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2009年4月 2日 (木)

かがくきょー

「科学教」って、張りぼてみたいな言葉だよね。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

少なくともこの言葉を使うと、「なにかの本質をうまいこと云い表した」ような気分にはなれるようです。

問題なのは、そこで云い表した(と思っている)ことを「本質」として、そのあとの議論を組み立ててしまいがちになることだと思います。この言葉を使って、この言葉が含みうるニュアンスを所与のものすることで、本来なにを云いたかったのか、自分の論旨はほんとうはなんなのか、と云うことが自分でよくわからなくなったり、気付かないうちにぜんぜん違う方向に思考を組み立てる結果になったり。

まぁレッテル貼り、と云う行為の持つ一般的な危険性のお話ですけど。
例えば「ニセ科学」と云う言葉も同じような危うさははらんでいるわけで、だからこの言葉の持つ意味合いやニュアンスについて継続的に考えていくことが必要になるわけですよね。

投稿: pooh | 2009年4月 2日 (木) 08:08

poohさん、今日は。

まず、お疲れ様です、と言わせて下さい。他人の話を全く聞かない人とのやり取りは、疲れるものですよね。

科学教って言葉、意味が曖昧だし、中身が空っぽな感じがします。と言うか、そうじゃ無いとあのような用い方は出来ない、と。きちんと定義なりしているのならば、遥かに慎重な使い方になるでしょうしね。

▼▼▼引用▼▼▼
例えば「ニセ科学」と云う言葉も同じような危うさははらんでいるわけで、
▲▲引用終了▲▲
全くその通りですね。それで、よくここについて議論されていますね。しかるに、科学教とやらは、その概念をきちんと考える事無く適当に用いられている。なんだかなあ、です。

って、はてなに解説あるんですね⇒http://d.hatena.ne.jp/keyword/%B2%CA%B3%D8%B6%B5%BF%AE%BC%D4
今ひとつピンときませんが。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 2日 (木) 17:23

「科学教」ってのは、まあ無意味語です。「気にくわないやつ」と同義語じゃないでしょうか。

「ニセ科学」という言葉はキャッチーなんだけどかなり乱暴なわけです。中を開けてみると、決してひとつの概念を指しているわけではない。だからこそ、ケース・スタディをきちんとする必要があるのですね。
ただ、そういう大雑把な概念でくくることで、「どうやら問題があるらしいぞ」とわかってもらえるようになるから、これはこれでだいじなんですよ。
そこは兼ね合いで、やはりできるだけいろいろな機会にその中身を説明し続けるしかないのでしょう。

投稿: きくち | 2009年4月 2日 (木) 19:41

科学教とは過去に自分自身が科学に抱いていた幻想や誤解に、他者も陥っているという思い込みかもしれません。

自分自身の幻想への羨望が嫉妬から憎悪と変化したものというか。ハタ迷惑な言葉ですね。

投稿: zorori | 2009年4月 2日 (木) 20:59

連投失礼します。

apjさんが、ニセ科学認定はレッテル貼りではなくてレッテル剥がしであると述べられていて、なるほどと思った事が有ります。

その性質からして、二つの特徴があると思います。
一つは、個別具体的な言説を一つ一つ調査して「ニセ」認定をするという作業が必須なこと。
二つ目は、「ニセ」ですから、社会的に悪いという価値判断を含んだものであると言うこと。

これが全く分かっていないと最近目撃した次のような発言が出てくるのかなと。

「ニセ科学というだけで悪いと決めつけてはいけない」

科学教とニセ科学はどちらもレッテル貼りと言えるにしても、ずいぶん使われ方が違うことが多いと思います。

投稿: zorori | 2009年4月 2日 (木) 21:06

きくちさん、zororiさん、今晩は。

ごく一般的には、科学を妄信している、科学に盲従している、のが「科学教」なのだと思いますが(「教」は宗教のアナロジーで、そこに妄信の意味を込めている気がしますが、それはそれで表現としてどうなの、と)、そういう語を持ち出したら今度は、じゃあどんな人がそうなのか、具体的にどういう意見を言えばそう看做されるのか、となる訳ですね。ところが、その説明がほとんど見られない。

中にはそういう人間もどこかに存在するかも知れませんけれど、結局説明に具体性を欠いていたら誰も話を聞かない……と思いたいけれど、実際は、なぜか「話が通じ合っている」人々がいて、大変不思議です。言葉の意味について共通了解を得るとか、そういう習慣が無いのかも知れませんけど。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 2日 (木) 21:11

こんばんは。
とてもKYとは思いつつ、一つ質問させてください。

TAKESANさんはこのエントリーをどういう意図で挙げたのでしょうか???

