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2008年11月 6日 (木)

岡田氏の論拠

参考資料として、『脳内汚染からの脱出』に載っている参考文献をメモしておきます(取り敢えず、日本語のものだけ)。WEBに参照出来るページがある場合、リンクを張ります。

○書籍

○報告書、論文

情報メディア白書〈2005〉 情報メディア白書〈2005〉

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CESAゲーム白書〈2005〉 CESAゲーム白書〈2005〉

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CESA一般生活者調査報告書―日本・韓国ゲームユーザー&非ユーザー調査〈2005〉

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テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している! (危険警告Books) テレビ・ビデオが子どもの心を破壊している! (危険警告Books)

著者:片岡 直樹
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いまどき中学生白書 いまどき中学生白書

著者:魚住 絹代
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心が脳を変える―脳科学と「心の力」 心が脳を変える―脳科学と「心の力」

著者:ジェフリー・M. シュウォーツ,シャロン ベグレイ
販売元:サンマーク出版
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脳内汚染 (文春文庫 お 46-1) 脳内汚染 (文春文庫 お 46-1)

著者:岡田 尊司
販売元:文藝春秋
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脳内汚染 脳内汚染

著者:岡田 尊司
販売元:文藝春秋
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悲しみの子どもたち―罪と病を背負って (集英社新書) 悲しみの子どもたち―罪と病を背負って (集英社新書)

著者:岡田 尊司
販売元:集英社
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コメント

ひとつ岡田氏の書いたものを紹介します。

岡田尊司「ゲーム、ネット依存症とその中長期的影響」医学のあゆみ 225(6), 515-516, 2008.

この雑誌は医師薬出版から出されている総説誌で、緒方富雄という病理学者が手塩にかけて育てたものです。市の図書館などにも入っているのではないかと思いますが、高いものでもないと思いますのでバックナンバーを手に入れることも容易かと思います。対象読者は専門を問わず医学領域に関心を持つ者、ということになっているのではないかと思います。「速報、くすり」という欄は査読がありますが、岡田氏が寄稿している「フォーラム(コラム)」は査読は無く、よほどのことがないと編集者から注文がつくことはないのだろうと思います。

単なる一般向けの雑誌ではないことから、ある主張について記述すべき根拠があるのに「それは専門的なので割愛しました」という理由で書かれないことはないだろう、と見ることはできると思います。書いてなければ挙げるべき根拠はない、もしくは、根拠がないのに断定している、と見なすことができるでしょう。
タイトルや文献も入れて2ページというのは確かに短いので、言いたいことを充分に述べることはむずかしいでしょう。でも、そこで何を取捨しているかを見ることができるのではないかと思います。

投稿: ちがやまる | 2008年11月 6日 (木) 09:34

ちがやまるさん、今日は。

ありがとうございます。それは知りませんでした。探してみます。

えっと、これですね⇒http://www.ishiyaku.co.jp/search/details_1.cfm?cid=1&bookcode=922506

▼▼▼引用▼▼▼
単なる一般向けの雑誌ではないことから、ある主張について記述すべき根拠があるのに「それは専門的なので割愛しました」という理由で書かれないことはないだろう、と見ることはできると思います。書いてなければ挙げるべき根拠はない、もしくは、根拠がないのに断定している、と見なすことができるでしょう。
▲▲引用終了▲▲
なるほど、確かにそうですね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 6日 (木) 12:28

横レスで失礼致します。

ちがやまるさん
>そこで何を取捨しているかを見ることができるのではないかと思います。

門外漢なので「捨」の方は到底評価できませんが、「取」の方は何かしらできるのではないかと思ってまったく素人の発想で弄ってみました(単純な「数値主義」ですが)。

すなわち、引用文献は12。そのうち一つは著者の「脳内汚染からの脱出」、もう一つは著者と同じ職場の人物の調査報告書で、共に査読とは関係のない資料。あとが海外の文献です。で、その日本語の二つの文献が関わる記述部分と、著者の考えに基づく引用のない記述部分に赤線を引いてみると、両者を合わせた行数が全体の記述の60%を越えました。「それがどうした」と言われればそれまでですが、少なくともこの総説(?)の基本骨格がどのレベルの根拠に基づいてなされているかはわかります。

また、教科書レベルの確立された話ならともかく、研究途上のテーマなら、「Aである」という論文があるならば、大抵は「Aでない」という論文もあるわけで(どちらか一方が圧倒的に優勢な場合が多い)、さらには、その論文本来の適用対象の範囲を自分勝手に拡張して適用することも可能ですから、余程おかしなことを主張しない限り、論旨を自分の都合の良い方向に持っていくのは比較的簡単でしょう。この場合のように、残り40%足らずの部分を埋めればよいなら尚更のことだと思います。

