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2011年5月20日 (金)

姿勢――新陰流の伝書の考察(2)

前回の続きです。※P180-188より引用

●十好習ノ事

これは、「そうすべき事」ですね。禁習の反対。当然それとも関連しています。

○一、直立タル身ノ位ノ事

〔註〕 兵庫助利厳の兵法歌に、「直立ツタ身トハ自由ノスガタニテ位トイフニナホ心アリ」「位トハ行住坐臥ニ動静ニ直立ツモノゾ位ナリケリ」とある。
「直立たる身の位」とは兵庫助利厳が初めて提唱した主旨である。流祖上泉信綱の道業は、介者剣法の低く身を沈めて太刀の横に頼る、居着く刀法・身勢を改め、新たに構太刀を廃して「無形之位」を本源とする「円之太刀」を創めて、兵法の術・理を革新して「新陰」の一流を開いた。
 二世柳生石舟斎宗厳はこれを承け継いだ当時はなお戦国の世であり、戦場当用の剣法は全く廃するにいたらなかったから、刀法・身勢は低く構えざるをえなかった。
 三世兵庫助利厳は元和偃武以後の太平の新時代に即する兵法の大本をうちたてるに当たり、流祖以来の奥旨を憲章して一流の兵法の術・理を悉く徹底的に革新した。そうして人間性の自然・自由に則した――「性自然・転の道」の一切の働きを、先ずもって身勢位に現わして、それを強調・提唱したのが「直立たる身の位」であり、理解し易く言えば「真の自然体」といってもよい。

一番目に、一般的な姿勢の教え。介者剣法時代の「沈なる身」から、素肌武術における「直立(つった)たる身」への革新。低重心の構えから、高重心の構えへと変革するのは、おそらくバイオメカニクス的にも激変と言ってよいでしょう。それっぽく表現すると、パラダイムシフトとでも言えるでしょう。
これらを総合的に理解するには、そもそも何故甲冑武術においては低い腰構えが優位とされたのか、そしてなぜ鎧を着ない戦いでは高重心の構えが良いと看做されたのか、その理由を解明しなければならないのだと思います。この種の身法に関して、「自然体」とはよく言われる所です。自然の語から想起されるのは、そのままである、とか、作っていない、などの意味合いで、外見的にもいわゆる「”普通”に立っている状態」に見えるのでそう表現されるのもあると思われますが、その実際は、身体各部を非常に微細にコントロールしつつ姿勢を保っている状態であるのでしょう。直立たる身の位、という位を頂上とし、それはより下位の部分の、独立的かつ統合的な制御によって成り立っている(高岡英夫氏はそのような概念を「分立的統合」と表現しました)。 そういう事もあり、まず高度な境地としての位の教えを初めに立て、後で各部の具体的な運用方法を記した、のかも知れません。

○ニ、高キ構ニ弥々高ク、展ビアガリテ仕懸位之事

〔註〕 兵法歌に、「高キ構イヨイヨ高クノビアガリ必ズカナラズ及ビハシスナ」とある。
「伸びあがり仕懸くる位」に於いて位というところが眼目であり、「位をとらず」ただ高く伸びあがるばかりでは駄目であり、そこから前へ及びかかるようでは問題にならない。
弥々高く――高揚した浩然たる位を示したものである。これは現在われわれが使っている太刀の構や身勢に現れているところである。

これはちょっとややこしい。というか、そもそも「位」の概念が非常に抽象的で難しいものですしね。身法的には、伸び上がるにしてもきちんとバランスをとる中心を保っておくべし、といった所なのでしょうか。

