象なのですから、そこでは、「科学とは」、という、科学哲学的議論が為される必要があります。

要するに完全な科学とか非科学といったものはないという言い方もできる。科学と非科学との間には科学性と非科学性とを様々な度合いで含んだゾーンがあるといった表現も出来るかもしれない。

これは、ニセ科学批判者が、いつも主張なさる事ですね。「グレーゾーン」という言葉で。そして、それとともに、明らかに黒に近い、と判断出来るものもある、というのも、言われている訳です。実際、精神分析などをどう判断するかは、難しい問題でしょう。

ただこのような表現は図式的であり、固定化して使われると問題がある。「ニセ科学」とか「疑似科学」といった、明確に定義された概念があると思わせるような言葉はそれ以上に問題が大きい。

ニセ科学は、ある程度、明確な定義があります。それは、現在認められた科学の方法に則って実証されていないのに、実証したと主張されるもの、或いは、広く世間に、そうだと信じられているもの、です。それは、社会的な手続きの部分も、含んでいる訳ですね。

ただ個々の「疑わしい」あるいは「科学とは思えない」ような言説を批判する際には問題点を具体的に指摘することなくニセ科学とか疑似科学とかいったレッテル貼りで済ませるようなことは避けて貰いたいし

それはそうです。当然の事です。それは、ニセ科学批判者も、心掛けている筈です。「問題点を具体的に指摘することなく」ニセ科学のレッテルを貼る言動に対しては、ニセ科学を論ずる人からも批判が出るでしょうし、又、そうあるべきです。と言うかですね。問題点を指摘せずにレッテルを貼る、というのが、よく解らないのです。問題点を指摘した上でニセ科学と判断された(レッテルを貼られた。←余り、ポジティブな印象では無いですね)ものを、よく調べもせずに信じる、というのなら、解るのですが。それを、「レッテルを貼る」と表現出来るでしょうか。

勿論、ご懸念も、理解は出来るのですね。「ニセ」という、強い価値判断を含んだ語が一人歩きしないだろうか、という事でしょう。であれば、批判者が用いる「ニセ科学」という語が、どういった意味であるかという事を、精確に理解するのを、心掛けるべきではないでしょうか。少なくとも私は、そうしています。

大切なのは捏造といった倫理的な問題がないかどうか、どれだけ真理、真実といった近づきがたいものに迫っているかということで、科学かニセ科学かという問題ではない。

いや、そうではなくて、ニセ科学はそもそも、現在認められる科学の手続きに則っていないのに、そうしたかの様に言われている、という所が、批判されているのです。問題は、「科学かニセ科学か」、です。

うーん、どうにも、整理出来ないですね。私が、quartaさんの仰りたい事を、ちゃんと掴めていないのかも知れません。

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2007年3月25日 (日)

どうなりたいか

R行軍記 : 日本の小学生の「学ぶ意欲」が低いのは洗脳によるものです

うん、確かに、よく解ります。私も、ここに何度か書きましたけれど、同じ様な認識でしたね。「勉強だけが大切なのではない」、が、「勉強しなくても良い」、「勉強に打ち込むのは駄目だ」、となったのですよね。まあ、洗脳という言葉の使い方が適当かどうかは別として。

理想的には、マスメディアの情報ではびくともしない様な知識を身に着けるべき、という事なのでしょうけれど、事は、そう簡単ではありませんね。マスメディアは、生活に溶け込んでいますし、何から影響を受けるか、というのは、対象への重み付けによっても、変わってきますしね。漫画にウエイトを大きく割く場合も、あるでしょうね。私の場合、漫画とゲームだったかな。私は、こういう場合には、「なるべく幅広く知識を得る」のが重要だと思っています。そうやって、メタな認識を鍛えるべきかな、と。マスメディアや漫画(この時点で、あらゆる文化に敷衍出来ますし)の表現内容を気にするよりは、そちらの方が良いと思います。じゃないと、表現を拘束しかねませんしね。

これは推測ですが、「勉強する」というのが、権威に従うという意味を示す記号になっているのではないかと思います。それが、多数の持つ他のイメージとも結び付いて、よりネガティブな認識に繋がるのではないでしょうか。机にじっと座って、無理やり知識を詰め込まされて、将来何の役に立つのか解らない(もっと言うと、「受験に”しか”役に立たない」)勉強を「やらされる」という。その認識を、色々なメディアが助長する、というのは、あるのでしょうね。それが、どれくらいあるのかは、よく解りませんが。

で、そうやって、ネガティブなイメージを作り上げた人が、好きで勉強している人を、奇異の目で見たりするのですね(経験者語る)。何というのでしょうか、他の文化(スポーツとか)に打ち込む人に対する評価とは、若干違うのですよね。多分、「あんなつまらない事を一所懸命やるなんて、物好きだなあ」、という感じなのではないかと思います。自分がその文化に対して持っているイメージを、頼りにし過ぎるのでしょうね。勉強の所に、色々な文化を代入してみると、面白いですよね。

----------------

因みに、元記事に関しては、私も以前、取り上げました⇒Interdisciplinary: 意欲低下か

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2007年3月23日 (金)

ボタン社会とは

いきなりリンクを羅列して、何事か、と思われたでしょうね。

このリンクは、某ブクマ経由で知ったブログの記事(市井のディレッタント 冒険記 - 脳の退化から格差社会、プチ奴隷制へ……?)を読み、『AERA』に、「ボタン社会」なる概念で、「脳の退化」を説明した記事が載った事を知り、その説を論じた寺沢宏次氏と、説明の根拠に用いられた「GO/NO-GO課題」について、関連がありそうなものを上げたものです。

疑問なのが、脳の活動の仕方に、年代によって有意差が見出されたとして、それが実際の社会行動と、どの様に結びついているだろうか、という事です。つまり、一般化の問題です。課題の成績から、実際の生活状況に、どの程度敷衍出来るのでしょうか。又、あの様な研究結果から、「脳の退化」などという表現を、安易に用いて良いものでしょうか。反社会的行為とも結び付けて論じるには、社会学や社会心理学的研究とも突き合わせて、慎重に論じるべきです。

因みに、寺沢氏は、「ゲーム脳」の存在にも、ある程度肯定的な様です。記事では、森昭雄氏の説は、研究方法等が批判されている。だが、ゲーム脳があるか無いかはよく解っていない、と論じた上で、寺沢氏の、ゲーム脳はあるかも知れない、という意見を紹介しています。

そして、「ボタン社会」です。つまり、技術の発展によって、便利な道具が普及し、ものの仕組みを理解しなくとも、ボタン一つで何でも出来るので、深く考えたり、コミュニケーションを取ったりという事が、少なくなってきた。従って、脳が退化してきた、というロジックです。

私が考えるのは、ものの仕組みを理解するには、そのメカニズムが複雑過ぎる、という事です。道具の仕組みがブラックボックス化してきた、と言えるかも知れません。しかしそれを、思考を疎かにする事と結び付けるのは、どれ程妥当でしょうか。又、その事と、ゲームの普及とを関連付けるのも、早計だと思います。何故ならば、ゲームは、ボタン一つでどうこうする、という構造では無いからです。コントローラの各ボタンに恣意的に割り当てられた操作系を憶え、それを駆使していく訳ですから、そもそも、ボタン一つで便利に云々という、操作の簡素化とは、全然違う話です。

後、よく出る話ですが、「インターネットの普及で、検索が簡単になって、手っ取り早く、情報が得られる様になった」というのを、ネガティブな文脈で語る場合がありますね。これも、色んな事を、ごっちゃにしていませんか。何か情報を得たい場合に、手間が掛からない方が良いのは、当たり前だと思うのですが。重要なのは、得た情報をどう取り扱うか、なのですから(こちらの問題が、圧倒的に重要)。象徴的にこういう物言いをするのは、全く妥当では無いでしょう。と言うかですね。WEBで、本気で調べ物をしてみて下さい。1クリックで答えが出るとか、そういう問題では無いのが、よく解りますから。様々な情報が錯綜していて、それを取捨選択するのに、ある程度の認識力が、要求されますので。

この記事の最後辺りに、久保田競氏のコメントがありましたが、どういう意図からの発言でしょうね。捉え方によっては、結構凄い主張だと思いますが。

----------------

メモ:

寺沢氏(他)の研究は、『脳内汚染』の元ネタの一つですね。上の、篠原氏のブログも参照。

上にも書きましたが、GO/NO-GO課題の結果を一般化する妥当な根拠は、心理学的に見出されているのでしょうか。

「ボタン一つで」云々という物言い自体が、現代社会を非難する陳腐な象徴表現だと思うのは、私の偏見でしょうか。

社会状況の変化(ネガティブな)の説明の根拠に、自身の研究結果を持ち出しておられる訳ですが、その前に、その社会状況の変化についての解釈が妥当であるかを、考察したのでしょうか。その前提が誤っていた場合、話にならないと思います。

ボタン一つで、って、電化製品でもイメージしているのかなあ。テレビ等のリモコンを見ると、「ボタン数十個で」、ですが。入力系は、寧ろ複雑になっている気もします。ネットは云々というのも、単なる印象ではないですかね。

身の回りの道具がブラックボックス化(言い方を換えると、分解した所で、メカニズムは解らない、という事です)する事と、その仕組みに関心を持つかどうかは、全然別の話ですよね。家族でテレビを観ていて、「テレビはどうして映るの?」という話題が出る事なんかは、考えていないのかな。

運動が重要なのは、私もその通りだと思います。人間も、自然科学のメカニズムに従う存在な訳ですから。でも、それを主張する余り、他の文化を非難する論調は、頂けません。

何か、神経神話って、脅迫に近いものを感じるんですよね。研究者の意図が、善意からのものであっても、です。脳のイメージング結果とか、課題遂行の成績のグラフとかを見せつけられれば、怯みますよね。だから、出来る限り慎重に、情報発信して頂きたいものです。

色々調べていたら、こんなページを見つけました⇒テレビ・ビデオ・ゲームの影響を考えよう …むう。

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2007年3月14日 (水)

本当に痛い

痛いニュースでチェックしていたのですが⇒J-CAST ニュース : TBSまた不祥事 2ちゃん映像「捏造」

TBSは今後「イメージ映像であることを明確に表示するよう厳しく指導する」としている。

これで済まそうとするのが物凄い。

報道で取り上げられるかな…。TBSのサイトには、上がって無いっぽいですが。そりゃそうか。

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2007年3月12日 (月)

メモ:ゲーム脳が仮説から脱却するには

ちょっと視点を変えて。例によって、走り書き。整理されていないし、重複部分もあります。

  1. 脳機能イメージングによって、高い確度で認知症が診断できる事を、論証する。
  2. ゲームによって、同様の脳活動が見出される事を、論証する。
  3. 或いは、ゲームプレイ時間と、認知機能に関する心理尺度のスコアとの相関関係を、論証する。
  4. ゲームプレイ中に賦活しない事が見出されたとすれば、それが恒常的である事を論証する。
  5. あらゆるゲームにそれが見られるか、それとも特定のゲームで起こるかを、論証する。
  6. あらゆるゲームで起こるならば、そこに共通する要因を見出す。
  7. 特定の種類のゲームで起こるとするならば、普及しているゲームの大部分が、それと同様の特性を持っていなければならない。そうでなければ、ゲームをやると脳機能が低下する、という仮説が成り立たないからである。
  8. ゲーム以外では起こらない、或いは、ゲームプレイによって著しく起こる事を論証する。そうでなければ、「ゲーム」を術語に含めるのが不適当だからである。

せめて、これくらいは、やって下さいね。

そもそも、ゲーム脳に定義がありませんからねえ…。森氏のロジックは、認知症がイメージングの結果によって診断出来るらしい→ゲームをやると、同じ様な結果になるらしい→ある脳波の状態を「ゲーム脳」と名付けた→ゲーム脳人間は、色々問題がある(悉く主観)。というものですから、論理的に批判する事自体が、難しいんですよね。

端的に書けば、脳の「機能が低下」する事を「ちゃんと測れる」方法を用いて、それが「ゲームによって」引き起こされる事実を見出して、「ゲーム以外では起こらない」と論証しなければ、ならないのです。

ところで、『ゲーム脳の恐怖』をお読みになっていない方の為に、本の腰巻に書かれている文章を引用します。※著者がその内容に関わっているという事では無いでしょうから、本そのものへの批判と取って下さい。

テレビゲームが、子どもたちの脳を壊す!

