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2008年11月20日 (木)

テストだそうです

偽科学発見テスト - finalventの日記

【偽科学批判者の科学的資質を問うための、偽科学発見テスト】

だそうですが、皆さん、どう思われますか?

私の疑問いくつか。

  • finalventさんの言う「偽科学的説明」という意味が掴み取れない。
  • 歴史的経緯の要約に関して「偽科学的」部分を指摘するという意味が掴み取れない。まずその記述が要約として適切か、という視点もあるし、それは知識にも依存する。
  • ある言説がニセ科学的であるかどうかというのは、様々な資料を検討して行われるものだから、どう答えるべきか判然としない。
  • ある言説がニセ科学的であるかどうかを個人で頑張って判断する必要は無い。解らなきゃ訊けばいいんだし。
  • 名指しして(dlitさんは、「偽科学批判ぽい言説を投げかけた」んですか?)解答を促すにしては、問題設定が曖昧。しかも、「科学的資質を問う」なんて言い方ですしね。

「少くとも「偽科学」は明らかに大げさ。知識自慢したいだけ?」

そうじゃ無くて、ニセ科学に関する知識の無さをどうにかすれば? じゃないかと。

個人的に見解を伺いたい方(本当は、こういうかたちで名指しするのは、リソースを消費させてしまうという意味でも、大変に失礼な訳ですが、アドバイス頂ければありがたいです)

⇒ちがやまるさん

⇒PseuDoctorさん

⇒complex_catさん

⇒たかぎFさん

⇒apjさん

選んだ理由は、ニセ科学論、実証科学の具体的方法、あるいは、医学や疫学の方法に関して明るい皆さんであるからです。

科学的に見て不充分な記述はどこか、という程度の問題ならともかく、わざわざニセ科学批判者を名指しして「科学的資質」を問うなどという言い方でテストと称して問題を出す、という所に違和感を持ちました。マジレスと言われようが柔軟で無いと言われようが、指摘します。

たとえば、finalventさんは、ゲーム脳や血液型性格判断が何故ニセ科学と言われているか、押さえておいでなのかな。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

もちろん、一部分を切り取ってきた言説でも、それが科学的な言明になっていると解釈出来れば、ニセ科学的かどうか、と判断するのは可能かとは思います。
でも、件のWikipediaの記述がそういうものとして捉えられるかは、ちと疑問です。

投稿: TAKESAN | 2008年11月20日 (木) 13:05

このエントリは前に出てませんでしたっけ?TAKESANさんが「大まかな解説記事に対してきびしい論理的つながりを求める必要があるのか」(私が理解したことにもとづいて記憶で書いてます)というようなことを言っておられたので、それ以上追加することもないと思ってました。
Wikipediaも見にいきましたが、脚気と高木兼寛の業績について短くまとめてあり、特に問題があるとは思いませんでした。
むしろ「偽科学発見」という形で取り上げようとした方が「ビタミンB1欠乏以外の脚気」(これも記憶です間違えていたらすみません)というふうな事を言っていたようなので、そのへんに何か混乱があるのかなあ、というふうに思っていました。

投稿: ちがやまる | 2008年11月20日 (木) 13:38

 五訂(女子栄養大学)で確認すると、玄米の100gあたりのビタミンB1の含有量は0.16g。たとえば豚肉のロース0.96g(赤肉生)だと、「とっとと肉の副食のつけろよ」って話?

投稿: 安原 | 2008年11月20日 (木) 13:42

ごめんなさい、B1の含有量gじゃなかった、mg。失礼しました。

投稿: 安原 | 2008年11月20日 (木) 13:46

>ちがやまるさん

あれ。
えっと、11/17のエントリーなので、採り上げるのは初めてですね。finalventさんのエントリーを採り上げた事はありますが、別のものだったかと。
あ、もしかすると、同じテーマを採り上げた別のエントリーがあったのかも知れませんね。ちょっと憶えていないですが…。

------

安原さん、今日は。

問題設定がそもそもよく解らんのですよね。あれだと、名指しされたお二人も困るんじゃないかと。

投稿: TAKESAN | 2008年11月20日 (木) 14:07

 私もニセ科学(リンク先では「偽科学」ですけど)が何か?とかそういう前提に問題がありすぎて、不適切な問題設定しかできないという状況に思えました。端的に言えば「意味不明」ということですね。

 finalventさんは過去のエントリを見ても、モダンなニセ科学批判とか理解していないとしか思えませんし、なんかここら辺の問題意識も明らかにどっかを向いていて(それがいいとか悪いとかの問題ではないんですけど)、私たちのような立場の者とのコミュニケーションを成り立たせるためには、膨大な準備が必要な状態だと思います。

投稿: newKamer | 2008年11月20日 (木) 14:18

今じゃあ白米食べなくても、脚気にはならないなあ・・・あまり深く考えず五訂みてみました(笑)
ちなみにライ麦(全粒粉)だと0.47、精白米だと0.08です。

投稿: 安原 | 2008年11月20日 (木) 14:21

白米食べなくても

白米食べても

ですね。すいません、誤字多すぎ(反省)。

投稿: 安原 | 2008年11月20日 (木) 14:22

レスありました。

「レベル低すぎ」ていうのが、私のエントリー全体に掛かっているのか、最後の疑問にだけ掛かっているのか(ゲーム脳と血液型性格判断が問題として簡単過ぎる、と)は不明ですが、それはともかくとして、

▼▼▼引用▼▼▼
 いやそうじゃ無くてと言いたいわけです。つまり、「ニセ科学に関する知識」を丸暗記して教条的に対応している人たちに科学的な考え方の資質はありますかのテスト。
▲▲引用終了▲▲
意味が解りません。
しかもこれ、(明記している方としては)dlitさんとtakanorikidoさんが”「ニセ科学に関する知識」を丸暗記して教条的に対応している人たち”だと看做していますね。

このテスト(と称するもの)が、教条主義的な対象の科学的認識力を見るためのものだ、と宣言された訳ですね。これはなかなかすごいですが。

だから、ニセ科学の意味などを調べれば良いのに、と言っているのに。

▼▼▼引用▼▼▼
 これも同じこと。教条主義に陥るだけ。宗教と同じなる。つまり、まったく偽科学批判にならないということ。
▲▲引用終了▲▲
見事な曲解。私は「解らなきゃ訊けばいいんだし。」と書いているのに、教条主義と読むとは。

▼▼▼引用▼▼▼
いえ、様々な資料を検討してごらんなさいというのがこのテスト。
▲▲引用終了▲▲
誤読。

ところで、「補助線的擬制」の意味が解る方、おられます? 私は初めて見る語なのですが。

------

newKamerさん、今日は。

そうですね。意味が解らない。調べてみればいいのに、というのは何回か書いてみたのですけれども。理解していないのか、理解した上でわざとやってるのかは不明ですけれども。

上でも書いてありますが、レス頂きました。どうでしょう、あれは? ご意見を伺いたい所です。

------

>安原さん

そういえば、私は脚気というものについて、ほとんど知識を持っていないのですね。不勉強だな…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月20日 (木) 14:57

あっと、それから。

ちと細かいですが。

▼▼▼引用▼▼▼
 ゲーム脳は、定義とローカリゼーションに失敗している。血液型正確(原文ママ)判断は心理学的(統計学的)に否定されている。以上。
▲▲引用終了▲▲
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081117/1226930161

これ、「何故ニセ科学と言われているか」の説明として見れば、実は不充分です。

どうしてでしょう?
(細か過ぎて揚げ足取りに見えるかもだけど、重要な部分なのです)

投稿: TAKESAN | 2008年11月20日 (木) 15:06

えー,そんなめんどくさいもんふらないでくださいよー (^^;

投稿: たかぎF | 2008年11月20日 (木) 15:13

うおっと、これは失礼しました。

や、まあ、もし余裕があれば、という事でしたんで、一つご勘弁を・・。

投稿: TAKESAN | 2008年11月20日 (木) 15:19

今「テスト」を見てきたんですが,
えーと,この finalventさんという方は,「不正確な要約」みたいなものを「偽科学」と呼ぶことにしているんですかね?

投稿: たかぎF | 2008年11月20日 (木) 18:41

オレがなんとなくfinalventさんの狙いはこうじゃないかと推測しているのは、ニセ科学批判者の科学に対する認識をテストすると見せ掛けて、その実は「ニセ科学言説は不完全な正統科学原理の説明と客観的に区別が附かない」ということを明らかにしようとしているんじゃないかということですね。

ニセ科学言説というのは説明原理としてしか意味のないもので、正統科学もまた説明原理としての性格を有しているわけで、それ故に「説明原理」という領域においては、ニセ科学言説と正統科学は重なり合う部分があります。

そして、ニセ科学批判の射程というのは、科学プロパーではない一般人に対する説明原理としてのニセ科学を扱うものであるが故に、正統科学もまた説明原理として同じ土俵に登らざるを得ない。

ところが、正統科学でプルーフされた科学的事実の解説であっても、それが不完全であれば、言説のみを以てニセ科学言説と客観的に識別することは原理的に出来ない。

つまり、世界の客観的記述として視れば、ニセ科学はインチキで正統科学はそうではないけれど、一般人に対する説明原理として見れば、ニセ科学言説と不完全な正統科学の解説は客観的に弁別することが出来ないわけですね。

おそらくfinalventさんが描いているニセ科学批判批判の青図というのは、その辺りにあるんじゃないかと思うんですよ。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月20日 (木) 20:11

このテストって、ウィキペディアの記事を書いた本人に聞かないと、答えようがないですよね。

記述の内容が正しいのかどうか私にはわかりませんけど、仮に間違っていたとしても、書いた本人が間違えていただけなら、ニセ科学ではないですし。

投稿: A-WING | 2008年11月20日 (木) 20:15

単なる繰り返しで申し訳ないのですが、(短い解説なのでもちろん網羅的ではありませんが)不正確とか、間違えてるとか特に問題にする場所はないように思います。どこが問題なのか教えてほしいくらいに思います。

投稿: ちがやまる | 2008年11月20日 (木) 20:40

「科学的説明」を論文のような科学的手法に基づき実証したものとするならば、Wikipediaの記述は、そんなものではなく、「科学的主題」についての単なる説明でしょう。偽実証というような意味の「偽科学的説明」でもないわけで。

「吾輩は猫である」は科学的説明であるか、偽科学的説明であるかと聞いているみたいな意味不明の設問ですね。

投稿: zorori | 2008年11月20日 (木) 20:40

 何をソースにするかという問題はあるのですが、wikipediaの記述のうち、私の手元のソースと食い違っているのは、高木兼寛が仮説を出してくる部分のいきさつですよね。
 http://www.isc.meiji.ac.jp/~sano/htst/History_of_Science/historical_examples01.htm
と、おそらくこのページが参考にしたと思われる「スキャンダルの科学史」を見たのですが、高木は監獄食と海軍の食事の比較から仮説を立てて、改善食を使った航海試験を行った、とあります。この部分はwikipediaとは違っている。しかし、これが科学を装うが科学でない言説かというと、単なる調査不足か誤報に過ぎないんじゃないかと。

 歴史的には病原体発見ラッシュにかぶっていたから、脚気菌発見という間違いもいろいろ出たけど、結局、この場合は疫学的手法が有効だったということが(後から)わかったので、当時の考え方に荒っぽいところがあったり、仮説を出すのにジャンプしている部分があったり、細菌学者がいろいろ間違えたりしたのは、そりゃ仕方がないことではないかと。
 ビタミンB1不足、ってとこまで特定したのはエイクマンですが、現代から振り返って、脚気対策の経緯をまとめるのであれば、実際には当時発見されていなかったビタミンB1に言及したって別に不自然ではないですし。

投稿: apj | 2008年11月20日 (木) 21:39

 まとまったソースは
http://www.shc.usp.ac.jp/shibata/H16-18.I-01.pdf
かな。
厚生労働科学研究費補助金(循環器疾患等生活習慣病対策総合研究事業)
日本人の食事摂取基準(栄養所要量)の策定に関する基礎的研究
平成16年度~18年度 総合研究報告書
だそうで。

 これの前半を見ても、パン食云々の話は出てませんから、wikipediaの記述は間違ってるっぽい。ただ、それがニセ科学かというと違うんじゃないかと。「間違いを含んだ歴史の記述」ですから、科学史のカテゴリーには入るかもしれないけど、そもそも、科学には見えないし。

投稿: apj | 2008年11月20日 (木) 21:49

>ところで、「補助線的擬制」の意味が解る方、おられます? 私は初めて見る語なのですが。

難しそうな言葉を何となく使ってみただけじゃないですか。
「擬制」という言葉を一般的な意味で使ってないのは明らかですから。
finalventさんは吉本隆明ファンらしいから、その影響で「擬制」って言葉を使ってみたかったんじゃないんですかね。

(参考)
http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081112/1226451250

▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼
 ここに林芙美子が出てくる。彼女は日本近代文学史の巨星であって、ある意味でそれに比べれば、「福沢諭吉、二葉亭四迷、夏目漱石、森鴎外、幸田露伴、谷崎潤一郎」などは擬制にすぎない、まあそれも言い過ぎだが。
▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

トンチンカンな人の相手をするのって疲れますよね。
では、さようなら。

投稿: a-gemini | 2008年11月20日 (木) 22:01

そのうちウチでもまとめようかと思っていますが、他人様のblogコメント欄をとりあえずメモ代わりに。
胚芽米についての解説です。
http://www.eiyo.ac.jp/haigamai/
 海軍では麦を食えってことで脚気を予防できたのに、陸軍は日清日露で脚気の死者多数というあたりが対照的ですね。

 なんか、疫学的に因果関係を押さえられても、メカニズムを解明するまでにはえらく時間がかかるという、通常の科学の発展にありがちな経過を辿っているような。

投稿: apj | 2008年11月20日 (木) 22:03

apjさん紹介の資料は前半の歴史の部分が実証的でないですね(なぜか根拠となる文献が示されていません)。といって私も手許に根拠となるものがないのですが、高木のはじめの発想が脚気の出ない西洋の兵食(パン食ー肉食)との比較からきており、あとから経費節減のため麦飯にかえた、というふうに理解していました。実際はどうだったのでしょうかね。

投稿: ちがやまる | 2008年11月20日 (木) 22:13

「疫学的に因果関係を押さえられても、メカニズムを解明するまでにはえらく時間がかかるという、通常の科学の発展にありがちな経過」

これは疫学的に押さえられた現象を認めなかった陸軍の過ちでしょう。鈴木梅太郎を待たなくても死者は防げたはず。私はこれで森鴎外を見放しました。

投稿: ちがやまる | 2008年11月20日 (木) 22:21

こんばんは。

うふふ、ちょっと面白そうですね。答えてみようかな。
ただその前に、言いたい事だけは言わせてもらいます。

まず、私は残念ながらfinalventさんという方を殆ど存じ上げないんですね。アルファブロガーと看做されているかどうかも知りませんし。正直申し上げて「TAKESANさんがたまに話題にする人」ぐらいの認識しかありません。ですから、そういう方がいきなり「テスト」だと言い出した時の第一印象としては
「てか、あんた誰?」
でしかなかったんですね(笑)。
まあおそらく、私が寡聞なのがいけないのでしょう。

次に、既に指摘されているように「偽科学的説明」って何なんでしょうね。偽科学とニセ科学は同じ概念なのかどうか?そこが解らないうえ、更に「的」が付いているので極めて曖昧な概念と言わざるを得ません。問題の指示が曖昧だという事は、正誤の判断を恣意的に行ないうるという事でもあります。
つまりfinalventさんは御自分の気に入った答えが出たら「良く出来たね~パチパチパチ」とやれば良い訳ですし、気に入らなければここぞとばかりこき下ろせるのですね。
これは単なる推測でしかありませんが、どうもfinalventさんという方は、御自分がオピニオンリーダーだとかアルファブロガーだと思われる事に強いこだわりをお持ちなのかしら、と勘繰ってしまいたくなりました。

それから、私が不愉快だと思ったのは「ニセ科学批判には科学的資質が不可欠だ」と言わんばかりの態度です。別に資質が無きゃ批判しちゃいけないなんて事は無いですよね。誰が批判したって良いんです。ただ批判の仕方がおかしければ、その点が具体的に「おかしい」と指摘されるだけの事であって。偉そうな誰かさんに「資質があるかどうかテストされる」筋合いのものじゃないと思いますが。
少なくとも私はニセ科学批判の裾野を広げようとしてるのに、こんな風にして妙に敷居を上げる様な事をされるのは、はっきり言って迷惑です。

まあ、言いたい事はこの位にして、ここまで書いといて「テスト」に全く応じないのも(ニセ科学論者なみに)ズルイという気もしますので、ちょいとやってみますか。

まず前段について。
江戸時代における脚気の記述は全て「推測」に過ぎません。現代医学の手法を使って実際の患者を診察した人は誰もおらず、勿論患者検体が残されている訳でもないので、文献的な記述から推定するしかないのです。
では、それを以って「非科学的」とすべきでしょうか。答えは「否」です。手に入る客観的な情報から合理的な推論を重ねて矛盾無く得られた結論を「暫定的に」正しいものとする、それは科学の正統な手続きそのもの(少なくともその一部)です。江戸時代の脚気に関する記述は現代の知見から見て特に矛盾を含んでおらず合理的に説明されているので、その説明を疑う必要は(今のところ)ありません。

但し、この文章では全てを断定的に述べているので、例えば脚気もVitB1も江戸患いも何一つ知らない人がいきなりこれを読んだ時に「副食無しで白米だけ食べるとビタミンB1欠乏により脚気になる事は、江戸時代の頃から既に知られていた」などと誤解してしまう可能性が無いとは言えません。もし、その様な誤解を与える可能性が無視出来ない程大きいのであれば(つまり「当時の知見に照らして実証されていないものを実証されたかのように誤解する人が無視出来ない数存在する」のであれば)それを「ニセ科学的」と表現しても、必ずしも間違いとは言えないでしょう。

次に「江戸患い」について。
私の記憶によれば、江戸患いとは参勤交代で大名に付いて来て江戸に滞在した下級武士や江戸に移住した町人などの間に発症した事から付いた名前だと理解しています。つまり故郷では玄米中心で副食に乏しい食生活をしていたのが江戸に来て白米ばかり食べる様になったから発症する、しかし田舎に帰って玄米を食べると治る、また江戸に来ると罹る、だから「江戸患い」という訳ですね。一方、上級武士や大名は田舎だろうが江戸だろうが食生活はあまり変わらないので、江戸に行ったから発祥する訳でもなければ帰ったから治る訳でもありません。
ところで「江戸患い」と呼ばれていた病気の全てが脚気だったかどうかは解りません。単なるホームシック、もう少しもっともらしく言えば「環境の変化によるストレスに起因する反応性抑鬱状態」などが含まれていた可能性もあります。
しかしその事からWikipediaの説明がおかしいと言えるかというと、そんな事は無いのですね。あの説明には「脚気が江戸患いと呼ばれた」と書いてあるだけで、脚気以外の江戸患いがあったかどうかについては何も記載してありませんから。
要するに「江戸患い⊇脚気」と考えて、論理的には何も矛盾しないのです。

それから、これも既に指摘されている点ですが、この文章が「説明」である点に注意が必要です。「主張」でもなければ勿論「論文」でもありません。
ですから「○○という理由により脚気は江戸患いである」という論理構築をする必要は無いのです。確かに、この「説明」に挙げられただけの理由では江戸患いの正体が脚気だと結論付けるのにも、脚気の本態がVitB1欠乏だと結論付けるのにも不十分です。しかしこれが「説明」である以上、述べられている事例は証明に必要十分である必然性は無く、単なる「例示」のレベルで足りるのです。

少なくとも、finalventさんが「テスト」などと仰る以上は、私がここで述べた事くらいは「当然の前提」として御理解頂けている筈だと思います。

ふう、ちょっと飽きました。
まあ後段についても、実証的手続きだの因果関係だのをキーワードにすれば幾らでも書く事はあるのですが、何か書けば書くほどfinalventさんがお望みの答えからは遠ざかっていく様な気がしますので、この辺で止めておきます。

