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2008年11月23日 (日)

華麗に破綻した主張

痛いニュース(ノ∀`):カレーライスを全部混ぜますか?…78%が「混ぜない」派

あのね…。

カレーライスは、ルウとライスをミックスさせて、すなわち「混ぜて」食する料理では無いのですよ。

カレーライスは、ルウとライスが「層」になっているから美味なのです。「分離」しているからこその味わいがある。

考えてもご覧なさい。

あなたはオムライスを食す際に、チキンライスとオムレツをミキシングしますか? しないでしょう?

卵という「衣」を纏ったライスを口に放り込み、咀嚼しつつ混ぜ合わせる、その過程をも含めて楽しむ訳ですよ。

カレーライスも同様です。その場合には、ルウが「衣」に当たる訳であります。それを口に入れる前から混ぜ合わせるなど、

「無粋」

の一言でしょう。

大体、混ぜて食べるのならば、初めから混ざっていれば良いではありませんか。何ゆえに、ライスの上にルウが「掛かっている」、あるいは、掛けるように別になっているのですか?

混ざったのを食べたいならば、ドライカレーを食せば良い話なのです。

と、こんな事を書けば、「混ぜて食す」派の者達の総攻撃を受ける事、必定でしょう。

良かろう、私は誰の挑戦でも受ける。掛かってき給え。見事私を説き伏せてみよ。

------------

…。

……。

ごめんなさいごめんなさい。

私、どっちもやります(最初から全部混ぜる、というのはほとんど無いかなあ。子どもの頃はやってたけど)。気分次第で。それぞれ違う食感だし、両方美味しいじゃないですか。卵を掛けたりする習慣は無いですが。

それよりも、カツカレーを食べる時の、カツの下にあるご飯をどう処理すべきか、それを議論して欲しいものです。

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「グルメ・クッキング」カテゴリの記事

コメント

 カレーライスなど邪道の極みっ!カレーはナンで食べるものだだだっ!
とか叫ぶと、空気嫁と言われるんですね、わかります。

 それはともかく、カレーライスを食べ始める前に全部混ぜたりはしません。ご飯がカレーを吸った感じになってしまうからです。そうなると、何となく食感が変わってしまうので……。口に運ぶ分ずつ、スプーンで軽く混ぜて食べています。この辺は好みなんでしょうね。

 最近はまっているのは、インディカ米にタイ料理のグリーンカレーやレッドカレーという組みあわせだったり。カレーライスを混ぜるというのとちょっと趣が違います。

 うんと子供の頃は、バーモントカレーの甘口でも刺激が強くて食べられず、生卵を落として全部混ぜ、味を薄めたりしていました。このときは食べ始めに全部混ぜていました。小学校高学年くらいだったか、家庭科の調理実習でカレーライスを作ることがあって、なぜか辛くてもおいしく食べられて、それからはどんどん辛いものが食べられるようになりました。

投稿: apj | 2008年11月23日 (日) 01:08

カレーをスプーンで食べるとは、なんと無粋な!金属の味がカレーの風味を殺してしまうではないか!手で食え、手で。
とやっこともないことを言ってしまいました。すみません。
僕は混ぜない派です。

投稿: corvo | 2008年11月23日 (日) 01:24

自由軒涙目。

http://www.jiyuken.co.jp/

投稿: hietaro | 2008年11月23日 (日) 02:57

私は、ビビンバは混ぜて食べるものだと知った時、驚きました。今では混ぜて食べます。付和雷同な性格なので。

それから、かつ丼の卵とじとご飯がなるべく混じらないように気を使い食べます。上から食べるのではなく、横から食べていくという感じになります。かつ丼の断面が崩れないできれいに見えれば理想です。垂直な断面では飽き足らず、オーバーハング断崖に挑戦することもあります。砂場でトンネルが崩壊しないように掘り進むような面白さがあります。ただ、矛盾するようですが、ご飯に汁がしみていないと嫌なんですね。

ということで、カレーは当然混ぜない派ですが、味は関係ないですね。混ぜても美味いとは思います。

ものすごく、食べ方にこだわっているようで、実はどっちでもいいといういい加減な奴です。

投稿: zorori | 2008年11月23日 (日) 10:49

随分前に某ドラマのタイアップで売っていた「華麗なるカレーパン」を想い出しつつ。

オレもカレーは混ぜない派ですが、あんかけ焼きそばは絶対混ぜないと美味くないと思います。識り合いと中華料理屋に行って、混ぜないで喰っているのを見ていると苛々してきますね(笑)。

