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2008年9月29日 (月)

ワタリさんへ

後藤和智さんの新刊!(続)「おまえが若者を語るな!」|女子リベ 安原宏美--編集者のブログのコメント欄で、ワタリさんにレスしました。その後にワタリさんのコメントが入っていましたので、こちらにレスを書きます。

なんか、思い込みを前提とした発言がありますね。

近代の科学技術については、自分はそれを絶対肯定もしなければ絶対否定もしない中道的な立場にあります。

絶対肯定、絶対否定、とはどういう意味なのでしょうね。よく解りません。「中道的な立場」はもっと解りませんけれど。

だけど、わたしのようにまだ博士号をとっていない、科学者のコミュニティからすれば知的に半人前どころか十分の一人前? くらいのものは決して大事な社会問題について意見を言ってはいけないというのが、たぶん科学者のコミュニティの最大公約数的見解なのだろうと思います。

多分、ですよね。「多分」を基に論を組み上げて良いのですか? 知的に半人前か否か、というのは、博士号を取得しているか否かとは別の話でしょう。
そんな「最大公約数的見解」というのがあるのですか。知りませんでした。

読んでいて不快になるほどの、卑下が現れている文章ですが、不快になるのは、単に卑下が書かれているからでは無く、それが結果的に科学者をも馬鹿にしているから、ですね。

私は博士号など持っておりませんが、幾人かの科学の専門家とやり取りはしています。その中には、非・科学者が「決して大事な社会問題について意見を言ってはいけない」、などというふざけた認識を持っている方はいません。こちらが非・科学者だからといって舐めた態度を取る方もいません。

ワタリさんは結局、プロは素人をまともに相手しないに決まっている、と言っているだけですよね。そりゃあ、最初からそんな姿勢の人を相手にはしないかも知れませんね。

ところで、初めに書かれた「科学主義」の話はどこへ行ったのですか?

まあ、率直に言うと、「一体科学者をどんな存在だと思い込んでいるの?」という感じですね。思い込みで勝手に断絶を作ってどうするんですか。

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余談。

科学者の方と科学の話をする時は、凄く怖いです。プロフェッショナルですからね。何年も訓練して、それで飯を食っている人達なのですからね。でも、だからといって、自分が非専門家だから、という逃げ道を用意しちゃいかん訳ですよ、絶対。同じ土俵に立っている以上、下手したら滅多打ちにやられるのは覚悟しなくてはならない。そして、手加減無しにそういう姿勢を取ってくれる相手に、感謝しなくてはならない。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

TAKESANさんおはようございます。

結局、この方の論って一種のわら人形論法ですよね。

過去に居た数人の学者の研究手法への批判を、科学の研究手法全体に広げて当てはめる手法を使って、科学者すべてを批判するところなんかはもうそのまんま。

そこに「博士号を持たない自分は科学者一般から抑圧されるような存在だ」的な悲劇のヒーロー気取りの発想(というより妄想)が加わって余計にタチが悪くなっているという。

正直見飽きた論法でウンザリさせられます。

投稿: 内海 | 2008年9月29日 (月) 06:40

内海さん、今日は。

今回はむしろ、科学者を優れた存在だと認めつつ卑下している、というように見受けられました。一種の憧憬といいますか。
なんでしょう、エリート批判みたいな感じでしょうか。

科学者と普通にやり取りしている非・科学者たる自分は一体なんなのだろう、なんて思います。

科学者の皆さんも、こういうずれた特別視をされてはかなわんのではないでしょうか。

投稿: TAKESAN | 2008年9月29日 (月) 12:31

いろんな意味で拙い文章ですね。
 トンデモで現行の科学批判に捕まる人の多くが,「脳内科学」批判者であることを考えると,少しばかり長いコメントを書いてみたくなりました。

>例えば、S・J・グールドが「ダーウィン以降」で指摘するように、科学が人種差別や女性差別を正当化する一面が過去にあったこと、あるいは金田一京助のアイヌ研究が取材されるアイヌに対するかなり強引な取材によるものであり、どうやらそれによる死者さえ出ていることなどをかんがみれば、そう簡単に科学的でないならものを言うななどと言えないのではないでしょうか。

 グールドは,科学がダメだと言って自己否定みたいなことをしているわけではありません。科学の名を借りたニセ科学による人種差別女性差別の歴史の問題を述べただけです。「人間の測り間違いは」いってしまえば,その分野にコミットした疑似科学批判本です。科学が人種差別や女性差別を正当化する一面があったわけではありません。トンデモが正当化してきただけです。それを,現代科学社会になった今でも散見されるニセ科学を叩くためにグールドは腫瘍を抱えた軀で戦ったわけで,彼の断続平衡理論は支持を得られませんでしたが,その部分だけは,多くの分野の研究者が尊敬したわけです。
 また,対象物に敬意を払うのはあたりまえで,研究材料として,野外からサンプリングしてくる学問ばかりではありませんよ。これも酷い価値下げです。学問が稚拙な時期においては,そういう例ばかりでしたが,今は,どういう「酷い方法」でデータを取ったか後で検証できて批難するのは,最近の研究者で,シビアです。

