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2008年10月18日 (土)

理解不足

「ガン治療」と「陰謀説」…仮説の自由が二つをつなぐ - SeaMountの雑記と書庫

ニセ科学論の部分についてだけ。相変わらず、いくつも誤解しているようなので。

9・11陰謀説についての、「ニセ科学」だなどというレッテル貼りはどうなっただろう。

それが「ニセ科学」と呼ばれる事は、普通無いです。陰謀論にニセ科学が利用される、というのはあるかも知れないけれど、陰謀論はニセ科学の一つである、とはなりません。

ニセかニセでないかはもっと慎重に、それこそ科学的に判断しなければなりません。こんなことを放っておくと、常識に反する「量子力学」もニセ科学になってしまうのではないでしょうか?(リンク先より孫引き)

科学的であるか否かが判断出来るならば、ニセ科学か否かも判断出来ます。判断は慎重になされます。常識に反する量子力学もニセ科学になってしまうのでは、というのは意味が解りません。量子力学は、膨大な実験や技術への応用によって、正しい理論だと確かめられている、と理解していますが。

マイナスイオンが健康によいかどうかの問題は生理学的・心理学的な研究課題なのであって、物理学者が一方的にニセ科学と決め付けてしまってよい筈がありません。(リンク先より孫引き)

誤解に基づく的外れな批判です。マイナスイオンはまず物理・化学的な問題であり、それが明確に定義された上で、生理学的・心理学的効果が検証されるべきです。さらに、未実証であるのに効果があるように謳えば、それはニセ科学です。「ニセ科学」とは、未実証の理論・仮説「そのもの」ではありません。魔女狩りというのも、誤った比喩です。

ニセ科学論に反論したいなら、言葉の意味くらいは調べましょうね。

あまり厳密ではありませんが、解りやすい喩えを出します。

ある所に、めんつゆをコップに入れて出し、「これはウーロン茶だ」、と言っている人がいたとします。

この場合、その人が出したのは、「ニセウーロン茶」です。めんつゆなのにウーロン茶だと言ってるのだから。

でも、これはめんつゆだ、と言っているなら、それに対して「ニセウーロン茶」だと指摘する事はありませんし、意味がありません。

ニセ科学を批判する人は、単にウーロン茶じゃ無いものを探して「ニセウーロン茶だ」と言って回っているのではありません。それは、濃い麦茶も薄めに淹れたコーヒーも、ニセウーロン茶だと批判する事になります。ニセ科学批判は、そんな話では無い訳です。

ニセ科学については、こちらをどうぞ⇒ニセ科学批判まとめ %作成中 - トップページ

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

おはようございます。

件の氏は、過度に「柔軟さ」を重視する余り、ほぼないようなごく小さい可能性をも手放すことができなくなっているのかなと、私は思いました。
外からあらゆる個性の尊重を求められてしまう学校の先生という立場を考えると、そういうことなのかな、と。

投稿: A-WING | 2008年10月18日 (土) 11:10

A-WINGさん、今日は。

相対的な立場を採ろうとするあまり、という感じにも思えますね。

それにしても、ニセ科学については、誤解が甚だしいですね。きくちさんともやり取りしたのに、あれほど理解されていないというのもなかなか…。

投稿: TAKESAN | 2008年10月18日 (土) 11:48

言及しようかと思ったんですが、やめました。あれだけのやり取りを経た現時点でなおこんなことをおっしゃっている、と云うことは、つまり対話の費用対効果がぼくには支払いきれないほど低い、と云うことなので。