○三、懸口イカニモ強ク、ケタテテ懸事

〔註〕 兵法歌に、「懸口イカニモイカニモ強クシテ足ヲ蹴立テテスラスラトユケ」「ケタテルト云フハフダンノ足使ヒマリ蹴ルゴトクアユムベカラズ」とある。懸かり口というのは、敵と三間・五間を距てた立合いの間合からわが方から先に仕懸けるときの「懸かり端」をいう。懸かり口が強く浩然の気に満ちた位は、敵を致す――敵を圧倒して動かし支配する位であって、懸かり口に於いて、足が少しもとどこおらず、「鳶が羽を使うが如く歩むべき事」という後述の習訓のように懸かれというのである。

鞠を蹴るようにはするな、というのが面白い。蹴立てる、が具体的にどういう運動を指しているのか、がポイントなのでしょう。足遣いの理の説明のようだけれども、解説にもあるように、後の習訓にもっと詳しい足遣いに関する記述があるので、これもむしろ全身的な、つまり位の教えと見るのが妥当なのでしょうか。

○四、前ヘ及ビ懸ルヨリ反ル可キ事

〔註〕 兵法歌に、「及ブヨリ反ルノヨキトハ人ゴトニ及ブモノユヱ直サンガタメ」「及ブニハ損アリ反ルハトクモアリ直シ教ヘニ過不及モアリ」とある。「前ニ及ビ懸ル事」は「十禁習」の一箇条にあったように介者剣法に於いては身を低くして前に及びかかることが多く、その影響がなお少なからず残っていたことを知ることができる。

及ぶ、とは前のめり(つんのめるという意味では無く)、と解釈して良いのでしょうか。「反ル」とありますが、これはやはり、悪いやり方に相対的に、の意で、今の我々が認識するであろう文字通りに身体を反らす、のとは違うのでしょう(体幹全体を後屈させよ、では無く、重心を前足側にあまり寄せるな、といった所か)。禁習でも反るのを戒めている訳なので。語が多義的に用いられていて、その語がかかっているのはどこか、を考えて解釈していくのが肝要と思われます。

○五、打込時、拳ヲ付ベキ事

〔註〕 兵法歌に、「打ツ時ニ拳ニ面ソヘヌレバ面モ反ラズ拳サガラズ」とある。真向上段「雷刀」の構から、または中段の構から頭上・肩上に取り揚げて打ち込むときに、両拳・臂が前へ出て伸びる勢に、面を付け――つれ随わせるときは「十禁習」にある、「身ト手ノ別ル事」及び「手ノ下ル事」の箇条にふれることがなく正しい刀身勢を得ることができる。兵法歌にも、「胸反ラズ身ト手ワカレヌソノトキハ多クノトクノ有ト知ルベシ」とある。

ここは専門的な型の文脈が大きく関わってきそうなので、省略。

○六、脇ノ下罅セバ手太刀展ル事

〔註〕 兵法歌に、「脇ノ下スカセバ太刀モ手モノビテ肩モオチツツ胸モソラヌゾ」「敵ノアタマワガ脇ツボニオシコメト云ヘル教モコモル習ヒゾ」とある。すべて心は広く大きく、身体はゆったりと胖かであるべきであり、これも「直立たる身の位」であり、即ち孟子の言う――天地間に流行する至大至剛で屈することのない、たゆまぬ元気――即ち浩然の気を備えた位である。「十禁習」の「胸ニ肱ノ付ク事」はこの裏であることは言うまでもない。

これはかなり具体的な身法を指しているんじゃないかな、と解釈します。脇の下をゆったり開ける、という教えは色々な武術で言われる所です。肩周り全体の運用に関わっていると思います。おそらく肩甲骨の操作との連動。肩甲骨を柔らかく外に広げると、肩もよく落ちていきますね(肩を無理に引き下げるのでは無い)。ちょっと見かたを替えると、胸を反らさず肩を上げるという運用を実現した場合に覚える「感じ」を表現した、と考える事も出来るのかも知れません。バイオメカニクス的には、鎖骨・肩甲骨・胸郭、上腕、などを連動させて合理的に遣うのを促す教えであると考えます。

