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2008年10月15日 (水)

美しさをどう捉えるか。江本氏の思考(思想)

sor_aさんのコメントへのレス。

質問なんですが.
「「美しく」感じるなどというのは主観的な経験であり,客観的な「美しさ」尺度なんてあるか」
というのはどっちに入りますか?

一般的には心理学でしょうね。

科学は、人間の感情や価値観をも数量化しようと試みているので、美的感性も分析の対象になるでしょう。それこそ、感性工学という分野もあるくらいなので。

学際的な研究によって、「より多くの人が美しいと思っている」のはどういうものか、というのは調べる事が出来るし、それに共通する因子を解き明かす事も、ある程度可能でしょう。しかしそれは、自明(すなわち、普遍的)の「美」の概念を認めるものではないのだろうと思います。

そこら辺を踏まえると、「水伝は検証が不充分である」という意見と「水伝は検証不能である」という意見の両方が矛盾無く成り立つ、というのがすっきり理解出来るのではないでしょうか。
前者は、一応、「美しい結晶」と「良い言葉」を心理学的に考えれば、出来ない事は無い、という見方。
後者は、江本氏が自明の「良い言葉」と「美しい結晶」を前提としているので、絶対に科学の対象にはなり得ない、という見方。

たまに、良い言葉を使った時の心がけが良い影響に繋がるのでは、という解釈をしている人がいますが、その人は、江本氏の本を読んでいない訳ですね。江本氏はつまり、イデアみたいなものを前提にして論を組み立てているので。
水が「良い言葉のイデア」の審判をする、って感じです。で、江本氏の選ぶ「美しい水の結晶」が、美のイデアが顕現した氷、といった所でしょうか。
それで、水が美しいかどうかを決める江本氏は……と考えていくと、どれほど危うい事を氏が言っているのかが解る訳です。

現在美しいものが未来永劫美しいとされるとは限らない、というのは、基本的な論点なのだろうと思います。恣意性はそこにも関わってきますよね。価値観は相対的である、というやつです。もちろんそれは、自然現象の法則とは分けて考えるべきですが。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

TAKESANありがとうございます.

>前者は、一応、「美しい結晶」と「良い言葉」を心理学的に考えれば、出来ない事は無い、という見方。
ソースは覚えていないんですが,確か彼のやった実験で複数人に美しさ評定をさせているので,多分立場的にはそれかと思います.

で,それに対するつっこみとしては
>現在美しいものが未来永劫美しいとされるとは限らない
なんですよね.
つまり,人の結晶に対する美しさ(言葉やその背景となる波動(気持ち?)の良さ)評価だけは時代・文化を越えて変化しないのかもしくは水がその時代・文化の美の基準に合わせて結晶の形を変えていくのかという話になってしまうわけで…


>江本氏が自明の「良い言葉」と「美しい結晶」を前提としているので、絶対に科学の対象にはなり得ない、
こっちの方なら,まだわからんでもないんですよね.「私は超能力者です」ってことだから.この場合,彼の「美しさ」「良さ」と言うのを絶対視する考える必要はなくて,単に「江本さんが「良い」と感じた単語を見せたら江本さんが「美しい」という結晶ができました」という以上の意味はないとも考えられますから.

まあ,その場合「だからどうした」なんですけどね.

投稿: sor_a | 2008年10月15日 (水) 03:42

>>現在美しいものが未来永劫美しいとされるとは限らない、というのは、基本的な論点なのだろうと思います。

それと関係があるようでないような話で恐縮なんですが、たとえば「ヒットラー」という言葉を見せたら悪い結晶が出来て云々という話がありますけど、これはいろいろ味わい深い話ですよね。

水は歴史も識っているという(笑)。

水が歴史を識っているのでなければ、ヒットラーという名前にそもそもアドルフ・ヒットラーという特定の歴史上の人物の非道な行為との因果関係が認められるという話になるんですが、そうなるとヒットラーという名前の人は残らずアドルフ・ヒットラーと同様の可能性を持っているという理屈になりますから、ドイツ中のヒットラーさんが泣いて怒るだろうなぁ、と。

投稿: 黒猫亭 | 2008年10月15日 (水) 10:30

sor_aさん、今日は。

▼▼▼引用▼▼▼
ソースは覚えていないんですが,確か彼のやった実験で複数人に美しさ評定をさせているので,多分立場的にはそれかと思います.
▲▲引用終了▲▲
いえ、江本氏の立場は本質的には、もう一方の方です。
ご指摘の実験というのは、比較的最近行われた、怪しげな「祈り」の実験だと思います。ボランティアに評定させた、ってやつですよね?
つまり、江本氏は普遍的な善や美の話をしていながら、実験は意味不明な、科学に則っているかのように見えるもので補強する、という構造になっていて、要するに、捻じ曲がっています。