脳波データの解析で、その恐ろしさが明らかに。

まあ、これ程あからさまに、特定の文化を否定するものも、そんなに無いでしょう。駄目ですよね、どう考えても。

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2007年3月 8日 (木)

意欲低下か

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <学習意識調査>日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い

そもそも、学校で勉強するという事に対する考え方が、違うのかも。

で、元ネタはこれなんですが⇒財団法人日本青少年研究所:小学生の生活習慣に関する調査-東京・北京・ソウルの3都市の比較ー(PDFファイル)

「勉強のできる子になりたいか」の所を見ると、

1)そう思う―東京:43.1 北京:78.2 ソウル:78.1

とあって、毎日の記事にも書いてある通りなのですが、そこには、

2)どちらかというとそう思う―東京:33.1 北京:14.9 ソウル:16.2

とも書いてあって、合計すると、東京:76.2% 北京93.1% ソウル:94.3% となって、ちょっと印象は変わりますね。差が大きい事には変わりないですが。まあ、ちょっと細かい事ですが。「将来のためにも、今がんばりたい」も、「2)どちらかというとそう思う」を含めると、77.2%になりますし、「言われなくても宿題をする」は、65.7%で、「3)したりしなかったり」も含めると、84.4%です(ソウルも85.4%になる)。「先生に好かれる子になりたい」は、かなり低いですが、これは別に、そう考えるべきだ、という事でもありませんしね。4件法ですから、回答の見方によって、印象は、結構変わりますね。日本の児童は、「どちらかというと」とか、「ときどきする」を選ぶのが多い、という印象があります。

こういう調査は、社会的望ましさが意識される場合もありますし、”日本の小学生は中韓より「学ぶ意欲」低い”という見出しにする様な事かな、と思わないでも無いです。そもそも、「勉強のできる子にになりたいか」の回答結果を、「学ぶ意欲低い」に、結び付けられますかね?

この調査自体は、結構面白いと思います。そんな事も訊くんだ、という項目もあったり(笑)

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2007年3月 7日 (水)

偏った見方かも知れないけれど

poohさんの所にも、似た様な事を書きましたが。

理系白書ブログでの、元村氏に対する批判。私は、穏当な部類だと思っているのですよね。

と言うかですね。柘植さんやJosephYoikoさんや、他の、高い知性と幅広い知識を持った専門家の方々が、「わざわざ」忠告している訳です。JosephYoikoさんのコメントなんかは、確かに超辛口ですが、単なる誹謗とは、全然違いますからね。必ず論理的な批判が含まれている。これって実は、かなり「ありがたい」事だと思うのです。おかしな所とかを、チェックしてくれているのですから。あちらのコメントを見ると、元村さんが誹謗中傷を受けている、みたいに捉えている方も、おられる様です。

元村さんは、批判に対して異論があれば、反論すれば良い、と思うのですよ。そうじゃなくて、いつも、はぐらかす様な書き方や、無理に一般論に持っていこうとなさるのは、如何なものかと感じるのです。

理系白書ブログ: メディアと科学

男社会で第一線で活躍中の”おんな”に対する”できないおとこ”の嫉妬、やっかみ、いじめ、の形を変えたものでは?・・・・・はうがちすぎでしょうか(3月6日 14:05の、遅れ痴さんのコメント)

こんな考え方をするんですねえ…。こういう、いかにも「無意識」を問う様な物言いは、ダメダメです(柘植さんのレスの様に答えざるを得ないので)。

※「忠告してるんだから感謝すべきだ」、と言っている訳ではありません。

※元村氏への批判というより、理系白書ブログに寄せられるコメントの一部を読んで、思ったりした事を、書きました。

※これは、理系白書ブログの最新のエントリー(「再び大阪」)を読む前に、書いたものです。

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2007年3月 6日 (火)

脳トレ批判

以前もご紹介したブログに、かなり興味深いエントリーが上がっていました⇒大「脳」洋航海記 » 脳ブームへの懸念:Nature NeuroscienceのEditorialより

こちらも興味深いです⇒『脳トレ』ブームと川島隆太さん:生命の理解、そして「理解」の理解。冗談を休み休み言いたい。 - 批判力を鍛える大人のおもちゃ

やはり、専門的に勉強されている方の分析は、とても、参考になります。

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2007年3月 1日 (木)

理系白書にゲーム脳

ついに、理系白書において、ゲーム脳が取り上げられました⇒理系白書’07:第1部 科学と非科学/5 過熱、脳ブーム

私は以前、どの様に取り上げられるかを予測したのですが(Interdisciplinary: 予測)、初めに予測した通りの内容になり、後から立てた予測は、はずれました。

さて、記事の内容ですが、私は、全く不充分であったと考えています。以下、ゲーム脳に関して書かれた部分を引用して、考察します。

単純明快なストーリーはマスコミに乗って広がり

マスメディアは時折、この様な、まるで、自分達が含まれないかの如き書き方をします。一因として、元村氏の記事があった事を、説明すべきです。あれ程指摘されたにも拘らず、その事には触れていません(後で、理系白書ブログのコメントに言及します)。

市教委は「(ゲーム脳という)考え方があることを紹介する講演会。判断は聞いた人にゆだねたい」と話した。

市教委のコメントですが、これは話になりません。この論法だと、どの様な暴論でも、「教育委員会主催・後援」において、流布される事が可能になってしまいます。聞いた人に判断を委ねるというのは、自分達がその説を支持している訳では無い、という正当化でしょう。では何故、その様な説を主張する論者に講演を依頼したのでしょうか。対象がどの様な評価を受けているかを調べるのは、余りにも当然の事です。

科学界からの声に森教授は「脳波を知らない人や、ゲーム業界の支援を受けている人の主張だ」と反発する。「電極を増やした精密計測も進めており、論文はいずれ書く」とも話した。最近になって「ゲームはいけない」との主張を「1日15分なら大丈夫。共存も考えなければ」と変えた。こうした一貫性のなさも不信を持たれる一因だ。

前半は、『サンデー毎日』の記事、後半は、まんたんウェブの記事(特集:脳トレ・DS“ゲーム脳理論”の森昭雄教授に聞く「良い効果の可能性も」 (まんたんウェブ))の参照でしょう。しかし、この書き方は、恰も、最近森氏が主張したかの様です。詳しく知らない人は、新たに森氏に取材をした、と誤解するかも知れません。脳波を知らない~、論文はいずれ書く(こちらは、もっと以前から言っていたはずです。記事なりが見つからないですが)、の部分は、昨年のインタビュー、「ゲームを一日15分」と言い出したのは、特に最近ではありません。余りにも、取材不足です。ゲーム脳に関して書かれた物に当たって書いただけ、としか思えません。

理系白書ブログ: 3月

こちらにある、一技術屋さんのコメントが、適切な批判です。

そして、元村氏のコメントです。

本当にそうだと思います。あの頃は科学記者として未熟でした。科学は万能・・・とまでは思ってませんでしたが、「いい加減な科学」が、自分の取材する範囲にあるとは思っていなかったところがありました。だまされるのは自分に科学や研究のバックグラウンドがないからだ、記者として失格だと思ったことが何度もあります。

 宗教団体による「クローン赤ちゃん誕生」報道も含めて、科学記者としての能力の限界を感じ、反省することばかりです。いくつかの失敗経験を通して、よい意味で「疑う」作法を学んでいるところです。
 「一技術者」さんにも、長い目で見ていただけたらと思うのですが・・・。
先ず、何故この内容を、新聞記事に書かないのでしょうか。一見、過去を反省している殊勝な態度に思えますが、無理に一般論に転換しています。「科学や研究のバックグラウンドがない」とは、どういう意味でしょうか。元村氏が指摘されているのは、ゲーム脳について、具体的な釈明をすべきだ、という事です。何故、「仄めかす」様な書き方しかしないのでしょうか。また、「長い目で見ていただけたら」という部分も、おかしい。これは、「記者としての見識が身に着くまで見守ってくれ」、という事なのでしょうか。駄目でしょう、これは。ある意味、「長い目で見た」から、ゲーム脳がこれ程蔓延した、というのも言える訳です。
正直な所、(ある意味予測通りだったとはいえ)大変腹立たしいです。ここまではぐらかすとは。今後、元村氏は、徹底的に批判されるでしょう。それも、仕方が無い事です。

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2007年2月14日 (水)

昔は、ゴールデンに心霊番組を、よくやっていたなあ

はてなブックマーク - ゴールデンタイムにオーラやら前世やら、本気ですか?

うーん、kikulogに、コメントしてみれば良いと思うのですが>疑問を呈している方々。「別に、ゴールデンにオカルト流してもいいじゃないか」、という考え自体は、一つの見解である訳ですし。議論するのも有意義なんじゃないかな、と。

今回は、ニセ科学の議論とは違うというのを、念頭に置いておくべきかと思います。

ところで、きくちさんは、

なんというかな、「深夜にひっそりやるから、大目に見てもらえているもの」というのはあるわけです。(きくち  08:32pm on 2007-02-12)

と書かれているのですよね。ゴールデンタイムに流すのはまずいんじゃないか、という事ですね。

こういう場合、個人的な視点で考えがちですが、それじゃいけませんよね。マスメディアはどうあるべきか、という一般論の話ですから。個人的な意見だったら、たとえば私なら、「テレビで何が流れようが、どっちにしろ殆ど信用してないんだから、構わない」、となりますが、それでは話にならない訳で。

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2007年2月11日 (日)

懲りないのかな

先日話題になった、『人間!これでいいのだ』を観たのですが、一万円札の絵を描かせて金銭感覚が判る、と言ってみたり、「家内の品格」と書かせて、字の形から、買い物依存症のなり易さとか、自己破産し易いかが判る、と言って、あまっさえ、字の書き方を変えたら性格が変わる、などと言う始末。ああいう内容なら問題無い、という事なのでしょうか。

そして、先日の「論文無断使用」問題について、謝罪がありましたが、それがあったのが、番組終了間際。大体、謝罪があるかも、と思った人は、謝罪があるとしたら冒頭でなされるだろう、と考えた筈ですが、最後に謝罪があっては、観る人も少なかったでしょうね。

しかし、筆跡心理学の人、よくテレビで観るなあ…。

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2007年2月 7日 (水)

説明

大和但馬屋日記の迷宮物件:政治的に正しいかどうかも本当にどうでもよくて

何か、凄い誤解を与えてしまっていたみたいです…。

えっと、前のエントリー(Interdisciplinary: ゲーム脳と脳トレ)で書いたのは、ブログ紹介と、そのブログについての感想を書いた上で、脳トレに対する、ゲームユーザーとしての、個人的な意見を主張しました(一応、”ユーザーとして、かなり個人的な意見を書きますけれど(敢えて一般化して書きます)”と、書きました)。なので、yms-zunさんに対する直接の批判では、無かったのですが…。というか、個人としての意見は、多分、同じ様なものだと思います。ゲーム脳やゲーム論のカテゴリーを読んで頂けると、判って下さるかと(TBしたエントリーでお書きになっている事と、同様の主張をしてあると思います)。たまに、「ゲーム脳を批判するなら脳トレも同じく批判す”べき”だ」と、主張する人がいます。私が書いたのは、そういう人に対する批判ですね。なので、A-WINGさんと徳保さんのやり取りを、例に出した訳で(いや、ちゃんと書いていませんでしたね…。こちらです⇒Frog is not Blog::なぜゲーム脳を批判するのかFrog is not Blog::ひとつの旗の下に)。

川島氏について言及したエントリーを、挙げておきます。

Interdisciplinary: 脳をきたえる?

Interdisciplinary: 過度な依拠

Interdisciplinary: メモ:川島隆太氏の研究について

Interdisciplinary: 学習療法

Interdisciplinary: 色々考えるなあ

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2007年2月 6日 (火)

合格

ワイドショーで、開成中学の合格発表についてやっていたのですが、あの、自分達とは全く違う世界の出来事であるかの様な扱い方は、どうにかなりませんかね。合格した児童がゲーデルの不完全性定理の本を読んでいるのを紹介して、いかにも「小学生らしく無い」という感じで紹介されていたり。そういうのが、「特別」な事の様に考えるのは、どうなんでしょうね。「浮かせる」事に、なりはしませんかね。当人としては、面白いからやっているだけなのだと思いますけれど。

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2007年2月 5日 (月)

ビッグバン?

