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2009年2月に作成された記事

2009年2月28日 (土)

はじめる

とあるWEBラジオを聴いてて知ったんですが、なんと、大塚明夫さん、合気道を始められたそうです。へー。

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2009年2月27日 (金)

ミス

はてブでコメントを修正せんと鉛筆アイコンをクリックしようとしたら、間違って自分にスターをつけてしまった事がある人、挙手。

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こーしゅーは

はてなブックマーク - 自分が若者の聴覚を持っているのかどうかがわかる「THE TEENAGER AUDIO TEST」 - GIGAZINE

どれくらいの高周波の音まで聞こえるか、というお話。※試される方は、音量に気をつけて下さい

私は結構高い方まで聞こえる方だと思うのですが、ブクマコメントにもあるように、聞こえるのがいいというものでも無いんですよねー。そこら辺から出てくる音を一々拾うし。

後、聞こえない、というコメント書いてる方もおられますけど、これ、環境に結構左右されますよね。音量とかヘッドホンの質とか。だから、この結果だけからはあまり確実な事は言えない、と思っていた方がよろしいでしょうね。

ブクマで紹介されてたアプリケーション⇒可聴周波数域チェッカ

2度目のトライアルで、18750Hzまで聞こえました。やっぱ、環境にも結構左右される模様。精度良く調べたいなら、医療機関なりできちんとした測定をした方が良いでしょうね。

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2009年2月26日 (木)

超人

幻影随想: 氷点下の海で裸で泳ぐ超人ルイス・ゴードン・ピュー

大変面白いです。

生理学的・心理学的・バイオメカニクス的に見て、とても興味深い現象ですね。

武術の論理として、心身のコントロールの観点から見ると面白いし、また、気の論として見るのも興味深い。これは、自分自身で体温をある程度コントロール出来るというのを示唆しているので、たとえば気功で被術者の体温が上がるなどの現象を、実体的な概念としての気を用いずに説明出来る可能性を示している、とも見る事が出来るように思います。あくまで施術者は媒介と言うかきっかけで、実際の変化は自身の心理学的・生理学的メカニズムによって起こる、という。

震えを押さえ込むのがどういう論理によって起こるか、というのが一番知りたい所。単に心理学的なセルフコントロールのみならず、身体の恒常的なあり方(筋肉の弛緩の程度等)も関係しているのではないか、という所に、武術の身法に関心を持つ人なら着目する事でしょう。

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2009年2月25日 (水)

出力

森博嗣さんは、小説の執筆において、一時間で6000文字程度書かれるそうです。

私は初めてこの話を見た時、驚きました。10分で1000文字ですから、尋常では無い。しかも、物語を書いていく訳ですからね。

それで、この事について、森さんは色んな所で語っておられるんですけれども、そこで、大変興味深い事を言っておられるのですね。たとえばここを参照⇒Science Xitalk - サイエンス・サイトーク ※執筆時点での最新回が、森さんの回なので、トップページにリンク。その内バックナンバー入りすると思います

以下、上記リンクの番組の内容を一部含みます。内容を先に知りたく無い、という方は、ラジオを先にお聞き下さい。

森さんによれば、小説を執筆する際は、頭にあるものを出力するだけだから速い、との事です。ですから、論文を書いたり(文献を参照する)、書かれたものを写す(原稿を見る)場合は、小説よりも遅いらしい。

ここが私には驚きでした。

と言うのも、私自身は、全く逆に考えていたからです。

私は小説を書いた事はありませんけれども、原稿をワープロで写す、というのは学生時代にやっていて(検定ってやつです)、最高に速い時で、大体10分間に1000文字弱くらいだったんですね。自分の感覚だと、写すだけの方が圧倒的に速い。実際、ローマ字入力で10分900字くらいというのは、結構速い方だと思います。

そういう私からすると、脳内で描かれた映像を文章にして出力していくのがその速さというのは、ちょっと想像を絶する仕事に思えるのです。いや、小説を書く人が大体平均的にどのくらいの速さなのかは知らないのですが、ワープロ検定一級レベルの速さで書くのだから、平均よりはある程度離れて速い、と看做して差し支え無いでしょう。そもそも森さんは、速筆で有名ですしね。

そして、そういう出力が出来る人が、原稿を写したりするのは遅くなる、というのが興味深いのです。これは、認知の仕方に異なりがあるのを意味しているのでしょうか。

余談ですが、漢直(漢字直接入力)のエキスパートは、10分間で2000字程度打てて、しかも、会話しながらでも、速さを落とさずに出来るそうです。これもものすごいですな。

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2009年2月24日 (火)

偏差値

せんせー、偏差値って何ですかー。

偏差値はねー、平均点からどのくらい離れてるか数字で表したものなんだよー。

へー。どのくらい離れてるか、って何ですかー。

そーだねー。どんなのがあるー?

わかりませんー。

速いねー。

点数から平均点を引く、とかあるよねー。

あー、そーですねー。

でもそれじゃあダメなんだよねー。

どうしてですかー。

どの点をどのくらい取ったか、クラスによって違うよねー。

そうですねー。

平均点に近い点を取った人が多いクラスと、すごく高い点取った人もすごく低い点取った人もいるクラスだと、平均点が一緒でも、中身は全然違うよねー。

そうですねー。

その、点数の集まり方を、バラツキって言うんだよねー。

へー。

君は、グラフは書けるよねー。

はいー。

横が点数で、縦が人数のグラフを書くとするよー。

はいー。

平均点に近い点を取った人が多いと、そこが高くなるよねー。

そうですねー。

そのかわり、端っこは低くなるねー。すごく高い点とか低い点を取った人がいないんだからー。

そうですねー。

で、高い点取った人も低い点取った人もいたら、どうなるー。

わかりませんー。

速いねー。

平べったい感じになるよねー。

そうなんですかー。

そうなんですよー。

それで、細長くて高い山みたいな形になったら、ばらつきが小さいと言うんだねー。

へー。

その前に、「ばらつき」って分かるー?

いえー。

速いねー。

まー、バラバラさの度合い、って感じだねー。

へー。

バラバラーな感じだと、ばらつきが大きくて、ぎゅうっ、だと、ばらつきが小さいんだねー。

へー。

で、そのばらつきを数字に出来るんだねー。

へー。

それで、さっき、点数から平均点を引いたら、って言ったよねー。

はいー。

点数から平均点を引いたら、点数が平均からどれくらい離れてるか、分かるよねー。

そうですねー。

たとえば、平均点が50点だったとして、取った点数が65点なら、15点離れてるって事だよねー。

そうですねー。

それで、その離れ方が、「ばらつき何個分か」っていうのを調べるんだよねー。

へー。

どうすればいいか分かるー?

わかりませんー。

速いねー。

割るんだねー。

へー。

割るんだよー。

へー。

何を割るんですかー。

離れ方をばらつきで割るんだねー。

どうしてですかー。

割るって事は、いくつ分かってのを計算する訳だねー。

意味が分かりませんー。

素直だねー。15÷3は何ー。

5ですー。

5って何ー。

5ですー。

15個リンゴあったのを3人で分けたら5個ずつになった、って感じだよねー。

そうですねー。

じゃ、3がいくつあれば15になるー?

5ですー。

そうだねー。15÷3は、3に何を掛ければ15になるか、という計算でもあるんだねー。

へー。

だから、平均からの離れ方が、ばらつき何個分かを計算するには、どうすればいいー?

分かりませんー。

速いねー。

離れ方をばらつきで割ってやるんだねー。

へー。

実はさっき言ったんだけどねー。

へー。

さっき、平均50点で点数が65点だったら、って言ったよねー。

はいー。

それだと、離れ方は15点だよねー。

そうですねー。

今度は、ばらつきが5点だとするねー。

はいー。

さっき言った割り算憶えてるー?

忘れましたー。

すごいねー。離れ方÷ばらつき だったよねー。

そうですねー。

そしたら、15÷5になるよねー。

そうですねー。

答えは何ー?

3ですー。

すごいねー。

で、3って何ー?

分かりませんー。

速いねー。

取った点数が、平均からばらつき3個分離れてる、って事だよねー。

へー。

偏差値って、この事なんだねー。

へー。

いや、本当は違うんだけどねー。

えー。

これは難しいから、また今度ねー。

はいー。

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これが限界だ…。下書きもせずに突っ走った。

て言うか、100点満点のテストで標準偏差5点とか、あり得ないよねー。

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様子

ゲーム脳Q&Aのアクセス状況。

大体、一日20前後のユニークアクセスですね。基本的に内容が変わらないコンテンツなので、これくらい一日にアクセスがあるのは、結構良い感じなのかも知れません。

アクセス元は、Yahoo!の「ゲーム脳」検索からが多い(ほとんど)です。知恵袋で紹介してリンクを張って下さる方がおられるので、そこからのアクセスもあります。Yahoo!検索で上位に出てくるので、そこそこ参照されやすいのでしょう。

ブログからのアクセスは、ここを除いて全然無いですね。検索で見つけてブログで紹介、というのもちょっと期待しているのですが(どういう風に読んでくれたか参照出来るので)。

あ、そうそう。

キッズgooからのアクセスも、ちらほらあります。これは何を物語っているのか…。保護者や教師にゲーム脳だと言われたから調べた、とかじゃ無ければいいのだけど…。もしそうだとして、あのテキストを読んでどういう感想を持たれたか、というのも気になる所ではあります。

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2009年2月23日 (月)

しっとり蒸しパン

最近、手軽に出来るので、蒸しパンを作る事があるんですけどね。

やり方としては、材料混ぜて、電子レンジでチン。炊飯器でもやりますが、それは蒸しパンと言えるか微妙。

さて、電子レンジならば、5分程度で出来上がる訳ですが、ここで納得いかない点が。

…。

……。

しっとりしない。

ふわふわはするんですよ。ふわふわは。

しかし、しっとりしない。

どこがポイントだろう。これは調理学的にも興味深い難問なのであろうか。

ここで、問題を切り分けましょう。

  • 材料の種類が足りないのか。
  • 材料は足りているが、比率が誤っているのか。
  • 調理の手順の問題か。
    • 材料の投入順
    • 混ぜ合わせる程度
  • 調理法(調理器具に依存)の問題か。
    • 蒸す
    • 電子レンジ
  • 愛が足りない。

さて、果たして原因はどれか。あるいはこれらが複合しているのでしょうか。

その前に、まず、蒸しパンなるものが、冷めてもしっとりふわふわであり得るのか、という疑問も沸く事でしょう。それは、市販の蒸しパンを食せば解るように、あり得ます。

また、私は蒸しパンのモデルの一つとして、非常にマイナーな菓子、南九州が生んだ奇跡の銘菓、「ふくれ菓子」も想定しています。あれは、材料がシンプルであるにも拘らず、大変ふわふわしっとりして、実に美味なのであります。

今の所、色々試していて、残るは、きちんと蒸すだけです。

え? 蒸しパンなのに、蒸す調理を試していないとはどういう了見か、ですと?

ええ、実は蒸し器が見当たらなくてですね。底の浅い鍋に水を張り、即席の蒸し器を作って蒸していた所、ミスって水が浸入してしまったのであります。ビシャアアアアッ!! と(20倍くらい誇張表現)。ええ、見るも無残な姿になりましたよ。

という訳で、それ以降、長時間掛かる蒸しはせずに、横着して文明の利器を使ったのでありました。

残るは蒸すやり方だけです。これで満足いく出来上がりにならねば、やはり他の部分に原因があると看做さざるを得ないでしょう。

て言うか、一体私は何がしたいんだ?

