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2009年5月15日 (金)

後で効くかも

kikulogにコメント書いたのですが、こちらに再掲します。前々から思ってて、ここにも度々書く事です。

「水は感覚器官も頭脳も神経も持たないただの物質だから、言葉に反応するはずがない」
 
この言い回し、「後から効いてくる」ものだと考えています。
つまりこれ、物理学・化学・生理学・心理学・言語学・情報処理 等々の論理を知っていれば、なるほどそうだよな、と納得出来る表現ですよね。そもそも「感覚器官」が生理学・心理学的 概念な訳ですから。
この表現は、メカニズム的にあり得ないというのを、既存の理論・知識体系に則って説明するものだから、その知識をある程度得た人は納得出来る、でもそうで無い人には、端的に言って「意味の解らない」ものになる、と思われます。つまり、科学の理解度に依存している、と。
 
しかし、何かのきっかけで、生理学やら何やらを勉強して色々解り、水伝が成り立ちようが無いのを認識する事はあり得ます。そして、そういえば、「水は感覚器官も頭脳も神経も持たないただの物質だから、言葉に反応するはずがない」なんて言い回しがあったなあ、今考えると納得出来るなあ、と振り返る場合もあろうかと思います。
そういう意味で、「後から効いてくる」ものではないかな、と。
 
ですからこれは、水伝を信じている人にいきなりダイレクトに言うのでは無くて、水伝を批判する文書に組み込んでおく、などがベターだと思ってます。
 
ちなみにこれ、私が超能力捜査否定にいたった道筋を、そのままトレースして書いています。
 
何と言いますか、「信じ方の段階」というのが考えられてしかるべきかな、と。段階、と言っても綺麗に分類出来るようなものじゃ無いでしょうけれど、既有の知識、誰に教わったか、などの事情が複雑に絡まって信念は形成されるから、そこは押さえておきたいです。
kikulog:「ニセ科学」シンポジウム(物理学会):TAKESAN — May 15, 2009 @01:12:17

水は感覚器官も云々、というのは、「科学に依存した」説明です。それをきちんと把握するには、ある程度の科学についての知識が要る。だから、知識は持っていたが、水伝に対してはうっかりそれを適用しなかった人は※ あ、言われてみればそうか、と思うかも知れない。しかし、知識がかなり不足していれば、そもそも意味不明な表現にしか見えない、と。そもそも、「感覚器官」という言葉自体、難しい訳です。理科や生物で習うものだろうけれど、真面目に勉強しなかった、やったが忘れた、選択などの関係でそもそもやらなかった、と色々の場合があります。もっと言うと、水、感覚、感覚器官、頭脳、神経、のそれぞれが、科学に依存している、と。

※そんなうっかりはそもそも少ないでしょうけれども。誰から聞いたか、などの字状、心理学的な所も絡んできそうですが。

そこら辺を鑑みると、信じている人にいきなりそれを言うのは、あまり得策では無い訳ですね。だから、そういった表現は、独立した批判テキストに組み込むのがいいと思います。そうすれば、後から勉強して、ああ、そういえば、と思い返す可能性もあるので。

コメントでも書きましたが、私はほんの数年前まで、超能力捜査について、もしかするとあるかも、と思っていまして、それを否定するに至ったのが、上のような道筋によってだったのです。具体的には、心理学の勉強が大きい。でも、その更に数年前から心理学は勉強してた、というのは記しておきたい所。ウエイトのかけかたに問題があったのでしょうし、もっと基礎的なレベルの勉強が足りていなかった、のもあるでしょう。

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