直近のコメント、
ご自分ではいかが思われますか???
「中にはそういう人間もどこかに存在するかも知れませんけれど、結局説明に具体性を欠いていたら誰も話を聞かない……と思いたいけれど、実際は、なぜか「話が通じ合っている」人々がいて、大変不思議です。言葉の意味について共通了解を得るとか、そういう習慣が無いのかも知れませんけど。」
と、言われるあなた。

ふっ〜〜〜

すごいですね。
あなたは。

少なくとも私は誰に対してもそのような事は言えません。
ぜひ、お教えいただきたい。
どのように振る舞うことが是なのか、、、


投稿: せとともこ | 2009年4月 2日 (木) 21:43

せとともこさん、今晩は。

申し訳ありませんが、後ろの方は、何を訊かれているかが、よく解りません。

(もしかすると、私の文が解りにくいのかな。はてブの「意味不明」というのは、私のコメントにかかっているのだろうか。)

ともかく、
▼▼▼引用▼▼▼
少なくとも私は誰に対してもそのような事は言えません。
▲▲引用終了▲▲
ここは、ちょっと何を指摘されているのかが判然としないので、追加で説明をお願いします。私の文に不備がある場合は、速やかに修正・補足します。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 2日 (木) 23:02

>せとともこさん「どのように振る舞うことが是なのか、、、」

私が聞かれたわけではないですけど、「それってどんな人/誰の事?」と尋ねるとか、「あ~、こういう人の事?」と確認するとか、しないんですか。
もちろん、印象や雰囲気だけが残り(だけを楽しみ)内容はその場で消えてなくなるような軽い日常会話のノリでしたら、いちいちそんな確認をする必要はないのかも知れませんけど、その名の通りログが残り、衆人の目に晒されるブログ上で発言・会話するのに、お互い異なった「藁人形」について話しているような事態になるのは避けたいと、普通は思うものではないのでしょうか。
――というか、自分でうまい言葉(たとえば「科学教」とか)を思いついたとき、それについての具体的説明なしにその言葉を使うというのは、意志疎通の意志があるんだろうか……と思わざるをえないんですよ。これは「言葉や字面のニュアンスで分かれよ!」と叱られるべき「KY」な感覚なのでしょうか。私なんか、小心者ですから、「字面だけで判断されちゃうと、自分の感覚とは違う受け取り方をされるかも知れない」なんて、どうしても思っちゃうんですよね。
なぜか「話が通じ合っている」人たちに、そのへんの自分の言葉のセンス・感受性に対する自信の源泉をぜひとも学んでみたいなぁ……とは思います。自分は出版物の校正の仕事をしているので、このへんの問題はとても切実なんです。


>TAKESANさん

いちいち意味を調べたり尋ねたりするのが面倒だったり、恥ずかしかったり、場の雰囲気的に「KY」だったりすると、字面や文脈で勝手に意味を判断して話を合わせる事は、日常会話ではとても多いと思うんですけど、私だけかな?(苦笑)
それでもログが残らない日常会話では後で大恥かいたりする事は少ないですけど、ネット上での書き込みでは後悔する事だらけです。アレとかアレとか、消して欲しい・なかった事にして欲しいコメントがあちこちに……(汗)。
【補記】仕事上の付き合いのある皆さまへ。校正の仕事では、そのような手抜きは一切していない(つもりです)ので、ご安心下さい。

投稿: 田部勝也 | 2009年4月 2日 (木) 23:11

▼▼▼引用▼▼▼
中にはそういう人間もどこかに存在するかも知れませんけれど、結局説明に具体性を欠いていたら誰も話を聞かない……と思いたいけれど、実際は、なぜか「話が通じ合っている」人々がいて、大変不思議です。言葉の意味について共通了解を得るとか、そういう習慣が無いのかも知れませんけど。
▲▲引用終了▲▲
この部分について。