投稿: pooh | 2008年10月18日 (土) 12:01

poohさん、今日は。

感じとしては、論宅さんと似てますね。その前にちゃんと話を聞いて下さいよ、と思わず言いたくなるような感じ。

------

読み返すと、ウーロン茶の喩えが激しく微妙な気が…。

投稿: TAKESAN | 2008年10月18日 (土) 16:36

トラックバックありがとうございました。

コメントは、私の記事の中に【追記】させていただきました。

投稿: SeaMount | 2008年10月19日 (日) 07:49

SeaMountさん、お早うございます。

わざわざお知らせ頂いて、ありがとうございます。手数をお掛けしました。

以下、追記部分へのレスです。

陰謀論がニセ科学に含まれる、という事は無いので、そこは押えて頂きたく思います。

量子力学の所ですが、ニセ科学を批判する者が、「ニセかニセでないか」の判断を、あたかも常識に従って行っている、かのごとく書かれていたので、あのように言及しました。

量子力学が今や科学の理論として認められているのは、様々な実験による確認によるもので、常識に照らして云々という事では無いのは、物理学のプロフェッショナルが最もよく理解しているはずです。そして、ニセ科学を主に批判しているのは、物質科学の専門家である、という所に思いを馳せるべきだと考えます。
従って、A氏の論は現状を把握していない的外れな指摘、と言えます。

よろしければ伺いたいのですが。

SeaMountさんは、ある主張なり仮説なりについて、
それが「科学的である」と判断する事は可能である、と思われますか? 言い換えると、「科学的である」と判断出来る領域を設定するのは可能だ、とお考えでしょうか。

ニセ科学論では、科学哲学上の境界設定問題も意識されています。伊勢田哲治氏の『疑似科学と科学の哲学』が参考文献としてよく採り上げられる所以です。ポイントは、グレーゾーンはあるにしても、はっきり白、はっきり黒、のどちらも言える、という事でしょう。

そして、疑似科学問題とニセ科学問題はイコールでは無い、という所も把握すべきです。

▼▼▼引用▼▼▼
『未実証であるのに効果があるように謳えば、それはニセ科学です』という部分については、これもなかなか一筋縄ではいかないと思います。正当な医学の分野であっても、きれいに実証されている部分もあれば、なかなかそうはいかない部分もあると思います。これについては、いろいろな思いがあるですが、もう少し整理したいと思っています。
▲▲引用終了▲▲
これは、読み違えておられます。

私は、未実証であるのに効果があるように謳えば、と書きました。「手続きがなされていない」という意味で未実証である事を確認するのは、比較的容易です。まともな査読付きの学術論文が無い、などから判断出来るからです。
たとえば「ゲーム脳説」。これは、実験のデザインも杜撰、概念の定義も無い、きちんとした学術論文は存在しない、という意味で、「未実証」です。にも拘らず、提唱者は科学的に解明されたと仄めかしています。従って、「ニセ科学」です。

ニセ科学については、本文中で紹介したwikiをご覧下さい。あるいは、菊池教授が書かれたテキストでも良いでしょう。ニセ科学について、きくちさんともやり取りされたのにその認識は、失礼ながら、かなりずれている、あるいは遅れている、と言わざるを得ません。批判は、対象への正確な理解があって初めて妥当なものとなります。

投稿: TAKESAN | 2008年10月19日 (日) 10:43

SeaMountさん、こんにちは。

>、『未実証であるのに効果があるように謳えば、それはニセ科学です』という部分については、これもなかなか一筋縄ではいかないと思います。正当な医学の分野であっても、きれいに実証されている部分もあれば、なかなかそうはいかない部分もあると思います。

SeaMountさんは、「実証」の対象を「仕組み」と考えておっしゃっているんだと思いますが、医学の主な実証対象は「効果」なので、こういう比較のしかたは適切ではないと思います。
仕組みがわからなくても、効果は、統計などを用いれば、科学的に確認することが出来ます。

投稿: A-WING | 2008年10月19日 (日) 11:19

効果の確認は、入り口と出口との関連を解析するものですね。メカニズムは一応ブラックボックスでも構わない訳で。理論的考察と実証との違いとかも考えるべきですね。

もちろん、効果が確認されたとして、理論の説明があまりにもデタラメであれば、そこは別に検討すべきであろうとは思いますけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年10月19日 (日) 11:36

