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2008年8月に作成された記事

2008年8月31日 (日)

掲示板

何となく、作ってみました⇒Interdisciplinaryな掲示板:@niftyレンタル掲示板

  • 基本、話題は何でもいいです。
  • 自由に議論なり雑談なりして下さい。
  • 私は全レスしません(て言うか、出来ないですな)。
  • いつ消すか判りません。
  • ブログの記事について話題にする、というのもいいかもね。
  • 画像投稿は出来ないようにしました。
  • 投稿時に画像認証があります。

お気軽にどうぞ。

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立ち方

武術における良い立ち方の説明。

まず、一般に見られる立ち方(クリックで拡大)。

Stand1

(あ、上に変な線が…。切り取りミスった。)

よく見られる姿勢ですね。周りの人を観察してみて下さい。ほとんどこうだと思います(静止時)。

重心が前に出ているのですね。で、それを支えるために、腿の前が働いて、後は弛緩している(慣れれば、同様の姿勢でも前側の力はある程度抜ける)。

肩は後方に引いて、いわゆる「胸を張る」、という体勢になっています。腰も入り過ぎていて、強く緊張しています。

次に、武術的な姿勢(クリックで拡大)。

Stand2

上の一般的な姿勢の逆ですね。

重心は後側にあり、それを大腿後面の筋肉で支えている。腰は中立。入り過ぎず反らさず。手の上に箒を乗せているようなイメージかな、理想的には。

肩は、落ちつつ若干前に出ます。基本なので、このまま固めるのはダメ。たまにいます。そうでは無くて、三角筋等が弛緩しているから、ある程度前に落ちる訳ですね。場合によっては「猫背」に見えます。達人の身体を見ると、不思議な事に、横から見ると猫背っぽいのに前から見ると真っ直ぐ、という印象です。それは、猫背というのが、上体全体が丸まっているのに対し、達人の姿勢は、脊椎は真っ直ぐでありながら肩甲骨や鎖骨が前に出ているために、丸まっているように見えるから、だと考えられます。

ところで、日本武術には、姿勢に関する要訣はそれほど多くは無いと思うのですが(全く無い訳では無いですね。柳生流の剣術や、五輪書にも、記述はある。弓道の要領でも見た事があります)、中国武術には豊富ですよね。含胸抜背・虚領頂勁・沈墜肩肘・尾呂中正 等々。これは、全く素晴らしい発明であろうと思います。

ポイントは、何故この姿勢が良いか、という所ですね。それには、バイオメカニクス的な合理的説明が求められるでしょう。あるいは、武術の構造(いつでもどの方向にでも対処出来ねばならない)からの要請も関係してきます。解りやすい所では、大腿後面の筋肉を効かす、腰背部の過緊張を防ぐ、等があるでしょう。過緊張を防ぐというのは、要らない筋肉は弛緩しておく、という事です。それは即ち、働かせるべき時に働かせるよう準備しておく、という意味でもあります。無駄に収縮していた場合は、それを一旦弛緩させたりしなければならないし、また、その収縮自体が拮抗的な運動を行い合理的運動を阻害する場合もあります。

先人は、これらの色々な面を合理的・経験的に認識したのでしょう。よくマンガなんかで、「立ち方を見れば実力が解る」、と言いますが、あれは大袈裟な表現では無く、こういったメカニズムを一瞬で総合的に捉え、情報処理して、(直感的にしろ分析的にしろ)「立てている」と認知する訳です。

参考文献:高岡英夫氏の本とか

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2008年8月30日 (土)

懐かしのゲーム

草なぎさん、テンション高いよ(笑)

何となく、実況風↓

気付いたら、気軽に書き込んで下さい(期間限定。ログは残さないです)。

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特典

DS『クロノ・トリガー』11月27日発売!予約特典はサントラCD - iNSIDE

むー。

これは実に良い特典。ファンの心をくすぐるんじゃないですか。なかなか心得てますね。

『時の回廊』は入っていないんですね。

YouTubeに、『クロノ・トリガー』と『クロノ・クロス』の曲を演奏したのがあるので、貼っておきましょう(こういうのも、やっぱりアウトなのかな)。

私はクロノシリーズはどストライクなので、鳥肌ものなのであります。

クロノ・トリガー オリジナル・サウンドトラック Music クロノ・トリガー オリジナル・サウンドトラック

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2008年8月29日 (金)

