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2011年7月14日 (木)

或るトンデモ支持者の履歴――科学的懐疑主義に目覚めるまで(2011年7月19日追記)

ばらこさんのエントリー⇒サイエンスコミュニケーションで素人にできることを考える(改題)(2) - ばらこの日記

3)もし、自分が過去にトンデモな情報を信じていたとか、信じるだけでなくて他の人にも自信満々発信していたとか(私です)そういうことがあれば、そのプロセスをできる範囲で言語化し公開する。それは必ず同じ轍を踏む人が立ち戻る際の参考になる。だまされる人が減れば「だまされる人を減らす」ために費やされているエネルギーをもっと生産的な方向に振り向けることができる。

この部分について、私自身を例にして記述します。今まで何度か書いてきましたが、時系列に沿ってまとめて書いてみましょう。
特に普遍性も無く、そのまま他者の参考になるものでもありませんが、トンデモ的言説に親和的であった人間の変遷の事例として見てもらえれば良いかと思います。

※ここで「トンデモ」とは、オカルトや超能力、ニセ科学的な言説の総称として用いました。語源からすれば適切ではありませんが、総合して上手く言い表せる語が他にありませんでしたので、使いました。

※2011年7月19日追記:「トンデモ」の語について、より詳しく補足する必要があると考えたので、twitterでのむいみ氏・うさぎ林檎氏とのやり取りを載せます。

○子どもの頃

御多分に漏れず、と言いましょうか、幽霊、超能力、その他のいわゆる超自然的な現象というものは、「ある」と認識していました。テレビでよくやっていた怪談もの、超能力か?という演出がなされたマジックショー、そしてオカルトや幽霊を扱っているマンガ。

フィクションからも強烈に影響を受けました。代表的なものは、つのだじろう作品。『うしろの百太郎』や『恐怖新聞』ですね。うしろの百太郎を読んで、守護霊を呼びだそうなんて事もやったものです。夜眠れなくなる、なんて当たり前でしたし。

『ムー』も読んでいて、付録でついてきた御札を箪笥に貼ったり(実際にやったのはきょうだいですが)、という事も。

こういう事を信じていた子どもというのは、自分の周りではよくある話というか、まあ「普通」でしたね。と言っても、積極的に話題に上げる、というのはあまり無かったように記憶しています(多分、きょうだいの影響が大きい)。

○子どもの頃2

※少々特殊、というか、シリアスな話です

私は、同居していた家族に、特定の宗教の信者はいませんでした。祖父母が仏教徒ですが、周りの人間によって形成された自身の宗教観としては、神様がいるのだろうな、というくらいだったのだと思います。素朴で、誰にでもあるものですね。

でも、いつ頃からでしょう。小学三年とかそのくらいかな。まあ、色々な心理的な動きがあったのでしょう(詳しく書きません)。自分で「神」を「創造」しました。既存の宗教にある超越的な概念を信仰する、のでは無く、自分で作った訳です。つまり、自身を含め人間全体を常に監視する存在。人格的かどうかはもう憶えていませんが、自分は日頃の行いに応じた報いをその存在から受ける、と認識し、超越的監視者として脳内に据えたのです。
その概念の形成については、周りの人間からの情報、フィクションやテレビから得た情報、などが総合されてなされたのでしょう。社会心理学や発達心理学などで色々考察されていそうですが、よく知りません。

ともかく、そういう経緯があり、形而上学的概念を受け入れた、というか、自身の人格を留めるものとして強烈に刻み込んだ訳です。

○子どもの頃3

なんとなく、この頃の人格形成に大きな影響を与えたと思われるものとして、ゲームとおもちゃがある、と自己分析しています。

ゲームに関しては、後で書くように、プログラムに興味を持つきっかけになっているというのもありますし、典型的な「デジタル」な物でしたから、そういう部分に親和的になったと思います。
おもちゃ、ですが、変形ものが大好きでした。きっかけはよく判りませんが、とにかく好きで、手順を踏んで動かしていけば別の物(乗り物→ロボット とか)に変化する、というのが堪らなく好きだったのです。
他にも、エアガンだったりモータで動くおもちゃだったり、メカニカルな物は好きでしたね。自分では、今もある「仕組み(メカニズム)」を強烈に志向する人格はそれらによって作られたと思っています。

