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2009年3月 3日 (火)

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あるニセ科学批判者の悩み - Skepticism is beautiful

エントリーの内容に同意します。

そして、コメント欄が大変興味深い。引用します。※以下、引用は全て原文ママ

以前私が自分のブログで「ニセ科学批判に魅力を持たせることは可能か?」というエントリを書いたときに、lets_skepticさんから「お願いですから「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでくださいね。だからこそ、できることもあるんですから。」という退路を絶たれるような痛烈なコメントをいただき、まさに「批判者が怖い」とか「袋叩きにされるかもしれない」という印象を持ったので、このエントリは正直に言って意外でした。

これは、wackyhopeさんの書かれたものです(wackyhope  2009/03/02 22:34)。wackyhopeさんと言えば、ニセ科学批判に魅力を持たせることは可能か?|Beauty Science, Beauty Marketing, and Beauty Communication. -美容・化粧の科学とマーケティングと。という良エントリーを上げられた方で、上のコメントも、そのエントリーに関して述べられています。

で、lets_skepticさんの所でのコメントが興味深いと思ったのは何故かと言いますと……。

私が知る限り、lets_skepticさんは、ニセ科学を批判する方の中でも、最も穏当で丁寧な批判をされる方のお一人である、と考えています。そのlets_skepticさんが、「相当委縮した。」とwackyhopeさんに言わしめるような物言いをしたというのは、大変意外と言いますか、えっ、と感じたのでありました。

と、ここで、lets_skepticさんがwackyhopeさんのブログに書かれたコメントを引用してみましょう(lets_skeptic 2009-02-23 14:06:23)。

 というわけで、今こそwackyhopeさんのような問題意識を持った人が進んで活動を行うといいんじゃないでしょうか?お願いですから「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでくださいね。だからこそ、できることもあるんですから。

この部分を読んで、wackyhopeさんは、

lets_skepticさんから「お願いですから「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでくださいね。だからこそ、できることもあるんですから。」という退路を絶たれるような痛烈なコメントをいただき、まさに「批判者が怖い」とか「袋叩きにされるかもしれない」という印象を持った

との事なのですね(lets_skepticさんのブログより再度引用。途中でコメントを切ってるので、元コメントもご参照下さい)。

それで、改めて読んでみますと、もしかすると、wackyhopeさんはlets_skepticさんのコメントを若干読み違えたのではないか、と思うのです。

もう一回、件のlets_skepticさんのコメントを引用してみます。

お願いですから「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでくださいね。だからこそ、できることもあるんですから。

私はこれは、専門家では無いから、充分な知識を持っていないから、として過度に躊躇せず、あるいは萎縮せずに、ニセ科学批判の活動をされてはいかがだろうか、という意見もしくはアドバイスである、と読んだのです。と言いますか、lets_skepticさんの普段の言動を鑑みれば(敢えて書くと、「バイアスをかければ」)、そうとしか読めないのでした。つまり、「後押し」です。「退路を断つ」、では無く。ニセ科学批判はややこしいように見えるかも知れないけれど、そんなに構える事無く、真摯で丁寧にやっていけば良いのではないか、と。もっと深読みすると(し過ぎだと思うけど)、バックアップは惜しまない、というメッセージも入っているかな、なんて。

私の読解が適切かは解りません。しかし、lets_skepticさんの書くものを愛読し、やり取りを何度もしている経験から、このような読み方も出来るのではないか、というのを書いてみようと思いました。これははっきり、「擁護」です。私がニセ科学批判で重要だと思っているのは、フォローする事、だと考えています。当然それは、思ってもいないだろう事を後付けにして取り繕うのでは無くて、これはこういう意味なのでは、と解釈し、文脈を補ってフォローしていく、という事。それはとても大切です。文の解釈というのは、書き手に関する知識にも依存するから、その読み方は書き手の真意と違っているかも知れませんよ、というのを説明していく。外にいる者が補ってあげる。

もちろん、その読解自体が誤っている可能性もあるから、そこは指摘してもらう。特にWEBでのやり取りは、その辺が柔軟に出来るので、積極的にやっていきたいものです。

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ちなみに私は、wackyhopeさんのエントリーとおそらく関連するものとして、このような記事を上げました⇒Interdisciplinary: 万能包丁

これは、wackyhopeさんのブログのコメント欄でwd0さん(かも ひろやすさん)が書いておられる「銀の弾丸は存在しない」という部分と、共通すると思います。※「万能包丁」は、文字通り、「何の素材にでも使える包丁」、とでもしておいて頂ければ

