きれいな情報
かつて公衆衛生医のミュアー・グレイが語ったように、十九世紀にはきれいな水を提供することで私たちは大きな進歩を遂げた。二十一世紀にはきれいな情報を提供することが私たちを前進させる原動力となる。
ベン・ゴールドエイカー[著]梶山あゆみ[訳]『デタラメ健康科学』 P113より抜粋
※「一九世紀」→「十九世紀」 「二一世紀」→「二十一世紀」に表記を変更した
よくよく噛み締めておくべき言葉だろう。※本書ではこの後で、(コクラン共同計画の)システマティックレビューがそのための優れた方法であると評している
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コメント
「きれいな情報」とは如何に?と思っています。
悪意の情報は、排除すべきと思いますが、
雑音(:汚濁)が入ってなければ、「生の:生き生きした」情報とはならないと思います。
情報を取捨選択する能力が大事で、
「きれいな情報」ばかり流れている世界は、異常と思います。
そう思うことも危険ですが…。
アクのある個々の「生の情報」こそ、大事なように感じてます。
投稿: mohariza | 2011年9月17日 (土) 13:43
メタファやアナロジーの表現に拘っても仕方がありません。
上下水道が整備されたからといって、生活用水以外が消滅する訳でもありますまい。
投稿: TAKESAN | 2011年9月17日 (土) 14:57