ホメオパシーはプラセボだと言っている?
前回のエントリー http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-2f12.html において、批判者が指摘するように『代替医療のトリック』では「鍼はプラセボに過ぎない」と断定的に言われているのかを、シンらが実際に言及している文を引用しつつ検討してみました。
そして、全体的に見て、鍼には概ねネガティブな評価ではあるものの、それが全てプラセボ(あまり正確な表現では無いですが、『代替医療のトリック』の記述に合わせます。ここでは、○○はプラセボである/に過ぎない といった表現は即ち「効かない」事を指している、と考えて下さい。また、タイトルの「ホメオパシーは」は正確にはホメオパシー・レメディは、です)であると断言はせず、出版当時の研究の状況を鑑みつつ慎重な記述に留められている、と示しました。
恐らく、エントリーを読まれ(そこでも触れましたが)、あれは単に慎重そうに書いただけで、結局は鍼がプラセボであると言っているも同然なのでは? と訝る方もおられたでしょう。たとえばはてなブックマークで、
BigHopeClasic 医療 まず、英語は断定的な物言いを避ける傾向があるので、こういう表現は実は断定的な事が多い。/加えて、科学は反証可能なものだから、100%の断定はこの手のことではしない。 2011/01/16 http://b.hatena.ne.jp/entry/seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-2f12.html
このような意見を下さった方もおられます。しかし、実は「そういう話では無い」のです。と言うのも、『代替医療のトリック』の著者は、別のものについては「断定的な物言いをしている」からなのです。※1 本を既読の方は、ははあ、とピンときたかも知れませんね。そうです、ホメオパシーについての記述です。その部分は、鍼への言及の所とはまさに対照的です。という訳で、該当する部分を引用してみましょう。
※1 ちなみに、英語は断定的な物言いを避ける傾向がある、という話は初めて見ましたが、それが本当かは知りません。ブクマコメントの後段についてはこれから書く事が応えになりますが、一般論として、科学的な命題が覆される可能性があるのは当然だが、文脈的に、効果研究によって「効かない」と断定的に判断される場合がある、というのも基本的でしょう。別に論理学的厳密な証明の話をしているのでは無いのだから
※引用文献:『代替医療のトリック』
※修飾は引用者による
以上、ホメオパシーの歴史を概観し、この治療法の有効性を判定するために行われてきた多くの取り組みを紹介するために相当の紙幅を割いてきたが、結論は簡単だ。これまでに何百件という臨床試験が行われてきたが、どの病気に対しても、ホメオパシーを支持するような、有意の、ないし説得力のある科学的根拠はひとつも得られていない。逆に、ホメオパシー・レメディにはまったく効果がないことを示す科学的根拠なら多数あると述べておくのが公正だろう。(後略 P182・183)
いかがでしょう。これは「結論」部分ですが、非常に強く、断定的な表現です。しかも、「結論は簡単」とまで言い切っています。
※以上は「第III章 ホメオパシーの真実」より引用。以下は「第VI章 真実は重要か?」より引用。
ホメオパスは、自分たちのレメディにはたしかに効き目があると言うだろうが、もっとも信頼できる厳密な科学的根拠によれば、ホメオパシーのレメディには中身がなく、患者に及ぼす効果は全面的にプラセボ効果によることがわかっている。(P314)
ここでもはっきりと書いています。「全面的にプラセボ効果による」というのは、「レメディに特異的な効果は無い」、即ち「レメディは効かない」と同義です。
花粉症の患者に対しても、有効性の証明された、眠くならない抗ヒスタミン剤に加えて、おまけとしてついてくるプラセボ効果を用いるほうが、プラセボ効果だけしかないホメオパシー・レメディを使うよりずっといいだろう。(―中略―)通常医療の風邪薬には、実証された効果に加えてプラセボ効果もあるのだから、プラセボ効果だけしかないホメオパシーの飲み薬よりはましなのだ。(P320)
これは、「プラセボ効果だけしかない」ホメオパシー・レメディを使うのなら、薬効+プラセボ効果(薬を与えられる文脈による心理的な作用とでも考えて下さい)の期待出来る標準薬を用いた方が良いだろう、という主張ですが、やはりレメディは全く効かないと言っています。続けて、アメリカにおける「スネークオイル」の例を出し、
スネークオイルも超高度希釈のホメオパシー・レメディも、有効成分は含まれておらず、プラセボ効果だけしかない。(P321)
