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2008年12月 1日 (月)

正面打ち技法のはなしと中国武術との論理的繋がりについて、みたいな

握らない一教 (内田樹の研究室)

武術に関する部分のみのお話(リンク先の後半はほとんどこじつけ)。

身体操作を勉強する際に、相手を掴まずに一教を行うというのは、良い稽古だと思います。

「なんか軟弱」と思えるかもしれないが

実は全然そんな事は無い訳ですが、それはおいおい明らかになるでしょう。

さて、このエントリーについたはてブ⇒はてなブックマーク - 握らない一教 (内田樹の研究室)

complex_cat Budo, martial arts 理解が浅いかも知れませんが,脱力による「強力な」受けと誘導は,推手をやっている方が理解しやすいのではと。奇しくもここの方法はそういうことかと。初心者の手刀理解は合気の場合,難しいと思います。

これはなかなか興味深い話題に繋がってくると思うので、ちょっと書いてみましょう。実は以前に書いた事ともかなり重複しますが、そこはご了承下さい。

さて、武術に興味を持つ方で、合気道の「正面打ち一教」と言われれば、「受けが大きく腕を振りかぶって手刀で打ちかかって来る」のを捌く技、という印象があると思います。

武術の動きの説明は、テキストだけよりも、映像があった方が圧倒的に解りやすいので、YouTubeから持ってきましょう(他にも見本になるようなのがあったんですが、思いっきり、教則DVDか何かから持ってきたやつでした)。

これは大変解りやすいですね。打ちかかってくるのを前方に進んで押さえるのを、「表技」といいます。会派や指導者によってバリエーションはありますが、大まかには一括りに出来ます。

続いてこちら。

打ちかかって来るのに合わせて横に入り、転身しながら腕を押さえていきます。これが、「裏技」です。

基本的に合気道では、前に進めながら行うものを表技、転身するのを裏技、と分類します。※必ずしも厳密に分けられるものではありません。

ここで再び、complex_catさんのコメントを引用してみましょう。

理解が浅いかも知れませんが,脱力による「強力な」受けと誘導は,推手をやっている方が理解しやすいのではと。奇しくもここの方法はそういうことかと。初心者の手刀理解は合気の場合,難しいと思います。

私はこれは、大変鋭い指摘だと考えます。短文コメントなので推測を含みますが、complex_catさんは恐らく、受けが強く打ちかかって来るものを捌くという構造の技法によって、柔らかく手を使って崩し捌いていく技術を会得するのは、初心者には難しいものがあるのではないか、と考えられたのだと思われます。

さて、正面打ち一教です。

この技、一般ではほぼ、前述のような技法だと思われているでしょう。つまり、

  1. 受け、振りかぶって正面から打ち込む。
  2. 取り、前に進むか転身して腕を押さえながら崩す。

というものとして捉えているのではないでしょうか。

恐らく、他流派の方にはほとんど(合気道内部でも?)知られていないと思うのですが、実は、ある部分を占める合気道の会派、特に岩間スタイルと呼ばれるスタイルにおいては、方法が異なっているのです。

書くより見て頂くのが良いでですね。こちらをご覧下さい。

斉藤守弘先生の講習会の模様です。初めの方で、一教を行っていますね。

さて、何か気づかれないでしょうか?

斉藤先生は、技を示しながら、「こっちから行く」と仰っています。

そうです。正面打ち技とは、「自ら打っていく」技なのです。「自分から」正面を打っていく訳ですね。受けの頭部に手刀で攻撃し(正面打ち)、受けがそれを防御するために手を上げた所を、取りは進みながら(表技)手を捕り、押さえていく。裏技は、爪先を合わせるようにして、転身して押さえます。上の動画では、受けが打ち込んでくるのを開いて押さえる(裏技)もありますね。

どうでしょう。テレビや雑誌で合気道の技を見た事がある方は、実は合気道でこのような方法が用いられるというのは、あまりご存知無かったのではないでしょうか?

