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2008年9月23日 (火)

考えられない表現

もう、ね。

勘弁して欲しい。

http://www.sendai-c.ed.jp/~nanzai/2008/koutyou/koutyo47.swf(要FLASH PLAYER)

子どもたちを守るために(その1) - 生かされて

人は前頭葉を使ってものごとを考えますが、ゲームをしているときは後頭葉しか働いていないそうです。前頭葉の機能の低下は最新の脳科学機器で証明されています。まさに「脳みそがくさる」状態ですね。

”「脳みそがくさる」”

Naritarianの成田的生活  20070929(google cache)

PTA主催の講演会「テレビ・ゲームで脳みそがくさる」の参加のためだ。

テレビゲームで脳がくさる!? - 阿部清人のオフエアブログ - 楽天ブログ(Blog)

http://kinomi-hoikuen.com/kinomi-otayori200802.html

 さて、先日保護者会の最後の行事として“テレビ・ビデオ・ゲームの影響を考えよう” ~脳みそがくさる?~ と題された講演会が、木の実西部保育園と合同で開催されました。

ゲームの恐怖を煽る言葉としては最高の選択だ。という事は、最悪の言葉遣いだと言える。

田澤雄作でググると、色々出てきますね。anomyさんやたこやきさんも採り上げておられる。ゲーム脳的概念を広めている人間の一人のようです。

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コメント

田澤氏は、日本健康行動科学会の理事の一人です。

彼の主張としては、テレビゲームなどの画面は、脳に疲労を蓄積させる。そのため、ゲームなどをしていると、脳が慢性疲労に陥り、結果として不登校などに陥らせてしまう、というものです。
勿論、そこに「ゲーム脳」なども加えていますし、また、著書の中で「ゲームをやっている子供は例外なく、脳が疲れている。もし、元気なように見えても、それは麻薬中毒でハイな状態と同じで、やはり異常な状態である」などと言う凄まじいことを言っています。

投稿: たこやき | 2008年9月23日 (火) 19:47

「壊れる」という表現は聞いたことがあったけど「腐る」という表現は聞いたことなかった……
10月の学術大会が楽しみです。

>私はその後,テレビやゲームの影響について「脳みそがくさる」という格言を利用しています。現代の脳科学は,「脳みそがおかしくなる」「前頭葉の機能が低下する」ことをまさに証明したばかりです。

長期的に見た結果なんか出てもいないのによく言えたものです。

投稿: アルファ | 2008年9月23日 (火) 21:12

たこやきさん、今晩は。

 >田澤氏は、日本健康行動科学会の理事の一人
 >です。
ああ、なるほどねえ…。

典型的な詭弁ですねえ。恣意的な解釈。色々活動しているようで、困ったものです。

------

アルファさん、今晩は。

森氏の言葉が穏当に見えてしまうくらいにひどいですね。さすがに「くさる」は、比喩としても、使おうとする科学者は、なかなかいないと思います。

森氏の遊びを「現代の脳科学」とは、失笑ものです。

スネークに期待せざるを得ません。

投稿: TAKESAN | 2008年9月23日 (火) 23:24

こんにちは。田澤雄作でこんな記事があります。
http://mainichi.jp/select/science/news/20081031k0000e040072000c.html

あくまでも気をつけなければならないのは、記憶力や判断力の低下の原因は睡眠リズムの狂い、睡眠障害であってゲームそのものではないということです。
夜中にゲームやネットやケータイ電話、つまるところ光る画面(画面じゃなくてもいいけど)を見続ける行為が睡眠障害を誘発することはありえます。
ただし、この記事の症例は「夜に」「1日6時間」というあまりにわかりやすいものであって、それを一般論にするのは(メンタルヘルス問題を我が事とするanomyの立場としても)いささか危なっかしく感じます。
普通に睡眠障害の治療法として論じられる問題をあたかも新しい病気を発見したかのように喧伝するのはどうしたものか、と思う次第です。

投稿: anomy | 2008年11月 4日 (火) 21:10

anomyさん、今晩は。

anomyさんも仰ってますし、これは何度も書いていますが、事例は事例であって、一般化には色々な観点から考慮していく必要があります。

田澤氏に関しては、全くダメである、と言っても差し支え無いだろうと思います。部分的に同意出来る所があるかどうか、と見ていけば、言っている事がまともだ、というのはあるでしょうから、誰が言っている事でも賛同は可能。
田澤氏は、医学・医療に関わる者として絶対に用いてはならない表現を使っているし、ゲーム脳支持なので、全くダメです。

そのような方の見方には、バイアスが掛かっているのは間違い無いでしょうね。報告に反映されるかは不明ですが、少なくとも、ゲーム脳説に立脚している以上、そう考えるのは妥当だと思います。

えっと、ところで。
anomyさんは、私がゲーム悪影響論一般を否定していない、というのは理解して下さっていますよね?

