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2009年1月10日 (土)

新人

最近、ABO FANさんやSSFSさん、論宅さんに匹敵する奇跡の論客が出没中。

逸材は居るものですね。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

またですか。
 同じ問題を何度もやらされるのは非合理的ですね。
 トンデモさんをエネルギー変換できれば,日本では,エネルギー危機は心配ないかも。

投稿: complex_cat | 2009年1月10日 (土) 12:38

complex_catさん、今日は。

またです……なかなかの逸材です。

あまり読むのはオススメしませんが、ご紹介しておきます。この人だ、と言わなくても、余裕で判ると思います。

http://d.hatena.ne.jp/lets_skeptic/20081224/p1

http://d.hatena.ne.jp/A_lie_sun/20081230/1230631008

http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html

私は、この方は只者では無いと思います。ABO FAN + 論宅 + tonton とフュージョンしたかのようなレヴェル。

そういえば、最近NATROMさんの所で、tontonさんを見ないなあ。

投稿: TAKESAN | 2009年1月10日 (土) 13:25

TAKESANさん、はじめまして。田部勝也さんのところで口を出しかけたものの、手に負えなくなって投げ出した未熟者です(^_^; 今後ともどうぞよろしくおねがいします。

それにしても、おなじニセ科学批判を見ていながら、あれほどまでに異なった認識に至れるとは、なるほど「認知は相対的」です。ここやkikuogを1年ほど見ている自分にとっては、あの言い様はまるで「ニセ科学批判」の6文字しか見ていないかのように感じられます。

投稿: ウッちょん | 2009年1月10日 (土) 14:36

ウッちょんさん、今日は。

皆さんには、お疲れ様でした、と申し上げたいです。

結局、水伝がどうして擬似科学で無いと言えるのかも、説明しませんでしたね。おそらく出来ないのでしょう、と書くと、なぜそれが判るのか、という面白い論法が出てくるのかも知れませんけれども。

投稿: TAKESAN | 2009年1月10日 (土) 15:08

こんばんは。
SSFSさんに謝れっ(笑)
最近のSSFSさんは、高校の化学の教科書に記載してあることを脊髄反射で否定したり、「過去の話題にこだわるなんておまいらストーカー?」とか、壊れっぷりが充実してます。

無視リスト宣言をも忘れて反論してるしね。

頭に血が上ると我を忘れる、のは共通してそうですね。はじけ方がそれぞれオモロいですが。

投稿: com | 2009年1月10日 (土) 23:42

あの方を理解されるには、ちょっと長くて恐縮なのですけど、ウチのところのこの質問(↓)
http://k-tabe.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/post-1c3e.html#comment-34623309
以降のやりとりは必見かと思われます。あの方とやりとりする際に押さえておくと、かなり見通しが良くなるのではないでしょうか。何が言いたくて「疑似科学批判者」のところに来ているのかが良く分かると思います(そして興味のない事・受け付ける気のない事も)。

個人的な感想を述べさせていただくと、とても独特な思想と「疑似科学批判」観をかなり強固にお持ちではありますけど、ABO FANさんや論宅さんやtontonさんのレベルにはほど遠いかな……と。
ABO FANさんや論宅さんやtontonさんのように、価値判断と事実判断のうち、あからさまに事実判断までねじ曲げて牽強付会するところまではまだ行っていないと思うのですけど、どうでしょうか。好意的に見てあげれば、「“水からの伝言”がどうして“疑似科学”でないのか」を答えないのは「それを述べようとすると、あからさまな事実の歪曲が不可避だから」だし、「ニセ科学」については「お前たちが何と言おうと、実際やってる事はこういう価値を持つものだ」という独自の価値判断をもとに主張を展開していると言えないわけでもない気もするわけです。

小泉純一郎氏や安倍晋三氏の「抵抗勢力」に対する姿勢・態度(あくまで「姿勢・態度」だけね。思想や主義の内容はまったく違うんで)に近い感じではありますけど、ああいう頑固な信念の人は、まぁ、いますよね。そういう人が、そもそも信念として「誠実さ」の価値を完全否定していれば、ああいうやり取りにしかならないのかも知れません。対応を間違えなければ、分かりやすくはあります(私は最初間違えてしまったわけですが……)。
それに、血液型人間学や、誤った「社会学」を流布されるような「実害」の心配もなさそうですし、エントリ記事の「ABO FANさんやSSFSさん、論宅さんに匹敵する奇跡の論客」はかなり言い過ぎのような気が、私はします。