○学生時代~

大体、中学~高校卒業後、辺りを示すとしましょう。
とにかく勉強が嫌いでした。特に数学。多分、論理的思考が嫌いとかそういうのでは無いと思います。と言うのも、小学六年生くらいに(これまで、小四くらい、と書いた事がありますが、多分小六が正しい)コンピュータプログラミングに偶然触れ、プログラミング言語(BASIC)を独学していたので、論理的に考えたりアルゴリズムを辿ったり、といった事には、むしろ興味があった方なのかも知れません。
でも、それと「数学」が結び付けられる事は無かったのですね。これもよくある話ですが、「一体何の役に立つのか」と強烈に思っていたのです。中学になって習う内容がいきなり抽象化され、身近の現象と対応付ける事が出来なくなって、「面白く無い」という認識が強烈に形成されました。かといって、抽象的で壮麗な数学体系の美しさと面白さに気付く、などという方向に行くはずもなく、やってられるか、となりました。
数学的な抽象化された知識体系を学ぶのは重要ですが、いきなりジャンプして教えられたから、興味を持てなかったし、反発を覚えたのでしょうね。元々実学志向的な所があるので(今もそうです)、役に立たない事は詰まらない、と。あるいは、周りが「嫌わせる教育をする」のもあったでしょう。「将来役に立たないよ」という嘘を大人が教えたのです。

そういう事もあり、特に理科系分野(自然科学諸分野)が嫌いでした。メカニズム志向だったのに嫌い、というアンバランスがあったのですね。自分が好きなものを支える理論的・技術的な基盤はまさに理科や数学だった訳ですが、気づけなかった。

オカルト的なものなどに対する姿勢は、大きくは変わりませんでした。といっても、学生時代に、充分にひねくれた思考を鍛えられたので、「本当にあるのかいな」という目で見るようにはなっていたかも知れません。ほら、「そんなの信じてるのかよ(笑)」というの、ありますよね。サンタクロースを信じているか否か、というのなんかは典型的かも知れませんが、そういうのが、オカルトや超能力辺りにもある。子ども時代のナイーブさからは段々離れてはくるのですね。でも、超能力はあるかも知れないと思っていたし、幽霊もいるかも、と考えていた、と記憶しています。

○大槻教授や松尾貴史氏

これは、学生時代~によく思っていた事です。
今もたまにありますが、ビートたけし氏司会の番組で、超常現象について、肯定側と否定側に分かれて議論を行う、という番組が放送されていましたね。あれをしばしば観ていました。

そういう番組を観ていて強く思ったのは、「否定側の頭の固さ」です。
つまり、否定側は、頭ごなしに肯定側の言う事を蔑ろにし、時に嘲笑する、非常に態度の悪い人達である、と認識したのです。小見出しに挙げたお二方は、その象徴です。なんなんだこの人達は、という感情を懐いていました。
そういう時に同時に持つ認識は、「自身の思考の柔軟さ」だったりするのですね。つまり、宇宙人の観測にしろ、超能力の実在にしろ、「完全に否定出来ないではないか」という「慎重な思考」を自覚していたのです。典型的な物言いである、「見たものしか信じないのは傲慢だ」という見方。

大槻教授や、否定側の「学者」などの物言いというのは、演出や編集によっても印象誘導がなされていたのでしょう。まんまと引っかかっていた訳です。その結果、「科学」(と明確に意識したのでは無いが)というものに直感的な不信感を懐きました。

