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2011年3月19日 (土)

シビアアクシデント 溶融

 シビアアクシデントの定義のところで述べたように、事故が設計の範囲を超えても、まだシビアアクシデントとは言えないグレイゾーンがある。この範囲では、施設の安全余裕によって、設計の範囲とわずかしか違わない程度の影響で、事故を収束させることが可能である。更に、これも定義のところで述べたように、シビアアクシデントにも様々な程度があり、周辺公衆への影響もそれこそピンからキリまである。
 軽水炉の場合、事故が設計の範囲を超え、どんどん悪化していくと、炉心は高温になり、まず一部が、更に進めばもっと大きな部分が崩壊し、溶融する。かなりの規模の溶融が起っても、溶融した燃料や構造材料(「コリウム」と呼ぶ)が、原子炉の圧力容器の中にとどまっている間は、格納容器の機能によって周辺への放射性物質の放出はまだ比較的小規模である。これは、前に紹介した多重防護の機能の一例である。この状況を「In-vessel melt:圧力容器内溶融」と呼んでいる。TMI事故はこの状況まで事故が進展したが、周辺公衆の被ばく線量はごくわずかでほとんど無視出来る程度であった。
 事故が更に悪化して、原子炉圧力容器まで破壊されると、コリウムが格納容器内に出てくる。この状況を「Ex-vessel melt:圧力容器外溶融」と呼んでいる。こうなっても、格納容器が健全であれば、環境への放射性物質の放出はまだ限られたものである。しかし、コリウムが格納容器内に出て来ると、様々なメカニズムで、格納容器の機能が失われる可能性が高くなる。
 格納容器が機能喪失すれば、もちろん、周辺に重大な影響を与え得ることになるが、この場合でも、状況によってかなりの差が生じ得る。例えば、機能喪失までにある程度時間がかかる場合には、寿命の短い放射性物質は減衰して量が減っていくし、様々な物理的・化学的反応によって、環境中に放散しにくい形に変化するものもある。
 したがって、周辺公衆に最も深刻な影響を与える事故シーケンスは、比較的短時間で炉心が重大な損傷を受け、圧力容器が破壊され、更に格納容器も機能喪失する場合、すなわち前に紹介した多重FP障壁が短時間内に全て機能喪失する場合がほとんどであると考えてよい。軽水炉ではないが、チェルノブイリ事故では、まさにこのような事故シーケンスが発生した。このような事故が起こる確率は、わが国の軽水炉でももちろんゼロではないが、極めて低いものだとは言えるであろう。
佐藤一男 『改訂 原子力安全の論理』 P213・214

改訂 原子力安全の論理 Book 改訂 原子力安全の論理

著者:佐藤 一男

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予断を許さない状況が続いている福島第一原子力発電所ですが、今後の見通しなどについて、様々な論者が色々の主張を展開していて、錯綜しています。
正義感からなのか、原子力工学などとほとんど関係の無い分野の学者が「教えたがり」のようになっていて、そのデタラメさが指摘されてもいるようです。真っ先に情報を発信して注意を喚起する、あるいは有用な対策を知らしめる、というその心意気や佳し、ですが、そこに、科学的に不正確な知識や工学的に的外れな指摘が含まれていれば、結果的に誤った情報を流布する事になり、場合によっては市民を煽り、パニックに近い心理を懐かせる虞もあります。
そういう部分に思いを馳せるならば、「黙っている」、または「分からないと正直に言う」事が誠実な態度の場合もある、と言えるでしょう。

極めて重大な出来事が起こっている非常時なので、当該対象について「語りたがり」も沢山出てきているようです。自己の経験に基づいて原子力発電所の設計のあり方について物申したり、関係者の言動を評価したり。
今回のケースにおいて、どのような事象が想定内であったのか無かったのか。どこまでを設計に組み込んでいるべきであったのか。それらに関する過去に行われた膨大な議論をきちんと参照し、原子力に関する専門知識をある程度有しており、情報を総合的に整理し吟味してこそ、多少は物が言える、となるのではないでしょうか。

タイトルに掲げた「シビアアクシデント」という用語を知らない人もいるでしょう。あるいは、「炉心溶融」などの専門用語もかなり周知されてきたようですが、これまで馴染みの無かった人も多いでしょう。
言葉自体を今回の出来事で初めて知った、という人も多いのではないでしょうか。にも拘らずに、それらの語を適当にちりばめて意見する「知りたがり」も散見されます。

