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2008年11月25日 (火)

確率の話

確率について、以前から疑問に思っている事があります。

はっきり言って、中学生レベルの疑問かも知れません。でもまあ、解らないものは解らない(開き直りか…)。

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私が、友達と喋っているとします。

ふと思いついて、私はその友達に、当てずっぽうで、「血液型、A型でしょ?」と訊きました。

この場合、私の予想が当たる確率はどのくらいなのでしょうか。

疑問

  • この場合、友達を、「母集団からランダムに選んだ要素」と看做して良いのか。
  • 母集団からランダムに選んだ要素と考えて良い場合、母集団として何が設定出来るのか。世界中に住む人? 日本に住む人?
  • 理想的には、日本に住む人の血液型構成比を仮に、調査によって推定された値の通りだとして、ランダムに要素を取り出した場合の確率を出す、というのは容易。A型と言えば40%の確率で当たる、といったように。
  • で、日常の行動でそれをどこまで適用出来るのか、という所に疑問が出る。出会った人に片っ端からA型と言えば40%当たる、と言うのがどの程度妥当か。

確率論的には極めて幼稚な疑問なのかも知れませんが、とにかく解らないのです。うーむ。こういうのが書いてある本というのが無いもので…。もしかしたら、「その情報だけでは確率を云々するのは不可能だ」、と言えるのかも知れませんが、それも解らないのです。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

TAKESANさんの疑問とはずれているのかもしれませんが、私の知り合いに「天気予報に確率を用いるのは無意味だ」という人がいます。その意味は確率は大数の法則によるものだから、1回しか実現しない現象には適用できない。多数回試行できなければ無意味である、というものです。(彼の主張を完全に理解できているわけではありませんが、そんな感じ)

私は、明日の天気は1回しかあり得ないにしても、「明日の天気を予報するという状況は多数あるから意味があるのでは」と思うのですが。つまり、多数回試行できることでもそれぞれの試行は1回しか存在しないのだから、結局同じだというわけです。

ところが、歴史的事実は本当に1回しか存在しないわけで明日の天気も歴史的事実になると考えることもできます。あるいは、病気で生存確率10%と言われても、それは多数の患者の10%という意味に過ぎず、たった一人しかいない自分にとってはあまり意味がないと感じる人は結構います。

未来の予測というか時間に係る人間の認識の困難さに根ざしているような気がしますが、自分でも何を言っているかわからなくなってきました。

投稿: zorori | 2008年11月25日 (火) 07:13

こんにちは、皆さん。

こういう話って、製品の不具合の発生確率とか、労働安全の事故頻度とかで話題になることがありますね。

考え方としては、「起こった一つの不具合や事故に関して確率は言い訳にならない」ということです。ただし、「未然に防ぐことには役に立つ」訳です。

例えば1万個に一つ不良品があったのを品質管理を熱心にやって10万個に一つにしたとしますね。でもその、不良品に当たったお客にしてみると、1万個に一つだろうと、10万個に一つだろうと、手元に入った製品が不良品であることに変わりはなくて、それは100%の不良品であるわけです。そのお客さんには100%謝らなくては成らないわけで、従来の1/10謝ればよいという事ではない。

事故も同じで、10万時間に1回の事故をがんばって100万時間に1回にしても、事故で怪我したり死んだりした人は100%の怪我をしたり100%で死ぬ訳です。そのことは謙虚に反省するしかない。

でも、不良品が1/10になったり事故が1/10になったりすることは、大事なことであるというのは、皆さんも理解されると思います。つまり確率というものの使い方は、常に将来に向けたものだという事ですね、こういう場合はね。

投稿: 技術開発者 | 2008年11月25日 (火) 08:59

zororiさん、今日は。

天気予報は、同様の気象条件でのデータやコンピュータ・シミュレーションなどを組み合わせて予測されるものでしたよね、確か。参考⇒http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/yohou.html

過去のデータの集積から未来を予測するというのは、野球の打率と方向性としては同じものなのでしょうか(違うかな)。
打率は、ヒットを打つ確率を示すものではありませんが、それまでの打席をサンプルと捉え、打席が増えればサンプルサイズが大きくなり精度が増し、従って、一応打率を「ヒットを打つ確率」のように看做す事も可能である、といったように。母比率の推定ですね。

入門書レベルの本でも、遅々として読みが進まない事がほとんどなのですが、ここら辺の疑問が数ページごとに出てくるからなんですよね。やはり難しいです。

確率と言うより統計の問題かな。

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技術開発者さん、今日は。

その視点というのは、たびたび出てきますよね。

サービスを受け取る側としては、生産者リスクと消費者リスクというものを理解していくのが重要なのかな、とも思いますけれども。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 12:41

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