投稿: 田部勝也 | 2009年1月11日 (日) 01:15

comさん、今晩は。

あ、いましたね、そんな人も……というのは冗談で、なんかちょっと、SSFSさんはヴェクトルの向きが違う気がしないでも無いです。

田部勝也さん、今晩は。

なるほど、そういう見方も出来る訳ですね。それは考えが至りませんでした。

特に2段落目は、なるほどそうかも知れないな、という気も。

ただ、はてブの見苦しいコメントを見ていると、とても見苦しくて、見苦しい論を展開している(某増田のマネ)、とも思うんですよね…。

投稿: TAKESAN | 2009年1月11日 (日) 01:44

すいません、上のcomさんへのレス、意味が解らんですね。日本語が変ですが、あんまり気にしないで下さい・・。

投稿: TAKESAN | 2009年1月11日 (日) 01:48

田部さんのところの遣り取りを斜めに読ませて戴いただけですが、田部さんの質問とその対応で、この方の考え方がかなりわかりやすくなっているんじゃないですかね。

この方は、物謂いが失礼なだけで、その主張に対しては別段正面から批判する必要もないような気がします。要するに、結果責任については何も考えないと言っているだけに見えますので。そう謂うヒトもいるんだな、と謂う話なのかな、と。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月11日 (日) 04:34

TAKESANさん:
その方は石田は http://b.hatena.ne.jp/HiromitsuTakagi/ で見かけて「やれやれ」と思ってたんですが、なんかいろんなところにヘンなぶくま残してるんですね。

complex_catさん:
> トンデモさんをエネルギー変換できれば,
> 日本では,エネルギー危機は心配ないかも。

それができれば良いんですけどねぇ...
現状では、そういう方の相手をさせられることで、他の有用なことに使われるべきエネルギーが浪費されてるとか、つい考えてしまうことがあります。

とはいえ、誰かが言いふらしたデタラメについて、「それはデタラメだ」と誰かが指摘することは必要なことだし、デタラメを言いふらす方にも言論の自由はあるし...
これがきっと、自由のコストなんでしょうね。

「自由」にはコストをかける価値がありますから、上述の「浪費」はやはり「浪費」ではなく必要なコストだということになるのでしょう。
より多くの方が自明なデタラメを真に受けなくなれば、このコストを下げることに寄与するだろうと、石田は考えています。

投稿: 石田剛 | 2009年1月11日 (日) 08:30

トンデモさんや,トンデモ製品に対しては,質問をしてみるということで,まともな人は,彼らがまともな説明の方法を何一つ持っていないということが明らかになるので,ともかく声を出して質問していくということが有効だという話を読みました。
 黒影さんがブクマしていた分です。
http://d.hatena.ne.jp/uneyama/20071017

しかし,精神領域での材料になりますね。
クレーマーなんかと同じなんだろうけど,ネットでこういう人たちも表現できるようになったので顕在化したということかなと思います。
 もともといっぱい居たんだろうなあ。

投稿: complex_cat | 2009年1月11日 (日) 09:21

TAKESANさん、 こんにちは。

話題になっている方は、ニセ科学批判批判をしている方達の意見をかなり参考にしているように見受けられますね。
前にも書いたのですが、江本氏が提唱しているいわゆる「水伝」はニセ科学であることは確かですが、それ以外の問題が大きいので問題が複雑ですね。話題になっている方の肩を持つ訳ではありませんが、「水伝」が宗教性を持っているというのには私は賛成します。まあ、だからといって「水伝」がニセ科学ではないということにはなりませんよね。つまり、江本氏の「水伝」はニセ科学であり、同時に疑似宗教でもあるということです。さらに、言語学的な問題も含めると、総合的なデタラメと言えるのではないでしょうか。