○『美味しんぼ』への傾倒

フィクションが強い影響を与えた例

出た最初は、いわゆるグルメマンガ、程度にしか認識していませんでしたが、ちゃんと読むようになってから、その「本物」志向的な部分にやられました。
同じような経験をした人が結構いると思うのですが、この作品によって作られた偏った認識は多いです。たとえば食品添加物・化学調味料忌避であったり、自然・天然志向だったり。それから、画一的な製品を作る工業製品にも嫌悪感を持った覚えがあります。塩は食卓塩じゃダメなんだ、天然が良いのだ、みたいに。
本質的なものを求める、という方向性を持つ人は、そうなりやすいのかも知れませんね。今も、食に関する論を展開する人で、似たような主張を展開している人は、よく見かけます。工業製品忌避とセットになって科学に対する非難を行うのもありますね。

○武術への関心

私が武術に関心を持ち始めたのは、確か高校を卒業するより少し前くらいでした。それまでは格闘技が好きで、その流れでちょっとしたきっかけがあり、という感じで。
で、武術の知識を持っている方はご存知だと思いますが、武術は、思想的基盤あるいは技法の説明についても、東洋の神秘思想的なものを用いる事が頻繁にあります。宗教的概念であったり、自然科学的自然観に対立するような自然観だったり(初めから科学的分析を忌避する「気」概念はかなり普遍的でしょう)。ですので、そういう概念を用いつつ、「科学では解明出来ない」「科学を超えた現象」を前面に押し出してアピールするものもしばしばありました。

その流れで、武術における「達人のエピソード」の知識も色々仕入れる訳ですね。ちょっと触れただけで相手が絶命する神技とか、軽く数メートル跳躍するとか、そういった類の。
そういうのに触れていると、「科学を意識した」言説にも出会います。上で書いたように、科学では解明出来ないのだ、とはっきり書いているものなど。

○高岡英夫

そういった流れの中で触れた論者の一人が、高岡英夫という人です。武術界では著名だと思いますが、武術を「科学的に」解明する事を主張する論者で、多分、当時の界隈では結構珍しい存在でした。
このブログでもしばしば書いている事ですが、私は高岡氏に強烈な影響を受けています。人生を大きく動かした、と言っても全く大げさではありません。それは、「”科学”で武術を見る」事と、東洋神秘思想や武術における信じがたいエピソードの肯定的分析、といったものです。そこでは、ポパーやクーンなどの、科学哲学でお馴染みの名前、ソシュールやポアンカレ、ヒルベルト、フロイト、あるいは現代思想の巨人達、といった「科学を変えた(と高岡が看做している)」人達の名前が出てきて、「反証可能性」といった言葉も知りました。つまり、分野的には、科学史・科学哲学・現代思想・記号論 といったものからのアプローチで、当時の「流行り」の思想でもあったのだと思います。「ホーリズム」なんかもそこで知ったのですね。
そこで私は、「科学」を「意識」したのです。それまで「科学って」という事自体全く考えてもみなかった自分が、理科や数学を真面目に勉強せずに理論の体系にまともに触れてこなかった自分が最初に触れた「科学を意識させる」言説が、まずメタ科学的なものだったのです。

○「意識」とニューサイエンス的な

高岡英夫氏は、いわゆるニューサイエンス的な言説を展開していました(今もそうですが)。つまり、「意識」の概念をよく持ち出し、「ホリスティック」な見方の重要さを説く。そして、現代実証科学の「アトミズム」を批判的に検討し、「新たなアプローチ」を主張する。
そういう論者ですから、超能力やオカルト的なものに、むしろ親和的です。自分でもそういう事が出来た、と主張するくらいですから、「科学に明るい者がそれを支持する」という印象は強烈です。しかも、高岡氏はすさまじく頭が良い(本を読めば判る)。ですから、そういう論に触れて私も、「”科学的”に見ても無いとは言えないのだろう。いや寧ろあるのだろう」となったのです。

「意識」を意識してきたので、「意識とは何か」といった類の本も読むようになりました。茂木健一郎氏と天外伺朗氏の共著を読んで感銘を受けた(と思う、多分)のも、今では懐かしい思い出です。科学哲学や科学史に関する本も読みました。村上陽一郎氏の本などですね。