そして、ここからがポイントです。

現在大勢を占めるのは、恐らく最初に示した方法です。典型と言って良いかと思います。そして、後で示したのが、自ら打っていく方法です。

で、少し考えてみると解る通り、この2種類の技法は、かなり構造が異なっています。打ちかかって来るものを表技で押さえる場合は、先を取って入り込んでいく訳ですが、自ら打つ方法は、相手の防御を促してその手を押さえていく、というやり方です。

さて、合気道には、「変化技」があります。変化技とは、たとえば、基本のやり方をするには間合いが適切じゃ無かったり、相手が抵抗したりした場合に、それに応じて合理的に用いる技を変えていく方法、とでも言えるでしょうか。そして合気道では、その変化技が技法体系に組み込まれている訳です。

一教に戻りましょう。

岩間(開祖の古い教えを守る会派では、同様の方法が用いられると思います。養神館もそうみたいですね)の一教では、取りが自分で攻撃していきます。流れるようにやる場合もあるし、局面に分けて行う場合もあります。つまり、

  1. 正面打ちをする。
  2. 手首と肘を捕りつつ前方に進む。
  3. 前下方に押さえる。
  4. 受けの脇腹に入って突き飛ばす。
  5. 押さえる。

といった具合です。そして、ある局面について、受けが通常と異なる動き、あるいは抵抗をしてきた場合、技を別のものに移行します。これが変化技です。

上の1の部分で見ていきましょう。

取りが正面を打たんと手刀を出していくと、受けは、防御のために同じく手刀を出します。

本来は、これを前に出ながら押さえていく訳ですが、ここで、受けの色々な応じ方が考えられます。たとえば、

  • 腕を突っ張る。
  • 取り側に押し込んでくる。

などです。

当然、、「相手にそんな対応をさせる暇無く技を決める」のが基本ではあります。それを念頭に置きながら、変化技を学習する訳ですね。

ここでは、腕を押し込んでくる場合を考えます。再び、先ほどの動画をご覧下さい。

9:25辺りからです。

これは正確には、気の流れ技の話(こちらから攻撃して誘い、相手の勢いを利用する)ですが、私が今想定している変化技のバリエーションとしても用いる事が出来ます。

ご覧頂くと解りますが、相手がこちらの手を防御する勢い(この勢いや押し込もうという心理的な志向性を、「気の流れ」と呼ぶ)をそのまま利用して、後方(受けにとっては前方)に崩していきます。

これは、表技で押さえようとしたら、隙を取られて逆に押し込まれた、というシチュエーションにも適用出来る訳です。※肩取り面打ちでは基本だったり

ここで肝要なのが、「自分勝手に動かない」事。

受けが押し込んできもしないのに自分が引いてしまうと、手が離れて下がっただけ、という形になってしまいます。つまり、相手が押し込む力(純粋に物理学的概念ではありません。上の「気の流れ」の説明も参照)を「感じ取りながら」、導いてあげるのです。

私はこれを、中国武術における「聴勁」の概念とそれを鍛える推手の技法とに近似した論理だと考えます。即ち、手を合わせた局面を切り出して、変化技の稽古をバリエーションとして含めて考えるならば、中国武術や古伝の空手の稽古法に類似しているのではないか、と見ているのです。

たとえば、先に書いた、受けが腕を突っ張った場合、というのを考えてみましょう。

その場合には、上の動画にある四方投げの基本に移行する、という変化が適用出来ます。1:44辺りをご覧下さい。ここでは、正面打ち四方投げ表技の基本が解説されています。相手が突っ張った場合には、横に開いて四方投げに展開する、というのを変化として見るのも可能な訳です。※3:10辺りを見ると、よく解って頂けるはずです。

いかがでしょうか。

「正面打ち」技というのが実は、取りが自分から打っていく技法の事を言い、そこから変化技を展開させる、つまり、相手の力の流れを読み合理的に技を組み立てていく、という所を考えるならば、それは中国武術の推手に通ずるものがあるのではないか、と分析してきました。これを意識的に取り出して稽古する、というのもあり、それはまさに、聴勁に通ずる能力を鍛えるトレーニングとなっているのではないでしょうか(流していく所は化勁)。

尤も、そこら辺の論理を明確に対象化して取り出して「推手」という体系を築き上げた中国武術はさすがだ、と言わざるを得ませんね。日本武術、特に柔術系では、そこまでの体系を作ったのは、ほとんど無いんじゃないかな。少なくとも、私は知らないです。剣技だと発達しているかもですが。