○七、太刀ヲ使フ事、肩カヒナ惣身ヨリ打チ出ス可キ事

〔註〕 敵の働きに随ってわが方が千変万化して太刀を使うときに、両肩とかいな惣身から打ち出すのであり、「十禁習」の「拳ニテ太刀ヲ使フ事」を厳しく戒めて直すのである。兵法歌にも、「拳肱二ツノツガヒ無キモノト、肩の拍子ヲ惣身ヨリ打テ」とある。拳・うで首とひじの二つの関節の働きを用いることを厳しく禁習し、肩・かいな・惣身より太刀を打ち出すとき、特に両肩さきに「気をとり」――「肩に拍子を持て」と教えている。定寸の太刀を執っても常に大太刀を剛撃するときのように猛勢を失わない刀法・身勢である。

詳細な身法の指示ですね。好習の方は、全身をもって、肩腕が一体化したかのように打ち出す、と。ここで「打ち出す」という表現は興味深いですね。剣術では、剣を振ることをしばしば、「打つ」と表現します。打ち込む、とかですね。私はここに、運動とそれに伴うを正確に言葉で表そうとした工夫、という言語論的な論理があるのではないかと推測したことがあります。古流の型などを見るとまさに、「振る」より「打つ」と言った方が合っている、という印象を覚えます。
兵法歌の方はより詳細です。拳と肱、はつまり手首と肘の事で、それが「無キモノト」考えて運用する。要するに、肘関節及び手首関節の運動を制限すると。もちろんこれは、必ずしも文字通りに一切の角度変化を許さないくらいに、というようなものでは無いのでしょう。そうでは無く、体幹をよく使って、それに従って腕から先が運動していくように促しているのでしょう。それは剣の運動する軌道の力学的な合理性にも関わっているのだと考えます(未解明)。経験的には、剣先を先行させるような刀の動きは強く戒めます。もちろん全然肘と手首を動かさないのではありませんが(あまりその意識が強いと、上肢帯の過緊張を来し、却って運動が滞るでしょう)、肩から先がヒンジを持たない構造であるかのような心持ちで行う、というのが、特に初心の内には肝要です(後になれば、柔らかく流れるように遣っていく)。手首の返しは、斬り下ろす最後辺りで開始する訳ですね。上腕の回転と同時では無い。

「拍子」の概念はむつかしいですね。本書でも説明がありますが(拍子と調子の解説)、明確に概念を捉えきれないものがあります。

※八、九は省略

○十、足ハ懸ル時モ退ク時モ跬々(引用者註:カタカタと読む)浮キタル心持之事

〔註〕 兵法歌に、「カタカタノ足の浮クトハアナガチニウクルニアラズアユムナリケリ」「懸ル時モ退ク時モ足ハタダヰツカヌヤウニ使フベキナリ」とある。当流の極意「身之位三関」――腹と背と西江水に位をとって、「浮足之位」の足を使う。
 兵庫助利厳は、「つまだって(引用者註:原書では漢字表記)飛込む様なる」打ち込みをきびしく禁習し、足の爪先を浮けて、足心――土ふまずをもって歩む好習を示している。歩むときも、また踏み込んで、――大胯に打ち込んだときも「浮足之位」である。脚の踏み割りの小さいときは、前と後ろの脚・足の一方に主に体重をかけることが仕易く、その活動も自由活潑にできるが、大胯に踏み開くときはむずかしいものである。その前、後ろの足が微しも居着かず、いつも「浮足之位」にあらねばならない。
 うくるとは自然の勢位をもって爪先を浮ける――爪先をわずかに軽く上向し――はねるようにするのを好習とし、そのつくりつけを戒めて平常歩を提示したものである。

好習の最後。足・脚の運用についてです。ここは大変重要な部分。
とにかく足を居着かせるな、という教えですね。剣をとっての攻防ですから、自在に身体全体を移動させるようにする、と。西江水は大変むつかしい概念なのでここでは措いておくとして、腹と背に位を、というのは、身体の奥の方をよく使うよう意識する、といった所でしょうか。そして「浮足之位」と関わると。つまだって、を戒めて、「足の爪先を浮けて」遣う、そして土踏まずで歩く、と著者が解説してあるのは実に興味深い所です。「足心」の表現も。

