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2011年9月19日 (月)

DQNネーム

と呼ばれる名前。

漢字表記で読みは英語的なものとか、そういうのですね。尤も、「そう言われているもの」を観察すると、もっと色々の意味が含まれているように思われますが。

で、そういう名前をつける事に批難があったりします。なんて名前つけるんだ、的な。
平均から大きく離れた事を危惧したり批判したり、というの自体は、まああるのだと思います。何事においても。
でもこういうのって、命名者及び、その「名前自体」を思い切り揶揄する意見も見られますね。そういう時に、当の子どもに奇異の目が向けられるのは避けたい所です。
「名前で馬鹿にする」ってよくある話なので。小学生とかだと、名前がカタカナ表記だったりするだけで小馬鹿にしたり。すごく醜いですからね、それって。身体的な特徴を揶揄するのと変わらない。
養育者が、なんだあの名前は、みたいに言っていると、それが情報伝達され、子どもになにがしかのネガティブな感情が形成される、というのは充分に考えられるでしょう。
そういう虞がある場合に、どのように「教える」のが最善でしょう。「変な」名前をつけられているけど、悪いのはつけた大人であって、つけられた子どもは責められるべきでは無い、みたいに「教育」しますか? その時、「その名前が命名される」事が問題である、というのは「前提」になっていますが、それで良いですか? つまり、「名前をつけられた事は可哀想」というのも「前提」にしていますが、それで良いですか?
別の批難として、この漢字でこの読み方なんて解らないよ、みたいな文句もありますね。一般的な読みからは想像も出来ない、というような(英訳して読ませるような)。その時、「いかにも読めやすい」読み方が標準である、という事が「前提」になっていますが、それで良いですか? その、許容される「幅」というのはどういうものでしょう。

この問題、そんなに簡単な話では無いと思っています。社会的な事や言語的な事、色々なものが絡んでいる。その時、「今ある”常識”」を基準にして論ずるのが、果たしてどの程度妥当なのでしょうね。

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