>ちがやまるさん
私も同じ理由で、森鴎外を見放しています。

投稿: PseuDoctor | 2008年11月20日 (木) 23:36

 エントリーを上げたのでトラックバックしました。

 結局、ウィキペディアの文章のうち、現在の科学知識に照らし合わせることができる部分は「ビタミンB1を含まない精米された白米」という部分のみではないかと。
 で、これについては、食品成分データベースを調べると、精白米でもビタミンB1含有量はゼロではないので、正しくは「ビタミンB1をわずかしか含まない精米された白米」といった記述になる。

 これ以外の部分は歴史の記述に過ぎないので、当時の人達が江戸患いとカテゴライズしたことや、高木の推論やら試験やらは、今から見て科学としては精度が悪いものであったとしても、単に、当時の実験医学の限界を示しているに過ぎません。史実としての記述に間違いがあったとしても、それは擬似科学と呼べるものではないですね。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 00:31

皆さん、沢山のコメント、本当にありがとうございます。
大変参考に、また勉強になります。

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>たかぎFさん

そう言っているように見えますよね。結局の所、どういうものを意味するかが、今一つ判然としませんけれども。

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黒猫亭さん、今晩は。

finalvantさんは、時折科学哲学的な論考を書いておられて、そういう意味では、科学哲学的疑似科学論をそのまま踏襲しているように見えます。

そこが、newKamerさんがお書きのような事に繋がってきますね。昨今の日本での「ニセ科学」論を押さえていないのではないか、と。

意図としてはどうなんでしょう。ゲーム脳や血液型性格判断について、それが科学的にどうか、というのを見事に即答された訳なので、判断はつくと考えておられるはずなのですが、結局テストとやらで何を主張したいのかは、私にはよく解らないものがあります。

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A-WINGさん、今晩は。

まず、記述の要約が正確か、というのがあって、それからニセ科学云々というのが問題にされるべきと思っています。しかも、どの時点での話をしているか、というのもよく解りませんしね。

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>ちがやまるさん

私は、疫学や医学のテキストで要約を見るくらいなので、どのくらい正確であるか、というのはすぐには判断出来ないのですが、テストというくらいですので、後で解答編が書かれるのかも知れませんね。

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zororiさん、今晩は。

たとえば、説明に明らかに科学的誤謬が含まれていて、それがスタンダードな知識であるかのごとく書かれているとするならば、それが「ニセ科学的」と表現される、というのは出来るかも知れません。

しかし、件の記事というのは、歴史的経緯を書いたもので、その正確性や事実認識が問われる事はあっても、「説明が偽科学的」な部分を指摘する、という部分が判然としないのですよね。

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apjさん、今晩は。

先日引用した疫学の教科書にも高木の研究は載っていて、同じような説明が書いてありました。

偽科学的説明というのは、当時の学者達の考えに掛かっているのか、要約そのものに掛かっているのかが、不明だと思っています。歴史的経緯の要約なので、それは誤りとか知識不足を指摘するものなのではないかな、と。

たとえば、古川の血液型と気質との関連の研究というのは、ニセ科学では無い訳ですしね(今になって根拠無く成り立っていると主張すれば、ニセ科学となるでしょうけれど)。

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a-geminiさん、今晩は。

ううむ、難解です…。辞書的には法律的用語みたいですが、私は初めて目にする語でした。勉強になりました。

▼▼▼引用▼▼▼
トンチンカンな人の相手をするのって疲れますよね。
▲▲引用終了▲▲
や、反応したのはこちらでしたし…。

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>apjさん、ちがやまるさん

資料のご紹介、ありがとございます>apjさん

森鴎外のエピソードは、象徴的なものとしてしばしば紹介されていますね。疫学的方法の説明という文脈としてもですし、著名人の知られざる話、というかたちでもありますね。

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PseuDoctorさん、今晩は。

finalventさんは、ブロガーとしては、多分超有名人と思います。
と言いながら、私自身、アルファブロガーと呼ばれる人を、数人しか知らなかったりする訳ですけれども。

▼▼▼引用▼▼▼
偽科学とニセ科学は同じ概念なのかどうか?そこが解らないうえ
▲▲引用終了▲▲
「ニセ科学」を敢えて使っていない、という印象はありますね。あくまで印象ですが。昨今ニセ科学というのが疑似科学などと異なる意味で用いられている、という事くらいは認識しておられるのかな、と。

勘繰りの部分は、どうなのでしょうね…。

 >”それから、私が不愉快だと思ったのは”の段落

私もまさにそう思って、採り上げてみました。
まあ、ニセ科学をどう判断するか、という部分を総合的に考えて科学的資質云々、と言う事も出来るかも知れませんが、それはもうレトリックだと思います。資質という言葉の選択も微妙ですし。

▼▼▼引用▼▼▼
少なくとも私はニセ科学批判の裾野を広げようとしてるのに、こんな風にして妙に敷居を上げる様な事をされるのは、はっきり言って迷惑です。
▲▲引用終了▲▲
全く同意します。

丁寧なご説明、ありがとうございます。とても参考になります。

------

>apjさん

ありがとうございます。早速そちらを読みにいきますね。

やはり、現在の知見で古川の説を検討して「ニセ科学」と看做すような、そういう事をしているのかな、と思いました。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 00:57

TAKESANさんが問題にされていることは置いておいて恐縮なのですがなんかクイズ出されるのは好きなのでこの説明についてふたつ素朴な疑問がふたつあります。私も脚気についてはよく知りません。ほんとに素人的な疑問です。トンデモかも(笑)

精白米はB1含有が0.08mgなので今の五訂だと含まれていないことはないみたいですね。麦飯にどういう麦がつかわれていたのかわからないのですが給食に押麦が入ったいたので、そこから類推すると押麦だと、0.22、米粒麦というのだと0.19となっています。そんなに差が出てくるものなのかなあと思いました。あと、単純に玄米って炊くのが大変なので
ふつうに人たちって玄米を炊いて食べてたのかなあと思ったりします。白米と比べるとおいしくないしですし。なんか人間っておいしいものを食べる努力はするような気が?なんか戦時中でもびんに玄米入れてついていたような映像や記録をイメージしてしまいます。つきが不足になることはあるでしょうが七分つき米だと五訂をみると0.24mgですね。

投稿: 安原 | 2008年11月21日 (金) 01:28

驚愕の事実を思い出しました。

私は、生まれて一度も「玄米を食べた事が無い」のであります。

なので、美味しいのか美味しく無いのかすら解らないという大変残念な人です…。

昔の人の食習慣については全然知らないので、実際どうだったのか、というのはちょっと判らないですね…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 02:13

 玄米を食べていたことがあります。
 普通に電気炊飯器で炊くと、米粒についている皮というか膜みたいなのがあんまり破れなくて、固い感じです。1回炊いた後、少し水を加えて二度炊きすると、皮がだいぶ破れて食べやすくなります。圧力鍋なら多分うまく炊ける。
 美味しいかどうかは人によります。臭いは精白米よりは強いですね。ぱさぱさした感じです。皮を破って米粒が半分くらい見えるところまで炊けば、おにぎりを作ることは可能です。しかし、にぎり寿司には不適(握りにくいし、多分味やにおいが合わない)でしょう。
 普段の精白米よりも、しっかり噛まないと、消化不良を起こしそうになります。
 米に混ぜて炊く用の加工した玄米も売ってるようですけど。同じ目的で、小分けにしたものもスーパーにあったと思うので、一度買ってきて炊いてみてはどうでしょう?


 ただ、香りやぱらぱら感を楽しむ目的なら、玄米よりも精米したインディカ米の方が私は好きです……。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 02:28

>生まれて一度も「玄米を食べた事が無い」のであります。
あはは(笑)私は仕事上だったので正直いうと拷問でした(泣)そうそう、粗食ブームにかぶれた友人が(炊飯器で炊ける七分つき米実践中)、しばらく白米を食べてなくて、仕事で食べたら「涙が出るほどおいしかった!」言ってました。この軍ネタって粗食関連の方がよくいうんですよね。B1は必要なんだろうと思いますし、今なら、副食あるんで、「無理せず白米食べればいいじゃん」と思うのですが、主食論争のすえ確か法定米が七分米になったんじゃなかったかなあ、・・・わかんないですよ、科学的というより政治的になんとなく信用ならないかもーとゴーストが囁くのであります。でも、「もー肉食えばいいじゃん」と思ってしまう私はただの焼き肉好きかもしれない・・。

http://homepage3.nifty.com/yoshihito/haikyuu.htm

投稿: 安原 | 2008年11月21日 (金) 02:32

>TAKESANさん

finalventさんの知識の傾向から考えて、科学哲学における科学と疑似科学の問題や、ガードナーからセーガンに至るような科学啓蒙の流れ、ドーキンスの非合理批判などの一連の疑似科学批判関連の知識は押さえているはずなんですね。

で、あの方が批判的なのは、どうもネットローカルな発信の、所謂「ニセ科学批判」に対してなんではないかな、と思うところがあります。PseuDoctorさんが仰るような「裾野を拡げる」というところですね。さらに、きくちさんやapjさんが仰る「ニセ科学」というネットローカルの定義は頑なに無視するという傾向もあります。

今では、たとえばオレのような杓子を持った猫の類が大きな顔をしてニセ科学批判に連なる言説を発信したりするわけですが、そういう状況に対して懐疑的なんではないかと。つまり、ニセ科学批判の裾野が拡がることについて、ニセ科学言説の裾野が拡がることと何ら区別はないと考えておられるのかな、と。

つまり、それがニセ科学だと謂われているからニセ科学だという前提における批判の裾野が拡がっているが、それは科学だと言い張るからニセ科学が蔓延するということを単に裏返したにすぎないんではないか、と謂う疑い乃至反感がおありなんではないですかね。

で、説明原理として視た場合に、不完全な科学的説明とニセ科学言説に実体的な区別が附かない以上、ニセ科学言説が蔓延することと、半可通なニセ科学批判言説が蔓延することの間には、実体的な意味上の違いはない、そんな辺りを落とし所として想定しておられるのかな、と思うわけです。

多分これはfinalventさんのニセ科学批判批判の本筋の切り口ではないんでしょうけれど、実態的な面で謂えば、ニセ科学批判に連なるネットワーカーの多くが、独力では科学的言説とニセ科学言説を識別出来ないのではないかという疑いをお持ちだということもあるかもしれませんね。

つまり、ニセ科学批判のネットワーカーにとって、科学とニセ科学の実体的な区別は所与の前提として与えられているのであって、ニセ科学批判言説がその理由附けの役割をも果たしているのだとすれば、それはやっぱり説明原理でしかないわけで、その意味でニセ科学言説とニセ科学批判言説に意味的な差違は存在しない。

TAKESANさんのご指摘に対して、ついそれほど脈絡もなく(と謂うか誤解に基づいて)「教条主義」という言葉が出てしまったわけですが、案外そんなところが本音なんではないでしょうか。まあ、それに意味があるかどうかはわかりませんが、finalventさんご本人は意味があると思っているのでは、という意味ですが。

どうもこの方は、ニセ科学批判言説について何かしら意固地な反感や奇妙な偏りと謂うものをお持ちのようなのに、一向にその論の核心が見えてこないという傾向は前からあったわけですが、この辺のやりとりでそれが見えてくるとちょっと面白いかなと思います。

これまで、ちょこちょこ前に出てきては誰とも知れぬ相手にジャブを繰り出し、利あらずと視ると撤退して論の全貌を明かさないということを繰り返しておられましたが、今回はかなり前に出て積極的に「テスト」までしておられる、つまりニセ科学批判者との間に責任関係が生じていますので、今回ばかりは或る程度纏まった論を提示せずに済ませることは出来ないでしょう。

お手並み拝見です。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月21日 (金) 04:28

 追記部分は比較的分かりやすい反応ですよね。

 「あるニセ科学に対して、個々のニセ科学批判者が独自に、科学的な手順で妥当ではないという証明をすることができないのならば、ダメなニセ科学批判だろう」ということだと思います。

 理解はできるが同意はできない、典型的な意見です。

 というか、finalventさんがニセ科学批判に対して問題意識を持っているのならば、個々のニセ科学批判に対して「どこがどう不適切か」という指摘を十分した上でメタな話をしないと、単にメタ議論をしたいだけのダメな人に留まっていると言えるかと思います。

投稿: newKamer | 2008年11月21日 (金) 09:46

apjさん、今日は。

私は固くてパラパラなご飯が好きなので、食感的には大丈夫っぽいですね。
においは想像もつかないですねえ。何しろ食べた事が無いので(笑)

今思い出しましたけど、よく考えたら、玄米茶を飲んだ時、炒った玄米を一緒に食べてしまう事もありますね。炊いたものとは全然違いますけど。

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安原さん、今日は。

健康志向の人がしばしば話題に出しますよね。最近だと、マクロビオティックもそうかな。

まあ、幸福にも色々な食材を手に入れる事が出来る時代(感謝すべきだと思います)なので、総合的に考えて偏らなければ良いのだろうとは感じます。

そのページは面白いですね。

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黒猫亭さん、今日は。

そうですね。そこら辺の知識に関しては恐らく、私などは足下にも及ばないだろうと考えています。

仰る論は理解出来ます。ご本人がどうかは、コメント欄なんかを見ると、色々書いてあるので、そこら辺がポイントなのかな、と思ってます。
ご自身がニセ科学やオカルト的であると看做される事が多くなった、という風に仰っているようです。

そりゃまあ、オカルト的言説を支持すればオカルト的だと言われるだろうし、疑似科学的なものに関しても、そうでしょう。問題は、それをどう評価すべきか、という事ではないかと。
私自身は、オカルト的な論を詳しく見ていくのは全然構わないと思っていますしね。科学的な味付けを控えれば、という但し書きつきですが(ここら辺が引っ掛かる所なのかも)。

これはすごく残念と言うか何と言うか……finalventさんって、教条主義的とか正義の御旗とか、そういう極めて一般的・抽象的な象徴表現を用いて評価される方なんだなあ、と。教条主義的という語の通常の用いられ方を考えれば、それがよろしく無いのは解り切っている話なのですし、敢えてそういう語を用いて批判を展開されても、と。

テストする、というのは、結構強い書き方ですよね。意図的なものでしょう。その「答え」がその内示されるでしょうから、それを見たいと思います(コメント欄で完結するかもですが)。

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newKamerさん、今日は。

そう思います。
きちんと調べずにやってはダメだ、というのは批判者同士でもしばしば採り上げられる話である訳ですよね。

コメント欄にある、とても象徴的な一節。
▼▼▼引用▼▼▼
話が戻りますが、それでも、ただ、むやみにfinalventバッシングだけを表層的に繰り返す人たちがいるのは、まあ、それが可視になるだけ、ましかなという気がします。偽科学でもなんでもいいけど、正義の御旗を掲げて、特定人物のバッシングに走るというのは論外なんで、それはただ論外でいいかな、とは思います。
▲▲引用終了▲▲
大変に興味深いですね。このように、どこまでもメタ論を論ずる、という事なのでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 11:59

TAKESANさん、
>においは想像もつかないですねえ。何しろ食べた事が無いので(笑)

 食感くらいならある程度は文章で表現できますが、臭いを文章で表現するのは難しいかも。玄米茶は香ばしい方が強いので、全く違います。炊く前の米の臭いをちょっと強くしたものがが炊いた後も残る感じというか。まあ、一口食べれば疑問は解決しますよ。

 黒猫亭さん、

 ところで、finalventさんのところにもトラックバックしておいたのですが、今のところ私の理解は、自分トコの追記にも書いたように「出来の悪い準備書面あるいはピント外れの書証」です。
 finalventさんの出してこられたものが、そもそも擬似科学と呼べるようなものではないと考えるからです。歴史的な記述ですから。科学史のプロが文句を言う可能性はあるでしょうが、それならそれは「(擬似)科学史」であるかもしれないけど、擬似科学ではない。
 当時は、脚気菌説が出るような状況で、科学としても錯綜した状態で、手探りで原因究明やら対策やらを試みていたわけです。その過程を今から振り返って、今の知識「脚気はビタミンB1欠乏で起きる」をもとにしてまとめたのがwikipediaの記述です。当時のやり方に上手くない部分があったり、今の知識をもとにして書いたためにちぐはぐな部分が出たりしたとしても、それを擬似科学とは呼ばないでしょう。

 最初から不完全な科学的言及でもなく、擬似科学的言及でもなく、歴史的言及であるものを持ってきて、擬似科学判定テストをしようとしているという無理さ加減しか見えてきません。一体何がしたいのだと。

 「当時はこんな問題があって、その時の人達は(科学として)こう考えて対処した」ということを、今の人が書いた場合、その内容は、今の科学とも擬似科学とも直接はつながってきません。昔と今では、科学の精度が違います。今から振り返ってみれば,当時の人達が不完全な科学でもって対処していたとしても、それは、今の科学を基準にして批判すべき対象ではありません。

 従って、finalventさんが出した例のうち、今の科学を基準として判断しなければならない科学的言明の部分は、「ビタミンB1を含まない精米された白米」だけとなります。

 こんな例を出してきてテストって、一体何がしたいのかが謎です。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 13:15

 ちがやまるさんがちょっと書かれていますが「肉じゃが発祥地論争」(笑)というのがあったみたいですよ。
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091130380449.html

>大和ミュージアム開館時に戦艦大和をかたどった大鍋で肉じゃが
 戦艦大和の鍋ってすごいですね。

投稿: 安原 | 2008年11月21日 (金) 13:21

>apjさん

百聞は一見に、ならぬ、百聞は一食に如かず、ですね。

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finalventさんの新しいエントリーが上がっていましたが⇒http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081121/1227225567

▼▼▼引用▼▼▼
「トビウオは水中での加速で空中にロケットのように飛び出した」
▲▲引用終了▲▲
私の理解では、(トビウオ飛翔のメカニズムを知らないので、この説明が誤っていると仮定)これは単なる「間違い」であって、ニセ科学とはならないかと思います。トビウオはこれこれこういうメカニズムで飛んでいる、と事実であるかのように言えば、それは別でしょうけれど。

それはともかくとして、エントリーを全体的に見ると、何と言うか、徹底的に思い違いをされているんじゃないかなあ、と。

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>安原さん

こういう議論って、結構見ますよねえ。なかなか面白いものです。

肉じゃが物語という商品があるのを、初めて知りました。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 13:41

「兵食 洋式化」で検索してみたら、ちょっと詳しい説明が出てきました。
http://www.kenkobunka.jp/kenbun/kb41/aoki41.html

投稿: ちがやまる | 2008年11月21日 (金) 13:50

これは何度も書いてるんですが、昨今の水伝批判などとも絡んだ「ニセ科学」論について論ずる場合、apjさんやきくちさん、田崎さんの論に触れないのは、明らかに良く無いと思うのですよ。怠慢といっても差し支えないと、私は考えます。

科学哲学上の境界設定問題についての話なら、それはそれでいいんですね。だけれど、昨今の水伝批判等に絡んでくると、明らかにそれでは不充分。かなりの分量の具体的な議論が積み重ねられてきた訳であって、それが考慮されないのでは、全く建設的なやり取りにはならない。

それで私は、何度か、それについて調べたか、知っているか、というのを指摘したのですが、反応としてはこういう感じでした⇒http://d.hatena.ne.jp/dlit/20080130/1201670752#c1201909033

------

ちがやまるさん、今日は。

おお、ありがとうございます。これは参考になりそうですね。後で読みます。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 13:52

TAKESANさん、

>「トビウオは水中での加速で空中にロケットのように飛び出した」

 これ、トビウオを見た人が書いた場合には「ロケットのように」は単なる比喩にしか受け取れませんよ。
 トビウオの飛ぶ原理はこれだ、と詳しく説明しちゃったり、例えば、水族館で「トビウオのからだ」等という展示でやらかしたらまずいでしょうけど。