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そもそも、菓子において「しっとり」した食感を担うものは、一体何なのだろうか。やはり油脂が大きいのか。しかし、ノンオイルでしっとり、と謳っている蒸しパンもあるか。でも、ノンオイルなのに牛乳を使っていいのか。別に無脂肪乳とも書いて無かったし。ものすごく矛盾している気がするけど、もしかして、私が何か超絶な思い違いをしているのだろうか……って、話が脱線してるぞ。

うーむ、お菓子はほとんど作らないので、なかなか掴めないですな。

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WEBメール

WEBメールを色々使ってますけど、中には、重くて適わんのがありますですね。メール作成画面の読み込みが遅いのは、かなり勘弁。

今、Yahoo!・nifty・gooを使ってますけど、個人的には、gooが一番使いやすいです。デザインはシンプルで、軽いし。シンポーイズベスッ。

で、ふと思い立って、今、Yahoo!メールを新しい方のベータ版にしてみたんですが……以外と使えた。作成画面も軽め。早くこっちにしとけば良かった。いや、ひたすら拒んでたのですよ、特に意味も無く。

…と思ったら、最初の読み込みが結構遅いなあ。やっぱ元に戻すかな(どっちだよ)。

ウチにあるような貧弱PCだと、動作の軽さは重要事項なのであります。

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2009年2月22日 (日)

セミナ

森博嗣の半熟セミナ 博士、質問があります! Book 森博嗣の半熟セミナ 博士、質問があります!

著者:森 博嗣
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これは素晴らしい本。

大人も楽しめるし、中学生くらいの人達に読んでもらいたい、というのも思いました。本当に面白いです。

ものごとの「しくみ」とか「はたらき」とか、そういうものを、コミカルなイラストと森さんの(いつもの”調子”の)面白い文章で味付けしながら説明していく、そんな本。こういう本が書けるのは、すごい事だと思います。

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2009年2月21日 (土)

統計解析とバイオメカニクスの本

勉強したい人のための 統計解析のきほん Book 勉強したい人のための 統計解析のきほん

著者:松井 敬
販売元:日本実業出版社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

これは大変に良い本。

統計学を全然勉強した事が無い人が読む、という意味での入門書ではありませんけれども、ある程度学んだ後に、知識を整理・おさらいするのにいいと思います。書き方が、とても明快で解りやすく、丁寧です。オススメ。なか見!検索も出来ますね。

身体運動のバイオメカニクス研究法 Book 身体運動のバイオメカニクス研究法

著者:ゴードン ロバートソン,ジョセフ ハミル,ギャリー カーメン,ソーンダーズ ウィトルシー,グラハム コールドウェル
販売元:大修館書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

本屋で見かけてめくってみたのですが、これはめちゃくちゃ面白そう…。

目次と内容紹介⇒http://thistle.est.co.jp/tsk/detail.asp?sku=40936

目次だけでグッとくるぜ…。

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2009年2月20日 (金)

ストIV

ストリートファイターIV(特典なし) Video Games ストリートファイターIV(特典なし)

販売元:カプコン
発売日:2009/02/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

ストリートファイターIV(特典なし) Video Games ストリートファイターIV(特典なし)

販売元:カプコン
発売日:2009/02/12
Amazon.co.jpで詳細を確認する

友人宅でプレイしました。初プレイ。アーケードでは やった事無かったので。

いやー、やっぱ面白いですわ。

この種のゲームはカプエス2以来ですが、身体が覚えてますな。ジャンプ攻撃のタイミングに若干違いがあって戸惑いましたけれども。

システム的には、大分シンプルになっているみたいですね。なので、ちょっと懐かしい感じもします。ストII的な。開発者がどこかのインタビューでそういう事言ってた気もしますが。

こりゃあ、オンライン対戦は熱かろう。

え、私の持ちキャラですか?

そりゃあ、ケン・マスターズですよ。いや、一通り使えるんですけどね。ケンが一番。

夏休みに、ストIIで友達と100連戦したのは良い思い出(真似しないように)。

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2009年2月19日 (木)

新聞

私、紙の新聞を読む習慣(ラテ欄だけ見るのを「新聞を読む」とは、普通は言わないと思うので)を、一度も持った事無いんですよね。これはさすがに珍しいかも。

もちろん、今はWEBを通じて記事を読むようになった訳ですが、それもたかだか7・8年(ネット始めて10年も経っていないのです)。

WEBだと、同じ出来事について書かれた複数の記事の参照がやりやすいので、良いですな。

10代の頃から、マスメディアの情報の曖昧さが気になってたんだよなあ……何でなんだろ。何となくの心当たりはあるけれども。

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このエントリーを書くきっかけ:どらねこさんのブクマ

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2009年2月18日 (水)

のーかがく

茂木氏って、テレビなんかで「脳科学的には~」って結構言いますね。

思う訳です。

脳科学的云々と言う前に、脳科学がどんなものか説明してもいいんじゃないかな、と。

モギケンの脳科学講義って事で、観る人も多いだろうし、内容が適切なら絶賛されるんじゃないですかね。

もちろん、こういう意見が予想されますが…。

故意的に、敢えてぼかして具体的な説明をせずに「脳科学」と言って説得力を持たせてるんだから、そんな事を積極的にやるはず無いじゃないか。

と。まあ、伊勢田さんとの対談とかを見ると、多分に「分かっててやっている」風ですからね…。何て言うか、初めから、専門家以外の学問分野への理解に期待していない、あるいは普及するという意識は無い、というようにも見えますね。

中身はブラックボックスのまま「脳科学的には~」と言うのなら、せめてエビデンスが不充分なものは気をつけて紹介しない、というくらいの配慮は欲しいものですが。

今更モギケンに何を求めるか、てのは無しの方向で。

あ、茂木氏に神経科学を代表させるような言動をさせるな、という強い批判もあるかもですね。

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このエントリーを書くきっかけ:A-WINGさんのはてブコメント

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2009年2月17日 (火)

レス1

昨日のコメントへのレス。興味のある方は、昨日のエントリーへどうぞ。

2つに分けます。2つ目は、明日までには上げられると思います。

以下、便宜上、blupyさんのコメントからの引用は「(b)」、黒猫亭さんのコメントからの引用は「(黒)」と省略させて頂きます。失礼をいたしますが、お許し下さい。

概ね、田部さんが仰っている通りだと思います。

>黒猫亭さん

(田部さんが書いておられる事と重複する部分も多いですが、ご容赦下さい。)

まず、blupyさんが最初に書かれたコメントを見ていきます。
あのコメントで、このエントリーについて、

1)言語認知の複雑さの説明から水伝を批判的に見る

2)恣意性からの水伝批判

に疑問を呈しておられる、というのは、特に誤解の無い所だと思います。1)の部分を引用します。

▼▼▼引用▼▼▼
「水も学習する」っていったら簡単に反論できませんか。
▲▲引用終了▲▲(b)
ここで、「簡単に反論」と書かれています。これは、水が言葉を理解しない、という部分への批判ですが、そもそもここの読みが的をはずしています。

このエントリーの主旨は、何度か言っているように、言語を認知するのがいかに複雑であるか、というを示す事でした。即ち、
書かれてある字や音声を捉え、それをある言語体系において意味を持たされている文字や音素として判断する。
そして、それらがまとまって語を形成しているのを他の部分と分けつつ認識し、情報のデータベースと照合して、さらに、状況あるいは文脈を判断しながら意味づけして解釈をしていく。

ざっと書いてこれくらいの複雑さがある、というのを示しました。そしてこれは、「水が情報を保存する」とか「水が学習する」などという反論「のために」用意した文章です。

要するに、言葉を水は理解しない、という意見に対して、水が学習するのでは? 情報を保存するのでは、と漠然とした反論をしたりする人に対して、いや、そもそも言葉を認識するという現象を具体的に細かく見ていったらどうですか? こんなに複雑なんですよ、というのを示す目的です。

言語認識は、単に学習あるいは情報を保存するという論理だけでは説明出来ません。文脈を考慮し、意味を選択し、全体を解釈する、という超複雑な情報処理です。そこら辺に思い馳せずに、学習するのでは、という意見を出したりするのに対して、じゃあ言語の認識について考えてみようよ、というのが論旨です。

従って、
▼▼▼引用▼▼▼
「水も学習する」っていったら簡単に反論できませんか。
▲▲引用終了▲▲
などと言うのは、全然違う訳です。
もし、水も学習するのでは、と反論してきた人がいて、それに対して言語の複雑さを説明したとします。
それでも頑張って、いや、水が情報を保存し、かつ、各言語体系内での意味づけを学習し、さらに、文字や音の刺激を弁別してそれに応じた反応をするのでは、と返したとしますね。
そしたら、話は、「で、水にそれが出来る構造はありますか?」となる訳です。

もしそれでも、メカニズムや実体の対応を無視して、命題らしきもの、つまり「水は言葉を理解する」というものを主張するのならば、それはもう、論証への消極性を示すもので、後はアド・ホックな言い逃れに終始するしかありません。

もう一度書くと、言語認知の複雑さを噛み砕いて書いたのは、専門用語を意識する事無く具体的論理的に考えてもらう事によって、色々気づいてもらえるのではないか、という意識からでした。

結局の所、
▼▼▼引用▼▼▼
学習する中枢系があるという反論に弱いというのが一点。
▲▲引用終了▲▲(b)
学習する中枢系がある、などという反論は、「水が構成する”学習する中枢系”」という実体的で観測可能な構造を示すのと一体となっていなければ、何の説得力も持ちません。
そういう主張がなされれば、「では水がいかにして、どのような構造で言語解釈をするほどの情報処理を行うのか」、「そのような中枢はどのようなものか」と即座に返されます。と言うか、そう返されるし、そう返すしか無いよな、という所に気づいてもらうように書いた、というのがこのエントリーの主旨です。
だから、「反論に弱い」なんていうのは、とんでも無い事なんです。
色々書いたのにその誤解は無い、というのは、そこがあまりにも読まれなかったから言ったのです。

ここを考えれば、黒猫亭さんが仰った、
▼▼▼引用▼▼▼
だから「水も学習する」と謂う話に疑問を持たない人なら不審を覚えないだろう、と謂うのは割合筋の通ったご意見だろうと思いました。
▲▲引用終了▲▲(黒)
ここは、若干疑問に感じます。なぜならば、初めからそこら辺も含めて説明するように構成したからです。田部さんも引用して下さいましたが、仮に水が情報を保存するとしても、などを書いていますよね。学習する、というのもそうですけど、そういう風に返されたりした時にどうか、という話なんですね。

だから、言語を解釈するってのはどういう事なのか考えてみよう→文字を認識して語を文節して文脈を判断して、データベースのようなものと照合して意味を考えていく、というプロセスが考えられる→それは途轍も無く複雑である。

という話をした後に、”単に”「水は学習するのでは?」という反論は、無理ですよね。と言うか、無意味と言った方が良いかも知れませんけれども。
で、「反論する」というのは、今の流れだと、ある有用な批判的視座を提供する、という意味ですよね? 表面的に何となく主張を否定出来るかのような事を単に言う、という事では無いはずです。それだと、いかようにでもアド・ホックに詭弁を弄すれば良い訳で、そもそもそれは想定していないです。

繰り返しですが、
要するに、水が情報を保存したり何か学習のような振る舞いを見せるのでは、と主張されたら、いや、言語の解釈はこれだけ複雑なんだよ、それでも水が学習するから云々なんて言うの? と返す訳ですね。
そこで更に頑張るには、自然科学・情報科学・心理学・生物学 等々のあらゆる知識を「無視」し、アド・ホックな説明として想念波動のような概念を持ち出すしか無い訳ですね。