近年、黒田鉄山氏や他の論者によって、「足をつかわない」動きというものが重視され、無足や浮身といった概念が紹介されてきました。尤も、使わないと言っても文字通りに全く運動させないのでは無く(動き回るのだからそんな事は不可能)、いずれも、足を踏みしめないようなやり方を奨励しています。爪先を浮かす、のも必ずしも文字通りに足指付近を強く背屈させるまではいかなくとも、 足の前側で地面を蹴り出す動きを先行させないように足首関節の運動を制限するものだ、と見る事が出来ます。腹から脚を吊り上げるようにして、スッスッと足を置いていく。バイオメカニクス的には、昨今よく話に出て来る所の腸腰筋などを中心的(まさに身体の中心的な部分)に運用していく。おそらくこれは、体重心を無駄に揺動しないような動きに繋がるのだと思われます。武術は他のスポーツなどと較べ、攻防の空間がそれほど大きくなく、瞬速で繰り出される敵の武器をより速く避ける必要があります。そのコンテクストに適した運動なのでしょう(バイオメカニクス未解明。一般的な部分は他のスポーツにも共通しているのではないか)。倒れ込むのを利用する、といったような表現をする人もいますね。これは、歩く際に通常はふくらはぎを積極的に使うという了解があるからその運動を戒めるために選択された表現でもある、と言えるでしょう。

直感的にはかなり解ってきているものの、それを論理的整合的に解析する科学の知識がまだ不充分なので、こういった説明に留まるのは少々歯痒いものがありますが、いずれにしても、足の運用に着目し、「浮」という表現が含まれているのは、よくよく考えておく必要があるでしょう。

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この他にも本書には実に興味深く勉強になる記述が沢山ありますが、ひとまずはこのくらいにしておきましょう。

いかがでしょうか、昔日の武術家が自らの業の精髄をいかに意識的、分析的に把握し、具体的な運動のやり方として詳細に記述しているか、その一端が垣間見えたのではないでしょうか。科学的な知識もそれほど発展しておらず、解剖学的な知識が不充分な時代に苦心してこれら書物が編まれたというのは、驚くべき事であると言えるでしょう。

そして、今我々は、現象を分析的に解明し記述するための方法として洗練された科学的知識を有しており、膨大な情報にアクセス出来る環境にいます。そのような知識を上手に活用して、古の達人が遺した武の結晶の持つ論理構造を詳らかにしていく事には意義がある、と私は考えます。

関連エントリー⇒水之巻を読む: Interdisciplinary

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コメント

参考になる解説でした。
実は私は剣術は全くダメで(あんなエントリを書いておきながら)、もっぱら居合や剣術の実践者から話を聞くばかりです。
それにしても新陰流は資料が入手しやすく、しかもあの時代の兵法としてはかなり身体操作への言及が多いですね。友人で一刀流の研究をしている人間がいるのですが、身体操作の解説が少ないのを嘆いてたのを思い出します。

投稿: 町田 | 2011年5月20日 (金) 21:26

町田さん、今晩は。

昔の達人が具体的な身体操法について書き残していたのだ、という文脈でよく引かれるのはやはり武蔵の五輪書(特に水之巻)だと思いますが、実は新陰流の伝書でも相当に詳細に書かれているのですよね。無刀之位について述べられている所なども、実に含蓄に富んでいます。初めて引用書に目を通した時には唸ったものです。

他にも、願立の松林左馬助の伝書が大変に具体的に記されていたと思います(これが知られた事には、甲野氏の功績もあるのでしょうね)。
http://www.h6.dion.ne.jp/~bokuden/theme_9.html

投稿: TAKESAN | 2011年5月20日 (金) 23:22

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