特集:DS・脳トレ“ビッグバン” ある天才の挑戦 (まんたんウェブ)

学習療法による脳機能改善を促進する「脳イメージング理論」の提唱者・川島隆太・東北大教授。

…大丈夫ですか? 誰も突っ込まなかったのだろうか。何重にも間違ってますけど。統語も…。

「ゲーム脳」の提唱者である森は「自分で歯止めをかけるのは難しい子供に安易に与えるのは良くない」と前置きしながら、「まだ実験をしていないので、確かなことはいえないが、良い効果を与える可能性はある」とDSに一定の評価を与えている。

私がよく言及する、「良いゲームが出てきた(出てくる可能性がある)」論です。『ゲーム脳の恐怖』においても、体感ゲーム(古い表現ですが)では好ましい脳波が出る、という事を、仄めかしています。要するに、「当時言っていた事を否定する訳では無い」という論理です。元々森氏の主張は、論理的整合性を、著しく欠いていますから、色々な言い逃れをされる可能性があります。

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2007年2月 4日 (日)

ゲームの解釈

テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ Book テレビゲーム解釈論序説/アッサンブラージュ

著者:八尋 茂樹
販売元:現代書館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

グッドタイミングというか。丁度、昨日のエントリーと関連する内容の著書を、図書館で偶然見つけたので、読んでいます(存在は知っていたのですが、未読でした)。

テレビゲームを、人文科学的に読み解こうとする労作ですね。

まだ少ししか読んでいませんが、amazonにあるレビューの内容には、頷ける所もあります。とは言え、テレビゲーム文化の複雑さ、奥深さを垣間見るには良いかな、という感想です。

私はどちらかと言うと、ゲームを実証科学的に研究する方に、興味のウエイトを置いていて、本書の様な本は、殆ど読んだ事が無かったので、なかなか新鮮な感じです。現代思想とか文学の表現が多用されていて(そう私には読めます)、難解な気がしますが。

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2007年2月 3日 (土)

シンボル

Interdisciplinary: 展望に頂いた、ドラゴンさんのコメントを受けて。

もしかすると、的外れな意見かも知れませんが。

恐らく、ゲームに否定的な人は、それらの文化を、「子どもがやるもの」、言い方を換えると、「よい大人がやるようなものでは無い」と、看做しているのではないかと思います。「テレビゲーム」を、「幼稚」を象徴する記号と看做している、とも言えます。又、何の役にも立たない、という見方もあるかも知れません。

ゲーム脳は、それらの認識を正当化する装置なのだと思います。そもそもゲームに否定的な人は、森氏の言説に触れて、(潜在的にしろ)それが、自らの認識を客観的に証明する概念だと考え、「飛びついた」のだと思われます。で、そういう人は、たとえば「脳トレ」の様なゲームが出てくると、今までのゲームは駄目だったが、脳トレが出てきて、状況が良くなってきた、と考える、という事もあります。これも結局、権威に頼るという部分がありますね。

ゲームをやる人間として、自分の経験を振り返ってみると、ゲームは、仲間とのコミュニケーションを深めるツールであり、ゲームのストーリー、つまり、映画や小説と同様の、クリエイターの創造性が表現されたものを楽しむメディアであり、(結果的に)記号操作などを鍛え、論理的認識力を高める(あくまで経験的に、ですが)道具でもありました。そして、「大人に馬鹿にされる」文化でもあり、大人がやるものでは無いと、(こんな文章を書いているのに)私自身、思っていました。

メディアそのものメッセージ性というのは、「どの媒体で表現されているか」、という事実が形成するバイアス、と考えてよいと思いますが、今後、それがどの様に変化していくかは、なかなか予想しづらい所ですね。色々な分野の人の取り組み次第、だと思います。実際、川島氏の脳トレは、(過程はどうであれ)ゲームのイメージアップには、大きく貢献したと思います。それによって、「脳にも良いゲームがあるのだ」という認識は、ある程度は広まったと言えるでしょう(それが妥当かどうかは別にして)。もしかすると、教育目的で制作されたシリアスゲームが登場し、それが大きな成果を上げ、注目されるかも知れません。そうすれば、否定的な人も、評価を替えざるを得ないかも知れません。業界の取り組み、マスメディアの取り上げ方、等々が関わってくる、複雑な問題ですね。

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2007年2月 1日 (木)

予測

理系白書でゲーム脳が取り上げられるかどうかに、注目しています。
初回は、波動商法が取り上げられた訳ですが(含む水伝)、今後、ゲーム脳を取り上げるかどうかについて、色々パターンが考えられます。つまり、

  • ゲーム脳を取り上げ、毎日が最初期に紹介したことについて、何らかの釈明がある。→最も望ましい展開。たとえ、謝罪に近い釈明があったとしても、なぜ今まで放っておいたのだ、という批判は免れるものではありませんが。
  • ゲーム脳が取り上げられ、元村氏の記事については触れない。→個人的には、最も可能性が高いと思います。大顰蹙を買うでしょう。
  • ニセ科学の代表格と目されるものの内、ゲーム脳だけ取り上げられない。→不誠実。あからさま過ぎて、批判されるでしょう。「紙面の都合があるから、網羅的に取り上げる訳にはいかない」という言い逃れは通用しません。ゲーム脳をニセ科学の代表として取り上げないというのは、余りにも、記事として妥当さに欠けますから。
  • いかにも代表格と考えられるものを、「いくつか」取り上げ「ない」。→狡猾。正当化の理由としては、上のものと同じ。たとえば、あえて、血液型性格判断とゲーム脳を取り上げない、という場合。

果たして、どの様な展開になるでしょうか。

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2007年1月26日 (金)

気になるニュース

残虐ゲーム:ローマ法王が非難、規制運動に拍車-IT:MSN毎日インタラクティブ

早速、色々反応が上がっていますね。

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2007年1月23日 (火)

人のふり見て

「あるある」捏造はなぜ:39.JosephYoiko January 23, 2007 @ 12:21am経由⇒理系白書ブログ: ないない大事典 別に、以前ゲーム脳を肯定的に紹介したという事実のみで、他を批判してはいけない、というつもりはありません(元村氏を批判する方も、そう考えておられると思います)。しかし、何か、納得がいかない感じもします。 こういう書き方を見ると⇒

あるある大事典の過去の内容は大丈夫なんだろうか?そこに登場する科学者、医者のみなさんは本物だろうか?と思うのは私だけじゃないと思う。ちゃんと検証してもらいたい。

余り品が宜しく無いかも知れませんが、元村氏のコメント(1月21日 18:21 )にツッコミを入れます(一部を省略。原文は、リンク先をご参照下さい)。

「簡単に乗せられる消費者も、行動を見直したほうがいい」と思う気持ちもありますが、3パック100円の納豆で3キロやせる、と言われたら、試したくなるのが人情ってやつでしょうかね。新聞で、「ゲームをやり過ぎると脳波が認知症の人と同様になる」という説が紹介されているのを読んだら、ゲームを忌避するのが人情、という事でしょうか。

だからやっぱり、製作側の倫理観が一番重要だと思っています。←全くそう思います。新聞においても同様でしょう。

昨夕、一報を聞いて偶然、この事件を思い出しました←最も初期に、ゲーム脳を紹介した新聞記事を思い出しました。

あの時は大きな騒ぎにならないのが不思議で←「騒ぎ」という訳ではありませんが、その後森氏は、精力的に、講演等を行っておられる様です。影響という点では、大きなものだと思います。

「民放だったらこれぐらいやると思う人が多いのかな」と思ったのですが、「再犯」だったわけ。←ほう…。

放映後の騒ぎぶりも、ばれた後の騒がれぶりも、やはり視聴率に比例する?←この書き方は、とても嫌な感じがします。何でしょうね、一体。

そうそう、話は替わって、コメント欄で、「日本人は影響され易い。ミーハーだ」、「日本人が特にミーハーなのか?」というやり取りがありますが、日本人がミーハーだ、と言うのは、必ずしも、他の国の人のリテラシーが高い、と言っている訳では無いのですよね。勿論、そういう意味を含める事はありますが、それは、書き手側の認識の問題ですね。

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2007年1月21日 (日)

怒りの声

番組ねつ造:「あるある」に消費者から怒り-今日の話題:MSN毎日インタラクティブ

思うのですが、

東京都江東区の大手スーパーで買い物していた団体職員の女性(41)は番組のねつ造を知り「今日も買いに来たんです。信じていたのに」と絶句した。以前は月に数回食べる程度だったが、番組で「1日2パックを毎日食べ続けて」と聞き、その通りにしていた。「でも体重が減らないからおかしいと思っていた」

 午後6時半ごろ納豆が完売した横浜市中区のスーパーで、最後の5パックをまとめ買いした同市磯子区の会社役員の男性(65)。放送を見た妻と娘が「毎日2パック食べなければいけない」と言い出し、会社帰りに毎日買いに行かされた。「いい迷惑。テレビ局はいいかげんにしてほしい」。怒りは収まらない。

こういうのを紹介するより、何を捏造したか、それがどれ程重大か、というのを、知らしめるべきだと思います。他のニュースで、あるのかも知れませんが。

やっぱり、情報を鵜呑みにする人がいるのですね。本当に信じたのか、という疑問もありますけれど。もし私が鵜呑みにして、捏造があったと知ったら、怒るとともに、自分の安易さを恥じます。

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2007年1月20日 (土)

酷過ぎる

SANSPO.COM > ニュース速報:納豆ダイエットで誇張 関西テレビ「発掘!あるある大事典II」

これは、「誇張」とは言わない。

流石にもう、これはどうしようもないでしょう。

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2007年1月17日 (水)

論理・科学・感覚

PSJ渋谷研究所X: 実のところ「ニセ科学問題」とはなにが問題なのか

仰る事に同意です。

ニセ科学的言説ってのは非論理的だというか論理的破綻がつきまとうというか不合理・非合理だというか、つまるところ「言ってることがメチャメチャ」なわけだ(部分的にであれ)。

ニセ科学は、部分的に整合性がある所が、厄介ですね。で、信じる人は、その部分に焦点を合わせて、他を無視してしまうのでしょうね。又、ニセ科学が対象にする文化に対して無知な場合、それへの分析を怠ってしまう事もあります。たとえば、ゲーム脳では、ジャンルの多様性や、ゲーム内での様々な展開があるのを知っていれば、なんかおかしいぞ、となる筈なのですが、それを知らない人は、鵜呑みにしてしまうという。そこに、元々「ゲームの時間を減らしたい」という願望があれば、そもそも、ゲームについて調べようなどという気にすらならないのでしょう。

それを「個人的信念」で留めておかない、あるいは教育の現場に持ち込む、あるいはマスメディアで普遍的事実であるかのように垂れ流すってのは、どう考えても問題ですよね(但し書きがあったって、そこに気づかない人がいっぱいいるのだけど、それはまた別の問題だろう)。

この、ニセ科学主唱者の「動機」の問題というのは、難しいですね。それが、計画的なのか、それとも確信的なのか。当然、どちらにしても、批判されてしかるべきですが。

一般に、「論理的でない」とか指摘すると「冷たい」と言われたり「理屈よりも重要なものがある」だのという反論がある。

これは、社会的認知の問題ですね。「論理より感覚を大切に」というのを、その内容も吟味せず、まるで標語の様に使っているのだと思います。これも、きっかけは様々でしょう。自分が憧れている人がそういっていたから、本に書いてあったから、等々。発言力の強い人が、生半可な知識で、科学批判等をする影響も、結構あるのではないかと思います。最近私が色々書いている事にも繋がります。これは、心理学や社会科学の対象ですね。

それも含めて「『論理的』ということへの信頼が後退している」というような問題があるようにも思う。

「後退」と言えるかどうかは、難しいですね。後退というのは相対的な評価ですので。ただ、現在、一定数そういう人がいる、とは言えますね。又、ニセ科学について言えば、「論理的」と言うより、「科学的」と言った方が適切な気もします。論理的な能力が高くても、科学的知識に乏しい場合には、ニセ科学を信用してしまう場合もあるかも知れません。又、自然観の問題もありますね。水伝の場合には、明らかに、目的論的自然観ですが、それを信ずる人は、自然科学的論理を全く無視して、水伝を信用してしまうのでしょう。

そういえば、以前、寒天が売り切れ続出になった事がありましたねえ。凄い効果だ。

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2007年1月14日 (日)

ゲームの影響

「テレビゲームと子供たち ―社会心理学の立場から―」取材ノート 3of3 【今後の課題】:Slash Games (オンラインゲーム総合サイト) 2003/12/13

坂元章氏のゲームに対するスタンスが、簡潔に纏められていて、よく解る記事です。

・有効利用できる、いいゲームを作る
・悪影響への対応
 ・対応しておくことが無難
 ・悪影響がないとは言えない
 ・法的規制はあくまで最後の手段であり、可能な限り回避すべき

 法的規制の導入は、言論の自由を侵すものというだけでなく、メディアリテラシー教育(より狭く言えばゲームリテラシー教育)などの努力を放棄し、法規制の強化に任せようとする思考停止の傾向を生む。

この考えに、異論は無い筈です。ゲームは、メディアです。様々な表現が可能で、色々なメッセージを伝達出来るものです。それは結局、常にコンテンツが変化する可能性があるという事です。どういった表現が可能か、現状ではどうなっているか、今後どうすべきか、それを考え続けていくのが、大切なのではないでしょうか。

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2007年1月10日 (水)

手間を掛けるのが良い事か?