推手そのもの的な体系は、日本刀を用いた剣術をベースにした武術からは出てきにくい、というのもあるかも知れません。日本武術的には、「その場にいる」事を避ける傾向があるので、技法体系にもそれが反映されていると思います。※合気道では、技が多敵用に作られている

合気道と中国武術の相同性を指摘する論考は結構あると思いますが、あまり知られていない体系(岩間スタイル)を用いて、そこそこ具体的にこういう説明をするのは珍しいんじゃないかな、と。科学的概念を用いれば、もう少し詳細かつ厳密に分析出来るとは思いますが、さすがに今の段階ではそれは難しいです。

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コメント

complex_catさんの問題意識と言うか視点と離れてしまった感が、無きにしも非ず。

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最初の方に、「おいおい明らかになる」と書いてますけど、これは、そもそもガチガチの固い稽古をやっている所が柔らかい稽古をしない訳では無い、という話です。本文の説明で、稽古に関しての、ある種の繊細さを書いた次第。

もちろん、指導者や個人の傾向にもよります。これはかなりある。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 1日 (月) 01:41

参考資料をいくつか。YouTubeのリンクです。

・合気道の返し技(5:46辺りから。滅多に見られないです)※最初に変な音が入っていて耳障りなので注意
http://jp.youtube.com/watch?v=qQA0rCPXess
具体的な形として見ても推手に似ているかな、と。

・上で紹介した動画の続き
http://jp.youtube.com/watch?v=ALr8_VkM9UY
正面打ち腰投げ。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 1日 (月) 19:05

参考資料に返し技あって普通にびびった
youtubeに上げた奴何考えてんだ・・・

正面打ちは自分が正面に打ち込む技で、正面打ち込みは相手が正面に打ち込みしてくる技だから、違うのは当然だと思ったが流派で違ってたんですね、今日知りました。ありがとうございます。

というか、開祖の教えを変化させてるのに悪化させてどうするよ。

投稿: | 2008年12月 1日 (月) 23:19

今晩は。

色々動画は上がっているみたいです。明らかに商品から抜粋されているものは貼らないように注意はしていますが…。

多分、組織としての合気会の技法としては、正面打ち込みが「正面打ち」というのが標準になっていると思います。教則本でも大概そう解説されていますね。

開祖は場によって教え方を違えられたとも聞きますので、バリエーションが出てくるのだと思います。指導者がまた工夫をするので、岩間で教えられたものとは離れていくのでしょうね…。

そういう多様性をどこまで許容するか、というのも武道論的には重要な問題ですね。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 1日 (月) 23:32

いろいろなテーマが重層的に埋まっているお話なので、とりあえず,時間があるときにゆっくり整理してみたいと思います。
 
 私のコメントの真意は,動的な状態で聴勁と化勁や発勁のための放鬆を理解する上で,合気の手刀打ちは,初心者には勘違いさせる成分があるのではという想定を述べただけです。

 ただ,特に日本の武道練習の前提条件として,「手足が動かなくなるまで,その場に立っていられないほどの練習をやるのは当たり前」という観点でやる限り,そのネガはなくなると思います。勿論,「余計な部分,超絶複数回数練習することで,その運用に付いていけない余計な筋肉は使えなくなるから,真に必要な筋肉だけで使えるようになるから」です。

 その意味で,推手は,能率良いと思いますが,一番の弊害は,推手的な戦闘法がリアルな最終的な戦闘法と勘違いして,そこの型に填めようとしてしまうという者で,実際に戦える人の運用を見てショックを受け,飽くまで通過段階に行う練習だという頭を作る必要があると思います。

投稿: complex_cat | 2008年12月 4日 (木) 11:23

complex_catさん、今日は。

正面打ち込み(受けが打ち込むのを制する)の技は、確かにそういう面があると思います。
それで、実は合気道の「正面打ち」というのが、「自ら打っていく」技だというのを示し、変化技を組み合わせると、推手に近い構造が内在化されているのではないか、と見てみました。実は比較的静的なんですね。

黒田氏の所なんかもそうだと思いますが、合気道においても、「そこにいない」という動きが型の基本としてあります。最も基本である片手取り呼吸法・諸手取り呼吸法からしてそうなんですね。相手が剣を持っている事、多人数である事が必ず想定されています。