あれは、麺自体には味を附けてないので、混ぜないと味がしないはずなんです。ラーメン・つけ麺や混ぜそば系と違って、麺だけ喰って美味い喰い物じゃないですしね。

余談ですが、あんかけ焼きそばは一旦箸を着けたが最期で急いで食べないと、あんのでんぷんが箸に附いた唾液のアミラーゼで分解されてサラサラになってしまいます。それ故に、可能な限り急いで喰うかもしくは別箸で取り皿推奨です。

カレーを混ぜないのは、apj さんと同じで、おじや状態でカレー味の飯が美味いとは思わないからです。おじやはおじやで美味いんですけど、カレーとは別の喰い物ですよね。なので、一頃流行ったシャブシャブにゆるいカレーは、自動的にカレー味のおじやになるので好きではないです。

おじやと謂えば、お茶漬けや汁掛け飯も混ぜない派ですね。混ぜると飯粒が満遍なく汁を吸って全体にふやけると謂うのと、汁が白く濁るからですが。丁寧に飯粒をほぐしてから食べる人を見ると、やっぱり苛々します(笑)。汁を含んだ飯の塊が口の中で優しくほどける食感が美味いと思うので。

あと、牛丼はつゆ抜き派ですね。丼モノ一般、汁掛け飯と区別が附かなくなっているものは好きではないので、つゆは少なめが好きです。

>>それよりも、カツカレーを食べる時の、カツの下にあるご飯をどう処理すべきか、それを議論して欲しいものです。

あの部分はカレーソースのかかったカツをおかずにして白飯を喰うパターンです(笑)。ただ、カツの裏に飯粒が附いているのがどうも汚らしくてそっちのほうが気になりますが。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月23日 (日) 12:12

皆さん、今日は。カレーを作った後に喉にくる風邪をひいた時の絶望感に苛まれている人です。

それはともかくとして。

>apjさん

やはり、混ぜると吸った感じになりますよね。私としても、派としては混ぜないグループであります。
たまに、冷や飯とカレーが余ってた時、混ぜながら温めて食す事もあります。

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>corvoさん

それは、ヲイシンヴォのクヮイヴァラ氏が言ってましたね。彼の場合は箸の話だったかな。見た当時は、あまり深く考えずになるほどと思ってしまったものです(いいたい事は解らないでも無いですが)。

------

>hietaroさん

おお、それは。
それもヲイシンヴォに出てきたような。
実際、生卵を混ぜた事無いんですよね。習慣が無かったです。

------

>zororiさん

そのかつ丼の食し方、よく解ります。私も以前は、チャレンジしたものです。

いかに美しい断面を形成出来るか、みたいな。

------

>黒猫亭さん

▼▼▼引用▼▼▼
あんかけ焼きそばは絶対混ぜないと美味くないと思います。
▲▲引用終了▲▲
ほほう、それは私とは相容れぬやも知れません(笑)

個人的には、意図せず粘度の低いカレー(単にルウが足りなかったがゆえに。味も異様に薄い)になってしまったのを食した経験が、嫌な思い出としてありますです。

お茶漬けは混ぜるべきですって(笑)

カツカレーの件は、なるほど、ですね。私はそういう手法と採る事もありますし、巧みにカツを退けて周辺に分布するルウを掬い取ってライスに掛けて食する、という手もあります。

自分で作る際には、ライスにまずルウを掛け、その後にカツを載せるという方法もありますね。

------

話は変わって。

私は、いわゆる「オムカレー」を作る事があります。
卵が余っていた時にはよくやるのですが、試行錯誤の末に奥義に到達しました。

それはすなわち、「ライス――卵――カレー」という層構造では無く、「ライス――カレー――卵」という層を形成する事が肝要である、という論理です。
前者だと、卵の壁に阻まれて、カレーとライスの一体感があまりにも損なわれてしまいます。従って、卵を最後に掛けるという寸法です。