「水伝」の数々の問題点のうち、私が特に重視するものを二つあげるとすると、ひとつは水関係の機器の販売、もう一つは学校教育への導入があります。そして、非常におおざっぱにいってしまうと、前者はニセ科学としてより問題であり、後者は宗教としてより問題があると思います。

どうして学校教育への導入を宗教問題として重視するのか。それは、「水伝」が宗教であるとすれば、学校教育への導入は明らかな違法行為であるからです。ところが、道徳の時間にニセ科学を教えることを禁止する法律は、あるのかもしれませんが適用が難しいでしょう。

以上のように、「水伝」は単なるニセ科学ではなく、総合的なでたらめであるという点で、ゲーム脳とは質が違うのではないかと思います。

投稿: やす | 2009年1月11日 (日) 09:50

「そういえば馬鹿高いオーディオケーブルとかアホかと思うが、あまり疑似科学批判者のターゲットにならないのは、やっぱメーカーと信者の発言力の方が強いから、分が悪くて怖じけ付いているんだろうな」
http://b.hatena.ne.jp/titton/20090109#bookmark-11600834

というブクマコメントをされた方ですね。ネタだと思っていたんですが、マジなんでしょうかね。

投稿: NATROM | 2009年1月11日 (日) 12:23

皆さん、今日は。

>黒猫亭さん

あのくらいの物言いは、まあ慣れている訳ですが、詭弁を弄されるのは、また違った厄介さがありますね。

言っている内容としては、極度に相対化して具体論を全然見ない論で、しばしば目にするものですね。

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>石田剛さん

ああ、他にも色々書いてるんですか。私はニセ科学関連のブクマしか見ていませんでした。

ニセ科学関連では、なかなか微妙なコメントを残してくれていますね。

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>complex_catさん

ちょっと文脈は違うかもですが、私自身、質問してみる、という事を、結構やっています。
そうすると、「答えない」やり方、というのが見られるんですよね。ABO FANさんしかり、tittonさんしかり。

tittonさんは、なぜそのようなテストに答えなければならないのか、と反応して、答えない事をとにかく正当化しようとしました。論点は、水伝が疑似科学で無い、という根本に関わる部分なので、そこをはぐらかされると、話が進みようが無い訳で。

で、おそらく答えられないのだろう、と書いたら、なぜ何も言っていないのにそれが判るのだ、という意味合いのレスがあって、あまりにも楽しかったのでした。

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>やすさん

ポイントとしては、tittonさんが、水伝は「疑似科学ではなく」、「カルト」だ、と言った所だと思います。
http://b.hatena.ne.jp/titton/20081229#bookmark-11467052

水伝が似非宗教的であるというのは、しばしば指摘される訳ですが、仰るように、「かつニセ科学」です。

で、上のようなブクマコメントを残せるためには、疑似科学あるいはニセ科学の概念と、水伝の主張を知っていなければならない訳ですね。ですから、質問をしました。なぜ疑似科学で無いといえるのか、と。

それに関しては答える気は無いという事なので、話は進まないなあ、と思いました。
尤も、他の人が訊けば、答えてくれるのかも知れませんが。

ちなみに、多分私は、水伝にはゲーム脳と異質な部分がある、というのは、どこかに書いていると思います。記憶違いかもですが。

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>NATROMさん

ニセ科学関連のエントリーへのブクマコメントや、田部さん、あらいさんの所でのコメントを見ると、おそらくマジではないかと思います。

いくつか拾ってみます。

http://b.hatena.ne.jp/titton/20090103#bookmark-11500886
※私が書いている「面白い人」は、tittonさんの事