そして、その段階まで行った人に対する説得は困難だ、というのは、黒猫亭さんもよくご存知の事と思います。

初めから、言葉の認識についてそれほど突き詰めて考えた事が無い人に対する説明の仕方、というのを想定して書いた訳ですしね。

ですので、水は学習する、という内容の反論の可能性と評価に関しては、黒猫亭さんは、ちょっと見誤っておられるのではないか、と私は考えました。
▼▼▼引用▼▼▼
しかし、水伝の信奉者はまずそれを馬鹿げたことだとは考えていないのですから、それを前提視した立論は容易に反論されてしまうと謂うことになります。
▲▲引用終了▲▲(黒)
つまり、それ(水に言語を理解するほどの学習機能があるという論点からの反論)がいかに難しいか、というのを示していくのが主旨という訳ですね。言語解釈の論理を細かく見ていけば、漠然と考えていた「水が学習する、記憶する」的な見方を懐疑的に捉えられる可能性も出てくるよね、という。
私としては、想念波動なんかの概念で認識している人ですら、それを覆せる可能性がある、と思っています。※上で出した例(徹底的に説明したにも拘らず、アド・ホックに逃げ込む場合)とはパターンが違う
これは、数年前に超能力捜査をある程度信じていた自分の認識が覆ったのをモデルケースとしています。

▼▼▼引用▼▼▼
だから最初の点は、TAKESANさんが言語が恣意的だってはなしがあまりに冗長だったのを茶化した面もあります。
▲▲引用終了▲▲(b)
茶化したと書いた意味は はかりかねますが、「言語が恣意的だってはなしがあまりに冗長」っていうのは、的はずれなんですね。
なぜなら、言語の認知や解釈が難しい事の理由の一つが、言語の恣意性だから。

いかに言語解釈が複雑な構造を持っているかを噛み砕いて説明するか、というのがそもそもの主旨なのですから、言語の恣意性に関して重点的に説明するのはあまりに当然です。

後、このエントリー、dlitさんの簡潔な論考を表現の面で噛み砕いて理解の助けにしよう、という意図もあって書いた訳ですね。dlitさんは、多分その事はご存知ですけれども。
敢えてこういう言い方をしますが、このエントリーは、冗長に書こうと思って書いたものなのです。

ちなみに。
茶化す目的も含んでコメントを書いておきながら、それへの反応(エントリーの主旨などを全く考慮されなかった事に対する私の批判)に対して相手の不誠実さを謗るというのは、なかなか興味深い振る舞いです。

これらを考えると、黒猫亭さんによる、
▼▼▼引用▼▼▼
お互いに相手の発言の瑕瑾を指摘し合う性格の議論
▲▲引用終了▲▲

との評は、不本意に感じなくも無いです。感じなくも、という表現は、確かに他に書きようもあっただろうという反省と、最初にあれほどの誤読をされたのにどう対応すれば良かったのか、という戸惑いの両方を含んだ書き方ですけれども。

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続く。

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2009年2月16日 (月)

言葉を理解する

dlitさんのとこのエントリー読んだりして、言葉の認識っていうか、そこらへんの論理をわかりやすく説明するのがあればいいかな、と思って色々考えたんだけど、なかなかまとめるのは大変そうなんだよね、、、

ほう。

そうそう、でも、それを噛み砕いてまとめて説明する、というのは骨が折れそう。認知心理学者とか、あと、工学方面の人なんかの詳しい人が、文字を読む、言葉を理解する、というのをわかりやすく解説した本なんかがあればいいんだけどねえ、、、

だね。なんか難しそう。

で、私が思うに、こういうのは、トップダウン的というか、「言葉を理解するにはどういう仕組みがあればいいか」、という方向から説明したほうがいいんじゃないかな、と。

ほう。

普段から言葉というのは駆使してるわけで、まあ、大部分は無意識でやってるんだろうけど、こういう風になってるでしょ、といわれたら、けっこう納得する気がする。馴染み深いからね。

うむ。

んで、それをちょっと考えてみようと思うんだが、時間は大丈夫?

おk。今日は特にやることもないし、面白そう。

おお。んじゃ、ちょっとやってみよう。

おう。

まず、われわれは、文章を見るなり話してるのを聞くなりして、言葉を理解するわけだね。

うん。

それには、書かれたものや聞いた音を単語に分けて認識する、というのがまず必要。

うむ。

で、他の部分と比較して、この単語はここではこういう意味かな、とか考える。

うむ。文脈ってやつか。

そうそう。で、文全体の意味を考えて、理解していく。同音異義語なんかはわかりやすいね。それから、ちょっと違うけど、「カネヲクレタノム」なんて例があるよね。

何それ?

同じ文字でも読み方が色々あるってやつだね。「金をくれた、飲む」とも読めるし、「金をくれ、頼む」とも読める。書いたやつなら、まあ、こんな電報打つかってツッコミもあるかもだけどw

今の電報の話だと、点が打ってないし、漢字じゃないから、それまでの出来事とかとあわせて、意味を推測するわけだよね。音を聞く方に近いのかな。

うむ。誰に送ったか、とか、送られた人の生活のしかたとか。

たったこれだけの短い文なのに、ちゃんと読むには相当の情報がいるってことだね。

カネヲクレタノム、という文だけでは意味を確定出来ないって感じか。

だね。で、それが、文字や音と意味がきつく結びついてるわけじゃない、という話につながってくる。

ほう。

さっきの同音異義語もそうだね。同じ音なのに、いくつも意味があったりする。これは言い方をかえると、音だけじゃ意味を決められないということ。さっき出てきた文脈がわかってないといけない、という話だね。

うむ。そういえば、代名詞なんかも、単に「あれ」と言ったって、どれだよ、となるな。その人がどういう場所にいるか、とかわかってないと、意味不明だね。

そう。で、これをどんどん進めていくと、言葉のかたちっていうか、文字や音と意味の結びつき自体が、そもそも必然的には結びついてない、という話になってくる。

どういうこと?

たとえば、りんごは、あの植物を指すわけだね。赤とか青の実をつけるやつ。

うむ。

で、それは、別に「りんご」と呼ぶ必然性はないわけだ。んで、「りんご」←この文字で書く必然性もないわけだね。明日から、あの赤い実を「ろんぎ」と呼んでも、別に世界は崩壊しないw

ww

もちろん、言葉ってのは社会の約束事だから、誰かがどっかで、明日から俺はろんぎと呼ぶからみんなそうしろ、と言っても、はいはいさようなら、ってなるんだろうけどね。

うむ。そういうのは、小学校あたりでけっこうあったねえ。

だね。略語とかもそうのなかもだけど、なんかのきっかけで広まれば、それが浸透して、普通の使い方になったりする。そういう意味でも、きつく結びついてるんじゃない、と言えるね。まあ、一番簡単に言うと、世界には沢山言語があるだろって話なんだけど。別に「apple」と呼んでもいい。で、それを言いかえても世界は崩壊しないw

www

あ、もちろん、全部の言葉で、意味とかたちに何の関連もないってことじゃないけどね。擬音語とかもあるし。

ああ、確かに。

それで、これは「縦」の関係と言えるね。

言葉の意味をかたちの結びつきを矢印でつなぐようなイメージだね。上下に意味とかたちを並べて。

ああ。ってことは、横もあるわけか。

うん。これは、網の目を考えるといいかな。網が、ある言語を表してるとして、網の目が、言葉の意味の範囲や広さを表す。まあ、普通は網ってのは、目の大きさは均一だけど、あくまでたとえとして。で、その網の形は、色々な言語によって違うわけだね。

うーん、ちょっとよくわからんなあ、、、

うーん、そうだなあ、、、たとえば、四足でワンワン吠える動物をまとめて「犬」というよね。で、犬の中でも色んな種類がいて、それぞれに名前がある。この分類のしかたは色々ある。これは、網の目を細かくしたり、ということだね。まあ、動物の分類には生物学の考えが入ってくるだろうから、ちょっと単純に見すぎだけど、遠い昔の分けかた、というのをイメージするといいかな。犬と山犬と狼の区別でたとえるのもあるし、箱に入った風船でたとえた人もいたね。

ふむ。つまり、時代によっても網の形は変わるし、それは、言語の種類の違いにもよる、ってことか。

うん。ただ、今書いたみたいに、自然がどうなっているかと全く関係ない、という話ではないけどね。ただ、きつく結びついてるわけじゃない。

なるほどね。

そう。だから、まず前提として、言葉の意味とかたちに必然的な結びつきはないし、意味にどういう仕切りをつけるか、というのも必然的な決まりがあるわけじゃない、というのがある。

うむ。

んで、言葉を見たり聞いたりして理解するには、このシステムっていうか、そのルールみたいなものを知ってなくちゃならない、ということだね。

お、いいたとえを思いついたぜ。

ほう。

長い木の棒は、武器にもなるし、つっかえ棒にもなる。木の棒だけでは意味は確定出来ない、みたいな。

おお、なかなかいいね。そんな感じ。で、考え方としては、ある文字と意味とか、文字と音とか、そういう所にも応用出来るよね。

ほう。

たとえば、「あ」という文字があるね。

うむ。

これって、違う人間が「あ」と発音しても、同じ「あ」として理解出来るよね。

つまり、AさんとBさんが「あ」って発音したら、その音は、物理的には全く同じ、じゃないよね。

うむ。

でも、「あ」として認識される。これ、よく考えたら不思議じゃない?

うーん、確かに。

全く同じ音、じゃないのに、同じ意味として理解出来る。これって、元々どういう言語を使うか、とか、他の言葉との差というか違いで、それが認識されるんだろうね。あんまり詳しくないけど。ま、でも、ある音が意味と必然的につながってるんじゃない、とは言えるね。

ふむ。

境界っていうか、どこから分けるかってのもあるよね。「あ」とそれ以外の音はどう分けるか、って。物理的に測定して、こっからは「あ」だ、とも多分言えないだろうし。だって、聞く人がどうか、というのも関係してくるしね。日本語を知らない人が聞いたら、というのも。

ああ、なるほど。

文字もそう。「あ」←この文字が「あ」と認識される。でもこれ、「ア」でもいいわけだね。形でいうと、楷書・行書・草書で「あ」という文字を書いても、わかる人には全部、それが「あ」だと認識できる。でも、その文字は全然違うよね。ていうか、私は草書読めんしw

ああ、あるね。急いで書いた字だと、自分が書いた字なのに後から読めないってのもあるわw その時はわかってたはずなんだけどねえ。これも文脈的なものか。

多分そうだろうね。これも音と一緒で、どこからを「あ」とするか、というのは難しいね。ていうか、文字読み取り装置なんかは、ここらへんを研究してるんだろうね。どのくらいの精度なのかは知らんけど、違う人が書いた文字を同じものとして分類するってのは、よく考えるとすごい。

うむ。数字は比較的シンプルそうだけど、漢字あたりになると難しそうだねえ。電子辞書だと、候補が出てきて自分から選ぶ、というやつだしね。

そう。しかも、これにもやっぱ、知識というか、その人がどういう字を書くか、という癖なんかも関係してくるよね。ミミズのはったような字でも身内なら読めるってのもあるし。

あー。ノート貸したら読めなかったって言われるとかねw いや、自分じゃ読めるんだけど、的な。

そうそうw だから、言葉を理解する、というのは、他の色んな知識とかが関係してて、それがないと考えられないんだよね。で、積み上げていく方向から考えると、文章を見たり話を聞いたりして、まずそれを文字に分けて認識する、という段階がある。

