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2011年11月21日 (月)

高度に有意

この言葉遣いが許容出来るか出来ないか、については色々議論のある所かと思いますが、何となく、自分が覚える違和感(私は違和感がある)の理由が解った気がするので書きます。
別に、それが妥当だ、と頑張る気は全然ありません。

そもそも、統計的仮説検定において、「有意」というのは、予め恣意的※に決められた有意水準に照らして帰無仮説が棄却されたか否かを示す定性的な概念だから、それは単に二値的に「有意/有意で無い」と表現するものであって、そこに「程度」が入った「高度に」という表現を付け加えるのはおかしいのではないか。
というのが多分その理由です。
※「恣意的」というのは、自分勝手に、などの辞書的なネガティブな意味合いでは無くて、慣習的とか、科学者集団の合意によるとか、厳密な数学的合理性は持たない、とかその程度の意味で使っています。

だから、「有意」の語に、高度とか傾向が見られるとかを付け加えるのでは無くて、「有意確率がとても小さい」みたいな表現をすれば済むんじゃないかな、と。p値は数値ですし。もちろん、「小さい」というのは何を基準にしてるかというと、通常用いられる有意水準等に比して、という事で、それも文脈に依存している訳ですが。

追記:いきなり前言撤回みたいな事をコメントに書いてます。

うーん……考え方としては、「高度に有意」「有意傾向」を使うのはいいけど、その時には必ず「有意水準は何%か」を情報として与えるべき、というのもあるかな。線を引いた場所から大きく離れた所にあると言われても、「どこに線を引いたか」が解らないとしょうが無い、的な。
でも、10%水準で検定したら有意確率が2%だった場合、それを「高度に有意」と言えるの?て話にもなるか。それは結局、1%水準では有意にならないのだから、それを「高度」と言われてもなあ、と。極端に言えば、45%水準で検定(あり得ない)して有意確率20%だったらそれはどうする? ともなる。
とすると、結局、どの有意水準でも、「高度に有意」と看做されるのは、ある程度共通していて(0.01%以下とか)、じゃあそれなら、わざわざ高度に有意と言わず、単に有意確率が小さいと言えばいいじゃない(「小さい」の価値付けにその、有意水準の程度という文脈は関係しないのだから)、ていう風になって、最初の私の違和感に戻る、と。

と言うか、確か私は、そこまで直感的に思いついてからこのエントリーを書いたのだった。ちゃんと脳内を照らしてから整理して書くべきだったな……。

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コメント

うーん、でも、たとえば、線を引いて、その線より内側か外側か、というのを考えた時、線からの距離によって「すごく外側」と言うのは全然おかしく無いか。そこで「線」を「有意水準」に置き換えれば同じように成り立つかどうか…。

投稿: TAKESAN | 2011年11月21日 (月) 15:30

↑もちろん、「線からの”距離”」は、検定統計量の実現値が棄却域のどこら辺に落ちたか、というのに相当。

なんかこうして見ると、別に「高度に有意」は使ってもいいんじゃ?みたいになって、そもそもエントリーの意義が無くなりそうな…。

投稿: TAKESAN | 2011年11月21日 (月) 15:34

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