ですから、基本の稽古でも、必ず体捌きなどが含まれているんですね。
これは考え方を変えると、基本の段階から学習する事が多過ぎて、却って習得に混乱をきたす、とも見られます。
ですから、黒田氏の所なんかでは、「遊び」と称して動きの大切な部分を切り出して稽古する、というのをやっておられるのかも知れません。

そういう意味で、合気道には基本的に、聴勁と化勁のトレーニングは内在化されていますが、脱力統一体(高岡)を対象化してそれ自体をトレーニングする方法は、たとえば太気拳のような明確なものとしては存在しないと思います(私が知る限りは)。
基本の呼吸法(気功的なものでは無く、相手を崩す型)が脱力を促すトレーニングとはなっていますが。指導者によっては、気功のようなものや行法で補ったりしているかも知れません。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 4日 (木) 12:09

「そこに居ない戦闘法」というと,思いつくのは八卦掌ですね。これについては,私は学んだこともなく,表面的な知識と呼べるものすらありませんが,比較武術論でも合気道の話が出てくると必ず引き合いに出される定番と言った方がよいかと思います。

 対兵器術については私は未熟なので,論議するベースを持ちませんので,参考になるようなお話は何も出来ません。但し,太極拳も八極拳も,基本は槍術がベースになっています。平和な時代になってから無手の技が出てくるようになりましたが,ベースは相手が兵器を持っている事、多人数である事が想定されており,北派長拳系は,実際に,そこに居ない方法でめまぐるしく歩法を駆使して戦います。
 たとえば,太極拳でも, 玉女穿梭(ぎょくじょせんさ),扇通背(せんつうばい)等は,するっと相手の後ろに回り込む歩法が入っていて,動きも多敵的な動きですし,かなりすっ飛ばして動き回るイメージです。八極など,多くの套路に転換技がありますし八方向への動きはそれと組み合わせると,縦横無尽ですが,体サバキというのと多分学習システムが違いますね。そのあたりがそこに居ない戦闘法といえるかも知れません。ただ,楊式太極拳などは,動かざること〜的な用法であり,形意拳,太極拳その他,その場で打ち込みをかわすという感じがありますが,実際は,

・歩法で軸戦は全部外し死角に移動。
・聴勁,気の流れ(非接触型)で相手の動きを無効化,

うーん,書いていて余り変わらない気がしてきました。

・体捌き 多分これは徹底的な基礎練習,特に歩法練習とで作るという感じですね。套路も機能します。
 例えば,TAKESANさんがここで,いろいろな合気の技の動画を披瀝してくださいますが,私が何をやっているかというと,自分が使える歩法とそれに組み合わせることが出来る手法の組み合わせに解釈し直して,套路の式が使えればそれで理解しているのです。おかしいでしょ? でも,その方が崩れずに,何とか機能できる動きに持って行けると確信できるからで,既に全く体系の違う技をゼロから学ぶということが出来なくなっています。
 これは他の日本武道やシステマの披瀝されている技を解釈するときも同じです。

 しかし,斉藤先生の技は,本当に凄い。例えば日本における実戦太極拳人口はここ30年あまりで少なからず増え,それなりに使える方もお出でかと思いますが,このレベルの方は,少なくとも日本にはお出でにならないと思いますし,中国でも希少でしょう。正しいか間違っているか分かりませんが,楊式攬雀尾の有るべき姿を想起させます。

・脱力統一体(高岡)形成については,基本,套路が一番その機能を担っていますが,推手以外に補完する動きのトレーニングがあって,多くは門外不出になっています。套路だけでは使えないように或いはコツを掴むのに迷い込むようになっている門派がかなりあります。このあたりは作り込むシステムがあっても秘匿するという面倒なことをやっています。

・呼吸は,瞬間的な発勁の発動ための呼気にポイントのある呼吸法とか。独特の音(声とは言い難い)がでますので,発勁だと言っているyoutubeを見ていても,発勁をその人が経験したかしていないか,分かります。
 発勁とは違い,いわゆる合気道の呼吸力的な,技の運用もありますね。それに関しても,私は十分な知識を有しておりません。

投稿: complex_cat | 2008年12月 4日 (木) 23:24

>complex_catさん

ちょっと長くなりましたので、エントリーにしました⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/12/compl.html

投稿: TAKESAN | 2008年12月 5日 (金) 00:52

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