http://b.hatena.ne.jp/titton/20090106#bookmark-11535823

http://b.hatena.ne.jp/titton/20090107#bookmark-11571690

http://b.hatena.ne.jp/titton/20090110#bookmark-11612556

http://b.hatena.ne.jp/titton/20090110#bookmark-11609337

投稿: TAKESAN | 2009年1月11日 (日) 15:11

>黒猫亭さん。

そういう事ですね。
私が「私たちと同じ考えですね」といった事を繰り返し述べたわけですけど、あの人は現実の「ニセ科学批判者」も脳内藁人形としてしか見えていないので話が噛み合わないわけです。ありがちですけど、自分の視点の高みにまで達している人間はおらず、それどころか「ニセ科学批判者」はその遥か下で自分勝手に何かわめいているだけ――という図式が、(「地球は丸い」と同じくらい無意識下の自明の事実として)あの人を支配しているのでしょう。
ただ、(1)歴史や過去の思想・教訓から学ぶ事全般の否定(つまり本人が「永劫回帰」というだけでなく、本人の理想とする社会も同じ失敗をいくらでも繰り返す事が奨励される「永劫回帰」が原則となっている)。(2)「生存競争」の内容・手段についての極端な相対主義(というよりもむしろ戦争やテロなどより過激な生存競争の手段が選ばれる事を奨励している)。(3)「社会とは人間(個人)のためのものであるべきではない」という主張全体を貫く人間軽視の確固たる信念・思想――などなど、「主張に対しては別段正面から批判する必要もない」と言うのには、私には心理的抵抗がとても強い事は表明しておきたいです。

>TAKESANさん。

そもそもの発端が誠実さを否定する事から始まり、事実判断と価値判断とを区別する必要を認めず、「欠陥のある主張は他人によって検証され指摘されればいい。本人が認めたり撤回したりする必要などない」という自らの主張に忠実に言動をしているわけですから、他者から見てとても見苦しいのは当然ですね。美学や矜持のあり方が根本的に異なるとしか言えないわけで。
参照すべき思想や思想家などを挙げる事を拒否しているところから見ると、すべて自分一人の経験と思索だけで組み立てられた主張・言説なのは間違いないと思います。いわゆる「人間の基本仕様」「人間の陥りやすい誤謬」に無自覚で、かつ、他者の発言や「不都合な真実」に対して誠実に振る舞う事を拒否し続ける事で、一人の凡庸な人間のみによって達しうる限界と彼岸とを分かりやすく示してくれている好例のような気さえします。
もちろん強い自戒を込めての感想でありますが……。

個人的に気になるのは、「“水からの伝言”はなぜ“疑似科学”ではないと言えるのか」という執拗な問いに答えざるをえなくなる事で、ABO FANさんやSSFSさんの彼岸に達してしまう事ですね。この問いに答える事は必然的に「間違いを別の間違いで糊塗する」循環地獄への道に繋がりますから(本人は「“水からの伝言”は“カルト”である」という主張を撤回する気はさらさらないでしょうけど、「“水からの伝言”は“疑似科学”ではない」という言明はなかった事にしたいと無意識下で思っているのではないのかなぁ……とか、邪推してみたりもします)。

投稿: 田部勝也 | 2009年1月11日 (日) 17:57

うーん、論の根幹に関わる問題ですから、執拗と見られても質問せざるを得ない所があります。具体論の話をしないと、文字通りに、「話にならない」訳で。

その面で言うと、既に達しているんじゃないかな、とも思っているのですが、どうなんでしょうね。

田部さんが前、未科学などの概念についても調べるよう促しておられたのに、それをきっちりと調べた形跡は見られないですしね。他の事については判りませんが、ニセ科学に関しては、あれが基本的な態度なのかも知れません。

投稿: TAKESAN | 2009年1月11日 (日) 18:43

こんばんは。

私の場合、一言でいうと、「二十歳前後のころの自分を見ているようだ」でした。

投稿: A-WING | 2009年1月11日 (日) 21:09

>田部さん

すいません、ちょっと舌足らずな言い方だったかもしれません。田部さんが指摘されたようなこの方の考え方と謂うのは、一言で言えば反社会的な傾向と謂うことになるでしょうから、当然黙過して好いものではないとは思いますし、対面的に対話する場面で反論しなくて好いと謂う意味で申し上げたわけではありません。

多分オレが当事者的にこの方と対話するなら、至極冷たく斬って棄てるとは思いますが、相手の意見は全否定と謂う結論にはなりますよね。

ただ、これはたとえばABO FAN さんやSSFSさんのようにニセ科学批判の文脈における「論客」として扱うべきものではないのではないかな、と謂う意味でそう申しました。