 ものすごい勢いで蛾とか甲虫が飛ぶのを見て、「弾丸のように」飛んでいた、と表現しても、別に銃の弾丸と同じ原理で飛んでいるという科学的言明じゃないし。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 13:53

そうそう、普通に考えれば、視覚的に捉えたものを別の例でたとえた訳で、そのままだと単なるメタファーですよね。

それで、finalventさんが言ったのは多分、力学的なメカニズムとして説明した場合、という事だと思うんですが、それはそれで、おかしい訳で(ロケットのアナロジーは、力学的メカニズムに適用しようが無い気が…。鳥のように、というのならまだ解るんですが)。

「ロケットのように」という説明に何を含意させているのか、という話ですよね。一般的には、それがニセ科学なんて言われるとは思えませんです。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 14:04

ちがやまるさん

http://www.yumeichi.ne.jp/honmurasaki/kaigun.html

レシピを見つけました!今の肉じゃがとあんまり変わらないけど、こんにゃくを入れるんですね。

投稿: 安原 | 2008年11月21日 (金) 14:42

こんにゃくは、ウチでも定番ですね。なかなか美味しいです。

肉(牛)、人参、じゃがいも、こんにゃく、玉葱、って感じかな。

(話変わりますけど)そういえば、豚肉の肉じゃがって、食べた事ほとんど無いような。

------

>apjさん

finalventさんから反応がありましたね。残念ながら私には、意味が解りませんでしたけれども。

千島学説、ミイラ、占星術のくだりは、本当に意味が解りません。

読み解けた方がいらしたら教えて下さい。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 15:11

今更かもしれませんが、設問の仕様が粗雑で、まるで小学生に自作の頓知クイズを出題されているような気分になりました。

しかし、まさかそこまでの低レベルな話ではないだろうという前提のもとに、何か裏の意図があるのではないかという深読みはあってもよいと思います。そういう意味で、黒猫亭さんの「読み」はわかりやすく、成る程とうなずけます。

もっとも、自分の文章に対する緻密な評論を読んだ作家曰く「成る程、俺はこういうことも言っていたのか」なんていう笑い話も、現実に昔からあるようですから、この場合もそちらかもしれませんが。

それから間違いというほどの話ではないと思いますが、トビウオの問題は「水中で加速」という部分かと。

投稿: ネット沙代 | 2008年11月21日 (金) 15:28

安原さん、TAKESANさん。
「送気」とあるのが面白いですね。直火じゃなくてスチームで調理していたのでしょうか。
ちなみにうちの肉じゃがにも白滝が入ります。肉が豚に変わると名前が「煮込み」とか別のものに変わるんでしょうね。

投稿: ちがやまる | 2008年11月21日 (金) 15:39

>「トビウオは水中での加速で空中にロケットのように飛び出した」
生物学的にも、航空工学的にも、どこも間違ってはいないように思えるがなあ。
一つ考えたのですが、ひょっとしてこの人は、トビウオがロケットのように弾道飛行するだけだと思っていたんじゃないでしょうかね?
実際にはトビウオは胸鰭を大きく広げて、飛行機の主翼のように揚力を発生させて、かなりの長距離を滑空するわけです。
「生物の飛行 その精緻なメカニズムを探る」東昭(講談社ブルーバックス)を読み返したら、トビウオの最大揚抗比(maxL/D)は約25だそうで、相当に滑空性能はよいです。最新のグライダーには到底叶わないけど、ジャンボジェットの二倍くらいの性能になります。
それからトビウオが飛び上がる際にはこの本によると
>飛行はまず、体の大部分を空中に出した状態で、水中の尾びれをはげしく左右に振るという”ファニング(fanning)運動”で始められる。
とのことで、「水中での加速で」は(部分的には)間違いと言うことになるのかも知れません。
いずれにしてもそれは間違った、あるいは不完全な理解であって、ニセ科学でも偽科学でもなんでもありませんよね。不可解だ。

投稿: ROCKY 江藤 | 2008年11月21日 (金) 16:17

あっそうか、しらたきはこんにゃくですね。レシピだと分けて書いてるので別もの意識がありました。なんかくだらないものばかり見つけていますorz 「糸こんにゃく」と「しらたき」論争
http://home.tokyo-gas.co.jp/shoku110/shokuzai/045.html

>肉が豚に変わると名前が「煮込み」とか別のものに変わるんでしょうね。
これは地方によってなのか、先生によって肉じゃがは「豚派」と「牛派」に分かれます。私は牛だと思ってたんですがある有名な学校の先生に「何いってるんですか!ぜったい豚です!豚のほうが栄養があるじゃないですか!」と反論されたことがあります(笑)たしかにB1は豚のほうが多いです。市販の料理本だと豚の場合もけっこう多いですよ。

>直火じゃなくてスチームで調理していたのでしょうか。
おおー言われて気が付きました。ちがやまるさんありがとうございます。海軍出身の土井勝さんの料理法が参考になるかと存じます。
(ウィキペディアより)
具体的には、少ない水で旬の野菜を蒸す様に茹でる方法は、水と燃料が貴重な艦上の料理法であり、また栄養を逃さない海軍伝統の方法に基づいていた。そして、これを披露した晩年の番組の中で土井は笑顔で少年時代の母のいる温かい台所を思い出深く語っていたが、それが艦隊の料理法であることは一言も触れなかった。

投稿: 安原 | 2008年11月21日 (金) 16:26

よくできたダメな例えをどう批判するかで資質を測るのはどうかなあ。
http://d.hatena.ne.jp/essa/20070816/p1
なんか困ったエントリを読んだんですが、どこに突っ込むべきか困る感じなんですよね。

投稿: グレートパンダー | 2008年11月21日 (金) 17:14

こんにちは、皆さん。

なんかkikulogの方でエネルギー問題に関心て薪炭エネルギーの話をしているときに書こうかと思ったけど割愛した話があって、そうしたらここで「江戸患い」なんて言葉を見たので雑学ですが書いてしまいますね。江戸で白米食が中心になつたのは、実は薪炭が高いという事と関係があります。実は白米の方が焚いてからの保ちが良いというか、食中毒を起こすような腐敗が起こりにくいんです。白米になると、基本的にでんぷん質ばかりになりますから、菌が繁殖しても、毒性の強い細菌代謝物ができにくいのです。毒性は窒素が含まれた分子に多いのですが、その代謝物をつくるための窒素源が白米には少ないんです。こめを良くといで、ぬかを落として卓というのも、この炊いてからの保ちを良くするという事と関係します。

薪炭が安いというか、入り会い山で自分で拾ってこれる田舎では、頻繁に飯を炊く事ができるけど、薪炭を買わなくては飯が炊けない江戸では、飯炊きの回数を減らしたい訳です。そうなると、米突き代をはらって白米にしても薪炭代でペイ出来る訳ですね。なんとなく、江戸人が贅沢で白米という概念が固定しているので、白米食の理由を説明してみました。ただ、そういう理由で白米食になっても、それに慣れると、玄米食には戻りにくいですけどね。

投稿: 技術開発者 | 2008年11月21日 (金) 17:32

行動の合理性が高いからといって、科学的な資質が高いわけではない例。
http://kazuyomugi.cocolog-nifty.com/audio_book/2004/12/post_2.html
なにかと話題の勝間和代さんのブログです。能力開発系はニセ科学が入りこみやすいんですかねえ。

投稿: グレートパンダー | 2008年11月21日 (金) 17:50

すいません。フィールドに潜っていたので,論考について行っておりませんが,既にここにおいでの論客の方々により,分かりやすいが終わった後のようですね。見たところ,真っ先に違和感があったのはこの一文。

「知識自慢したいだけ?」というのは、甘んじて受ける部分はあるかな。というか、たしかにそういう面もあるとは思う。」

 これ,ご自身が本当の専門家だと理解されている方はどのような方ですかと伺いたくなります。格闘家や相撲取りが一般の人に対して力自慢をしたいと思いますかという話です。いや,そういう程度の低いのが,そのソサイエティの末席に絶対居ないとは言い切りませんが,私の知る専門家にこのようなモティベーションレベルの方はお出でになりません。皆そんな暇はないし,十分,ご自身の評価を客観的にも得られておられる方ばかりですし,そもそもその目的で知識を披瀝してもなんの得にもなりません。
 恐らくそんなことは百も承知で書いていると思いたいのですが,うがった見方をすれば,芸能人ネタの知識自慢に終始するリーグと同一視されているのならば,全体的にテキストが少々乱暴かなと思います。それが味であり,ブロガーとしての戦略なんだろうとは思いますが。そういう言葉が出てくる手法,意識世界を持たれている方との論議は,慎重にする必要があると思いました。

 問題となっているエントリの論考の意図は分からないでもありません。確かに,専門分野は知っているか知っていないかという部分が,解釈や理解において大きく影響する分野でありますが,批判されようとしている知っているか知っていないかの違いで勝敗が決まる世界だと思いこんでいる人ばかりという感覚は,およそ,科学に関わってきた人間と最も遠い世界のであると,私自身は思っております。そういう視点が出てくること自体,マニュアル化万能主義の弊害もあるかなと。科学教育は,一問一答式の理科の問題解答的知識の蓄積で成り立つわけでないことは明らかなので今更言わずものがなの話です。昔から理科は「暗記物」だから自分は苦手/得意と考える人が普通におられるのですが,どうも,そのあたりの捻れが強いのですが,この方のエントリの論調は,意図とは逆に,その捻れがニセ科学批判論者でも当たり前という論調は,一種のわら人形論法を感じないわけにはいきません。自分以外の人間を指して知識自慢したいと思って論考を重ねるという行為としてしか理解できない世界は,私が知るニセ科学批判をされている方々の世界とは,およそ縁遠い世界だと少なくとも私は思っているからです。残念ながら「ニセ科学批判論者ってうざい」という感覚の「鏡の背面」のようなものと共通した要素を感じました。私だけかも知れませんが,件のエントリからうける印象は,とても微妙です。ということで,ニセ科学批判においては十分に論考すべき要素を含んでいると思い,ある意味でTAKESANさんがエントリで取り上げられたのも,理解できます。
 ご本人は「つまり、「ニセ科学に関する知識」を丸暗記して教条的に対応している人たちに科学的な考え方の資質はありますかのテスト。」なんて書いておられるから,本人の考え方として,
「ニセ科学批判論者の多くが,これがニセ科学かどうかの判断が出来ているのは,それがニセ科学であるかどうかについての予備知識があるか無いかだけが,その人を分けている違いなんだという」ご本人の観測に基づいた主張があるようですが,まず,本当なのかなという気がします。
 なぜそう感じるかというと切られ役のWikiの引用が適正な材料であるように感じないのです。噛ませ犬かあるいは,相撲の土俵に,「同じ裸だから」,競泳のアスリートを引っ張り上げて叩いたような感じがするからでしょうね。本来であれば,批判対象となっているニセ科学論批判の方の論考を素材にするべきなのに。その部分の違和感が結局件のエントリの印象を決めております。

 エントリは「多くのニセ科学批判論者は最初に答えを知っているから,ニセ科学だと安心して叩いたり批判できているのだろう。自分はそういう知識が無くても判断できる。試しにこういう例を披瀝しておく。」という意図を感じるわけなのです。で,そのご本人の高尚な意図に見合ったテキストかというと,どうも違うどころかニセ科学論者という存在に対する,一種のロールシャッハ・テストになってしまっているというのが,私の印象です。

 そもそも,ニセ科学批判論者の人たちの論考を見て,「正解」を知っているが故の後づけだと感じるというならば,一体誰のどんな論考を読んできておられるのか,その点でちょっと不思議です。人をばっさり切っておられるようで,「レベル低すぎ」や「知識自慢したいだけ?」というあまりにもいう乱暴,いや,科学と向かい合おうという人間にとってあまりにも発想の外の異質な言葉そのものに違和感を感じます。科学とニセ科学の論考とは,誰が,誰よりもどれだけ勉強したかというお勉強的競争論理の土俵の上の行為に近いものを感じます。教育論的な材料として非常に興味深いです。だから,お勉強したことがない人は論じるなというPseuDoctorさんの感じられた「ニセ科学批判には科学的資質が不可欠だ」と言わんばかりの態度」に現れているような気がします。でも,やや乱暴なテキストや叩いたWikiの使い方からは,科学的資質は,申し訳ありませんが,余り感じられないのも事実です。

 ゲーム脳は「定義とローカリゼーションに失敗」なのかな。そういう問題以前のお話としか思えないのですが。

「トビウオは水中での加速で空中にロケットのように飛び出した」

これは,単なる文学的表現でしょう。突っ込みようもありません。例えば,水噴射で空中を飛ぶトビイカ等が知られています。それと同じメカニズムを想定して,「ロケット」という表現を使われているのなら,水の反動を使うところをロケットのアナロジーで考えて「ロケットのように」と表現してもおかしくないのですが,そうなると,イカと魚に出来ること,出来ないこと,構造的な違いすら理解されていないということで,そのこと自身が理解不能です。この文章をそういう意味でとって突っ込むだけの価値があるとは思えませんので,「凄いスピードで游いで会場に飛び出すこと」の文学的表現としか解釈できません。

 ちなみに件の番組は,トビウオは,空気中に出ても,推進力を得ることが出来る特異な尾びれの形状により,更に加速する(水中よりも抵抗が少ないので)ことで,揚力を得て離水,上昇,滑空できるというお話です。但し,飛び出すまでの水中での加速と合わさって,その推進力の意味があるわけですし,魚が思いっきり游いだときの勢いは,例えば,ダツであれば,潜水漁師の眼窩に半身突き刺さるほどの勢いで飛んできます。「ロケットのように」と「文学的」に表現されても,おかしくない勢いを持っています。
 論理的に書いているようで,対象に対して音痴ならまともな文章にならないというエントリの典型ですがこれは,ご自身の他の人の乱暴な切り口と比較してもバランスが悪すぎます。
 この自己完結した悪文を見れば,自分としては「かのエントリを一つ一つウォッチされるのは,もう宜しいかと思います」と申し上げたくなりますが,それが,TAKESANさんの論考の誠実なところで,いつも尊敬申し上げております。

 シンクロニシティについてのエントリは,頷ける部分もあり,興味深く拝読したのですが,自分が赤ちゃんみたいになってしまう他分野の恐ろしさや深さ,自分の無知さを理解していない状態で,ニセ科学論を論じることの滑稽さを思います。それは自分が得意な分野の直ぐ横の関連領域でも勘が働かないで勘違いをする場合があるという状況が理解できないからでしょうか。応用が利かない専門馬鹿の話ではありません。

 apjさんに恐れながらと質問させていただいた「ムペンバ効果」のときも,分野外の多くの「腕に自信あり」の人たちの論考が全く的外れか参考にすらならず,自分自身,学生レベルに立ち戻って教えを乞うた分,apjさん始め分野の専門家の論考に触れることが出来て大変勉強になりました。殆ど白紙状態の学部生で学会を見たときのわくわく感を思い出しました。あれだけ一見単純な実験系で検証できそうに見える自然科学の罠の例をいくらでも見ることが出来るのに,人間,謙虚にはなれないものですね。

 長文失礼いたしました。

投稿: complex_cat | 2008年11月21日 (金) 18:10

なんかさっぱりわからないのですけど,「finalventさんは最近,偽科学だとかオカルトだとか言われてバッシングされている」っていうのは周知の事実なんですか? 試しに,はてブの "d:id:finalvent の注目エントリー" ってのを見てみましたが,よくわかりませんでした.バッシングっていうからには,ずいぶん大勢に叩かれてるんだと思うのですが,はてブ以外のどこかで叩かれてるんでしょうか.謎.

>>> TAKESANさん
> 生まれて一度も「玄米を食べた事が無い」のであります。

オサレでエコでロハスなカフェでランチを食べたらきっと玄米が食べられますよ :-)

>>> 安原さん
> これは地方によってなのか、先生によって肉じゃがは「豚派」と「牛派」に分かれます。私は牛だと思ってたんですが

肉じゃがに限らず,関西では"肉"といったら牛肉ですよね.
「肉○○」なのに豚肉が入っていると違和感があるらしいです.

投稿: たかぎF | 2008年11月21日 (金) 18:14

finalventさん曰く。

▼▼▼引用▼▼▼
よく見かける偽科学批判として出てくるものは、水伝、マイナスイオン、血液型性格判定など、ちょっと利発な小学生なら簡単にわかるようなものばかりで
▲▲引用終了▲▲
ああ、度し難い。

解った。すさまじく自惚れてるんですね。根本の認識が違う。

▼▼▼引用▼▼▼
(あと、ついでにいうと、議論じゃなくて、「私」が攻撃対象になるなんだなと、それって全然科学的じゃないじゃん、とか思います)。
▲▲引用終了▲▲
ああ、度し難い。

------

ネット沙代さん、今晩は。

▼▼▼引用▼▼▼
「成る程、俺はこういうことも言っていたのか」なんていう笑い話
▲▲引用終了▲▲
ううむ、ちょっと唸りました…。

ROCKY 江藤さん、今晩は。

>ネット沙代さん、ROCKY 江藤さん

うーん、結局、現象のどの部分についてどういう具体性を持たせて表現してるか、という事なのだと思います。
いずれにしても、「偽科学」などと呼ぶ意味が解りませんよね…。

------

>ちがやまるさん、安原さん

ウチは糸ごんにゃくですね。白滝よりはちょっと太めの。
でも、白滝ぐらい細いのも食感が良さそうです。

肉といえば、ベーコンを入れる事もあるみたいですね。

スチームというのは、結構画期的(なんか用法が変ですけど)な気が。

糸ごんにゃくと白滝のグレーゾーン、なんて…。

------

グレートパンダーさん、今晩は。

ううむ、何やら難しいエントリーですね……よく解らないです。

喩えも過剰になると訳が解らなく…。

------

技術開発者さん、今晩は。

へー、そういう話もあるんですねえ。面白いです。

それにしても、玄米に比して白米が美味である、というのはかなり書いてありますね。余程クセのある味と見受けます。これは食してみなければ・・。

------

>グレートパンダーさん

おお、フォトリーディング…。

仮説という所で置いておくとすると良いにしても、これはいささか筋が悪い論ですね。
7つのインテリジェンス、なんて初めて知りましたよ…。

ちなみに、勝間さんという方は、文字列を見た記憶はあるのですが、どういう方なのか全く存じ上げなかったりします。

------

ところで、finalventさんは、
▼▼▼引用▼▼▼
偽科学は非科学的な思考・方法論の帰結であって、同質。
▲▲引用終了▲▲
こんな文を書いています。これはすなわち、偽科学という概念を持っている事を示します。

さて、どういう定義で使っているのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 18:17

complex_catさん、今晩は。

とても丁寧にまとめて頂いて、ありがとうございます。深謝。

私が思うに、このテキストは科学的にどうか、というくらいの話だったら、別に構わないと。でも、ニセ科学論に絡めてしまっているんですよね。その場合、これまでの論を踏まえるのが筋というものです。であるのに、それがなされた形跡が無い。

やっとlets_skepticさんとのやり取りでそういう話題が出ていますね。今になって? というのが率直な感想です。

ロケットのように、という表現を何ゆえ偽科学などと言っているのか、そこら辺がポイントなのかも知れません。

ムペンバ効果の検討の事例は、大変に示唆的だと思っています。apjさんや他の方々の慎重な検討もそうですし、他分野の説について真摯に追究しようとするcomplex_catさんの姿勢などに、感服しました。

他流派の講習会に行く際には高段者でも白帯を締めていく、という話がありますが、それを思い出した次第です。

------

たかぎFさん、今晩は。

私が知る限りでは、はてブで数件見かけたかなあ、というくらいですねえ。dlitさんがなぜ名指しされたのかは、全く不明です。

しかも、オカルト(いや、疑似科学、だったかな。失念)擁護って意見は見かけた事はあると思うんですが、ニセ科学、というのはどうだったかなあ…。少なくとも、私達が考える所のニセ科学を擁護している、という事実は把握していないです。