混ぜてしまえばいいではないか、と言われるかも知れしれませんが、それでは、層構造を破壊するというのを意味するので、本末転倒となる訳であります。

尤もこれは、ライスに味がついていない場合の技法と言えますが。

そして、この記述から推察される通り、私にとってのオムライスは、「たんぽぽ型」がデフォルトなのです。

googleで画像検索したところ、色々なパタンが見られますね。面白い。

……と、私はこんな文字数を使って一体何を書いているんだ。

投稿: TAKESAN | 2008年11月23日 (日) 12:48

いわゆる粘度の低いスープ様のカレーの場合,ご飯にかけてあれば染みこんで,かなり混ざりますので,その場合は余り気にしないのですが,どちらかというとご飯とカレー,別々にしてカレーかけご飯で食べないのが自分の好みです。いえ,ぶっかけ飯も好きで,上にかけてあれば,何ら文句を言うことなくいただきますが,あまり混ぜずにいただきます。おかずとご飯を混ぜません。
 辛子明太子は卵の黄身で練って,ぐちゃぐちゃとご飯と混ぜて食します。卵ご飯と同様です。
 でも,本当に全部,ぐっちゃら混ぜて混ぜて混ぜて食される人って,本当においでですね。国民食なので,お好みでと思いますが,それでもちょっとびっくりします。どちらかというと,甘口カレーが好きな人に多いような・・・

 カツカレー問題はどうだったかな・・・

投稿: complex_cat | 2008年11月23日 (日) 20:00

>TAKESANさん

どうやら、混ぜる・混ぜないの尺度では剰り嗜好が合わないようですね、残念です(笑)。オレが採用している基本的な基準としては、和食乃至日本食として根附いた料理では混ぜない、外国料理なら積極的に混ぜる、と謂うところですかね。

同じくウォイスゥインボウで読んだのですが、味附けしない白飯とおかずを別々に食する、所謂「口中調味」と謂うのは日本だけの喰い方らしく、これは日本の米が大変美味いことと関係がある、と。

他の米食文化圏の料理では、飯に味附けするかソースを掛ける喰い方で、その場合はよく混ぜて喰う場合が多いようです。上でzororiさんが触れておられるビビンパみたいに、朝鮮料理だととにかくよく掻き混ぜるのが基本ですよね。

日本食の場合、丼モノやカレーライスについては、玉子掛けご飯とかとろろ飯のようにソースを混ぜた味附けご飯と謂う解釈と、ソースカツ丼なんかが象徴的ですが飯の上におかずが乗っているワンプレートと謂う解釈の二通りがあって、そこで混ぜる・混ぜないが出て来るようです。

で、カレーライスなんてのは、どう考えてもカレーソースがペースト状なので混ぜるのが当たり前に思えるんですが、日本人は白飯が大好きなので白飯の部分を多く残しつつ、ソースと白飯を口中調味すると謂う喰い方を好むようです。

日本の一般的な家庭のカレーソースが小麦粉たっぷりでもったりしているのは、まあ市販ルーがそう謂う仕立てだったせいではありますが、何故そう謂う仕立てだったのかを考えると、圧倒的に白飯派が多いことと関係があるのだと思います。つまり、わざと飯に浸みないようにもったり仕立ててあったんだと思います。

今では日本人の嗜好も変わってきたので、家庭のカレーと謂ってもさまざまで、バラエティに富んでいますけどね。

で、麺食で謂うならば、ソースと麺を掻き混ぜて和えないカレーライスのような喰い方は、ほぼ日本以外には存在しないと謂う印象です。これも、うどんや蕎麦の麺自体の香りや旨味を楽しむと謂う喰い方が粋なものとされてきたことと関係あるでしょう。蕎麦なんてのは、つゆにどっぷり浸けるのは野暮とされていますが、あれは単に江戸前の醤油が鹹いせいじゃないかと謂う説もあります(笑)。

日本で謂うスパゲティ・ミートソースに当たるパスタ・ボロネーゼも、イタ飯屋では最初から混ぜ混ぜして出てきますね(それ以前にスパゲティではなくタリアテッレと謂う平打ち麺で仕立てますが)。あれだけパスタが好きなイタリア人でも、麺に味を附けない喰い方はしないようで、パスタを茹でる際にすでに塩味をしっかり附けてしまいますね。

で、あんかけ焼きそばなんですが、これはたしか純正の中国料理ではなく、比較的新しく日本で生まれた料理のはずで、中国に行ってもあんかけ焼きそばは見当たらないらしいですね。そう謂う意味では、これもラーメンのように「日本化された中国料理」なのかと謂うと、ちょっと違うように思います。