ひぐらし

ひぐらしファンの皆様。

おめでとうございます。

ひぐらしのなく頃に 絆 第二巻・想(※音あり注意。結構怖い系の音なんで、苦手な方は行かない方が良いかも)の主題歌が諫山実生さんに決まったそうではありませんか。

私はひぐらしやった事無いんで、作品については全く解らなかったりしますが。

諫山さんは今後、こっち方面に行くのかな。良い歌を提供してくれるのなら、どんな場であっても、大いに結構です。

ひぐらしのなく頃に絆 第二巻・想(限定版) 特典(内容未定)付き Video Games ひぐらしのなく頃に絆 第二巻・想(限定版) 特典(内容未定)付き

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名曲撰 ユメミゴコチ Music 名曲撰 ユメミゴコチ

アーティスト:諫山実生
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発売日:2007/12/12
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ゲーム脳Q&A:補足

ゲーム脳Q&Aの各回答について、補足。

このQ&Aでは、なるべく噛み砕いた説明を心掛けましたが、普段ニセ科学論で用いられる概念、あるいは他の色々な分野の術語とどう対応しているか、というのを書いてみます。

ゲーム脳とは、どういう意味ですか。

森氏はそれを、ゲームを長時間やることによる、人間の脳の前頭前野という場所のはたらきが低下してしまった状態前頭前野の機能低下、と説明しています。それによって、物忘れが激しくなる、すぐ感情を爆発させる、無気力になる、などの悪い影響心理学的な影響が起こる、と森氏は言っています。そして森氏は、その状態を、自分が開発に協力した脳波を測る機械脳波計(その精度には疑問がある)によって知ることが出来る、としています。

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ゲーム脳説は科学的に正しいのですか。

科学では、こうではないか、という新しい考え新奇の理論や仮説が出てきた場合、実験や観察、調査など様々な研究方法によってデータを集めて、それを処理適切なデータ解析することによって、その新しい考えが当たっているかどうかを確かめていきます。そして、研究をまとめたもの(論文)が審査査読され、審査に通ったものが、他の科学者などによっても同じように確かめられます追試。それで同じような結果が出た場合再現性、目新しいものであったその考えが、初めて科学の理論として認められます。ゲーム脳の考えは、そういう進め方が不充分で、きちんとした論文も無く、他のほとんどの科学者や研究者からは、理論としては認められていないのです。

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じゃあ、ゲーム脳はない、ということなのですか。

上で、ゲーム脳の意味はどういうものか、という質問がありましたが、本当は森氏は、「ゲーム脳がどういうものか」、その言葉の意味を、はっきりとさせていません。術語の定義の不足

どういうことかというと、森氏は、「前頭前野のはたらきが低下」とは言っていますが、それがどのくらい低下するのか、それをどうやって確かめることが出来るか、物忘れが激しいとか無気力になる、というのをどうやって調べるか、などについて、ほとんど何も書いていません。そして、それがどのくらいであれば「ゲーム脳」と言うのか、についても、はっきりとさせていません。定義・作業仮説等の不足

つまり、「ゲーム脳」という言葉が何なのか、が実はわからないのです。ですから本当は、あるかないか、自体が言えない、となります。つまり、問いの立て方の段階で誤っている

結局、ゲーム脳があるかないか、という前に、言葉の意味がちゃんとわからないので、科学として確かめようがない、と言えるのですね定義不明なので検証や追試・再現が不能。ですから、ゲーム脳説は、まず考えの出し方、確認の仕方の段階で間違ってしまっている、と言うことが出来るのです。

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「前頭前野のはたらきが低下している状態」を、確かめることは出来るのでは。

その通りです。前頭前野のはたらきが低下するとはどういうことか、とか、それをちゃんと測定出来るか、と考えて、実験や観察をしてみれば、色々な結果が得られるわけですね。前頭前野の機能低下というのは、生理学的現象なので、実現し得る。よって、神経科学的研究により検証可能

でも、前頭前野のはたらきを調べるのは、「ゲーム脳」についての話とは違う、という所に、注意しなくてはなりません。「ゲーム脳になる」、と「前頭前野が機能低下する」、はイコールでは無い。下でも説明

