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2008年11月14日 (金)

読み違いのような

Interdisciplinary: 科学や若者を嫌いな人達に反応がありましたニセ科学批判のエビデンス - SS1 の日記

読み方として筋が良くないもののように思われましたので、言及します(スラドの日記って、TB出来ないんでしたっけ?)。

「その批判のやりかたはどうなのよ」とおもったので

これは、言及したエントリー、つまり私に対しての文と思いますので、その前提で進めます。

それは「ニセ科学的な批判だから」じゃなくて

ここがちょっと解りません。私はそもそも、「ニセ科学的な批判をした」事をもって甲野氏を批判した訳では無いですし。いや、その前に、どの部分にこの文が掛かっているか判りづらいのですけれど…。

参照しやすいように、元々の甲野氏の発言(著作に収録されたもの)を再掲しておきます。

甲野氏:科学者というのは、自説を正しいと信じ込むと、広い立場で客観的に検討することを嫌いますよね。例えば、よく地震の時に「地震雲」という独特の形の雲が出ることが伝承で知られてきているのですが、科学的な地震学者は決して認めようとしません。

 一度私は、高名な地震の専門家が地震雲に対してある所で「地震と雲は関係ありません」と断言したので、「いままでの歴史を調べてみると、人が死ぬような大地震の時、雨が降っていたという話は全く聞いたことがありません。とすれば統計学という学問もあるのですから、天候と地震の間には、何か関係があるのではないかと考える方が、科学的な態度ではないのですか」と尋ねたのです。

 そうするとその人は、「ああ、これだから素人を相手に話すのは嫌なんだよ」といった白けた顔をして黙ってしまいました。(P252・253)

これです。この部分について、

ようするに,これって科学的な言い方に翻訳すれば「その話の,根拠(エビデンス)は何ですか?」っていうのを甲野さんが聞いたという話ですよね。それに対して「いい質問ですね^^;」の一言も返せずに,指導教官にレポート叩かれた学部生みたいにむっつりと押し黙ったのが,その(私の推測では教授職以上の)センセーですよね。つまりエビデンスないんでしょ。そんな教授いたらバカにされて当然じゃん。と私は思います。

こう読み取るのは、どうでしょう。甲野氏がエビデンスの話をした、なんていうのは、甲野氏にあまりに好意的過ぎる解釈なのでは? 翻訳として妥当かは疑問です。

私が言ったのは、科学に関する議論で、統計学的ツールを用いて解析するのは当たり前だ、という事です。つまり、料理人に対して「包丁という便利な道具があるからそれで調理してみては?」と言うようなものでしょう。対して、エビデンスはあるのか、という指摘は、どういう包丁を使ってどう調理したのか、と問う事だとたとえられるでしょう。

そう考えてみると、エビデンス云々という所を甲野氏が意識出来ているとは、過去の発言等を鑑みても、非常に考えにくい訳です。統計的にどういう根拠があるのですか、という話じゃあ無くて、統計っていうツールがあるんだからそれで調べれば、という話。そんな事をプロが言われれば、普通はつっけんどんになるでしょう。もちろん、専門家氏に対する甲野氏の印象も、甲野氏の主観によるものです。私はその記述を一応前提としていますが、詳細なやり取りは無い、というのも押さえておくべきだと思います。

私は、甲野氏の一連の発言を考慮して批判を展開しているので、そこは踏まえて頂きたい所です。

で,その教授は,きちんとした日本語で説明できさえすれば納得していただけるだけの教養のある甲野氏のような人物に,ちょっとつっこまれただけで,厨房よろしく押し黙ったわけですよね。

その設定はどこから? 甲野氏は、ムチャクチャな科学批判を展開している方ですよ。それはご存知ですよね? 甲野氏の記述から、専門家氏が「厨房よろしく押し黙った」とは、私には全く読めませんでしたけれど。専門家が痛い所を突っ込まれて黙り込んだ、というストーリーを設定しているのかな。