もちろん、ユングの論について論考を書いたりしているのを見て、ちょっと危ういな、と思われる事はあるかもですが、そこら辺の記述はfinalventさんは慎重であるので、ニセ科学という突っ込みは出来なそうに感じます。

---

テレビでも、ハリウッドセレブがなんちゃら、とかいってマクロビオティックが紹介され、そこで玄米食が出てきますですね。

そういえば、鶏肉でも肉じゃが作るなあ。しかし、それは肉じゃがと呼べるのだろうか…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 18:37

 イカもトビウオも体が細長いですからね。細長いものが勢いよく空中を飛ぶのを見たら、原理はともかく「ロケットのように」と表現しても違和感は無いです。
 (ありえないけど)エイが空中を飛ぶようなことがあったら、グライダーのようにとか、ジャンボジェットのようにとか、凧のようにとか、書かれるんじゃないかな。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 18:38

こんばんは。

うわ、沢山のコメントですね。
肉じゃが食べたくなりました。

実は今日の午前中までの段階で色々とごちゃごちゃ下書きしてみたのです。しかし今の段階では、もはやfinalventさんが「メタぶりっこ」かどうかとか、ニセ科学問題についてどの程度理解しておいでか、とかいう議論は既に周回遅れである様な気がしてきましたので、とりあえず書くのは止めておきます。

ただ一点だけ強調させて頂くなら、ここでfinalventさんを批判されている方は(私も含めて)全員「論の内容そのもの」を批判対象にされておられます。従ってその批判内容は「finalventさんがどういう方か」という事とは全然関係無い。
ですから本人が仰る「バッシング」云々とは全く筋が違う話です。もしその程度の事も理解出来ない御仁である様なら、今後は「ウォッチ対象」にしかなりません。

まあ、もう少し様子を見ます。

さて、そんな話ばかりではつまらないので技術開発者さんのお話に乗っかってもう少しあらぬ方へ話題を広げてみます。
>毒性は窒素が含まれた分子に多い
確かにそうですね。そしてそれは体内での代謝産物に関しても同じ事が言えます。代表的なのが蛋白の代謝によって生じるアンモニアなんですが、このままでは毒性が強いので肝臓で尿素という比較的毒性の低い物質に変換され、尿として排出されます。
ですから血液中の尿素(に含まれている窒素)の濃度を測ると、蛋白の代謝(異化)がどの程度盛んかという事や、腎臓の排泄機能が充分に保たれているかどうかを調べる事が出来るのです。

投稿: PseuDoctor@出張先 | 2008年11月21日 (金) 18:40

言及先より。

▼▼▼引用▼▼▼
これが教科書に載っているというのはとんでもないことだと思います。ただ、掲載されているのは国語ではないでしょうか。
▲▲引用終了▲▲
これは仮定かな? そんな事実は無いはずですが。後の文を見ると、「たとえば」なのかな、とも思いますが、ちょっと判然としないですね。

finalventさん的には、保育学の教科書にゲーム脳が載った、という事実はどうお考えなんでしょうね⇒http://www.nanzando.com/books/6300.php

これは削除されるそうですが、それが何故か、とかもご存知無いのでしょう。

------

PseuDoctorさん、今晩は。

▼▼▼引用▼▼▼
ですから本人が仰る「バッシング」云々とは全く筋が違う話です。
▲▲引用終了▲▲
全くそう思います。
もちろん、finalventさんに何故言及するか、というと、lets_skepticさんも言われるように、情報発信という意味での影響が大きかろうという推測によるものですね。ですがそれを「バッシング」などと言われるのは、端的に言って的外れだと思います。

そもそも、ニセ科学論は理解していますか、という指摘だった訳ですし。

finalventさんがどういう方で、どんな意図で書いておられるかは、言ってしまうと、あまり重要では無いのですよね。
ただ、相当程度読者がいると思われるブログで発信するのだから、「正確な情報に基づいた批判」を行ってみて下さい、と申し上げたかったのです。

実際、私達は、教条主義だとか科学教だとか、そういう激しく的のはずれた指摘は、何度も何度も受けてきた訳ですね。そう解釈するのは構わないけど、せめて、きちんと調べてみませんか、それからでも遅くは無いでしょう、という感想ですね。

きくちさんとかapjさんとか田崎さんとか、他の方々の地道な活動に対して、全く的外れの非難で誤った印象を形成するのは止めて頂きたいと思うのです。dankogai氏の時と一緒ですね。望遠で森を見て木の性質まで解ったと思ってるでしょ、という。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 19:01

うおっ、すみません。

コメントが沢山あったので、apjさんのを見逃していました。大変失礼しました…。

飛ぶ軌道とかを見てたとえる、というのなら、よくある話ですよね。それだと何の問題も無いですし。

トビウオはロケットと同じメカニズムで飛んでいる、という言明だとすると、どこからどこまでがそうなの、という事になると思うので、意味が解らないですし。

そういう言い方を見てニセ科学だ、と指摘する人がいたら、お目にかかりたいです。それは明らかに間違った用法ですからね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月21日 (金) 20:06

こんばんは。

「テスト」というのが、そのfinalventという方の意図を忖度して意味のありそうな事を述べてみせる人がどれだけいるか、というものになっているのではないかと思います。言い換えれば、どんな題材からでも人生を語ることができるんだよ、ニセ科学を題材にしてもできるんじゃないの、というテストなのかな、と思えてきたりします。

科学と呼ばれるようになったやり方というのは、ばかや最低に見えたとしても確実と思える位置にまで退いてそこから議論を進めて行こうとする事だったですよね。あやふやな前提の上にことばを並べるだけであるなら詩としても成立しないと思います。

finalventという方はもしもそういうつもりがなかったのであれば、どういう「テスト」をするつもりだったかを述べる必要があると思います。私はどういうつもりだったかを知りたいと思いませんが、それを述べるかどうかに注目します。述べないでごまかしてしまう人かどうかを確認したいからです。黒猫亭さんが上の方で「お手並み拝見」と言われたことにつながるかと思います。

脚気については始めの方で「何か混乱があるのかなあ」と言いました。自分で調べてみて冷や汗をかいてもらうくらいがいいと思いますが、「長期間のチアミン(ビタミンB1、英語読みでサイアミンという人も多くなってきました)の欠乏で生じるのが脚気beriberiである」(Harrison's Principles of Internal Medicine(17th ed.), p441)という理解でいいのでしょう(ですよね >> PseuDoctorさん)。

投稿: ちがやまる | 2008年11月21日 (金) 20:17

 こんばんは。3周遅れくらいの感じですが、参加させてください。

 私もfinalventさんがどんなことを今まで語ってきた方のなのかは存じ上げませんが、当該エントリーの文章を読んで理解できた、と感じる部分があります。
 本筋は吉本隆明よりの文学哲学思考をする方ですね。なので、吉本が良く使う「擬制」を使うのだし、「真」の対としての「偽」に強く反応したのですね。
 私は文学崩れで吉本嫌いの、評論読みを得意分野とする国語教員ですから。この手の文章や発想は、なじみのものです。(読むと疲れますが)

 つまり「ニセ科学」を「偽(ぎ)科学」と感じ、「真」の対である「偽」が商売に使われるウソであるような低レベルのものとは思えなかったのではないでしょうか?

 自身を体制(というか多数)に対する批判者として位置づけ、頓珍漢な言説を述べ続けるのも吉本譲り、です。

 私は書き込めないので、どなたか彼に『「水伝」が利用されたのは道徳だが、それについてどう思うか?』と聞いてみてくれませんか?

投稿: 憂鬱亭 | 2008年11月21日 (金) 20:32

憂鬱亭さんに補足
 商売に使われるのではない、専門家ですら一時は欺されるような「高度な」ニセ科学は、大抵の場合、専門家による捏造ですね。

投稿: apj | 2008年11月21日 (金) 23:05

皆さんへ。

▼▼▼引用▼▼▼
 余談ですが、コメント欄での、lets_skepticさんとの対話を通して、「ニセ科学」の問題領域がなんとなく以前よりわかったように思えました。もしそれが前もってわかっていたら、この問い掛けはしなかったかと思います。その点で、お手数をかけて申し訳なく思います。
▲▲引用終了▲▲
(言及先より)

……泣いていいですか?

------

取り直す。何を? 気を。

------

>ちがやまるさん

コメント欄では「意図らしきもの」が書かれていますけれども、私にはよく解っていません。

いずれにしろ、何らかの説明はあろうかと思いますが、どうなのでしょうね。

▼▼▼引用▼▼▼
脚気については始めの方で「何か混乱があるのかなあ」と言いました。自分で調べてみて冷や汗をかいてもらうくらいがいいと思いますが
▲▲引用終了▲▲
あちらでは、明らかにapjさんの不見識を指摘していますよね。ですから、何ゆえそう思うか、というのを込みで、一通り説明しなくてはならないかと思います。
これは、「すべき」話ですよね。私は、知識不足も理由だと思いますが、あの仄めかす言い方からだけでは、apjさんの論のどこが問題なのか、理解出来ていません。

もちろん、apjさんのお書きの事に事実誤認その他があれば、それは指摘を受けてしかるべきですが、ならはっきりとどこがどうおかしい、と書けば良いのにな、と。

なぜどこまでも「試す」ような書き方しかしないのか、とは感じます。

------

憂鬱亭さん、今晩は。

うむむ……私は吉本氏の本を読んだ事が無いので、そうなんだ……となるのが精一杯であります。

 >聞いてみてくれませんか?

多分、私は無理でございます・・。

------

>apjさん

そうですね。見抜くのが難しい。特に最先端の領域だと、そういう事は起こりうるのだろうな、と思います。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 00:31

ををっ、たった半日ほど目を離した隙に、もう取り返しが附かないくらいの周回遅れに…

とりあえず、一言だけ言わせてください。

まず、この記事のタイトル。オレはfinalventさんがネットローカル定義の「ニセ科学」と謂うタームをそのまま使いたくないから「偽科学」と謂う表記で「にせかがく」と読ませているのだと思っていましたが…

「ぎかがく」が正解だったのですね(笑)。

ざっくり検索してみましたが、「ニセ科学」の異字表現以外の意味で「偽科学」と謂う表記を遣っている例はとくに見当たりませんでした。一般的なタームで謂うなら「疑似科学」ですよね。それとは別に「偽科学」と謂う語が存在するんでしょうか。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土) 03:34

存在しないと謂う仮定でもうちょっと続けますと。

TAKESANさんが本文中で指摘された、

>>finalventさんの言う「偽科学的説明」という意味が掴み取れない。

…と謂う一項は、実はTAKESANさんの原意図を超えてテストの構造自体を剔抉した大正解、と謂うことになりはしませんでしょうか(笑)。

実はこれが「にせかがくてきせつめい」ではなく「ぎかがくてきせつめい」だったとすれば、さらに「偽科学批判者の科学的資質を問うための、偽科学発見テスト」も「ぎかがくひはんしゃのかがくてきししつをとうための、ぎかがくはっけんてすと」なのだとすれば、誰に対して何を発見する為のどんなテストなんだか、実は最初から定義されていなかったと謂う凄まじいオチが予想されます。

当然、「偽科学」と対置されるのは「真科学」なんですよね。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土) 03:46

 さらに目眩が……。

 finalventさん、分からない部分については科学者に信を置けばいいとか言い出しましたよ。

 いい加減現実を見ろと。

 例えば、活性水素を広めまくったのは科学者の白畑さんなんですが。で、そのとばっちりを受けまくっているのが水素による治療法を研究中の太田さんなんですが。うかつに信をおいてたら科学者が広告塔になったニセ科学にころっとだまされそうですけども。
 既に広まっているニセ物(活性水素とマイナス水素イオン)と一般から見て紛らわしい本物(しかし水素水の会社と組んでしまって怪しい印象与えまくり)、どっちも科学者が絡んでる場合を一般の方にわかるように説明せにゃならなくなりますた。しかも、活性水素を批判しまくったために、まっとうな会社が水素を使った治療法に手出しをするのを嫌がったらしいという話があったり。活性水素批判で、せいぜい水素の抗酸化作用を見てるだけ、という真実を述べたために、活性水素は実はただの水素だったという印象を広めることになり、水素治療法とニアミスしてしまって、区別に説明が要る状態です。

 ニセ科学リストを作って済むような状況とはほど遠いです……。

投稿: apj | 2008年11月22日 (土) 04:55

「それ(註・主食を白米にすることと脚気にかかることとの直接の強い因果関係)を支える科学的な説明はなく、しかも、ビタミンB1の欠乏が誘導されている点で、私はこれは間違った、科学的説明であると考え、例題としました。」(finalvent)

もとの解説記事の表現はこう書いてありました。「大正時代以降、ビタミンB1を含まない精米された白米が普及し、副食を十分に摂らなかったことで非常に多くの患者を出し、結核と並んで二大国民病とまで言われた。」

この精度の解説で、白米(精米されない白米はないと思いますが←冗談のつもり)の普及が脚気の増加をもたらした根拠を示さなければならない、という主張は「あらゆる解説記事はオレ様の知識レベルと関心にあわせて書いてあるべきだ」と言ってるとしか読めません。
このfinalventという人の言うことに関してはパス、ってことにしようと思います。

投稿: ちがやまる | 2008年11月22日 (土) 05:28

「パス、ってことにしようと思います。」
他のことに関してもその人の言うことは真に受けないにしよう、と言おうとしました。その人がその程度の思いつきでいい加減な事を言ってしまい、多くの人に影響を与えてしまうのを皆さんが憂慮しておられるのに、不用意な表現をしてしまい申し訳ありませんでした。

投稿: ちがやまる | 2008年11月22日 (土) 06:19

>apjさん

>>finalventさん、分からない部分については科学者に信を置けばいいとか言い出しましたよ。

それは、TAKESANさんが「わからないことは聞けばよい」と仰ったことを粗雑に言い直しただけで、粗雑な繰り返しだから間違った言明になっていますね。

finalventさんが仰るような事柄をすでに考えているから「わからないことは聞けばよい」と謂う言い方になっているわけですが、「科学者に信を置く」と謂う言い方をしてしまえば、apjさんが指摘されたような、そもそも疑似科学には科学者が提唱した説もたくさんある、ぶっちゃけて謂えば科学者だってピンキリだと謂う部分をカバー出来なくなります。

単なる周回遅れですね。がっかりです。

>ちがやまるさん

ようやく積極的に前に出て具体的な論を語ってくださったと思ったら、既視感溢れる見慣れたロジックのオンパレード。がっかりですね。

finalventさんが博覧強記の知識人であることは認めますが、いい加減、一人の人間が構築可能な論理には限界があると謂う事実をお認めになればいいのにと思います。つまり、自分が考えるようなことはすでに誰かが考えているだろうと考えるマトモな謙虚さが何故ないのか、と謂う話ですが。

と謂うか、それ以前に何故これだけたくさんモノを識っておられて、知識や情報の大切さをよくご存じの方が、批判対象をよく識りもせず情報収集することもなく手ぶらで批判すると謂う粗忽なことを始められたのか理解に苦しみますけれど。

finalventさんがニセ科学批判に批判的になったのは昨日今日の話ではないですよね?

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土) 06:32

私も記憶力に問題あるかも。前に似たような事やってるじゃないですか。私がまだ一枚しか発行していない論宅並みシールが貼られてました。

http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_7a05.html

電磁波の生体に対する影響について、中味の検討をせずに(ちょっと古めの)生体影響の検討に関しては専門ではない人の書いた一般向けの本にもとづいて、問題全体を「偽科学」と呼んだのでした。

今回も、脚気についてご本人の検討のあとはみられず、解説記事の表現で「因果関係の推定」が不十分だとイチャモンをつけたのですが、これは、中味の検討をせずに聞きかじったことを適用してみただけ、という同じことが繰り返されただけであるように見えます。

前に「ニセ者」をどう見破ったらいいかという話の時に、じぶんの判断できる範囲でおかしい事を言う人は要注意、という「親指の法則」があったと思います。私の目から見るとこの方はとんでもない食わせ物に見えてしまうのですが、この場合「親指の法則」は適用できない例なのでしょうか。
むしろ、この方がすばらしい「物事の把握」「見透し」を発揮した場合というのはどういう場合であったかが知りたいと思います。そういう場合をご存じの方はぜひお教えください。

投稿: ちがやまる | 2008年11月22日 (土) 11:20

皆さん、今日は。

今、finalventさんの所の、(apj 2008/11/22 11:21)まで読みました(一人永劫回帰氏がいるので注意)。

さすがにもう、いいのかな、と思いました。一言で言うと、途方も無い。で、腹を立ててもいいような気もするけど、やっぱりそれはしたく無い、というのはあります。

>ちがやまるさん

あ、それは憶えていました。もしかして、上で書かれたのは、そのエントリーの事だったのか…。いや、同じ話題、だと思っていたのでした。

少なくとも、finalventさんが突っ込んだ議論をする際にどういう論の展開をするかは解りました。

>黒猫亭さん

正直、どうする事も出来ないな、と思いました。これでも言葉をすごく選んでるのですけど、いかようにでも解釈するでしょうね。調べもせず、言葉を自分勝手に解釈する方、の論ほど難しいものは無いです。

>apjさん

ゲーム脳も科学者による主張ですものね。それで、恐ろしいくらい普及した。昨日もネットラジオ聞いてたら、その語が出てきたし。

何て言うか、そりゃ無いでしょ、というくらい不誠実だと思いました。

さすがに、水伝が教科書に載った云々の部分に対するapjさんの指摘へのレスは、あれはあり得ない。ひどいものがあります。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 11:46

論への言及は続けます。

▼▼▼引用▼▼▼
 そうした追試こそ、偽科学に溢れているものですよ。
 病理学は機序の解明にあり、疫学はタバコの有害性を明らかにするように統計を用います。
 こういうとお怒りになられるのでないかと懸念するのですが、というか失礼な言い方になるのを懸念するのですが、疫学についてご存じないようにお見受けします。apjさんとはこの話はここまでさせてください(敗北宣言と受け止めてくださってかまいませんよ)。
▲▲引用終了▲▲
(finalvent 2008/11/22 12:05)

「敗北宣言と受け止めてくださってかまいませんよ」←こういう物言いはどうかと思う訳ですが(相手が勝ち負けに拘る人間だと看做している)、それが癖のようですから、言わないと気がすまないのだとして、以降は措いておきましょう。

さて、この部分、私にはよく理解出来ません。apjさんの疫学理解の不足が推測される記述はどこなのだろう。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 12:16

憂鬱亭さんや黒猫亭さんのコメント、また、ひえたろうさんのエントリーを拝見して、皆さんが仰るように、「偽科学」の「偽」に「真実で無い」という意味を持たせたのかなあ、と思いました。今は知りませんけども。

------

ああ、忘れてました(ひえたろうさんのブログを見て思い出した)。

私が書いた、
▼▼▼引用▼▼▼
これ、「何故ニセ科学と言われているか」の説明として見れば、実は不充分です。
▲▲引用終了▲▲
この部分の説明。

ゲーム脳は、主唱者の造語であり、主唱者が実証されたと言っているから。
血液型性格判断は、それが成り立つものだと広く普及していて、生物学的実体的概念と行動傾向との強い結び付きについての論であるから。

つまり、前者は、まず定義がダメ、更には実証的根拠が全く無いのに、「実証した」と主唱者が言っていて、後者は、社会心理学的(あるいは心理統計的)に否定されたにも拘らず科学的と信じられているから、ニセ科学と呼ばれる。

定義が無いからニセ科学、誤った事が判ったからニセ科学、では無い訳です。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 12:31

あー、ひえたろうさんへのレスが上がってました。

▼▼▼引用▼▼▼
ご指摘の件、つまり、「ニセ科学」を私が理解していなかったというのは、まったくそのとおりなので、それはそれにて。
▲▲引用終了▲▲
えー。それが本質的に重要なんだ、と散々言ってきたんだけど…。随分あっさり風味だなあ。

直接に指摘したのが10ヶ月近く前なんだけど…⇒http://d.hatena.ne.jp/dlit/20080130/1201670752#c1201935201