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

私がやりたいのは、「この素材に使えそうな包丁を鍛錬して研いでおきましたので、よろしければ使ってやって下さい」、というものです。で、「なまくらなら遠慮無く捨てて下さい」、と。

決して、「それは私が料理してあげます」、を主たる目的としている訳ではありません。そういう意味で、信じている人を積極的に説得する、というのはやりませんし、簡単に出来るものでも無いと思っています。

これを切る包丁が欲しいんだけど見つからないんだよなあ、という人の助けになればいいな、と。もちろん、ニセ科学(と、それを誰かが信じているという現象)という「包丁を使って料理すべき対象」があるのを知らしめる、というのもありますが。

※「料理すべき対象」というのは、あくまで包丁のメタファーに合わせたものです。マンガなんかである、「料理してやる」のような言い回しのイメージに引きずられないようお願いします

投稿: TAKESAN | 2009年3月 3日 (火) 00:47

▼▼▼引用▼▼▼
お願いですから「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでくださいね。だからこそ、できることもあるんですから。
▲▲引用終了▲▲
この「だからこそ」は、「科学者や事情通じゃ無いからこそ見えるものがある」、という意味だと思うんですよね。これは、新規参入を促すという意味もあるだろうし、同じ人達ばかりが語っていくのは好ましく無いだろう、という含みもあるんだろうと感じます。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 3日 (火) 00:55

こんばんは。
わたしもちょっと気になったので一言。

わたしも誤解していたのですが、「一般の人には取っ付きにくいんじゃないかなぁ」というようなコメントを読んだり、ブログ紹介文を読んですっかり科学者ではないと思っていたのですね。lets_skeptic さんもそうだったのだと思います。
しかしご本人は『幸いにして、これでも「科学者」のはしくれでもありますし、サイエンスとマーケティングの双方にそれなりに「詳しい」方だと思っています。』と仰っております。
その書き手であるlets_skeptic さんと読み手であるwackyhopeさんの認識の差が書き手と読み手に摩擦を生んでしまったのかなと勝手に思っております。

投稿: いど | 2009年3月 3日 (火) 01:10

いどさん、今晩は。

そもそもその部分で誤解があったかも知れない、という事ですね。確かに、そう考えれば、書き方、読み方が少しずつズレてしまったのではないか、と見る事が出来ますね。

っと、今アメブロがメンテ中なので、後でもう一回、そこら辺に関わる部分を読み返してみます。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 3日 (火) 02:38

私自身は、wackyhopeさんが企業にて研究に従事されておられる、というのは把握しておりましたけれども、いどさんがご紹介の、「科学者」と書いておられた部分は、見落としておりました。なるほど、その部分に関して、それを読んでいるか否か、踏まえられて書かれたか否かで、色々と変わってきそうです。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 3日 (火) 02:45

 私もコメントを書いてから数日後に「科学者」の記述に気付いたと思います。なので、専門分野を持つ人としてのコメントではありませんでした。

 本題に関してですが、TAKESANさんの読み方で概ね意図通りです。ただ、「(ニセ科学批判側)じゃあ、一緒にやろう!」「(批判に提案をする側)いやいや、めっそうもない」という、何度か見てきたやり取りが頭になかったといえば嘘になります。
 自分で読み返しても、そういう返答は嫌だという気持ちは込められていると思います。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 3日 (火) 13:18

×専門分野を持つ人としてのコメントではありませんでした。
○専門分野を持つ人へ向けてのコメントではありませんでした。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 3日 (火) 13:19

こんにちは、皆さん。

私はワープロが学者の世界に普及しはじめた頃の話を良くします。私が論文とかを書き始めた頃は日本語は手書き、英語はタイプライタの時代です。学会の要旨集なんて、先生方のいろんな筆跡が頁ごとに踊っていました。

やがて、学会の要旨集にもワープロ文字のものが出始めた頃に、「おっ、何々先生はワープロだ」なんて珍しかった訳ですね。でもって、「便利そうだ」直ぐに普及したかというと、そうでもないんです。まあ金がないというのもあるんですが、「何々先生はコンピュータに強いから使いこなせるだろう」なんて意識もけっこうあったのね。なにせ、良い値段したんですよ、貧弱なコンピュータでも数十万円で、ワープロソフトは10万円なんてね(その頃の私の年間ボーナス総額と同じくらい)。もし買っても使いこなせなかったら、もったいないって意識がどうしてもあるのね。ところがだんだん普及してきて、自分と同じくらいコンビユータに強くない人が使い始めると、「あの人でも使えるんなら、買っても大丈夫かも」なんてので、研究費をやりくりして、研究室に一台、皆で使う計算機を入れて、ワープロソフトいれてプリンターをつなぐなんてね。