うむ。

「あ」という文字ならそれを認識して、その音ならそれだと認識する。文字だと、インクとか光の形を読み取って、それを脳内辞書みたいなのと照合して、これはどの文字だな、と認識する。その認識のしかたについては、いろんな説というか、考え方があるみたいだけどね。

ほう。

んで、文字が認識出来たら、脳内辞書から単語の意味を引っ張り出したりする。でもそれだけじゃ意味が確定できないから、他の部分も見て、それで推測したりする。それがうまくいかないと、誤解されたりするよね。

うむ。

逆に、空耳アワーみたいなのは、それを利用してるって感じだけどね。

あー、確かに。

で、こういうのが、かなり短い時間で、しかも行ったりきたりを一瞬で繰り返しながらなされるわけだね。ものすごい情報処理。

うむ。一々そういうのを考えなくても、勝手に言葉は出るしねえ。

そうそう。あまりにも当たり前だから、実はその仕組みのすごさってのは、あんまり意識はされないんだろうね。

それを考えると、水が言葉を、ってのはやっぱり変だね。

そだね。中には、水が情報を保存して、、、なんてこと言う人もいるけど、仮にそういうのがあるにしても、言葉を理解するには、そんなんじゃ全然足りないわけで。文字を認識して、文脈を読んで意味を決めていって、、、ってのを水がどうやってやるの、という話。

うむ。相手がどういう人か、とか、どの言語を使うか、というのも絡んでくるから、その難しさっていうか膨大さっていうかは、ちょっと途方もないね。

そう。で、こういう所を理解すれば、水が言葉に反応するって話についても疑ってかかれる可能性はあるね。

うん。特に、意味とかたちに必然的な結びつきがないってのは重要そうだ。

だね。それをかなり華麗に表してるのが、田崎さんのおなじみのたとえだね。「shine」を見せたら?ってやつ。

ああ、あれはいいね。でもあれだね。そういうのを説明しても、わからないひとはわからないだろうね。

まあ、それはそうだねえ、、、てか、理屈をショートカットして、波動やらなにやらを持ってくるから、初めからそこらへんに耳を貸さないって人はいっぱいいるだろうね。ただ、こういうのを説明するのも大事だと思う。

うむ。信じるか信じないかの半信半疑の人とか、あまり深く考えずに信じてしまったって人には、効くことがあるかも。

うん。後、水伝が検証できる、という意見について、こういう考えもあるよ、というのを出す意味もあるね。私なんかは、水伝はそもそも検証は絶対不可能だと思ってて、まあそれは、言葉のかたちと意味に必然的な結びつきがないという所からきてるわけだけど。

そういえば、菊池さんや田崎さんや天羽さんも、物理方面からだけじゃなくて、言葉の問題としても批判してたね。

そうそう。で、そっちから詳しく見ていくと、水伝は検証はできない、となるわけだね。だから、時折出る、水伝は検証はできるけれどもされてない、というのは、本当は、水伝側にものすごく譲歩してるんだよね。実際は、検証しようがないのを実験で確かめたっていってるから、はいそれ無理、検証できないのを検証したと言ってるからニセ科学だよ、とけっこうシンプルに言えるんだね。

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参考にした人々。

dlitさん、池上嘉彦、ソシュール、丸山圭三郎氏、高岡英夫、J.J.ギブソン、等々。

鍵になりそうな概念達。

恣意性、アフォーダンス、記号、有契/無契、シンボル・イコン・禁書目録インデックス、音声学、音韻論、音素、形態素、二重文節、等々。

私の知識は、言語学や記号学(論)、あるいは認知心理学の入門書に書いてある基本的なものくらいしか無いので、これくらいが限界。古くなっている所もあったりするかもですが、あまりはずさないように配慮したつもりです。不備や誤りがあれば、ご指摘を頂けると幸い。

そして、誰かが、

  • やる夫で学ぶ言語学
  • やる夫で学ぶ記号論
  • やる夫で学ぶ文字認識
  • やる夫で学ぶ文字読み取り装置の仕組み
  • やる夫で学ぶ認知心理学~文字認知をテーマに~

などを書いてくれるのを祈ります。

後、こういう内容のものって、そんなの言ったって水伝を信じている人は考えを変えないよ、とか、論理で信じてる訳じゃ無いだろ、的な反応がしばしば見られますけど、そんなの言ったって、あんまり意味無いですからね。これは、水伝が検証不能だというのを示すものでもあるし、言語をどう認識するか、というのを考えた文章でもあります。

水伝の信じ方にも色々あるのだし、「どうせ考えを変えやしないよ」、なんて言うのは、かなり的外れだったりします。

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2009年2月15日 (日)

KAKURITSU

もう、だいぶ有名になってきた感がありますが、コンピュータゲームで、「モンスターハンター」というシリーズがあります。

このゲーム、色々な場所に現れるモンスターを狩って素材を剥ぎ取り、それを材料にして武器や防具を作って、更に強力なモンスターに挑む……という内容であります。

さて、このゲームでキーとなるのが「素材」です。アイテムにはレア度というのがありまして、これが高いと、入手が困難である訳ですね。それは、高額で売れたり、強力な武具の材料になる。

で、モンスターそれぞれの特徴的な素材があるんですね。特定の部位を破壊する事ではじめて入手する可能性が出てくる、というアイテムもあります。

たとえば、リオレイアというモンスターがいるのですが、これ、初めに出てくる大型の「飛竜」でして、ある意味このゲームを象徴する存在と言ってもいいでしょう。

で、そのリオレイア、尻尾を剣などで攻撃していると、切断出来るんですね。それで、落ちた尻尾を剥ぎ取って、素材を回収出来るのです。

そこで手に入るレアアイテムが、「雌火竜の逆鱗」。特に最初の方では代表的なレア素材で、これを入手するために狩りにいく、というのもしばしばです。

と、ここまでが、長い前置きで……。

以前、ネット上のフレンドと一緒の時に、逆鱗を入手したい、という話になりました。

では、逆鱗を集めるために、通称「リタマラ」(リタイアマラソン)、つまり、

  1. 尻尾切る
  2. 剥ぐ
  3. レアアイテム出る→おめでとう レアアイテム出ない→クエストをリタイア

を繰り返してアイテムをゲットする、というのをやろう、となった訳です。

さあ、出発です。

レイア(リオレイアの略称)を罠にかける→大剣の強烈な攻撃数回で尻尾切る→剥ぐ

という華麗な連携で、次々と尻尾を剥ぎ取っていきます。

10回くらいやっても出ません。まあ、よくある事か。

20回くらいはやったかなあ。なかなか出ない…。

50回はやってるぞ……なぜ出ない。

…。

……。

………。

おかしい。80回は剥いだぞ。いくら何でもこれは…。

さて、ここで考えてみます。

私達が目当てにしたアイテムは、逆鱗でした。色々サイトを参照していると、入手確率は10%程度だと思われます。※知っている人用。MHFの上位での話です

おかしいって。10%なら、10回やれば平均的に1回出るって事だろっ。

ここで、尻尾を切って剥ぎ、アイテムを入手する、というのをベルヌーイ試行と考えましょう。情報によると、入手確率、つまり成功確率は、10%のようです(p = 0.1)。

私達は、多分100回くらいは剥いだと思います。はっきりとは憶えていませんが、まあ、70回くらいは確実にやったでしょう。しかし、「一回も」出ませんでした。

これはつまり、70回連続で出なかった、という事です。一回の試行で成功する確率は0.1(10%)です。そして、70回連続で出ない確率は……

0.9^70 = 0.000626578748 ※一回の試行で出ない確率が90%(0.9)だから

ゲエエエエッ!!

なんてこったい。

これは……70回剥ぎ取るのを10000回繰り返したら6回くらいしか起こらない、という事ですぜ。二人やって、二人とも出なかったんですよ? どうなってんだ。

という訳なのでした。ちゃんちゃん。

……と思って確認のために某サイトを見たら、入手確率5%である、と書いてました。何という記憶のいたずら。

て事は、

0.95^70 = 0.0275836904

あ、あれ…。

なんと人騒がせな。いや、一人で騒いでいた人間が約一名程度くらいいた、という話か。

いや、2.75%でも充分小さいけどねっ!

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良作揃い

PSPの体験版をいくつかダウンロードしてプレイ。面白い作品ばかりでした。

勇者30 Video Games 勇者30

販売元:マーベラスエンターテイメント
発売日:2009/05/28
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これは大変な秀作。こういうアイデアがあるのかあ、と唸りました。RPGでありながら、アクションの要素もあり、と言って、単なるアクションRPGとはちょっと違う。これは、やってみて下さい。じゃないと、面白さがなかなか伝わらない。

遠隔捜査 ~真実への23日間~ Video Games 遠隔捜査 ~真実への23日間~

販売元:ソニー・コンピュータエンタテインメント
発売日:2009/02/05
Amazon.co.jpで詳細を確認する

面白い。ジャケットでハンドパワーが出てますけど、別に超能力使う訳じゃ無いですよ。

逮捕拘留された主人公が、「外の人間」を使って、身の潔白を示す証拠を集めていく、というストーリー。これも、あまり見ない形態ですね。基本的にはオーソドックスなアドベンチャーですが、それがいい。

PCで出来る体験版もあり⇒遠隔捜査™ -真実への23日間-

絶体絶命都市3 -壊れゆく街と彼女の歌- 特典 彼女の歌インナーイヤーヘッドホン付き Video Games 絶体絶命都市3 -壊れゆく街と彼女の歌- 特典 彼女の歌インナーイヤーヘッドホン付き

販売元:アイレムソフトウェアエンジニアリング
発売日:2009/04/23
Amazon.co.jpで詳細を確認する

実は、このシリーズをプレイするのは初めて。なるほど、こういうものだったのか、と。かなり面白いですね。

ヘ、ヘッドホン付き?

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いずれも、個人的にはとても楽しめました。特に、勇者30は、かなり来る予感。

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2009年2月14日 (土)

蜜の味?

