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2008年12月31日 (水)

無理解

掲示板でABO FANさんとやり取りしていて、統計学理解のレベルが想像以上の低さだ、というのが判明して、なんだかなあ、です。

kikulogとかでは、多分理解していないだろうなあ、と思わせながらも肝心な所は はぐらかして(読解が不能になるような詭弁を弄して)いたから、もしかしてわざとやってるのかなあ、と感じていたんですが、掲示板では、面白いほどに無理解を無防備にさらけ出していますよね。なぜ? 油断しているのかな。

FSMさんの嘆きもご尤もなのであります。

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血液型性格判断」カテゴリの記事

コメント

私が指摘するのは正直疑問ですが…。
どうか掲示板でお願いします。(^^;;

投稿: ABO FAN | 2008年12月31日 (水) 09:53

おお、珍しく気が合いましたね。

掲示板へGO!

投稿: TAKESAN | 2008年12月31日 (水) 10:24

TAKESANのコミュニケーション上のモラルや管理人としての意識の無理解も相当なものですけどね。

また、「どうでもいい。」と発言するか、無視するんでしょうが、その態度が問題だと指摘しているんですが。

人のことなど批判する立場にはないのでは?

投稿: フジイ | 2008年12月31日 (水) 16:47

ABOFAN氏が統計を全く理解していないことは各所で明らかにされてきましたが、「統計的有意教」は案外広まっている印象です。新聞紙上でも、「統計的な有意差のある調査結果が得られた」という記事がよく見られます。「統計的に有意」とは手続きについて述べただけのことで、それが意味があることなのかどうかはまた別だと思うのですけどね。

仮説「A型は神経質である」は、「A型の人には神経質な人が多い」という意味でしょう。「多い」とは、A型の人に占める神経質な人の比率が、他の型の人に占める神経質な人の比率より大きい、ということですね。では、どの程度大きいければなにか意味があるのかは、科学とは別の判断になりますね。

仮に母集団として日本人1億人を考えます。神経質な人はそのうち5千万人で50%の比率とします。A型は4千万人でその内2千万
人が神経質だとしたら、「A型は神経質である」という仮説は正しくありません。では、2千万1人が神経質だとしたらどうでしょうか。このことは、統計的な推測ではなくて、母集団について述べているのですから、1人の違いといえどもA型が他の血液型とは差があるのは事実です。ただしそれが何らかの意味があるような差がなのかといえばほとんど無意味でしょう。

さて、通常は母集団の全数調査は不可能なので、抽出調査をして統計的に検定するわけですね。この場合、直接的に仮説を検定するのではなく、証明したい仮説とは逆の対立仮説を否定することをします。なぜそういう回りくどいことをするのかといえば、「差がある」という仮説よりも、「差がない」という帰無仮説の方が検定が簡単だからですね。実はここに「統計的有意教」の落とし穴があるんじゃないでしょうか。実は「差がある」という仮説は不十分な言明です。どの程度の「差がある」のかを明確に述べない限り、上記の2千万1人の場合も含まれてしまいます。一方の「差がない」帰無仮説はピンポイントの言明であり、ほとんどありえないことです。「差がある」場合は神経質な人が2千万1人から4千万人の2千万通りあるのに対して、「差がない」はぴったり2千万人の1通りしかないのですからね。ですから、サンプル数を大きくしていけば、大抵はこのようなpoint null pypothesisは棄却されるに決まっています。では、どうすればよいかといえば、帰無仮説も範囲を持った記述にすればよいわけです。神経質な人が1千900万人から2千100万人の間なら帰無仮説が正しいとすると決めるわけです。逆にいえば2千100万人を超えるならば「差がある」と決めるわけです。このことは差の程度を問題にしているわけで、血液型性格判断が人間関係に役に立つなどという主張をしたいのなら、当然必要なことです。

kikulogでは当初から、どの程度の差があると主張したいのかとABOFAN氏は問われ続けていましたが答えません。彼の主張は結局、2千万1人でも、人間関係に役立つのだということですね。

投稿: zorori | 2009年1月 1日 (木) 15:00

血液型性格関連はあり得ないことではないから、それによって性格判断ができるかどうかは、「関連の強さ」によるのだということは、僕のブログでも最初から議論の中心だったんですよね。
そして、心理学のテストでは見つからない程度の関連が仮にあるのだとしても、そんなものが個人の性格判断に使えるはずがないわけです。
ABOFAN氏はそれをずっと混同してます。そういう詭弁を意図的に弄しているのだろうと考えていたのですが、最近のみなさんの議論を見ていると、本当にその意味がわかっていないのかもしれないという気もします。少なくとも、統計学に関してはまったくでたらめな知識しか持ち合わせておられないことは明かです。
まあ、意図的なのか本当にわからないのかは、もうそれほど重要ではないかもしれません。はっきりしているのは、ABOFAN氏は僕のブログで2000コメントほど費やして、そのたったひとつの問題にすらまともに答えられなかったということであり、そしていまだにそれにはまともに答えられないということです。

