申し開き?
2009-01-24 - 「で、みちアキはどうするの?」:ニセ科学はなくなんないよ~
ちょっとよく解らないですね。
その実践者は、自分で、ホメオパシーが、まじないか何かと同程度のものと看做している、って事なんでしょうか?
気休めで、効くかどうか解らん、と思っているんなら、まあ良いのではないでしょうか……と言いたいですが、そう単純でも無い気はしますね。
「あなただってもし知り合いが亡くなったら葬式に行くんじゃないですか? それって、科学的な行為なんですか?」とホメオパシー実践者に問われたら、ニセ科学批判者はどう申し開きをするのだろう?
「科学的な行為」って何ですか?
誰が、「科学的な行為」しか認めない、と言ったんですか?
ホメオパシーは、科学的で無いと認める、という事ですか?
という風な疑問は出るでしょうね。
というわけで、「ホメオパシーは科学的ではない」みたいなやりかたは、説得力に欠ける。「あなた、だまされていますよ」なら解るのだけど、それならわざわざ科学的説明を持ち出す必要もないわけで。
ここは意味が取れませんでした。解った方がいらしたら、教えて下さい。「だまされていますよ」という説明を、どういう風にするんでしょう。「どう」だまされているのかを解説するのでは?
一応言っておきますと、「科学的ではない」=「ニセ科学」、では無いです。
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コメント
「効果」に関する話も、確かどこかに書いたな…。
投稿: TAKESAN | 2009年1月25日 (日) 02:11
「申し開き」って言い回しが大層ふるってますね。それが釈明を要するような決定的矛盾だと思い込んでいることが伺われます。
この方は多分、幼稚なんじゃなくて考え方が雑なんですね(笑)。
投稿: 黒猫亭 | 2009年1月25日 (日) 07:04
おはようございます。
この方は、なんにもわかってませんね。ニセ科学のことはもちろん、「騙される」ということも。
「だまされているんですよ」で説得できれば、詐欺師はとっくに失業しとるわ。
投稿: A-WING | 2009年1月25日 (日) 11:07
本人の名乗るところによれば「プログラマー」なんですね、この人。
なのにこんな粗雑なロジックでええんかいな、と最初は思ったのですが。「特定の、それもパラメータが質量ともにきわめて限定された環境下で、特定の目的に特化して動作するプログラム」を頼んだら、案外すっきりと読みやすいコードを書いてくれる人なのかも知れないな、という気もしてきました。
投稿: disraff | 2009年1月25日 (日) 13:33
ニセ科学批判を批判される方で,まともな論考を読んでみたいと思いつつ,無理かなと思います。皆さん,みごとにその周辺の情報を理解していませんし,知る努力をしていません。
自分の一般常識の範囲内で語れるという勘違いをしています。最も,その一般常識の世界がどうみても関連領域に至っては極小なんですけど。
プログラミング技術者においても,多様な世界をご存じの方もおいでかと思いますが,もちろんそうであれば,こういうエントリにはならないわけでして。
一つの理由として,ニセ科学批判におけるコストを理解していないわけで,自分がもしもニセ科学を批判するならば,どれだけの内容に言及しなければいけないかというバックグラウンドすら理解できないその理解力では,とてもニセ科学批判を批判なんてできっこないのだなと思いました。
また,ニセ科学批判のやり方に言及されて批判される方において,だったらどうやって批判すればいいのかという代案を示すことが出来る人も矢張りお出でになりません。
それは,何故かというと,すさまじくコスト(エネルギーと学習量とディスカッションの数々)がかかるからで,彼らも本能的にそのことを理解しているわけです。
だから,この批判の仕方は良いやり方ではないと批判する人も,絶対に批判方法の筋道を示すことはおやりにならないのだと思いました。
そして,具体的に批判の組み立てをやってこられた人ほど,多くのすぐれたエントリに見られるニセ科学批判への努力と力量と健全な社会維持のために必要な誠実さを理解し称賛せざるを得ないのだと云うことかと思います。
投稿: complex_cat | 2009年1月25日 (日) 13:45
皆さん、今晩は。
やはり、こういう時に思うのは、論理的に色々組み立てて見られない、というのでは無くて、「知らない」というのが大きいんじゃないかな、という事です。私がよく言う事でもありますね。
で、知らないというのは、調べていない、あるいは調べようとしない、というのを意味している訳で。そこら辺、とにかく少しでいいから調べてみて欲しい、と感じます。
ところで、みちアキさんは、つい最近、伊勢田さんの本を援用してエントリーを書いておられたと思うのですが、今ログを見てみると、見当たりませんね。別の人だったか…。
いや、もしかすると、科学哲学の境界設定問題的な議論に引きずられてしまったのかな、なんて思いまして。
それを引きずったまま、「ニセ科学批判者」に言及するというのは、的外れな訳ですが、そこに気付くには、ちょいと ひと手間かける必要がありますね。ほんの ひと手間(「ニセ科学」でググって、2・30のテキストを読む)とも言えますが。
投稿: TAKESAN | 2009年1月25日 (日) 23:33