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2011年6月13日 (月)

水伝の本が入試で引用されたという話

twitterにて、タイトルのような話があるらしい事を知りました。

『水は答えを知っている』が入試問題に採用されました|TAKE ACTION FOR JAPAN エモトピースプロジェクト

リンク先によれば、中学校の国語の入試問題で、『水は答えを知っている』の文章が採用されたとの事です。

リンク先から解る事を列挙してみましょう。

  1. 採用したのは、東京の村田学園小石川女子中学校という学校らしい
  2. 採用されたのは、江本氏の『水は答えを知っている』らしい
  3. 引用されたのは、ジョアン・デイヴィス氏に関する記述の部分らしい
  4. 試験作成担当の先生の意図としては、”先生のお話では、「将来的に大学教授になる位の夢を持って欲しい」という気持ちを込めて本書の文章を引用されたそうです。”という事らしい

ここで、当該著作の、「ジョアン・デイヴィス」氏に関する記述の部分を引用してみましょう。※引用文献は、サンマーク出版、江本勝[著] 『水は答えを知っている』(第二刷)

 空から降った雨水は何十年、何百年もの年月をかけて土を通り、地下水になります。スイスで三十年間、川の水の研究をしてこられた元チューリッヒ工科大学教授のジョアン・デイヴィスさんは、こうした水を「ワイズ・ウォーター」と呼びます。賢い水というわけです。それに対し、降ったばかりの雨水は、ジュブナイル・ウォーター、若者の水という表現を使います。
 空から降った雨水は、土に浸透して流れていくうちにさまざまなミネラルから情報をもらって、「賢い水」になるというわけです。
 ジョアン・デイヴィスさんは、三十年にわたる大学教授の職から引退し、いまは独自研究にいそしんでいる、素敵な女性です。スイスで行われた水に関するシンポジウムで私も発表いたしましたが、その席でジョアンさんもすばらしい研究成果を発表されていました。
 ジョアンさんがいま研究しているのは、水処理の問題です。世界で一般的に使用されているような長いパイプで水を供給するシステムでは、そこを通る水の構造はあまり体によいものとはいえません。水に高い圧力がかかることと、まっすぐなパイプを流れるうちに水のクラスター(水分子がいくつか結合した集合体)が壊れて、水に含まれていたミネラル分が外に出ていってしまうからです。
 たくさんの人によい水を供給し、貧しい人でも使用できる簡単な水供給のシステムをつくるにはどうしたらよいか――ジョアンさんは、それについて研究を重ねています。たとえは水晶を使うことなどをジョアンさんは提案しています。水に小さな水晶を入れると、水の中のミネラルがよくキープされ、この水を与えると植物もよく育ちます。またマグネットを使ったり、蛇口の部分で水が円を描くような動きをもたせる、などの水処理の方法も研究しています。自然に流れる水のよさをどうやって生かすか、というのがジョアンさんの研究のテーマのようです。
 ジョアンさんは、水の結晶に関する研究について、次のように語ってくれました。
「水の結晶の研究については、たくさんの方からの声が届いています。この研究は、大切な示唆を与えてくれると思います。一つは、水にもっと敬意を表するべきである、ということ。もう一つは、水がとてもデリケートなエネルギーに反応するのだということを知ることができること。さらに、いま水はまったく守られていないということを、科学者や役人に向けて訴えることができる、ということです。
 健康や医療の分野でも、この技術は役立つのではないかと思います。水の物理的性質がいかに大切かということは、あまり関心がはらわれていません。たとえば、ミネラルを含んでいる水はよい水だといわれますが、ミネラルウォーターのミネラルが動脈硬化の原因になりうるということに関しては、あまり説明がなされていません。また、炭酸ガスの入ったミネラルウォーターの場合、炭酸ガスは非常に強い酸性をもつため、体にはよくありません。いずれにせよ、自然に流れている水ではなく、ビンにつめられている水は気をつける必要があります。水は流れたがっているのです」
 ジョアンさんはまた、このようにも話してくれました。
「ともかく、水を尊敬するという心を取り戻すことが大切なのです。近代文化において私たちは、水に対して敬意をはらうという態度がとぼしくなっています。古代ギリシャ文明では、人々はとても水を尊敬していました。水を守るために、さまざまなギリシャ神話がつくられたのです。そこに科学がやってきました。神話は科学的でないという理由だけで、拒絶されてしまいました。水はただの物質とみなされ、テクノロジーで浄化すればよい、とされてしまったのです。『浄化された水は、清らかな水とは違う』という言葉があります。科学施設などを通ってきた水は、美しい結晶を見せてくれる水とは違うのです。水にとって必要なのは、浄化ではなく、尊敬なのです」
長年水を見つづけてきたからこそ、出てくる言葉でしょう。彼女のように実績のあるすばらしい学者の方が、水に敬意をもって結晶の研究に興味を示してくださるのは、とても心強いかぎりです。
 ジョアンさんは最後にこんな助言をしてくれました。
「水の結晶の研究において物理的なものを確立することができたら、とても説得力のある研究として、世界に向けて発信していくことができるでしょう。スイスは水の研究については、世界でも高く認められた国ですから」
 私は、ちょうどスイスを拠点にして、水の研究を中心として文化的研究を進めるセンターを構想中でしたので、ジョアンさんの助言はとても心強いものとなりました。
(P95-98)