最近、このニュースがにわかに注目を集めておるようであります⇒妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに:プレス発表:お知らせ:独立行政法人 放射線医学総合研究所

私としては、ある実証研究の一成果を紹介する際に、安易に喩え、つまり、ことわざや慣用句などを用いて「注目」させる、という書き方は、好ましく無いと考えます。特に、プレスリリースにおいてこのような書き方をするのは、よろしく無いでしょう。先日も、赤ちゃんの顔認知の話がありましたが・・。

さて、このような研究成果が発表された際には、そこから何が言えるか、また、何が「言えないか」、というのを丁寧に見ていくのが肝要でありましょう。

本来、原典を参照して検討していく、というのが適切でしょうけれども、それは専門の神経科学者や心理学者に任せるとして、ここでは、メディアに向けたプレスリリースである、という所に注目して、記事の書かれ方も含めて見る事にしましょう。

まずタイトル。※引用にあたり、文字修飾や改行を、適宜直します。部分的には追加。誤字脱字衍字は原文ママ

妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに
―妬みに関する脳活動が強い人ほど“他人の不幸は蜜の味”と感じやすいことが脳科学的に証明された―

ここで、「メカニズムが明らかに」、「脳科学的に証明された」と強調されています。メカニズム云々はともかく、「証明された」という言い回しは、慎重な実証科学者は使うのに躊躇いそうなものに思います。

「概要」部分。

ここでは、通常、人間は、他人の不幸に同情するものであるが、それだけでは無く、それを喜ぶような場合、つまり、「他人の不幸は蜜の味」という言い回しで表されるような現象があり、その脳機能との関係がそれまで明らかで無かった事、そして、その論理の一端が著者らの神経科学的研究によって明らかにされた事、が紹介されています。

今回の研究では、高橋らが考案した心理課題を被験者に与え、その時の脳内の活動をfMRI により解析しました。その結果、第1に妬みの感情には前部帯状回*3と呼ばれる葛藤や身体的な痛みを処理する脳内部位が関連していることがわかりました。次に、妬みの対象の人物に不幸が起こると、線条体*4と呼ばれる報酬に関連する部位が活動することがわかりました。さらに妬みに関連する前部帯状回の活動が高い人ほど、他人の不幸に対して線条体が強く反応することが明らかとなりました。

ポイント

  1. 著者らが心理測定尺度を考案。
  2. fMRIにより画像解析。
  3. →妬みの感情に前部帯状回が関連。
  4. 妬みの対象に不幸が起こる→線条体が活動。
  5. 前部帯状回の活動と線条体の活動に正の相関関係。

が見出された。

最後の段落では、本研究が各分野に今後与えるであろう影響を仄めかしています。心理測定法・教育への応用・カウンセリングへの応用 等々。

「背景」部分。

まず、妬みという感情について説明し、神経科学的にその感情については未だ明らかにされてこなかった事を紹介し、その研究の意義を説明しています。

このような私達が普通に感じる感情について脳内のどの部位が関係し、また感情と感情の関係についてはこれまでほとんどわかっていませんでした。また他人の不幸を喜んだり切望したりする感情は、しばしば非道徳的な行為や犯罪にも結びつきます。このように妬みは個人の生活の満足度や自己の評価にも関係し、この感情をマネジメントすることは個人や集団の心理的安定に重要です。本研究ではまず、自己と他者との関連性の強弱が妬みとそれに関連する脳活動にどのように影響するかを検討しました。次に妬みの対象者に不幸が起きた時の“他人の不幸は蜜の味”という感情を誘発する脳活動部位を同定し、さらに妬みに関連する脳活動との関連を調べました。

ここでは、他人の不幸に快感情を覚える事の問題点、それが反社会的行為に繋がる可能性、また、個人の心理的な安定に及ぼす影響について示唆しています。

「研究手法と結果」部分。

ポイントを箇条書き ※鉤括弧で括った部分は引用部

  1. n = 19 (健康な大学生)
  2. 被験者本人が主人公である物語を、被験者自身に読ませる。登場人物↓※この部分、主人公との違いや共通点がが解りやすいように、強調で示す
    • 主人公:「主人公は大学生で、学業成績や経済状況などにおいて平均的な物や特性を有している。」
    • 学生A :「被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通で、かつ被験者より上級であったり優れたな物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生B:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なるが、被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生C:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なり被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。」
  3. ここで便宜的に、
    • 主人公:平凡な男
    • A:出来る男
    • B:出来る女
    • C:平凡な女
    • とする ※「学生○の~」とすると、被験者の事と混同するので紛らわしいため
  4. 実験1:被験者がシナリオを読んだ後、各登場人物に対する……引用部が不明確なので、そのまま引用する。
    • 「学生A, B およびC に対する脳活動をfMRI にて計測した。」 ※「対する脳活動」というのは、変な表現。文脈から補うと、シナリオを読んだ直後に画像診断している、という事だろう
    • 各登場人物に対する「妬み」の強さを測定。6件法による。
  5. 結果1
    • 出来る男>出来る女>平凡な女 の順に妬みの評定は高かった。
    • 出来る男・出来る女のエピソード後には前部帯状回に活動。活動の強さは、出来る男>出来る女 だった。
    • 妬み尺度の成績と前部帯状回の活動に正の相関関係が見られた。
  6. 実験2:出来る男と平凡な女に不幸が起こる、というシナリオを被験者が読み、fMRIで測定。→出来る男と平凡な女に起こった不幸についての「うれしい気持ち」を6件法で評定。
  7. 結果2
    • 出来る男の不幸に対して→中程度のうれしい気持ち・線条体活動あり
    • 平凡な女の不幸に対して→うれしい気持ちは報告されず・線条体活動無し
    • うれしさ尺度の結果と線条体活動に正の相関関係が見られた。
  8. 前部帯状回の活動と線条体の活動とに正の相関関係が見られた。

以下、ここは考察する余地がある、という部分。青字で示す。 ※あくまで、記事を見る限りでは、という観点。詳しい所は、原典に載っているはずなので

  1. n = 19 (健康な大学生) n の大きさは充分か。標本抽出はどうか。母集団は何で、どのように抽出したか。神経科学的には、この n の大きさと標本の採り方で、どこまで一般化出来るか。
  2. 被験者本人が主人公である物語を、被験者自身に読ませる。登場人物↓※この部分、主人公との違いや共通点がが解りやすいように、強調で示す
    • 主人公:「主人公は大学生で、学業成績や経済状況などにおいて平均的な物や特性を有している。」
    • 学生A :「被験者と同性で、進路や人生の目標や趣味が共通で、かつ被験者より上級であったり優れたな物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生B:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なるが、被験者より上級であったり優れた物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を多く所有している。」
    • 学生C:「被験者と異性で、進路や人生の目標や趣味は全く異なり被験者と同様に平均的な物や特性 (学業成績、所有する自動車、異性からの人気など) を所有している。」
  3. ここで便宜的に、
    • 主人公:平凡な男
    • A:出来る男
    • B:出来る女
    • C:平凡な女
    • とする ※「学生○の~」とすると、被験者の事と混同するので紛らわしいため
  4. 実験1:被験者がシナリオを読んだ後、各登場人物に対する……引用部が不明確なので、そのまま引用する。
    • 「学生A, B およびC に対する脳活動をfMRI にて計測した。」 ※「対する脳活動」というのは、変な表現。文脈から補うと、シナリオを読んだ直後に画像診断している、という事だろう 読むのと計測との間に、どの程度の時間的な開きがあったか。言語的教示はどうだったか。
    • 各登場人物に対する「妬み」の強さを測定。6件法による。 この尺度は標準化されたものか。妥当性・信頼性は充分か。単に一つの質問を尺度として用いたのか、それとも他の質問も含んだ尺度として構成されていたか。そもそも、対象に対して妬みを感じるか、という質問をストレートに行うのが適切か。
  5. 結果1
    • 出来る男>出来る女>平凡な女 の順に妬みの評定は高かった。 この評定を、シンプルに間隔尺度のように扱って良いか。平均(なのか?)を出して比較して良いか。この差をどの程度実質的に意味あるものと見るか。検定などは行ったか。行ったとすればどの手法だったか。 ※ポイントは恐らく、平凡な女に対する評定の低さ(グラフ上では0に近い)にあるのでしょう
    • 出来る男・出来る女のエピソード後には前部帯状回に活動。活動の強さは、出来る男>出来る女 だった。 帯状回の活動をどのように測り、強さをどう評価するか、というのを詳しく知らないので、保留
    • 妬み尺度の成績と前部帯状回の活動に正の相関関係が見られた。 そもそも、横軸を「妬みの強さ」として本当に良いのか。上にも書いたが、その尺度はきちんと作成されたか。「妬み」という構成概念をきちんと測るものなのか。縦軸の(%)って、どういう意味なんでしょう。脳画像全体に占める割合? ピクセルとかボクセルとかの。縦軸をああいうスケールで取って見るくらい、1%と2%の差というのは大きいって事なのかな。分解能の高さと領域の大きさによる、か。
  6. 実験2:出来る男と平凡な女に不幸が起こる、というシナリオを被験者が読み、fMRIで測定。→出来る男と平凡な女に起こった不幸についての「うれしい気持ち」を6件法で評定。 「妬み」の所と同様。下も大体同じ。
  7. 結果2
    • 出来る男の不幸に対して→中程度のうれしい気持ち・線条体活動あり
    • 平凡な女の不幸に対して→うれしい気持ちは報告されず・線条体活動無し
    • うれしさ尺度の結果と線条体活動に正の相関関係が見られた。
  8. 前部帯状回の活動と線条体の活動とに正の相関関係が見られた。 図を見る限り、そんなには高く無さそうだけれども…。どのくらいかな。ところで、原点が0で無いのは何故?

「本研究の成果と今後の展望」部分。

について書こうと思ったけど、力尽きた…。コメント書いてねっ。

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図4の散布図ですが…。

もしかして、相関係数(ピアソン)、0.4ちょっとじゃないですか? 0.43くらいと見た。で、帰無仮説: ρ = 0 を棄却出来ないような。と言うか、いずれにしても、n = 19 だと、かなり(95%)信頼区間が広くなりますかね。

全然違うかもですけど。

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2009年2月13日 (金)

困る

オークションで困る事。

▼発送直前に発送先を替える。

最初に連絡してきた時に、発送先を知らせた場合、荷造りして住所も記入して、いつでも発送出来るよう、準備する訳ですね。

で、振込み後に、発送先を替えて欲しい、と言われたりする。

ゆうパックなら、送り状を書き直せばすむんですけど、封筒に宛名を直接書いた場合などは、入れ物を破棄して梱包し直さなきゃならないので、かなり手間がかかります。

タイミングもね。私、発送した直後に発送先を替えてくれと言われた事があります。店で止めてもらって、送り状を書き直して発送し直しましたが。

まあ、なんらかの都合があるんだろう、というのは解らないでは無いのですが、一言の詫びの連絡も無い日にはもうね。

▼コメントが一言。

取引ナビで、

「振込みました」(例)

だけが書いてあったり。

複数口座があって、そこから(手数料などから)都合の良い所に振り込むようお願いしたのだから、どこに振り込んだか書いてくれないと。

はい、一々口座を全部調べましたよ。

------------

なんて言うか、ちょっと考えれば解る、常識の範囲の話だと思うんですけどね。

他にも色々ありますけどね。

たまに、他の人の評価欄を見ると、ちょっと考えられない理由で悪い評価がつけられているのを発見する事があるのですが、幸い、その手の経験は無いです。

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トラブりまくり

ファッファッファ。

HDDが死亡した模様。

今は、以前使ったHDDと交換して、セットアップが一段落しました。

まあ、かなり前から、だましだまし使っていたので、ついに来たか、という感じ。

一応、ネットにも繋げるし、そこまで深刻な状況にはならなかったです。電源から煙事件よりは、はるかにマシ。

がしかし。

代わりに今使っているやつの容量が、

…。

……。

8GB。

これはいかんともしがたい。

XPをアップデートしたら、残り容量が2GB未満になったぞ。

メールやブラウザ設定、クッキーなどはちょっと前にバックアップしてたので、まあ良かったかな。

死亡したと思しき先代、もう一回だけでも認識すれば、データを救出出来るんだけど……どうなる事やら。

それにしても、PCのトラブルに巻き込まれた時の、この徒労感・焦燥感・倦怠感・虚脱感 は一体何なんでしょうね。

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2009年2月12日 (木)

最強

知恵袋を検索して色々見てたんですが、最強の武術(武道・格闘技)は何ですか、とか、一番強いのは誰ですか、とかの質問が、やっぱり多いですねえ。

まあ、格闘技や武術に関心があれば、誰しも一度は興味を持つ問いですな。

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2009年2月11日 (水)

触れずに投げる(と、その他ちょこっと)2

complex_catさんのコメントへのレス。

まず前提として、遠当て系の「触れずに倒す」技、つまり、相手の勢いを利用して結果的に触れずにすんだ、という技で無いものは、純粋に心理社会的論理(高岡は、「人文―社会科学的メカニズム」)によって成立する、と見て良いと思います。
※「投げる」では無く「倒す」と一般化します

