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2008年11月18日 (火)

科学とか信仰とかやってるけど…

あのですね。

科学と信仰は違う、一緒にするな。そうやって語るな。

というんじゃ無いんですよ。

科学を信仰という面から見るのは、人文・社会科学的にも非常に大切な論点でしょう。初めからその視点が問題とされているなら、そのテーマで有意義な議論をすれば良い。

んで、ニセ科学論てのはそうじゃ無くて、極めて具体的な話な訳です。実証のプロセスを経ているか、とか、実験や観察の方法の適用は妥当か、とか。

そこをすっとばしてメタなレベルに視点を持っていって、科学と宗教の共通点を見出したりして一般論を語るのは、筋が違うのです。相違点もかなりある訳なので。

だから言ったのです。私が発端なのに置いてけぼりにされた、と。

私は初めから、「ニセ科学」の論について理解していますか、という意味でコメントしたのですよ。ニセ科学と看做されるものにどういうのもがあって、それが何故ニセ科学と判断されるか、というのを知っているか、と。

ニセ科学論の重要な論点として、その当時のスタンダードな方法に則っているか、というものがあります。たとえば、古川の血液型と気質の連関を調べた研究というのは、科学であった訳です。

現在ニセ科学と看做されているものが、将来実証される場合も、可能性としてはある。だけれど、それが、現在のニセ科学という評価を覆すのでは無い。

と、こういう論理を理解しているのか、という話だったのです。

科学哲学の議論そのものでは無いし、関連しない訳でも無い。実証科学の方法という観点から判断する問題。

にも拘らず、どんどんずれていってしまったんですね。

まあ、そういう事です。

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コメント

「解る」(知る)と「信じる」については、FREEさんと有意義なやり取りをしましたですね。あれは「信仰」というのとはちょっと意味合いが異なるかもですが、いずれにしても、非常に難しい問題であると思います。

FREEさん、最近お見かけしないなあ…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月19日 (水) 12:32

ココログニュースで採り上げられてました⇒http://news.cocolog-nifty.com/cs/catalog/cocolog-news_article/catalog_blog-200811192315_1.htm
秋井氏は、水伝を採り上げたり、医療崩壊関連の記事も書いておられたりで、なかなか興味深いトピックを採り上げられる方みたいですね。アンテナの向きが面白い、と言うか。

なんか、アクセス数が増えそうな予感が…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 00:14

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