トホホ(死語)。

だーれも、finalventさんがゲーム脳と血液型性格判断の非科学性を理解出来ていないだろう、なんて思ってやしませんがな。多分、「テストを出し返された」と思われたんでしょうな。や、「ニセ科学」について理解しているか、という意味ではテスト的ではありましたが。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 12:42

 謝罪もどきでごまかそうとしたんで、いやそれ謝罪の対象じゃないから、と書き込もうとしたら,コメント欄にうまく入力できない状態になっていたので、自分のトコで名指しで批判しておきました。
謝罪は却下、ソースを出せ、以上。
http://www.cml-office.org/archive/1227360683186.html

投稿: apj | 2008年11月22日 (土) 13:41

さっき、
▼▼▼引用▼▼▼
apjさん、ども。「ところで、敗北宣言と受け取ってもらって結構です、などと無責任な投げ出し方をする」のが未練たらしく見えるようでしたら、すみません、まいりました、apjさんには完敗しました、これにてご勘弁を。
▲▲引用終了▲▲
これを読んで、ちょっと頭が痛くなった所でした。

今からapjさんのエントリーを読もうと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 14:06

>TAKESANさん、apjさん

正直、病理学と疫学云々とか、敗北宣言の辺りの論の展開は真に受ける必要がないのかな、と思います。現段階で判明していることを遡って適用して解釈するならば、今回の「テスト」はそもそもfinalvent 定義の「ぎかがくてきせつめい」の科学的誤りの指摘を設問とした、「ぎかがくひはんしゃ」の科学的資質を問うテストだったはずですよね。

ところが、病理学と疫学云々の話は、結局のところ「百科事典における解説の在り方」みたいなものを巡る話になっています。当時の疫学によって判明した事柄を現代の病理学で説明しているのがおかしいと謂う点に拘っておいでのようですが、それは別段finalvent 定義においても「ぎかがく」とは謂えないんじゃないですかね。

百科事典的な解説においては、別段その解説の記述から遡って論理的にその命題の真偽が検証可能である必要はないはずなんで、それが可能であるべきなのは査読を通った論文だけだろうと謂うことはいろんな方が指摘しておられるわけですが、一切無視しておられるように見えますね。

「信を置く」と謂うことについては、おそらくpoohさんが日頃仰っているような論点と関係してくるのだろうと謂う予想は出来るのですが、論の体を成していないし、それは今回の件とは関係ない、と謂うか、それを論点とする仕掛けとしては破綻しています。もう、今回は最初から仕掛けがダメなんだから素直に撤退すべきですね。

テクストとして実現していない論と謂うものは、少なくとも、現実には「ないもの」として扱うべきなのだし、そもそもご自身がちゃんとわかっておいでなら論に出来るはずで、論じていない以上ご自身でもわかっておいでではないんですよ。

敗北宣言については、これはもう議論の納め方として端的に拙いと謂うだけの話で、相手の論の瑕瑾を仄めかす(疫学をご存じない・自分の論が通じていない)ことで含みを持たせておいて、でもこちらの負けで好いですよ、と議論の継続を放棄すると謂うのは、如何にもfinalvent さんのほうが勝ちを譲ったような印象を演出するわけで、これは仕掛けとして安いなぁ、と謂うしかないです。

つまり、引け時だとはわかっているようですが、引き際が見苦しいんです。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月22日 (土) 15:23

私のコメント中,

・分かりやすいが終わった後→分かりやすい論考が終わった後

・「凄いスピードで游いで会場に飛び出すこと」→「凄いスピードで游いで海上に飛び出すこと」

他にもあると思いますが,失礼しました。

投稿: complex_cat | 2008年11月22日 (土) 16:02

 このタイプの論議において,いつも「そこまで目くじら立てなくても」という反応があります。別に暴力を振るっているわけでもなく,誰かのお金を盗んでいるわけでもありませんが,人をわら人形的な例えで価値下げして自分の価値を上げることで利益を生んでいるそのやり方が目に余れば,別に叩いても変じゃないと思うのですが,ここで冷静を気取る方は,どういう場合なら「怒り」や「義憤」を感じるのか知りたいところです。多分自分に直接的危害が及ばない場合の怒りというのが,余り理解できないのかなと思ったりします。

 私は,それから「大人の達観」的なものはまるで感じられないのが気になっているのです。生徒による自浄作業を諦め,授業が荒れ,友達が潰れていくのを,だってしょうがないじゃないと(実際に何も出来なくてもしょうがなかった場合もあるかと思います。)ひたすらやり過ごしてきた既成事実への脆弱さが,その根本にあるのでなければ,良しいかと思います。ゆとり教育世代は,トンデモ的なイジメをネットでもことある毎に展開されますが,陰湿な虐めという環境が定常化した教育世代の瑕疵はあまり論議されていませんが,私はその負の遺産を大いに気にする者です。

 件のブログは既成事実への反旗という視点で読ませるというレトリックを使っていますが,それは,反骨と言うにはあまりにも,事実への認識に対して不誠実であり,論理的に稚拙であるということが問題の全てです。

 舞台下から竹槍で演技者をつついて,それを囃し立てる一部の観客に媚びては逃走,というような主旨のエントリでなければ宜しいかと思います。

 と書いていたら,件のαwブロガーの方は,実際に逃走モードに入ったようで,その謝罪のところも非常に見苦しいですね。そして,最後まで論考の目的は勝ち負けだと認識している。ガチンコして勝てるつもりで居るところも信じられない認識の甘さでが,彼がエントリで何をしたかったのかは明らかです。ただ,言葉のプロレスで勝った,いろいろな人をドツキ倒したという事実を残したくて,事象についての認識を深めるなどという立ち位置が,最初から欠落しているのが透けて見えます。

投稿: complex_cat | 2008年11月22日 (土) 16:11

>黒猫亭さん

敗北宣言は、多分、自分はどうみられても構わないが議論を切る、という事なんだろうと思います。それが実に恥ずかしい態度だと看做されるのも理解した上なのでしょう。もちろん、それも含めて不誠実な訳ですけれど。

「仄めかす」というのはfinalventメソッドの一つかと思いますが、今回のapjさんとのやり取りでの使用は、あまりにも筋が悪いですね。
率直に言って、apjさんの論に不備や不見識があるなら、それは私も知りたいし、何よりapjさんご本人がそれを望んでおられます。

間違ったら間違ったで、それは修正すれば良いし、もし批判を伴う主張であったなら、謝罪なりを行ってコミュニケーションに臨めば良いのであって、仄めかし、かわす、というのは、果たして何のためだったのか、と。

もちろん、finalventさんの意図は知る由も無いし、興味もそれほど無い訳ですが、何だかなあ、とは思います。

------

>complex_catさん

ありがとうございます。”「そこまで目くじら立てなくても」という反応”という類の反応についても書いておこうかな、と思っていた所でした。

2段落目に関しては、私も色々思う所はあるのですが、きちんとまとめて論ずる事が出来る知識を持ち合わせていないので、保留という事にしたいと思います。

今回、

 >事実への認識に対して不誠実であり

これを強く感じました。言っている事が誤っているとか批判が的外れだという以前に、そもそも「見ていない」。見ていないのに「見えた」かのように論ずるのは何ゆえか、と。

▼▼▼引用▼▼▼
最後まで論考の目的は勝ち負けだと認識している。
▲▲引用終了▲▲
もう一段メタに考えるならば、「そう思わせて」、自身を「過小評価」させ、過小評価した対象をレベルの低い論者と看做す、とも見る事が出来ます。見誤らせた事で、見誤らせる事が出来た自身を高評価する訳です……と、こういう風にメタメタに持っていくと、何でも出来るんですよね。嗚呼不毛。

自分で書いた事ですが、自戒するという意味でも、再びこれを上げておきます⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_dc0f.html

------

※基本的に私は、対象が何を意図して主張したか、とか、どういう心情だったか、という部分には、あまり触れないようにしています。

投稿: TAKESAN | 2008年11月22日 (土) 20:21

http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081117/1226930161
「中間的まとめ」というのが追加されました。

科学の議論として、finalventさんの主張がどうか、書かれてある内容は妥当か、という所で、もし何かお考えがありましたら、ご意見を頂ければ、と思います。

※わがままで申し訳ありませんが、お願い
finalventさんの「ニセ科学」理解については、取り敢えずは措いておきましょう。今も「偽科学」を用いていますが、それが「ニセ科学」と異なるというのは理解されたと考えて良いでしょうから、それはひとまずそのままにしましょう。

あくまで科学の論としてどうか、というのを主題とするという事で。

議論についてかなり不誠実な方だというのは判ったので、それについては、この文脈では、これ以上触れないようにしようと思います。仮にfinalventさんがこの段落の文章を目にして何か書く事があっても、放っておくとしましょう。

---

では、何かご意見がありましたら、こちらをお使い下さい。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 12:02

ああそうだ。一つだけ。私の事ならともかく、他の皆さんにまでこういう物言いをするのはダメなんで。

▼▼▼引用▼▼▼
「ttp://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-86d2.html」のコメント欄に集うみなさんのように、「ただ、finalventがバーカだからだよ」ということで、「普通はわかるよ、常考」ということかもしれない。
▲▲引用終了▲▲
(※リンクになるのを避けるため、hをはずしました)
あのですね。finalventさんがバカかどうかなんて、どうでもいいんですよ。バカか否かには関係無く、きちんと調べてものを言っているかどうか、という所が問題にされた訳なんで。解っててわざと書いてるのか、本気でそう言われたと思い込んでるのか知りませんけど、思い込みの激しさはなんとかした方がいいです。少なくともニセ科学論の文脈に関してはね。

知らないのに「知っているかのごとく」振舞った、という事実がある訳だから。て言うか、それも含めて前に訊いたのになあ…。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 12:18

感想です。apjさんが、私などから見るともっと踏み込んでいいと思えるところでも、自分の知らないことは知らないとはっきり述べて踏みとどまっておられたところが立派でした(本人は当然の事というでしょうけれども)。相手はそれに対して、より「病理学」や「疫学」を知っていることを匂わすポジションをとっていたわけですが、それはもっと知っている人から見れば愚かに見えていたのではないかと思います。

私は「テスト」として呈示されたものが「科学」と「それ以外の何か」を判定するようなものではないであろう、判定できると考えるのはどこかに誤りがあるためだろう、提出した本人にとっても又提出した以上は関わった他人に対しても課題をきちんと扱わないでごまかすような態度をとるのはいいことではないだろう、そういう態度をとる人はまともな論者とは見ることができない、という線でとらえていました。結局まともな論者ではなかろう、というところで落ち着いたわけです。

多くの皆さんが判断しておられるとおりに、もとの Wikipedia の記述ではすでに脚気がビタミンB1欠乏症であることは述べてあり、問題の箇所では精米がなぜ発症につながるかを読者に伝えようとしていたと私も考えます。

blog界の反応には、路上のいさかいを見ていきさつを考慮せずに両成敗とか判断してしまうようなタイプの感想も出てますね。はじめに呈示した部分を考え直さずに、頭は下げますからお引き取りください、という言い方をしたのも、そういうblog界の反応をねらったものなのではないか、とまで考えるのはひねくれた見方かもしれませんが。

投稿: ちがやまる | 2008年11月24日 (月) 13:06

>TAKESANさん

オレの「科学的資質」なんてのは知れたモンですが、その前提で意見を言うと、科学の論としてはダメで、問題提起としてはギリギリ「あり」ですかね。

>>「ペニシリンをきっかとする抗生物質によって結核が治癒されることで、社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」

これは、finalvent さんの

>>疫学的な対象としてみると、社会が結核を克服したといえるレベルにまで抑制した要因は、栄養の向上です。

と謂う主張と対立はしないはずなんですね。何故ならば、「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」と謂うくだりは、一義的且つ厳密に何かを語る言葉ではなく、割合緩い説明だからです。finalvent さんの説明が真であってウィキの記述が偽である為には、前者が後者を排除して疫学的に正しい必要がありますが、そう謂う関係性にはないと思います。

何故なら、結核が治癒不能の不治の病であった時代には、罹患者を確実に隔離する以外に社会的な蔓延を阻止する手段はなかったわけで、それは必ずしも効果的な蔓延対策ではなかったはずです。罹患者を確実に隔離する、と謂うのは、普通に考えてかなり困難だからですね。歴史的な観点を採り入れて考えれば、結核が猖獗を窮めていた時代に結核罹患者を網羅的に洗い出して確実に隔離することなんて、まず不可能だったでしょう。

他方では、伝染病を治療すると謂うことは、社会全体の罹患率の低減に対してかなり強い効果を持っているはずなので、栄養の向上と対になる形で確実な治癒法の確立は有効な抑制要因となったはずですね。

別の観点で謂えば、栄養の向上と謂うのは社会的・経済的な要因が大きいですから、その当時の栄養状態が悪かったのは、たまたまそう謂う社会状況だったと謂う言い方が出来ます。これはつまり、国民の食生活が恵まれている時代には結核の流行は抑制され、そうではない時代には蔓延すると謂うことで、たまたま栄養が向上した時代があったとしても、それに続いて栄養が不足する時代が到来すればやっぱり蔓延すると謂うことになります。これは、「結核が社会的に克服された」状況だとは謂えないでしょう。

一方、抗生物質はそれが開発されるまでは存在するはずがないもので、開発された後はずっと存在し続けるものです。時代時代における社会・経済状況に左右されずに結核を治癒することが可能なわけで(結核菌株の変異とかを無視した原則論ですが)、たまたま栄養状態が悪い時代が到来しても、効果的に蔓延を抑制することが可能なわけです。

こう謂う観点で謂えば、栄養の向上と謂うのは相対的な社会状況の記述にすぎず、結核を社会的に克服する最終的な決め手になったのは抗生物質の開発だったと謂う言い方は幾らでも出来ると思うんですね。

で、こう謂う解釈が可能なのは、「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」と謂う説明が、命題としてはかなり緩い説明だからなんですね。このレベルの説明において、finalvent さんが仰るレベルの真偽を判定すると謂うのはかなり困難なはずで、土台「科学的な」真偽の尺度で量ること自体が見当外れと謂えるでしょう。

結核が抗生物質によって治癒可能となったことと栄養の向上と謂うのは、「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」ことの理由附けとしては並列的なレベルで同時に正しいと謂えると思います。なので、並列的に真である複数の理由を網羅的に語っていないと謂う批判は在り得ても、それはテクストの解釈レベルの問題にすぎなくて、論理的に偽であると謂う言い方は出来ないと思います。

そして、遡って謂えば、このレベルの説明を例に採って厳密な真偽判定を設問として設け、抗生物質の開発を偽として、栄養の向上を真とするfinalvent さんの科学認識と謂うのは、ちょっと何処かに穴があるわけで、だからNATROM先生に「何処が間違っているんだ?」とツッコミを入れられたりするわけです。

ただまあ、科学に関する説明において、そのような観点で言説を検証する姿勢は必要だと謂う問題提起としては、ギリギリ「あり」でしょう。ただし、その問題提起においてご自身の科学認識をも問われてしまう、と謂う註釈は附きますけれど。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月24日 (月) 13:08

ああそれから、

>>のコメント欄に集うみなさん

と一括りにされたので、オレにも一言くらい言う権利はあると思いますが(笑)、オレはfinalvent さんが「バーカ」だと謂う意味のことを申し上げた覚えは一度もないし、それを根拠にして何かを言った覚えもないんですけどね。逆に、口を極めて論者としての資質を肯定的に語ったはずなんですが、もしもそれが「褒め殺し」に感じられたのだとしたら窮めて残念です。

この辺、超有名なアルファブロガーであるが故に、常に一対多の多正面闘争の形で言論を語らざるを得ない方の言論姿勢の弊害と謂うところでしょうか。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月24日 (月) 13:18

こんにちは。

>ちがやまる さん
>相手はそれに対して、より「病理学」や「疫学」を知っていることを匂わすポジションをとっていたわけですが、それはもっと知っている人から見れば愚かに見えていたのではないかと思います。

医学博士でもあるapjさんに対して、よくやるなぁと…。

>黒猫亭 さん
結核の話も結局「後出しジャンケン」ですし。

投稿: エディ | 2008年11月24日 (月) 13:39

結核菌は好酸菌といわれるグループに含まれていて(細胞壁の性質が違うので)ペニシリンは効きませんよ、というような話をどこかで仕入れてきているのでしょう。(北極海の氷が融けても海水は上昇しませんよ、というのに似てますね。北極の氷、と言ってグリーランドなどまで想像させてはいけない、という。)
栄養や生活環境の変化で押さえ込まれた、という解釈も少し古くなっていて、経済的に恵まれた国でもそうでない国でも、患者さんを同定してがっちり抗菌カクテルを服用していただくようフォローすることが基本になっているようです。

投稿: ちがやまる | 2008年11月24日 (月) 13:59

 ウィキの記述という意味だとマラリアのほうがわかりやすいかな、と思いました。
地球温暖化危機論などは、蚊の生態から「温度があがるとマラリアが蔓延する!」という根拠だけで報道があおられる場合が多いのですが「日本より平均気温高い国で蔓延してないよ!」「北海道でも過去蔓延していたよ!」ていう疑問に対しては疫学的視点をとれば、それは「生活環境の向上も大きな理由だよ」(例えば 網戸の普及、住宅の改善、道路の整備)という説明が出しやすいなとは思いました。実際そのように主張される方もいらっしゃいます。もちろん前者もまちがいではないです。でも前者ばっかり報道でいわれるのはバランスが悪いなあと思います。
 
 ちょっと自分のなかで「問い」ができたのと、別だった知識がつながった部分があるので、その点はお礼を言いたいです。

投稿: 安原 | 2008年11月24日 (月) 14:11

エディさん、安原さん、今日は。

ありがとうございます。そのまま続けて頂いて結構ですので、よろしくです>皆さん

すいません、結核の話に関しては、知識をあまり持ち合わせていませんので、私はそこに関しては勉強させてもらう立場になりたいと思います。

ちがやまるさんが仰るapjさんの姿勢についての言及、私もその通りに思います。
自身の知識の程度を正確に把握して、不足があればそれを補っていく、というのが、健全な懐疑主義的精神であり、クリティカルな思考(自分自身をも批判対象とする)なのだと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 14:32

あ、そうだ。

>ちがやまるさん

▼▼▼引用▼▼▼
blog界の反応には、路上のいさかいを見ていきさつを考慮せずに両成敗とか判断してしまうようなタイプの感想も出てますね。
▲▲引用終了▲▲
その種の反応、私もいくつか見ました。
大変に困る反応であり、よく見られるものでもありますね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 14:36

図書館いって調べてきました。
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軍医総監督高木兼寛の脚気撲滅号令は海軍衛生部内に鳴り響き、うっかり「脚気…」とでもいおうものなら、担当医はつるし上げでもでも食うと思ったのか、軽症脚気からくる障害は「脚気」とせず、末梢神経疾患、局部性リュウマチ、巨部水脈腺症、心悸亢進、神経衰弱、胃カタル、胃痙攣などの置き換えたのではないかという。その証拠に高木が晩年になって威光が消えてくるとふたたび海軍の傷病者統計から脚気は増えたきた。この話は某大学の内部資料に基づくもので公表されていないが、もともと高木兼寛を批判するものではなく、むしろその功績を高く評価する経緯に一端を紹介したものとみられている。P115
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「海軍料理おもしろ事典」高森直史

 この著者は佐伯栄養学校卒(高木とゆかりがあります)、海自出身、防衛大学校の教官を務めた人です。森のことはちゃんと批判してますね。レシピをみてると、副食の現金支給をやめたことと、私は海軍ってグルメという認識だったので、そこが合わなかったんですよ。「麦飯」もあるんでしょうが、ちゃんとしたもの食べてたんじゃないかなあという気がします。

 まずいまずいを文句いってる兵隊さんに苦労されている高木先生の苦労がわかる楽しい本でした。
 

投稿: 安原 | 2008年11月24日 (月) 16:48

むむむ。測定バイアス(ある条件のもとでだけ診断基準が異なっていた)の可能性があるとすると、それがどの程度影響したか(罹患者や脚気による死亡者が減ったというのに影響しなかったのか)を検討する必要が出てきます。医学史っていうのはそういうところを押さえられる史料が無いことにはどうにもならないので大変ですよね。