投稿: きくち | 2009年1月 1日 (木) 17:25

zororiさん、新年、おめでとうございます。

有意を、何かを決定的に判断する指標、という風に見ている人も、たまにいるように思います。

kikulogでも、散々、母集団についてどういう事が言えれば「関係あると看做すのか」と訊かれ、はぐらかしてきた訳ですが(母集団を想定しないという意味不明な詭弁)、掲示板の方で、小さい差でもあれば関係あると看做す、的な事も言っています。

結局、何が言いたいのやら……本人が実際、何かを確信出来ているのかは不明ですが。

------

きくちさん、今晩は。

そうですね。メカニズムはともかく、変数間に強い関連がありさえすれば、性格判断は成り立つ訳ですものね。

私も最初は、「血液型と性格に関係がある」という日本語をなんとか成立させるために、統計的な部分を適当に利用して詭弁を弄している、という印象を持っていたのですが、実は、誤った理解を正しい理解と確信しているのかもなあ、と思ったりもしています。

投稿: TAKESAN | 2009年1月 1日 (木) 20:13

このサイトの隠れファンです。

ABO FAN氏は間違っている上に不誠実だと思いますが、ABO FAN氏に掲示板から出てくるなと指示をしながら、ブログで散発的に氏の名前や書き込みを揶揄するかのように読めるエントリを上げるやり方は、さすがにどうかと思います。できたら御一考をお願いします。

投稿: とがも | 2009年1月 4日 (日) 16:31

とがもさん、今日は。

ご指摘、ありがとうございます。冷静なご意見に感謝します。

そうですね・・・確かに、あまり感心しない事をやっていると思います。自重します。

ただ、いくつか。言い訳めく書き方ですが、ご容赦下さい。

ABO FANさん自身、相当程度に他人を罵倒・揶揄しています。文体が柔らかいから、一見丁寧には見えますが…。
掲示板を見ていない人にもそういう部分を知らしめようと思った、という意図がありました。
ブログに書き込まないように言ったのは、以前に書いたように、最近のコメント欄が流れてしまうから、でした。掲示板はコメント欄代わりに使っているつもりでありましたけれども、それも事情を知っている方にしか解らない話だったと思います。

心に、kikulog等で一体どれだけの事をやってきたんだ、という思いも持っていますので、こういうやり方になっている、というのもありました。

投稿: TAKESAN | 2009年1月 4日 (日) 16:52

丁寧なお返事をありがとうございます。

kikulogの血液と性格2の頃からkikulogをのぞくようになって、しばらくしてTAKESANのブログも拝見するようになりました。

コメント欄が流れてしまうと書かれていたのもなるほどと思っていましたし、ABO FAN氏に対して目には目を(それも1/10ぐらいにして)歯には歯を(1/10ぐらい)というのもよくわかります。それぐらいひどいことを氏がしていると思います。

ただ、若干の懸念として、血液型性格判断を気軽に信じるような、書いてある中身や経緯を吟味しない人たちにとって、私が指摘したような形式上の不誠実さ(それも某氏に比べると誠実すぎるぐらいではある)をもってABO FAN氏への支持を強化することになりかねないと思ったのです。

不躾なコメントで、大変失礼しました。

投稿: とがも | 2009年1月 4日 (日) 23:04

▼▼▼引用▼▼▼
不躾なコメントで、大変失礼しました。
▲▲引用終了▲▲
いえ、丁寧なご指摘を頂いて、感謝しています。

仰るような懸念は、全くご尤もなものであると思います。もちろん、そういう可能性というのは考えていた訳ですが、「そうなっても仕方が無い」という認識であったのも事実ですね。ABO FANさん相手ならしょうが無い、という事で、これは、甘い所であると思います。

投稿: TAKESAN | 2009年1月 5日 (月) 00:51

とがもさん

>ABO FAN氏に掲示板から出てくるなと指示をしながら、ブログで散発的に氏の名前や書き込みを揶揄するかのように読めるエントリを上げるやり方は、さすがにどうかと思います。できたら御一考をお願いします

TAKESANの問題はそれだけではありません。彼がブログにメールアドレスを公開するようになったのは、彼と彼の仲間のコメントに、私の信用を失墜するような書き込みや差別的な言動があったため、ニフティに苦情問い合わせをし、ニフティから管理人本人が対処するように彼が通告されたからです。

それにもかかわらず、彼は管理人として責務を果たさず、私のメールやコメントを無視し続けています。

私を誹謗するような書き込みや「どうでもいい。出てけ。」という態度をとったのは彼らが先です。
そもそも、私は疑似科学を信仰しているわけでもなく、自分の専門の美術教育に対して論じていただけです。
美術教育に関しては、彼は私に教えてもらうことはあっても、こちらが教わることはありません。門外漢のTAKESANが私に対して「相手にしない」などと発言するのも大変失礼です。
こういう言動を未熟な若者が真似して、ネットいじめの手法に悪用されたら、「水伝」が道徳の授業に使われるより、はるかに悪影響があるのではないでしょうか。

http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_3bf9.html

他者を批判する以前に、ご自分が抱えた問題に対して、対処と反省をしてほしいと常々思います。

投稿: フジイ | 2009年1月 6日 (火) 17:35

こんにちは。とがも氏の話に別な層で反応するのでこちらに書きます。
2つの変数の関連を検討するある特殊な状況において、
(2つが無相関(ρ=0)である時にrが一定の値r1を超える確率)/((2つが無相関である時にrがr1を越える確率)+(2つが無相関である時にrがr1を越えない確率))= 0.05
という話ならわかります。それが面白い話に発展するとは思えませんが。
ABOFAN氏のa/(a+b)はこれとは違うものではないかという気がするのですが、同じとみなしてしまうことで何かいいことがあるのでしょうか。
みんな同じことを考えてるんだね、性格が違ってもいいし違わなくてもいいよね、よかったよかった、みたいな?