これはニセ科学批判やニセ科学批判批判の問題と謂うより、A-WINGさんが仰るように「いつか来た道」みたいな部分があって、謂わば「若者病」みたいな事柄なのかな、と思います。

勿論この方の実年齢が若いかどうかはわかりませんが、若者特有の傲慢さや社会的な責任忌避と謂うべきものを背後に感じますよね。そうなると言説それ自体の問題と謂うより、この方の個人性の問題になってくるんですね。

そう謂う場面で、相手の個人性の部分に立ち入って批判したものかどうか、どうも個人的には逡巡する部分があります。そこに立ち入るなら、或る程度根気強く附き合って行く必要と責任が伴いますけれど、正直言ってそこまでの関心をこの方に持てないと謂うことでもあります。

で、田部さんが仰るように、実害と謂う意味では殆ど対外的な影響はないわけです。この種の言説に惹かれるのはやはり若者病的な心性を抱える読み手だけでしょうし、そう謂う心性一般に対してどう謂うふうに対峙すべきか、よくわからないと謂うことがあります。

少なくとも、この方が若者病から脱却する手助けをする動機はオレにはないわけで、そうすると結果的には「正面から批判の対象とはしない」と謂う形になってしまうんですよ。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月12日 (月) 02:32

A-WINGさん、黒猫亭さん、今日は。

ああいう事を考えた時期はあったなあ、と思う人は、結構いるかもですね・・。

なんだか、ニセ科学批判者は相対主義一般を否定している、という風に捉えているみたいです。

投稿: TAKESAN | 2009年1月12日 (月) 12:54

>TAKESANさん「具体論の話をしないと、文字通りに、「話にならない」訳で」

ですから多分「話にしたくない」んですよ。「具体論=不都合な真実」から目をそらし続けている限り、高みに居続けられますからね。あの人にとって、「水からの伝言」や「未科学」などをきちんと調べて、それが自分の脳内藁人形と違う事を認めるだなんて、とても許されるわけにはいかないはずですから。
美学や矜持の有りようが根本的に私たちと異なる以上に、発言の動機・目的が私たちと異なっていると考えると、言動がとても分かりやすいと思いますよ。一部の「相間さん」が、相対論の真偽を明らかにする事よりも、「権威主義の科学者、ばーか。盲目的教科書信奉者、ぼーけ。ガリレオみたいに、あほな愚衆のなかで一人アインシュタインを否定できる俺すごい!」と言い張る事が動機・目的なのと似た感じでしょうか。もちろん、自戒を込めた、ただの印象論ですけど。

「既に達している」という意見はもっともだと思いますけど、「その話は徹底的に避ける」事を選択し、「間違いを別の間違いで糊塗する」循環地獄にはまり込んでいない現時点で、ABO FANさんやSSFSさんと同列に扱うのはどうかなーとも思うわけで。第三者から見て「あー、答えられないんだな-」というのが分かりやすいですし、延々新たな詭弁を繰り出してくるわけでもないんで、そこで見切る事も容易ですしね。
傍迷惑度では大差ありませんけど。

>TAKESANさん「他の事については判りませんが、ニセ科学に関しては、あれが基本的な態度なのかも知れません」

自ら誠実さを否定し、事実判断と価値判断とを区別する必要を認めず、「欠陥のある主張は他人によって検証され指摘されればいい。本人が認めたり撤回したりする必要などない」とはっきり表明しているわけですから、ニセ科学に限らず、社会や他者への関わり方全般について、あれが基本的な態度なんじゃないですかねー。

>黒猫亭さん「そう謂う心性一般に対してどう謂うふうに対峙すべきか、よくわからないと謂うことがあります」

そこで私のとこでの主張「不誠実な論者の述べる事はすべてデタラメだからスルー・排斥しても構わない」主義ですよ。「勇敢さ」や「男らしさ/女らしさ」といった評価軸が社会においてどのように称揚されるようになったのか知りませんけど、「誠実さ」が『anan』のような女性誌の「好きな男性のタイプ」のトップに来るようになって「誠実な態度、すてき。不誠実、かっこわるい」という感性が浸透するような世の中になれば、「誠実な態度を身につけるまでは子供扱いが当然」って事で、ラクできるんですけどねー(苦笑)。
余談ですけど、柘植さんがかつて書いたこの話が、私にはとても面白いです(↓)。
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/weblog/index.php?UID=1164547596#CID1165893359