なんていうか、「専門家じゃないからこそできること」ってこういう部分じゃないのかなって思うんですね。

投稿: 技術開発者 | 2009年3月 3日 (火) 13:40

lets_skepticさん、技術開発者さん、今晩は。

お二方とも、専門家意外の人ならではの視点とか、そういう所に着目しておられますよね。

ニセ科学批判をやってみようかと思っているけれど、なんだか怖い雰囲気だから……と思っている人は、結構いると思うんですね。はてブを見たり、kikulogで議論をしているのを見たり、色んなきっかけはあるでしょうね。そこで躊躇ってしまうというのは、よく解ります。議論がヒートアップする事もありますし、論をぶつけ合う訳なので、圧倒される場合もあるでしょう。

ですから、後押ししたりフォローしたり、というのは大切だと思っています。もちろん、批判的に言及する訳なので、それなりにしっかりと論を立てなければなりませんけれども。

wackyhopeさんとのやり取り、誤解が解けると良いですね。

------

ポイント

私がそもそも科学者では無い、という所。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 3日 (火) 19:07

こんばんは。
詳しいご見解とコメントのやり取りを拝見し、lets_skepticさんが意図していた主要な点ではなく、割合としては少ない部分のみを見ていたことを理解しました。
一方で、ニセ科学に懐疑的・批判的な人の中にも、私のようにニセ科学批判活動を怖いと感じている人がいるということを、知っていただければ幸いです。
lets_skepticさんは敢えて「袋叩き」という言葉を使われたのだとは思いますが、それが「最も穏当で丁寧な批判をされる方」なのであれば、他の人たちはどんだけ怖いんだと、むしろ怖さがさらに増して感じられたりもしました。

もうひとつ、ここのコメント欄で気になったのが、私が「科学者」だと書いたことが注視されていることです。私自身は、辞書に書かれていること以上の意味は想定していませんでしたが、ニセ科学批判においては「科学者」というのが特別な意味で捉えられるのか?という懸念を抱いています。

以上、私が考えたことを、私のブログの方にも書いておきましたので、そちらもご覧いただければ幸いです。(このエントリにTBを送りました。)

フォローのエントリを立ててくださってありがとうございました。

投稿: wackyhope | 2009年3月 3日 (火) 23:45

wackyhopeさん、今晩は。

エントリー、拝読しました。

批判の仕方にも色々な態度がある、というのは解って頂きたいとは思います。その中では非常に激しい議論が起こる事もありますが、それに関して色々な印象を持つのも、致し方の無い事だろうとも感じます。

私はニセ科学という概念を知ってから、多分3年程度しか経っていません(私自身、ニセ科学を批判する人間に最近なった、という事ですね)。その過程で色々勉強し、ニセ科学を批判する事の意義を感じ、ニセ科学批判をする人の意図が必ずしも正確に伝わっていないのかも知れない、というのも実感しました。
ですので、ニセ科学とは何か、批判するとはどういう事か、というのも考えて、色々書いてきました。こう見えるかも知れないけれど、実はこうなんだよ、というのも、ある程度分量を割いて書いてきたつもりです。

「科学者」という記述については、ご自身で仰る通り、深読みだと思います。私としては、科学に関する研究を職業にしている、とか、大学の研究室に所属している、という程度の意味で用いています。そして、そういう立場であれば、深い専門知識を有しており、また、社会的な認知として「科学者」とカテゴライズされるであろう事が推測されると思うので、その意味では特別な立場でもあろうと思います。
尤もこれは、「料理人」が料理に詳しい、というのと、それほど大きな違いは無いと思われます。「特別」と言ってもそのような意味です。

後、私は、「一方的な読み違え」とは言っておりませんので、よろしくお願いします。今までのやり取りの中で、、lets_skepticさんがどのような傾向のコメントをなさるか、とうのをある程度知っていたので、それに基づいてコメントの意図を斟酌したという事でした。「読み違え」というのは、意図したものと読解された結果にズレがあるという意味合いのもので、それ以外の意味は含めていない、とも言えるでしょうか。当然、読み違えがあった可能性を示唆しながら、そうであれば問題だ、などと認識していた訳でもありませんでした。少なくとも、責めるような気持ちはゼロです。これは明言出来ます。

正直な所、wackyhopeさんのコメントとエントリーを拝読して、強く「構えられてしまっている」、と感じています。少し困惑しています。

私はこのエントリーは、コメントの読解にズレがあればそれは好ましく無いので、もし誤解があれば解けるに越した事は無い、と、お節介を承知で書いたものです。それ以上の含みは無く、結構シンプルな部分について書いたつもりでした。