元々、「ゲーム脳」という言葉は、森氏が作ったものです。ですから、森氏がきちんと、この言葉はこういう意味ですよ、とはっきりさせなければならないのですそもそも森氏の造語なので、きちんと定義されねばならない。ところが、前の回答にもあるように、森氏は、それをやっていないのです。ある所では、単に前頭前野のはたらきが低下している、と言っていて、別の所では、すぐにキレるとか物忘れが激しくなる、という行動の傾向のことを指していて、また別の所では、森氏が開発に協力した機械によって出されたグラフの形の一つのことを指す、と言っている場合もあります。概念をきちんと設定していないから、多義的になり、恣意的に用いる事が可能になってしまう

つまり、実は、「ゲーム脳」イコール「前頭前野のはたらきが低下すること」、ではないのです。ですから、「ゲーム脳が正しいか間違っているか」イコール「前頭前野のはたらきが低下しているかどうか」、というわけでも無いのですね。生理学的な状態とイコールで結び付けてはいけない。その典型が、森氏の論を無視して「ゲーム脳はあるかも知れない」と語る類の主張。これは議論を混乱させる

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ゲーム脳と認知症は同じものなのですか。

森氏は元々、認知症について調べていたそうです。そこで、認知症の人はある特定の「脳波」を出すことを見つけ、脳波によって認知症を見分けることが出来ると考えて、研究したと言います。その中で、ゲームをやっている人にも同じような脳波が出てくるのを見つけ、そこからゲーム脳という考えが出てきたようです。生体信号のパターンから認知症を見分けるという研究の過程で、ゲーム脳という考えが出てきたようである。しかし、そもそも、その認知症に関する研究自体が、確立された理論では無い。以下で説明

でも、ここにはいくつかの問題があります。まず、「脳波」で認知症の見分けがつく、という方法自体が、広く認められているものではないことです。脳波で認知症が見分けられるなら、認知症の人はその脳波が出ていて、それ以外の人は出ていない、となっていなければダメですよね。そうでないと、認知症の人にも出るけど他の人でも出る、となって、結局、認知症の人を見分けることが出来ない、と考えられます。そして、実はその通りで、森氏の方法で、認知症の人をきちんと見分けられる、というのは、科学としてちゃんと確かめられていないのです。認知症以外の人でも同様の信号が見出されるならば、それは認知症診断には役立たないというのを意味する。逆に言えば、認知症以外の人にはそのような信号が現れない事をきちんと確認しなければならない

ですから、そういう方法でゲームをやっている人の脳波を測るやり方そのものが、実は誤っているのです。

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ゲーム脳を信じることにどんな問題があるのでしょうか。

ゲーム脳は、あると確かめられたものではない、その前に、それがどういう意味かもよくわからない言葉です。ですから、それを使って誰かをゲーム脳だと決め付けることは出来ない、ということです。そもそも定義が無いので、誰かをゲーム脳と判断する事自体が不可能である、という事

たとえば、何か問題行動を子どもが起こした場合、本当は別の原因があるのに、そこに目を向けさせずに、ゲームのせいにしてしまって、問題の解決が遅れたり、逆に悪化してしまうこともあるでしょう。たとえば親子関係であったり、学校での出来事が関わっていたり。それを見過ごしてゲームに注目してしまう危険性がある

お医者さんは、色々な所を診て、機械を使った検査をしたりして医師による総合的な医学的判断と、人間の観察では不可能な、精度の高い診断、よく考えながら、どういう病気かを判断して、より良い治療法を選んでいきますよね。それは、もし病気を見誤ったり、適切でない治療法を選んだりしてしまったら、大変なことになるからです。それを考えると、意味もはっきりとしてなくて、他のほとんどの科学者や医師に認められていないゲーム脳というもので軽はずみに判断してしまうのが、どれほど怖いことかが、よくわかるのではないかと思います。誤った判断によって原因をゲームと決め付けた場合、状態が悪化する虞もある

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森氏のゲーム脳の考えがもし間違っているとしても、子ども達のテレビゲームのやり過ぎを止められるならよいのではないでしょうか。

ここまでの回答で説明してきたように、森氏の考えは、最初の所で誤ってしまっているものです。ですから、ゲーム脳という言葉を使ってゲームを止めさせるのは、ウソをついて止めさせている、といえるのです。実態があやふやなものを用いて止めさせる