ということで、やはり「捨」の部分の方が知りたいですね。

投稿: ネット沙代 | 2008年11月 6日 (木) 19:15

ネット沙代さんの問題意識にうまくつながるかはわかりませんが、岡田氏の主張は明確ではありませんし、海外の文献によって支えられているものでもないように思われます。ひとつひとつの文献の検討は(まだ)してませんので、全体を見渡したおおまかな話をしてみます。

ネット依存・耽溺ということがあって生活に支障をきたしている人がいるなら、援助も含め何らかの対処をする・してさしあげる必要があるでしょう。予防のために注意すべきことがあるなら、それをさぐる必要もあるでしょう。でも、岡田氏の関心や文章の目的はそこにはないようです。
(想像をふくらますなら、依存症を問題にするのでなく、小中学生がある程度の時間をゲームやインターネットで過ごすことを問題にしようすることに由来する問題意識のゆがみが認められるのではないかと思われます)

学術的な著作では、タイトルは文章を煎じ詰めた究極の要約である、と言われます。「ゲーム、ネット依存症とその中長期的影響」というタイトルからは、ゲーム、ネット依存症からさらに中長期的影響が生じる、と言っているように思われます。事実、文中で「依存症状以上に深刻なのは、中長期的な使用による慢性的な影響である。危惧される中長期的な影響は、以下の4点に要約できる。」と言っています。

その4点とは、1.ゲーム、ネット・アパシー、2.不注意、衝動性、実行機能低下、3.共感性、社会性への影響、4.精神障害の合併と悪化、だというのですが、この4点について書いてあることを読んでみると、それらは依存の影響であるとは必ずしも考えられなくなってきます。ネット依存といえる人に注意欠陥・多動性障害の人が多かったとしても、あるいはうつ病の人が多かったとしても、それはネット依存の影響である、とはいえないでしょう。さらに変なのは、あっけらかんと「ネット依存にうつ病と共通する遺伝形質が関与している可能性を示唆している」とまで書いています。遺伝形質はネット依存の影響になりっこないですから。

結論のパラグラフには「このように、ゲーム、ネット依存は薬物依存やギャンブル依存と変わりなく、広範囲で深甚な影響を及ぼしうる。ことに発達途上の児童では、注意深い対応を要する問題である。今後、医療・教育・福祉・行政の関係者はもとより、一般にも認識と理解が広まることが求められる。」と書いてあります。そこだけ読むと、「認識と理解が必要なのか」と思うでしょう。でも、何に対する認識と理解かが一向に明らかでないのです。「ゲーム、ネット依存は薬物依存やギャンブル依存と変わりない」ことは書いてありませんし、「(ゲーム、ネット依存は)広範囲で深甚な影響を及ぼしうる。」ことも上に述べたように書いてありません。(きくちさんのいい方をまねれば、及ぼす確率がゼロではない、という場合にわざわざ「及ぼしうる」とは言わないでしょう)

「ことに発達途上の児童では、注意深い対応を要する問題である。」ことも書いてありません。ないと思います。たぶんあるとすれば
「文献
1) 魚住絹代:メディアの利用状況と認知などへの影響に関する調査報告書. 2005.
2) 岡田尊司:脳内汚染からの脱出. 文春新書. 2007.」
の中に書いてあるのでしょう。しかし、特に1)は国会図書館のNDL-OPACでもひっかかりませんでしたし(これは私の捜し方の悪いせいもあるのでしょうけれども)。どこの出している報告書なのか書誌事項をきっちり書く必要があると思いますし、そのためのスペースが無かったわけでもないようです。たこやきさんが書かれたように、自分(たち)の著作の中を想像がめぐっているだけであることが示されているように思いました。

投稿: ちがやまる | 2008年11月 6日 (木) 21:02

ありがとうございます。参考になります。

魚住氏の調査報告を骨格にしている、というのは重要な部分かと思います。
私も報告書について調べたのですが、全く探し出せませんでした。私が知る限りは、当該文献を参照しているのは、魚住・岡田の両氏で、他の著作で参照されているのは、ほとんど見た事がありません。新聞記事で紹介されたくらいでしょうか。生データを入手して検討している所などは、皆無ですね。

どこが出した報告書かは、多分どこにも載っていないと思います。かなり調べたのですが、一度も見た事が無いですね。数千人規模の調査なのだから、どこかにきちんとした情報があってもおかしく無いはずなのですが。