あんかけ焼きそばは何処まで行っても「日本で生まれた日本ローカルの中国料理」で、何処も日本化していないように思うので、基本的にはあんと麺を混ぜる前提で考えられた料理ではないかと思います。

中華定職屋みたいなところのあんかけ焼きそばは、ソース焼きそば同様に麺をメインに喰わせる仕立てが多いですが、○○飯店とか□□楼みたいな少し高級な店に行くと、麺よりも具を喰わせる設計の料理として出てきますね。

麺で具を巻いて喰う、みたいな喰い方をしないと、麺を喰い終えても大量に具が剰る感じの配分なんですね。つまり、中華おこげの麺バージョンみたいな料理設計だと思うんですよ。で、麺それ自体には一切味が附けてないわけで、これは作る側の思惑としては、混ぜて喰ってくださいと謂う底意だと解釈するわけです。

中国料理の場合、そのまま喰うものには必ず味が附けてあるはずなんで、味を附けてない以上はソースを混ぜるのが前提のはずなんですね。そう謂う次第で、あんかけ焼きそばは必ずあんと麺を混ぜることにしています。調理人が想定している喰い方をするのが常道だと思いますので。

カツカレーのほうですが、オレも自宅ではTAKESAN さんが仰るようなソースの掛け方ですね。カレーソースを飯に掛けてからカツを乗せ、さらにカツの半分だけソースを掛けると謂うのがパターンです。

要するに、カツの卵綴じのカレー版のような感じにするわけで、両面カレーソースに浸っているところと、片面だけサクサクした衣が残っているところがあると食感が両方楽しめます。

それよりもカツカレーで問題だと思うのは、スプーンとフォークを持ち替えると謂う部分で、オレは面倒なので全部スプーンで喰います。カツをスプーンの峰で押し切って喰うんですが、やっぱりスプーンで喰ったほうが便利なものとフォークや箸で喰ったほうが便利なものが合体すると痛し痒しですね。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月23日 (日) 21:29

complex_catさん、今日は。

あー、ブクマにも書いておられましたね。

最初から万遍無く混ぜる、というのは、身近では見かけないですねえ。私は、小学生くらいの頃、そうやって食べるのがいい、と教わったんで、それで食べてました。

明太子と卵、というのは初めて聞きましたです。

------

黒猫亭さん、今日は。

おお、口中調味。確か、それと三角食べに関しては、中猫さんが詳しく調べておられたような…。

言われてみると、何かを掛けてあるだけで混ぜないで食べる、というカレーライスみたいなものの方が特殊なのかも知れませんね。
ああ、そっか。ミートソースも、掛けてあるか。あれも、必ずしも混ぜませんね。うん、面白い。ちなみに、自分で作る際には、きちんと和えますね。ソースを乳化させたいので。

カツの卵綴じのカレー版、というのは言い得て妙、ですね。私も、スプーンでカツを切断して食しますね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 11:28

いつも楽しく、時々相槌打ちながら読ませていただいています。カツカレーのとこだけ、ちょっと一言。

私は、食堂のおばちゃんに「カツの上に絶対ルーをかけないで下さいね」とお願いする派です。混ぜる混ぜないで言うなら、カツの表層がルーを中途半端に吸った食感は、混ぜない派の望まない姿の一つではないでしょうか?

私の方法では、混ぜないカレーライス、混ぜたカレーライス、ルーを吸ったカツ、ごちゃまぜのカツカレー、ソースカツ丼、白いご飯+漬物、など、一食で多様な展開を楽しむことも利点です。

では、また。そのうちに。

投稿: くらっと | 2008年11月25日 (火) 11:12

くらっとさん、今日は。

こちらをお読み頂いているとの事、ありがとうございます。

▼▼▼引用▼▼▼
「カツの上に絶対ルーをかけないで下さいね」とお願いする派です。
▲▲引用終了▲▲
なるほどなるほど。そういう方向性もありますね。私は、衣がルウを吸った時の独特の香ばしさが至高であると考えていたのですが、いささかそこに囚われていたようであります。

実は昨日、夕食でカレーを食べたんですよ。
で、このエントリーの事はすっかり頭に無く、いつも通り無意識に食べていたんですね。
それで、ふとここの事を思い出して、今どうやって食べたか、というのを脳内メモリを検索してみたら、明らかに数種類の方法を同時に行っていたんですね。なんと、一口目はapj styleが適用されていた事が判明したのです。
その後は、ルウを掬って白い部分に掛けて食すというのを中心として、ルウを掬う→その上にライスを乗せる、というリバース型を使っているのも判りました。