そんな人間が入学したときに指導教官になることを考えて御覧なさい。まともなエビデンス・ベースドの会話が出来る能力が,その生徒に身につくわけ無いでしょう。そんなの許していいわけないです。

いや、ですから、上の設定を前提にしてるのは何故? それと、高名な武術研究家(と自称)とのコミュニケーションが、即学生とのやり取りと対比され得るのでしょうか。

そういう類(たぐい)の質問を甲野氏はぶつけたわけですから,やっぱり「いじわるだなぁ・・・」というのが,私の感想。

過大評価じゃないかな。大体、いじわるでもなんでも無い質問です。そんなのをいじわるだと思うような専門家なら、それはかなりダメなレベルな訳ですが、そんな事は、甲野氏の記述だけからは読み取れません。むしろ、これまでの甲野氏の発言を鑑みて、あまりに初歩的な所を訊かれたので困惑、あるいは呆れた、という解釈の方が妥当でしょう。無論、実際どうだったかを断定するのは不能ですが(専門家氏が誰であったかが判明しない限り)。

後半は、どこの文が誰の発言や主張に掛かっているのか、かなり判然としません…。

証拠が無いから無いと看做すのは、科学として当然の態度。あ、一応。証拠が見つかっていないのは、「関係無い証拠が見つかった」、というのと必ずしも一致しません。定義の問題もありますし。そこを考えると、専門家氏の「断言」の程度がどのくらいであったか、というのが気になる所ではあります。

ところで、apjさんの所をお読みなくらいだから、ニセ科学の概念については押さえていらっしゃいますよね。

なんか、血液型性格判断の話とかぶる気もしますが、気のせいかも知れません。

って、私、

話に出てくる学者氏が、その様な態度を取ったのも、ある意味当然だと思います。甲野氏が指摘された様な事は、「当たり前」です。で、(推測ですが)それを踏まえた上で、「地震と雲は関係ありません」とした筈です(地震雲と呼ばれるものと、地震との関係については、余り知りません。科学的には概ね否定されている、というのを見聞きした事がある程度です。「関係無い」と本当に断言したかも気になる所ではありますが)。勿論、学者氏が、具体的にどの様な言い方をしたのか、態度を取ったのかは、定かではありませんが、いかにも、科学者の「融通の利かなさ」を仄めかす様な文章です。

ちゃんと慎重に書いてるじゃないですか。

もちろん、私は甲野氏にバイアス掛けて論評している訳です。そのバイアスとは、それまでの言動に基づいて、今までこういった事を言ってるからここではこんな考えだったのだろう、と推測をする、という事です(それをわざわざバイアスとは言わない気もするけど)。『現代のエスプリ』なんかでも、ムチャクチャな話をしてるんですよね(手許に無いので引用出来ませんが)。

あ、ドーキンスについてのやり取りに似てるような…。他者の主張の解釈は、こういった展開になりますね。

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コメント

甲野さんも,いろいろ参考にさせていただく部分も多いのですが,既に,武術の分野では落ちた偶像になりかけてますね。

 直接的には,あの方の批判ドキュメントが大きいと思いますが,実際,ご自身が書いておられる話において,武技の分野はともかく,自然科学総体については,ちょっと不思議な印象を持っています。
 人を自分のやられ役に価値下げするテキストが得意と拝察しますが,それが本人の意図とは逆の表現になっているということですね。

 私の友人が,電車の中で講演料の札束を数えていたのを目撃して,勿論,何処で何をしようとも別の個人の自由ですが,興ざめしたと云っておりました。
 いや,誰かが襲ってくるのを待っていたツリだったかも知れませんね。真意は分からないので,書いてあるものを見て判断するしか有りませんが,このエントリは,とても良いまとめになっています。

