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2008年12月11日 (木)

掴みも技術2

Interdisciplinary: 掴みも技術の続き。

戦闘状態における「掴み」というのは、おおまかに2種類に分けられると思います。

即ち、

  • 精神的に異様に高揚した人間が動きを制するために死に物狂いで押さえる。
  • 運動として洗練された、「術」により押さえる。

前者は、とにかく相手が動けないように思い切り掴む訳ですね。体力差があれば、半端に動いても何の意味も無い。試しに、腕を差し出して両手で掴ませて、「この場所から絶対に動かさないように持っててくれ」と教示して、それを崩そうとしてみて下さい。※両手の脈の部分をギリギリ合わせるように掴ませる(剣の把持の要領)と、より難しいです。

その程度でも、ほとんど動くのは不可能なはずです。友好的な相手でもそうなのですから、積極的に害を与えようという人間が死に物狂いで掴んできたものを崩すのがいかに困難か、想像するのは容易でしょう。

後者は、より高級な掴み方。

実は合気道の諸手取り(両手で相手の片手を掴む)というのは、正面打ちからの展開だったりします。逆側の手での突きも蹴りも入らないポジションに位置取り、持たれた手を動かそうとしてもびくともしないような力の出し方をします。

解ってくると、前腕にはほとんど力を感じないのに全く動けない、という状態に相手を拘束する、というのも可能。手はセンサーの塊なので、ギリギリの筋力発揮で前腕を把持し、動かそうとする相手の動きや力を敏感に察知し、それに応じて全身の筋肉を協調的に連動させるのが重要。※昨日のエントリーで、柳川氏の概念(受動筋力)を援用しましたね。なかなか有用な概念だと私は思います

一段低級なレベルとしては、全身を一塊の銅像のごとく固める、というのがあります。全身の関節を溶接してぎっちぎちに固めた掴み方、というモデルを想定するとイメージしやすいでしょう。

そして、掴んだだけでは終わらず、そこから別の技に展開する事もある訳ですね。三教・四教など。大東流なんかでは、「掴み手」といってそれ自体が技法として対象化されているのでしたっけ?

そういうのを踏まえて、昨今の「護身」と称する何ものかを眺めてみると、実に中途半端と言わざるを得ませんね。complex_catさんが仰るように、切迫感・緊迫感がまるで無いですし、技法としても非常に稚拙。

極めて好意的に見ても、奇跡的に相手が超弱かったりした場合に何とか撃退出来る、という程度の効果しか無いでしょうね。

尤も、本気でやっている所は表には出にくい、というのはあるかも知れませんが。いずれにしても、中途半端なものが広まってしまうのは、あまりよろしく無いでしょうね。

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ちょっと「受動筋力」をググってみたのですが、どうやら学術的概念としてもそれが存在する模様。不勉強でした。

色々な人が同じ語を用いているようです。同じような概念で用いられているのかは判らないですが、私が書いているのは、空手の柳川昌弘氏のものの援用として解釈して下さい。

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