その上で、「触れずに倒す」という主張は、大きく分けて、武技に利用出来ると解釈する場合と、そこは薄めて、そういう現象が起こるという事実のみを紹介する場合の、二つの分け方があると考えられます。

そして、それに共通する論理として、「お互いに顕在的・意図的な協力関係が無い」というものがあります。

尤も、武術的な色合いの薄い組織においては、必ずしも協力関係が全く無い事を強調はしないかも知れませんが、しかし、受けが「わざと飛ぼうと思って飛んでいる」と主張する所は無いと考えられます。それは即ち、完全なる「演技」であるのを認める、という事なので。

それで、それぞれの主張を個別に見ていく必要がある訳ですね。

で、「武術」の話として考えるならば、そもそも武術とは、自分に敵対的な人間、友好性がほぼ無い相手をいかに制するか、という合目的性があるので、そこにいかに技術が適合するか、というのを見る必要があります。

その観点から言えば、施術者と被術者との心理的関係を操作した実験がなされないと、武術として「触れずに倒す」技術の普遍性・汎用性は論証出来ないと考えています。

これを端的に表したのが、「リングに上がってみろ」、「実際に戦って触れずに倒してみろ」的なものだと思います。

柳龍拳氏などは、このような挑戦を受け、見事に散った訳ですけれども、このような実験であれば、個人が有する技術がどうであるか、というのをある程度客観的に確かめられますね。もちろん、遠当てなるものは敵対的な相手には絶対成立しないのだ、という強い結論は、科学的には無理ですけれども。

整理すると、「触れずに投げる(倒す)」という現象そのものが、そもそもある程度多義的であるのを押さえつつ、通底する共通性も認識しながら個別に検討していく、という見方が重要である、といった所でしょうか。

私自身は、武術、つまり敵を制する技術の紹介、という文脈で、「触れずに」制す技を仄めかすものは、強烈に忌避するのですが、これは、自分が触れた武術や、私淑した先生方(斉藤守弘先生、佐川幸義先生、塩田剛三先生、等の方々)の影響が多分にあると思います。

遠当の武術的汎用性についての個人的見解としては、遠当が武術的に普遍的に通用する技術と見るのは理論的にもほぼ不可能だ、というものです。
特に、知らない人間に襲い掛かられた(どっちも知らない)、という最も極端な状況の一つを思い浮かべるならば、襲い掛かった人間にある 襲う人間についての情報は、姿形についてのもの程度しか無い訳なので、力学的関係が存在せず、かつ心理的関係を用いた技術、は成立しないと見て良いと思います。

見方を変えるならば、友好的関係が0に近く、かつ力学的関係が0の場合に遠当が成立するには、視覚・聴覚・嗅覚などの情報のみを手がかりにするか、もしくは疑似科学的論理(無意識が繋がっている、なんちゃら電磁波がうんちゃら、気の実体性の主張、等)を仮定するしか無い訳ですね。そしてそれは、現在の知見から考えれば、成立しないと判断して良いだろうと考えます。

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有意

ほぼ、ちがやまるさんへの私信です。

統計学を拓いた異才たち 統計学を拓いた異才たち

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先日紹介したこの本で、フィッシャーが「有意」という事について語っている論文の一説が引用されていました。以下引用(P123・124)。

 生物学的方法によって生命体の研究をする際には、統計的有意性検定は不可欠である。その役割は、研究・検出しようとしている原因によってではなく、われわれがコントロールできない多くの複雑な状況から生じた偶然の出来事に惑わされないようにすることにある。もし見当をつけているものが真の原因でないために、めったに生じ得ないという場合は、その観測結果は有意であると判断される。慣例として、偶然によって生じるのが二〇回の試行のうち一回未満という程度であれば、結果は有意であると判断する。研究の実務に携わっている者にとってこれは恣意的だが、便利な有意水準である。だからといって二〇回に一回判断を誤るというわけではない。有意性検定は何を無視したらよいのかを教えてくれるだけにすぎない。言い換えれば、すべての実験で有意な結果が得られないということだ。かなり高い頻度で有意な結果が得られるような実験計画を知っている場合、現象は実験的に論証可能であると主張するにとどめたほうがよい。そのため、再現する方法がわからない有意な結果がぽつんとあっても、これはあらためて解明されるまで未決定のままなのだ。

訳の問題なのか、私が文脈を捉え切れていない、知識不足で補えない、からなのかは判りませんが(後者だと思いますけど)、ちょっと私には、この部分の意味が掴み切れなかったりします。

それはともかくとして、これが、フィッシャーが有意水準についてどういう考えだったか、というのを示す一つの資料として、参考になれば・・。

出典↓

原典:Fisher, R. A. (1929) "The Statistical Method in Psychical Research, " Proceedings of the Society for Psychical Research, 39 p. 112.

これかな?⇒Adelaide Research and Scholarship: The Statistical Method in Psychical Research.

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2009年2月10日 (火)

触れずに投げる(と、その他ちょこっと)

前も書きましたが(Interdisciplinary: 「遠当て実験」から考える)、改めて採り上げます。もうちょい武術論寄りで。

武術に興味を持つ人でも、それほどでも無い人でも、「触れずに投げる」という現象は、一つの関心事であろうと思います。

テレビでも、以前は結構観ましたですね。突っ立っている人に気合をかけたら、後ろに転がったり、後ずさりして吹っ飛んでいったり。

有名な所では、西野流呼吸法。合気道の一部でも、行われます。現象的には、西野流の場合、術を掛けられた側が、あたかも「踊る」ように吹っ飛んでいく、というもの。もちろん、手は一切触れられていない訳です。

って事で、現象としては、あります。で、問題は、武術として有用なものであるか、という所。

武術は当然、敵対する相手から害を受ける事無く、戦闘不能に陥らせる、というのが目的のものです。

そういう合目的性がある訳だから、非協力的な人間に対して一般的に効果的である、というので無いと、「武術」としては役に立たないのですね。

その観点から言うと、「触れずに投げる」というのは、武術の技としては、まあ、考慮する必要は無いでしょう。むしろ、そんな夢想のようなものは、積極的に排除するべき、という話です。

これまでは、いわゆる「遠当て」の話。ここからは、表現としては同じ「触れずに投げる」というものでも、実態として若干異なる話題になります。

ここで、ちょっと想像をしてみて頂きたいと思います。

あなたは、鞄を泥棒に盗まれました。その中には、とても大事な物が入っています。何としてでも取り戻さねばなりません。

無我夢中で泥棒を追いかけます。全力疾走、息も絶え絶えです。泥棒も疲れたと見えて、スピードが遅くなりました。後ちょっとで追いつきます。

もう少し、手を伸ばせば捕らえられる、と、後ろから思い切り抱き付こうとしました。

よし、捕まえた……と思った瞬間、相手の姿は突然消え去りました。なんと、実はマンホールのフタが開いていて、泥棒は運悪く(良く?)、そこへ落ち込んでしまったのです。

かくして、捉えたはずの泥棒の身体は目の前には無く、地面に泥棒を組み伏せようと張り切って飛び付いたあなたは、見事につんのめり、スッテンコロリンと派手に転んでしまったのでありました…。

※通常、マンホールのフタが開いている事は無い。仮に開いているとしても、疾走している人間がストンと落ちる訳が無い、などのディテールに思いを馳せてはなりません。ここで、マンガやゲーム的な想像力を働かせるべきなのであります。

と、喩えが異常に長くなりましたが、要するに、勢いをつけて相手を捕らえようとした時に、相手が上手く身体を躱して誘導すれば、見事に吹っ飛んでしまう訳ですね。主役を逆転させれば、こちらに害を加えようと襲い掛かってくる敵を上手く誘えば、見事に投げをうつ事が可能なのです。

これが、合気道の「気の流れ」技の基本的な論理に繋がってきます。合気道では、(※気の流れは、進んだ段階で学びます)「掴ませる」訳ですね。そして、取りにきたのを誘導する。よく言われる、「合気道は相手の力を利用」して云々、というのはつまり、そういう話です。

ここまで前置きが長くなれば、既にお気づきでしょうが、つまり、このようなメカニズムであれば、上の遠当てのような、おそらく友好的な関係を前提した心理的反応によらずとも、「触れずに投げる」という現象は成り立つであろう、という事です。

解りやすく言えば、相手によほどの勢いがあり、上手くバランスが崩れ、しかも、制する方がたまたま「触れるまでも無い」場合に、「偶然的に」それが現象する、という論理。

以前コメント欄かどこかに書きましたが、私の先生が、「触れずに投げる」という技について仰ったのは、「先生の先生(故・斉藤守弘先生)が仰るには、よほどタイミングが合えばそういう事は起こるかも知れない」(記憶に基づいて要約)との事でした。

要するに、色んな条件が重なり合えば、偶然そういうのは起こるだろうね、という話だったんですね。つまり、積極的な技として用いられるような性質のものでは無いし、そんなのを目指しても、あまり意味が無いのです。

よーく考えてみて下さい。

触れずに投げるより、相手の身体や服を掴んで投げた方が、確実だし、やりやすいでしょう? 武術という、敵を制する方法において、「相手に触れない」というのが、一体何のメリットになるというのでしょう。

「触れずに投げる」ってのは、単に、「凄そう」と思わせるだけの、象徴的なものなのです。現象するにはするが、誰にでもいつでも普遍的に通用するものでは無いし、そもそも、触れずに投げる意味が無い。

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もう一つおまけの、「触れずに投げる」お話。

触れずに「投げる」というのは、厳密にはちょっと違うんですけどね。

ジョギングしてたら、いきなり、首の高さの辺りに棒を差し出された、と想像してみて下さい。

そうすると、膝を意図的に屈したり、首を反らしたりして、何とか当たらないようにしますよね。

もう一回。

「当たらないように」しますよね?