再び、批判の仕方に関してですが。
これは色々あります。もちろん、色々あっていいじゃないか、と開き直るつもりは毛頭ありません。はてブコメントなどで、これは過剰な表現じゃないか、と思う事もしばしばです。

私自身も、これは書き過ぎた、書き方が悪かった、と思う事はあります。いつも反省しています。ここでは、自分が適切だと考える態度で書いています。読んで下さる皆さんからお叱りを受ける事もあります。批判というのはそういうものの総体なので、出来れば色々見て欲しいな、という気持ちもあります。

私が最も注力しているニセ科学批判は、「ゲーム脳」に関してですが、もしよろしければ、具体的なニセ科学批判の事例としてご参照頂ければ幸いです。
ブログでは主に、カテゴリー「『ゲーム脳の恐怖』を読む」に、その他のコンテンツとしては、右サイドバーに、「ゲーム脳Q&A」があります。よろしければご笑覧下さい。

長文失礼いたしました。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 4日 (水) 00:32

後、wackyhopeさんに質問と言いますか、確認してみたい事があります。もしよろしければ、教えて頂きたいです。

私は、ニセ科学を肯定したり支持している方の属性によって、批判の仕方も変わってくるし、また、変えていくべきである、と思っているのですが、いかがでしょうか。

具体的に言えば、「小学校の先生が信じていて、それを授業で使うプランをブログに書く」場合と、「学校の授業で採り上げられたものを小学生が信じてブログで肯定的に書く」場合とでは、やはり違うし、前者はある程度強く(程度問題ですが)批判されても仕方が無い面がある、と私は考えています。

ちなみに、これは実例で、いずれも私はコメントしました。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 4日 (水) 00:51

とてもご丁寧なレスありがとうございます。
私自身、怖いという先入観が強すぎて、かなり過敏に構えていたところがあり、深読みしすぎたところもあるかなとも感じました。そして、自分自身の見方が斜に構えていってしまったところもあるのかなと、正直に思いました。

ただ繰り返しになりますが、ニセ科学批判にできるだけ委縮せず、もっと親しみやすいものとして興味を持ってくれる人たちが増えるといいなと考えています。そういった考えを持った人がいることもご理解いただければ幸いです。

>ニセ科学を肯定したり支持している方の属性によって、批判の仕方も変わってくるし、また、変えていくべきである、と思っているのですが、いかがでしょうか。

これは私も同感です。

私の立場で言うと、ニセ科学美容・化粧品を肯定・支持するマスメディアやプロのライターなどには、厳しく指摘する必要があると思っています。一方で、一消費者に過ぎない人がニセ科学を信じるブログを書いてたとしても、そこにはできるだけ相手を配慮した対応でも良いと思います。
つまり、相手がどれだけの影響力を持っていて、どれだけ社会的責任を背負うべきかによって変わってくるのではないかと考えます。

ただ現実問題としては、メディアやプロのライターなど、社会的・組織的背景を持った人に真っ向から反論を述べるのは、個人としては極めてリスクの大きいことでもあるとも思っています。ですので、相手が大きいほど、自分が潰されないような慎重さも必要だと考えています。その兼ね合いが、私はまだ見極められる程には至っていません。

少なくとも個人的には、ニセ科学肯定・支持者と言えども、社会的に弱い立場の人を叩くということは避けるべきだと思います。彼(女)たちも被害者だと言えると思いますしね。

投稿: wackyhope | 2009年3月 4日 (水) 08:22

こんにちは、皆さん。

ずいぶん前、今のハンドルになる前に「T型の批判活動」という事を提唱しました。一部の詳しい専門家によるしっかりとした検証型批判という縦棒と、そんなに詳しく無い多数の人による「それって、嘘だって専門家が言っていたよ」みたいな横棒が組み合わさらないと、たぶん、ニセ科学批判というのは広がって行かないんだろうな、なんて話です。

なんていうか、逆に、ニセ科学そのものがどうして広がったのかを考えてみて欲しいんですね。一部の広がることで何らかの利益を得る人たちが、いろいろともっともらしい話をでっちあげる訳です。それだけで、社会全体に広がる訳ではないんですね。そのもっともらしい話をそれほど真剣に聞いた訳でも無い人たちが「マイナスイオンというのがあってね」「B型はこういう性格で、A型・・・」「水も言葉が・・・」と伝達し伝搬が広がる(そこにマスコミの関与もあるけど)。そのことで、広がって行くわけですね。