こう論じます。
ホメオパシーはプラセボ効果しか期待できない純粋な偽薬の典型で、ホメオパシーの効果はすべてプラセボ効果であり、科学的根拠にもとづいて判断するなら、この治療法を用いることは正当化できない。(P349)
いかがでしょう。「純粋な偽薬」「すべてプラセボ効果」というのは強烈な表現です。「全く効かない事が判っている」のと同義なのですから。
※これは、医療においてプラセボを用いる事は正当化出来るか、という文脈での文ですが、その議論についてはひとまず措いておきます
最後に引用するのは、ディラン・エヴァンズが著書で行った、ホメオパシー・レメディに、エビデンスを正確に反映したラベルを貼ってみてはどうか、という提案にシンらが同調し、それを他の代替医療について当てはめてみた場合にどうなるか、と想定している部分です。つまり、ホメオパシーにしろ鍼治療にしろ、臨床的根拠に従った情報開示を正確に行うというのは興味深い試みなのではないか、と同調している訳ですね。そこに端的に、ホメオパシーと鍼に対する見方の違いが現れています。まず、レメディ(の容器なりに)にこのラベルを貼ってはどうか、というエヴァンズの提案です(『代替医療のトリック』P369)。
注意:この製品にはプラセボ効果しかありません。ホメオパシーを信じていて、症状が痛みや抑鬱などである人にのみ効果があります。その場合でも、通常医療の薬のような強い効果は得られないでしょう。通常医療の薬よりも副作用は起こりにくいですが、効果も少ないでしょう。
※このエヴァンズの提案に乗るかはまた別問題。受け容れるにしても、「プラセボ効果概念」自体についての詳細な情報提供が必要になる、と思われる
次に、シンらによる、鍼の場合にどう書けるか、という例です。
注意:この治療法については、いくつかのタイプの痛みや吐き気には効果があるという、わずかな科学的根拠が得られているのみです。それらの症状に効いた場合も、効き目は長く続かず、非常に小さなものとなるでしょう。通常医療の治療にくらべて費用がかかり、効果は小さいとみてまず間違いありません。この治療法の主な効果はおそらく、痛みや吐き気に対するプラセボ効果でしょう。それ以外のすべての病気に対して、鍼にはプラセボを上回る効果はありません。鍼は、訓練を受けた施術者に打ってもらえば、かなり安全な治療法といえます。(P370)
どうでしょう。ホメオパシーに対する書き方(エヴァンズのものだが、それを援用しているので賛同していると見て良い)とは全然違うと言えるのではないでしょうか。極めて慎重です。ちなみにこの後に、ハーブ療法についても同様の想定がありますが、そこでは例が二つ出されています。即ち、イブニングプリムローズオイルとセントジョンズワートが例に出され、前者は「プラセボ効果しかありません。」(P371)とし、後者には、「軽いか、または中程度の抑鬱状態に効果があるとの科学的根拠があります。」(P371)としています。いかにホメオパシーについて容赦の無い、断定的な物言いをしており、他のものは慎重に記述しているか、というのが解るでしょう。※ホメオパシーは、慎重に考えても効かないとしか言いようが無いと判断している、と見る事が出来る
ここまで見てきた事から、より一層、「鍼はプラセボに過ぎない」という判断を著者がしていない、と考える事に納得が行くのではないか、と私は考えるのですが、読者の皆さんはいかがでしょうか。
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コメント
先に記した<王診療所>の医師に、
ずいぶん前、直接聞いてみた時の問答は、(私のブログに記したことですが…、)
「ここで打つ注射は、リンパ腺への注射ですか?」、
しかし、医師は、はっきりと、
「いえ、神経への注射です。」と、あっさり言った。
そして、考えたことは、
ここの注射(成分は分からない。たぶん、漢方薬の一種のような気がする・・・。)は、神経以外にも利いているような気がしてならない、こと。
生命は、神経のみで生きているのではない、
血管(血液)もあり、皮膚からの直接の有酸素もあり、
また、リンパ腺(液)、ホルモンもある、
体内の微生物・バクテリアにも生かされている存在でもある、
まだ、解明されてない物質(?)もあるかもしれない…、
と云うことだった。
鍼については、今の現代医学では、解明されていないことがあるように思っています。
投稿: mohariza | 2011年1月18日 (火) 23:59
moharizaさん、今晩は。
ごめんなさい、ちょっとよく解りませんでした。
投稿: TAKESAN | 2011年1月19日 (水) 00:58