TAKESAN さん、A-WING さん、追記についてもお読みいただいきありがとうございます。

「A氏の論」については、私がこれ以上コメントすることは適切ではない気もしますが一言。A氏は、量子力学がまだ十分確立されていない段階でのことを言われたのではないかと思います。ただ、そうであれば過去形で書くべきだったかもしれません。いずれにしても、「論」というよりもたとえ話のようなものですので、それが不適切だとしてもA氏の主張に特に影響はないのではないかと考えます。

なお、このやり取りなどについて、A氏にお知らせするかどうかは迷っています(広く配布されているメーリングリストのようなので、A氏のメール自体をお読みの方は多いかと思います)。

>ポイントは、グレーゾーンはあるにしても、はっきり白、はっきり黒、のどちらも言える、という事でしょう。

これについては、『5.おわりに…石の中に玉もあることを』で書いたつもりでしたが、私も基本的に同じように考えていると思います。ニセ科学を叩く方は、黒なのにグレー、あるいは、グレーなのに白だと主張していることを批判されているのかと思います。私は、グレーゾーンの中に白がないか、あるいは、科学的に白とはいえなくても、何か自分の役に立つものがないかに関心があります。

ニセ科学と疑似科学問題という言葉は、あまりを区別せずに使っていました。これからは、SFと異なり、疑似科学なのに科学だと主張するものをニセ科学と呼ぶという理解で使っていきたいと思います。

実証の問題は、治療法がらみで、私にとっての一番の関心事ですので、上にも引用していただいたようにもう少し整理したいと思います。ただし、現在の理解でも、「仕組み」の問題と「効果」の問題の区別は把握しております。

ウィキペディアにもあるように、近年の医学で盛んに重視しろといわれる「エビデンス」というのは、「効果」についてのものです(それがないがしろになっていたという問題が医学にはあったわけです)。患者にとって、仕組みのわからないことは落ち着かない部分もありますが、問題は効果ですからこれはこれでいいのです(今は、「エビデンス重視」だけでいいのかという問題が提起されています)。しかし、そのエビデンスを得ることも容易ではありません。

>仕組みがわからなくても、効果は、統計などを用いれば、科学的に確認することが出来ます。

ということですが、統計データの取得も動物実験までは容易にできても、人間の段階となると様々な問題があります。「きれいに実証」と書いたのは、薬剤の「無作為化二重盲検比較対照試験」で確認されるような場合を想定しましたが、それ以外の治療法では、なかなかそのようにはいきません。また薬剤でも、そこからむプラシーボ効果のことも大きな課題です。

今後のこともあるかもしれませんので、表明しておきます。私の今の関心は、端的に言ってしまえば、生き延びることです。そして、生き延びるその世界が、あまりに大きな虚偽に満ちたものであることには非常に抵抗を覚えます。その点の象徴的な問題が「9・11テロ」なのです。

したがって、マイナスイオンや「水伝」などのことにはあまり関心がありません。それで被害を受けたと思う人が、問題にすればいいのだと思います。科学の知識のある方が、そのような人をお手伝いすることはいいことだと思います。そして、最終的には、政治、行政、司法の場で解決されていったらいいと思います。

手助けの要請がなくても、外国まで「従軍慰安婦訴訟」の原告を集めに行った弁護士のようなことをされる方もいるかもしれません。それが、出世のためであろうと、名声のためであろうと、自己満足のためであろうと救われる方がいればそれはそれでいいのでしょう。

あるいは、当人はその状態でいいと思っているのに、「騙されている人がいる」ということで、声高に本など出される場合もあるかもしれません。そう言われて、心の平安を乱されてしまう人もいるかもしれませんが、それもしょうがないのでしょう。

長くなりましたので、これで終わりにします。私のブログの方で、このやり取りを引用させていただいき、展開したいと思う部分があればするかもしれません。

なお、取りあえずの時間がないので、紹介されたものなどをきちんと見ずに書いてしまいました。それについてはもう書いているよということもあるかもしれませんが、悪しからず。

投稿: SeaMount | 2008年10月20日 (月) 07:31

SeaMountさん、今日は。

▼▼▼引用▼▼▼
量子力学がまだ十分確立されていない段階でのことを言われたのではないかと思います。
▲▲引用終了▲▲
仮にそうだとしても、ニセ科学というのは、充分確立されていないものを確立されたと言う事なので、的外れであるに変わりありません。