投稿: ちがやまる | 2009年1月 7日 (水) 18:06

ちがやまるさん、今晩は。

私としても、そもそも、あまりABO FANさんのあの式には関心を持っていないです。最初のFSMさんのコメントとはどんどん離れていっていますしね。

もちろん、掲示板で続けて頂くのは全然構わないです。ABO FANさんがどういう思考の経路で発言するに至ったか、というのを知る事は、有意義かも知れませんので。

投稿: TAKESAN | 2009年1月 7日 (水) 18:44

自己レス。

▼▼▼引用▼▼▼
もちろん、掲示板で続けて頂くのは全然構わないです。
▲▲引用終了▲▲
もちろん、あまりに話がずれたりするのが懸念される場合には、スレを新しく立てても構いません…。

いや、ABO FANさんが絡んでくると、どうしてもカオス空間になるので、管理者としては、どちらでもいいですが。

続きは掲示板でやりましょう。

投稿: TAKESAN | 2009年1月 7日 (水) 18:57

1月5日よりあと、こちらを見に来ていませんでした。

フジイさんの私宛のコメント、あまりよく理解できませんでした。ごめんなさい。

a/(a+b)のこと、ABO FAN氏が話を投げ出さず進めてもらう事に寄与できないかと考え、氏も書いていることを起点に共通理解という到達点を目指しましょうとつもりで話題にしました。
でも、早くもお手上げの気分です。
これまで根気良く対話を試みられてきた方々の努力を私はほとんど理解できていませんでした。この記事に私がつけた2つのコメントは私の無理解に基づくものでした。失礼しました。

投稿: とがも | 2009年1月 9日 (金) 23:27

とがもさん、今晩は。

掲示板はごちゃごちゃしてるので、そもそも全体を掴むのが難しいので、あまり気になさらなくとも良いかと。

投稿: TAKESAN | 2009年1月10日 (土) 02:08

どうやら、このブログを見られている方々は、疑似科学批判をすること以外は全く興味がないような方々ばかりなのですね。

>フジイさんの私宛のコメント、あまりよく理解できませんでした。ごめんなさい。

イラストレーターの小田隆氏とTAKESANの言動を社会人としてのモラルという観点で以前、知り合いの先生にお聞きしました。

「ブログに初めてコメントしてくれた方には、感謝の意を表して、対応するのが、人としての礼儀、モラル。私なら、このような態度は決して取らない。」だそうです。

自分の勝手な都合で人によって、態度を変えたり、相手を無視するということは、社会的には「差別」と言います。

「差別」がなぜ問題なのか、分かる方はいらっしゃいますか?
おそらく、分かっていても、興味がない、「どうでもいい」というのが本音でしょう。

このようなことも分からないようでは、まさに「無理解」でしょう。
疑似科学は悪いけど「差別」はどうでもいい。こういう方ばかりが集まっているのでしょうか。

管理人自身問題ですが(管理人とは呼べないですが)、その管理人に対して、誰も非難の目を向けないというのも問題です。
「いじめ」と構造が似ています。いじめの首謀者とそのいじめを見て見ぬふりする傍観者としてのクラスメートたちによって、初めていじめはいじめとして居座るのです。

私がなぜ、TAKESANが無視し続けるのにコメントをするかご存知ですか。
子供たちが彼の言動を真似したら、社会に悪影響があるからです。

そして、彼の言動は「匿名」であることが最大の温床となっています。
実害という点では、疑似科学より「匿名の悪意」のほうがはるかに重大です。

2ちゃんねるの書き込みが原因で自殺した子供たちが何人もいます。
その書き込みはモラル意識の欠けた大人たちとその大人たちの言動を真似た子供たちによってなされているものです。

結果的には、自分から他者を一方的に批判しておきながら「どうでもいい。失せろ。」という差別的態度を取るTAKESANのような大人が大量発生し、さらには、それを見ても、何が問題なのかさえ気づかないブログの閲覧者によってネット社会に無自覚の「悪意」が形成されているのです。

ブログや掲示板の場合、似た者同士が集まり、異なる意識を持つ健全な大人たちがそこから距離を置くため、さらに問題意識が根付きづらいというのも問題です。

事実、TAKESANの言動に問題があると思った方はここに一人もいないのでしょう?それこそが問題です。

投稿: フジイ | 2009年1月10日 (土) 13:36

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