「いかが思われますか」、というのは漠然としていてよく解らないのですが、文が良くないかも知れないので、一応、別の書き方をします。括弧して付け加えます。

▼▼ここから▼▼
中にはそういう(科学を妄信する)人間もどこかに存在するかも知れませんけれど(自分は見た事が無い)、結局説明(科学教とは何か、どんな人がそれに入るか)に具体性を欠いていたら(どこの誰かという具体的説明)誰も話を聞かない(一般論過ぎて耳を貸さないはず)……と思いたいけれど、実際は、なぜか「話が通じ合っている」人々(意味の曖昧な語をテーマにして話が出来ている人)がいて、大変不思議です(テーマの概念についてきちんと突き詰めないままに話が進むのが不思議)。言葉の意味について共通了解を得るとか、そういう習慣が無いのかも知れませんけど(その習慣があれば、概念の定義などは蔑ろにされない)。
▲▲ここまで▲▲

------

田部勝也さん、今晩は。

特に、何かを批判する文脈だと、言葉の意味について共通了解があるか、というのは重要だと思います。
これは、必ずしも厳密に定義せよ、という事では無いんですよね。意味にゆらぎがあるのなら、それ自体を把握しておく、と言いますか。

ちなみに、私のこのエントリー、poohさんの所での ねこ さんのコメントを見て書いたものです。それ自体が全然突き詰められていない「科学教」という語を用いて論を進めるので、そりゃ空疎じゃありませんか、と思ったのでした。
で、科学教という言葉を真面目に突き詰めているものをほとんど見た事も無いし、最近見かけるのはまるで張りぼてのようだ、と認識した訳ですね。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 2日 (木) 23:22

あ、後、せとともこさんの仰る事の何が判然としないか、書いておきます。

 >すごいですね。
 >あなたは。
これはまあ、皮肉混じりの私への批判でしょう。

 >少なくとも私は誰に対してもそのような事は言えません。

そのような事、が解らないです。

 >どのように振る舞うことが是なのか、、、

「何について」振る舞う、のを訊かれているのかが解らないです。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 2日 (木) 23:30

こんばんは。
そうですね、、、

私はいつでも思うのは「人はいろんな面を持っている」ということです。
このテーマに関しては、同じであるが、これに関しては違うと言うことはざらです。
このエントリーに関して具体的に書くならば、ズバリ面影さんのことであると思うのですが、、、

面影さんに関して言えば、私も自分のところでは何回もやりあっています。
技術開発者さんとLooperさんと私、VS
面影さんと愚樵さんです。
ニセ科学に対してはかみ合わないところもいっぱいあるんです。
が、
が、
それでも、標榜するものが同じであるものは一杯あるんですね、、、
私が思う苛立ちと同じものを向こうも感じているんです。

だから、私はいつでも「保留」なんですね。相手に対して。
またそれは自分に対しても。

すくなくともあなたのように「中にはそういう人間もどこかに存在するかも知れませんけれど、結局説明に具体性を欠いていたら誰も話を聞かない……と思いたいけれど、実際は、なぜか「話が通じ合っている」人々がいて、大変不思議です。言葉の意味について共通了解を得るとか、そういう習慣が無いのかも知れませんけど。」とは言えません。

ご自分が不思議と思うかたがたに対して、その解釈が「言葉の意味について共通了解を得る習慣がないのかもしれない」、
なんて、、、

おいおい。
と思うわけですよ。

あなたの当該コメントを読んだとき、
その一刀両断(ご本人はそうは思っていらっしゃらないのだろうが)に、
ビックリというか、、、驚嘆というか、
すごいというか、、、
正直、「どうして、一面だけで判断できるんだろう」と思ったのです。
そして、
私のように「保留」は是ではないのか、、、とも。
それであなたの当該コメントについてお聞きしたかったのですが、

これがお尋ねの後半に対しての質問です。

次にそもそもの質問。

poohさんのところでのあなたの質問内容と、このエントリーを見ながら、
率直に思ったことは、
「揶揄しているのかな????」ってことだったのです。
揶揄ではなく、
誠実に、宗教と科学、あるいは面影さんが問題にされていることを考えていらしたのなら、それは私の誤読です。