官能的な指標であれば、ある程度は普遍性があるのかも知れませんけれど、善や美というものは、そもそもが強く文化的に規定されているのだと思います。

▼▼▼引用▼▼▼
こっちの方なら,まだわからんでもないんですよね.「私は超能力者です」ってことだから.
▲▲引用終了▲▲
水伝は、それを一般的な理論として拡張した所に、問題があるのだと思います。自分は超能力者で、あるものが見える。そして、それを実験によって確かめた、と。

だからまあ、何重にも間違っている訳ですね。どっから検討してもどうしようも無いくらいにおかしい。江本氏の本や発言を参照すると、それが解るんですよね。

------

黒猫亭さん、今日は。

「阪神優勝」もですね。「優勝」とくっついても矛盾が無いような意味を「阪神」が持たされるようになる、というのを水は知っている訳ですね。で、本気でそういうのを信ずる人がいるのに、やはりぞっとします。そこまでいくと、ビリーバーの領域でしょうけれども。

ヒットラーの場合は人名なので、これを一般的に考え、仮に、凶悪な犯罪者と同じ名前で、しかもそこそこ珍しい名の人がいたとすると、水伝の論理を受け容れていた場合に何が起こるか、というのは、比較的容易に想像出来ると思います。

それほど強烈な主張をしているのだから(死海の名前を変えるのを志向しているくらいだから)、本質的にダメなのですが、それでも、部分的に切り取って、ここはいいのでは、と擁護されたり。

水伝は「そんな話じゃ無い」んだよ、という事なんですよね。kikulogにも書きましたが。

投稿: TAKESAN | 2008年10月15日 (水) 11:34

>TAKESANさん

>>「阪神優勝」もですね。「優勝」とくっついても矛盾が無いような意味を「阪神」が持たされるようになる、というのを水は知っている訳ですね。

江本氏が言いそうな言い訳としては、なんでしたっけ、人名の話じゃなかったかもしれませんが、たしか「撮影者がその言葉から感じたバイブレーションに水が影響されたのかもしれない」みたいな話を何処かでしてませんでしたっけ。

たとえば、「ヒットラー」なら撮影者自身の歴史的知識に由来する感情がバイブレーションとして水に伝わったとか、「阪神優勝」なら撮影者の期待がバイブレーションとして水に伝わったとか、幾らでも言いそうな気がしますね。

しかし、だとするとですね。

皮肉な悪意を込めて書いた「ありがとう」という言葉からは汚い結晶が、親愛の情を込めて書いた「ばかやろう」という言葉からは美しい結晶が、その言葉を書いた人間の「バイブレーションが伝わって」出来るなんてこともあるということになりますよね。

そして、そうなると水伝実験自体がまったく無意味になってしまうわけですね。結果の如何に拠らず後附けで解釈を附けているだけ、ということになってしまいますから。

いや、元から恣意的な実験設定や判定手法の故に実験の体を成していないんですが、どんな意味であれ実験として意味を為さない次元にまでナンセンス化するということです。

投稿: 黒猫亭 | 2008年10月15日 (水) 21:45

確か、そこら辺のロジックについて、どこかに書いたのですが、どこだったかな…。あ、「親子の会話」でも少し触れたか。

元々、あらゆる意味で矛盾しているので、ある所のおかしさを指摘されてそれを取り繕おうとすると、別の所にまた綻びが出てくるのですよね。アド・ホック。全体の整合性を完全に無視して。

投稿: TAKESAN | 2008年10月15日 (水) 23:42

>>水伝への批判的アプローチとしては、自然科学的観点と言語論的観点がありますよね。
>
>質問なんですが.
>「「美しく」感じるなどというのは主観的な経験であり,客観的な「美しさ」尺度なんてあるか」
>というのはどっちに入りますか?

えーと、エントリにもコメントにも出て来てなかったので情報提供。でも、あまりちゃんと読めてなくて、ページ内検索しただけなので、ピントずれでしたら申し訳ない。

自然科学的観点と言語論的観点の、どっちでもない「かもしれない」ジャンルには、その辺が専門くさい学問ジャンルがあります。ある種の哲学つうか、その名も「美学」ってのです。音楽事典の編集に携わっていたときに、「音楽美学専攻」とかいう人もおりましたです。

だからどうとか言えるほどには、なにも知らないので、ずれずれな可能性もありますけど(汗

美学でググると、Wikipediaがトップに来ます。ぱっと見は、ちゃんとしてそうでした。

投稿: 亀@渋研X | 2008年10月16日 (木) 18:45

ああ、なるほど、美学か。
分野として存在するのは知っていましたが、具体的には全然想像出来ず、思い浮かびませんでした。

やはり、哲学と深く関わっている分野のようですね。一般的には哲学的問題、とも言えそうです。とはいえ、実証科学的な部分とも交わっているというのもあるみたいですね。無知なので不用意には言えませんが、基本的にはそういう感じなのかな。

多分、問題意識の強い研究者は、実証的な方法も視野に入れて考えているのではないかな、と思うのですが、どうなのでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2008年10月16日 (木) 19:52

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