だからこそ、そういう題材にもとづいていい加減な言辞を弄する人がいるのは困ったことだと思います。

投稿: ちがやまる | 2008年11月24日 (月) 17:17

 ちがやまる様

>押さえられる史料が無いことにはどうにもならないので大変ですよね。
 そうなんですよねえ。自らの組織にあまり都合のよい話じゃないからウソじゃない可能性は高いかなあとは思うんですけど。

 ちなみに佐伯先生は七分つき米すすめた人です。

 あと食育の議事録を調べてみたんですけど…。
食育推進会議議事録
http://www8.cao.go.jp/syokuiku/more/conference/conference/2nd/pdf/kaigi2.pdf
小泉総理の言説
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小泉 私は前からこの食育、食生活の重要性を指摘してきたんです。聞くところによると、食育というのは明治時代からあった言葉だそうですね。戦後は知育、徳育、体育、3つになっちゃったいましたが、食育はすべての基本だと思っています。(略)

吉村昭氏の小説に「白い航跡」とあるんですよ。これは明治の陸軍軍医だった森鴎外氏は作家で有名ですけれども陸軍の軍医だった。陸軍の軍医には脚気が多かった。どうして、イギリスの兵士は脚気がなくて、日本の陸軍には脚気が多いのか。これは細菌か食生活か争ったのが、森鴎外氏と陸軍の軍医と海軍の軍医高木兼寛、慈恵医大の創設者。当時の陸軍の方が権威があったから負けちゃった。長い実験の結果、これは細菌じゃないんだ食生活だ。食生活を改善して脚気が発生しなかった。後になってわかるんですね。これが日露戦争の勝利に導いた隠れた大きな原因と言われてるぐらい。あの白い航跡の本を読むとよくわかるんですよ。森鴎外が陸軍軍医、慈恵医大の創設者の高木兼寛が海軍の軍医。ノーベル賞をやってもいいぐらいだよ、高木兼寛というのは。それほど食生活というのは大事なんですよね。
だから、これは昔も今も食生活の重要性は変わらないと思いますのでお互いみんな健康になるためにも、どうか国民運動を進めていっていただきたいと思います。
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 これで、どうのってわけじゃないんですけど、モダンな海軍がなぜプレモダンな空気漂う場合が多い「食育」現場の話しのなかで出てくるんだろう…という違和感があったんですよ…。

投稿: 安原 | 2008年11月24日 (月) 17:38

ストレプトマイシンじゃなくてペニシリンって書いてあるのは,単に間違っただけみたいですね (やっぱり書く前に調べないんだ,という印象が強まった).
「抗生物質で結核が克服された」ってのは別に間違ってはいないですよね.もちろん栄養状態も重要だろうけど,別に排他的じゃない.抗生物質の効果だって疫学的に示せるんじゃないですか?
日本では疫学研究は軽視されているらしいけど,疫学大事だよね,っていうことを言いたいのだとすると,それには賛同するのですけど,話の持っていき方がおかしいですよね.

これと関連するニセ科学関連の話だと,「作用機序が解明されていないことを理由に漢方薬をニセ科学と呼ぶ人がいたら,その人は間違ってる」っていうのが度々出てきているはずで,これも FAQ のどこかに入れるべきかなぁ.

投稿: たかぎF | 2008年11月24日 (月) 18:37

たかぎFさん、今晩は。

>皆さん

むう、なかなか難しいですね。難しいという所も含めて理解する、というのも大事でしょうけれど。

>たかぎFさん

コメント欄で説明されていましたね<ペニシリンの記述

▼▼▼引用▼▼▼
疫学大事だよね,っていうことを言いたいのだとすると
▲▲引用終了▲▲
うーん、そうなのかなあ。だとすると、やっぱりめちゃくちゃ誤解されてますよねえ…。疫学の重視って、よく出る話な訳ですし。まだ、何が主張したいのか掴みきれていない所があります。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 18:55

▼▼▼引用▼▼▼
「ttp://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-86d2.html」のコメント欄に集うみなさんのように、「ただ、finalventがバーカだからだよ」ということで、「普通はわかるよ、常考」ということかもしれない。
▲▲引用終了▲▲

このコメントは見落としていたので、今更ですが反応します。
このコメント欄でfinalventさんの個人について揶揄するようなことを書いたのは、私一人なので、同じコメント欄に書き込んでいる方々まで十把ひとからげにしてはダメですね。
他の方々は、建設的な議論にしようと真摯に対応されていたわけで、私は横からちょっとちゃかすようなことを書いただけです。
(自分のブログではネタにしてしまいましたが。)
同じブログに出入りするからと言って、何か派閥のようなものが存在するかのように妄想するのは止めてもらいたいものです。
まあ、ニセ科学批判が一枚岩であるかのような捉え方をするのはニセ科学批判批判ではよくあることですから、典型的な反応ではありますね。
それに、「バカ」と書いたわけではなく「トンチンカン」と書いたのであって、勝手にニュアンスをねじ曲げて印象操作されちゃ困ります。

>blog界の反応には、路上のいさかいを見ていきさつを考慮せずに両成敗とか判断してしまうようなタイプの感想も出てますね。

「妖怪どっちもどっち」ですね。
はてな界隈でよく出没するという。

(参考)
http://d.hatena.ne.jp/zarudora/20080621/1214061028

http://d.hatena.ne.jp/hokusyu/20080828/p1

投稿: a-gemini | 2008年11月24日 (月) 19:29

えっと、finalventさんの主張は、
▼▼▼引用▼▼▼
「ペニシリンをきっかとする抗生物質によって結核が治癒されることで、社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」(原文ママ)
▲▲引用終了▲▲
これは科学的に誤り、というものですよね。

まず思うんですが、この文章を科学的な命題として見て真偽を判定する、という事自体に無理があったりはしませんかね? 「されることで」が因果関係を示す、という話で、それが科学的に正しいか否か、というのを言いたかったのでしょうか。

あ、最初に書かれていたのは、
▼▼▼引用▼▼▼
結核を社会的に克服したといえる水準まで抑えたのはペニシリンをきっかけとする抗生物質か?
▲▲引用終了▲▲
これですね。

たかぎFさんも言われるように、別に排他的な関係にある訳では無いと思うんですが、どうなんでしょう。

ここら辺が参考図書になるのかな⇒http://www.nankodo.co.jp/wasyo/search/syo_syosai.asp?T_PRODUCTNO=2239721

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 19:30

a-geminiさん、今晩は。

一括りにするのはなあ、とは思いますね。それ以前に、a-geminiさんのコメントが、それほど揶揄するように見えるかなあ、とも感じます。

妖怪どっちもどっち、というのは言い得て妙ですね。後、「そんなに責めてやるなよ」とか、「詰問が強過ぎて引く」的な評価もありましたけど。そういう評価は、流れをきちんと追ってからでも遅くは無いと思うんですけどね。

------

結核についてちょいと調べたら、英国の研究者の疫学調査によって、ストレプトマイシン使用以前から結核患者が減っていた事が判明した、的な話を見つけました。そこら辺がミソなのかな。

それと、「結核を社会的に克服」という部分か。医学・医療的には、それはどういう風に評価されるんでしょうね。何か指標的なものがあるのでしょうか(「○○を社会的に克服」と言った場合に、医学・医療関係者に共通了解があるのか、という事。つまり、外部からは定性的な判断のように見えても、実は内部の人間にとっては定量的な表現と取れる、とか)。とすれば、定量的に話がしやすいのかな、とも思いますけれど。

やはり、知識不足の私にとっては、パズルのピースが少な過ぎるような感覚です。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 20:15

「ストレプトマイシン使用以前から結核患者が減っていた事が判明した、的な話」
それで安心していたら、西欧でも日本でも患者数が増えたり増えそうになったりしてしまった、というのですね。
それで今日の13:59ころの私の書き込みにつながって今は「患者さんを同定してがっちり抗菌カクテルを服用していただくようフォローすることが基本になっているようです。」
てことで。

投稿: ちがやまる | 2008年11月24日 (月) 20:33

>TAKESANさん

>>たかぎFさんも言われるように、別に排他的な関係にある訳では無いと思うんですが、どうなんでしょう。

上のほうで語った通り、「ない」と思います。真・偽を問うからには、互いに排他的な関係にある必要がありますが、そうではないんだから、一方を真として他方を偽とすると謂う判定の仕方自体出来ないはずなんですが。

たとえば、今回のテストのように、或る科学に関する言説における科学的な誤りを指摘してごらんなさい、と謂う形の論題と謂うのは、たしかNATROM先生やTAKESANさんもエントリを上げられたことがありますよね。

これは別段、それによって特定の考え方や特定の人々の科学認識の程度を批判する目的で設けられた設問ではなく、そう謂う思考訓練は大事だよね、だからちょっと考えてみましょう、勿論出題者のほうが勘違いしていたら、そっちのほうの指摘もよろしく的な動機で行われるわけです。

それに比べると、fnalventさんの認識における科学的誤りと謂うのは、何処か妙な穴がある。穴があるにも関わらず、或る考え方や特定の論者の科学的資質それ自体をガチンコで批判する目的でそう謂う論題を試みるから、「あなたの科学的資質のほうこそ変ではないですか」と謂う話になる。

病理学と疫学の関係についても、たしかにそう謂う考え方自体は必要なんですが、必要だからこそニセ科学批判の言論においてはそう謂う部分も押さえられているのだし、チェック機能もあるわけです。寧ろ具体的な論考の実践においては、finalventさんの認識のほうが誤っているわけですね。

これはつまり、finalventさんがこの種の科学に関する言説を目にして「このテクストでは疫学的観点が押さえられていない」と判断されても、その判断が間違っている可能性を示唆しているわけです。

finalventさんがニセ科学批判者に対して批判的である理由が「本当に」こう謂うものであるなら、それはご自身の科学認識の未熟さや誤解に基づいた認識だと謂うことになりますし、その指摘に対して有効な反論が不能であれば、ではfinalventさんは今後ニセ科学批判者に対する批判を撤回されるのですか、と謂う話になります。

実はそうではなく、別の理由があるのだとしても、今回こう謂う形で言い切ってしまったのですから、ではあのときにそう仰ったのは嘘だったんですか、と謂う話になります。要するに、今回こう謂う下手を打ってしまった為に、将来的にもどうにも足掻きが附かなくなってしまったわけです。

どうもですね、つくづく今回のニセ科学批判批判のやり方は、アクションとしてまずかったんじゃないかと思う次第です。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月24日 (月) 22:50

>ちがやまるさん

そこら辺の経緯もきちんと踏まえた上で先のコメントを書かれた、という事ですよね。

で、finalventさんの主張は、「結核を社会的に克服」という現象が抗生物質によるものである、というのが「偽科学」というものですよね。つまり、その命題は「科学的(疫学的)に間違いである」と。

それで、そこまで言い切るという事は、「結核を社会的に克服」という命題が即医学・医療関係者にはどういう内容か、ズレが少なく認識されるものであって、かつ、それの原因が抗生物質では無い事が疫学的に明らかである、というのが言えなくてはならない訳ですよね。

だから、その主張が科学的に妥当であるか、というのがポイントになるのだと思いますが、知識に不足がある自分としては、現在考察出来るのはここまでですね。

------

>黒猫亭さん

具体的に考えてみるならば、論点を疫学に絞り、「疫学的=科学的」とするならば(これは妥当な前提かと思います)、完全に排他的な関係で無くとも、ある程度の事は言えるかと思います。つまり、ある感染症が激減したのは何に因るものなのか、という疫学的問題。つまりfinalventさんは、感染症に効果のある抗生物質がある事と感染症の減少というのは別の問題として考察する必要がある、というのを言いたかったんだと思います。社会総体として見た場合に何が効いたかは、疫学的に考えなくてはならない訳ですね。

ですから、そういう論点であれば、一応は、「抗生物質によるものでは無い」という主張は可能なのだとは思います。ただそれは、「社会的に克服」という論理がどういうものなのか、という部分にも関わってくると考えられるので、今の所、自分には妥当性は判断出来ないです(従って、finalventさんの科学的認識が妥当かも判断出来ない)。

それで、finalventさんは、この問いを、科学的資質を試すテストと絡めて出した訳ですよね。私としては、それが腑に落ちないんですよね。そもそも、知識にとても依存する話なので。解らない(知らない)ものは解らない(知らない)となる。

初めから、もっと一般論的な話として出していれば良かったのかもですが、ものすごく仄めかすかたちなのにめちゃくちゃ具体的な問題を出しておいて、「科学的資質」を試すテスト(脚気の問題)としたんですよね。

ニセ科学批判の文脈では、知らない事は知らないとい言うのが普通で、分野が異なれば容易に理解出来ないというのも共通了解ですよね。だからこそ、各分野でスタンダードな方法というのを考える必要があるし、命題によって考察の仕方が変わる。私がよく言う、「気」と言っただけではニセ科学とは言えない、という話や、「鍼治療=ニセ科学」と一般的に言う事は出来ない、というのはそこら辺を踏まえている訳で。

そこら辺を考えてもらえてはいないんだろうなあ、とは思います。

投稿: TAKESAN | 2008年11月24日 (月) 23:58

もうちょい整理しましょう。

finalventさん曰く、
▼▼▼引用▼▼▼
「ペニシリンをきっかとする抗生物質によって結核が治癒されることで、社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」(原文ママ)
▲▲引用終了▲▲
この命題は、科学的に誤っている。

これが言えるためには、

・抗生物質とは何か。
・結核とは何か。
・治癒とは何か。
・「社会の結核は(略)抑制された」とはどういう意味か。

というのが明らかである必要があります。

この内、初めの3つは、医学的に明快に判断出来るものであろうと思います。で、ポイントは、最後の文、

 ・社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された

これは科学的命題と言えるのか、という所。別にABO FANさんじゃ無いですが、これが、「これだけの文」で、知識ある人にミスリーティング無く、科学的命題として読み取られるのかどうか、というのが重要だと思う訳です。

要するに、この文章がそもそも多義的に捉えられる可能性があるものならば、出題の不備、という事になりますよね。

一言で言うと、出題者と解答者にコンセンサスが得られるような問題文になっているか、という事だと思います。

------

ここら辺のコンテクストを念頭に置いていたから、ゲーム脳がレベル低過ぎ、と書いたのかな?
でも、血液型性格判断は、この問題と構造が似ている気もするんですが、どうなんでしょうね。よく解らんです。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 00:10

>TAKESANさん

>>つまりfinalvent さんは、感染症に効果のある抗生物質がある事と感染症の減少というのは別の問題として考察する必要がある、というのを言いたかったんだと思います。

オレの理解が正しいかどうかはわかりませんが、おそらくfinalvent さんのご主張と謂うのは、もう少しメタ寄りなのだろうと思います。

結核の例で仰っているのは、罹患率の減少に関しては疫学的に考えるのが科学的だと謂うご主張と謂うよりは、罹患率の減少と謂うのは疫学的な事実であるのに対して、抗生物質の開発と謂うのは「結核が治癒可能になった」と謂う事実を示すだけで、それを罹患率の減少の理由として挙げるのは疫学的な説明とは謂えない、したがってこの説明は論理的に整合していないから偽(真の対置としての)である、と謂うコンテクストに依存する内容を仰っているのだと思います。

この主張が正しい為には、抗生物質の出現と罹患率の減少の間には合理的な説明が成立しないことが必要になります。栄養の向上のほうがより正しい、が根拠ではないんですね、抗生物質の出現は罹患率の減少を合理的に説明し得ないと謂うことが根拠として必要とされるわけです。で、finalvent さんが仰っているのは、そこが整合していないことこそが科学的な誤りなのだ、と謂う意味に受け取りました。

なので、finalvent さんのご主張の妥当性は、「社会の結核は克服された」と謂う言明が何を意味するのか、と謂う部分の解釈に一義的に関係してくるわけですね。そう謂う意味で、実はこの例題を考えるのは、結核に関する知識があるかないかとは割合関係が薄いんではないかとオレは考えています。TAKESAN さんよりも全然結核に関する知識のないオレがこの問題を語っているのは、そう謂う理由ですね。

たとえば、「ペニシリンをきっかけとする」と謂うのはストレプトマイシンの間違いだろうと謂うご指摘も、その具体的な知識の正誤が設問の狙いではないと思うんですね。文脈的には、finalvent さんが仰る通りで、「〜をきっか(け)とする抗生物質」と謂うことですから、ペニシリンの発見が抗生物質開発の端緒となったと謂う意味で、主語はストレプトマイシンを含む「抗生物質」でいいんだと思います。その説明として舌足らずなだけで(笑)。

ここでfinalvent さんが問い掛けているのは、「抗生物質によって」「克服された」と謂うのは合理的説明としては論理的に成立しないだろうと謂うことなんですから、言明それ自体を論理的命題としてメタに解釈すべきなんだろうと思います。さらに謂えば、その認識の当否は「社会の結核は克服された」と謂うのが疫学的な文脈の説明だと謂う認識が正しいかどうかにも依存します。

それはすなわち、一回転して「抗生物質によって」「社会の結核は克服された」と謂うストーリーが合理的に説明可能であれば、その説明が疫学的説明であろうがなかろうがその弁別を超越してfinalvent さんのご主張は崩れると謂うことです。つまるところ、finalvent さんは抗生物質の登場が社会の結核の克服と謂う結果に論理的に帰結しないことを根拠にして病理学と疫学の問題を持ち出されたわけですから。

finalvent さんのご主張が正しい為には、「社会の結核は克服された」と謂う至極曖昧な言明をもたらしたのは栄養の向上であると謂う説明が、抗生物質の開発によるものだと謂う説明を排除して一義的に正しい必要があるわけです。これは、事実としてどうであるかではなくて、説明として合理的に成立しているかどうかの問題だと思います。

それが成立するのであれば、抗生物質が結核を治療可能である病理学や薬理学における作用機序と謂うのは「一切関係ない」わけで、重要なのは「抗生物質は結核を治療可能である」と謂う「事実それ自体」でしかありません。なので、この文脈で抗生物質を持ち出すのは病理学と疫学を混同していると謂うご指摘自体が間違っていると謂えてしまうわけです。

そして、オレが何だか締まりがないなと思うのは、言説の整合的な論理の妥当性を厳密に問う設問と謂うものは、一字一句を揺るがせにしないテクストの論理的設計が至極大切なのに、タイポだらけの曖昧なテクストを論理的命題として提示してしまう脇の甘さですね。こう謂うゆるゆるの言明なら、何とでも説明が附いてしまうんですよ。

>>でも、血液型性格判断は、この問題と構造が似ている気もするんですが、どうなんでしょうね。よく解らんです。

似ていると思います。具体的な科学的事実の問題ではなく、もっと包括的で普遍的な論理性の問題として批判内容が破綻していると謂う意味で。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月25日 (火) 01:49

ちょっと補足しますと、finalvent さんのニセ科学批判者批判と謂うのは「あんたらは物識らずだ」と謂う性格のものではないんだと思います。博覧強記的に物を識っていると謂う意味では、finalvent さんには絶大な自信がおありでしょうし、それには根拠があるわけですから、そこは問題ではないんですね。他人がご自分より物を識らないのは或る程度当たり前だと思っておられるでしょうから。

そうではなくて、「あんたらの物の考え方は論理的乃至科学的ではないだろう」と謂うのが批判の核心だと思うんですよ。なので、finalvent さんが提示された設問に関して物を識らないとか、其処に提示されている以上の情報を持っていないと謂うのは問題ではないんです。おそらく、その部分に関しては親切に必要な情報を提示しておられると思うんですね。