と、言うことで、このエントリーの意図をお聞きしたかったのです。

まだ説明不足で意味不明ならお申し出ください。
さらに書きますが、、、、、

投稿: せとともこ | 2009年4月 2日 (木) 23:50

えっと、

▼▼▼引用▼▼▼
まだ説明不足で意味不明ならお申し出ください。
▲▲引用終了▲▲
今もって意味は掴めませんが、これ以上の説明も必要はありません。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 3日 (金) 00:08

むかし、何かってと「科学真理教」だとか言う人々、つーても二人ほどですが、としょっちゅう論争していた時期があったのを思い出しました。
「科学真理教の人がこのような振る舞いをするのはこれこれこういう機序でだろう」みたいなことを良く言うのですが、何度「だからそれは具体的に誰のことなんだ」と訊いても、決して答えてくれなかったですね。でも、そういう事を言う二人の間ではなんか勝手に話が進むんですよ。具体例がないのに。
なので最後?の方では、「あなた方の妄想の中の人々の言動の責任はあなた方が自分で取れ」みたいな事を言うに止めるようになりましたっけ。

…と、背景を知らないので外してるかも知れませんが、楽しくもない思い出話でした。

投稿: disraff | 2009年4月 3日 (金) 01:46

僕は明確に「逝きし世」氏のことを話しています。
あちらが「科学教」の文脈で僕を名指ししておられますから、あちらから見れば僕は「科学教信者」なのでしょう。しかしながら、氏の発言を読む限り、科学を盲信しているのはあちらなので、結局「科学教信者」なのはご自身ではないでしょうか。

氏については、「議論する気のない人」であって「議論する価値はない」と僕は考えているので(いくつか、氏のかかわった議論を読みましたが、都合が悪くなると「負けない」ように論点をずらしていく、典型的な「負けなければ勝ち」型の論者であると判断しました。そういうかたと議論するのは無駄です)、僕にとってはそれで充分ですが、もちろんその考えを他人に強制するつもりはありません。

ただ、「科学教」という言葉を使っておられるのは氏ですから、その言葉の責任は氏が取られるがよいのだと思います。とりあえず、「科学教」という言葉がお好きらしいので、ご自身が科学教信者であるという指摘はさせていただきました。もちろん、僕はそんな言葉は嫌いだし、誰かを「科学教信者」と呼んだところで、何か意味があるとも思いません。

投稿: きくち | 2009年4月 3日 (金) 02:30

せとももこさん、おはようございます。

少し、批判がわが身に跳ね返ってきたようで、少し恥ずかしいです。で、追記します。

私のコメントもpoohさんのところでの、「逝きし世」氏のことを言っています。(それ以外は知らないので)


投稿: zorori | 2009年4月 3日 (金) 07:06

おはようございます。
私はpoohさんのユーモアのセンスに脱帽しています。ご本人は何の事かと言うかもしれませんけれども。申し訳ないですが秀逸な現状把握に、笑ってはいけないところで大笑いしてます。ネットでよかった。

投稿: ちがやまる | 2009年4月 3日 (金) 09:45

ROM向けに丁寧に付き合っている方の言説は、時々ツボに入ります。
「おまえアホだろう?」という言葉をグっと飲み込んで、真摯(に見えるよう)な態度で返信、大人です。
大人のお笑いセンスです。(脱帽・・・いや違・・・)

投稿: トンデモブラウ | 2009年4月 3日 (金) 10:45

せとともこさん、

ここにコメントをお書きになった時点では 2009-04-03 10:52 付で「逝きし世の面影」名義でpoohさんのところに書かれたコメントは未読と思いますが、それを読まれた後でもご意見は変わりませんか?

投稿: かも ひろやす | 2009年4月 3日 (金) 11:08

皆さん、今日は。

私も、皆さんと同じ事を対象にしています。disraffさんの出されたエピソードは、ほとんど同型ですよね。

「科学教」という言葉を用いて意味の曖昧な非難を繰り広げているのは誰か、とまず考えるのが良いと思っています。きくちさんを名指ししての非難は意味が解らないし、「ニセ科学批判者」一般に敷衍するのも曖昧。そのままずるずると論(になっていないけれど)を進めるものに、一体何の意義があるのか、と。

---

余談めきますが。

私がイメージしたのは、窪塚さんと江本勝氏の対談だったりします。
参考資料⇒http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/20070218/p2