上手くいけば、当たらないで済みます。ある程度派手に倒れても、首に棒が当たってからぶっ倒れるよりは、マシです。

これ、外から見れば、「触れずに投げる」技の出来上がり。合気道的には、入身投げという技の、高度の段階のもの。何の事は無い。触れてないというのはつまり、受けの反応が早い訳ですな。

で、それが行き過ぎてしまって、とくにタイミングが合っている訳でも体勢が崩れている訳でも無いのに、勝手に倒れてしまう、という風になっていく場合もあります。嘆かわしい事です。

だから、「かかってもいないのに倒れるな」、と真面目な指導者は言うのです。そうじゃ無いと、相手が倒れているのが、技が上手だからなのか、それとも、形をなぞっているだけなのか、解らなくなって、練習にならないから。

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ここから追記。

武術を知っている人向け。

塩田先生の技で、ほとんど動かないのに受けが崩れ倒れていく、という絶技がありますよね。これとか⇒YouTube - 呼吸力の神髄 塩田剛三直伝 合気道養神館研修会vol.2(動画再生注意)

率直に言うと、ここら辺のは、理合は私には「解らない」です。解らんものは解らんので、しょうが無いですな。

一応、仮説的なものはありますが(高岡英夫氏とか)、明らかに、動きを外から観察するだけじゃ、限界がある訳です。

で、受けを取っているのは弟子なので、どうしてもそこで、協力的関係という変数の排除が困難になる。無意識的な反応というのが考えられるから。

だから、全然武術の事を知らない人に持たせて、という風に条件を統制して実験する、という方法が試されるべきなのですね。

ところが、ここでは、達人の技がどれくらい普遍的に成り立つか、というのを検証したいのですけど、達人というのは、そもそも世の中にほとんど存在しない訳です。なので、そういう実験を組む事自体が難しい。科学的研究に協力的であるとも限らないし、佐川先生にしろ塩田先生にしろ、大変残念な事に、物故されてしまったので…。

触れないで投げる、というものなら、そもそも力学的関係が無いので、比較的簡単に論じられるんですが、この動画にあるような技――こういうのを象徴的に「合気」と称したりもしますが(岡本正剛師範、堀川幸道翁、などが代表的か)――は、検証が異常に難しいんですね。力学的・心理学的・生理学的論理が複雑に関わってくる可能性があるから、そこら辺の条件のコントロールをきちんとやって、現象を解析していかなくちゃならないですし。

もちろん、武術的には、ああいう技は、特に出来る必要は無いのですが(そんな事は、塩田先生が最もよくお考えだったのでしょう)。←いかにも岩間な人の台詞…。

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2009年2月 9日 (月)

統計学史

図書館や本屋を見てまわって思った事なのですが。

統計学の歴史をまとめて書いた本って、あまり多く無いように感じるんですが、これって気のせいでしょうか。統計解析の方法を紹介する本は唸るほど見かけるのだけれど…。

統計の勉強をしていると、色々な解析方法や理論があるのを知って、ではそれが歴史的にどんな流れで、どのような要請によって発見され、また編み出されたのか、という所も勉強したいな、と思う訳ですね。

で、図書館や本屋に行って探すけれど、たとえば独立したコーナーがあるくらいの量は無い、という印象。

需要はあると思うんですけどね。いや、単に私が探せていないだけかもですが。

何か良い本があれば、教えて下さい。

と、ただ教えて、というのはあれだから、私がこれまで読んだものをご紹介。

統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀 Book 統計学を拓いた異才たち―経験則から科学へ進展した一世紀

著者:デイヴィッド サルツブルグ
販売元:日本経済新聞社
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↑再読中。これは面白い本だと思います。

R.A.フィッシャーの統計理論―推測統計学の形成とその社会的背景 Book R.A.フィッシャーの統計理論―推測統計学の形成とその社会的背景

著者:芝村 良
販売元:九州大学出版会
Amazon.co.jpで詳細を確認する

↑バリバリの学術書。値段見たら、結構するのね…。図書館で借りたから気付かなかった。

確率の科学史―「パスカルの賭け」から気象予報まで Book 確率の科学史―「パスカルの賭け」から気象予報まで

著者:マイケル・カプラン,エレン・カプラン
販売元:朝日新聞社
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↑確率の本だけど。これ、読んだっけ……記憶が曖昧。

amazonで見つけた、未読の本達。

ナイチンゲールは統計学者だった!-統計の人物と歴史の物語- Book ナイチンゲールは統計学者だった!-統計の人物と歴史の物語-

著者:丸山 健夫
販売元:日科技連出版社
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Book 統計学史

著者:小杉 肇
販売元:恒星社厚生閣
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Book 多変量解析の歴史

著者:安藤 洋美
販売元:現代数学社
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統計学史の本はいくつかヒットしましたけれど、最近刊行されたものは、あまり無い模様。

そして、国会図書館で検索しようとしたらメンテナンス中というオチ。

WEBページでまとまったものがないか、と調べたけれど、見つからないなあ。古い本だけれど、往時の事を知るという意味で、これなんかは参考になるかな⇒統計科学の三十年

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2009年2月 8日 (日)

プチアンケート

よろしければ、ご協力を・・。

えっと、このブログを読んでおられる方で、「高岡英夫」という人をご存知の方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。

もし差し支えなければ、どういうきっかけで知って、どういう評価をしているか、などを教えて頂ければ、大変ありがたいです。

もしかしたら、高岡氏関連で検索してこのブログに辿りついた、という方も結構いらっしゃるのかな、と思いまして。検索ワードでも、上位にきたりしますし。

ここでの高岡氏の援用や評価はどうか(適切か、的外れか)、という部分に関しても、忌憚無いご意見を伺えれば、と思います。

なにしろこのブログ、高岡英夫論を紹介(&批判)するのと、ゲーム脳を批判するのが目的で始めたものだったりするので(アドレスにモロにそれが反映されている)。

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2009年2月 7日 (土)

600回記念

今日、Saturday Hot Request -サタデーホットリクエスト-の600回記念放送ですぜ。歴代のパーソナリティが出演されるそうな。聴かねば。

毎週必ず聴いている訳では無いのですが、聴き始めたのは古いです。なにしろ、GAOさんがいた頃からだから。

それにしても、600回かあ。もう10年以上ですか。自分も年を取る訳だ(意味不明)。

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プロフィール

はてなのプロフィール画像を設定しました。人形マークでは、なんだか味気無いので。

で、最初に設定したのが、どうもしっくりこないので、さっき、新しいのと替えました。

でも、はてブのページとかで反映されて無いんですよね。設定の画面では、ちゃんと出ているのですが。時間が掛かるのかな。

ちなみに、最初に設定したのがこれ↓

Bu

リサイズされると、なんかぼやけてしまった。16×16 だと、もはや何か判らないし。

で、こっちにしました↓

Bu2_2

元はこんな感じ↓

Bu2

和紙に金色の文字を描いたイメージ。結構適当です。

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丹田とはシステムである

Interdisciplinary: 気とはシステムであるの、「気」を「丹田」に換えても、ある程度成り立ちます。

もちろん、気は より一般的な概念で、丹田(ここでは「下丹田」、すなわち、いわゆる臍下丹田を指す)は、下腹にある、実体のように感ずる何物か、というような違いはあります。

当然、解剖学的に見れば、丹田があるとされる箇所に、それと対応する独立の組織や臓器は無い訳です。ですから、バイオメカニクス的に考えれば、その辺りの筋肉を合理的に働かせる意識、あるいは認知のポイントであり、心理学的には、そこを認知する事で精神的な安定が得られるとされているポイントである、というように、総合的・機能的なものだと考える方が、適切でしょう。高岡英夫氏は、著書において、

伊藤 正中線は、陸上競技でも肉体と直接的対応を考える段階では軸として理解することができますが、武術でしきりにいわれ、高岡先生も重要視されている「ハラ」とは、一体どういうものなのですか。

高岡 「ハラ」、「下丹田」と古来から言われてきたものは人体下腹部の中心にあるとされている点ないしは球状の部分です。しかし、その部分は、解剖学的には腸があるばかりで他には何も見いだせません。ところが、その丹田があるとされる周りには、大腰筋、腸骨筋、上下双子筋、方形筋、横隔膜などの深層筋群と腹筋、腰背筋などの浅層筋群が丹田を中心に長球状の構造を形成しているのです。

 つまり、「丹田ができる」とは、こうした「長球状筋構造体」が至適のバランスを持った統一体として筋収縮活動を行うことを指すのです。

伊藤 武道家の人達のハラに対する説明には、極めて観念的な印象を持っていたのですが、先生の説明は極めて明快ですね。

高岡 ただ、深層筋や深層小筋群は、意識化することが極めて難しいのです。そこで意識と動作の関係がまた出てきます。丹田自体は、それらの筋肉群を統一的に動員するための「意識装置」であるわけです。

伊藤 なぜ、ハラが利くと動きがよくなるのでしょう。単に意識化できない筋肉というのは、その丹田周辺の筋肉群以外にも体全体に沢山あると思いますが。

高岡 それは、四肢の運動や体幹・呼吸運動の本質的な因子を根底から支えているのが、この長球状筋肉群だからです。それが本質的な因子を担っているということは、脊椎や骨盤とのつながりを考えれば容易に推察できると思います。

 ついでに申しますと、中丹田があるといわれている胸の部位、つまり胸郭を取りまく筋肉群も長球状構造体をなしており、この意識中心が中丹田なのです。

このような見解を表明しています(『極意要談』)が、バイオメカニクス + 心理学的に考えると、このようなシステムあるいは機能を指し示す概念として「丹田」がある、というのは、それほど的外れでは無いでしょう。※高岡氏は、実証が進んでいないのに断定的に語り過ぎるきらいがあるので、読む場合は注意しましょう

もちろんこれは、きちんと解明されたものでは無いでしょう。丹田を意識すると、実際にその筋肉群が合理的に使えるようになるのか、とか、それらが使える際の知覚あるいは認知のありかたが、位置・形状的に、伝承されたきた丹田とどのくらい対応するか、とか、解剖学以外の、神経生理的なシステムはどのように関わっているか、とか、解明すべき事柄は、沢山ある訳です。そもそも、合理的な身体運動や、安定的な精神状態と、丹田があるとされる付近の構造とどう科学的に関わってくるのか、という基礎的な部分もあります。ここら辺は、たとえば腸腰筋(大腰筋・小腰筋・腸骨筋)の重要性などが関わってくるでしょう。

丹田というものは古来、そこに実感がある、とされているものですから、心理学的に見れば、何らかの体性感覚的情報の認知の体制あるいはスキーマ、と考える事が出来るでしょう。その意味では、丹田の位置に対応する臓器等が存在しないからといって、「丹田は存在しない」と言うのは、気が早いのです。

ここら辺を踏まえると、肥田春充翁が試みたような、丹田の位置を幾何学的厳密に定める、というのものは、やはり的外れであった、と私は考えます。初めから複雑なものは、複雑なままに記述しなければなりません。過度に単純化して普遍的な原理を得ようとすると、そもそも構成概念を示す言葉だったのに、無理に切り取ってしまう、という本末転倒になる事があります。

こういう概念を解明するには、認知神経科学的な研究、脳イメージングを用いた分析等が、必須となるでしょう。あるいは、言語論的な論理も考える必要があります。たとえば、甲氏が「丹田を意識」するのと、乙氏が「丹田を意識」するのが、同じ結果をもたらすとは限らないのですしね。

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2009年2月 6日 (金)

武道・武術関連の論文とか

CiNiiで、武道・武術関連のものを検索し、これは面白そうだ、と思ったのをピックアップしてみます。

※学会誌の論文以外のものもあります

※タイトルで興味を持ったのを載せるので、内容が学術的に適切か、というのはまた、別の話

検索したワードは、「武道」、「武術」、「合気道」、「拳法」。

全部で1500件程度ヒットしましたが、さすがに全部はチェック出来ませんでした。500件くらいかな。その中から選んでます。

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切り口

良書を読んだので、ご紹介。

心理学の切り口―身近な疑問をどう読み解くか (心理学の世界 教養編) Book 心理学の切り口―身近な疑問をどう読み解くか (心理学の世界 教養編)

著者:森正 義彦
販売元:培風館
Amazon.co.jpで詳細を確認する

この本、培風館の「心理学の世界」というシリーズの中の一冊です。コンセプトは、「初学者でも読みこなせるように,体系的な学習ではなく,心理学の興味深い側面を選んで解説」するというもので、身近の出来事や、いかにも興味を惹きそうなトピックについて、心理学の知識で説明していきます。たとえば、無気力(1章)、外向性/内向性(3章)、オオカミ少女(4章)、詐欺(に騙される心理)(7章) 等々。これらの話題を、様々な心理学の分野の概念を説明しながら解説する、という内容。

尤も、学術書ですから、普及書あるいは啓蒙書のような平易さはありません。全く心理学の知識が無い人が読むには、ちょっと難しいでしょう。とはいえ、一般的な心理学の概説書よりは、かなり読みやすいと思います。