なるほど、カレーライスの食し方というのは奥深いものです。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 12:52

さすがにここにお集まりの面々はどなたも「見た目」の話をされないですね。そんな月並みで次元の低い理由は、純粋な美味しさ追求の流れにはふさわしくないと考えておられるのでしょう。

私が「断固混ぜない派」である理由はただひとつ、見た目が嫌だからです。どのくらい嫌かというと、目黒寄生虫博物館に行った後でスパゲッティーを食べるのと同じくらい嫌です。(トンデモ悪趣味失礼。削除して頂いていっこうに構いません。)

投稿: ネット沙代 | 2008年11月25日 (火) 22:39

>ネット沙代さん
いやいや、私は「混ぜない」派ですが、その最大の理由は「見た目」ですよ。もしかしたら混ぜた方がおいしいかも、と思った事もないではないのですが。

しかしながら、ビビンバはzororiさんと同様混ぜるものだとは知らなかったのですが、一旦混ぜてみると、これがウマイ。今では常に混ぜ混ぜしますです。こっちは何故か見た目は気になりません。

>apjさん
グリーンカレー、大好きです。グリーンカレーペーストとココナッツミルクさえ手に入れば比較的簡単に作れますしね。あとナンプラーがあれば更に良し。
で、やっぱり米は長粒種が合うんですね。これはおそらくカレーの水分が多いのでジャポニカ米だとベトついたり溶けちゃったりし易いからだろうと思っています。
リゾットとかと似た感覚ですね。

投稿: PseuDoctor | 2008年11月25日 (火) 23:18

ビビンバを混ぜるのは、美味しさを引き出すための必須の作業であり、またそれ自体が食事の楽しいプロセスでもあります。一方、カレーを混ぜるのは単なる「処理」に過ぎません。(思いこみ過剰か)

さらに、「混ぜないカレー」の食感についてひとこと。

ライスの上にルーが乗ったのをスプーンで口に運んだときと、逆にスプーンの底にたまったルーの上にライスが乗ったのを運んだときとでは食感が全然違います(当然前者の方が美味しい)。(細か過ぎるか)

これはカレーをおかずにしてパンを食す時にも言えることで、ちぎったパンの上に上手くルーを乗せてから口に運んだ方が断然美味い。
ちぎったパンをルーの中に放り込んでからスプーンですくって食べたり、先にルーを口に含ませてからパンをかじったりすると美味しさが半減するのです。

こうやって考えると、人間の総合的な味覚は複雑怪奇で、ニセ科学以上に一筋縄ではいかないことがわかります。しっかりした検証もなしに、あれが美味い、これが不味いと軽々に断じることは、ニセ科学の蔓延に加担することにもつながるので厳に慎まなくてはなりません。(論理破綻か)

投稿: ネット沙代 | 2008年11月26日 (水) 13:07

ネット沙代さん、今日は。

>PseuDoctorさん、ネット沙代さん

実は私、ピビンパを混ぜない人がいる、という発想そのものが無かったのであります。
これは私の分析によると、元々あまり馴染みが無かった料理で、テレビで「正しい食べ方」として混ぜるやり方が当然だといんぷりんてぃんぐされたからだと思われます。

わたし的には、スプーンで掬ったルウの上にライスを載せて食すのも、なかなか乙なものなのです。

▼▼▼引用▼▼▼
ちぎったパンをルーの中に放り込んでからスプーンですくって食べたり
▲▲引用終了▲▲
むうっ。これは私、かなりやりますぜ。

ご指摘の、現象の複雑さ、ご尤もであります。これは一つ、被験者を2万人くらい集めて官能試験をば…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 13:44

このところずっと偽科学発見テストの話題が続いているので(私はROM)、箸休めにもうひとつ些細なカレー話を。

私のカレーの原点(家庭のではなくプロの)は、学生時代の下町の喫茶店のカレーです。どの喫茶店ということではなく、下町の喫茶店に共通したような味があったと思います。

どういう味かというと、ともかく、いかにもカレーっぽい香りが強烈で、コーヒーを飲んでいても店の奥から漏れてくる。ルーは妙に黒っぽく、いかにもルーといった舌触りで、固形物といえばわずかに入っているビーフだけ。そしてその味はコクがあるわけでも複雑なわけでもなく、香りの強烈さに見あう、やや粗雑というか乱暴な辛さが特徴。素朴だけど、何かきりっとした潔さがあったように思います。

