こころがまえ
科学は,まだ本格的に生れてから数百年にしかならない学問です。科学によって説明できないことはみんな迷信だ,とわりきることこそ,本当は科学に対する迷信なのです。
科学はまだこれからどんどん発展する学問です。そうでなかったらあなた方はがっかりするでしょう。昔の学者がみつけたことを教科書にして,それを覚えるだけが科学の勉強なら,これほどつまらない勉強はありません。科学は生きている学問です。あなた方の目の前におこるすべての現象に,はてな? と疑問と探求の心をむけてごらんなさい。そこに本当におもしろい学問としての科学があるのです。
米山正信 『化学のドレミファ 1 反応式がわかるまで』(P203)
昨日ご紹介した本からの引用です。本当は、きちんとストーリーの流れを追った上で読んだ方が良いのですが、名言なので、敢えて無粋な真似をしました。是非とも、直接本書に目を通してみて下さい。
先日ご紹介した、中谷宇吉郎博士の文とも通ずる所がありますね。いずれも、よく噛み締めたい名文です。
科学は何もかも解っている訳では無いし、何もかもが解る訳では無い。だから、その限界や方法をちゃんと弁えて使っていく必要があります。解っていない事を解っている、と言ってはいけないし、まだ確かめられていないものをあり得ない、と決め付けてしまってもいけない。もちろん、もう解っている事を、まだ解っていない、と言ってしまってもいけないのです。
ところで、中谷博士の師である寺田寅彦翁は、次のような事を言われたそうです。中谷博士の姿勢とともに書いてあります。
中谷は、科学への姿勢として寺田から深い影響を受けた言葉を紹介している。
それは、
「ねえ君、不思議だと思いませんか」
という、ひと言である。自然を相手にしたとき、常に自分自身で驚きを感じなければならないという教えを、中谷はこの実にシンプルな言葉から学んだ。そして、もうひとつ、
「一番大切なことは、役に立つことだよ」
という言葉を、中谷は終生大切にしている。「役に立つ」というその科学観こそ、その後の中谷の研究を大きく方向づけるものに他ならなかった。
中谷宇吉郎への旅-雪のパラダイス:北海道人
自然を見て不思議だと思うこころ、そして、その仕組みを知りたいというこころ。科学の根本には、そのような姿勢があると思います。その事を大切にしたいものですね。
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化学のドレミファ〈1〉反応式がわかるまで 著者:米山 正信 |
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科学の方法 (岩波新書 青版 (313)) 著者:中谷 宇吉郎 |
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