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2008年10月16日 (木)

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Interdisciplinary: 調査の続き。

この調査の内容については、コメント欄でアルファさんに教えて頂きました。

で、今日、図書館に行ったついでに、実際に見てみました。

コピーしてくれば良かったのですが、してないので、記憶を元に書きますが。

アルファさんが書いて下さった、「必要か」に関する質問(アルファさんのコメントより引用します)↓

新聞を見ると「最近はインターネットの利用者が増えてますが、情報や知識を得るために、新聞はこれからも必要だと思いますか、必要ないと思いますか。」のことで、
必要だ           68.9%
どちらかといえば必要だ   21.1%
どちらかといえば必要ない  6.6%
必要ない          2.1%
答えない          1.3%

実は紙面には、この後に、必要だと答えた人に、理由を尋ねているのですね。それで、その内容というのが(文章は正確ではありません)、どこでも読めるから便利、とか、整理されているから良い、とか。面白いのでは、パソコン(いや、「インターネット」、だったか)が使えないから、というのも。ここなんかは明らかに、先の質問との対比ですよね。で、これが重要なのですが、その中にある、新聞の情報が信頼出来るから、という回答が、結構少なかったんです(18%くらいだったかな。60%以下だったのは確実かと)。

そういうのを鑑みると、ここでいう「必要」とは、あった方が便利、というくらいの意味合いで、しかもそれは、情報の信頼性というよりは、媒体の利便性に対しての評価だ、と考えた方が良さそうです。やはり、見出しは(紙面の見出しも同じ)ちと大袈裟かな、と。

ちょっとWEBで調べてみると、この記事に非難をしているのが、多く見られました。なんででしょうね。自作自演か、とかありました。

少し考えれば解るんですが、記事の情報量が少ないという事は、批判も限られた範囲でしか出来ないというのも意味する訳です。想像が行き過ぎて、憶測になっているものが多々みられます。それに、紙面の方には、結構詳しく書かれていますしね。

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「メディア論」カテゴリの記事

コメント

ご存知かもしれませんが、

谷岡一郎著 「データはウソをつく」
http://www.amazon.co.jp/データはウソをつく―科学的な社会調査の方法-ちくまプリマー新書-59-谷岡-一郎/dp/4480687599/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=books&qid=1224104865&sr=8-1

と言う本で、読売新聞の社会調査における「誘導的な質問と選択肢の問題点」を指摘しています。谷岡氏によると、読売新聞は、誘導的な質問を使う手段を、過去何度か使用しているようです。(135ページ)

投稿: やす | 2008年10月16日 (木) 06:18

やすさん、今日は。

その本は未読ですが、『「社会調査」のウソ』を読みました。なかなか辛辣な批判が繰り広げられて、示唆的な著書ですね。

社会調査の質問項目の組み立て方は、なるべく偏りが生じないようになされるべきだと思いますが、意図的にしろ無意図的にしろ、おかしな質問が混入する可能性があるので、常に注意深く見る必要がありますね。

ただ、今回の記事への反応を見ると、新聞社の調査という所でバイアスがかかって、憶測を繰り広げているのも見かけましたので、それも注意した方が良いと感じました。

個人的には、社会調査の本だと、盛山和夫氏のものがお薦めです。

投稿: TAKESAN | 2008年10月16日 (木) 11:25

よくよく考えると、この「新聞」という言葉がダブルミーニングではありますね。
紙媒体という形態、というものと、新聞社という企業・業界という。

必要、という意見の中の…
>どこでも読めるから便利、とか、整理されているから良い
>パソコンが使えないから

という辺りは、完全に紙媒体という部分での評価ですし、反対に…

>新聞の情報が信頼出来るから

は、企業・業界に対する評価。


その二つがごちゃ混ぜになっているのは、調査として問題になるんじゃないかな? というのをこの記事を見ていて思いました。

投稿: たこやき | 2008年10月16日 (木) 19:25

たこやきさん、今晩は。

確かに、そう見えます。よく考えてみると、紙の新聞を読んでいてネットに全く疎い人なんかは、WEBで記事が読めるのを知らない、というのもあるかも知れません。

尤も、アンケートにあたってどういう情報が教示されたか、という問題もあるので、判断はなかなか難しいですが、ご指摘の部分は熟考を要する所ですね。

「新聞」という語形が持つ意味内容の広がりと読み手の「解釈」の問題になろうかと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年10月16日 (木) 19:57

みなさん、こんばんは。

私は、学生の時は新聞研究をする研究所に属していていたんですが、当時の新聞研究というのは、マスメディア全般を扱う研究で、テレビから広告なども含まれていました。昔は、新聞というのはメディアとジャーナリズムの象徴でもあったんですね。

さて、どこの新聞社も綱領に不偏不党をうたっているんですが、実際は、どう考えても矛盾があって、単なるお題目なんですね。
http://info.yomiuri.co.jp/company/shinjyo/
読売新聞の信条だそうですが、そもそも「公正な報道」というのが存在するかどうか。実は記者でもそんなことはないと思っているんですね。何に対して公正かとなると、「巨人が負けた」と書けば、そのとき勝ったチームに対して不公平ですよね。地方欄の甲子園の結果なんて不公平だらけです。
公正に報道できるのはせいぜい天気予報くらいです。

このアンケート結果は、一般の読者にとって何のニュースバリューもありません。新聞が必要とされているかどうかは、読者が知りたいことでありません。ただ、新聞社が伝えたいことです。そういう意味では自作自演ですね。

私は、新聞は必要だと思います。ネットでいろいろな情報が飛び交うようになっても、一般の人が総理大臣に取材に行けません。アフガンでの戦争も取材に行けません。政府からの一方通行の情報が流されるのも大きな問題だと思います。
そういう意味で、新聞は無くなってはならないと思います。
大事なのは、新聞をどう読むか、新聞とどうつきあうかではないでしょうか。

ちょっと本論とずれましたが、新聞について一言でした。

やすさん
私もその本は読みました。読みやすくてとてもとても勉強になりました。いしいひさいちの4コマもよいアクセントになっていますね。

投稿: ドラゴン | 2008年10月16日 (木) 20:02

ドラゴンさん、今晩は。

確かに、全く公正な報道というのは、些か理想的に過ぎますね。

新聞社が、自社の行った調査を元に新聞の有用性を謳うというのだから、文字通りに見れば自作自演のようなものですね。※私はこの語に、誤魔化しや騙しのような意味を感じ取ってしまうので、ちょっとこの例では自分では使いにくいです

新聞の評価は、私も同じように思います。眼に余る報道もありますが、それでも、無い方が良いとまでは言えないのでしょうね。あ、個人的に、紙という媒体に全く拘りは無いです。先に、新聞を読む習慣は無かった、と書きましたが、媒体を限定しなければ、WEBでかなり読んでる訳ですね。

谷岡氏の本は、批判もあり(専門家による)、それは念頭に置いといた方が良いですが、社会調査の意義を知らしめるものとして、有用だと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年10月16日 (木) 20:18

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