かく言う私も、シビアアクシデントの語は知りませんでしたし、炉心溶融についても「なにやら大変な事」程度の認識でした。それでも、憶えたての言葉を使って尤もらしい意見を言いたくなるのですね。事が事だけに、一言言いたい、となる心性は、多くの人にあるのでしょう。

危ない事です。黙る慎重さを持ちたいし、それは必ずしも恥ずかしくは無いと考えます。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

はじめまして、門外漢です。そも、このような所にコメントするのも初めての門外漢です。

今度の大震災、原発事故に心痛め、今後の成り行きを案ずる者の一人として、インターネットで勉強中に、「シビアアクシデント」を調べたくてグーグルを検索したところ、こちらが二番目に示され、読ませていただきました。

まず冒頭の佐藤一男氏の引用は大変役に立ちました。専門家がシビアアクシデントと言う時の認識を知りたかったのです。お礼申し上げます。

調べたい目的を達したので当初の勉強に戻ればよかったのですが、何気なく貴兄の本文まで読ませていただきました。事故から2週間、多くの情報をTVやインターネットから得て、また種々の解説や意見にも触れ、貴兄のおっしゃりたいこと、よく理解できます。門外漢は黙れというご意見にもたくさん触れましたが、その中では貴兄の文章がもっとも理性的で落ち着いたものと感じました。

さて、なぜコメントしたくなったかと言うと、二つ理由があります。
まず、このサイトのトップに「Interdisciplinary」とありますね。これにひっかかり(釣られ)ました。この意味は、時代時代でニュアンスは変わるでしょうが、日本語の最近のはやり言葉としては、学際とか、それぞれ各自自身の専門とは異なる分野に首を突っ込むとか、他専門の者同士が協力し議論することによって、新しい概念(価値)、科学、技術を発見・開拓していけるのではないかということじゃないでしょうか。貴兄の用いられた意図は存じませんが、門外漢は黙ろうよという文章との矛盾を感じたものですから。

つぎに、貴兄の言う「専門家」の縄張り意識に、小生、以前から違和感を持っておりました。その最たるものが「専門用語」です。そこに「シビアアクシデント」です。専門用語の意味・定義も知らずに口にするのははばかられますよね。しかしカタカナだろうが横文字であろうが、これは重大事故じゃないですか?佐藤一男氏の文章から「専門家の内輪」だけでは、どのように限定されて用いられてきたか、理解できました。そして「原子力工学専門家」にとって「究極の重大事故」とは「シビアアクシデント」までであることも解りました。この2週間のインターネットの勉強で(貴兄ならつけ刃と言われるかもしれませんが)、各電力会社の技術資料、原子力安全保安院検討会資料、等々から「シビアアクシデント」を回避するありとあらゆる想定(貴兄の言う膨大な)検討がなされておりました。ところが「シビアアクシデント」が回避できなかったその後がないのです。佐藤一男氏の引用文からもそれがうかがえます。

現在(24日。というか地震翌日12日1号機付近で数100ミリシーベルト、セシウム検出のニュースを聞いた原子炉工学教授じゃない全国の普通の原発作業員たちの多くが既にヤバいと感じ、3時ころの最初の爆発でオワッタと思ったんじゃないかな)、「それ以後」が進行しています。にもかかわらず爆発以降も「重大事故には至りません、チェルノブイリやスリーマイル島などありえません」「日本の技術はあの巨大地震でもスクラムを作動したのです」「安心してください」と一週間近く言っていた原子力工学専門家はTVから消え、こんどは放射線医学の専門家たちが取って代わって、連日「マイクロシーベルトなんてCTスキャンに比べてわずかなもの」「暫定基準なんて問題ない」「安心してください」と繰り返しています。その間避難指示、避難の過酷さのなか高齢者20名前後が無くなっています。これ、商用原子炉事故の初の人的被害じゃないでしょうか。
「原子炉工学専門家」も「放射線医学専門家」もすでに環境に拡散し始めた放射性物質の挙動や生体への影響の専門家ではありません。「原子炉工学専門家」は原子力開発研究費で研究するという利害バイアスをもった学者です。「放射線医学専門家」は密閉線源しか扱わず、高濃度の放射性物質の粉末や溶液など見たことも扱ったこともないでしょう。飲みこんだらどうなるかの専門ではありません。今そしてこれから必要な専門家は、最過酷事故(真の意味で)が起こった後の環境(大気、水、土壌)、食品汚染の専門家およびそのレメディエーションの専門家でしょうか。そんなところに研究費は集まらないからそんな専門家はいません。環境基準や食品基準などは外国の研究や国際基準の借り物だと思います。だから暫定等と言っているのでしょう。すなわち貴兄が頼りにできる専門家がいないのです。国際レベルで作った規制値を無視して「問題ない、問題ない」と言っている専門家を信じられますか。暫定とはいえ「国の定めた規制値」です。国政の専門家たる総理や官房長官が国の規制値を非常事態・超法規宣言もせずに「問題ない」などと発言するのは重大です。ましてや何の権限もない大学教授はです。