私は、科学的な主張を行うには事実に基づいた証拠が必要だ、という立場で、また、そう「あるべき」です。当然、ゲームがどういう悪影響を及ぼすかは大いに研究されるべきだし、まだ充分では無いとも考えています。

しかし、理論的考察を不充分なエビデンス無しに一般化してしまってはならない訳で、そこはとにかく注意すべきです。何故ならば、他の原因を見逃す可能性もあるからだし、何かを原因と仕立て上げる事で、それがステレオタイプを生み出し、社会的な要因として問題を及ぼす可能性もあるからです。

個人的には、記事にある、ゲームを止めさせたら笑顔が戻った、という記述は、とても象徴的な、嫌らしい書き方だと思っています。それが意図的で無くとも。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 4日 (火) 23:24

あくまでも、私の感想、ということなのですが、田澤氏の著書の中にあるケースというのは、それを「ゲームのせい」にして良いのだろうか? と感じるものが多くあります。
というのは、そこに書かれたゲーム漬けで不登校になった子供というのは、学校で虐めにあっている、とか、両親が不仲で諍いが絶えない、などというようなものが多いためです。つまり、学校や家庭での問題によるストレスなどがまずある、と感じるものが。

田澤氏は、そういう子供からゲームを取り上げたら治った、と言っているのですが、子供の異変ということで、両親が子供をしっかりと向き合ったことで、子供の不安、ストレスなどが改善された可能性っていうのが考えられるのではないか、と思えてなりませんでした。
それだけに、そういう要素を無くして、ただ「子供からゲームを取り上げれば問題は解決だ」っていうのは、本当、危険だと思います(同じことは、ブルーナー夫妻による『子供をゲーム依存から救うための本』にも感じましたが)

「ゲーム脳」ということを支持していることとは別に、田澤氏のこの主張について、どうしても首を捻らざるを得なかったですね。

投稿: たこやき | 2008年11月 4日 (火) 23:53

たこやきさん、今晩は。

私は田澤氏の著作は未読ですので、参考になります。

他の要因が絡んでいるのを見逃す可能性がある、という事ですよね。私が考えているのもそこです。魚住氏や岡田氏による事例報告も、同じような見方をする事が出来ますね。

構造的には、三た論法にも似ているように思います。
 1.ゲームを止めさせた。
 2.身体的・心理的な問題が改善した。
 3.ゲーム禁止に効果があった。
参照⇒http://home.kanto-gakuin.ac.jp/~kurasawa/jyouhou/kouza1999.htm
といった感じでしょうか。この場合は、○○を止めた、というものだから、全く同じでは無いかもですが、アナロジーとしては使えると思います。

やはり、自身の経験を過度に一般化している可能性がありますね。そして、それ以前に、自身の経験についての解釈そのものが当たっていない可能性もある、という。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 5日 (水) 00:25

>anomyさんは、私がゲーム悪影響論一般を否定していない、というのは理解して下さっていますよね?

基本的にゲーム悪影響論とゲーム脳は切り離して考えたほうが理解しやすいので、
ここでは前者については「証拠不足」として保留し、後者について言葉の成り立ちや使用法について論じている、って理解です。
TAKESANさんの文章を読んでanomyは情報技術の脳への影響と「ゲーム脳」を切り離して考えましょうという考え方になったのです。

>しかし、理論的考察を不充分なエビデンス無しに一般化してしまってはならない訳で、そこはとにかく注意すべきです。何故ならば、他の原因を見逃す可能性もあるからだし、何かを原因と仕立て上げる事で、それがステレオタイプを生み出し、社会的な要因として問題を及ぼす可能性もあるからです。

ゲーム脳を批判する文章を知り合いに読ませてみた時の彼の感想が「ゲーム脳は科学じゃない、政治だ」というのを聞いたとき、ハッとしましたよ。
そこには「最近の若者はだらけている」という根拠のない偏見があり、その偏見の補強として「ゲーム脳」が存在しているわけですから。
つまり、「ゲーム脳」によってステレオタイプが生み出されたのではなくて、ステレオタイプに利用されてしまっている「ゲーム脳」なのです。
企業社会側が若者に「10年は泥のように働け」と希望し、その希望に反して若者が3年もしないうちに会社から逃げ出す、ってのがどこにでもあることなのだったら、「最近の若者は辛抱が足りない」と愚痴の1つも言いたくなる気持ちはわからないではないですが、その愚痴を正当化する屁理屈が「若者はゲームのようなすぐに結果の出るものに逃避しがちだ」などと言うものなんですね。
実際は、セクハラ・パワハラ・長時間勤務・サービス残業・休みが取れないなど労働環境側の問題がある可能性を見ないようにするためですが。

投稿: anomy | 2008年11月 5日 (水) 12:59

anomyさん、今日は。

ありがとうございます。

ゲーム脳は政治だ、という見方は、当たっている部分があるでしょうね。もちろん、森氏がどう考えているかは不明ですが、そういう所に利用される面はあると思います。

▼▼▼引用▼▼▼
つまり、「ゲーム脳」によってステレオタイプが生み出されたのではなくて、ステレオタイプに利用されてしまっている「ゲーム脳」なのです。
▲▲引用終了▲▲
ここは、相互作用的な面があると考えられます。直感補強のために用いられた論が利用され、ステレオタイプを益々強固なものにする、というネガティブなスパイラル。

他の要因から目を逸らせる、という機能があるのでしょう。意図的・非意図的に拘らず、そういうのはあると思います。だからこそ、事実あるいは根拠に基づいて考えなくてはならない訳ですね。何が起こっているか、何が原因か、というのをきちんと見抜かねばならない。
原因を誤謬してしまうのは、総体的にはデメリットでしかないと思っています。

投稿: TAKESAN | 2008年11月 5日 (水) 14:17

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