投稿: TAKESAN | 2009年4月 3日 (金) 11:26

こんばんは。

根っからの野次馬根性で覗いてきました。
・・・デジャブな感じですねぇ。
読み飛ばしてはいけない読み飛ばしてはいけないと呪文を唱えなければ、しゅしゅーとマウスでスクロールする自分が止められません。うっかりすると口が開いたままになっちゃうし。
私はこういう方って現国は苦手だったんじゃないのかなぁといつも思うんです。ありますでしょ、この文章の要点を○○字以内で書けって問題。

投稿: うさぎ林檎 | 2009年4月 3日 (金) 19:42

あー、後からまとめて読もうとすると、きついですね、あれは…。

いやあ、私も結構長くなっちゃう事あるんで。あまり人の事は言えない(笑)

投稿: TAKESAN | 2009年4月 3日 (金) 22:29

無礼な言動は糾弾されて仕方ないと思いますが、無知というのは糾弾するものではないと思います。せとさんがその辺の事を言っておられるならわからないでもないと思います。

だからといって、暖かく接しようというだけが誠実な対応でもないと思います。
ただ(とまた逆接が入ってすみません)、ちょっと気の毒というかつらい感じがしてきました。うまくソフトランディングできないものでしょうか、と(思うだけは)思います。

投稿: ちがやまる | 2009年4月 4日 (土) 14:39

私としては、無知であるにも拘らず、それを全く省みずに頑なに的外れな意見を言う、という態度は糾弾されても致し方は無いと思っています。で、それは物言いと切り離せないものでもありますよね。会話に近いやり取りですし、その辺の配慮は重要な部分かと思います。

その観点からすると、poohさんの所にいらしてる方は、論外でしょうね。ずうっと前から同じような事をひたすら言い続けてきているし。

------

余談。

実は、kikulogで一度、完全スルーした方がよろしいのではないか、と書いた事があります。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 4日 (土) 14:57

だから僕は「議論できないことはわかっている」と書いたんですけどね。

投稿: きくち | 2009年4月 4日 (土) 15:39

こんばんは。
じつは、ちょっと落ち込んでいます。
ここでの最初のコメント、さらに、かもさんから私に、私の意向を質されたときも、
「ここまでひどい」とは思わなかった、、、のです。

ご本人のブログで、過去にかなり辛い思いもし、いろんな経験もなさった方だと書かれていたし、
労働問題や経済には蘊蓄もあるのですが、、、

話せばわかる。
だから、ここで言うことを本人に直接言うことで向き合ってほしいと、私は本気で願いました。
だからここでのやりとりに、
批評に、
腹立たしくもあり、
不信ももったのだが、、、
が、、
が、、、

今は、
私はわからない、、、

本当に、わからない。

ただ、自分のことはわかるので、
TAKESANさんにひとこと。
かなりキツイこと言ってごめん。
あのとき、本当に、私は本人を知ってもらいたかったから。
だから、あなたの高見の言い方においおいと思ったのです。
でも、今は、、、、
その後のpoohさんちの展開の凄まじさに言葉がありません。


どうしたらいいのか、今はわかりません。

面影さんに、
なんとか、冷静になってほしいと願うばかりの私です。


投稿: せとともこ | 2009年4月 4日 (土) 21:22

>きくちさん

それで、議論になっていないにも拘らず、なぜだか議論が成立していると思い込んでいる風である、のが不思議ですよね。これまでにも幾人か、そういう方がいらっしゃいましたけれども。

------

せとともこさん、今晩は。

私に詫びる事は無いと思います。気分を害している訳でもありませんし、上でも書いたように、何を言われているかよく解らなかったので、どちらかと言うと、困惑、が近いです。

こういうのを書いて良いものか判りませんが。

あまりに婉曲な表現は、却って事態をややこしくする場合があるかも知れません。少なくとも私に関しては、文体さえ丁寧にしてもらえれば(言葉遣いには拘る人間なので、ここはあまり譲れませんが)、ストレートに批判されても、ちゃんと聞きます。

何を言っても聞かない人、というのはいるものです。それに、むちゃくちゃに罵倒されているきくちさんに対して、よくあそこまで我慢しているな、とか思いません?