で、そういうのが妙に懐かしくなってこのところ探し求めているのですが、今ではなかなか遭遇することがないですね。喫茶店のも何かホテルのカレーの喫茶店版という感じ。専門店も含め、複雑でコクがある贅沢なカレーは種々あって、もちろん美味しいことは間違いないのですが、何か一本筋が通っているといった感じがしない。

これって、私自身はかなり普遍的な話だと思っているのですが、私に特有のノスタルジアなのでしょうか?

投稿: ネット沙代 | 2008年12月 3日 (水) 18:13

ネット沙代さん、今晩は。

これはちょっと、書かざるを得ませんね。

実は私、自分でカレーを作る時に、「追い求める理想の味」というのがあります。

それは、よくして貰った親戚が連れていってくれたデパートの食堂で食べたカレーの味、です。
その強い旨みと香りは、子どもの頃の楽しい思い出とともに、強烈に心に刻まれているのであります。

もしかしたら、成長した今考えると、そんなに物凄く美味いものでは無かったのかも知れないんですよね。でもやっぱり忘れられない。

それで、未だにその味を実現出来た事は無いです。
色々調べて実験してみれば、その味が何によるものか、というのはすぐに解るのかも知れないんですけどね。

そのデパートの食堂は今もあるのですが、もう10数年は行っていないかも知れません。
行ってみれば、ああ、これはあの材料による味なのかな、というのが解るのかも知れないし、味が変わっちゃっててがっかり、という事もあるかも。

その味に接近しようとする事そのものに意味があるのかな、なんて事も言ってみたり。

ちなみに、カレー(正確にはカツカレー)は色々食べてきましたが、超えるものとは未だに出会えていません。思い出補正もあるのかな。

以上、わたし的ノスタルジアでした。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 3日 (水) 18:33

 はじめまして。
 好意的にご紹介いただき、とても嬉しく思っております。(普段巡回しているところに自分の名前があってびっくりです)
 浅学ではありますが、貴サイト等、ネット上の諸先輩方の手法を学び、食の疑似科学を追究しようと思っておりますので、今後ともよろしくお願いします。

 前置きが長くなりましたが、私は混ぜる派です。
 皆様、単なる個人的嗜好にとどまらず、歴史や食材といった背景にも言及されており恐れ入ります。
 
 以下混ぜる派としての言い分

 混ぜる派の私ですが、最初から混ぜるのはよろしくないと思います。
 別々に提供されるのは、ごはんとルウの絡み度を調整するためであると勝手に考えています。
 最初から混ざっていてはご飯に水分が吸着されちゃって、ルウの舌触りが悪くなるからNGです。ごはんもぶくっとしてしまい、もちもち感が失われてしまいます。
 
 スプーンでふわっと、口に運ぶ直前に混ぜるのが良いんです。
 
 因みにご飯はルウの1/3くらいにしておいて、さっさとご飯を食べ終えてしまい。残りのカレーを堪能するという食べ方です。
 ある意味、時間との闘いでもあります。

 書いていて、なんだかものすごく邪道なきがしてきました。

 カツカレーは本当にやっかいな食べ物だと思います。
 身動きがとれないくらい立派なカツがデーンと載っているとどうしたら良いのか一瞬わからなくなってしまいます。
 しょうがないので、カツをルウの海に避難させて、カレーライスを食べつつ、カレーカツを合間に食べるようにしております。 
 あ、カツカレーは本格欧風カレーでなく、和風カレーがいいですね。

 
 

投稿: どらねこ | 2008年12月 7日 (日) 16:21

どらねこさん、今日は。

どらねこさんのブログは、食関連のニセ科学・怪しい言説に関して取り扱っておられて、大変参考になります。

それにしても、あの対談の内容はひどいものですね……論の持っていき方が、ゲーム脳にそっくりなんですよね。

※皆さんへ
どらねこさんのブログは必読です。

------

ほう、ご飯を最初に食べ切る、というのはなかなか興味深いですね。

やはり、カツは避難させるという手が考えられますね。

私はカレーにジャガイモは基本入れないんですが、たまに、ジャガイモごろごろの黄色いカレー&カツを食べると、とても懐かしい気分になるのであります。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 7日 (日) 17:03