まいまいクラブ - ネット君臨 : 掲載記事(1月9日)検索――コピー――ペースト by まいまいクラブ

いよいよ、書いてある事が、無茶苦茶になってまいりました。

山王直子院長は「画像に流れている情報を見るだけでは頭の中を素通りする」と指摘する。

「画像に流れている情報を見るだけでは」という日本語の意味が解りません。

危機感を覚えた弓山さんは、昨年度からゼミ生にブログの開設を指導した。公表しても恥ずかしくない文章を練り、他人からのコメントにも対応するうちに文章力が上がるのではないか。

あれ、手書きが良いとか、そういう話では無かったのか…。

だがその後、ブログをやめ、仲間内だけで利用できるソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)に移る学生が続出した。彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。

”彼らは「知らない人のコメントが怖い」「SNSなら気軽に書ける」という。”というのは、極めて真っ当な感覚だと思うのですが。つまり、他人の目を意識出来ている訳で。私も、コメントが入っているのを見ると、未だに少し、どきりとします。基本的に、批判的な事を書いていますから、反論が来ているかな、とか考えるのですね(それ自体は歓迎ですが)。そういうのがあるからこそ、好き勝手に書かない様に、自制が働くのでは。

コピー・アンド・ペーストの要領で紙に書き写し、語尾だけ「ですます調」に変えた。先生にほめられ、学年集会の発表者に選ばれかけた。「でも苦労して調べてないし内容も理解していない」。後ろめたくて断った。

こんなのは、今も昔もあります(手軽に出来る様になった、敷居が下がった、というのはあるかも知れませんが)。先生は、内容について、質問等しなかったのですかね?

図書館に駆け込み、入門用解説書を手に取った。「読みながら自分で書いているうちに頭に入った」
 考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。

ある分野について体系的な知識が、ある程度の分量纏められている、という点では、書籍はやはり、便利です。でも、今時は、WEBで手に入れられますけどね。紙で読みたければ、プリントアウトすれば良いだけですし。「考えるには時間がかかる。だが、ネットはそれを忘れさせる。」って、何でしょうね。時間を掛けないと、考えたとは認めない、という意味ですかね。

ネットに頼り過ぎて、モノが覚えられない健忘症になる可能性はある。

そりゃあ、可能性はあるでしょう。無いなどとは言えません。「頼り過ぎて」という前提条件になっていますし。

ネット検索が便利になって依存し過ぎると、モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。無意識のうちに脳のこの部分をだんだん使わなくなってくる。

この部分、意味が全然解りません。検索が便利になる事と依存する事と憶える必要があるかどうかというのは、全部違う話でしょう。何故それが、繋げられているのでしょうね。大体、「モノをいちいち覚えておく必要がなくなる。」とありますが、じゃあ、何の為に検索するのでしょうね。憶える必要が無いなら、そもそも検索しない様な気もしますが。小泉氏は、WEBで検索して、情報を比較検討し、妥当そうなものを選択する、という作業をした事が無いのでしょうか。そんな筈も無いとは思いますが。

オン・オフの作業だけ続けるのも危険だ。例えば筆ペンで文字を書く時は、きれいな字体にするのに、どの程度強く押したらいいかや字のバランスを考えて線を引く。つまり脳で感じながら書いている。一方、パソコンで書く時は、キーボードをたたくオンとオフしかない。まだ実証データ不足だが、二つの動作で脳の働きは明らかに違う。

この事は、よく言われますね。これが妥当なのかは、私はよく知らないのですが、どうなのでしょうね。認知科学等で、研究はありそうですが。ただ、「脳の働きは明らかに違う。」というのは当たり前ですね。具体的運動形態が違うのですから。問題は、記憶の仕方に明らかに違いがあるかどうか、だと思います。経験的には、字を綺麗に書こうなんて考えていると、憶えはよくないと思うのですが。注意資源を、ものを憶えるのに使った方が良いのでは。認知心理学的には、そうなるのではないかと(適当です)。字を丁寧に書くなら、それ自体を課目とすれば良いでしょう。そもそもキーボードというデバイスは、思考を素早く出力する為に発明されたものだと思うのですが。丁寧に字を書いている暇などありません。ただ、手書きと「字を間違い無く書けるかどうか」は、関係ある様な気もします。でもこれは、字を書く必要があるかどうか、という事ですからね。正確な形状を記憶したいなら、手書きなり、徹底的に目で見て憶えるなりすれば良い話です。結局の所、「文字の形状を正確に憶える」事に対する重み付けの問題でしょう。それと、記憶一般の能力とを結び付けるのは、余り妥当では無いと思います。←本当は、私も、心理学的な研究を踏まえて書くべきなのだとは思いますが。

そういえば、この連載、まだ「第1部」なのですよね。一体、この先どうなるのでしょうか。

ところで、私は新聞をとっていないので判らないのですが、まいまいクラブにある取材班の意見の様なものは、記事に載っているのでしょうか? 新聞記事ではネットの負の面を強調しておいて、ブログでは、功罪両方を考えなければならないと書いているのだとすれば、かなり問題だと思うのですが。

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2007年1月 6日 (土)

君臨?

第1部・失われていくもの/4 画面でつながる「仲間」「友だち」-ネット君臨:MSN毎日インタラクティブ

メール代は定額払いにしたから月4200円で済む。そうしないと20万円にもなる。

あっはっはっは。「そうしないと20万円」って何だよ。意味が解らない。前に20万円になったって事か? 流石にそれは無いと思いますけど。

この特集、一体何が言いたいのですかね? WEBコミュニケーションがいかに危険であるかを、喧伝したいのかな。ただ単に、不安を煽っている様にしか読めませんけれど。

まいまいクラブ - ネット君臨 : 取材班です—ネット使いこなす子どもたち by まいまいクラブ

wonさんの指摘のように、「(ネットと直接的なコミュニケーションには)それぞれに一長一短があり私達はそれを理解したうえで利用することが望ましい」のだと思います。

一般論として、全くその通りですが、記事からは、それを考えていこうという積極的な姿勢は、見出せません。

吉備高原学園高校も冬休みになり、寮生たちは帰省した。入江君はオンラインゲームの仲間とチャットを始める。「やあ、お久しぶり」「お帰り」。田村さんはネットで芸能ニュースをチェックし、寮の友だちとメールを交換する。

 友だちがつながることって何だろう。(『ネット君臨:第1部・失われていくもの/4 画面でつながる「仲間」「友だち」』より引用)

この文章の繋がりが解らないです。チャットやらメールやらをしている事に対する不安の表明でしょうか。帰省した時くらい直接のふれあいをすべきだ、という。

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2007年1月 5日 (金)

詮無い

渋谷での殺人事件、(被害者且つ容疑者の)家族の情報を晒しすぎじゃないですかね?

又、殺した理由探しが始まる…。心の闇とやらが云々とも言われるでしょうね。今観ている報道番組で、「家族関係の希薄さ」とか言ってるし。残された家族は、遺族でもあり、加害者の家族でもあるのですから、家族関係の詳細を知らしめたら、却って苦しめてしまう事になると思うのですが。

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2007年1月 3日 (水)

読み方

Interdisciplinary: 問題点の指摘の問題点の指摘で言及したブログで、私のエントリーに対して、回答(?)して下さっていました。全然気付かなかった…⇒template <class kuenishi> - スルーちからが たりない

うーん、何でそうなるのでしょう。よく解りませんね。このタイトルは、私へ向けてのものかな? それもちょっと判らないです。

概ねは、記事の書き方についての批判であるのは判っていましたが、そもそも私は、あの記事自体、どちらかというと好意的に読んだのですね。これは明らかに、坂元氏についてある程度知っていたから、でしょうけれど。でも、そういうバイアスを取り除いても、あの記事は、ゲーム批判には読めないと思うのですが、それは、私の読みが甘いのでしょうか? (痛いニュースのタイトルは論外ですが。「ゲームが暴力を助長」などとは、元記事のどこにも書いていません)

まあ、確かに、記事を読む人にとっては、坂元氏の研究の詳細などどうでも良い訳ですから、私の指摘も、的はずれと言えば的外れなのかも知れませんね。

積み重ねられた調査結果の上に考察を重ねているだけで、ゲーム、映画(などのメディア)、VR、どれについても本質的な考察がなされていない。それが難しいことは分かってはいるが、仮説を立てて検証するというアプローチも統計的な検証も何もあったもんじゃないので全然納得できそうもない。

むう、解らない。そもそも坂元氏は、社会心理学的に電子メディアの影響を研究する学者なのですから、そこを考えるべきでは? 「本質的な考察」というのは、どういうレベルでの話なのでしょうか。勿論、心理学的方法そのものを批判的に検討する、という視点はありますが。

参考になるサイト・文献を挙げておきます。あと、私が個人的に考えている事を適当に綴ったものは、こちらに⇒Interdisciplinary: メモ:「ゲームは暴力性を高めるか」という問題について

一番良いのは、バーチャル以下略の議事録を読む事です。それに尽きます。これを知っているといないとでは、捉え方に大きく違いが出るでしょう。

『すばる書店』公式ブログ | ゲームリテラシーという言葉(後半の論評は、とても妥当だと思います)

テレビゲームと子どもの心―子どもたちは凶暴化していくのか? Book テレビゲームと子どもの心―子どもたちは凶暴化していくのか?

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メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響 Book メディアと人間の発達―テレビ、テレビゲーム、インターネット、そしてロボットの心理的影響

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電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導 Book 電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導

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攻撃の心理学 Book 攻撃の心理学

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2006年12月29日 (金)

問題点の指摘の問題点の指摘

template <class kuenishi> - ゲームリテラシーだってよ

1. 記事の事実関係では、シューティングゲームの実験結果についてのみ言及されているのに対し、記事の論調はゲームの全てを批判するように書かれている

「ゲームの全てを批判するように」というのは、主観的評価なので、読み手の解釈によるだろうから、一概には言えないけれども、記事では、「主人公が魅力的に描かれている場合、個人差はあるものの、暴力シーンが多いシューティングゲーム」と書かれている。ここでは、シューティングゲームに、「主人公が魅力的」、「個人差はあるものの」、「暴力シーンが多い」等の条件が追加されている。これは、慎重な指摘に努めた、と見るべきである。ただ、恰もそれが、ゲーム一般に当てはまるかの如く読まれる、という所に関しては、もっと配慮が必要であったと思われる。

2. 「シューティングゲーム」や「暴力」、「暴力的傾向」など、曖昧な言葉が定義なしに用いられている

これは当たらない。心理学的研究においては、測定したい概念は、そもそも直接的に観察不能(構成概念)であるから、それを定義しなければ、研究自体が始まらない。ただし、記事において、「暴力」や「暴力傾向」の定義なりが触れられていないのは、配慮不足であったと言えるかも知れない。「暴力」とは、日常的に用いられる言葉であり、読む側が、学術概念として捉える事は、少ないであろう。注意深さを求めるならば、注釈を設けるなりして、誤解を解くべく努力すべきだろう。尤もこれは、記事の書き方の問題であるので、どこまで求めるか、というのは、又別に考えなければならないだろう。

3. センセーショナルなゲーム批判とは一線を隔(引用者註:原文ママ)しているように見えるが、実際はセンセーショナルなゲーム批判でしかない

記事そのものの評価であれば別だが、もし坂元氏に対する評価だとすれば、これは全く当たらない。坂元氏は、「バーチャル社会のもたらす弊害から子どもを守る研究会」の委員であり、早計な表現規制に対して、学者としての誠実さを以って、歯止めを掛ける役割を果たされているのである。又、著作を参照すれば解るが、ゲーム等のメディアが及ぼす悪影響に関しては、努めて慎重な書き方をされている。それらを踏まえれば、「センセーショナルなゲーム批判でしかない」とは、全く不当な評価であると言わざるを得ない。

4. 『暴力が正当化される理由は何か▽なぜ、主人公は暴力を振るわないといけないのか▽倒された者の家族はどんな気持ちか??など、「ゲームに描かれていないもの」を考える』など、ゲームの実態を理解しているかどうか疑わしい記述がされている

これは、ゲーム一般に当てはまる論理を記述しているのでは無い。坂元氏の真意は結局、保護者と子どもが共に考える事が重要だ、というものである。「なぜ、主人公は暴力を振るわないといけないのか」等の問いには、様々な次元での答えが用意される。これは、もし、暴力が正当化される様なゲームがあったら、そう疑われる様な言動を子どもが行ったら、という場合に対して、保護者がちゃんと教えてあげられるのが望ましい、という事であろう。子どもが「単なるゲーム(微妙な表現だが)」としてやっている所に、わざわざストーリーの深い所を考えさせる、という意味では無いと考えられる。即ち、ケース・バイ・ケースだという事である。ゲームに関しては、「ゲームに子守をさせて云々…」という文脈で、ネガティブに語られる事もあるから、坂元氏の発言は、そういう批判を受けない様に、親子で共に楽しみましょう、という意図からであったと思われる。そういう意味では、ゲーム文化擁護(不当な批判からの)の発言とも取れるであろう。

僭越ながら、「ショッボイ研究にしか見えない」(template <class kuenishi> - ゲームについて)などと評するのであれば、坂元氏の活動なり著作なりを参照してから仰るべきであると思うのだが、いかがだろうか。

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2006年12月28日 (木)

お笑いとバーチャル

たかぎFさん、GJです⇒WEBダ・ヴィンチ 水道橋博士の「本、邪魔か?」(25)いじめ問題

前に言及した、北野武氏のエッセイの文章が、引用されています。

で、前半の、お笑いの構造の解説については、特に異論はありません。自分も、そう思って楽しんでいますし(だから、そうなんだよ、と教えるのが重要でしょう)。ただ、問題なのは、後半。えー、という感じです。昔(←曖昧)の人はそれが解っていた、今の人はゲームをやっていて、バーチャルと本物の違いがわからない云々、というのは、何か、確たる根拠でもあるのですか? そういう意味では、お笑いがいじめの原因だと言う事と、余り変わらないでしょう。

個人的には、バラエティを見慣れていると言っても、こりゃいかんだろう、と思う様な、やり過ぎ感みたいなものを覚えるものはあります。それは、一部のゲームなり小説なりを見て、嫌悪感を覚えるのと同じです。そういう事では? バーチャルと現実がどうのこうのと言う前に、どうなっているのかを教えればいいでしょう。その方が、余程現実的ですよ。

余談。以前、遊鬱さんのブログに、最近のバラエティの作り方が気になる、と書いたのですが、これは、そもそもバラエティ(お笑い芸人が出るもの)は、人の欠点を笑ったりするのを楽しむ構造を持っていますから、そこは、ちゃんとメタにみるべきだろう、という意味ですね。

※水道橋博士さんの文章へのリンクですが、それ自体の趣旨に賛同しているという事では、全くありません。念の為。

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誤解では?