ニセ科学が広がっていく過程では、多くの人が無意識にT型の横棒の役割を果たしている訳です。でもって、それに対抗して「ニセ科学批判」を出しても、多くの人が意識的に「横棒なんてなりたくないよ」と怖じ気づく訳です。負け戦論なんて結構やりますけど、つくづく「負け戦をやっているな」と思います。

投稿: 技術開発者 | 2009年3月 4日 (水) 08:25

wackyhopeさん、今日は。コメントありがとうございます。

▼▼▼引用▼▼▼
ニセ科学批判にできるだけ委縮せず、もっと親しみやすいものとして興味を持ってくれる人たちが増えるといいなと考えています。
▲▲引用終了▲▲
そうですね。これは心理社会的な事で、とても重要だと思います。文体・ブログのデザイン(ケロロとか)・文章の長さ、等々……細かい所ですが、しかし効いてくるものだと感じます。「雰囲気」というのはやはり大事ですね。

▼▼▼引用▼▼▼
一方で、一消費者に過ぎない人がニセ科学を信じるブログを書いてたとしても、そこにはできるだけ相手を配慮した対応でも良いと思います。
つまり、相手がどれだけの影響力を持っていて、どれだけ社会的責任を背負うべきかによって変わってくるのではないかと考えます。
▲▲引用終了▲▲
全く同感です。そして難しい部分でもあると思います。wackyhopeさんもブクマされていたA-WINGさんのエントリーにも賛同しています。

▼▼▼引用▼▼▼
少なくとも個人的には、ニセ科学肯定・支持者と言えども、社会的に弱い立場の人を叩くということは避けるべきだと思います。彼(女)たちも被害者だと言えると思いますしね。
▲▲引用終了▲▲
再び包丁の喩えを出すと、切れ味鋭い包丁を振るって、素材を形も考慮せずに、自分の指ごと切り落とすような真似は、したく無いと私も考えています。料理するという合目的性を失ってしまって、ただ「切る」という結果になってしまうからですね。

ちなみに、と言いますか、私は最近、自分が、ニセ科学を肯定した方とどういう風にコミュニケーションを採ってきたか、というのをまとめてみようかと思った事があるのですが、結局止めました。ブログで再び採り上げたりする事で、要らぬ注目が集まるのを懸念しました。

上で挙げた小学生の例は、ブクマもしていないしブログでも採り上げていないものですが、やはり具体的に紹介するのはちょっと躊躇しました。

多分、こういう風にやり取りしてみた、と逐一報告せずに、色々な所で試みている方は、結構おられるのではないかな、と。

------

技術開発者さん、今日は。

重要な視点ですよね。
それで、wackyhopeさんの仰ったのは恐らく、無自覚に「横棒」として広める方々への批判の方法に熟考を要するのでは、という事なのだろうと思います。悪巧みをもって広めよう、とか、主唱者のようにそれが科学的に実証された、などと強く宣伝している訳では無く「何となく」広めてしまっている人に対しては、批判の仕方を柔軟に変えていくのが望ましいだろう、という。私もそれに賛成です。

信じているものを否定されるのですから、いい気分にさせるものでは絶対無いんですよね。で、いかに相手の感情を逆撫でせず、かといって「解ったような物言い」(上から目線を感じさせない)をせず、というのを適切なバランスで行うのは、これは困難であろうと思います。それはニセ科学批判という具体的な話と言うよりは、一般的に説得などと言われる行為の範疇なのでしょうけれども。端的に言って、ものすごく「気を遣う」んですよね。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 4日 (水) 11:48

wackyhope さん

>もうひとつ、ここのコメント欄で気になったのが、私が「科学者」だと書いたことが注視されていることです。

多分ここでの言いだしっぺなのでコメントさせていただきます。
わたしの意図としては単に、lets_skepticさんは『「科学者じゃないから」「詳しくないから」なんて事は言わないでください』と仰っている。
しかしwackyhopeさんはご自身を「科学者である」と認識している。これは科学者でも理容師でもSEでもいいんですけど、自分をAと自負している人にそれとは知らずに「Aじゃないなんて言わないでね」という発言をしたら、それだけでも軋轢を生みかねないと思ったのでそこを書いただけであります。
それ以上の意図は特にありませんでした。

投稿: いど | 2009年3月 4日 (水) 23:13

いどさん、今日は。

そうですね。○○である、と書いてあるのに、○○じゃ無いなんて言わないで下さいね、と指摘されたら、強烈な皮肉などに受け取られる可能性もありますしね。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 5日 (木) 11:09

 すみません。お願いがあります。私は以下のエントリをあげましたが、多くの方に誤解されているような気がします。そこで追記を書きました。
http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20090304/p1