なかでも私は、オオカミ少女などの野生児の話(4章。藤永保氏 著)、「ど忘れ」と、詐欺に騙される心理について(6・7章。海保博之氏 著)を、面白く読みました。

また、12・13章は、個人的に最も参考になった部分です。内容は、繁桝算男氏よる、心理学における因果関係の考え方と、数量化や実験計画の入門的知識の紹介。因果関係の所は、科学一般に通ずる大変重要なもので、とかく難しくなりがちなトピックですが、比較的平易で(それでも、予備知識が無いと、読むのはきついかも知れません)、よく整理されているので、参考になりました。オススメです。

なかなか良い本なので、機会があったら読んでみて下さい。

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2009年2月 5日 (木)

対照的。そして「蛇足」

片や⇒ママまっすぐこっち向いて…横顔わからぬ5か月児(読売新聞) - Yahoo!ニュース

片や⇒赤ちゃん、8カ月までに横顔認識-中大・生理学研が確認:日刊工業新聞

同じトピックを紹介した記事なのに、味付けによってこれほど印象が変わるのだ、という一例。

研究は、脳画像診断によって、(8ヶ月児に対して)5ヶ月児はどうやら横顔を顔として認知はしないようだというのを生理学的に実証したもの。発達心理学的には、注視時間等を尺度として、乳児の認知を研究しますが、それの生理学的な部分が脳画像的に明らかになった、という事で、大変興味深いものです。

ここで、タイトルの比較。まず読売。

ママまっすぐこっち向いて…横顔わからぬ5か月児

いかにも情緒に訴えかけるような書き方。記事内容とも併せて、5ヶ月時では横顔は顔として認知されないから子育ての際には正面から見た方が良い、という印象を強く与えるようなものとなっています。

工業新聞。

赤ちゃん、8カ月までに横顔認識-中大・生理学研が確認

読売と全然違いますね。こちらは、5ヶ月児と8ヶ月児を比較して研究したのを踏まえて、5ヶ月から8ヶ月の間に横顔の顔認知が形成されるようだ、というのを説明しています。

次に、論文著者のコメントを紹介。読売から。

 実験を行った同大の仲渡江美研究員らは「特に月齢の低い赤ちゃんとは、目と目を合わせて接することが大事だ」と話している。

工業新聞。

親子間でコミュニケーションを取る際「月齢の低い赤ちゃんには、正面を見て話すことが大事と示唆される」(中央大の仲渡江美研究員)という。

明らかに印象が違いますね。ちょっと詳しく解らないのですが、これって、各社の取材に答えたのでしょうか。

工業新聞の方は、科学者として、とても慎重な言い方ですよね。「大事と示唆される」という表現。当然、月齢の低い赤ちゃんが横顔を顔として認知しない可能性が生理学的に確認された、という事なので、それは愛着(attachment)の面から言っても、とても重要な現象である、というのは言えます。正面から向き合う頻度が発達に何らかの影響を及ぼす、というのは、理論的にも的外れなものでは無いでしょう。ですが、それはまた別の実証の文脈なので、「大事と示唆される」という言い方に留まる。従って、工業新聞の方の仲渡氏の発言は、うん、確かにそうですね、と科学的にも納得のいくものです。

で、読売の方。これは、タイトルとの相乗効果があるかも知れません。つまり、タイトルで、いかにも赤ん坊が「訴えかける」ような書き方をしていて、その印象のまま読めば、「え、この研究だけからそんな事が言えるの?」と感じてしまうかも知れません。また、冒頭で、

 赤ちゃんを抱きながら、携帯電話などに夢中のパパやママはご用心--。

このような書き方をしていますからね。記事を面白くしようとしたのでしょうが、余計な部分とも言えるでしょう。

もちろん、実際に仲渡氏がどういう発言をしたか、というのも考えるべき所ですね。実際には慎重な物言いをしていたとしても、不本意な要約をされる、という可能性はあると思います。工業新聞の慎重な感じからすると、読売は若干不用意にも取れるので(タイトルなどでバイアスが掛かった、という可能性もあるけれど)。※プレスリリースのようなものが出た、というのも考えられますけれど、それにしては、内容が違い過ぎると思うので

それにしても、読売新聞の記事の書き方の微妙な事よ。せっかくの興味深い研究結果なので、あまり余計な味付けはしちゃいかんですよ。

参考資料

山口真美 研究室 -中央大学文学部 心理学研究室・科学技術振興機構 さきがけ

Wiley InterScience :: JOURNALS :: Human Brain Mapping

日本心理学会 第72回大会

新学術領域研究学際的研究による顔認知メカニズムの解明

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2009年2月 4日 (水)

挑戦

今、某RPGをプレイ中で、最終決戦にチャレンジしてます。

で、6・7回敗れました。手強い…。

なかなかクセのある戦闘システムで、こりゃ理不尽だろ、ていうくらいの連続攻撃を繰り出したり。

でもあれですね。もうちょっとレベルを上げれば楽になるのは判ってるんだけど、意地でもこのままで勝ってやる、と思う事、ありますよね。

余談。

RPGを、ギリギリの低レベルでクリアするのって、めちゃくちゃ頭使うよね。攻撃の順序は素早さに依存するから、誰がどの順番で攻撃するかを把握して、ダメージがどの程度かを頭に入れて、回復アイテムや魔法を使う。ダメージを受けていないけど、時間差で魔法を唱えておいて、敵からダメージを受けた直後に回復魔法が発動するようにする、とか。低レベルチャレンジだと、コマンド選択一つ間違えたら、全滅しますからねえ…。敵の攻撃パターンを憶えつつ、戦略を立てていかなければならないから、脳が疲れる。

後、防御が非常に大事ですな。

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2009年2月 3日 (火)

好き嫌い

有線やラジオから流れている曲を聞いて、お、これいいかも、と思ってたら、実は自分が嫌いな歌手の歌だった、というのが判明した時、何とも言えない気持ちになりますですね。

自分は、この歌手の歌が好ましく無いと感じて、この人の歌はちゃんと聞き分けられて、嫌いだと感じるものだと思ってたのに……的な。

別に、嫌い(好きになれない、とか、でもいいんですが)である状態を続ける必然性は全く無いのにね。嗜好の方向性が変わったとか、自分が聞いてきたのがたまたま合わなかったとか、色々理由は考えられるはずで。

自身の認識に一貫性を求めたがる、という心理はあるかも。そう簡単に姿勢は変えられないぞ、みたいな。

歌じゃ無くてもね。アニメ観ていて、お、このキャラの声優は上手いぞ……と思ってたら、実は、自分が下手だと認識していた人だった、とかね。

先入観ってのは、固い殻みたいなものですな。

「何とも言えない気持ちになりますですね。」とか書いてますけど、今は、大分思わなくなりましたですね。おお、実はこんなに良かったのか、となったりします。

少しは大人になったのかな…。そうなって感じたのは、あれは嫌い、これも嫌い、と言っているのを聞く方は堪らんだろうなあ、という事。結構、「自分はこれが嫌いであるのを知らしめたい」と言わんばかりの人、いますね。嫌いなら、話題に出さないのが一番なんですけどね。自分はこれが嫌いで、それには一般的に正当な理由があるのだ、というのを力説したいのでありましょう。

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2009年2月 2日 (月)

うおおっ!(ダブルオーネタバレ注意)

以下、

OO

アンドレイ、お前何してくれてんだよっ!!

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2009年2月 1日 (日)

仮想実験

人間、アホな事を考えるものでして。

ずっと以前、腕を掴ませてから技をかけるシチュエーションについて考えていた時。

武術に興味をお持ちの方ならご存知と思いますが、掴まれたら、掴まれた所をなるだけ意識せずに、体幹を動かしていく、というのが重要なんですね。

でも、人間の心理というのは面白いもので、掴まれている場合に、そうするのは難しい。どうしても、掴まれた部分を振りほどこうとしてしまいます。

肘を積極的に先行させて動かしたり、肩廻りの筋肉が柔軟で無いと肩甲骨や鎖骨の動きも乏しくなりますから、そこが固まっていても、充分動けない。心理的にも生理的にも難しいんですね。

で、私が考えたのは、

肩から先にだけ麻酔をかけてから技をやってみる、とか出来たらなあ。

というものでした。要するに、動かそうにも動かせない、しかも生理的に動かしようが無い、という状況を無理矢理作ってみてからやってみれば、面白いんじゃないか、と。

で、まあ、現実にはそんな事は無理な訳です。

そこで、私の明々後日の方向へ向いた半端無い想像力が遺憾無く発揮されます。

寝ている時の姿勢が悪いと、朝、痺れてしまって、感覚が無くなる事、ありますよね。

もしかしたら、その時を狙ってやってみれば……という馬鹿な事を考えたのでありました。

でもこれ、朝起きた時に近くに協力者がいないと話にならないし、んな事に協力する人がいる訳無い。

なので、腕がそういう状況になったら、もう一方の腕で掴んでみて、具合を確かめる、というのが精一杯なのでした。まさに自分のものでは無いようで、面白かったですね。

脱力って、このくらい色々考えつつ追求していくものなんですね。腕肩の知覚をひたすら内省して、筋肉の状態を探りながら腕を使っていく、というのを日常的にやって、体幹主導の運動が当たり前になるようスキーマを作り変える訳です。つまり、意識せずとも出来るような身体を作り上げる。

昔は、夜も眠れない、というのが結構ありましたね。自分の身体がパズルのように思えてきて楽しい。でも、身体がガチガチに固まっているのが知覚出来た当初は、めちゃくちゃ苦しいんですけどね。背中のごちゃごちゃした感じが気になって、夜も眠れない(不快で)とかね。

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タイトル

ふと思い立って、amazonで、ニセ科学関連の本がどのくらいあるのか、調べてみました。

やり方は、

  • ニセ科学
  • 疑似科学
  • エセ科学 
  • 似非科学

で検索する、というシンプルなもの。

関係無さそうなのも拾うので、タイトルにこれらの語が入っているものと、私が読んだ事があって、明らかにそれ関係の本だと知っている物だけを、ピックアップしてみます。

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書) メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学 (光文社新書)

著者:松永 和紀
販売元:光文社
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水はなんにも知らないよ (ディスカヴァー携書) 水はなんにも知らないよ (ディスカヴァー携書)

著者:左巻 健男
販売元:ディスカヴァー・トゥエンティワン
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なぜ人はニセ科学を信じるのか〈1〉奇妙な論理が蔓延するとき (ハヤカワ文庫NF) なぜ人はニセ科学を信じるのか〈1〉奇妙な論理が蔓延するとき (ハヤカワ文庫NF)

著者:マイクル シャーマー
販売元:早川書房
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怪しい科学の見抜きかた―嘘か本当か気になって仕方ない8つの仮説 怪しい科学の見抜きかた―嘘か本当か気になって仕方ない8つの仮説

著者:ロバート アーリック
販売元:草思社
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わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く わたしたちはなぜ「科学」にだまされるのか―ニセ科学の本性を暴く

著者:ロバート・L. パーク
販売元:主婦の友社
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疑似科学と科学の哲学 疑似科学と科学の哲学

著者:伊勢田 哲治
販売元:名古屋大学出版会
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疑似科学入門 (岩波新書) 疑似科学入門 (岩波新書)

著者:池内 了
販売元:岩波書店
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臨床心理学における科学と疑似科学 臨床心理学における科学と疑似科学

販売元:北大路書房
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「わかる」と「納得する」―人はなぜエセ科学にはまるのか

後、ガードナーとかハインズの本もありますが、画像が貼れないのでした。

内容がニセ科学を扱った物でも、タイトルにその語が入っているものは、そんなに無いっぽいですね。

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