>また、水俣の人たちが科学者が発見する前に、胎児性水俣病の存在を示唆する発言をしていたことも後藤さんの論理では蹂躙されてしまいます。

研修者が,中央官庁ー環境庁からやってきて公式にという流れて,現地及び近県にその分野の研究者で戦った人が居なかっただけです。今よりずっとその分野の研究者は少なかったし,分析機関もわずかでした。
 科学的裏付けという別の線路を進まないと動かない世界もあります。じゃないと,思いつきの飯田市トンデモと区別されずに暴走する(実際,水伝とか暴走しているけど)恐ろしい世界になってしまいます。
 イリオモテヤマネコも動物作家が自著で紹介する前から地元の方はご存じでした。でもってイリオモテオオヤマネコというUMAの話もありますが,では,イリオモテオオヤマネコは実際にいるのでしょうか。

>生態学者の川邦辺浩哉は、専門家よりも漁師のほうが魚をよく知っていた例を報告しています。

 研究者を価値下げする意味で,いくつかの勘違いが混じっています。先ずマクロ生物系では,実験室はフィールドにあります。絶対観察時間が研究者が及ばないほど見ている漁師が,研究者が見ていない観察をしていることは普通にあるわけで,川那部さんも,そういう逆転現象があると述べているだけです。マクロ生物系において,全てが層とは言えませんが,フィールドにいないということはラボに入って試験官を振ってないのとある意味同じですから。基本的に今の生態学は川那部さんが現役の時よりは遙に進んでいるので,若いロクに観察もしていない研究者が,既に過去の学会などで自明になっている事実を知らないがために勘違いを起こすことがあっても,きちんとトレーニングを受けてきた研究者が,トレーニングを受けてこなかった門外では理解できない事象の解析を行てより心理に到達できるのは当たり前の話です。あと,データ地震が研究者を鍛えますか,経験的に見てきていてもデータを取れないと,使えないのは普通です。で,その分かる漁師さんや農家の人はそれなりにデータを取っているというのが普通ですね。となれば,立場違えど,ずっとフィールドにいながら自然科学者てきアプローチをされているというだけですよ。勿論深い解析屋統計処理を知っておられるというわけではありませんから,扱える現象は限定されます。
 勿論経験的,直感的に真実の一部に到達している漁師さんや農家の方はお出でです。逆にいえば,そういう方々と経験未熟な若造が,頑張れば短期間に渡り合えるほどのツールを近代生態学は与えられるレベルにはなっています。

 研究者から漁師や農家に転業した人を何人か知っていますが,彼らが,なぜ成功しているのか,周辺の漁師や農家の方では理解できないというのもあるのですよ。こういう科学の価値下げを平気でやってしまうということは,本物の学問や研究者の凄さを知らないという風に拝察されます。というか漁師であれ,農家であれ,研究者であれ,武術家であれ凄い人は凄くて,駄目な人は駄目というだけです。ついでに話は逸れますが,似ていて異なる分野での適応能力に関しても,限界も制限もあります。タイガー森がフェンシングで打ち負かされた事実をして,日本剣術を駄目と見るか,僅か数ヶ月で全米代表レベルになった事実を見て,驚くべき日本剣士の能力と剣道の凄さと見るか・・・その人の物事を理解する力量によるでしょうね。

 寧ろ中途半端に学問を囓った人ではなく,本物の漁師さんや農家の方の方が,そういった専門家の凄さを素直に理解されますし価値下げするなんてことはありません。よく見ている人ほど上には上がいるし現象がどんどんカオスになっていく事例の方を沢山ご存じなので,謙虚ですね。
 私が尊敬する農家の方からは,ああ,おれもc_Cさんみたいに学問習っときゃもっといろいろなことが分かったのにと言って貰えて,いえいえ,まだ私はあなたに遠く及ばない部分が嫌になるくらい見えます,いう会話になるのが普通です。そして,その方が,もしも研究者になっていたら,やっぱり凄かっただろうなと思うわけです。立場が違ったら,人が駄目になったり良くなったりするはずがないわけで,逆にいえば,能力をスポイルするようなものがその科学分野にあるのならば,それは,科学ではなくて,その分野か,研究室か,学会システムか,そこに居る人たちそのものが少々拙いだけなのではと思います。

ちなみに
 科学者ー技術者ー技能者
 応用工学ー自然科学(ミクロ生物系)ーマクロ生物系

の間の違いをどうお考えになるでしょうか。下の並びはもっと拡散した他の分野が存在するので,直線的な配置は少々矛盾がありますが,これらは,今のクロスオーパーした学問体系の中では,関連領域は重複しており区分は曖昧です。隣通しでは連続したスペクトルのような関係になっていると思われますが,両端の違いは,極論すれば文系ー理系並の開きがあると私は思っています。ゆえに,科学とか科学者とか,ひとまとめにして語ること自体が,かなりの矛盾をはらむことを理解しておくことはとりあえず必要かなと思います。また,研究室インフラに依存する学問とそうでない学問とでは,研究者の考え方や制約,学会の性質もかなり異なります。