なので、この設問に答える為には、設問それ自体のテクストの範疇で考えても一向に差し支えはないはずなんです。たとえば、結核の例で謂えば「ペニシリンをきっかけとする」ではなく「ペニシリンによって」と間違って書いてあったとしても、そこは問題ではないんです。この設問の眼目は、「抗生物質によって結核が治癒可能になった」ことと「罹患率の減少」は論理的に繋がらないだろう、それは説明として科学的に間違っていると謂うことなんじゃないか、と謂うご指摘が設問のキモなのだとオレは受け取っています。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月25日 (火) 02:11

私としては、「時間」の問題が重要かと思っています。

つまり、「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」というのを定量的に判断出来る命題と看做せるならば、それが達成された時点というのは言う事は出来る訳ですね。
そうすると、その時点を基準として、どの因子が「結核の抑制」に強く効いていたか、というのは、後からの疫学的研究で可能になるのだろうと思います。

ですから、私が思うポイントとしては、「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」という言明が「科学的命題」とすんなり専門家に認められるものなのか、という所なのではないかな、と。

シンプルに捉えるなら、、「社会の結核は抗生物質”によって”事実上克服されたと言って良いレベルまで抑制された」というのは疫学的命題として曖昧さを排して捉えられるか、捉えられるとしたら、その命題は正しいか否か、となろうかと思います。

私としては、この話題に関して現時点では、finalventさんの主張は破綻している、とまでは言い切れないだろうと考えています。

結局、疫学の文脈に従って考察するのがポイントですね。ある集団についての言及を含むので、それは統計的、あるいは疫学的論理でありますから、その文脈に則ってfinalventさんの主張が妥当か、という部分を見ていくのが肝要かな、と。

------

▼▼▼引用▼▼▼
「抗生物質によって結核が治癒可能になった」ことと「罹患率の減少」は論理的に繋がらないだろう
▲▲引用終了▲▲
いや、それを論理的に繋ぐ事が疫学的に可能なのか、というのが意図なのではないかと。ですから、finalventさんがどういった資料(データ)に基づいてものを言っているか、という「具体的」な部分がとても重要だと思います。

ですので、私としては、たかぎFさんの仰る、
▼▼▼引用▼▼▼
「抗生物質で結核が克服された」ってのは別に間違ってはいないですよね.もちろん栄養状態も重要だろうけど,別に排他的じゃない.抗生物質の効果だって疫学的に示せるんじゃないですか?
▲▲引用終了▲▲
ここが重要だと考えます。

つまり、

抗生物質の効果と栄養状態の改善は排他的関係では無く、抗生物質の効果は疫学的に評価可能である。従って、抗生物質が結核の克服に大きく役立った訳では無い、というのが疫学的に示されなければ、finalventさんの見解は妥当では無い。

となるかと。ですからポイントは、「結核は、○○によって事実上克服されたと言っていいレベルまで抑制された。(finalventさんのコメントを借りつつ構成)」という言明が疫学的に可能であるか、可能であるとしたらその言明は妥当か、という所だと考えます。

で、これ以上は、私は知識不足で今の所は考察出来ない、という訳ですね。

------

ちょっと意見が割れましたね。今後も、finalventさんの説明を見ていきながら、丁寧に考えていきましょう。

て言うか、finalventさんは説明不足過ぎなんですよ(本音)。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 02:43

もうちょい説明。

医学の知識に疎い私にとっては、
▼▼▼引用▼▼▼
「社会の結核は事実上克服されたといいレベルまで抑制された」
▲▲引用終了▲▲
この文章は、定性的な主張にしか見えない訳ですね。
しかし、もしかするとこれは、医学・医療関係者が見れば、即座に定量的な論理として解釈され得るものかも知れない、とも考えたのです。つまり、知識を持つ者向けの経済的表現の可能性がある、と。

ですから、「疫学的にこのような言明は可能なのか?」という部分に拘っているのですね。もし可能であれば、後は、具体的な根拠(エビデンス)に基づいた議論にならざるを得ないし、不可能なら、そもそも出題の不備と言える。

そこら辺がポイントだと思っています。
一応、現時点での自分に考察出来るのはここまでが限界で、もしこれ以上踏み込むなら、具体的な知識に関して勉強しなくてはならないです。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 02:53

話が続いているようだな、と思ったら元記事が未練たらしく態勢のたてなおしを図っているんですね。自分の書いたことを仕切り直せないなら、apjさんに謝ったのは何を謝っていたのでしょうか。

疫学と病理学の関係とか、たばこによる発がんメカニスムは証明されていないというような表現とか、あるいは罹患率の減少が「疫学的現象」であるとか、ものごとの把握がいい加減に見える箇所がまだたくさんありますが、これからもあとづけで修正されていくんでしょうね。皆さんが博覧強記とおっしゃることの舞台裏を見てしまったような気分です。

投稿: ちがやまる | 2008年11月25日 (火) 03:38

「finalventさんは説明不足過ぎなんですよ(本音)。」
ていうか、見通しを持たないで書いてるだけじゃないでしょうか。kikulogの怠慢論でもずい分言われたように、原因はふつう多層的複合的なものでしょう。
結核対策の現状については財団法人結核予防会のページ http://www.jata.or.jp/ あたりから見ていくやりかたもあるでしょう。
http://www.jata.or.jp/rit/rj/gtc99.html
とか。

投稿: ちがやまる | 2008年11月25日 (火) 09:44

ちがやまるさん、今日は。

ああ、そっか。
そうです。元記事にどんどん追記されていくので、それを追いながら見ていっている、という感じです。それが読まれている事を前提としてしまっていました。

うーむ。
やはり、私自身が知識不足のために、どうしても理解が甘くなりますね。
一応、現時点で自分が認識出来る所は、上のコメントまででまとまったと思うので、ここら辺で私の考えを無闇に出すのは止めておこうと思います。と言うか、書くべきではありませんね。

もちろん、皆さんに書いて頂くのは構いませんので。

▼▼▼引用▼▼▼
apjさんに謝ったのは何を謝っていたのでしょうか。
▲▲引用終了▲▲
なんだったんでしょうかね、実際。

資料のご紹介、感謝します。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 12:17

apjさんの所に、病理学を勉強された獣医の方の見解が投稿されていました⇒http://www.cml-office.org/archive/1227318366185.html#com4

もしかすると、上でちがやまるさんが書かれている事と関係するのかもと思い、紹介してみました。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 13:09

>TAKESANさん

もう少し説明させて戴こうかな、と思って書きかけたんんですが、論点が「finalvent さんは何処を間違えているのか」と謂う、割とどうでも好いことに集約されてきていると気附いて、やめておくことにしました(笑)。

結局、apj さんが仰っているようにテストではなくアンケートになっていて、テストだとすれば採点基準が曖昧だし採点結果すら出ないと謂うのでは、何を語っても推測にしかなりませんしね。後附けでテクストを整合的に整理するお手伝いをしてもしょうがないので。

>ちがやまるさん

>>皆さんが博覧強記とおっしゃることの舞台裏を見てしまったような気分です。

なんだか小栗虫太郎っぽいですね。独学の陥穽と謂うのか、情報としての知識はたくさん識っているけれど、それが知の体系の中でどのようなオーセンティックな意味性を付与されているのか、と謂う理解が剰りないと謂う印象です。

知識と謂うのは、その分野で共有されている意味性を理解しなければ宝の持ち腐れで、ちゃんとした師に就いて、学問のコミュニティにコミットして学ぶ意義と謂うのはそこにあるのだと思います。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月25日 (火) 13:47

黒猫亭さん、今日は。

上にも書いたように、後は、しばらく経緯を見ようと思います。「中間的まとめ」とあったから、その内最終的なまとめもするでしょうしね。

こんなに時間を掛けて小出しにする事自体が微妙ですが、取り敢えずそこは措いておくとしましょう。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 14:04

コメントとかで補足が出たら、その都度追加していきます。関心のある方はどうぞ。

コメント欄より情報追加。

▼▼▼引用▼▼▼
最初の出題って、病理学的な方法論による多分正しい現在の知識を使って、過去の再構成をやっちゃってるわけで、それって歴史学でしょ?ということですよね。
▲▲引用終了▲▲
(Sundaland 2008/11/25 16:02)

▼▼▼引用▼▼▼
「多分正しい現在の知識」は多分正しくないんです。
▲▲引用終了▲▲
(finalvent 2008/11/25 16:09)

ここから読める事。

 病理学による多分正しいとされている知識は実は正しく無い。(finalventさんの主張)

▼▼▼引用▼▼▼
世間的には終了しちゃったみたいだけど、
▲▲引用終了▲▲
(同上)

あれだけ仄めかし、小出しを連発しといてそれは無い。

------

ちょっと書いておきます。

なんか、finalventさんが「正解を知っている人」で、その他の人が「出題の意図や仄めかされた資料を推理して答えに辿りつく人」、という図式を勝手に描いてる人もいますね。

そんなんじゃ全然無くて。
科学的にfinalventさんが間違っている、という可能性がそもそもある訳ですよ。
だから、主張と論拠を早く出してよ、と言われているのです。

そこら辺の勘違いは止めた方がいいよね。

最終的なまとめと思われるものが出されるまで、多分ここは続けると思います。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 18:02

>「社会の結核は(略)抑制された」とはどういう意味か。
東京大学卒 青木正和氏 結核予防会の会長などを歴任された方が書かれた「結核の歴史」という本からです。

1962年以後は「6年ごとに半減した患者数」ということで「世界で最も速い患者数の減少」と見出しがつけられています。
------------------------
1962年(昭和37年)以後、わが国では
1)BCG接種と化学予防による発病予防
2)国民のおよそ3分の1が毎年受診する健康診断
3)感染性患者の公費による入院
4)患者が治るまで対応する患者管理
というすべての対策が完備され、全国の関係者はこれらの対策に意欲的に取り組んだ。この結果、結核の減少は見事なもので、新登録患者数の年間減少率は10.6%新しく発生する患者数が6年ごとに半減するというスピードで減少したのである。
(略)

この時期に結核をこれだけ速く減少させることができた理由はまず第一にすべての結核対策が強力に実施されたことであり、第二には結核化学療法が目覚ましく発展し確実に治療を行えば、ほとんどすべての患者を治せるようになったことである。そして第三には戦後の混乱から抜けきり、目覚ましい経済発展を続け生活が安定したことが大きな要因と考えられる。
------------------------
ここだけ抜くと、自画自賛本みたいですが、前半失敗の歴史、その分析もあり資料は豊富で日本が結核を減らすのにかなり苦労した経緯などはよくわかりました。

ただし、現在の結核の減少は鈍化していて(頭うちかもしれないですけどという分析も含めて)、諸外国と比べているときに安心ばかりもしていられないようです。「抑制」はわかりませんが、「根絶」については以下のように書かれています。
-------------------------
いま、世界の結核学者は「塗沫性肺結核患者の発生が10万対1を割ればその国の結核は根絶された」と結核根絶を定義している。患者発生が完全にゼロとはならないでも、あるいは結核既感染者がゼロにならないでもこの定義にあてはまる状況になれば公衆衛生学的には結核の問題はほぼ解決したといってよい、と考えたからである。
-------------------------
 このあと今の日本の結核の問題が分析されていますので、ご興味がある方はどうぞ。

投稿: 安原 | 2008年11月25日 (火) 19:02

安原さん、今晩は。

資料のご紹介、ありがとうございます。

実はちょうど、昼に青木氏の記事を読んだのでした⇒http://www.jata.or.jp/rit/rj/0109aoki.html

------

情報。コメント追加⇒http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081117/1226930161#c1227603260

また仄めかし。それにしても、
▼▼▼引用▼▼▼
「科学的に正しいだろうという妥当な推論」と、「特定の国の健康行政と関連して「信」が置かれている科学集団の見解」とが異なるとき
▲▲引用終了▲▲
これは相当に強い主張だよね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 19:32

>TAKESANさん

2008/11/25 17:54のコメントを拝読しました。そう謂うことが言いたかったんなら、最初から説明しようよと謂う話でしかないですねぇ。

結局この「テスト」ってのは、「私の考えていることを当ててごらんなさい」って意味だったんですね。

うん、文句の附けようもなく、アクションとしてダメでした。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月25日 (火) 19:35

WWW finalvent氏 WWW

「 まだ終わってなかったりして。というのと、この先の話の展開が理解できたら、たぶん、驚きますよ。あと、みなさんが気にしている「解答」はいずれ公開します。」
中間的まとめ
(略)
「脚気の問題は、どのように疫学的に妥当な説明ができるのでしょうか。
 そこが科学的説明であるかが問われるところなのです。
 疫学の枠組みで捉え直すとき、最初の問題はどう見えるでしょうか。」
仮説と科学的探求
(略)
「では、これらの4仮説による科学的探求はどのような推移をたどり、「脚気」についてどのような科学的説明に至るのでしょうか。
 仮説が棄却されていく過程とその評価が重要になります。
 そして、それらの探求と科学的説明から、最初の問い掛けを見直してみてください。」

MMM 引用ここまで MMM

apjさんとの対話をふりきってまで言おうとしている事、これだけの前振りに対応する内容とはどういうものであるか、ひじょうに興味ぶかいです。

投稿: | 2008年11月25日 (火) 20:20

>黒猫亭さん

その通りですね。ですので、最初に言ったように、問題設定としてダメ。しかもそれを、自分に「偽科学批判」を浴びせたと勝手に看做した方々に投げ掛けたのがダメ。
そして、「ニセ科学」論についてまるで調べもせずに適当な事を書いていたのがダメ。だから、dlitさんに対する態度なんかは、相当にダメです(dlitさんは激しく大人なのです)。
さらに、apjさんの具体論的質問をはぐらかし、勝敗云々を仄めかす事で、(自分が非難されるリスクすら認識しつつ)「解らんやっちゃなあ」的な切り方をしたのもダメ。

ここら辺が、「確認された事実」だろうと思います。

で、ここからは、finalventさんの科学的認識は妥当か、という具体論に絞って展開していく訳ですね。
それで、主張はつまり、専門家集団たる科学者の集合の共通認識と、科学という知識の体系をきちんと適用した際に得られる結論とに乖離がある、というものですね。こりゃあ、すごい主張です。相当です。そこら辺のボンクラ政治家が稚拙な科学的認識を披瀝しているのを指摘するのとは、話が違う訳で。

------

>多分ちがやまるさん

で、黒猫亭さんへのコメントから続きますが、ここまで引っ張って、かなり強い、「科学者集団によって異論と看做されるものが、実は科学(の論理)的に妥当なのだ」という主張をしているので、これは注目しなきゃなあ、と思います。

それにしても、脚気の話と結核の話がごっちゃになってて、解り辛いですね。どこまでが同型の問題だと看做しているのかもさっぱり解らない。

------

余談。

▼▼▼引用▼▼▼
この分野の識者は「そういう「異説」もあるよね、あはは」くらいに知っているはずで、そのあたりのツッコミが早々にあるかと思っていました。意外とないものですね。
▲▲引用終了▲▲
(上でリンクしたコメントより)

そりゃあ、そもそもその日記を識者がどれだけ読んでいるか、というのが不明ですし、恐ろしく曖昧な説明ばかりしていたんだから、呆れて読まなくなった人もいるでしょう。さらに、解るからと言って突っ込むとは限らん訳ですな。

後の先で待ち構えている識者もいるかも知れないですしねえ。

投稿: TAKESAN | 2008年11月25日 (火) 21:51

こんばんは。

もはや、finalventさんは「ウォッチ対象」でしかないですね、私にとっては。
この期に及んで「実は俺って負けてないんだぜ」的な言い繕いを続けているのは見苦しい以外の何者でもありません。

まあ、TAKESANさんも「様子見」の段階でしょうからさらりと書いておきますが、黒猫亭さんが仰った「独学の陥穽」という印象に同感です。
実は私、「病理学」には相当詳しいです。この私が自ら言うのだから推して知るべし(爆)。
軽口はともかくとして、そんな私から見ると、apjさんの所にコメントされた獣医さんは医学の体系の中で病理学を学ばれて、しかもそれが現場でどの様に使われているかも理解された上で書かれています。一方でfinalventさんの用法も必ずしも間違いとも言い切れません。と言うのは、確かに本来「病理」という言葉は「病の理」、つまり「病気の成り立つメカニズム」という意味を持っています。しかし英語のpathologyというtermであればともかく、日本語の「病理『学』」をそういう意味合いで使う人は極めて稀です。
つまり、最低でも「病理学」という単語に関しては、どうもfinalventさんは言葉の辞書的な意味だけしか理解せずに色々言っている様に見受けられる、という事です。

投稿: PseuDoctor | 2008年11月25日 (火) 22:04

>TAKESANさん

>>それにしても、脚気の話と結核の話がごっちゃになってて、解り辛いですね。どこまでが同型の問題だと看做しているのかもさっぱり解らない。

この辺、論が混濁していますよね。オレの理解が正しいとは自分ですら思えません(笑)。

>>「歴史的「脚気」がビタミンB1欠乏症であることを証明できない」

オレが思っていたよりも、もっとメタな話だったと謂うことでしょうか。つまり、昔「脚気」と呼ばれていた病気が今「脚気」と呼ばれている病気と同じであることは証明出来ない、だから今の「脚気」の病理であるビタミンB1欠乏症を昔の「脚気」に当てはめるのは間違いだと謂う話ですね。

だから、その当時提起された仮説を検証していくのが科学的態度だ、とこういう話なんでしょうか。でも、この解釈だと病理学と疫学なんてのはまるで関係のない話になってしまうんで、多分何処か間違っているんでしょう(笑)。

この解釈だとつまり、昔のことは今の科学的検証に耐えるほどのエビデンスが残っていないから、科学的なことは何も謂えないだろう、と謂う話にしかなりません。そうだとすると、今までの話が全部関係なくなってしまいます。

>PseuDoctorさん

少なくとも、医学に少しでもコミットしておられる方のターム理解と、そうでない方のそれが対立した場合、後者のほうが正しいわけがないんですよね。そうでなかったら、タームがタームである意味がなくなりますから。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月25日 (火) 22:51

昨日は名前を入れ忘れまして、失礼いたしました。
「より「病理学」や「疫学」を知っていることを匂わすポジションをとっていたわけですが、それはもっと知っている人から見れば愚かに見えていたのではないかと思います。」
(私 | 2008年11月24日 (月) 13:06)
これを書く時、もちろんPseuDoctorさんのことも思い浮かべていました。疫学に詳しい人は、その領域に狼藉者が入って来た時にそなえて弓をしごいていたかもしれません。ただ問題のページには「疫学」ということばがちりばめられているようですが、これまで疫学にふみ込んだまともな発言がないことから今回はその領域には行き着かないのではないかという気がします。

投稿: ちがやまる | 2008年11月26日 (水) 08:10

今朝見に行ったらまた質問が増殖していましたね。

いい加減、ご自分が「問題を出して他者の回答を採点する立場」ではなく「自分の論を他者に理解出来るように説明する義務を負った立場」であることをご理解戴ければ好いのに、と。

「理解している方がおられない」なんて仰る前に、ご自分の意図通りに言説の意味が受け止められないのは、説明が悪いからだとお気附きになれば好いのに、なんでこの期に及んで他人様の思考を誘導してあげているようなフリをするんでしょう。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月26日 (水) 11:31

記事読みました。ありがとうございます。
私の引用と同じで(笑)結核行政と対策のキモの部分はあまり伝わらないですね。そういう部分を記事にしてしまうんだなという意味で興味深かったです。

この本のキモはいろいろと対策はうってるんですけど、総死亡率が下がっているのに結核死亡率だけが異様に伸びてたりして・・「なんでだー?!」と細かい分析をして手を変えていく部分が非常におもしろいです。こういうおじさんがいる組織は安心できるなと思います。

著者あとがきより
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日本の結核の歴史を書いた本は少ない。それぞれの特徴をもつ興味ある著作群である。臨床家であり研究者である私がこのような本をまとめたので、歴史的な認識に誤りがあることを恐れるが、あえてここに1冊を加え、世に問う次第である。1800年に渡る日本の結核の消長、患者の状況、対策などをまとめた本は見られなかったからである。結核という病気、あるいは人間の病気に対する理解が進むことに少しでも役立てば幸いである。
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この本の中にも横山源之助の本が引用されているのですが、ほんとに貧困者の生活実態の研究となると「この本ばっかり!」というくらい当該書が出てきます。病気と貧困を関連させた研究というのはほんとに日本だと少ないと嘆かれますが、私も自分で調べてそう思います。