たとえば、とても小さい子どもに、ちょっとした迷信みたいなものを使って、やってはいけないことを教える、というのはあると思います。でも、ゲームの場合、それはこの世にいないものでもないし、それが好きでやっている人は、沢山います。ゲームをやるとゲーム脳になる、と言ってしまうのは、その人達に対しても、とても良くないことです。たとえば、ご自分が好きなものを思い浮かべて、それが悪い影響を与える、と証拠もないのに言われてしまった、とイメージしてみて下さい。そんな理不尽な話はありませんよね。ゲーム脳を使ってゲームを止めさせるのは、そういうことなんですね。ゲームは娯楽であり、一般に広く普及しているものである。よって、「ゲームをやっている人間は危険だ」、などの先入観(社会的認知)を広く形成する虞がある。ゲーム悪影響論一般なら考慮の余地があるが、ゲーム脳は立論の段階で誤っており、しかも極論であるので、極端なゲーム嫌悪を呼ぶ可能性もある。当然、根拠が無いにも拘らず非難するというのは、行ってはならない

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ゲーム脳を批判している人は、自分がゲーム好きだからそうしているのではないでしょうか。

ゲーム好きの人のほうが、ゲーム脳にも興味を持ちやすい、というのはあるかも知れません。それを考えると、ゲーム好きだからゲーム脳を批判することはありますゲームに興味を持っている人の方が、ゲームを非難する説に敏感になるというのはあるし、愛好しているものをけなされるのだから、反論を表明するのも多いと思われる。前の回答にもあるように、自分が好きなものが証拠もないのに悪いと言われているので、「それは違うよ」、と言っているのですね。

もちろん、中には、きちんと考えずに、自分が好きなものがけなされているから、という理由だけで、ゲーム脳を批判する人もいるかも知れません。色々な人がいますからね。愛好しているものが非難されているという事実そのものを、深慮する事無く否定する。対象が何であれ、そういうのは起こる

でも、ゲーム脳の考えが批判される一番の理由は、それがとても矛盾していて、きちんとした根拠がないからなのです。ですから、ゲームに関心をほとんど持たない人がゲーム脳を批判することもあるのですね。ゲーム脳が批判されるのは、その論が整合していないから。だから、ゲームをやらない人も批判を行う。陰謀論的反論としては、ゲーム会社から金を貰っているのだろう、というのが考えられるが

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ゲーム脳を批判している人は、テレビゲームをやり過ぎても悪影響はないというのでしょうか。

これまで説明してきたように、ゲーム脳が批判されているのは、説明が矛盾していたり、データのとりかたや見かたが誤っていたりするからです。ゲーム脳は、「ゲームをやり過ぎると悪影響がある」、とは同じ意味ではありませんし、ゲーム脳を批判しているからといって、「ゲームに悪影響がない」と言っている訳ではないのですね。

ゲームが悪影響を与えるかどうかは、色々な分野で調べられています。もちろん、きちんと研究して悪影響が確認されれば、それについて対処をするべきです。大切なのは、きちんと研究していかなければならない、ということで、ゲーム脳はそれが出来ていないから、批判されているのですね。

ゲームがどのように人間に影響を与えるかについて、お茶の水女子大学の坂元章氏が、とてもきちんとした研究をしています。

たいていのものごとには、良い面と悪い面がある訳ですから、それを両方きちんと考えていかなければなりません。つまり、ゲームに悪影響論があるかどうか、という問いと、ゲーム脳説は正しいか否か、という問題は、一応別の話である、という事。ゲーム脳は決して、「ゲームは心身に悪影響を与える」、などという一般論的概念では無い

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ゲーム脳を批判したいなら、森氏のように実験でデータを集めてからやるべきではないでしょうか。

科学では、新しい考え方や、それまでの考えと異なる理論を思いついた場合には、言い出した人に、それを確認する責任があります立証責任(挙証責任)。そうでないと、どんな突拍子もないものであっても、他の人がわざわざ、初めから確認しなくてはならないからですね。新奇な説を一々積極的に検証したのでは、コストが膨大になり、リソースの無駄遣いである

ですから、言い出した人がまず、きちんと実験してデータをとって、それをちゃんと処理して、論文を書く必要があります科学研究の土俵に乗せる。そして、それが審査されて、実験の方法はきちんとしているか、とか、それまでに見つかって正しいと考えられている理論と矛盾しないか、というのが確かめられなくてはなりません査読者による審査。さらに、審査に受かったものが、他の科学者によって本当かどうか確かめられて、そうして、どうやら本当のようだ他の科学者による追試。再現性の確認、となって、科学の理論として認められていくのです。これが、科学の研究の進め方です。