さて、「専門家」とはそんなものです。門外漢の的外れの指摘に「引っこんでろ」じゃなく「答えられなければならない」のが専門家です。「シビアアクシデント」が起こったら引っこんでしまう「原子炉工学」教授など必要ありません。国民は、起こり得る最悪の事態から順に説明がされて現在どの状況かを知りたかったのです。誰が専門家で誰が非専門家かが問題なのじゃなく誰が本当のことを言っているかです。その判断材料はオーソリティーではなく国民自身の心しかないじゃないですか。教授とか専門家のオーソリティーと似非科学は表裏一体です。共通点は振り回す専門用語とその定義のいかがわしさです。
9.1Mの地震は有り得ない巨大地震かもしれません。
しかし、たかが人間が作った電気仕掛けの冷却装置です。二重に働かなくなることが起こり得ないと結論しそのあとを考えるのをやめた者たちによる人災です。冷却装置が働かないとなった後の惨劇は「シビアアクシデント」のシナリオ通りなのですから。

今後さらに汚染は深刻化するでしょう。拡散希釈される水・大気は別としても、土壌・地下水そして農産品を国際基準までレメディエーションするのに何十年かかるでしょうか(小生、この点ではさほど門外漢ではありません)。レメディエーションに原子炉工学など必要ありません(廃炉工学者は欲しいですが世界中にひとりもいないようです。)。しかし化学、物理、生物、医学など、いや経済学、社会学なども含め、すべての領域の科学者・研究者が自身の専門云々言っていないで議論しあい総力を結集しなきゃならない時です。それこそ、「Interdisciplinary」じゃないでしょうか。
長文失礼しました。

投稿: 門外漢 | 2011年3月25日 (金) 00:24

門外漢さん、お早うございます。

私が主張しているのは、門外の者は黙れ、という事では無くむしろ、専門的な部分について言及するのならば相応の勉強をしながら行う、また、批判に対しては真摯に対応する、そういう姿勢を取るべきである、というものです。

たとえば、現在活躍されている東京大学の早野氏ですが、氏は原子力工学が専門では無い事を示し、放射線の医学的な影響については中川恵一氏のチームの意見を参照するよう案内し、また、ご自身の意見に関しても批判的な検討をしてもらいたいとしばしば語っておられます。私が言いたいのは、そのような姿勢を持つのが望ましい、という事です。

ブログタイトルに学際を意味する語をつけたのは、
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-ee0f.html
このエントリーの後の方に書きましたので、ご参照下さい。

「専門用語」については、複雑な概念を簡潔に、経済的に扱うために創られてきた、という事情があるでしょうから、それを用いる事に関して一概に問題があるとは思いません。

ただ、この種の議論において、日常用いられる語と学術用語が重なる事で、それぞれの理解が異なりやりとりが噛み合わず混乱が生ずる、というのもしばしば起こるので、噛み砕いて説明するなど、橋渡しの努力はなされるべきかと感じます。

▼ 引  用 ▼
ところが「シビアアクシデント」が回避できなかったその後がないのです。佐藤一男氏の引用文からもそれがうかがえます。
▲ 引用終了 ▲
シビアアクシデントが起こった場合には、を想定してアクシデントマネジメントの整備が試みられてきた、のだと私は認識しています。エントリーで引いた佐藤氏の著作でも言及されています。

しかし、仰るように、シビアアクシデントの中でも最も過酷な事態が起こった場合の現象の推測については、私も調べた限りではほぼ見つけられませんでした(放射性物質飛散の実験研究はあったようですが)。この事はtwitterでもつぶやきました。
仮にそこが不充分であるとすると、現象が複雑過ぎる故に未来の予測が必ずしも精度良く行えない、などの事情があるのかも知れません。あるいは、確率的に極めて小さい事象であるからそこまでの推測は要らない、というのもあったのかも知れません。

