« わらう | トップページ | 科学による武術への介入 »

2011年4月16日 (土)

approach

complex_catさんに頂いたコメントへのお返事です

先に挙げたインパクトバイオメカニクスは、主に交通事故による障害について、バイオメカニクスや医学などの知見から学際的に解析する分野のようですが、一般的に対象となるのは、専ら事故的な、つまり意図せずに見舞われてしまった出来事に関連する事象の考察だと思われます。

武技の場合は、相手の身体を積極的に破壊する技法で、武術とはそれを洗練・深化させた身体運用法に関する知識の体系ですから、力学的に効率的な打撃の仕方(打撃者のバイオメカニクス)、有効なポジションへの持って行き方(自他の体勢などがどのような状態にあれば良いのか、という論理。力学的な部分と相互作用すると思われる。技術としては崩しや捌きなどと関連)、そして打撃する部位など、様々な事について経験的に知識が集積されてきたと考えられます。

スポーツの外傷については、先に書いたようにスポーツ医科学分野で考察されているでしょうけれども、より細かい所での力の加わり方などについて、武術を具体的に対象としたものは見当たらないので、そこを解明するにはどのような分野の援用が出来るか、と考察したのが先のエントリーの主旨です。

少し話がずれますが、野球における投球を対象にした、姫野龍太郎氏らによる研究は、興味を持つ人達に有名かと思います。つまり、選手のフォームや、投げ放たれたボール、及びそれらの連関について、流体力学的?なシミュレーションなどを駆使して工学的に解析していくアプローチですね。それによって、常識的に考えられてきた現象について、より細かい在り様やメカニズムが明らかになったと聞きます。そういった細やかな解析が、本当に科学的に武術を解りたいと考えるならば必要であろう、と私は認識しています。

それで、どうしてインパクトバイオメカニクスに着目したかというと、それは、複雑な現象をシミュレーションなどで工学的に解析していく、という方向性もさる事ながら、武術と共通するものとして、実験研究が倫理的に困難である、という点も考えてのものでした。

前に、剣術について考える際に、模擬の剣(竹刀など含む)は真剣の代替でしか無いが故に、本当の刀を用いる技術体系の科学的な解明は非常に難しいとし、その理由の一つとして、実験が出来ないから、と書きました。
そして、解明には、「刃物」の働きを機械工学的に捉えたり、シミュレーションを用いたりなど、様々な方向性からのアプローチが重要であろう事も書いた訳ですが、問題意識としては、そこで考えたものと全く繋がっています。交通事故も実験は出来ませんよね。であるから、より現実の現象を精細に模擬すべく、シミュレーションの方法を駆使してアプローチしている(しようと試みている)と見た訳です。
結局答えは出なかった: Interdisciplinary

武術は実践しにくいがために、代替的・模擬的な訓練の体系を作り上げてきた訳ですよね。型稽古しかり、試割りや巻藁突きしかり。道具の面で言うと、袋竹刀や竹刀の発明。そして、試合という、記号化を施して勝敗を競うという競技化の発展。

そうする事で、実践的な部分をシミュレートした鍛錬の体系が出来てきた。しかし、考えてみると、それらのものがどう実践と理論的あるいは合理的に繋がっているのか、はとてもむつかしい問題です。
たとえば、据え物斬りでも試割りでも、「それが出来たら何だと言うのだ」といった批判が絡んだ議論は昔からありますが、実際、これら議論に関わる論点は複数あり、そうそう簡単に解明出来るものでは無いと考えられます。
(競技化して云々、には、ある程度安全を確保して、試合可能なように適度に記号化したら、武術としての汎用性など、その本質を失うのではないか、といったむつかしい議論がある。剣術などは解りやすい――”本物”は真剣を使うのを意味するので、それを模擬した道具で試合するのが一体どこまで本物に近い?となる。上記リンク参照)

瓦何十枚割った所で何になるのか、竹を切った所で人もそれで斬れるのか、とは体系の内外から浴びせられる批判でしょうが、それは素朴な疑問でありながら、実にクリティカルです。物体として性質が異なるものを、本物(武術では、攻撃対象:人体 攻撃に用いる道具:刀など)に見立てて稽古に用いる。それを用いるのは人体に実際攻撃するのとどのくらい共通していて、どのくらい隔たっているのか、それは競技上の優劣を判定する記号的な基準(瓦割りの枚数で勝敗を決するなど)、あるいは演武というパフォーマンスの要素(素人を驚かせるためのものとして)以上のものであるのか無いのか、など、色々の見方が出来ます。