投稿: complex_cat | 2008年11月15日 (土) 09:39

武術の世界では批判も起きていますが、他の分野の人との交流によって知名度を高めている、というのが興味深いですね。上手い、と言いますか。

武術に関心の無い人からすると、おお、これが達人か、と鵜呑みにされる可能性もありますね…。かのfinalventさんも、本物と評しておられますが。

▼▼▼引用▼▼▼
直接的には,あの方の批判ドキュメントが大きいと思いますが
▲▲引用終了▲▲
これは非常に大きいでしょうね。もちろん、あの方のテキストにもバイアスがかかっているかも知れませんけれど、かなり早くから批判していたものとしては、評価出来ると思います。

○○で□□に△△をした、という話とか、武術に興味がある人以外は、多分ほとんど知らないでしょうね(そういう話があるらしいという事を)。

そういえば、甲野氏を批判するテキストを、探そうとした事が無いな……今度やってみようかな。

投稿: TAKESAN | 2008年11月15日 (土) 11:57

ソースを失念したので記憶を元に書きますが…。

甲野氏って以前、松林左馬之助が野球をやれば6割打っただろう、的な事を言ってませんでしたっけ?

合気ニュースから出した本のどれか、だと思うんですが、どれだったかな…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月15日 (土) 12:12

多分,プロのピッチャーやキャッチャー,守る側が何をしているのか理解の外なのでしょうね。あの発言は,一種のファンタジーとして,武技においてはマイナスかなと思いました。

投稿: complex_cat | 2008年11月15日 (土) 13:45

甲野氏としては、昔日の剣豪が、現代のトップアスリートなど遥かに凌駕する存在である、というのを強調したかったのかも知れません。

評価として妥当なのは、昔の剣豪は現在のトップアスリートの中でも最高峰のクラスと肩を並べる存在だったのだ、というものだと思います。身体運動開発という観点から言えば。
160km/hレベルの超剛速球を打つというのがどれほどのパフォーマンスなのか、という所に思いを馳せれば、昔の武術家の方が優れていたのだ、などと軽々しくは言えないんじゃないかな、と。

投稿: TAKESAN | 2008年11月15日 (土) 14:05

続きがあがってました⇒http://slashdot.jp/~SS1/journal/459397/

最初は何の事か解らなかったんですけど、「彼」が私を指しているのを、しばらくしてから気付きました。私は自分の性別を一度も書いた事は無いんですけどね。
後、イニシャルにする必要性が不明。

まあそれはともかく。

意味が全く解らないです。

▼▼▼引用▼▼▼
私は彼に対して彼が信奉するmk氏やa氏のような科学的で強い論証を求めてるわけではありません。
▲▲引用終了▲▲
Kikuchi Macoto氏とapj氏ですか? 解りにくいから名前書けばいいのに。信奉? 強い論証?

▼▼▼引用▼▼▼
K氏の『剣の精神史』に代表される文献研究やU氏のおこなっているレヴィナス思想研究などの,人文系の研究に対してリスペクトが無いのかもしれません。先日のf氏に対する非難も拝見いたしました。f氏も見てのとおりに人文系の方だと思いますが,それが科学的に見れば正しくないと指摘できるとしても,だからといって,それを理由に「トンデモ」とか「科学が嫌い」とか「ニセ科学」であるとか,そういう中傷をされる方々の根拠と呼べるほどの指摘はなかったように思います。
▲▲引用終了▲▲
うーん。

激しく自分勝手に物事を見る方のようなので、放っておくのが無難なようです。無理にニセ科学論に絡めなくても良いのに。他の皆さんにいい迷惑だし。

▼▼▼引用▼▼▼
この議論は永遠にかみ合わないと思います。はい。
▲▲引用終了▲▲
そうですね、はい。そもそも議論じゃ無いですし。

この方の論法によれば、私が「人文系の研究に対してリスペクトが無い」事の「エヴィデンス」が示されるべきな気もしますが、多分私の勘違いですね。

全体的に文章が読みにくいですよ。代名詞とイニシャルを多用したら、書き手以外には意味が通じなくなるので。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 12:07

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