しかしこれらは、自分が調べた範囲で得た知識からの推論です。そこも含めてこれまで行われてきた議論を参照しないとちゃんとはものが言えない、というのがここでの私の主張です。本文から引きます。
▼ 引  用 ▼
今回のケースにおいて、どのような事象が想定内であったのか無かったのか。どこまでを設計に組み込んでいるべきであったのか。それらに関する過去に行われた膨大な議論をきちんと参照し、原子力に関する専門知識をある程度有しており、情報を総合的に整理し吟味してこそ、多少は物が言える、となるのではないでしょうか。
▲ 引用終了 ▲
私はここで、専門家云々とは言っておらず、専門知識、と書いています。現象の影響範囲が広まれば、現状のように、原子力工学的な知見のみならず、食品衛生的な知見も参照される必要があるでしょうし、被曝の影響についてはまさに医学的専門的知識が不可欠でしょう。必要とされる専門分野も専門家も、文脈によって異なってくるのでしょう。特に現在のように、時々刻々と状況が変化していく事態においては。
その意味では、今回の事故およびその影響に関する評価は、全く学際的に捉えるべき物事です(そもそも原子力工学が学際的分野であろう事とは別に)。

----------

私が「専門家(つまり原子力工学等の”肩書き”を持った者)以外の意見を一般に蔑ろにしていない」事は、自分の認識の話なので、断言出来ます。しかしそうで無いと読み取られたのなら、私の表現が不充分だったのでしょう。

問題は、それまでなされてきた議論を押さえているか、現象の捉え方、予測が科学的・工学的 にある程度的を射ているか、批判に開かれた態度を取っているか、などでしょう。

もう一度、端的に書きます。
私は、専門家以外の意見を蔑ろにして良いとは言っていません。そこはご理解下さい。

投稿: TAKESAN | 2011年3月25日 (金) 10:47

門外漢です。
御丁寧なご返事ありがとうございます。

御返事に、「シビアアクシデントが起こった場合には、を想定してアクシデントマネジメントの整備が試みられてきた、のだと私は認識しています。エントリーで引いた佐藤氏の著作でも言及されています。」とあります。

ここでまた「アクシデントマネジメント」なる新たな用語がありました。一般用語なら多少英語は理解できますが、原子力工学専門家(貴兄は違うと認識しておりますが、佐藤氏が言及しておられるというので専門用語だろうと)が使う場合の意味・定義・範囲を知りたく、文科省のもとで運営されているATOMICAという百科事典を覗きました(http://www.rist.or.jp/atomica/)。
ここは原子力安全委員会の確定的文書が示されているので安心できます。やはりそこでの記述は、シビアアクシデントの回避、およびシビアアクシデントの最小化までですね。格納容器の破損・爆発を回避するためのベント解放や発生した水素の爆発を回避するための手法、までです。そのあとのシビアな事故、格納容器が破損し、水素の爆発も起こりました。さらに施設からの放射性物質の拡散、公衆への被害の範囲・避難、高レベル放射線下での事故処理作業・設備、冷却不能となった燃料の冷却(この成り立たない言葉が原子力の怖さでしょう)、等々「アクシデントマネジメント」では触れておりません。

貴兄からの引用
「今回のケースにおいて、どのような事象が想定内であったのか無かったのか。どこまでを設計に組み込んでいるべきであったのか。それらに関する過去に行われた膨大な議論をきちんと参照し、原子力に関する専門知識をある程度有しており、情報を総合的に整理し吟味してこそ、多少は物が言える、となるのではないでしょうか」

過去の膨大な議論をきちんと参照し、専門知識を有し、情報を整理し吟味しなければ多少も物が言えないのなら、専門家以外黙るしかありません。
興味深い物があります。貴兄の26日のエントリー「想定の内と外」にも関連しますが、過去の膨大な議論も専門知識も情報整理も十分とはいえそうもない、土木工学会長、地盤工学会長、日本都市計画学会長が連名で声明を出し(http://committees.jsce.or.jp/2011quake/node/29)、
その中で「われわれが想定外という言葉を使うとき、専門家としての言い訳や弁解であってはならない。」と言っています。
今起こっているシビアアクシデントの原因は、防潮堤が崩れたとか地盤が傾いたとかではなく(おそらく)、電力調達・電気機器の不具合(おそらく)ですから、3学会の会長声明は、学者としての自戒というより外野席からの苦言と小生は感じました。

