ノート:心理学研究法(12)
もはや誰も憶えていないであろうコンテンツ、ノート:心理学研究法(11)の続きです。
第10章 実験の考え方
まず冒頭部分に「心理実験」の説明。
心理実験とは,人間の精神的行動を研究するにあたって,研究者が何らかの意図的な状況を設定して組織的なデータをとることである。P125
1.なぜ実験するのか
○幾何学的錯視を例に
例に挙げられているのは、ミュラー・リヤーの錯視。お馴染みの、矢羽のあれですね。それを用いて、「錯視量」を測る。で、変化させていくのは、矢羽の「角度」や「長さ」。つまり、それらの条件を変化させていって、被験者が感ずる錯視の大きさを測定して、どの条件が錯視に効いているのか、を確かめていくという寸法。
ここで問題なのが、「錯視量」をどうやって測るかという所。「見え方」自体を直接測るのは困難ですからね。だから、そこで重要となるのが、心理物理学(psychophsics)という分野の手法。具体的には、矢羽無しの線を提示し、その長さを変化させて、矢羽つきの線と長さを比較させ、同じと「見える」長さの平均をとって、それを指標とするなど。そうすると、主観的な見え方を、物理的な長さのデータとして取り出す事が出来る訳ですね。
○独立変数と従属変数
「行動は刺激の関数」という文があります。関数は数学の考えですが、噛み砕いて表現するとどうなるでしょう。イぽうが変化するに応じてもう一方も変化する、という関係とでも言えるでしょうか。もちろん数学の厳密な定義は別です(そもそも私には説明出来ない)。行動は刺激の関数、という事は、刺激を変化させればそれに応じて行動も変わる、て意味ですね。刺激とはこの場合、矢羽の長さとか角度とかですね。「行動」は、ここでは線の長さの見え方。で、変化させる条件、つまり刺激を独立変数、行動の方は従属変数、と呼びます。説明変数と被説明変数とか、他にもいくつか表現がありますね。y は x を変数とする関数である、みたいなのが数学にはありますね。x が独立変数で y が従属変数、のように。
クルト・レヴィン曰く、「B = f (E, P)」という図式を提案したそうです。Bは行動(behavior)、Eは環境(environment)でPは個人(person)。つまり、行動は環境と個人を変数とする関数である、という感じですね。
結局、心理実験では、与える刺激、という条件、これが独立変数ですね。それを「操作」して、従属変数としての行動にどう影響を与えるか見ていく、と。それは自然科学などと共通している所だろうと思います。
○変数の影響から内的メカニズムを推測する
認知心理学では,実験データから内的な情報処理メカニズムを推測しようとする。そのときに,しばしば使われる論理は,ある変数の影響が一様でないならば,そこには異なる内的メカニズムが存在するということである。変数の影響とは,実験的な操作が及ぼす影響と言い換えてもよい。P127
認知心理学の方法は、ヒトの心を一種の情報処理過程と看做すというやり方ですね。で、内部のメカニズムを想定して、それが合っているならこういう実験を行えばこういう結果が出るであろう、と推測して、実際に確かめていくと。それが心理実験な訳ですね。もちろん、実験結果からメカニズムを推論する事もあるだろうし、生物学的な所から、いわゆるハード的な基盤を考えていくというアプローチもあるだろうと思います。
ここでは、記憶の実験が例に出ています。初頭効果と親近効果という現象。これは、単語のリストを見せて、それを再生(後からその言葉を言わせる)させると、リストの初めの方と終わりの方の単語の方が、再生率が高くなるという事です。
で、初頭効果は、リストの提示速度を「遅く」すると顕著になり、速くすると目立たなくなり、親近効果は速度の影響を受けにくいらしい。