こんばんは。
なんか、ネット沙代さんの「喫茶店のカレー」にびびびと来てしまいました。

ネット沙代さんのおっしゃる「喫茶店のカレー」は、ある時期の「業務用カレー(本格・辛口)」ではなかろうか、あの大袋のビニールに入った、具もしっかり入ってる、ナベに必要量出して温めればオッケーみたいな、レトルトの親玉みたいなやつ。なんて思っちゃったんですよ。メーカーはわかんないんですけど。

一時期、そうだなあ70年代末から80年代前半かしら、ハウス・ジャワカレー的な黒くてひたすらスパイシーに辛い系なカレーが「本格カレーの代表」というような時代があったと思ってまして。なんかこう「従来の黄色いカレーに対するアンチテーゼ」のような空気が、インスタント界にもレトルト界にも軽食=喫茶店業界にもはびこった。『LEE』とか、何倍カレーとか。

もうちょっとすると、バブル期に突入したんだかなんだか、もっと多様にインドはとかヨーロッパ風はとかエスニックなのとか、いろいろ出てきたように思うんですが。

ぼくが喫茶店に入り浸っていた70年代後半というのは、黄色いカレーが業務用だったんですよね(ぼくの立回り先。青森県弘前市、文京区と台東区と埼玉県春日部市)。んで、ジャガイモが入ってるんです、これ。

でも、80年代前半の業務用カレー(@文京区、台東区、埼玉県熊谷市)にはジャガイモを駆逐した「本格」「辛口」があった。当時のボクは歓迎しました。「なんだー、喫茶店のカレーもおいしくなったじゃん!」的な歓迎。いや、業務用カレーを使わなくても、そういうのを出す店が増えていた。駅の立ち食いそば屋のカレーまで黒くなったときには、さすがに「ちょっとなー」と思いましたけど。

「正しいコショウ」なんていうものが世の中にあって、GABAのBLACK PEPPERこそそれだと(ぼくが)信じていられた頃の話です。粒コショウなんて存在も定かにはわかっておらず、食通以外には幻想だと(ぼくが)思っていられた時代。ピリピリと辛きゃよかったんだな、きっと。

その後、多様化とカレー専門店やら専門チェーンやらの跋扈するなかで「黒=ジャワカレー」の呪縛から逃れ、一方で「黄色への回帰」や「エスニックをはじめとする『ルーツのありげな造り』への色気」などが混交して中庸を得た「新・和風カレー」が、現在の「そこら辺のお店のカレー」だと、なんとなく位置づけております。

あ。ぼく自身の食べ方は「最初に全部混ぜ」以外のあらゆる方法を、無定見に繰り出しているような気がします。そのときのカレーの粘度にもよるし。
ちなみに、最近の我が家のカレーのデフォルトは、「レトルト3種」をテーブルの真ん中に置いて、家族4人がめいめいにすくって飯にかけて食べる、というものです。商品も決まってなくて、グリーンカレー+生協カレー甘口+銀座カレー中辛だったり、そういうめちゃくちゃ。「最初に全部混ぜ」は、いきなりオミットされてるような(汗

コロッケのせたりカツをのせたりも稀にやりますが、上にルーをかけるときもあれば、ルーの上に乗せるときもあり。ソースをかけるときもウスターだったりとんかつソースとウスターのブレンドだったり、かけなかったり、まるっきり気分任せ(汗

投稿: 亀@渋研X | 2008年12月 8日 (月) 03:03

亀@渋研Xさん、今日は。

もしかすると、私の食べたカレーも、それなのかも。

家で食べるのと違うなあ、と感心してたんですよね。
で、親に、いかにそのカレーが美味しいか、果たしてどうやって作るのだろうか、というのを力説してたら、「それは多分缶詰だろう」と返されて、えー、となったものです(そこら辺から辿れば、再現出来るかもなあ)。

確かに、後からカレーを食べるさまを振り返ってみると、「混ぜない」と言うより、「全混ぜ以外」、と言った方が良い気がしますね。いくつかの方法を用いて楽しんでいるようです。

じゃあこのエントリー本文で熱く語ったのは何だった、という話ですが。

投稿: TAKESAN | 2008年12月 8日 (月) 11:54

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