音楽を「聞かせる」
はてブ界隈で話題になっている、そばで音楽を鳴らしたら農作物がよく育つ、とか、○○が美味しくなる、という説を、どう評価するか、という問題。
これは、「メカニズムの想定」いかんによる、と考えるべきだと思います。
たとえば、植物が音声を知覚して云々、という生理・心理学的メカニズムがあるものと看做して、「音楽を植物に”聞かせたら”」などと言ってしまっては、それは明らかにアウトでしょうね。文字通り、「植物が”聞く”」のを想定している。
対して、「そばで音楽を鳴らしていたら」というものだったら、それは「あり得る」話として見る事は、一応可能。メカニズムとしては、音楽を聴いた人間がリラックスして良好な状態になり、結果的に植物の育て方に影響を及ぼす、というもの等。いずれにしろ、音楽を聞かせるという変数と、植物や動物の育ち方や味などの変数との関連を見ていって実証しなくてはならない。もちろんこれは、人間の心理状態という変数が干渉しているの可能性がある訳だから、そこら辺をきちんと操作して実験デザインを組む必要がある。
そして、特に心理状態には関係無く、音楽の種類という因子が効果を及ぼしていると判明した場合に初めて、音楽そのものが影響を与える、という科学的命題が説得力を持つ事となるでしょう。そうで無くて、心理状態が大きく関わるのだとすれば、何も音楽で無くても良い訳で。あるいは、「リラックス出来る好きな音楽」であれば良い、とも考えられます。
で、どうやら音楽そのものが影響を与えているようだぞ、と判ったら、それから、音楽の何が一体影響を与えるのか、というメカニズムの追究にも向かっていく。もちろん、アプローチとしては、同時に両面的に行っても良い訳です。
取り敢えずは、このどちらを想定しているのかを見ていくのが、問題の整理に役立つのではないかと思います。
それから、もうちょっと考えてみると、「”音楽”を聞かせる」とはなんぞや、という疑問も出てきますですね。主張によっては、「クラシックを」とか「モーツァルトを」聞かせる、なんてのがあります。で、音楽の一ジャンルを採り上げて、それが良い影響を与える、と言っている訳で、それはどうなんだろう、と。クラシックやモーツァルトの音楽に通底する物理的な因子があるのかいな、と思うんですよね。なぜメタルで無くてクラシックなのか、なぜクラシックの中でもモーツァルトなのか、とね。
それで、筋の悪い人は、その通底するものとして、「波動」などを挙げるんですよね。ニセ科学まっしぐら、と言うか。本当は、そういう事を言う前に踏み留まらないといけないのですが。
まとめると、「音楽を聞かせたらよく育つ(美味しく育つ・長持ちする、等々)」という命題自体、皆が同じように解釈する訳では無いよ、という話です。きちんと定義せず共通了解を得ないままにしておくと、議論が混乱する可能性がありますね。そもそも理論的に何を想定するか、とか、作業仮説をどう設定するか、とか。それから、実験をデザインして、それが適切かを吟味する。
こういうのは、ブラインドテスト的な実験は難しそうです。どういうやり方があるでしょうか。たとえば、いくつかのブロックを2グループに分けて、それに音楽を聞かせ、農家には、何をどれに聞かせるか教えない、というやり方があるかな。皆が寝静まった夜(何か歌の歌詞みたい…)に研究者が聞かせにいく、と。そうすれば、どちらを聞かせたかの情報を知る事による影響を無作為化出来るかも。
ここら辺を総合的に鑑みるならば、私としては、ベネッセの書き方は、かなり慎重さに欠くと思います。で、城戸氏の言い方に関しては、これはよく解らない。エントリーを見て、娘さんの教育にはあまり良く無い、もっと言い方があったのでは、という意見も見られましたけど、そこまで言える程の情報も無いでしょう。後でどんなフォローがあったか知らないし。自分はああいう言い方はしないだろう、というのはありますけど、そのくらいです。
書かれた事が水伝と同レベルであったかと言えば、全く同じようなものとまでは言えないかな、という感じですね。ただ、危ういものではあるでしょう。灰色っぽい。
参照:
ベネッセのトンデモ本:回答編 - Skepticism is beautiful
余談。
城戸氏が血液型性格判断に肯定的だ、というのも話題になっています。こちらは、専門家でも、知らない事についてはおかしな話をする場合がある、というケースと見られますね。
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