それで、初頭効果の説明としては、最初に提示された刺激は相対的に多く繰り返され(リハーサル)、長期記憶に貯蔵されやすい、というもの。なので、リストの提示が速くなると、リハーサルにかけられる時間が短くなり、再生もしにくいと。親近効果の方は、憶えたばかりだから短期記憶に残っているという事ですね。だから、再生させる前に暗算などの課題を与えたら、親近効果は消失するそうです。暗算に短期記憶を使っちゃう訳ですね。
こういう風に、刺激の与え方と、それに対する反応(あるいは行動)の仕方を見、記憶のモデルなどのメカニズムを考えながら研究を進めていくのですね。
2.干渉変数の統制と被験者の割り当て
○干渉変数とその統制
まずこういう文があります。
他の科学における実験と同様に,心理学の実験でもその目的を一言でいえば,「こうしてみたらどうなるかを試す」ということになる。P129
シンプルですが、まさにこういう事ですね。もちろん、その方法は色々洗練されていて、そこに科学独特のアプローチの仕方があります。
例では、教育方法の効果、が挙げられています。3つの教育方法A、B、Cによる教育効果の違い。ここでは、教育方法が「独立変数」で、教育効果が「従属変数」。教育方法を変化させる事で、結果的に現われる効果がどう違ってくるか、を知りたい訳です。変数の型は、連続量の事もあるしカテゴリーの場合もある。……尺度水準の話ってもう出てきましたっけか。えっと、要するに、この変数というやつ、色々種類があります。血液型みたいなのは、「分類」しか出来ないですね。四種類。こういうのを「名義尺度」と言います。かけっこの順番だと、順位がつけられます。でも、1と2と3と……の間の大きさが等しいとは限らないですね。これは「順序尺度」。間の大きさに意味があって、差を論じられるのは、「間隔尺度」と言います。摂氏温度などですね。「比例尺度」は、「ゼロ」が考えられるもの。体重や身長などです。原点が考えられるから、「比」を論じられる。何倍である、という事が言えます。
ヒトの行動を従属変数とする、と言いましたが、もちろん、それに関係する独立変数は、様々なものがあります。だから、ある独立変数(今だと教育方法ですね)の影響を知りたいなら、「その変数だけ」が変わるようにして、他の変数が一緒に変わらないようにする必要があります。一緒に色々変わったら、結果的に行動に変化があったとしても、どの変数の影響なのか解らない、となっちゃいますから。そういう時、着目している変数以外の独立変数を、干渉変数と言います。他にも色々な言い方ありますね。第三の変数とか剰余変数とか(厳密には意味が違う、と考える事も出来るでしょうけれど)。
で、それら干渉変数の影響を等しくする事、つまり揃える事ですね。それを統制する(control)と言います。
余談ですが。私はこれらの知識に最初に触れたので、対照をとる事を「コントロール」をとる、と表現する事にちょっと違和感を持っていたり。語感の問題ですけれどね。コントロールとは、色々な条件を操作する事、という風にとる訳です。対照はコントラストと言えばいいのに、なんて思ったり。しかも、心理学で「統制群」みたいな用語もあったりします。
ここで引用。
実験とは,干渉変数をできるだけ統制し,着目したい独立変数の値を変化させた状況を人為的に作り出して,従属変数の変化を測定するという手続きにほかならない。調査においては,自然な状況で独立変数と従属変数をそれぞれ測定し,相互の関連を見ようとするのと対照的である。
P129
重要なのは、人為的にある状況をきっちりと設定し、変数を統制する、という所。こうする事で、実験は因果関係を見出しやすい方法と言える訳ですね。これは見方をかえると、もしここら辺の設定がきちんとされていないなら全く結果が信用出来なくなる虞がある、というのを意味します。
それから、心理学では、こういった人工的な状況で得られた結論が、実際の人間の活動の場にも当てはまるのか、という見方もなされます。つまり、「生態学的妥当性」と言われるものですね。噛み砕いて言うと、それって私達が生活してる状況を説明するのに役立つの? といった問題意識ですね。この事については、説明の範囲を注意深く弁えていれば、実験研究によって得られた知見はとても役に立つだろう、と思っています。あるいは、基礎的な心理的原書については、条件を厳密に統制したからこそものが解る、という事もあるでしょう。