 先に紹介したスイスの水質学者、ジョアン・デイヴィスさんは、次のような興味深い話をしてくださいました。
「ある物理学者がこういう実験をしました。太陽系の星の位置によって、水がどのように影響されるかという実験です。いくつかのミネラルが溶けこんだ水を使って、惑星がある特定の位置にきたときに、水が吸い取り紙をどうのぼるかということを実験したのです。
 すると、たとえば土星が地球に強い影響を及ぼしているときには、鉛が反応を示しました。鉛が溶けこんだ水だけが、吸い取り紙をのぼってきたのです。銅や銀、鉄といった他の物質は反応を示しませんでした。
 この結果からいうと、土星は、鉛という物質にとても関係があるようです。金属は人間のもつ感情、ムードと共鳴します。そういうことからいえば、土星は怒りのエネルギーと強い関連をもつことになります。
 占星学などでいわれてきた惑星の性格というものが、金属と連動している可能性があります。」
(P108)

 前述のジョアン・デイヴィスさんに「スイス人は特別に水への関心が強いのですか」と質問を投げかけてみたところ、「スイスの人たちは、とくに水に関心があるわけではありません。なぜなら、スイスの水は豊富できれいなので、だれも心配しないのです。」というお答えでした。(後略)
(P182)

私に見落としが無ければ、ジョアン・デイヴィス氏に関する記述は以上の三箇所です。

リンク先によれば、試験で採用されたのは、「国語」の試験で、だそうです。理科で水伝関連の引用をするのは問題を作りようが無いように思うので(特定の本から引用して理科の出題をするのは考えにくい)、採用されるとすれば国語くらいしか無いのでしょう。国語の問題、というと、著者の意図を尋ねたり、接続詞などを穴埋めさせたり、漢字の間違いを探させたり、といった所でしょうか。と考えると、「文章のおかしな部分を指摘させる」ものだった場合、文章の構成のレベルに留まるでしょう。おそらく、原文の内容そのもののおかしさを指摘させる、のは国語の問題としては出ないと思います。その意味では、「理科で採用された」という情報を見るよりも危うく感じる訳です。

もう一つ見るべき所は、上記の

  • 試験作成担当の先生の意図としては、”先生のお話では、「将来的に大学教授になる位の夢を持って欲しい」という気持ちを込めて本書の文章を引用されたそうです。”という事らしい

ここです。こういうやり取りがなされた事と、敢えて水伝本が採用された事とを鑑みれば、試験を作成なさった先生は、「水伝に好意的」であると推察されます。もちろん、先生が文字通りこのように語った、という前提ではありますが、江本氏の説にネガティブな見方をしているとするのは、全体を見るにちょっと考えにくいように思います。仮に先生が水伝に好意的なのだとすれば、「それだけで」非常に問題です。試験で採用されたのが、水伝の本筋とは関係の無い当たり障りの無い所だったとしても(まずい事例の内、比較的マシ、と見るくらいしか出来ない)。そして、先生の語る所では、 ”「将来的に大学教授になる位の夢を持って欲しい」という気持ちを込めて” 作成したらしい。そういう「気持ちを込めて」作ったという事は、試験問題自体にメッセージ性を付与したと判断出来ます。意図的って事ですね。

じゃあどこにそのメッセージを含ませるか、と考えると、やはり採用した文章自体、つまりジョアン・デイヴィス氏の発言そのものに、と見るのが妥当でしょう。一般の問題の構成(穴埋めとか誤字の指摘とか漢字の書き直しとか)にそういう具体的なメッセージ性を持たせるのはちょっと無理があります。とすると、引用されたのは最初の長文で、その文を見せる事自体に作成者の意図が関わっている、と。採用した中学校では「サイエンスレディ」なる概念を掲げており、江本氏がジョアン・デイヴィス氏を

 ジョアン・デイヴィスさんは、三十年にわたる大学教授の職から引退し、いまは独自研究にいそしんでいる、素敵な女性です。スイスで行われた水に関するシンポジウムで私も発表いたしましたが、その席でジョアンさんもすばらしい研究成果を発表されていました。

こう評している所からも、そう見るのはそれほど無理は無いでしょう。だとすれば、大変厄介です。ジョアン・デイヴィス氏が優秀な科学者であると印象づけ、その科学者が論じているものを紹介しているのだから、江本氏のやっている事(研究などとは呼ばない)も絡めて「確認された事実」と受験者が認識する可能性がある。いや、試験問題作成者が「認識させる意図を持っている」かも知れない訳です。

もちろん、ここまでの見方(限られた情報に基づいた推測)が外れていれば、むしろその方が好ましい訳ですが、先に書いたように、試験での採用のされ方がそれほど深刻で無くとも、水伝を肯定的に捉えているであろう先生がおられる事自体が懸念するに充分な条件と言えます。尤も、それ自体も外れている可能性はありますが、リンク先の書き方を見るに、その可能性に関しては悲観的です。なにしろ国語です。「理科で無くて良かった」では無く、「理科で無いとすると違う意味でまずい」と見る事も出来る、という訳です。作成者がメッセージを込めやすいのはどちらか、と考えるならば。

ともあれ、この話、なるだけマシな方であって欲しい、とは思います。何かの間違いであってくれれば、と。

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