 葉に絹着せぬ感想をいただければと思っています。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 6日 (金) 10:16

お願いの背景を一応説明すると「周りからの反対意見が多い場合は、自分が間違っている可能性が高い」という常識的な懸念からです。TAKESANさんのことや、ここを見ている方を信頼していますし。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 6日 (金) 10:55

lets_skepticさん、今日は。

仰るように、誤読していたようです。
いや、正確に書くと、エントリーを読んだ時は、もしかするとそのまま(意図通りに)解釈出来たかも知れないのですが、matasaburoさんの所へのコメントは、「ニセ科学を批判する」事の話であるのを前提に書いていたように思います。wackyhopeさんのエントリーも読んでいたし、lets_skepticさんはそれらに応答するかたちでエントリーを上げられたのだ、といつのまにか認識した、という事なのだろうと感じます。

matasaburoさんが引用された部分、
▼▼▼引用▼▼▼
ニセ科学批判の現状と背景をきちんと把握し、正しく批判するという方法は開かれています。しかし、現時点であまり知識がないのならば、これは大変な労力を必要とします。そして、十分に把握しないまま的外れな批判をしてしまえば、ニセ科学批判者から厳しいツッコミが入るでしょう。

どこまで追えば十分なのかは私だってわかりません。調べた上であってもツッコミを入れられる覚悟はしておいた方がいいでしょう。ニセ科学批判者との議論には時間も労力も必要でしょう。

「ニセ科学批判の現状を批判する」ハードルは高く、反論が来る可能性も高いため、覚悟が必要だというだけのことです。
▲▲引用終了▲▲
ここの最後の段落(多分、上の2つの段落は、どちらにも解釈出来ると思います)をきちんと読まなかった、という事なのでしょうね。反省。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 6日 (金) 12:30

 いえ、これだけ誤読を生んでいるということは、私の書き方に問題があったことに間違いはないということですから…。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 6日 (金) 12:49

多分、引用部の一部を読んで、それに引きずられた、という事なのではないかと。

▼▼▼引用▼▼▼
ニセ科学批判の現状と背景をきちんと把握し、正しく批判するという方法は開かれています。しかし、現時点であまり知識がないのならば、これは大変な労力を必要とします。そして、十分に把握しないまま的外れな批判をしてしまえば、ニセ科学批判者から厳しいツッコミが入るでしょう。

どこまで追えば十分なのかは私だってわかりません。調べた上であってもツッコミを入れられる覚悟はしておいた方がいいでしょう。ニセ科学批判者との議論には時間も労力も必要でしょう。
▲▲引用終了▲▲
上でも引いた部分、最後の段落だけ抜いてみると、こうなりますよね。で、ここだけ読むと、「”ニセ科学批判”のハードルの高さ」と取られる可能性がありますよね。私もそう読んだのだと思います。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 6日 (金) 13:13

いどさん、TAKESANさん
「科学者」へのフォローコメントありがとうございます。理解しました。やはり私が誤解し過ぎてたようでした。スミマセン。

あと、lets_skepticさんのエントリについてなんですが、ニセ科学批判を「批判する」ことと「提案する」ことが同列に高いハードルを設けられてることに違和感があります。
ニセ科学批判に対して否定的な意見を述べるには、確かにニセ科学批判のことをきちんと知っておく必要があると思いますが、新たな提案であればもっと気楽に意見を述べ合えるような雰囲気があってもいいのではないかと思っています。誰もが簡単に行動を起こせるわけではないけど、アイディアを述べることで他の誰かが行動するキッカケになるかもしれないですし、いろんな立場から自由に活発にアイディアを出し合える方が、ニセ科学批判に関与してくれる人も増えるように思うからです。
いかがでしょうか?

投稿: wackyhope | 2009年3月 7日 (土) 10:58

wackyhopeさん、今日は。

lets_skepticさんのエントリーに関してですが。

思うに、直接やり取りしてみられては? と。
もしかすると、「批判」、「提案」、「ハードル」等々の言葉の意味についての認識も異なっているかも知れません。
たとえば、lets_skepticさんに、「提案」とはどういう意味ですか、と訊く、等すれば良いのではないのかな、と。今関連エントリーを読み返してみましたが、多分、「提案」とは具体的にどういうものかは、書かれていないですよね。読み落としがあるかも知れませんが…。

こちらで良ければお貸ししますので。

個人的には、提案や批判かは、内容だけで判別するものでは無くて、 + 「物言い」によって振り分けられるもの、という感じがします。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 7日 (土) 12:28