投稿: 田部勝也 | 2009年1月12日 (月) 16:52

>田部勝也さん

仰る通りだと思います。

>>「誠実な態度を身につけるまでは子供扱いが当然」って事で、ラクできるんですけどねー(苦笑)。

正直に言って、オレは現段階でも基本的にそう謂うスタンスですね。

ネット社会で一番苛酷な扱いとは何かと考えると、「黙殺される」とか「マトモに扱われない」ってことじゃないかと思うんですよ。逆に言うと、それ以上に苛酷な対応は出来ないと謂うことでもありますが。

で、ネット社会で黙殺されずにちゃんと扱われる為の最低限の条件とは何だろうと考えると、「社会的責任を引き受ける」と謂うことなのかな、と思います。

話題になっている方のご発言を拝読するとですね、田部さんが挙げられた(1)〜(3)までのポイントって、普通はそこを問われたら、この方のロジックでは返答に詰まってしまうはずなんですが、「俺はそれでも構わないよ」と強弁しているわけですよね。

これは社会的責任の放棄に均しいわけで、その時点でこの方は大人の論者として扱われる条件を踏み外していると思うんです。

勿論、そのような部分がまだ確認されていない段階で対話を切り捨てるのは不当ですから、考え方を探るプロセスは必要だったと思います。

で、田部さんのところの遣り取りはそう謂う確認のプロセスだったと思うんですが、そこで質問に対応する姿勢を視ると、自分がどうでも好いと思うことは安易に強弁するし、返答に詰まることには答えないわけで、みなさん、もう見切っちゃっても好いんじゃないかな、と思うんですよ(笑)。

実年齢はともかく、書いてることだけで謂えば、この方はただの子供ですから、大人の論者として扱うべきではないと思うんですね。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月12日 (月) 17:41

田部勝也さん、今日は。

>田部勝也さん、黒猫亭さん

いずれにしても、埒が明かない系の方なので、そういう人が色々よく解らない事を言っていて、今後も言い続けるだろう、というのを押さえておくのが良いのかな、という感じです。

投稿: TAKESAN | 2009年1月12日 (月) 17:53

ああ、それから、この方って主張の骨子は極端な相対主義の割に、対話中で頻繁に「べき」と謂う言葉を使いますよね。

なんでご自分の主張に関しては相対主義的なロジックで他者からの批判を拒むのに、他人に対してはご自分の価値観に基づいた「べき論」を強要するんですか、と謂うところが変ですね。

投稿: 黒猫亭 | 2009年1月12日 (月) 18:00

ああ、それには気づいてませんでした…。

うーん、自身の信念は確固としている、という事の証左なんでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2009年1月12日 (月) 18:40

皆さんこんばんは。

件の方は↓でも頓珍漢なブクマコメントを付けてますね。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20090113/1231823737

「科学的な証明とは『蓋然性の極めて高い推論』であり、数学的・論理的な証明とは異なる」
という話に対して、話の内容を理解している人間から見れば、
「高い蓋然性レベルに達した物はそれでもいいけど、科学は推論の蓋然性が低いレベルから始まってる事を忘れてる』(意訳)
なんて至極当然の事を言っているだけのコメントを付けてどうしようと言うのでしょうか?

私的には「人と議論をするに足るだけの読解力をお持ちでない方」という判断がほぼ確定してしまいました。

投稿: あらいさん | 2009年1月13日 (火) 21:22

あらいさんさん、今日は。

コンテクスト(←ちょっと意味を広く)を把握して文章を読解する、というのをあまりされない方なんだと思います。わざとか本気かは判りませんけれども・・。

投稿: TAKESAN | 2009年1月14日 (水) 00:27


すみません、クセで敬称をつけてしまいました。二重になっちゃった…。

投稿: TAKESAN | 2009年1月14日 (水) 00:29

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