投稿: complex_cat | 2008年9月29日 (月) 18:09

こういったコメントを頂けるというのは、本当にありがたい事です。是非ともワタリさんに読んでもらいたいです。

▼▼▼引用▼▼▼
 研究者から漁師や農家に転業した人を何人か知っていますが,彼らが,なぜ成功しているのか,周辺の漁師や農家の方では理解できないというのもあるのですよ。
▲▲引用終了▲▲
▼▼▼引用▼▼▼
 私が尊敬する農家の方からは,ああ,おれもc_Cさんみたいに学問習っときゃもっといろいろなことが分かったのにと言って貰えて,いえいえ,まだ私はあなたに遠く及ばない部分が嫌になるくらい見えます,いう会話になるのが普通です。そして,その方が,もしも研究者になっていたら,やっぱり凄かっただろうなと思うわけです。
▲▲引用終了▲▲
大変示唆的だと思います。農家の方で、通信制の大学に入りなおして勉強・研究なさる方もいらっしゃいますね。そういうのを考えると、わざわざ科学者と非・科学者との間に断絶を作る必要など全く無い、と思うのです。かく言う私も、実証科学や科学者を毛嫌いしていたクチですからね。経験も踏まえて、そう思います。

投稿: TAKESAN | 2008年9月29日 (月) 19:32

いや,慌てて思わず熱くなって書き込んでしまったので,誤変換ミスが目立ちます。お許し下さい。

>わざわざ科学者と非・科学者との間に断絶を作る必要など全く無い、と思うのです。

仰るとおりです。
 奄美大島に伝説のAさんというハブ取り名人の方がお出ででした。
ハブは本ハブを捕れば5000円で売れます。血清を作ったりするには欠かせないわけで,タクシーの運転手さんなどは皆,ハブを捕る道具をクルマに積んで小遣い稼ぎしておられます。でも,ハブ取りだけで生計を立てて,息子さん達を大学まで生かせることが出来たのは,全島広しといえどもAさんだけです。The Last Snake Hunterです。
 で,ハブも個体数が激減していますが,そのAさんのデータ・ノートは,未だに威力を持っていて,彼のご遺族の一人がそれに目を通してすっと山に消えていくと,必ずハブを捕って戻ってこられます。季節性,再現性のある手法にまで言及した記述データをAさんは,深い観察から残されていたのです。

 自然科学では,データ自身が本人をトレーニングして高めに上げていくという力があります。逆にいうと,使えるデータが取れるようになっていない人が,自然科学を語るのは,かなり傲慢だと認識していなければなりません。
 水伝のあの「データ」がデータと呼べるような代物でなく,赤ちゃんの観察みたいな話を人々に聞かせているレベルで,本人達も,全くデータからフィードバックが掛かっていないのを見れば,彼らがいかに,自然に対して不実,傲慢で,科学にコミットできるような立場でないかははっきりしています。
 マクロモデルで偉そうなことを言ってもミクロモデルでまともなデータを取って検証できない人たちが,多くの場合混乱を誇張します。だから優れたマクロモデルを扱う方はミクロモデルをやっておられる方に対して謙虚ですよ。

 そういう人たちに,アリでも金魚でも猫でも雨でも何でも良いですから,既存事実でも何か法則か検証できるデータを取らせてみれば分かります。
 データ取りで赤ちゃんレベルだと分かるので,データを取らせてみたいですね。

投稿: complex_cat | 2008年9月30日 (火) 08:16

complex_catさん、今日は。

科学者は非・科学者の言う事など相手にしない、というのも、非・科学者が、科学者を経験不足の理屈を捏ね回す手合いだとして見下す、というのも、どちらもステレオタイプなのかも知れませんね。そういう人は当然いるでしょうけれど、別に典型例という訳でも無い、と。

そのハブ取り名人のお話は示唆的だと思います。それは、単に非・科学者である専門家の方法の方が優れている、というのでは無くて、優れた腕前と認識力を持った人の方法が、科学者による洗練された方法に匹敵する場合がある、という事で、つまり、収斂する、という事なのだと考えます。

科学者以外の専門家の独自の観察等によって得られたものを科学者は顧慮しない、というのも、結構見られる思い違いですね。

これは、以前、調理学の講義で聞いた話なのですが、ある老舗の蕎麦屋では、出汁を取る際に、一般ではちょっと考えられない方法を用いるらしいんですね。いわゆる秘伝というやつなのでしょう。
で、科学者は、それには何か合理的な理由があるに違いない、と考えて、料理人に取材し、メカニズムを追究していく。断絶など作っていては、こんな交流は無理な訳で。

▼▼▼引用▼▼▼
 マクロモデルで偉そうなことを言ってもミクロモデルでまともなデータを取って検証できない人たちが,多くの場合混乱を誇張します。だから優れたマクロモデルを扱う方はミクロモデルをやっておられる方に対して謙虚ですよ。
▲▲引用終了▲▲
これは、聞かせてあげたい人があちらこちらにいますね。社会学方面で、「データ萌え」、「統計萌え」なんて言葉を使った人とか、ね。

投稿: TAKESAN | 2008年9月30日 (火) 11:56

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