科学による武術への介入
前々回、前回の武術関連エントリーの続きです。
これまで、武術の打撃技を解明するにあたり、打撃者だけでは無く、打撃を受ける側のメカニズムにも目を向けて解明していく事が重要であり、そのヒントになるものとしてインパクトバイオメカニクスという分野を紹介しました。
このような知見を応用して武技をある程度解明する事が出来た場合に、どういう現象が起こるか、を考えてみます。
要するに、力学的にどういう影響を受ければ人体がどのように破壊されるか、人間はどのような力学的衝撃を人間に与え得るのか、その科学的な解明が進んだ場合にどうなるか。
これらが解れば、得られた知見を、武術の鍛錬に用いられる道具のデザインにフィードバックする事が出来ると考えられます。
武術の鍛錬法は色々ありますね。経験的に試行錯誤され、様々な工夫を経て洗練されて、道具も色々な物が作られてきた。巻藁突きや巻藁切り、剣術における、タイヤや立木の鍛錬打ち、格闘技で言えばサンドバッグなど。実にバリエーションに富んでいます。そして、それぞれの立場の人が、自身が取り組んでいる方法の優位さを主張し、時に論争にもなります。もちろんただ言うだけでは無く、色々な「理屈」がそこにはつけられる訳ですが。
そして、先日来書いてきたような解析を進める事によって、経験的に知識が集積され発展してきた、武術の鍛錬法と道具、という分野に、科学によるメスを入れる事が出来ると考えられます。つまり、旧来の鍛錬法はどの程度合理的であるのか無いのか、また、改良の余地はあるかが解る。あるいは、全く新しい方法を「科学的な根拠に基づいて」創出するのも可能になるでしょう。現代は、科学技術・工業も発展しているので、それまでに用いる事の不可能だった、鍛錬に最適な物理的特性を持った人工の材料を使って道具をデザインする事も出来るでしょう。既に剣道などの道具の分野では、色々な材料が用いられて、良い製品が作られているようですね。それらは特に、コストや衛生的な面などが考慮されているのでしょうが、それとは別に、力学的な合理性をより突き詰めた、打撃技の鍛錬に用いる、より精細で合理的なデザインが可能になると思われます。
これは、伝統文化が科学による介入を受けてより洗練される可能性、の一端であるでしょう。ただし、一歩間違えば、体系を破壊してしまったり、的外れな解析に基づいてとんでも無い物を作り出してしまう可能性もあるので、道具の効果研究も含めて実証的に検討されるべきでしょうけれども。
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余談
剣道用の鍛錬具で面白いと思ったのは、室内用の、狭い空間でも振れる短さだが、振った感じが実際の竹刀に近い、という短竹刀。これらがどのような根拠に基づいて作製されているかは知りませんが、これから積極的にこういった道具を、単に経験に頼るだけで無く、科学的合理的にデザインしていくというのは興味深い事です。
※よく出来る人の経験が重要である事、そもそもそれをも考慮してアプローチしていくのが科学という知的営為である事、は言うまでも無い当然の話ですが、念のため書いておきます。
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