痛いニュース(ノ∀`):「ゲームが暴力を助長。"倒された者の家族の気持ち"などを考えさせるゲームリテラシー教育を」…専門家

【こども 生活改革】「ゲームリテラシー」教育を-リビングニュース:イザ!

坂元氏に批判的なレス、ちょいと曲解誤解してませんか?(いや、2ちゃんのレスなので、こういう書きぶりなのは、しょうがないですけれど。←批判にあらず)

結局、ゲームをやる時(と言うか、ゲームについて)に認識すべきなのは、それが単なる記号である事、物語は仮構であって、それは現実生活とは全く異なる、という事でしょう。それは、メタな視点として身に着けるべきだと考えます。しかし、それと共に、物語に没頭し、キャラクターに感情移入する事もある訳ですよね。実際の生き方に示唆を与える場合もあるでしょう。それは、どんなメディアも一緒です。子どもがゲームについてどう考えるかは、それぞれの子ども次第だと思います。だから、それを踏まえた上で、保護者が子どもと共に考えていく、というのは、妥当だし、望ましい事だと思うのですが。坂元氏の真意は、どんなゲームにも物語性があって、それを考えさせるべきだ、というのでは無く、保護者も一緒に考えましょう、という一般論の主張でしょう(これは推測ですね。坂元氏が具体的にどう考えているかは、解りません)。確かに、格闘アクションをやっている時に、「このキャラクターには家族がいて…」と言う必要は無いとは思います。この場合は、真似するなよ、程度で良いでしょうね。坂元氏が仰りたいのも、そういう事なのでは?

坂元氏の主張に対してこういう批判が出るのは、予想出来た事ですが。だから、

暴力シーンが多いシューティングゲームをやることで、プレーヤーの暴力的傾向が助長されるという。

この様な言い方をする場合にも、気を付けないといけないのですよね。ここで坂元氏は、心理学的概念として「暴力」を用いている訳ですが、読む側は、そうは取らないでしょう。自分が「暴力的」だと感じる人なりを思い浮かべて、それに当てはめて認識するでしょうから。

ところで皆さん、表現規制に歯止めを掛けているのは、他ならぬ、坂元氏ですよ…。

見出しをもうちょっと考えて欲しい。

2006年12月29日追記:イザ! の記事に、TBを送りました。坂元氏については、Interdisciplinary: ゲーム・ゲーム脳関連リンク集に、関連するリンクがありますので、ご参照下さい。「曲解」を「誤解」に訂正。「曲解」だと、意図的な、という意味合いを持つので、替えました。

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2006年12月19日 (火)

そんなもんやってて何になるんだバイアス

アトミスティックに頂いたコメントに関連して。

スポーツは一般的には批判されないけれど、ゲーム等は…、という話については、確か、以前書いたのですが、やはり、(物凄く単純化して書きます)「飯のタネになるかどうか」というのが、大きいと思います。

ゲームを「やる」とか、漫画を「読む」事は、結局、生産的な行為として看做されない訳で、それが褒められないというのは、ある意味当然ですね。ゲームのプロというのも認知されておらず、それをやっていても意味が無い、という認識が、一般にはあるのでしょう。だから、攻撃し易いのだと思われます。対してスポーツは、マスメディアでスポーツ選手が取り上げられたり、年俸がどうだと騒がれる、言わば、「華やか」な世界です。又、ゲームをやった事が無い人は沢山いても、スポーツをやった事が無い人は殆どいません(スポーツの定義にもよります)から、よく知っている、という所もあるでしょう。そして、ゲーム等は、「訳が解らない」世界、と看做している、という。そういう認識を持っている人は、文化内の差異に目を向けません。同じスポーツでも、野球とサッカーとテニスとバスケットボールが全く違うという事は、誰でも知っていますが、それが自分の知らない世界になると、一緒くたにしてしまうのです。『ドラゴンクエスト』と『バーチャファイター』と『バイオハザード』と『ぷよぷよ』と『ファイヤーエムブレム』と『逆転裁判』と『ときめきメモリアル』と『グラディウス』は全く違うのに、理解しようともしない(知っていても、大した違いは無いと看做す)のですね。

たとえば、運動系の部活で問題行動が発覚しても、それは、そのスポーツをやる事によって促されたのだ、と考える人は、恐らくそれ程いないでしょう。寧ろ、その様な部活において形成される人間関係の歪み等に焦点が当てられます。そういう意味で、至極真っ当な認識です。しかるに、何か行動を起こした人間が、ゲームや漫画を好きだったという事実が明らかになると、途端に注目されます。それが「心の闇」を作り出したのだ、とか。これは、文化に対するイメージの違いを表す、端的な事例でしょう。

訳の解らないものに、好ましくないレッテルを貼るのは、まさしく差別の構造ですが、それに気付かず、確信犯的に、ゲーム等の害悪を流布する人がいるというのは、嘆かわしい事態です。

勿論、自分が知らない文化に対して、こういう安直な見方をしてはならない、という自戒も込めて、書いています。私は以前、偏見の塊の様な人間だったので、いかにそれが他人を傷つけ、歪んだ自尊心を大きくさせるかを、知っています。だから、客観的に物を見つめ、冷静に判断出来ているかどうかを、常に省みなければならないと考えています。

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2006年12月13日 (水)

先生の話とか、自分の事とか、ステレオタイプの事とか

(1)ゲーム脳の恐怖・「硫黄島からの手紙」 - みなみっ子6松あつまれ - 楽天ブログ(Blog)、(2)週刊こどもニュース・原爆の被害・ケイドロ・またまた中学生が - みなみっ子6松あつまれ - 楽天ブログ(Blog)

またまた,その後に「ゲーム脳」の話もしました。実際の脳波データも見せて,ゲームばかりしていると,本当に使いものにならない人間になってしまうぞと,つよく戒めておきました。※(2)より引用

何かをやり過ぎるのを戒める為に、極めて論拠の疑わしい「ゲーム脳」の概念など、持ち出さないで下さい。「本当に使いものにならない人間になってしまうぞ」という脅しの言葉を用いて、特定の文化を貶める様な事を、言わないで下さい。大体、「使いものにならない人間」って、何ですか。

「コンピュータは非常にくわしいです。歴22年。一時はプログラムも組んでいました。 」(Profileより)というのであれば、ゲーム脳がどの様な評価を受けているのか、少し調べれば、判る事です。それをされたのでしょうか。もし、それを知った上で、上記の様な指導をしているのだとすれば、科学的認識力に欠けていると言わざるを得ませんし、調べてすらいないのであれば、軽率であると言えるでしょう。

反論に、個人的経験を持ち出すのは、余り良くないのかも知れませんが(結局は個人差の問題、或いは、個人の主観を書いただけだ、と言われるので)、参考にはなると思いますので、私の事を書きます。

私は、小学生から高校生時代にかけて、恐らく、一日平均2時間以上は、ゲームをしていたと思います。ですが、他人の言う事を聞けなかったり、物忘れが激しかったり、という事は、全くありませんでした。運動が極度に苦手でしたが、これには、ゲームをよくやっていたのが、間違いなく関係しています(ある程度、です。ゲーム時間と運動時間は、負相関するでしょうから。勿論、可処分時間の割り当ての問題ですから、一概には言えません。ゲームとスポーツばかりやって、勉強を全くしなければ、運動の得意なゲーム好きという事にもなります)。人格傾向については、認知的な問題が、大部分を占めていたと思います。身内や友人とのコミュニケーション等々。ゲームをやったから云々、などという、シンプルな論理では、全く説明出来ないです。私がいた環境で、「ゲーム好きを小馬鹿にする」という時期もありましたが、これは、他者にもネガティブなイメージを持ちますし、自身を苛む場合もあります。私は、こういうステレオタイプが作り出す「雰囲気」というのが、とても重要だと考えています。

あるステレオタイプの対象に含まれる人が持つ認識として、「そんな事は無い、それを自分が証明してやる」というのは、結構ある様な気がします。スポーツをやる人は勉強が出来ないとか、ゲームをやると馬鹿になる、とか、そういう言い掛かりを払拭する為に、そうでない事を示そう、という。中にいる人間にとっては、「こういう場合がある」というのを、「(必ず・殆ど・大概)こうなる」と言われるのは、とても困るのです。そんな事を根拠にしてコミュニケーションを取られるのは、たまったものではありません。「自分を見てくれよ」と思うのですよね。だから、「○○は△△だ」という、ステレオタイプ的な見方は、余りすべきでは無いと考えるのです。ステレオタイプを形成したとしても、それが妥当な見方であるかを常に考え、仮にそうであるとしても、それを個人に安易に当てはめてはいけないという事を、自覚すべきではないでしょうか。

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2006年12月10日 (日)

脳内汚染の書評集め

『脳内汚染』は、『ゲーム脳の恐怖』と異なり、ある程度広い領域に亘って論が展開されており、先行研究も引用されているので、なかなか、詳細な論評が難しいですね。引用の仕方が妥当か、という問題等がありますし。著者の岡田氏の主張を腑分けし、個別に検討する必要があると思いますが、個人の思い込みも交えて、ごちゃごちゃ絡み合っているので、解きほぐしにくいです。

という訳で、個人があれこれ論ずるより、色々な所で論評されたものを集めた方が、参考になると思ったので、書評のリンク集を作ってみました。否定・肯定、両方取り上げてあります。結構長いです。

・肯定的

ゲンダイネット:【著者インタビュー】:岡田尊司氏(岡田氏へのインタビュー記事)

鐘の声 ブログ: 「脳内汚染」を読んで--心理、教育、社会性の発達(16)(プロフィールによると、情報系の専門家の様です)

香取俊介の道草日誌 : 深刻な「脳内汚染」のもととなっているメディア(「営利企業の「金儲けの元」なので、研究者の声も封殺されているようだが」←こういう事は、不用意に言ってはいけないかと)

☆その時、心が動いた!☆: 『脳内汚染』(「中毒性」という言葉を、安易に使ってよいかどうか、とも思います。尤も、ゲームをよくやる人の間では、「ハマる」とほぼ同義だったりしますが)

脳内汚染 - 活字Holic - livedoor Wiki(ウィキ)(懐疑的な感想もお持ちの様ですが。テレビの内容を話題にしてコミュニケーションを取るのも、良いのではないかと思います)

Dr.森川の人間風車(中立的。「水中毒」は、DHMOの事ですね。「物心ついた時から周りにある」様になった、という環境の変化は、考える必要はあると思います)

福岡県弁護士会 弁護士会の読書: 脳内汚染(うーん、もう少し、懐疑的に読まれた方がよいのでは? 鵜呑みにし過ぎですよ)

『脳内汚染』やはり犯人は… - 原田誉一の電脳掲示板 - 楽天ブログ(Blog)(書評の評。こちらも素直に受け取り過ぎです)

おやこdeてらこや:【本の紹介】:脳内汚染(この追記は何でしょうか。皮肉のつもりかなあ)

暮らし・世界を脅かすゲーム・ネット中毒:岡田氏、警鐘を鳴らす(そんな事例を出されても、という感じ。大体、最初の方のケースは、ゲームの話すら出てないし。大学の教員なのですから、本は批判的に読む事を教えた方が宜しいかと)

今井宏 衆議院議員 公式ウェブサイト | きままに書評(確かに、「恐ろしい警告」です。ゲーム等を、麻薬と同等に捉えるのですから。それらを愛好する人達に対しての「雰囲気」の形成を心配します)