こんにちは。私が読ませていただいた感じでは、lets_skepticさんは一般の人を思い浮かべて書いているのではないように思いました。

自分と他人、とか、主観とそれ以外の世界、とかの接点、つながり(関わり方)には個人差もあるでしょうけれども、大体はある程度の範囲に収まっているものでしょう。そこでは提案しあいも、仲良し喧嘩も好きにやればいいことなので放っておいていいのでしょう。

ニセに取りつかれる人がそういう接点のような基本的なところが壊れたりゆがんだりしているとすると、助言すればいいとか、やり方考え方をどこからか持ってきて済むような話ではなくなりますよね。そこに関与することは簡単ではないぞという感覚が根本にあるのではないでしょうか。

そうやって関与すること対策を考えることに関与してくる人もいます。その中にも攻撃的な批判批判をはじめいろいろなスペクトルがあるのでしょうけれども、それらの相手に応対するのにも「基本的なところ」に関わる面倒さがあり、ひょっとするとその相手に「基本的なところ」に問題がある人の事もあるわけでしょう。関与している様子を見る場合に、それがどういう場合かをよく見きわめてくれ、そういうふうに言っているのではないかと思いました。
私の勝手読みかもしれませんけれども。

投稿: ちがやまる | 2009年3月 7日 (土) 15:32

TAKESANさん、レスありがとうございます。
lets_skepticさんがこちらでご意見を求めてらっしゃったので、こちらに私の考えを書きこんだんですが、確かに直接やり取りした方が良いですね。アドバイスありがとうございます。

それから、「多分、「提案」とは具体的にどういうものかは、書かれていないですよね。」というのが私のことかlets_skepticさんのことかわからなかったので、一応私が自分のブログに記した、私なりの提案や自分がやろうとしていることを書いておきます。

私は基本的に、ニセ科学信奉者を説得するのは自分には難しいと考えているので、信奉者ではないけどニセ科学情報・ビジネスに晒されている大多数の一般の人たちが、いかにニセ科学にハマらないようにするかを考えています。特に私が美容・健康業界にいることもあって、その分野で自分がやれそうなこととして、次のようなことを検討中です。
・サイエンスカフェのような場を業界共同で開催あるいは支援して、ニセ科学についても啓蒙する。
・ネット上での広告やクチコミの内容に関する倫理ガイドラインを策定し、ニセ科学に関わるビジネスを排除する。

このようなアプローチは、従来のニセ科学批判とは異なるものかと思いますので(ニセ科学を取り上げたサイエンスカフェはあったようですが)、私なりの「提案」と考えています。もちろん、すでにニセ科学批判をされている皆さんに賛同・参加してくださいと言っているわけではありませんが、一緒にやれることがあればいいなとも思っています。こういった「提案」に対しても高いハードルを設けられる理由が、私にはよくわからなかったのでした。
この辺の考えは、自分のブログでもちょくちょくと書いていきたいと思いますので、何かご意見などがあればまた教えていただければ幸いです。

投稿: wackyhope | 2009年3月 7日 (土) 16:32

ちがやまるさん、今晩は。

>ちがやまるさん、wackyhopeさん

端的に言えば、
▼▼▼引用▼▼▼
こういった「提案」に対しても高いハードルを設けられる理由が、私にはよくわからなかったのでした。
▲▲引用終了▲▲
lets_skepticさんが果たしてそういう認識であったのか? という所だと思います。

提案にしろ批判にしろ、内容には色々ある訳で。こういうアプローチもあるのではないか、という意味での提案に対しては、そこまで厳しい見方はされないのではないか、というのが私の認識です。

たとえば、既になされている事について、「さも全く見落とされている観点のごとく批判的に指摘する」ものがあれば、それについては反発を生むのは致し方無い部分があります。

 ・こういうやり方があるのではないか

 ・そうするよりこっちの方がいい

 ・ニセ科学批判一般はこうだがそれはダメでこうすべきだ

などの色々な言い方がある訳で、それぞれについて、持たれる印象も違うし、三番目などは、一般的な部分に言及しているのだから、それまでの議論をある程度踏まえていなければならないから、厳しく見られて当然、と看做されると思います。

いずれにしましても、lets_skepticさんに伺えば、色々判明する事だろうと思います。

ちがやまるさんのコメントは、何かを批判する活動にまつわる発言は少なからずリスクを負う、というのを認識させる部分についてのご指摘で、重要な所だと思いました。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 7日 (土) 23:01