投稿: 安原 | 2008年11月26日 (水) 12:08

皆さん、今日は。

もちろん、「待ち構えている識者」とは、PseuDoctorさんやちがやまるさんを想定していました。いや、もしかすると、役不足(←元々の意味です)であるかも知れませんけれども…。

あちらでのコメントで、「解った」的な事を仰る方もおられますが、私にはさっぱりです。で、私の知識不足ゆえかも知れない、という風に、安全側に立っとこうと思います。

一応、疫学についてはその内書く、的な事は言っていますですね。果たして、いつ、どこまで書くのか、というのがポイントかと思います。

具体的直截的な質問を投げ掛けたapjさんを突っぱねといて、誰もまともに反応してこない、的な事を言っているのは、いささか失笑ものではあります。
もしかすると、「自分が仄めかした資料を持ってこない者の言う事は聞くに値しない」といった「教師」のような立場だと勘違いなさっているのやも知れませんけれど。

安原さんにも資料を教えて頂いたりして、やはり難しく、不用意な事は言えないな、と改めて思います。
finalventさんは、そこら辺の論理を網羅して、かつ、科学者集団の共通了解が誤っている、と仄めかしている訳ですね。これは端的に言って、かなり強い主張なんで、説明する義務があるはずです。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 13:26

追加。

具体的になって、私にはもうほとんど解らなくなってきた⇒http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20081117/1226930161#c1227603260

かなり具体的になってきたかな、という印象はあります。

うーんと、つまり、「脚気の原因がビタミンB1欠乏だというのは疫学的な結論だけど、市民は病理学的な結論だと理解している」って事?
つまり、市民は「因果関係」を即メカニズム論的なものと誤認する、というのを言いたいのですかね。よう解らんです。

私は、そもそも疫学は因果関係を言うものだと思っているのですが、違うのかな。やはり、「メカニズム」の部分に関わるのかな。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 14:22

て言うか、皆さんが仰るように、finalventさんの「病理学」理解がそもそも充分で無いのならば、主張は崩れますよね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 14:25

今度は、「ビタミンB1欠乏症」は「脚気」と等号で結び得ないと謂うようなことを仄めかされましたね。ウェルニッケ脳症やコルサコフ症候群もビタミンB1の欠乏で起こるではないか、と謂うことですかね。

調べた限りでは、ビタミンB1の欠乏で起こる病気はそれ以外にもたくさんありますが、そこからどう謂う論を展開されるのか、或る意味で楽しみです。

投稿: 黒猫亭 | 2008年11月26日 (水) 15:08

発端のWikipediaの話から、「等号」で結ばれるなんて話はどこにも無かったと思います。(たしか)「「ビタミンB1欠乏以外の脚気」ということを言っていた人は一人だけいましたけれども。
「私の知る限りという限定ですが、「ビタミンB1欠乏が脚気をもたらす」という病理学的な機序はわかっていません。」
とのことですので、相変わらず頭の中の霧ははれていないようです。

自分の考えをはっきり表明していれば、まじめに相手をしようとした多くの人たちの時間と労力の無駄を省けたかもしれないのに、と思います。

美しくないものばかり見ていると気が滅入りますので、エイクマンのノーベル賞受賞講演の原稿(健康上の具合から受賞講演はしていないらしいです)でも読んでみてください。英語のところが不便ですが、その内容は小中学校の教材としても使えるのではないかと思われます。
http://nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/1929/eijkman-lecture.html

投稿: ちがやまる | 2008年11月26日 (水) 16:53

あと脚気の実験航海についての資料です。同じく高森さんの本から。
---------------
「龍驤」はマスト作業者不足で帆走ができなくなっていて、機械運転に切り換えたがそれでも火夫(機関兵)が足りない。乗組士官をはじめ艦長までボイラー室で石炭くべをしていたという話はこのときのことである。脚気感謝は169名、総員の44.7%に達し、死者は25名を数えた(『海軍医療・衛生史』)(略)

この中で高木が確信を強くしたのはホノルルでの1か月の休養中、現地で搭載した肉や野菜を食べた乗組員のほとんどが体調を回復し日本に帰れたことにあった。
(略)
高木を中心とする兵食改善推進者の努力が実って、明治17年1月15日付「艦船営下士以下食料給与概則」の発簡にこぎつけた。どんな食糧になったのか、見にくいが当時の資料から抜粋してみる。

「艦船営下以下ノ食料ハ所管長之ヲ担任シ定則金額ヲ以て現品ヲ買弁給与ス可シ」となっていて、その第一条が左のようになっている。

食料ハソノ品類ヲ定ムルコト次の如シ

一、米 一、蒸米 一、乾燥餅 一、牛肉(生鮮或ヒハ貯蓄品)一、庵牛肉 一、鳥肉 一、鶏卵 一、魚肉、 一、味噌 一、醤油 一、野菜 薯芋類 胡羅蔔 羅蔔 菜類 葱類 一、豆類 一、麦粉 一、茶 一、脂油類 牛酪 豚脂 阿列布油 胡麻油類 一、砂糖 附澱粉質 一、牛乳 一、酢 一、香料 一、酒類 一、塩 一、漬物

(略)

明治17年の練習艦「筑波」による遠洋航海は食料給与規則の施行日に合わせて2月はじめの出発となった。兵学校十一期生徒の練習航海が主たる目的であるが今回は脚気実験のほうが大きな目的となった。

ともかく脚気実験鑑「筑波」は艦長有地大佐のもと333名、明治17年2月3日、品川沖を出航した。「白米は排した」と書かれたものもあるが全廃というものではないと思われる。パンに換えたとか玄米にしたという記録にとぼしく、まして七分つき米という発想はまだない。麦は積んでいない。ようするに、白米の量を減らしてそのぶん、肉、野菜を増やして洋食に近づけた改善だったと考えてよい。
---------------
これみる限りは、なんかいろいろ食べてる?

あと、陸軍と海軍の環境の差はかなりあるとも思うんですけどね。人数も違うし。もうひとつ精米技術に関しても当時は水車カッコンカッコンの世界とあんまり変わらないでしょうから、白米といっても糠の残量は多いようには思います。

・庵牛肉は塩漬け肉
・胡羅蔔はにんじん
・羅蔔は大根
・阿列布油はオリーブ油のこと

投稿: 安原 | 2008年11月26日 (水) 16:54

ちがやまるさま

そうそう、余談ですが「送気」については「釜に蒸気を送って熱すること」でした。水使わずに作ってみたんですけどけっこうおいしかったです。焦げやすいので鉄鍋とかでやったほうがいいとは思います!

投稿: 安原 | 2008年11月26日 (水) 17:52

コメントが飛んだよっ。私も懲りないな…。

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安原さん、今晩は。

>皆さん

「想定質問」てのが追加されてたのを、見落としてました。

正直、全体的に、まず推敲した方がいいんじゃないか、と思うくらいに、読みづらい文章だと思います。

何が主張したいのかは、さっぱり解らんです。

資料ありがとうございます。脚気の方も、ついていけてないので、その内まとめて勉強しようかと思います。

参照しやすいように、「想定質問」を丸ごと引用します。
▼▼▼引用▼▼▼
想定質問

 補足的に想定質問をあげておきます。

「脚気の問題は、どのように疫学的に妥当な説明ができるのでしょうか。」というとき、高木兼寛から始まり、脚気に取り組みビタミンB1発見に至るまでの経緯こそ、疫学そのものではないでしょうか?
 「我が国の被感染性疾患疫学的研究の歩み」の結語「脚気の問題は現在の疫学の問題でもある」に対して、私が「そう、だから、このウィキペディアの項目を取り上げたのですよ」とコメントしたのはそこです。

 ここは分かりづらいかもしれませんし、実際、ここまで経緯を見ても、ご理解されているかたがいらっしゃらないようなので(いえ、私が間違った認識をしているかもしれませんが)、補足すると、「ビタミンB1欠乏が脚気をもたらす」という命題(一見科学的に見える命題)は、病理学的な命題に見える、ということでした。また、話の流れから、とりあえずそうしておいたほうが煩瑣にならないからです。

 しかし、中間点を過ぎたのですから、ここも疑問を喚起しておくほうがよいかもしれません。

 私の知る限りという限定ですが、「ビタミンB1欠乏が脚気をもたらす」という病理学的な機序はわかっていません。これは病理学的な基礎がないと言ってよいでしょう。

 では、この疫学的命題を支える科学性は、疫学的に捉え直したとき、どのように正しいと言えるのでしょうか。

 ポイントは、脚気を疫学的に捉えるということは、この命題を科学的としてきた特定の小集団での限定された実験と、本来疫学が対象とする社会での統計の扱いにあります。広く脚気の衰退の現象を疫学の視点で見たとき、なにが決定的な要因となって、脚気がほぼ撲滅されたかに見えるのでしょうか? 

 もう一つ、関連して、「ビタミンB1欠乏が脚気をもたらすという病理学的な機序はわかっていないということはどういう含みがあるのでしょうか?
▲▲引用終了▲▲
とにかく意味が取り辛い。そもそも、「想定」という語はどこに掛かっているんだろう…。誰が何を想定してると?

それと、
 >どういう含みがあるのでしょうか?

この期に及んでこの言い回し。一体何言ってるんだろうか。含みとかいいから、早く主張を整理して表明し、それを正当化する根拠を示してくれ、という話なのに。

あ、後、さっきみつけた資料(PDF)⇒http://med2.astellas.jp/med/jp/pr_magazine/shinyaku/pdf/448_35.pdf
高木の研究のまとめですね。

------

なんか、ダッチオーブン的なんですかね<送気
や、使った事無いんで適当ですが。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 18:14

>あ、後、さっきみつけた資料
拝見しました。
------------
陸軍、海軍の兵士が同じような条件で戦っており、食事だけは大きく違っていた。
------------

ここが乱暴なかんじはしますね。
食事は大きく違うんですけど、陸軍は現地調達(その考え方が悲劇を生んだりもするんですけど)の考え方だし…生活条件としたら野営と施設の違いもあるし、どういうふうに条件を棄却したんだろう…。もしや水兵さんの生活まわりを調べろ!というお告げか!(どこかで腐女子脳とか思われているような気がする 笑)

陸軍だとカレー作って軍法会議にかけられた!な笑い話があるみたいですね(笑)→理由:敵に匂いで居場所がばれる。かたや海軍はカレーでいまや町おこし!

投稿: 安原 | 2008年11月26日 (水) 20:07

カレーが食べられるご時勢でよかったです。しみじみ。<軍法会議

投稿: ちがやまる | 2008年11月26日 (水) 20:17

はー、においで場所が、ていうのは、へえ、と思いました。いかにも尤もらしい話として語り継がれそうだなあ、と。

ちょいと調べたら、さほど深刻な話でも無かったぽいですね。

------

ところで、aliceさんがこんな事を書いています⇒http://d.hatena.ne.jp/alice-2008/20081126/1227694401

特に、
▼▼▼引用▼▼▼
科学的思考法(クリティカル・シンキング)という概念からいって、疫学と病理学を区別する必要はないかも知れないが、それを区別してみようと思いつく氏の思考方法は科学的といえるのではないか。
▲▲引用終了▲▲

私が知る限り、科学的思考法とクリティカル・シンキングをほぼ同義に扱うような事は出来ないと思いますし(少なくとも今の文脈だと、実証という部分が非常に大きいので、クリティカルシンキングという一般的な思考の態度の問題と即言える訳では無いと思う)、「疫学と病理学を区別する必要はない」などと、一体どこの誰が言ったのか、全く解りません。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 20:35

「疫学と病理学を区別する必要はない」


もし、誰のどこでの発言か、解った方がいらしたら、教えて下さい。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 20:38

>ちょいと調べたら、さほど深刻な話でも無かったぽいですね。
笑い話でしょうね。陸軍メシマズー、海軍贅沢もの!例えば「大和ホテル」とか言われてたり。そういう枠組みのなかでの話じゃないかなと勝手に想像してます(腐女子脳)。

投稿: 安原 | 2008年11月26日 (水) 20:52

TAKESANさん、

finalvent氏日記から私が発想したことではありますが、他の誰も言ったことではないので、過ちはすべて私に帰します。

投稿: alice | 2008年11月26日 (水) 21:01

なんか、ほのぼのした笑い話、という感じですねえ。

------

上で引用したaliceさんの文についてもうちょっと。
主張を分解してみます。

 1)科学的思考法(略)という概念からいって、疫学と病理学を区別する必要はないかも知れない

 2)それを区別してみようと思いつく氏の思考方法は科学的といえるのではないか。

…。

科学的思考法的には、疫学と病理学を区別する必要は無いかも知れないが、それを区別しようとしたfinalventさんは「科学的」とはこれいかに。
前半の「科学的思考法」と後半の「科学的」は違う概念?

っと、ここまで書いて、aliceさんのコメントに気付きました(書いたのは残しときます)。aliceさん、今晩は。

えっと、それって、きちんと見ずに書いたって話ですか? エントリーの内容も含めて、意味が解りません。

ここで ちがやまるさんやPseuDoctorさんが指摘されたのは、医学的概念としての「病理学」をfinalventさんはきちんと理解して使ってはいないのではないか、という事だと思いますので、そこら辺はお願いします。

投稿: TAKESAN | 2008年11月26日 (水) 21:14

こんばんは。

いやあ、もう、海軍カレーの話とかでいいかなあ、という気もしますが。
当該エントリを読み直し、改めて呆れているところですので、以下通常よりちょびっとだけ毒舌になっているのをお断りしておきます。

えーと、まず、あまりにもfinalventさんの論が酷いのでTAKESANさんの御要望を忘れるところでした。「finalventさんは『ニセ科学』という概念そのものも『ニセ科学批判』についても殆ど何も知らない」という「事実」はとりあえず置いとくんですよね。
まあ、一つだけ望むとすれば「偽科学」という言葉は誤解の元なので、今後は是非とも「間違った科学」ときちんと書く様にして「偽科学」などという紛らわしい語を使うのは止めて欲しいものです。そうでないといちいち誤解を解いて回らなければなりませんからね。

さて彼が本来書くつもりだった(らしい)「Wikipediaの記述は『間違った科学』である」のを論証するという部分についてですが、この論に限ったとしても、何だか屁理屈や強弁ばかりが目立ってとても今後に期待を持たせる様なものではないし、やたら勿体ぶる人に限ってロクな物を出してこない、というのは経験的にも高い確率で言えるでしょう。大体、ここまで散々じらして小出しにしている論点にしてからが、私がここの上の方でさらさらと書いた内容とかなりダブってますよね。今からそんな有様では、今後どう展開させたとしても多寡が知れているのではないでしょうか。

まあ、確かに気を持たせる書き方は上手いですね。実際に色々な知識をお持ちでしょうから、それらをちょっとずつ見せていけば、大抵の相手は眩惑させられるでしょう。言うなればそれがfinalventさんの芸風という訳ですね。しかしそれはあからさまに言えば「知的ストリッパー」あるいは「水商売のお姉ちゃん」と同じなのであって、全部見せてしまえば、最後の一線を許してしまえば、そこで終わりなのです。
ですから今回も、最終的には何だかよく解った様で解らない場所を落とし所にしておいて「自分は全てを見せてはいない」というポーズだけは守りきるのだろうと思いますよ。
自分自身をハリボテで膨らましている事を自覚しているからこそ、批判に過敏なのかもしれません。妙に膨らせていない素の自分を見せた方がよほど魅力的な筈なのになあ、と私なんかは結構本気で思っているのですが、まあ、余計なお世話なのでしょうね。

それから、くどい様ですが「病理学」という言葉の意味について再度書いておきます。元々は「病気の成り立つメカニズム」という意味があるのは確かですが、何十年も昔ならともかく、あるいは学生相手の初歩的な講義ならともかく、現在ではそういう意味でわざわざ「病理学」という言葉を使う人は殆どおりません。
何故なら、現代医学の発達に伴い専門分野の細分化が進んだ結果「病理学」の指し示す範囲が広くなりすぎてしまったからです。その結果「病気の成り立つ仕組み」も一言で言い表せる様なものではない、単一の学問分野でカバーし切れるものではない事が明らかになってきました。
現在では「病理学」は病変部の組織や細胞の形態的特長を主に調べる学問として認知されています。これは本来の意味より狭義になっている訳ですが、過去に於いては組織や細胞の形態的特長を調べる事が疾病の成り立つ仕組みを調べるうえで極めて有効な手段であった、という歴史的経緯も関係しています。

という訳で、一言で述べるならばfinalventさんの「病理学」という言葉に対する認識は「古臭い」のです。大変失礼ながら、自らキーワードにしている言葉に対する認識がこうも古臭いのでは「科学」に対する理解も怪しいものと言わざるを得ませんね。

投稿: PseuDoctor | 2008年11月26日 (水) 22:42

連投すみません。
書いた後でもう一つの可能性に気付きました。

もしかしたらfinalventさんは「病理」と「病理学」との区別がついていないのかもしれません。前者は例えば新聞の社説などで「現代社会の病理」という様な使い方をされたりもします。その場合の意味は「病の構造」という程のものですから、本来の意味合いに近いのですね。

彼の文章にある「病理学」を全て「病理」に入れ替えてみると、かろうじて意味が通る様になります。その事からしても「病理と病理学の違い」に無頓着なのかな、という気もします。

もし「そんなの些細な違いだろう」と思われる方がいるのでしたら、それは前コメントでの私の説明をまるで御理解頂いていない、という事になるかと思います。

投稿: PseuDoctor | 2008年11月26日 (水) 23:13

詳細なご説明、ありがとうございます。

門外の人間にとってはなかなか難しいものがありますが、理解が「古臭い」というのは、なるほどと思いました。外部の人間が勉強した場合、知識をアップデートしなければ、古い知識をそのまま妥当なものだとして捉えてしまう、というのは往々にしてあると思いますので。
※古臭いという評価が妥当かは、もちろん私には判りません。

※finalventさんが外部の人間というのは、実は推測である訳ですけど(素性は知らないし興味が無い)、内部の人間であったら専門家なのに不見識だ、という事になるので、どっちでも構わないですね。

▼▼▼引用▼▼▼
「知的ストリッパー」あるいは「水商売のお姉ちゃん」
▲▲引用終了▲▲
外から突っ込みが入る前に、笛を吹いときます。これ、管理者的にはギリギリの表現ですね。

投稿: TAKESAN | 2008年11月27日 (木) 00:43

たびたびすいません。
あと、脚気については

漢方と西洋医学で脚気解決対決みたいな騒ぎもというのもあったみたいですね。脚気の名医といわれた漢方医と西洋医を競わせて星取り表で競わせたといったものです。ただし、統計に政治的意図が両方からんでいる疑いがあって、何個はそのことについて書いてるものは見つけたのですが、イマイチその「勝敗」はどうも立場によって見解が異なるようです。これは一次資料を見ないと「筋の推測」という意味でもよくわかんないですね…。見てもわかんない可能性大な気もしますが。

高木は漢方の意見を取り入れた…というあたりはなんとなく知ってたんですがちょっと調べただけなので不足が多々あると思いますが、わかりやすくいうと、西洋医学と漢方 近代化・欧米化の流れとその反動 肉食と米食 帝大医師と田舎医師 イギリス流(海軍)とドイツ流(陸軍)…。いろんな構図があるなあ…という気がします。

投稿: 安原 | 2008年11月27日 (木) 00:57

へえ。
いや、その話は全然知りませんでした。いわゆる東洋医学についても興味がある身としては、俄然面白いです。

最近、情報が多過ぎて、脳がパンクしそうですけど(笑)

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このコメント欄がかなり長くなったので、続きはこちらへ⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-abc2.html

ここは閉めます。

投稿: TAKESAN | 2008年11月27日 (木) 01:21

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