若干コメントする場所が違いますが「想定内と外」について

さて小生、門外漢として河川管理・洪水対策の検討の場に、土木工学者、国交省技官、自治体、地域住民らとともに出席した経験があります。その際、土木工学者や国交省技官は、検討対象の河川の断面積・堤防高さ等を示し、「想定する洪水は150年に一度である」と住民に説明しました。あちらの川は100年洪水、こちらの川は60年洪水などと設計されているのだそうです。より明確に言うと上流にどれだけの降雨強度で何時間降ればこの堤防は何時間後に溢れるということです。それを納得したうえで、住民らとハザードマップ(浸水域、避難時間・経路)などを作成するのです。もちろん住民らから、もっと堤防を高く出来ないか等の声も出ますが、コスト/リスク回避のディスカッションの上、納得を得ます。この洪水予測はかなり正確(もちろん安全係数を入れて)だと聞きます。同様に、建築家はビルを設計するとき、何ガルの地震でひびが入るが修復できる・何ガルなら倒壊などと想定するわけですね。設定以上の地震で倒壊した場合は想定通りであり、想定外とは言わないでしょう。
堤防計画にしてもビル設計にしても、その計算式のファクターには、過去に経験したり、実験した項がたくさん入るでしょう。もし、過去に経験も検討もしたことのない未知のファクターが加わった場合、「想定外」の堤防決壊やビル倒壊が起こり得ると言えるのではないでしょうか。今回の外部電源欠落・非常用ディーゼル発電機も立ち上がらない等のケースはケーススタディーにありますし、東電福島は1年前にも同じことを起こしていると聞いていますから、これは想定内と言えます。その後の冷却材喪失からシビアアクシデントに至る保安院発表の展開はATOMICA百科事典のシナリオ通りに見えます。だとすると何が想定外だったというのでしょう。津波が敷地の設計基準を超えて侵入したのなら、計算通りであり、10数mの津波が数mを越せなかった時、想定外のことが起こったといいます。奥尻も新潟もチリ津波も30m超と聞きますから、東電がそれを設計基準に取り入れなかっただけの話だと思います。格納容器内の圧力が設計圧力を超えたのに持ち堪えたのは納入業者が設計基準プラスアルファで製造したからでしょう。それが当たり前です。東電が要求した設計通りならあの時、想定通り爆発していたかもしれません。
工学の世界ではかなりの領域で設計基準とおりにシステムを構築できるものです。もし不明瞭なファクターを含む場合には、何倍もの安全係数をかけて設計します。
ところが、環境に拡散した有害物質の人体への影響評価は、上記構造物の破壊試験のように人体実験をするわけにいかないので、過去に起こった数少ないイベントの事例研究からしかできません。このような場合、相当大きな安全係数を使います。まして一生摂取し続けた場合の評価などデータが全くないと言っていいでしょう。「半数以上にがんを引き起こすレベル」などのデータはあるかもしれませんが、これ以下は何ぴとも大丈夫という値(閾値)については、あるのかないのかさえ解らないと言われています。密閉線源しか経験のない「専門家」たちがマイクロシーベルトを平気平気と言う時、生涯摂取(被曝)の閾値について聞いてみたいと思います。環境省や厚労省(水道水等)による有害物質に対する基準つくりは一般に、測定箇所・回数・方法によるばらつきに10倍、有害試験のばらつき(個人差など)に10倍の100倍程度の安全係数がかかっています。想定等の成り立たない世界です。しかしその数値は法律ですから、いかなる人も他人に平気平気と言ってはいけないのです。放射性物質の法規制は全く解りません。規制が努力事項なのか、禁止事項なのか、国に対するものなのか自治体に対するものなのか、業者に対するものなのか。そこを専門家も報道も明らかにしてしゃべっていません。だからみんな黙っていられないんだと思います。

貴兄が、例示された早野氏、中川氏については事故以降あまりTVを見ておりませんし、twitterなども追っておりませんので、判りません。わずかtwitterをまとめたという資料を読ませていただいた限りでは、おっしゃる通り事実のみをピックアップし、非常に慎重に正確に発言なさる方々のように思います。
ただ「今後起こり得ること」「目に見えない全体像」(公衆がもっとも知りたいこと)(科学に要求されていること)については慎重すぎるのではと感じました。TVの発言で唯一顔と名前が思い浮かべられる関村氏の解説についても同様の印象です。

投稿: 門外漢 | 2011年3月29日 (火) 02:54

いずれにしても、全ては、今得られている根拠は何か、そこから何が言えるのか、を吟味して論ぜざるをえないという事です。

投稿: TAKESAN | 2011年3月29日 (火) 14:34

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