そこら辺も考え併せて、主に力学の部分にクローズアップして、「ヒトはどのような力学的衝撃でどのように”壊れ得る”のか」という一般的な部分を解明する分野であるインパクトバイオメカニクスの援用は興味深いのではないか、と思い紹介した次第です。そして、それと共に、「ヒトはどのように物を”壊し得る”のか」という見方と両方考える事によって、打撃技という武術的現象がより科学的に明らかになるであろう、と言いたかったのでした。

|

« わらう | トップページ | 科学による武術への介入 »

「武術・身体運動」カテゴリの記事

「科学論」カテゴリの記事

コメント

なるほど,日本刀による破断方法の最適解みたいなものは,据え物切りが出来るか出来ないかと言うことを前提にしなくても,いろいろ力を発動する場面での参考に出来る知見が当然のごとくありそうです。
 たとえば,掌打の運用の話があります。拳を使った方が威力があるなら、套路などで掌を使う部分を全部それに返ればいいと誰かが言っていましたが,実際は,バレーボールをパンチで打たないがごとく、部位によっては掌打の方が有効です。
 打撃と比較として、例えば、サブミッションの効かせ方などの分析については、実際は間違いなくトレーニングにより得られた力の中に技があるにしても、特にとんでもないパフォーマンス(ちょっと変ですけど、男花山の握撃とか腕折力みたいなもの)を前提にしてないといった違いがあるような気がします。拝読して、力の発動のしかたを分析するには,壊れ方から武術を見ていくと,ちょっとレイヤーが違うところにあるような気がしていましたが,少し理解できました。

投稿: complex_cat | 2011年4月16日 (土) 21:26

掌打のお話の部分についてはまさにその通りで、ヒトの身体というのは、一様な構造を持った物体では無く、部位によって形状や(解剖学的なレベルでの)組成にかなりのバリエーションがあるので、それぞれに有効な力学的影響の加え方があるであろう、と考えるのも一つの見方だと思います。そしてそれは、打撃する道具(徒手なら主に四肢)と打撃される物(人体)との相互作用である訳ですね。
動きやすい頭部と胴体では有効な打撃は異なっている、とは吉福康郎氏も指摘されていました。そこら辺の、「力学的な影響を受ける側」をより詳細に考察する、という観点から書いたのが前のエントリーでした。

関節技や絞め技については、あまり具体的に考えてはいませんが、恐らく少し異なったアプローチが必要になるでしょうね。

------

シミュレーションの話に関して、この喩えは想像しやすいのかどうなのか……とよく判らず出していなかったのがあるのですが、一応書いておきます。

9・11事件では、巨大な飛行機がビルに突っ込み、結果、直感的には考えられないように崩壊した訳ですが、後から建築関連のプロフェッショナルによって、シミュレーションなどにより詳細な解析が行われましたよね。そしてその結果、ああいう現象は確かに起こり得るのだ、となったと認識しています。

先の寸勁の話は、少しそれに似ていると考えました。つまり、直感的には起こらないように思われ(数cm距離から打撃して人間が昏倒する、というのは通常あり得ないと直感しているだろうから)、実際に観察した人が数少ない現象であり(テロは人類史上初 前のコメント欄では、伝説的エピソードとして七孔噴血というある意味極端なものを敢えて挙げました)、そして、現象の再現的研究が不可能である(倫理的あるいはコスト的に)、という共通性ですね。

投稿: TAKESAN | 2011年4月16日 (土) 23:52

メモ

英語版Wikipediaの「One inch punch」の項によれば、Stan Lee's Superhumans という番組において(「"Killer Punch"」という特集の時?)、衝突試験用ダミーを用いたワンインチパンチ(ここでは、極短距離での打撃をこう称します)の実験が行われ、
▼ 引  用 ▼
The testing showed it was 1.7 times more injurious than a 30mph car crash with modern safety features.
▲ 引用終了 ▲
このような結果だったらしい。
http://en.wikipedia.org/wiki/One_inch_punch

投稿: TAKESAN | 2011年4月19日 (火) 23:26

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/13103/39636252

この記事へのトラックバック一覧です: approach:

« わらう | トップページ | 科学による武術への介入 »