よろしいですか。今ニセ科学と判断されたものが、将来実証され、信頼性ある理論として認められるとします。
その場合、ニセ科学であったという判断が覆る訳ではありません。この論理は重要です。

A氏にここを教えるかどうかは、ご随意にどうぞ。

▼▼▼引用▼▼▼
私は、グレーゾーンの中に白がないか、あるいは、科学的に白とはいえなくても、何か自分の役に立つものがないかに関心があります。
▲▲引用終了▲▲
個人の役に立つか否か、というのは、それこそ個人の勝手、という領域なので、他人がどうこう言うものではありませんが、個人が信じるというものでも、情報は外に伝達されるので、他人に全く無関係にそれに関心を持つ、というのは現実的には難しいとは思います。

そもそも白が何故白と言えるか、凄まじい長い年月をかけ、数え切れない人間が取り組み、観察や実験を行って、応用科学や技術に利用され、その妥当性が確認されているからです。

▼▼▼引用▼▼▼
疑似科学なのに科学だと主張するものをニセ科学と呼ぶという理解で使っていきたいと思います。
▲▲引用終了▲▲
厳密には違います。科学的には未確認だがあるかも知れない、という程度のプロトサイエンスでも、科学的に実証されたと流布されれば、それはニセ科学と看做されます。
ニセ科学は疑似科学の部分集合では無く、実態とラベルの乖離についての評価である、と言えます。

プラセボについては、ちょうど先日話題になったので、よろしければどうぞ⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-9035.html

ニセ科学に関心を持つべきだ、という話では無く、ニセ科学批判に対して批判的に言及するなら、語の用法くらいは踏まえておくべきだ、という事です。現に、あまりご存知無いのに批判を展開されましたね? 陰謀論がニセ科学である、というのが誤謬であるのも理解して下さった事と思います。

関心が無くても妥当な論評は出来るし、関心があっても理解不足で的外れになる事はあります。そういう話なのだと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年10月20日 (月) 12:05

ああ、すみません。

▼▼▼引用▼▼▼(TAKEASAN)
A氏にここを教えるかどうかは、ご随意にどうぞ。
▲▲引用終了▲▲
勘違いしてました。A氏に問い合わせて、私のブログで採り上げられた事も知らせるかも、という風に読んでしまいましたが、そんな事は書いておられませんでしたね。SeaMountさんのブログでの引用について問い合わせされたのですね。

失礼しました。

※もちろん、ここについても書いて頂くのは構いません。A氏の文は私も孫引きしておりますし。

投稿: TAKESAN | 2008年10月20日 (月) 18:41

申し分けないのですが、疑似科学とニセ科学の「厳密」な定義付けに踏み込むつもりはありません。ただ、下の記述はなるほどと思ったので、参考にさせていただきました。

   ******** 以下引用 ********

ニセ科学は、似非科学、疑似科学、トンデモ科学、超科学(または、ちょー科学、ちょ~科学)などとも呼ばれます。それぞれ微妙にニュアンスが違いますが、私は「ニセ科学」がいいと思っています。なお、「疑似科学」という言葉を使うかたが多いのですが、この言葉には価値判断は含まれません。SFの評論などでは「よくできた疑似科学的説明」などという使い方をすることがあり、この場合はむしろ褒め言葉でしょう。私はSFファンなので、「疑似科学」という言葉はこういう場合のために温存しておきたいと考えています。(菊池誠)
http://www.cp.cmc.osaka-u.ac.jp/~kikuchi/nisekagaku/index.html

投稿: SeaMount | 2008年10月21日 (火) 05:47

SeaMountさん、今日は。

ニセ科学と疑似科学に厳密な定義や違いがある、というより、科学哲学上の議論と全く意味でも同じ文脈でも無い、という事です。これは踏まえておいて下さい。と言うか、ニセ科学論を批判なさったのだから、踏まえておくべきでした。

投稿: TAKESAN | 2008年10月21日 (火) 12:36

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