投稿: TAKESAN | 2009年4月 4日 (土) 22:02

あそこも段々「議論出来ない人の巣窟」になりつつありますね。

投稿: 黒猫亭 | 2009年4月 4日 (土) 22:19

誤解を招く表現でした。正確に謂えば「これから議論の出来ない人の巣窟になる可能性が高くなってきた」と謂うところでしょう。

投稿: 黒猫亭 | 2009年4月 4日 (土) 22:38

黒猫亭さん、今晩は。

あまりごちゃごちゃになると収拾がつかなくなるかも知れない、と心配です。いや、既にその感がある訳ですが…。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 4日 (土) 22:59

自分もこの件には絡んでますのでお邪魔致します。

> 氏については、「議論する気のない人」であって「議論する価値はない」と僕は考えているので

はい、全く同様の印象を持っています。
加えて、無意味に罵倒語を使うという癖もお持ちですし、自分の主張に同意してくれない人は敵だと認定し、的外れなレッテルを貼っちゃうというとことん困った方ですので、議論はほぼ成立不能です。

私も、彼がそういう方だと知っていたので、こちらからは決して絡まないようにしておりましたが、向こうから絡んできたので仕方なく相手をしたのですが、結果は予想通りのものとなりました。

ただ、せとさんが言いたいことも私もよく分かるんです。欠点をあげつらって切り捨てるのは簡単だけど、そうじゃない良いところも見てあげて欲しいという事なんだろうと思うのです。

私も、その点での思いは同じなので、議論を成立させるための私なりの努力は行ったつもりですが、力不足でした。だからといって、こちらに何らかの瑕疵があるとは全く思いませんが・・・

まー実際、非科学的な事を書いてしまったり、ニセ科学を信じてしまったりした人に、その事だけをもって人格批判を投げたり、晒して嘲笑したりするという勘違いされた方達もいますからね。そうならないようには、注意したいです。

投稿: Looper | 2009年4月 4日 (土) 23:11

批判は本人にむかって行なうべきの類の批判は、せとともこさんに限らず多くの人からききますが、それは、実務的に無茶な要求です。本当にそれを実行したら、批判する側も批判される側も破綻します。

たとえば、私ら教員は、学生に対して、「この本はオススメ、あの本はダメダメ」と紹介することが業務の一部ですが、これを、本人のいないところでの批判だからと抑制したら、授業・演習が成立しません。受講生が不利益を被ります。逆に「あなたの著書の悪口を○月○日の○○演習で学生に話しました。詳細はかくかくしかじか」といちいち連絡していたら、著者のメールボックスが溢れて業務ができなくなります。著者へのDDoS攻撃です。

投稿: かも ひろやす | 2009年4月 4日 (土) 23:45

> かもひろやすさん、

そんな一般化して常にすべきだなんて、せとさんは言ってないと思います。
poohさんちに本人がいるんだから、批判を書くならそっちで本人宛に書いたらどうか?という意味だと思われます。

投稿: | 2009年4月 5日 (日) 00:47

↑名前を入れ忘れました。

投稿: Looper | 2009年4月 5日 (日) 00:48

> poohさんちに本人がいるんだから、批判を書くならそっちで
> 本人宛に書いたらどうか?という意味だと思われます。

瀬戸さんのブログ(瀬戸智子の枕草子)の"「弾道ミサイル破壊措置命令」を発令、、、かぁ。フッゥウ〜〜〜〜"というエントリーのコメント欄には次のようにはっきりと書かれています。

(前略)
>> つまり本人がいないところで、アレコレ言わずに、
>> 折角poohさんが場を提供してくれたのだから、本人がいる
>> ところで、おおいに批判をすればいい。
>> ご自分がブログで書いていることをぶつければいい。
>> 本人に言わないことを「うら」でやるのは????と感じ
>> た次第。
(後略)
>> 投稿: せとともこ | 2009.04.03 12:15

しかしこのエントリーのせとともこさんの3つのコメントからは上記の意図を読みとることは出来ません。
3番目のコメント(投稿: せとともこ | 2009年4月 4日 (土) 21:22)では
>>> 話せばわかる。
>>> だから、ここで言うことを本人に直接言うことで向き合って
>>> ほしいと、私は本気で願いました。
と近いことをお書きになってらっしゃいますがだいぶニュアンスが違います。