尤も、紹介されている部分だけでも問題がある事がよく解ります。どういうものが書いてあるのか、一度メモしておいた方がいいかも知れませんね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 6日 (木) 23:45

今の段階でもうひとつ言えることがあると思います。
いろいろな学問領域で基本的な姿勢として習うことに、自分の中にきちんと「ツッコミ」役を目覚めさせて立たせておきなさい、ということがあります。そこを通過した手続きを他人に説明することで、他人にも自分の主張を納得してもらうことができる、というわけです。この「ツッコミ」役の能力が学問力の相当部分を占めるともいえるのではないかと思います。

で、「ゲーム、ネット依存症とその中長期的影響」には冒頭の導入部分から、「中学の段階で2割近い生徒にゲーム依存の傾向がみられる 1)。」と書いてあって、この「1)」は「1) 魚住絹代:メディアの利用状況と認知などへの影響に関する調査報告書. 2005.」ですので、被引用者の貢献を示すための引用でなく論拠を示すための引用であるのに引用元までたどれないようになっていた(公刊もされていない根拠しか存在しない可能性がある)というわけです。

ひきつづき「ネット依存も急速な拡大を示し、青年人口の約三割がネット依存だといわれる韓国並みに近づきつつある。」と書いてあるのですが、こちらにはもう根拠となる文献はつけられていません。

今回指摘したいことはその続きにあって、「ゲーム、ネットの症状としては、」(「依存」ということばが抜けてますが)として、10項目の症状が挙げてある先に、「診断基準もつくられている 3,4)。」と書いてあることです。

この「4)」は
http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-e67e.html
で逆三角形上から2番目と同じものです。図書館の人から、この論文はインターネットで読めることを教えてもらいました。これです。
http://www.netaddiction.com/articles/newdisorder.htm
中味は、「インターネット依存症が問題になりうるが診断基準がないこともあって実態がつかめない。DMS-IVで最も近いものとして『(薬物の関与しない)ギャンブル依存症』というのがあるのでこれに習って診断基準を設定して結果をしらべてみた。」というものです。(「3) Fisher S: Identifying video game addiction in children and adolescents. Addict Behav, 19(5): 545-553, 1994.」については見ていませんのでこれについて今は何もいいません。)

何がいいたいかというと、著者は臨床家なわけです。擬陽性と擬陰性とを常に考慮して(というといかにも教科書ふうですが)鑑別診断(rule out)ということを日常行なっている世界にいるはずで、研究のために設定するクライテリアをただちに「診断基準」とは呼ぶような言葉づかいをしないだろうと思うわけです。細かいことと思われるかもしれませんが、「診断基準もつくられている」という表現は学会レベルで妥当性・信頼性が認められた基準が存在する場合に使われるものだと思います。「診断基準も提案されている」となぜ言わなかったのでしょうか。

そういうわけで、冒頭の16行程度を読んだところで、この文章(著者)は防火非常警報ベルの電源を切って管理人が寝てしまっている雑居ビルのようなものの可能性があるな、と読者は気付くわけです。

投稿: ちがやまる | 2008年11月 7日 (金) 11:44

ちがやまるさん、今日は。

ありがとうございます。とても参考になります。

前のエントリーでも書いたように、魚住(2005)を参照して「依存傾向」云々と岡田氏は書いている訳ですが、それを判断する質問は、以前示しました。で、あのスケール(とは呼べないと思いますが)で0点で無い場合、「何らかの依存症状が認められた」としています。

不思議な事に、グラフの縦軸(1日平均のゲーム時間)が、「3時間以上」と「4時間以上」のものがあるんですね。なぜ揃えていないのか。生データが無いから何とも言えませんが、どういう質問と集計をしたのか、すごく疑問です。

「診断基準」と言っても、実は妥当性・信頼性が確認されていない、という訳ですね…。これは、批判されてしかるべき書き方だと思います。明らかに誤認させていますね。魚住氏の質問に関しても、「既存の診断基準と整合性をもつ」と言っています(P63)。
整合性と言うからには、妥当性・信頼性についてきちんと確かめられていなければならないと思いますが、それについては何も書かれていません。
いや、それどころか、あの質問項目ですから、一見して、ワーディングの段階から怪しい、というのが解る訳ですが…。

▼▼▼引用▼▼▼
「診断基準も提案されている」となぜ言わなかったのでしょうか。
▲▲引用終了▲▲
故意なのか確信的なのか……前者だとすると学者としての態度を疑いますし、後者だとすれば、学者としての認識力を疑います。

かく言う私も、「診断」という語の重さについては、ちがやまるさんに教えて頂いた訳ですけれども。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 7日 (金) 13:02

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