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2011年5月 2日 (月)

生肉

肉の生食について。

生で食べる事に抵抗がある人、平気な人、色々いるでしょう。生なんてあり得ない、信じられない、と言う人もいるし、野蛮だ、とまで評していた意見を見た事もあります。

しかし、こういうのは、「生肉を食べられる/食べられない」というシンプルな分け方が出来る問題では無いと考えます。

私は、鶏肉の生食が当たり前の地域で育ったので、鶏肉を生で食べる事に、何の抵抗もありませんでした。むしろ、生で鶏肉なんて……という意見を目にして、え?と不思議に思ったくらいです。

では生肉なら何でも抵抗無いのか、と言えば全然そんな事は無くて。

たとえば、牛のレバ刺しは一度だけ食べた事がありますが、全く何とも思いませんでした。ユッケは一度も食べていないですが、特に抵抗ありません。細長く切った牛の生肉なら食べられるかな、という感じでした。牛の握り寿司も同じような印象。
しかし、牛とろと言われる、ミンチ状にした牛肉を生で食す、というのを見た時に、「これはちょっと……」となりました。加工の工程などを参照して考えれば、安全なのは後者の場合もあるはずなのに(一応、具体的にどうかは言いたい事とは離れるので措いておきます。この辺りの議論に関しては、色々情報がありますので、参照されると良いと思います)、「直感的」に、挽肉を生で食べるなんて……となった訳ですね。
これには恐らく、普段は挽肉には完全に火を通して食べてきた、という習慣と経験によって作られた認識が関係しているのでしょう。

他の物で言えば、鹿や猪の生は無理、豚肉(や豚レバー)はあり得ない(絶対に生で食べるなと教えられた)、川魚の刺身も抵抗ある、という風です。
つまり、大まかには「生肉」と分類される物でも、細かく見ていけば、一概に食べられる/食べられない というように分けられる話でも無いという事ですね。そこには、それまでの習慣や経験、それから断片的に仕入れた知識が関わっているのだろうと思います。

レバ刺しはいいけど鳥刺しは無理、という人もいませんか?

それから、肉を生で食べる習慣がある人に注意喚起したり説得を試みる場合に、

  • 「火を通した方が美味い」などと言う←嗜好(好き嫌い)を否定する――自分の嗜好を正当とする
  • 行為そのものを見下すような物言いをする←生肉を喰うなど野蛮な行為だ、などと、文化的社会的側面を無視して非難する
  • 「生肉を食べないなど常識」などと言う←個人の常識が世間の常識とは限らない

こういった類の言は避けるのが良いと思われます。特に親しい間柄なら率直な物言いも通るかも知れませんが、そうで無い場合には、コミュニケーションとしてはほとんど無意味と考えます。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

よくも悪くもこれって文化の話なんですよね。なので、単一の価値観を前提にして論じることそのものが、一次的には無理な話で。他者の特定の習慣を前にして、たとえば「信じられない」みたいなナイーヴな云い廻しをすることに抵抗がないような傾向を持つひとなんかは、そもそも論じるべきではないような種類のおはなしなんですよね。

なのでこの場合、そもそもそれが危険でありうる状況があるのかどうか、みたいな、価値観を超えた場所からしか本来論じてはいけないんです(牛でも鶏でもアザラシでも、その生肉を食べることが危険な状況と、その危険を回避しうる状況があるはず)。

って、こう云う種類の議論はいろいろとありますが。価値観をまたがる議論をしようとする場合には、たいていは留意すべき部分なのでは、みたいに思います。

投稿: pooh | 2011年5月 4日 (水) 18:12

河豚やキノコだって食べるし、アルコールを飲んだりしますからね。
鯉やサバも生でたべるし。

厚生労働省の衛生基準も比較的新しいもので、罰則もなければ禁止も出来ないと言うことは、従来からの食文化を尊重しているのかもしれません。

暴露量を考えれば、食品は人工的な「化学物質」や放射線よりはるかに危険なものが沢山ありますね。

投稿: zorori | 2011年5月 4日 (水) 20:16

poohさん、zororiさん、今晩は。

直感と言うか、自身の習慣や経験に従って何か思う、というのは当然ある訳ですよね。好き嫌いは誰しも持っていますから。あんな物喰うなんて、とか。
いわゆるゲテモノ食い、と言うと、今回の生肉もでしょうが、日本だと、虫を食べたり、もそう看做される事があると思いますが、これらはいわゆる珍味としても解釈されたりする。そこら辺、マスメディアなどの情報流布なども絡んで複雑に作られていく社会的な認知なのでしょう。

で、今回のような事件が起こって、単なる嗜好の話で無く、食中毒が起こった、健康に直結するリスクがある、という所から、嫌いであるのをアピールする事を正当化したり、なんてのがあるのかも知れません。
それを相対化して冷静に見ていくのが大切だと思います。

消費者側の心がけとしては、
基準があるのにそれに適合し出荷された(馬肉及び馬レバー以外の)生食用食肉がほぼ無い、あまっさえレバ刺しやユッケなどが広く飲食店で供されている、という現状が明るみになった訳ですから(食品衛生に通じる人や各都道府県は繰り返し注意喚起していましたが。そういった意味でも、マスメディアの威力は大きいのであろうと思います)、それを踏まえつつ、メニューから消滅する→コスト増大→価格が上がって再びメニューに載る  という可能性なども許容して、その上でリスクを承知して、高くても食べる、くらいの認識を持つのが必要ですね。
そして、少なくとも食べさせたり勧めたりする事や、メニューに無いという理由で文句を言ったりはしないようにする、と。

投稿: TAKESAN | 2011年5月 4日 (水) 20:58

生食というのは、文化(嗜好)的な側面もありますが、それを支える制度も必要だともいえます。
これは、全国共通だと思いますが、カキには「生食用」というのがあって、加熱用とは違った管理がされています。
もっと一般的な例では、生卵は、今では日本中どこででも食べられますが、世界的には、めずらしいほうです。私が子どものころ(40年ほど前の日本の田舎)では、卵かけご飯を作るためには、必ず炊きたての熱いご飯にかけて、サルモネラ菌を殺菌しなければいけませんでした。
今回の例では、韓国で普通に流通している、生でも食べられる牛肉を真似して、生で食べられない肉なのにユッケを作ったことが間違いです。
大手の焼肉チェーン店では、そんな危ない事をしません。
牛角では、
http://www.gyukaku.ne.jp/menu/tumami.html
表面を加熱していますし、牛庵では、
http://www.gyuan.jp/gyuan/menu/menu.html?PHPSESSID=el7fjf56t4eqk6q5fopbba26f5#menu08
生食用の馬肉で代用しています。
何しろ、食中毒のリスクは、
残留農薬 < 天然農薬 < 生物毒 < 感染症
の順であることは、今後とも、変わらないでしょうから、文化だけを輸入して、制度が伴わないようでは、安全性が確保できないのです。
たぶん、生食できる鶏肉というのも、普通の鶏肉とは、違った管理をされていたと思いますよ。

投稿: mimon | 2011年5月 5日 (木) 04:40

mimonさん、今日は。

牡蠣は示唆的だと思います。

鶏肉については基準自体が無いそうですが、盛んに食べられているところでは色々な処理も研究されているようです。しかしそれでも、鶏の生食によるカンピロバクター食中毒はしばしば問題になっていて、報道もされ、各都道府県でも注意喚起なされています。

韓国の食品衛生管理がどうなっているのか、食中毒の実態がどうか、は、ちょっと分かっていないです。

投稿: TAKESAN | 2011年5月 5日 (木) 11:52

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