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テレビゲームはまだ新しい文化で、登場してからの歴史は浅いです。悪影響がないとは言い切れないのではないでしょうか。

確かに、テレビゲームの歴史はまだ浅く、内容がどんどん変わっている文化です。わずか30年足らずで一応、日本で爆発的ブームになった、ファミコンの誕生辺りの時期を想定、ファミコンからプレイステーション3まで、発展をしてきました。ですから、それがどういった影響を与えるか、という所を調べる研究は、今も続けられていますし、これからも続けていくべきことです。

また、テレビゲームは、どういう影響を与える、と言い切るのが難しいものです。なぜかというと、「ゲーム」には、色々なジャンルがあって、流行っているジャンルやソフトも変わっていって、映像の細かさや描き方の方向性、また、コントローラの形や仕組みも、めまぐるしく変わっていくものだからです。ですから、色々な角度から、慎重に研究をしていかなければならないのです。コンピュータ・ゲームは総合文化的なものだから、学際的に考究しなければならない。入力デバイスにしろ、出力される映像・音声にしろ、技術的な発展に従って変容していくものなので、変化を捉えつつ継続した研究がなされる必要がある

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ゲーム脳を批判している人は、子ども達がテレビゲームをやりすぎてもいいというのでしょうか。

もちろんそうではありません。ゲームは楽しいし、つい夢中になってしまいます。それに熱中して、他のことをやらなくなってしまうと、それは困ったことになるでしょう。そうならないようにしていくべきです。あらゆる文化について、「熱中」のプロセスについて考えていくべき

ですが、ゲームには有効な面もあります。それを通してコミュニケーションを深めたり、とても優れた作品に触れることによって感動する、というかけがえのない経験をすることもありますゲームの臨床的側面、芸術的側面。あるいは教育に応用するという観点もあるだろう(シリアスゲームなど)。なにごとにも良い面と悪い面の両方があって、それをきちんと正しく見ていかなければならないのですゲームというのはメディアだから、メディアそのものの特性とコンテンツの構造を共に見なくては、誤った分析に陥ってしまう。ゲーム脳は、そういう考え方を無視して、ゲームを根拠もないのに悪者にしてしまうものですゲーム脳は、コンピュータ・ゲームの総合的で多様な側面を捨象してしまう論である。これは、ゲームが好きな人にとってもそうでない人にとっても、不幸なことです。ですから、ゲーム脳を批判するのは何も、ゲームをいくらでもやっていいじゃないか、と言いたいからではなくて、ゲームには良い面もあるのだから、ちゃんと理解しながら付き合っていくのが、より良いやり方なのではないか、という考えからなのです。

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合気道のイメージ

質問。

「合気道」について、どういうイメージを持っていますか。

何でもいいです。気の力で云々とか、相手の力を利用する、とか。やらせだろう、的なネガティブなものでも、何でも。はっきりとしたイメージ自体無い、というのでも。

参考にしたいので、よろしくお願いします。

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2008年8月28日 (木)

信じ込んでいる

教えて!gooで、血液型と性格関連の質問を調べてみました。

血液型判断の好きな人への対応… - 教えて!goo

血液型で判断したくは無いのですが、私の彼氏はB型でして。。 - 教えて!goo

男性に質問です(O型の人いませんか?) - 教えて!goo

星座と血液型だけで - 教えて!goo

A型は歯止めがきくって本当ですか? - 教えて!goo

B型の男の人や付き合ったことがある方に質問です。(長文ですみません) - 教えて!goo

A型男性の方、教えてください。 - 教えて!goo

A型男とO型女って相性わるくないですか? - 教えて!goo

自分の血液型について - 教えて!goo

ややこしいねえ。ややこしい。

そして最後に、kikulog経由で知ったYahoo!知恵袋での質問。

私は今まで血液型にこだわってました。私はA型。 - Yahoo!知恵袋

憤りでは無くて、悲しみを覚えるのです。

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2008年8月27日 (水)

考察:その1

続くかどうか判らないですが、取り敢えず、その1.