瀬戸さんのブログをチェックしていない方には判らないだろうと思い、Looperさんの解釈の根拠を提示しました。
ですが私はかもさんのご意見に同意します

投稿: 越前 | 2009年4月 5日 (日) 06:32

べつにあそこはカオスでいいです。
主題と関係ない、つまらない話を始められるのは迷惑ですけど。

異論もありましょうけど、正直ぼくはだいぶ寛容にふるまってきたつもりですけどね。それでも足りない、と云うのだったら、それは「おとなの話題に首をつっこむな」と云う評価になるかと。

投稿: pooh | 2009年4月 5日 (日) 06:35

>poohさん、

いや、十二分に誠実かつ寛容に扱っていらっしゃって凄いと思っています。
私じゃ、あんな風には議論を維持できません。

「議論になってるか?」というツッコミはありましょうが・・・

投稿: Looper | 2009年4月 5日 (日) 08:15

越前さん、

補足をしていただきありがとうございました。

>ですが私はかもさんのご意見に同意します

私も同意・不同意を脇に置いて、せとさんのご意見への誤解を解いておこうとしただけですので、私も全面的に彼女のご意見に同意しているわけではございません。

例えば、面影さんのブログに直接コメント寄せたらどうなるか?彼は、すぐに都合の悪いコメントは削除して、自分が議論に勝ったような体裁を作っちゃいますので、議論は不可能です。だから、本人に直接言う方が適切で無い場合もあります。

ただ、堂々と批判したいなら、トラックバックを送って批判相手に知らせる位のことは推奨されるとは思いますが・・・

投稿: Looper | 2009年4月 5日 (日) 08:23

>poohさん

自分の喧嘩の為なら誰にどんな迷惑がかかっても識ったことじゃないとか、喧嘩相手がいるのを見附けたら辺り構わず喧嘩をおっ始めようとするような手合いには、あのくらいでちょうどいいと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2009年4月 5日 (日) 09:03

「主題と関係ない、つまらない話を始められるのは迷惑ですけど。」
これ私のことかと思って相当冷汗を流しました。 でも、よかった(よくない!!)。

かもさんやきくちさんと共にポワンカレを論じるとは、彼の論客は実は大したものだったのですね。(違!)

投稿: ちがやまる | 2009年4月 5日 (日) 10:07

皆さん、お早うございます。

私自身は、かも ひろやすさんに賛同するものです(せとともこさんがどう思っているかは、別の話として措きます)。

後、繰り返しますと、せとともこさんのコメントによって私が気を悪くした、という事は無いです。端的に言って、それ以前の話だと思うので。

越前さん、コメントを教えて頂いて、ありがとうございます。未読でした。

poohさんは寛容ですよ。大いに。

ポアンカレに関するやり取りは、普通に勉強になりました。儲けものです。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 5日 (日) 10:48

みなさんご存知のとおり、話題の脱線も複線化もうちではかまわないんですよ。ポアンカレについての対話なんて、なんと云うか、そう云ううちのカラーの醍醐味、ですよね。ぼくも得した。

個人的に問題としているのは、その場の主題にも関係なく、ほかの方々の興味の方向からしても適切でない話題を持ち出して、それに執着するようなふるまいのことです。
それはうちではご遠慮願いたいな、と云うだけでした。

投稿: pooh | 2009年4月 5日 (日) 13:32

私も、流れで脱線したり他の話題になったり、は歓迎しますが、あまりに唐突なもの、は困惑しますね。

あちらのエントリーでのコメントは終了、という事で、お疲れ様でした。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 5日 (日) 17:57

困惑(圧倒されない程度の試練)から変異体も新しい文化も育ってくる、ということで、新年度もがんばりますっ。(ふう、やれやれ(自分)。)

投稿: ちがやまる | 2009年4月 5日 (日) 18:48

せとともこさんのところのコメントは読んでいたので、それとこちらでのコメントを混同していたようです。そこで、「せとともこさんがご自身のブログのコメントとして書かれたことに反対」と訂正します。それをここで続けるのも筋が悪いし、あらためたあちらに書くほどのこととも思えないので、この訂正でおしまいにします。