○そして、時が経ち

そういう情況が続き、方向性はともかく「科学に関心を持つようになった」のですが、その流れで、心理学や社会科学方面にも興味を持つようになりました。と言うのも、高岡氏がそういう分野の概念も援用していたから、これはそっちもちゃんと勉強しておかなければならないな、と思ったのです。最初は、入門書を読んでも、「全く意味が解らなかった」のですが、当たり前ですね。なにしろ高校で生物すらやっていない(心理学では知覚の所で、必ず生物学的な部分が出てきます)し、術語の塊だから、どこからどう調べればこの書かれてある日本語が読めるのか、途方に暮れました。元々高岡氏の本もそうで(哲学の用語も沢山出てくる)、1ページに出てくる語で10個くらい解らないものがあり、一々辞書で調べて読む……というやり方をしたのですが、心理学では、先に書いたように生物学の知識が必要だったり、数式が出てきたり、という風に、理科の話が満載だったので、きつかったですね。

と、こうして見ると、色々な分野に幅広く興味を持って、と思われるかも知れませんが、全くそうでは無くて、自然科学方面の分野は無視していたのです。「自分が興味のある分野を集中してやるのが良いのだ」という都合の良い先入観と、自然科学・数学 嫌いが、「そこに関わる部分だけを読み飛ばす」という所業に繋がりました。心理学で言うと、統計の部分を読み飛ばしたり。

○2002年 すべてがFになる 森博嗣作品との出会い

私がゲーム好きなのは、このブログの読者なら痛いほど解る(不思議表現)と思いますが、ある時、同じくゲーム好きの友人から勧められたのが(実は、友人は森博嗣好きじゃなく、キッドのソフトをよくやっていた、という経緯)、『すべてがFになる』のプレイステーションソフトでした。
実に面白かった。先にも書いたように、私は数学嫌いだったとはいえ、論理的思考というか、パズル的に言葉を組み立てていくものは好きだったのですね。そして、森博嗣氏の描く、それまでとは全く違う類の人格を持ったキャラクター達。もともと冷笑的な自分にはぴったりの設定で、書籍版を読んで完全にハマったのです。
森氏を知っている人にはお馴染みですが、彼は「理系作家」と呼ばれていましたね。書いてあるのは、工学的な知識や考え方で、それまで自分が全然知らないものでした。いやあ、この人はすごいなあ、と思ったものです。サイトを見に行って、WEB日記なども読みましたね。
そこで展開されている論が、本当に面白かった。今思い返すと、実証科学方面、工学方面のスタンダードな見方でしたが、自分は全く不案内の事だったから、一々新鮮でした。
「少年犯罪は実は増えていない」というのも、森氏の本(と「反社会学講座」)を読んで、え、そうだったのか? となった事でした。とにかく、常識と直感しているものを全て解体するくらいの姿勢でなくてはならない、というのを(勝手に)教わったのですね。

森氏は、高岡氏、後述の大村氏、とともに、私に影響を与えてくれた方です。今では、森氏の本を批判的にも検討するようになり、なんだか感慨深いものがあります。

○2002年 ゲーム脳の恐怖

この新書が売れた事は、ゲーム史史上最悪の出来事の一つといって良いでしょう。
きっかけは、おそらくファミ通での浜村氏の評論だったと記憶していますが、定かではありません。とにかく、存在を知ってから、これは読まねばならないな、と思い買いました。
本を読んでどう思ったか、はここで何度も書いたので、詳細はそちらに譲りますが、「ひどい本だ」というのが一言での感想です。
今もその時買った本は持っていますが、赤の書き込みだらけです、本で見られる矛盾点や論の展開のおかしさをチェックし、批判を書き込んでいます。あの本は、科学云々の前に、そういうレベルでのおかしさに満ち溢れていたのですね。
もちろん、当時の私に科学(主に実証科学の方法や手続き)に関する知識はほぼありませんでしたから、そういう批判しか出来なかった、というのもあります。