・否定的

らっぱ王子:脳内汚染(CGがフォトリアリスティックになったからといって、それは必ずしも、ハマる要因とはならないのですよね。CGムービーばかりが目立ってゲーム性を蔑ろにしたソフトは、批判の対象になりますし)

脳内汚染とゲーム脳 - マダム・ロハスの楽天的生活 - 楽天ブログ(Blog)(子どもの内には余りやらせない様にしよう、という態度で充分なのだと、私は思っています。それと、養育者が一緒にやるのが重要かな、と。「ゲームに子守をさせる」のが良くないのは、ある意味当たり前の話ですし、それに反対する人も、そんなにいないとは思います←引用先への意見では無いです)

シム宇宙の内側にて ゲーム脳の信者は子育て失敗の言い訳が欲しいだけ。(至極科学的な態度だと思います。要は、科学的に妥当と認められる方法による研究を行うべきだという事です)

ほどほどにね…[脳内汚染] しげのんnoカケラ/ウェブリブログ(実際、読むのに疲れる本です。あの、小説仕立ての表現は、明らかに問題ですよね。恐怖と不安を煽るだけでしょう)

シンさんの偽哲学の小部屋: 脳内汚染(岡田氏は、因果関係と相関関係との違いは、当然、解っておられると考えられますが、それを混同するのが、意図的なのかそうでないのかは、判断しにくい所です。寝屋川調査の質問紙調査で、妥当性・信頼性が認められた測定尺度を使用しているかどうかは、何とも言えないですね)

Stack-Style: ゲーム脳の次は脳内汚染だそうな(妥当な指摘ですね。この問題を捨て置いてしまった事は、とてもマイナスだと思います)

こどものおいしゃさん日記 おおきくなりたいね : 「脳内汚染」岡田尊司 文藝春秋 いささかセカイ系すぎるのでは?(的確な論評。ニセ科学の主唱者にありがちな、飛躍の構造。「自分だけが真理に気付いた」という実感は、いびつな自尊心を肥大させます)

PSJ渋谷研究所X: 「ゲーム脳」「脳内汚染」など:相関と因果(交絡を考慮せず、相関関係を因果関係の如く看做す誤謬を犯しているものは、結構見かけます。リンク先で紹介されている、きくちさんが出された練習問題、面白いですよ)

脳内汚染 「はげひげ」の脳的メモ/ウェブリブログ(論文を引用された学者のブログ。コメント欄にある、「データにはデータで」はその通り。でもなあ、テレビで実験を披露する際には、もう少し気を付けて頂きたいですね)

ネトゲ研究日誌:脳内汚染について - livedoor Blog(ブログ)(私は、本書は、確証バイアスで出来た本だと考えています)

草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN 凶悪な少年犯罪-「脳内汚染」ゲームが脳を汚染する草莽崛起 ーPRIDE OF JAPAN 切れる子どもたちと「脳内汚染」について(以前ご紹介しました。コメント欄が盛り上がっています)

オンライン書店ビーケーワン:脳内汚染「信頼に値しない資料の用い方」(bk1の書評。寝屋川調査の詳細って、全く明らかになってないですね…)

リヴァイアさん、日々のわざ: 岡田尊司氏の「脳内汚染」について(3月2日追記)(川端さんの読み方は、流石、という感じです。慎重に読み解かなければならないという事を、強く主張されています。確かに、森氏の本とは、ちょっと違いますからね。それだけに難しい、という)

サイコドクターぶらり旅(2006-02-02)(”単なる「変化」であってそれ自体では善でも悪でもないと思うのだけど。”これは重要な指摘ですね。「悪影響」に振れた主張が目立ちます。わざわざ良い影響を語っても、見向きもされない、という事もあるのでしょう)

医学都市伝説: なんだかなぁ「脳内汚染」(鹿島氏の書評は、伝説的ですね。ネットのどこかに残ってるかも知れません)

Frog is not Blog::なぜゲーム脳を批判するのか(その通りで、ゲームの愛好家は、案外醒めた眼で見ているのですよね。メタな視点というやつです。害悪を吹聴するより、外から眺める事を教える方が、余程重要です)

たこの感想文: (書評)脳内汚染(詳細な書評。こういう本って、比較対照を出さないのですよね。じゃあ、他のものはどうなの? と問われれば、どう答えるのでしょうか)

読書日録(香山リカさんも、書評を書かれていたのですね。何か、戸惑い気味の様です)

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2006年12月 9日 (土)

注意

Yahoo!ニュース - 毎日新聞 - <MBS>ゴルフ番組で事実と異なる内容 総務省が厳重注意

当然でしょうね。かなり悪質な事ですから。

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2006年12月 6日 (水)

メディアとは、箱の様なものですから、その箱には何が入るか、今まで何が入れられて来たか、今何が入っているか、今後何が入れられるか、そこに入っているものは、どんな特性を持っているか、性質は一様であるか、それとも、様々な種類のものが入れられるか、等を考えないと、駄目なのです。

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2006年12月 3日 (日)

懐古

今日、『サンデープロジェクト』を観たら、いじめや自殺について議論していて(途中から観ました)、教育再生会議の、義家弘介氏と海老名香葉子氏が出演されていました。

で、観ていて、海老名氏の発言が、余りにも、主観的価値観の一般化に思えたので、ちょっと拾ってみます。※司会の田原総一郎氏とのやり取りですが、海老名氏の発言のみを起こします。なるべく正確を心掛けましたが、聞き取りにくかった所等、細かい部分は、補いました。又、途中の細かいやり取りを省いている箇所もあります。

『簡単に死を選んでしまう。そういうような子に育ててしまうっていうのは、やっぱり親に責任があると少しは思います。』

『あのー、いじめられただけで死んだ子ばかりじゃないと思うんです。もう、世の中どうでもいいよ、っていうような感じで死んでいく子もいるだろうと思うんです。それを、いじめられたからという責任にして死んでしまう。あのー、余りにも、命の尊厳さを無くしてしまっております。簡単に死んでしまう。』

『面白くも何とも無くなった。明日の希望も無くなった。明日食べるの、何食べてもいいや、そいじゃあ、死んじゃおっかな、っていう、簡単に死んでしまう様な事を、聞きました。』

(上の発言の後、田原氏の、それを無くすにはどうすれば良いか、という問いかけを受けて)『はい、親です。親がきちんと小さい時から育てなかったからいけないんです。その親を…(田原氏「きちんと育てるにはどうすれば良いんですか?」)いやもう…あのう、生まれた時からもっと、きちっと抱いて、それで子守唄を歌って。幼児言葉を無くしてしまった、っていう事も第一違ってます。「おいちいね。おいちいおいちい。」とか、「たっちした。ああ、良かった良かった。」っていう事、全部無くしてしまいました。(田原氏「悪いのは親だ、と。」)そうです。』

――――――――――――――――

『そういう姑息なね(註:「姑息」とは、メールで「死ね」等と送り付けるいじめに対して)、やり方をする子どもに育ててしまった、っていう事。そこまで、いってしまったっていう事が、親の責任です。』

『昔はねえ、子どもの中でも、ガキ大将がいました。そいで、ちゃんと、差配(しっかり聞き取れず)しました。そいで楽しく遊ばせました。それから、社会もそうですけども、こう、そういう、陰湿な事はしなかったんですよ。チャンバラしたって、正義の味方は勝つ。悪い奴は負ける。そういう、あのう、教え方で、遊んでました(「遊べてました」かも。聞き取れず)。』

(田原氏の、今は変わってしまったが、どうすれば良い? との問いかけに)『ですから、元へ戻さなくちゃいけない。親の教育です。親がもっと、もう一度、子育てについて、研究しなくちゃいけないと思います。』

――――――――――――――――

『これだけ話題にしたら、この所、減ったじゃありませんか(註:自殺について)、これだけ。この一週間程で、大分、新聞出てないじゃありませんか。ですから、やっぱり、うんと話題にした方が良いと思いました。』

こういう意見は、子を育てた経験のある母親として持論を披露する、という事であれば、構わないと思うのです(同意は出来ませんが)。しかし、内閣によって設置された委員会の一員の発言としては、些か、思い込みが過ぎるものである、と感じました。特に、最後に引用した部分。これは、不用意な発言でしょう。話題にした、報道をしたから減った、等とは言えませんし、ここ数日の話からそう決断するのも、早計です。そもそも、報道されたから目立つようになった、と考える事も出来る訳で、「減った」、と言えるのでしょうか。

個人的な意見として、「自殺をする人は、命の大切さが解っていない」というのは、おかしいと思っています。正直、とても乱暴な主張だと考えています。

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2006年11月25日 (土)

バーチャルとかいじめとか

週間ポストの、北野武さんの連載を読んだのですが、いじめ問題に絡めて、バーチャルがどうだこうだとか、現実の痛みを知らないから云々とか、そんな事が書かれていました。それと、いじめ被害者の保護者についての批判(と言ってよいのかな)も。こんな典型的な、若者叩き的な思考を持っている人だったのか、と感じました。

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2006年11月24日 (金)

テレビ番組での批判

前にもご紹介しましたが、今一度⇒「時流」 TVゲームと少年犯罪の関係(2005/04/01)

マスメディアが「ゲーム脳」を批判的に紹介した、数少ないケースだと思われます。

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2006年11月23日 (木)

ちぐはぐ

クイズ!ヘキサゴンII(11/22放送分)

思うのですが。

一方で(ワイドショー等で)、「いじめは良くない」とか言っておいて、他方では、

「幸せな結婚生活を送っているアグネスさん。突然ですが、明日から旦那さんがフットボールアワーの岩尾(望)さんになります。いくらもらえばあきらめがつきますか?」

こんな事をクイズにして放送するのは、どうなんでしょう。バラエティだから良い、と言うのですかね。でも、バラエティは、フィクションではありませんからね。幾ら、当人達が割り切っているのだとしても、何か…。芸人さんが、自分達を貶めて笑いを取る、という面があるのは解るのですけどね。自虐ネタは、よくありますし。

※多分、すぐにページは更新されるでしょうから、「みどころ」を、全文引用します。

大人気の「もちろんクイズ」。今回は、アグネス・チャンには「幸せな結婚生活を送っているアグネスさん。突然ですが、明日から旦那さんがフットボールアワーの岩尾(望)さんになります。いくらもらえばあきらめがつきますか?」、アンガールズの田中卓志には「大好きな蒼井優さんと一カ月だけ付き合うことが出来るとしたらいくら払う?」、長州小力には「明日から、尊敬する長州力さんと、好きな時に本人と入れ替わることが出来ます。いくら払いますか?(ローン可)」、タカアンドトシのタカには「『大好きな牧瀬里穂さんと行く3泊4日の沖縄恋人同士の旅』が発売になりました。お部屋はジュニアスイートで、朝食つき。さて、このツアー、いくらで買いますか?」などの爆笑問題が出題される。ご期待下さい!!

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2006年11月21日 (火)

暴論

こんなのを見つけました⇒Yahoo!ブログ - のんびりブログ:時流自論 ―藤原新也さん―

私は、藤原氏の仰る、

評論家口調をする”タレント”が、受けねらいで教育再生会議のメンバーに任命されるような施政が行われる日本

この部分にだけ賛同します。

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2006年11月19日 (日)

家庭用ゲーム機症候群

ちょっと古いですが⇒Amazon.co.jp: ファミコン・シンドローム: 本: 深谷 昌志,深谷 和子

タイトルから推察されるような、テレビゲームの悪影響を論じ、不安を駆り立てる、という内容ではありませんでした。

ただ、全体的に、事例報告や調査に対する、著者の恣意的解釈が目立っている様に感じられました。

ゲームやコンピュータと、それに関わっている人を外から眺め、感想文を書いた、といった所でしょうか。

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2006年11月17日 (金)

いじめ調査

冬枯れの街経由で、こういう調査があると知ったのですが、またか、という感じです。

精神的いじめ:高校生「加害も、被害も」最多--京大・PTA調査-話題:MSN毎日インタラクティブ

asahi.com: いじめ、テレビやゲーム漬けが影響か 京大など調査 - 関西

室蘭民報:FLASH24:主要ニュース:友いないといじめ2倍に 人間関係の希薄さ背景か

ZAKZAK:ゲーム、TV、ネット使用時間長いといじめ助長!?