○被験者の割り当て
干渉変数を統制する、と言っても、あらゆる条件を掘り出して全部コントロールしていく、ていうのはもちろん不可能です。だから、特別に影響を与えそうな変数に着目してそれを揃えるとか(男女の性別を考える、とか)、各群に(今の場合だと、どの教育方法を行わせるか、という事になるでしょうか)「無作為」に割り当てる、という方法などがあります。ここで無作為というのは、適当て意味では無く、確率的な手続きに基づいて、という事。そうすると、着目する独立変数以外を全部ひっくるめてばらけさせる事が出来る訳です。もちろん、結果的に偏ってしまう場合もありますが、偏り方は数学的(統計学的)に評価出来る、というのがポイントです。たとえば、薬剤の効果を見るのに、確かめたい薬とプラセボ群を比較する、というのが重要な方法として紹介される事がよくありますが、そこで本質的に重要なのは、実は無作為化です。RCTのR。
3.実験における指標のとり方の工夫
○反応時間―知識構造と文の真偽課題
心理学で測る指標、色々あります。「心」を直接は測れないから、外側に出てくる「行動」を測る、というのが心理学の手法です。測るのは、さっき例に出てきた、見えた長さをガイドを用いて測るものや、再生出来た単語の割合など。で、よく用いられるものとして他に、反応時間(reaction time)があります。
本章で紹介されているのは、コリンズとキリアンの実験。「意味ネットワークモデル」というものを検証した実験です。
彼らは、人間の知識の構造が、「階層的」なネットワーク構造をなしていると考え、それを実験によって検討しました。これだけじゃ解りにくいので、意味ネットワーク、辺りで検索してみて下さい。
そこで実験されたのは、1)カナリヤは黄色い 2)カナリヤは飛ぶ 3)カナリヤは食べる などの文の真偽を判定させその反応時間を測定する、というもの。前の方ほどカナリヤ固有の特徴で、後に行くほど「カテゴリーを上にたどって判断」しなければならないので、後の方ほど反応時間が長くなる、と予想した訳ですね。意味ネットワークモデルが適切ならば、後の方ほど判断に時間がかかるであろう、と。そして実際、その通りの結果になり、モデルは支持された、という事です。※ここら辺、本当は哲学上の難しい問題が絡んできますが、そこは措いておきましょう
このように、反応時間という指標が、一つの理論的なモデルを検討するために用いられる、という訳ですね。
○自発的な課題の遂行時間――内発的動機づけの強さ
ここは略。デシによる研究の紹介。
○操作的定義とさまざまな測度
内発的動機づけみたいに、「直接観察出来ない」ものを測りたい場合、外に出てくる反応を測る訳ですね。内発的動機づけだと、それを、「自由時間内でパズルにとりくむ時間」という風にして、その時間を測って内発的動機づけの程度とする。そういう風に、心理的なものを測定可能な指標で表現する事を、「操作的定義」と呼びます。そして、指標を測度(measure)と言います。
これ、ちょっと考えるとものすごく難しい事ですよね。ある心理的な事を測りたいとして、何らかの測度(尺度)を考える。で、その測度が適切なのか、という所が議論を呼ぶ所。元々測れないものを測ろうとしている訳ですからね。だから、すでに良いものと確認された他の指標と比較して、よく出来ているかを慎重に検討したり、という事が重要となります。つまり、心を測る「ものさし」を作って使う、という感じですね。ある心の状態を調べたいとする、その状態は、この「ものさし」で測った結果だ、と定義(操作的定義)する。そして、その「ものさし」を、測度や尺度と呼ぶ、と。
参考文献
心理学研究法 (放送大学教材)
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