田部勝也さんへのレスも兼ねています。

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TAKESANさんが“何を”「解っていて」と思っていらっしゃるのかは分かりませんけど、
Interdisciplinary: ようやく示された#comment-52253973

これは、「自覚」と言い換えた方が解りやすいのかも知れません。
つまり、ABO FANさんが、「自分の論の矛盾点」を自覚していながらやり取りしてきたのではないだろうか、という事ですね。

それは、コメントを頂いたエントリーで引用した「予防線」の部分を見ても、推測出来ます。

つまり、ABO FANさんは、「血液型と性格に関係が無い」と「血液型と性格に関係がある」が別の問題である、と主張しようとした訳ですね。これは、それが同じだとすると論が完全に崩壊するのを自覚していたからそう書いた、と見る事が可能です。要するに、あまりにもしつこく私が訊くから、それには答えつつ、でも「関係がある」とは別の話だと言い訳が出来るようにした(しようと試みた)。

私は、ABO FANさんが「答えない」所が、唯一の一貫性だったと思っています。それは、ここを答えてしまうと終わりだ、というのを理解していたからなのではないかな、と。

しかし、ABO FANさんは答えてしまった訳ですね。つまり、「定義してしまった」。これはもう、言い逃れ出来ない状況です。

当然、「関係が無い」の否定が「関係がある」ですから、ABO FANさんの定義を適用するなら、「関係がある」とは即ち、「帰無仮説が正しく無い」というのを意味します。しかし、それまでにABO FANさんが主張してきたのは、「血液型と性格は関係がある。何故かと言えば、”差が有意”だからである」、というものでした。そして、これは間違っている訳ですね。何故ならば、「帰無仮説が正しく無い」と「差が有意である」はイコールでは無いから。

ここで、完全に破綻します。ABO FANさんの主張の核心の部分の矛盾が、はっきりと示されたのですから。

帰無仮説というのは、母数についての仮説です。従って、帰無仮説が正しいというのは、母集団についての言明という事になる。今までABO FANさんは、母集団は想定していない、とひたすら私の質問に答えてきた(kikulogにて)訳ですが、それを自ら否定しました。

ABO FANさんはもう、定義を変えるか、「有意」である事が「関係ある事」の十分条件であるという意見を撤回するしか無い訳ですね。少しでも主張に整合性を与えようとするならば、そうするしかありません。

もちろん、母集団において差がわずかでもあれば「関係がある」と看做す、という定義は、誰も同意しないでしょう。その定義を今回、ABO FANさんはしました。はっきりとね。

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「解っていてやっているかも」、という推測については、もしかすると、私はABO FANさんを買い被っているのかも知れません。しかし、見縊るよりはましでしょうから、一応、そういう考えで取り組んでいます。

いずれにしても、主張の核を修正しない限り、ABO FANさんの論は、検討の価値が全く無いもの、と断言して全く差し支え無いですね。

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新しいエントリーが上がっていました⇒血液型と性格 - ABO FAN Blog: TAKESANさんのInterdisciplinary (8/26付)

案の定、私の態度に言及し、やり取りを終わらせようとしています。想定内。

まあ、よろしいです。定義をABO FANさんが示したのは事実なので、それ以上知る必要もありません。これからも、有意である=関係がある、といい続ければよろしいでしょう。めちゃくちゃな知識を流布されるのは好ましくありませんが、おかしな部分は明確に示されたので、ここを見に来る方々に対しては、それを参考にして頂きたいと思います。

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不老不死

はてなブックマーク - ねたくり町 - 加治佐功の発明の研究 1 「体外離脱応用不老不死装置」

老化を遅らせる、とかならともかく、「不老不死」になる○○(機械でも薬でも)を発明した、と言う人間がいたら、それは100%嘘つきですね。まあ、大概は、「擬似不老不死」とでも表現すべき主張なんでしょうが。

いずれにしても、そんな馬鹿者の言う事を信用する人、というのはやっぱりいるのかなあ。

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2008年8月26日 (火)

ようやく示された

ログチェックしようと思ったら、ちょうどABO FANさんから返答が。グッドタイミング。

血液型と性格 - ABO FAN Blog: TAKESANさんのInterdisciplinary (8/25付)

今後とも、一切答えるつもりがないと判断させていただきます。

あら、それは都合がよろしい。では、答える事に専念なさって下さい。私がABO FANさんの質問に答える必要など、そもそも無いのですから(何故なら、最初から、ABO FANさんの主張についてこちらが質問しているから)。

ですので、前者の定義が合意できなくとも、「血液型と性格に関係がある」の議論とは直接の関係はないはずです。

「合意」? そもそもABO FANさんは、「説明していなかった」のだから、合意など形成しようもありませんでした。

ひょっとして、TAKESANさんは、性格検査の結果が統計量ではない、と信じているのでしょうか?