>wackyhopeさん

ブログで採り上げられているサイエンスカフェなどの試みは、大変素晴らしいものだと思います。

これは何度か書いている事なのですが、私は、ニセ科学を批判するアプローチにはいくつもあって良いと考えています。ある程度極端に言えば、ニセ科学という概念についてきちんと押さえてあり、説明が充分行き届いている、という軸あるいは芯の部分がしっかりしてさえいれば、装飾や味付けには相当のバリエーションがあって良い、と(もっと言うと、「あった方が良い」)。

たとえば、右サイドバーに、ゲーム脳Q&Aがありますよね。
当該テキストは、ニセ科学批判の完結したテキストの一例ですが、文中、「ニセ科学」という語は一回も使っていません。ですが、内容は完全にニセ科学の説明です。狙いとしては、文章に納得出来れば即座に「ニセ科学」も理解出来る、というものです(ゲーム脳のようなケースをまとめて「ニセ科学」と呼ぶ、と言えば)。

これは、想定読者を始めに設定したからなのですが、その想定した読者とは、

 ・ゲーム脳は科学的に認められたものだと思っている

 ・ゲームに関心は無いがゲーム脳という言葉は知っている

 ・ゲーム脳が診断のつく正式な病気だと思っている

 ・実際に子どもがゲーム脳だと言われた

 ・実際にゲーム脳と言われた当人

等の子ども及びその保護者、です。ここら辺を汲んで頂いてか、Yahoo!知恵袋なんかでも参考文献として挙げて下さっているものもしばしば見かけます。※「ゲーム脳」で検索すると、コンスタントに質問が出ているのが解ります。

で、そういう想定読者に対して、最初に「ゲーム脳はニセ科学である」と説明するのは、端的ではあるがあまりに強い物言いであると懸念した訳ですね。私は、ことゲーム脳に関しては、明確に、信じている人の認識を覆すという目的もある程度は持っているので(より「科学らしい」ので、その方面からのアプローチがやりやすい)、それ(いきなりニセと言う)ではまずい、と。
ですから、その強い言葉を用いずに概念を説明する記述にしました。しかし、説明しているのは、ニセ科学という概念そのもの(と具体的な一例)です。

何が言いたいか、というと、私自身、ニセ科学批判のアプローチに関する提案等に関しては相当程度柔軟である、という事です。

ただしそれは、現状に関する的外れな評価を含まない場合です。上にも書いたように、今の批判の仕方はこうだが、それよりこっちの方がいい、と主張された際には、当然、「今の批判の仕方はこうだが」の部分が検討される訳でして。

現状への的外れな評価が含まれていたり、ニセ科学の概念を全く押さえていない場合等には、厳しく見られる事がありますよ、というのは、言っておいて良い、と私は思います。ニセ科学批判に提案を出すというのは即ち、ニセ科学という概念を立ててそれを批判する事自体には賛同するのを意味し(ここでは、ニセ科学批判そのものを強く批判するのは「提案」からは除外します)、「批判に関わる」に他ならない訳ですから。

lets_skepticさんもそのような考えに近いのではないかな、と、私は勝手に推測(推測なのでそもそも勝手ですが)しております。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 8日 (日) 10:42

 おっと、wackyhopeさんへの返信はこっちに書いてしまいました。↓
http://d.hatena.ne.jp/matasaburo/20090304/1236153882#c

 結論から言えば、TAKESANさんから丁寧に説明して頂いたことと同じです。TAKESANさんの説明から抜き出させていただければ、wackyhopeさんのエントリ(の一部分、「ニセ科学批判」という呼称に関する記述)を以下の主張だというように読んだということです。

> ・そうするよりこっちの方がいい(ニセ科学及びニセ科学批判という呼び方は使わないほうがいい)

 そのため、wackyhopeさんのところのコメントでは、「背景の説明」を行ったわけです。もちろん、特に問題だと思ったわけでもないですし、批判する意思もなかったので、今でもコメントは説明の範囲内に収まっており、強い表現はしていないと考えています。

 後に自分のところで書いたエントリ(提案や批判のハードルは高いというやつ)は、wackyhopeさんとの一連のやりとりはあった上での話ですが、インスピレーションを得ただけで、そのやりとり自体を対象としたものではありません。あくまで一般論に留まる話なので、直接の引用や言及をしなかったわけです。

 専門家に対して一般人向けコメントを書いた点は、私のリサーチ不足が原因でしたので、お詫びして反省したいと思います。

投稿: lets_skeptic | 2009年3月 9日 (月) 23:19

lets_skepticさん、今晩は。

あ、あちらに書かれたのですね。

もし続けて確認したい事などがありましたら、こちらでやって頂いて構いませんので、よろしくお願いします。

投稿: TAKESAN | 2009年3月 9日 (月) 23:47

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受信: 2009年3月 3日 (火) 23:20

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