もうちょっと、詳細な数字は出せないのでしょうか。

(情報が少ないので、記事からの推測ですが)「いじめ」を、「しつこいからかいや無視など自分なら不愉快になるようなこと」(毎日)と操作的に定義するのは、妥当でしょうか。質問紙の詳細が判らないので、何とも言えませんが、「自分なら不愉快になるようなこと」というのは、「自分なら」という部分を含んでいるので、自分がされて嫌な事を他人にした場合に、「いじめをした」となると思うのですが、いじめというのは、された側がどう感じるか、という事なので、実態とずれてしまう可能性があります。人により、いじめと感じる閾値は異なります。

ゲームやメール云々というのは、そもそも実数が書かれていないので、具体的に論ずるのは難しいですが、仮に(仮に、です)、相関関係が見出されたとしても、偽相関(他の変数が干渉)の可能性があるので、直ちに、ゲームやメールをよくする「から」いじめをする、等とは言えません。

今回の研究を行ったのは、疫学研究者の様ですから、そんな事は、百も承知のはずです、しかし、

「テレビやゲーム漬けの状態が攻撃性を育て、人間的なつながりの薄さが精神的不安定を引き起こすことで、いじめが生まれる可能性があるのではないか」(朝日―関西)

と言われています。という事は、それなりの根拠があるのだと看做してもよいでしょう。そうでなければ、疫学の専門家が、対した証拠も無しに、発言している事になります。という訳で、木原氏には、詳細なデータを公開する義務があると言えます。報告書を纏められるという事なので、それを待ちたいと思います。

それから、「精神的いじめ」という表現はおかしいと思うのは、私だけでしょうか。

追記:とても参考になる記事がありました⇒H-Yamaguchi.net: いじめもゲームのせいになる、という話朝日新聞に見る『ダメな議論』 - ある日ぼくがいた場所 - 楽天ブログ(Blog)

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2006年11月15日 (水)

マルチメディア情報

ご紹介。

マルチメディア時代における『表現の自由』─脳科学からの再検討─(PDF)

「青少年社会環境対策基本法」を支持する

青少年保護と表現の自由について

実証的根拠の無い、主観の一般化が目立ちます。他の部分は、何が仰りたいのか、よく解らないです。

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2006年11月12日 (日)

私も観ました

慶さんのビューティフォーDAYS たけしの日本教育白書を観たのだ。

私は、前半の方と、石原都知事・久米さんとの討論の途中以降を観ました。

慶さんの仰る通りだと思いましたね。都知事の主張は、主観の一般化・決め付けが激しい様に感じました。これこれこうだからこうなる、と。たけしさんにしろ、都知事にしろ、やはり、強いカリスマ性を持っているので、慎重に発言して頂きたいものです。

 >いたずらと決め付けていた。さらに
 >は、「やる(自殺する)ならさっさとや
 >ってしまえ」なんて事まで言っていた。
こんな発言があったのですか…。酷い。

 >マスメディアの匿名性の問題につ
 >いて、新聞は記事を書いた記者名を
 >載せるべきだ
これは確か、インターネットのコミュニケーションの匿名性に絡めての発言でしたね。匿名性に(一部)問題点があると言えるとしても、一面しか見ておられないのでは無いかな、と思いました。

私にとって、「品格」というのは、威張らず、貶さず、丁寧な言葉遣いを心掛け、他人を思い遣る態度、だったりします。難しいですが(笑) こういうのって、殊更に、「失われた」とか、「取り戻そう」とか、言う事では無いと思います。それって、下品ですよね。

外見的印象で、「品格」を感じさせるのは、綺麗な姿勢、涼しげな表情、等でしょうか。いかにも日本人的な価値観として、「黒髪」というのも、案外重要な要素かも知れませんね。件の番組では、「品格がある人は?」というアンケートで、吉永小百合さんが1位でしたが、私の予想通りでしたね。和服・黒髪・美しい姿勢(これは本当に、見事だと思います)・物腰の柔らかさ・丁寧な言葉遣い等が、「品格」を印象付けるのでしょう。個人的な語感としては(辞書的には同じ様な意味ですが)、「品格」よりも、「気品」の方が合う様な気もします。出演者で、「凛としている」と仰った方がいましたけれど、それも相応しいですね。

話は替わって、途中で、故・双葉山氏の映像が出ていました。ビデオに録ろうと思ったら、他の番組を録画中でした…。惜しい事をしました。凄いベストだったなあ。

慶さんのブログのコメント欄に書こうとしたのですが、長くなり過ぎたので、加筆してエントリーを立てました(笑) つい長文になっちゃいますね。

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観たのかな?

『14才の母』の放送によって、性交渉の低年齢化が進む、という意見を仰る御仁がおられますが、恐らく、ドラマをご覧になっていないでしょう。

実際に観れば解る事ですが、あのドラマ、それ程目新しい内容では無く、単に、14才にして妊娠した少女が葛藤に悩まされる姿を描く、というストーリーです。(一応ご注意。若干のネタバレを含みます)主人公は、「いかにもそういう事をしないであろう」少女、相手は、1つ年上の、「いかにもそういう事をしないであろう」優等生の少年。その二人の、たった一度の「過ち」によって、家族を巻き込んだ騒動が展開していく、という感じです。登場人物は皆、問題に真剣に取り組み、どうすれば良いかを本気で考える。ぶつかり合いながらも、解決に向かって進んで行く。正直な感想としては、いかにも「教育的」だな、と。そういう意味で、世間が典型的なイメージとして持っている、「いかにもそういう事をしそうな」少年少女、が登場して、軽いノリでそうなった、という展開のドラマでは無いので、ちょいとわざとらしいな、という印象。話として綺麗過ぎる、というか。それで、性交渉の低年齢化云々と言うのは、全くナンセンスであると思います。批判するなら、せめて観ればよいのに(観ても、意見は変わらないかも知れませんが)。

※鉤括弧で括ったのは、わざとです。「いかにもそういう事をしそうな」人物像を想定している人がいるでしょうから、強調しました。

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いじめとか、「メディアの影響」とか

「いじめた事がある人」と問われて手を挙げるのは、何がいじめであるかを、明確に認識しているから。つまり、線引きをしている。という事は、それ以外はいじめでは無い、と考えている事も意味する。いじめのエピソードを見聞きして、それをいじめの類型と認識。

(以下、結構感情的な意見ですが)いきなり話は替わって、私は、テレビ等の情報は、「全てフィクションである」(その言い方が強過ぎるなら、制作者のフィルターに掛けられている、と言えば良いでしょうか)、というバイアスを掛けて観ています。必ず、懐疑的に見ます。報道ですら、です。メディアの悪影響がどうのこうのと言うよりも、そうする事を教えた方が、良いのでは無いかと思います。メディアの情報を鵜呑みにして、踊らされている大人を見るにつけ、そう思います。そもそもマスメディアの情報は仮構的である、という事を、認識すべきでは無いでしょうか。私は、前にも書きましたが、メディアの流す情報が与える影響は、とても大きいと思っています。勿論、良くも悪くも、です。だからこそ、それを相対化する事を、教えた方が良いと思います(規制は論外)。

最近、「今の子どもが云々…」というネガティヴな印象付けをしている番組を、よく観るので、こんな事を考えた次第。ああいった番組作りは、おかしくないですか? たとえば、テレビの情報によって、体感不安が増大したりすれば、それは、好ましくない影響だと言えると思います。

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2006年11月 5日 (日)

意図的?

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 「娯楽性重視」1打差の宮里を「1位」、意図的に放送

生中継と録画放送の併用の結果としたMBSは「エンターテインメント性を重視した判断だが、今後の課題も残る」と説明している。

これはどういう意味でしょうか。意図的にやったのは間違い無い、という事ですよね。

選手達に対しても、とても無礼な事をした、と言えるのではないでしょうか。

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2006年9月25日 (月)

メモ:寝屋川調査

WEBで色々調べてみましたが、調査の具体的な内容については、知る事が出来ませんでした。これでは、調査が妥当であるかを検討するのが難しいですね。勿論、魚住氏の著作から、調査の仕方に問題があるのではないか、と指摘する事は出来ますが、どこがどの様に妥当で、又、どこがどうおかしいかを詳しく論評するには、情報が少なすぎます。本来、この様な場合は、信頼性を欠く、として、見向きもされないはずですが、寝屋川調査においては、数千人規模で調査が行われたという事と、電子メディアが少なからぬ悪影響を及ぼすという結果が出た(と調査者が主張している)、という情報が独り歩きしてしまっている様です(『脳内汚染』の影響も大きいかも知れません)。

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2006年9月24日 (日)

電子メディア

電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導 Book 電子メディアのある「日常」―ケータイ・ネット・ゲームと生徒指導

販売元:学事出版
Amazon.co.jpで詳細を確認する

携帯電話やインターネット、テレビゲームに関して、冷静且つ具体的に分析されています。良書だと思います。

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2006年9月22日 (金)

不明

「居酒屋で」「コンビニで」が大半、飲酒検問で次々 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

この記事を読んで、「だからどうしたんだ?」と感じたのは、私だけでは無いと思います。

この記事を通して何を主張したいのか、さっぱり解りません。

タイトルの意味も解らないし…。

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2006年9月13日 (水)

いまどき中学生

いまどき中学生白書 Book いまどき中学生白書

著者:魚住 絹代
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

遅ればせながら、読みました。各所で批判されている通り、とても問題のある内容でした。著者は、「プロローグ」において、「精神医学の専門家などの協力を得て、調査が医学的、科学的な裏付けを持つようにした」(P12)と書いていますが、本書を読む限りでは、その様な裏付けがあるとは、到底思えません。特に、グラフの書き方などは、根本的に間違っています。例えば、横軸に、一日平均のゲーム時間をとり、縦軸に、「傷つけられるとこだわり、仕返ししたくなると答えた子の割合(%)」(P56)をとった棒グラフがあります(P56)※こちらに、図が載っています⇒中学生のTVゲーム 長時間で暴力的傾向 : ニュース : 教育 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) これは、各項目における基準の量が異なるので、棒グラフにして比較するのは、完全におかしいです。「全くゲームをしない生徒の内、18%」と、「4時間以上する生徒の内、35%」(数値は、asahi.com:朝日新聞関西ニュース:朝日わくわくネットを参照。不明な項目については、グラフより推定しました)を並べて、「4時間以上する生徒は2倍」と判断するのが、いかにナンセンスであるかは、お判り頂けるかと思います。又、目盛りの最大値を、出来るだけ下げる(最も大きな項目の値に合わせる)事によって、割合の大きさを、グラフの高さとして視覚的に印象付けています。本書に掲載してあるグラフは、ほぼこのようなものです。著者は、実数を示さずに、「何倍」とか「何%」という書き方を、よくしています。それによって、いかにも差があるのだ、と印象付けようとしているのでしょう。文章だと解りにくいかも知れませんので、試しに、ちょっとグラフを作ってみました。書き方によって、随分、印象が異なると思います。

G1200613G1200615 

 

※不明な箇所は、グラフを参照して推定。縦軸の最大値が異なるグラフを、二種類作りました。

アンケート調査を行った、としていますが、それがどの様なものなのかが、明らかにされていません。質問項目も、選択肢も、具体的内容が書かれていません。これでは、調査が妥当であったかどうかを判断する事が出来ません。又、保護者に対してもアンケートを行っていますが、こちらも同様に、具体的内容は書かれていません。

ところどころに著者の事例報告がさしはさんであり、それを著者が主観的に分析しているのですが、各ケースの原因を、メディアへの依存であると短絡しています。良く読むと、家族間のコミュニケーションや、学校でのいじめなどによって、不登校になった、というケースもありますが、何故かそれらも、ゲームやメールに耽溺しているのがそもそもの原因である、と論理を展開しています。事例報告は、具体的なケースがどの様なものであるかを知る事が出来ますし、それを分析する事も意義があると思いますが、一部の事例を以って、それを一般化するのは頂けません。

他にも、色々おかしな点があるのですが、キリが無いので、この辺にしておきます。この種の本は、全体的に破綻しているので、どこをどう批判すれば良いか、困ってしまいます。恰も、デタラメにピースがはめ込まれたジグソーパズルを見て、どこがおかしいかを指摘する様なものです。

私は、本書を読んで、考えようによっては、これは『ゲーム脳の恐怖』よりも酷いと言えるかも知れない、と感じました。何千人もの生徒や保護者にアンケートを取り、それをグラフにして、いかにゲームやメールがおそろしいものであるか、という事を印象付ける(しかし、その調査は、とても学術的水準を満たしているとは言えず、解釈も恣意的なものである)。間に著者の生々しい実体験を入れ、読者の共感をさそう。このインパクトは大きいのではないかと思います。

本書に言及しているブログ等を、色々見てみたのですが、データを詳しく検討する事も無く、肯定的に評価している所もありました。自分が予め持っていた考えを補強するものとしか映らなかったのでしょう。残念な事です。

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2006年8月29日 (火)

釣りなのか

オーマイニュースで、ちょっとした騒ぎが起こっていますね。

果たして、真相はどうなのか。

追記:書き忘れです。こちら経由で知りました⇒finalventの日記 - 釣りだったの?