投稿: かも ひろやす | 2009年4月 6日 (月) 02:03

おはようございます。
混乱を招いてしまいましたね、、、
今回の話題の発話責任として、個人的に獲得したことと、これらの課題について書いて、私自身のこの問題の決着とします。
①TAKESANさんへの最初のコメントは、「背景」としては、先にLooperさん、越前さんご指摘通りです。
そして、
「きっかけ」は、私のそもそもの一番先のコメント通り、TAKESANさんの「言語理解云々、、、」コメントです。
背景というか、本来、伝えたいことを伝えず、「きっかえのコメント」に対して、あまりにストレートに球を投げたので、TAKESANさんを困惑させましたね、、、
考えてみれば、メールでよかったのに、、、
反省。
いつも、「批判の仕方」について、TAKESANさんのエントリーを読んで、私自身もここで意見を表明しているにもかかわらず、今回
大ざっぱな書き方をしました。
言いたい事が伝わらず、かえって混乱を招いてしまいました。私の「まだまださ」です。
これからの私の課題とさせてください。

②かもさんへ>
ご指摘ありがとうございます。
本来はここに書くべきではないのですが、行きがかり上、ここに書かせて下さい。

私もおっしゃるように、
「批判は本人にむかって行なうべきの類の批判は、せとともこさんに限らず多くの人からききますが、それは、実務的に無茶な要求です。本当にそれを実行したら、批判する側も批判される側も破綻します。」には賛成です。

ただ、私は今回、かもさんがその後提示された例に対し、私の主張とどの部分が当てはまるのかわかりません。

「本人のいないところでの批判だからと抑制したら、授業・演習が成立しません。受講生が不利益を被ります。」とかもさん

?????????
あのぅううう。
そのような事申しましたか?
私もブログで、本の感想などでバンバン作者への批判をしたり、
また、教えている生徒にも、講義内容についての批判はしています、、、、
また内田さんや茂木さんに対しても、自分の感想をバンバン書いています。


「逆に「あなたの著書の悪口を○月○日の○○演習で学生に話しました。詳細はかくかくしかじか」といちいち連絡していたら、著者のメールボックスが溢れて業務ができなくなります。著者へのDDoS攻撃です。」


あのぅうううう。
これも私は一切、このようなことは申していませんが?????

私が自分のブログで書いた事は、
ネット上でのやりとりで、
本人がブログにコメント欄を公開、トラックバックを受け付けているのなら、
いろいろな思いはそこに書くべきではと、というものですが、
これは「非」ということなのでしょうか???
今回の件で具体的に言うなら、
まず、
面影さんにたいして、私のところでグダグダ言わずに、きくちさんに言いたいことがあるのなら、kikulogにコメントをすればよい、と書いたのですが、、、
きくちさんはコメント解放していますよね?

またTAKESANさんに対しては、先に書いたとおりです。

ネットでの情報公開、そして対話のあり方、それも異論が有る場合、どのようにし納得と理解を共有できるか???
如何にあるべきか????
それを、考えるとても良い機会になりました。
これが私の次の課題です。


と、言うことで、私個人は見えてきたもの、これからの課題、そして、反省をもこめて、凄く学ばせていただきました。
最後に、
やっぱりTAKESANさん、ごめん。
考えてみれば、「相手に誠実に対応しろ」なんて、本当に余計なお世話だね。
反省!!!!

みなさん、ご心配と混乱させてごめんなさい。
また、遊びにきますが、よろしく!!!

では、これからテポドン記事、書いてきます。

投稿: せとともこ | 2009年4月 6日 (月) 10:45

こんにちは、皆さん。

なんていうかな、昔は良く「世間様に嗤われる」なんて言い方をしたけど、たぶん今の人はしないんだろうな、なんて思います。

私は「法という強い規範と罰という強い強制力」「道徳やマナーという弱い規範と『嫌われる』という弱い強制力」なんて話をしますが、いわゆる「世間様に嗤われる」的な部分というのは、この弱い強制力の存在をきちんと認めるという事で有ったわけです。

ここにおいて、「世間様」とは何か?ですね。それは面と向かって「馬鹿だなぁ」とか言ってくれるものを指している訳では無いと言うことですね。その部分を少しお考えいただければと思います。

投稿: 技術開発者 | 2009年4月 6日 (月) 11:25

皆さん、今日は。

そろそろ終いにします。お疲れ様でした。

後、メールじゃ無くていいです。と言うか、公開の場ではよほど言いにくい、という場合以外は、こっちに書いてもらう方が望ましいです。

投稿: TAKESAN | 2009年4月 6日 (月) 11:57

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