○~2004年頃 それでも超能力捜査を……

マクモニーグルの番組だったと思いますが、超能力捜査関連の番組を、家族と観ていました。そこで私が家族に問うたのは、

「このような現象はあり得るか?」

というものでした。私はこの時、「充分起こり得るだろう」と思いながら訊いたのです。家族の返答は気の無いものでしたが(内容も憶えていない)、当時にはもう心理学の勉強を始めていたにも拘らず、こういう考えでいたのです。要するに、「世界がそうなっていれば可能である」という認識。もちろん論理的にはそれは正しい。が、「世界に関する知識」が足りなすぎたのですね。「まあ起こらないと言っても構うまい」というのが、科学の知識によって与えられる答えだったのだから。

○2004年頃~

きっかけは、多分掲示板です。

私がネットを使い始めたのはそんなに早く無く、確か2000年か2001年頃です。それまでは、パソコン怖い、ネット怖い(友人経由で少しは使った事があった)、という認識だったのですが、ちょっとしたきっかけで使うようになりました。
で、掲示板なども見るようになる訳ですね。そこで痛感するのが、「世の中にはこんなに頭の良い、ものを知っている人が沢山いるのか」という事で。
そうすると、自分の無知さを否応無しに思い知らされます。いやこれは自分馬鹿過ぎるだろう、と。
それで、2004年くらいにあるきっかけがあって、
「身近のあらゆるものの仕組み知りたい」
と思うようになったのです。ふと考えてみれば、自分はあまりにもものを知らない。身近にあるテレビ・扇風機・ゲーム、蛍光灯、PC、自動車などの乗り物、等々、あらゆるものを知らない。これではいけない、と考えて、勉強しようと思い立った訳です。

身近にある物の仕組み、それはほぼ工業製品ですので、当然、自然科学と工業の知識が基盤になっています。ですから、そちら方面に関心を向けるようになったのですね。手始めにナツメ社の図解雑学シリーズを読みまくろう、とかそういう事から考えました。

ここら辺で、興味関心を持つ分野が飛躍的に広がりました。専ら人文・社会科学系を志向していたのが、いわゆる理系にも広がるようになったのです。

○200*年? 数学の面白さに気づき始める

多分これは偶然

私の周りに、数学に興味のある人間は皆無です。従って、その分野の面白さや実用性に気づかせてくれる人も皆無です。既に高校卒業は遥か彼方なので、数学に触れる人間自体が全くいませんでした。

先に書いた2004年の話とどちらが先かはちょっと憶えていないのですが……ある時本屋をまわっていて、工業・工学方面のコーナー付近を歩いていました。数学の解りやすい本がないかな、といった動機だったかはもう忘れましたが、そこで、ある本に出会ったのです。

それが、大村平さんの本、「はなし」シリーズでした。立ち読みして、この本は良い、と直感したのだと思います。最初に買ったのは、『幾何のはなし』か『論理と集合のはなし』のどちからでしたが、衝撃を受けたのです。こんなに解りやすくて面白い数学の本が存在するのか、と。
あまりに陳腐で、こういう言い方をするのもどうかと思いますが、「この(著者の)本にもっと早く出会っていれば」としみじみ感じました。時折、大村さんの本に救われた、と書くのは、大げさな話では無く、本音です。

○ターニングポイント:2005年 ブログを作る 疑似科学概念に触れる

当時、高岡英夫氏の論と、ゲーム脳についての論に興味を持っていて、WEBで情報を収集していましたが、そこで思ったのは、「これでは足りない」という事でした。
高岡氏には賛否両論ありましたが、褒める側はなんでもかんでも褒め、批判する側(主に長野峻也氏を想定する)も、尤もな部分はあるが的外れな論も展開している、という風な不満を持っていました。
ゲーム脳に関しては、どうもアプローチの仕方が足りないのではないか、もっと他に書けるのではないだろうか、と感じていたのです。

そこで、なら自分で書いてみよう、と思い至ったのですね。それが2005年。前の休止直前のエントリーで書きましたが、ブログを作るきっかけは明確で、「高岡英夫評論」と「ゲーム脳論」の2つです。

それにしても、今思い返すと、随分と自惚れていたというか、思い上がっていたものです。自分なら、他の人には出来ない観点からのものが書けるかも知れない、というよくわからない自信があったのですからね。まあ、どの程度達成出来ているか、その評価は読者に委ねます。

