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2010年12月21日 (火)

ひたすらな切断とひたすらにアド・ホック

ホメオパシー団体のごときものについてです。

色々な主張に対して批判が加えられると、ひたすらに「切断」と「アド・ホックな言い逃れ」を行います。
どういう事かと言うと。

◆切断
「あの団体とは違う」という、いわば差別化。奴らは正統(正当)では無いのだ、と主張する事によって、自身の体系を護ろうとする。こういうのは色々な文脈で起こる事でもあります。武術で分派したり、古伝順守と革新派が対立したり。ホメオパシーで言えば、由井氏系とそれ以外の対立や、クラシカルとプラクティカルの対立など。
◆アド・ホック
この部分はこれこれこういう理由で矛盾している、とか、他の証拠と衝突する、といった批判を突き付けられた場合に、全体の論の整合性を完全無視して言説を護ろうとする。現代科学擁護の援用など、まことに節操の無いやり方。これまでの知見から考えて、破綻や崩壊するしか道の無い言説なので、そうするしか、「一見維持出来ている」様には見せかけられないのでしょう。

いかに切断を試みようが、ホメオパシーを支持する人びとあるいは団体が、ハーネマンの主張の核になる部分を固持している限り、「同じ」です。そして、内部での差別化など、体系内での微妙なバリエーションでしか無い訳です。

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コメント

本文に附け加えることがあるとすれば、これはトラコパシーに顕著な性格なんですが、「平然と嘘を吐く」と謂う選択肢が一つありますね。

選択肢の一つとして「嘘」がアリだとすると、当然幾らでも都合の好い材料を用意して言説を加工出来るわけですから、比較的トラコパシーは自説内部での自己矛盾が少ないとは謂えるでしょう。その一貫性は嘘で固めた見掛けだけの砂上の楼閣に過ぎないわけですが。

この「嘘」と謂うのも様々な捉え方があるとは思いますが、我田引水の強弁、ニュアンスをずらす、医学知識の恣意的曲解、果てはありもしないことをでっち上げるなど、一種合目的的な「嘘」としては何でもアリです。

TAKESAN さんが挙げておられる「切断」と「アドホック」の手法は、まだしも合目的的なディベートや詭弁の範疇の事柄だと思いますから、一種「反則スレスレ」の際どい詭弁と謂う言い方が出来ますが、トラコパシーの「嘘」と謂うのは明確に「反則」そのものなんですね。

なので、日本で主流的なトラコパシーの問題を相手取る際には、相手が平然と嘘を吐くもの、反則を厭わないもの、と謂う認識が必要になると思います。

投稿: 黒猫亭 | 2010年12月22日 (水) 04:47

黒猫亭さん、今日は。

表面的な主張を正当化するためには何でもあり、ですね。思い違い的な確信―意図的な改ざんや捏造、とグラデーションがありますが、そこら辺、意図的なものと思い込みとが混在してむちゃくちゃになってくるように感じます。

投稿: TAKESAN | 2010年12月22日 (水) 12:34

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