いずれにしても、オーマイニュースは、記事の信頼性を確保する事に失敗した、と言えるでしょうね。

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2006年8月22日 (火)

不思議

後藤和智さんのブログ(新・後藤和智事務所 ~若者報道から見た日本~)のコメント欄で、科学者の篠原菊紀さんのブログを知りました⇒「はげひげ」の脳的メモ/ウェブリブログ遊鬱さんに感謝)

さて、この篠原氏、私が記事(考えるじゃあ、皆ですよね)で取り上げた方(前の記事では、脳活動の変化を計測した学者)なのですが、ブログを拝読する限り、科学者としてしっかりした考えをお持ちのようです(著書は読んでいません)。しかし、氏が出演された番組の構成は(10前後観たと思います)、少ない例の計測結果を以って、「○○という文化は△△だ」と、単純に文化を分類する様なものでした(その様に思われる番組の構成が為されていた、という事です。篠原氏が実際にどの様な見解を述べられていたかは、失念しました)。私は、「ゲーム脳」や『脳内汚染』の様な説の流布を鑑みれば、ニュース番組の一コーナー等で実験結果を示す事には、慎重になるべきであると考えます。篠原氏が、どの様な意図でマスメディアに協力しておられるのかは、定かではありませんけれども、脳の活動を可視化したものを、視聴者がどの様に受け取るか、という事は、よく考慮する必要があるのではないでしょうか。

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2006年8月 9日 (水)

fishing?

Yahoo!スポーツ - ニュース - 亀田が持つ几帳面さ 19歳の新チャンプ

血液型はBだが、まるでA型をほうふつさせるきちょうめんさを併せ持つ。

・・・これはギャグですか?記事にこんな事を書く人が未だにいるとは、驚きです。

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2006年8月 3日 (木)

もやもや

前にも同じ様な事を書きましたが…。

マスメディアは、亀田興毅選手について、概ね好意的に評価している様です(私には、そう見えます)。

普段、若者のモラルがどうのこうのと言って嘆いているマスメディアが、です。

亀田選手の言行(特に言葉遣い)は、一般に認識される「モラル」とは、かなりかけ離れていると思われるのですが、如何でしょうか。

「彼の行動が、テレビを観る人に宜しくない影響を与える」、と言いたい訳ではありませんが(彼を尊敬する人も、嫌悪する人もいるでしょう)、普段は若者を叩いておいて、彼に批判的評価を与えないマスメディアの態度は、訝らざるを得ないのです。

これ以降、追記です。

試合を観ました。

…。

詳しい人(色々な方面の)の意見を参考にしたいと思います。

その後のニュース(『ニュース23』)番組で、亀田選手のインタビューを観ました。

…。

悲しくなりました。

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2006年6月14日 (水)

好き勝手

昨年、ライブドアのニッポン放送株取得と、それに纏わる出来事が、世間を賑わせましたが、その際、テレビ局の関係者等が、公共の電波云々という事を言っていました。

テレビでは、その「公共の電波」を用いて、占い師の放言を流していたりする訳です。ご立派な事ですね。

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2006年6月 9日 (金)

じゃあ、皆ですよね

ニュース番組(『スーパーJチャンネル』)を観ていたら、キレる高齢者が増えている、という特集をやっていました。

その中で、ある科学者(『クロ現』にも出ていたなあ…)が、高齢者がキレやすいのは、前頭葉の機能が低下しているからだ、と主張されていました。そして、「脳トレ」の様なテストをやらせ(何と、4人!)、若いアナウンサー(記者?詳細は失念しました。人数は、何と1人!)と脳イメージングの結果を比較して、前頭葉の機能低下を指摘していました。

子どもや若者がキレやすい、という説は良く聞きますが、高齢者もそうだった、という事になると、結局、皆(全世代が)キレやすい、という訳ですね。なんだ、そうだったのか!

そうそう、いきなり話は替わりますが、テレビを観ていると、芸能人が、「キレた」エピソードを、恰も武勇伝の如く語っている事がありますね。あれは、止めて欲しいですね。何故か、それに周りが感心したりしますしね。

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2006年6月 7日 (水)

釣りかな

村上容疑者、両天秤で大儲け 持ち株の高値売却狙う“確信犯” (スポーツ報知) - Infoseek ニュース

この「確信犯」の使い方、わざとですか?

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2006年6月 6日 (火)

ちゃんと書かないと

まこなこ:任天堂ファン罵倒疑惑について

このエントリーの書き方、問題ですね。村上世彰容疑者の記者会見での発言の捩りという事を、明記していないという点で。

村上容疑者の会見内容については、こちら⇒インサイダー取引:村上氏が容疑認める 株取引の引退宣言-今日の話題:MSN毎日インタラクティブデイリースポーツonline:村上容疑者 星野SDに捨てゼリフ

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2006年5月30日 (火)

遅い

Yahoo!ニュース - 時事通信 - 社員の隠し撮りで陳謝=日テレ社長

この事は、テレビ(特に日本テレビ)で報道されたでしょうか?

処分内容くらいは、知らせても良いのではないかと思いますけれど。

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2006年5月25日 (木)

flame

元日本テレビのアナウンサー、藪本雅子さんのブログ(藪本雅子ブログ)が炎上した事が、話題になっています(関連記事:元日テレの藪本アナ、ブログ炎上…後輩の盗撮擁護ブログ炎上の藪本アナ「日本の空気読めなかった」)。

ほとほと、2チャンネル(引用者註:原文ママ)系の書き込みには辟易です。(上記関連記事より引用)

推測ですが、藪本さんは、あまり、掲示板や、ブログ等をご覧にならないのかも知れません。罵倒するコメントを、「2ちゃんねる系」と表現する所に、一つの(典型的な)先入観がある様に思われます。荒らしコメントに対する耐性も、あまり高くないのかも知れませんね(それが悪い等と言いたい訳ではありません)。

ところで、日本テレビは、未だに盗撮事件については報道していないのでしょうか。私がニュース番組やワイドショー(他局を含めて)を観た限りでは、確認出来ませんでした。有名企業の社員の不祥事というのは、大々的に取り上げられるのが一般的だと思うのですが、やはり、身内の不祥事は、なるべくおおっぴらにはしたくない、という事でしょうか。

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2006年5月21日 (日)

いかがなものか

スラッシュドット ジャパン | 執事喫茶店内が盗撮され、雑誌に無断掲載

講談社のコメントが、なかなか凄いですね。

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2006年5月18日 (木)

解りにくい

Yahoo!ニュース - 産経新聞 - 毎日メール、中2の3割 小5では3.9%

見出しは、「毎日メール」であるのに、記事内容は、携帯電話の使用についてが大部分です。

普通、こういう記事は、「○○である事がわかった。」と書いて、次に、それについての説明を書くものだと思うのですが、本記事では、前段と後段で、いきなり話が代わってしまっています。「メール利用の状況の話は、どこにいったんだ?」という感じです。

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2006年5月17日 (水)

果たして

Yahoo!ニュース - 読売新聞 - 日テレ男性アナを書類送検、スカートの中を隠し撮り

テレビメディアは、この件について、どの様に報道する(された)でしょうか。

今、日本テレビの『ザ・ワイド』を観ていますが、まだ触れてもいません(15:39現在)。

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2006年5月 6日 (土)

もてはやす

Yahoo!スポーツ - ニュース - 亀田興毅フライパン曲げで相手威嚇

亀田兄弟といえば、最近マスメディアでも良く取り上げられ、人気を博している様です。

で、ちょっと思ったのですが、彼らの様な「感じ」(言葉遣い等の印象)の人が、「そこらへん」にいたら、メディアは、どう評価するでしょうか。「最近の若者は、礼儀がなっていない」とか、「けしからん」とか、そう評すると思われます。彼らのパフォーマンス(試合中以外での)に対して、メディアが批判しているのを、見た事が無いのですが、何故でしょうね。世界を狙える程のセンスを持っているから?高視聴率が望めるから?普段の報道の仕方からすると、メディアは、まず彼らの社会性を批判するべきでは?

一応断っておきますが、私は、彼らを批判するつもりはありません。彼らが普段、どの様な言動であるかは良く知りませんし、知る術もありません。私が批判しているのは、マスメディアです。

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2006年4月20日 (木)

強制

Yahoo!ニュース - CNET Japan - 「強制的にCMを見せる」技術、フィリップスが発明

もし、放送局が、この様な技術を用いると発表したら、視聴者から批難される事は必至です。CMを飛ばすためにお金を払うというのは、受け入れ難いでしょう。

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2006年3月21日 (火)

ズレ

小寺信良さんの記事、ITmedia +D LifeStyle:PSE問題報道の舞台裏に思う (1/3)を読んで。

とても興味深い内容です。マスメディアの取材の手続き等のまずさを、小寺さんが暴いてみせています。勿論、記事に書かれている様な事が、典型的なメディアの態度であるかどうかは判りませんが、数社が同様の非常識なオファーを行った、というのは、注目すべき事である、と思います。

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2006年2月28日 (火)

過剰

最近、ワイドショーや特番で、トリノオリンピックに出場した選手の、境遇やエピソードを紹介しているものを見かけますが、その中には、いかにも、ドラマティックに演出して感動を引き出そう、という意図が見えるものがあります。選手の環境が恵まれていなかった事を強調し、その逆境を跳ね除けて活躍した、という事を、関係者のインタビュー等を交え、悲愴感をたっぷり込めたナレーションで演出します。

この様な、わざとらしい演出を見ると、却って白けてしまいます。確かに、選手の逸話を聞くと、より感情移入出来る、という事はあるでしょう。しかし、他人より恵まれない境遇を持ち、その逆境をバネにして活躍してきたのだ、という演出は、控えるべきではないでしょうか。選手に対して、努力しなかったから活躍出来なかったのだ、とか、頑張ったのだから、結果を残せなくても良いではないか、と言うのは、選手に対して失礼であると思います。私達は、選手の事を、表面的にしか知り得ないのですから。

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2006年1月28日 (土)

テロップ

テレビのインタビューで、画面にテロップが出る事がありますが、発言者の意図とずれているのではないか?と感じる文章を良く見かけます。括弧で括って補足しているのを見る事もありますが(例えば、「(○○について)こうだと思います。」等)、これも、「いや、それについて語ってはいないのでは…」と感じる事があります。

なるべく、発言者の意図を正確に記述するよう、心掛けるべきではないでしょうか。

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2006年1月24日 (火)

これで良いのか?

昨日、ライブドアの堀江社長が逮捕されました。マスメディアはこぞって特番を組み、この事件に関して報道していました。逮捕される前にも、まるで容疑が確定したかの如き報道をし、印象を操作している様に見受けられました。あの様なメディアの姿勢には疑問を感じます。

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2006年1月14日 (土)

asahi.com: 160万円を50億円超に ジェイコム20億男の投資術 - AERA発マネー - ビジネスを読んで。

先日のジェイコム株の件で、多額の利益を得た男性についての記事です。ちょっと気になった記述がありました。

投資家というと、村上ファンドの村上世彰氏のような野心満々でぎらぎらしたイメージが浮かぶが、まったく違った。色白で物静かな風貌は、街ですれ違ったとしても、スゴ腕トレーダーとはまず思わないだろう。失礼ながら、どちらかといえばニート風だ。

「どちらかといえばニート風」って何ですか。意味が全く解りません。ニートに特有の外見があるのでしょうか。

「街ですれ違ったとしても、スゴ腕トレーダーとはまず思わないだろう。」と書いていますが、街ですれ違っても、職業など解りませんよ。

この記者は、明らかに、ステレオタイプを持っていますね。

それと、この記事全体に、とてもネガティブな雰囲気を感じるのですが、私の単なる思い込みでしょうか。

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2006年1月 2日 (月)

マスメディアの影響

マスメディアに関わる人達は、自分達がつくったコンテンツが受け手にどの様な影響を与えるか、という事を、反省しているでしょうか。

極めて多数の人間が情報を受け取る、という事を、自覚しているでしょうか。

情報を歪曲したり、恣意的に切り取って継ぎ接ぎし、印象を操作したり、という事は無いのでしょうか。

「公共の電波」とやらを使って、差別を助長する様なコンテンツを流す事は無いでしょうか。

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2005年12月28日 (水)

報道

テレビゲームやアニメに傾倒していた人間が犯罪を行った場合、マスメディアは、ゲームやアニメが好きであったことをクローズアップして、それが原因であるかの様に報道します。

しかし、犯罪者が、例えば野球やサッカー等の、メジャースポーツの現役選手であった場合、「何故スポーツを頑張っていたのに犯罪などしたのだ」、と報道されます(主観的にはそう感じます。「しごき」等が言及される場合もありますが)。

アニメ好きの犯罪者が、「頑張ってアニメを見ていたのに。」と言われることはないでしょう。

それは何故でしょうか。

「スポーツは、人間の健全な育成を促すものである。」というステレオタイプがあるのかも知れません。

「ゲームやアニメは、人間の欲望を喚起し、増幅させるものである。」というステレオタイプがあるのかも知れません。

スポーツが人間の暴力性を増幅させる、という意見は、一般には殆ど無いと思われます。マスメディアがその様な報道をするのを、私は殆ど見た事がありません。

何故でしょうね。

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