ブログを作る時期の前後に(多分、前です)、色々調べていた訳ですが、「ゲーム脳」や「血液型 性格」などでWEBを検索する内に、「疑似科学」「似非科学」といった言葉を見るようになりました。疑似科学の語は、科学哲学の本などで目にした事はありましたが、そんなに強く意識して考えてはいませんでした。それが、自分の興味を持つ事柄に結びつけて用いられていたのですね。大きなきっかけは、血液型性格判断で鋭い論考を書かれていた中猫さんです。

そして、同時期に、天羽優子さんや菊池誠さん、田崎晴明さん等の「ニセ科学」論にも触れた訳です。中猫さんの論も含め、そこでは、「科学のようで科学で無い」という意味で「疑似科学」「ニセ科学」の語が使われていたのです。これが、「出会い」といって良いでしょう。

○2006年辺り 統計学や疫学に興味を持つ メカニズム論からの脱却

ニセ科学論に触れると、統計解析や疫学の重要さがしばしば説かれています。つまり、集団を観察してその全体的な傾向を見出したり、色々の条件を統制して実験を行い、そこで得られたデータを処理して因果関係を見出す、といった科学のプロセスにおいて、誤差の評価を行ったり各種統計量でデータのあらましを記述するツールとしての統計学の重要さに気付き、現象の詳細な構造は解らずとも入力と出力のあいだの因果関係は解明出来る、と考える疫学の方法を知ったのです(特に、作家の川端裕人さんと、菊池誠さんの案内がきっかけとなった)。

これは、心理学の本を読んでいて、統計の部分だけ飛ばす、という愚行をしていた頃からすれば、劇的な変化です。このような部分の重要さに気づけるかどうか、というのは本当に色々なきっかけが関係しているのだな、と思います。

疫学や、それに類似の方法を用いる社会心理学などの重要さは、ニセ科学論においては、血液型性格判断を考える際に重要です。菊池さんがこれを「練習問題」と位置づけているように、科学を知っている人でも勘違いしやすい問題だからです。つまり、「仕組み」が解らなくても、科学的命題を検証する事は出来るし、「メカニズムが解らなければ科学では無い」という判断自体が狭い見方である、という事です。ここが理解出来ていない人がいるというのを知りました。

○科学の手続き

この前後で、科学には「手続き」が重要だというのを認識しました。査読制度であったり、他者の追試による、主張の確からしさの確認、といったもの。読むものが、セーガンやファインマン、中谷、ガードナー、フリードランダー、パーク、などといった科学者による物にシフトしていった、のも大きいでしょう。それまでは、科学に関心がありつつも、読むものはメタ論を展開しているものが主でしたからね。もちろんその観点は大事ですが、それだけでは見えてこないものがあります。ベタとメタは両方必要で、メタな認識を得る事は、むしろスタート地点なのです。

○2007年辺り クリティカル・シンキング

何故かはよく解りませんが、このブログには、大変優秀で思慮深い方々がコメントを下さります。ブログの本体はコメント欄である、と自負しているくらいです。
それで色々交流していて、「クリティカル・シンキング」という考えを知りました。日本語だと批判的思考ですね。つまり、物事に接するにあたり、健全な懐疑的精神を持つ姿勢、という事です。これだけだと抽象的過ぎるでしょうから、詳しくは、『クリティカルシンキング 不思議現象篇』を読んだり、ASIOSのサイトを参照するなどすると良いでしょう。

おそらく無自覚の内に、ニセ科学批判論に触れる事で、クリティカル・シンキング的な見方も備わってきていた、と思います。それが、その概念を教えてもらい、より明確に自覚するようになったのでしょうね。クリシンとニセ科学批判は通ずる所が多分にありますので。

○今に至る

おそらくその辺りで、現在の基本姿勢のようなものが かたまった、と思います。結構長かったですね。回り道を大分しました。
ただ、(これは自分への慰めでもあるでしょう)回り道をしただけに、「回り道をしてきた人」の気持ちも多少は解るのではないかな、と思っています。なにしろ、超能力捜査を信じていたのが2000年代なのです。つい最近です。
だから、「信じている人」を私は哂う事は出来ない。いや、自分を棚に上げて他者を哂う人は沢山いますし、私もそれが無いとは言えませんが、この事に関しては、どうしてもそういう反応が出来ない。時折、批判者の言葉遣いや態度に噛み付く(と自分で表現しておきましょう)のはそのためです。誰にだって、「知らなかった時代」はあるのです。それがたとえ、最高の知性を持った懐疑主義者であろうとも。

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以上、科学者でも無い、平凡な知性を持った人間が辿った履歴です。たとえば数学者が「数学は苦手だった」と言ったり、自然科学者が「理科が嫌いだった」というのとは次元の違う(もちろん、私の方が低いという意味)体験です。なにしろ20歳過ぎまで割り算の意味も円周率の意味も知らなかった人間です。掛け値なしに無知であった者の証言です。
特に参考にはならない話ですが、全く科学というものを考えてもこなかった人間が、そこに興味を持ち、さらにはニセ科学や科学コミュニケーションといったものにまで関心を持つようになった道筋を記述するのは、まあ少しは意味があるのかも知れません。

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コメント

こんばんは、言及とトラックバックありがとうございます。

TAKESANさんのトンデモ(意味については文中のTAKESANさんの御説明のとおり)履歴については折に触れて伺っておりましたが、初めてまとまった形で、こう言っていいのかどうかわかりませんが実に面白く興味深く拝見しました。同じトンデモ支持経験とはいえ当たり前ですが自分とは全く違うプロセスで、体験といっても千差万別のものを、私はもしかして自分を基準に脳内で一般化していなかったか反省しきりです。私の落ちてきた落とし穴にTAKESANさんは落ちていないし、逆も然り。自分であんなことを書いておきながらこんなに新しい視点に目を開かれるとは思いませんでした。こういうのを出していただければ駄文を草した甲斐があったというものです。ありがとうございます。

やっと宿題を提出したと思っていたのですが、これは私も書かなきゃなので早速次の宿題にいたします。

投稿: ばらこ | 2011年7月14日 (木) 23:59

ばらこさん、今晩は。

良い機会だと思いましたので、まとめてヒストリーを書いてみました。個人の履歴や心情を披瀝するのは結構恥ずかしいものがありますが、たまにはいいかな、と。

まさに、ある信念を形成するとしても、そこに至る道筋は様々で、そこが心理社会的な部分が介在するむつかしさなのだろうと思います。

面白く読んで頂けたとすれば、筆者としてはありがたい事です。結構な長文なので、単なる羅列だと飽きますしね。

投稿: TAKESAN | 2011年7月15日 (金) 00:21

「○『美味しんぼ』への傾倒」を追加。

投稿: TAKESAN | 2011年7月15日 (金) 09:18

ブクマコメントで、オカルトとニセ科学を混ぜるのはどうなのか、という指摘がありましたが。

まず、オカルトとニセ科学は別物です。当たり前ですね。何度も書いてきました。ニセ科学批判はオカルト的な言説に直接的にものは言えない、とも書いています。
日本におけるニセ科学論は、「科学の文脈」に限定して論ずるように限定・洗練させてきた、というのが私の評価です。

※「オカルト」は、俗に世間で言われるような意味合いで曖昧に用いています。その語の使い方が甘い、と言われればその批判は受け容れます(「トンデモ」も同様)。

しかし、もっと一般的な、懐疑主義やクリシンの文脈で、それらがまとめて扱われる事もよくあります。科学と宗教者の論争など、今もある所にはあるでしょう。そして、論者によって立ち位置は異なるでしょう。

「現象」に目を向けると、菊池聡氏あたりは「不思議現象」と書いています。要するに、何が起こり得るか、という視点から見れば、より一般的な観点から共通の分析が出来るという事です。ASIOSのポリシーなどを参照してみてください。
このエントリーではそういうのをまとめている、と考えてもらって構いません。

それから、信仰を持つ科学者がいる事など知っています。

投稿: TAKESAN | 2011年7月15日 (金) 15:41

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