私が何を考えているかと、ABO FANさんが説明するか否かは、全く別の現象です。

はい、具体的に、「比較対象となる複数の統計量」を示して下さい。

4.に帰無仮説の話がありますので、TAKESANさんが「有意な差がある」の意味を理解できないはずがないと思うんですが。
ひょっとして、理解できないふりをしているのでしょうか?
それとも、本当に理解できないんでしょうか?
万が一、本当に理解できないなら、私がいくら説明してもムダということになります。

はい、説明出来ないのですね。ありがとうございます。

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…。

……。

「帰無仮説が正しい」が「血液型と性格に関係がない」の定義になりますから

ああ、やっと答えてくれましたね。なかなか長かったなあ。

これは、ABO FANさんとやり取りしての、最大の成果かも知れません。どうですか>皆さん

これで、ABO FANさんの主張は完全に破綻します。どうもありがとうございます。

ですので、前者の定義が合意できなくとも、「血液型と性格に関係がある」の議論とは直接の関係はないはずです。

ここが予防線のつもりでしょうが、無意味です。

ここから議論は進むかな? 特に、もう訊く事は無くなったけど…。

ああ、統計的帰無仮説をきちんと具体的に挙げてみて下さい。不可能だと思いますが。

それと、やはり、帰無仮説の棄却は帰無仮説が間違っていると確定する、と考えていますね。あ、ここには別に、答えは要りません。もはや、何を書いても無駄ですから。

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コメント欄には、ご自由に書いて頂いてOKです>皆さん

もう充分示されましたからね。

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2008年8月25日 (月)

途中経過

ABO FANさんとやり取りして明らかになった事を、いくつか。

  1. そもそも、「血液型と性格に関係が無い」を定義出来ない(にも拘らず、「血液型と性格に関係がある」と主張している)。
  2. 「比較対象となる複数の統計量」なるものを具体的に示せない。
  3. 「有意な差がある」の意味を説明出来ない。
  4. どうやら、帰無仮説が棄却出来ない場合は、帰無仮説が正しいと看做すようである。

取り敢えずこんな所ですか。

色々解りました。ありがとうございます。

1のみから、ABO FANさんの主張は根拠が無い、と断言出来ます。

もしそうで無いと言うのでしたら、1・3・4の説明をよろしく>ABO FANさん

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2008年8月24日 (日)

守・破・離

はてなブックマーク - もっと学校で、テクニックを教えてくれればよかったのに

これは是非、corvoさんのような専門家のご意見を伺いたい所です。

私のブクマコメントはこれ↓

守・破・離 / 勝手に、「テクニック」を「小手先の技術」と意味付けしている人がいるような。 / 「型」とかにすると、また印象が違うかもね。/ 教えずに自由にやらせるのを是とするなら、成績はつけるべきでないよね。

特に違和感を覚えた意見。

そりゃきみに才能がないだけの話だろう/近代社会において絵なんてのは「別にやらなくてもいいこと」なので、勤勉な国民を育成するための学校教育でちゃんと教えるわけがない。芸事をやるひとなんて税制上のお荷物。( y_arimさん)

絵や感想のテクニックなど全く意味が無い。そもそも正解の無い物にテクニックを求める発想自身が貧困。増田は心を伸び伸びと楽しませる事をもう少し考えたほうがいい。(xevraさん)

どう思われますか?

型(あるいは、技術や技法)を教える事と才能を伸ばす事が、相反する、と思っている人がいますね。

これは、私の語感による言い方なので、ん、と思われるかも知れませんが。

自由と勝手は違うよね。

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必修化2

<武道必修化>中学校に道場新設へ 来年度予算要求60億円(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

関連エントリー⇒Interdisciplinary: 必修化

そんなに予算を割いてまでやる事なの?

武道というのは本質的に、暴力的な要素を含むものだから、高い精神性を持った指導者が丹念に指導していくのが重要でしょう。それをきちんと考察・研究せずに、まるで、「武道を経験する事そのものが、精神性を高める」、というのが自明であるかのように、安易に決定されているように思います。

まあ、必修化はもう決まったようなので、高度に記号化、あるいは様式的であって、競技の色合いが薄いのをやらせるのが良さそうに思います。型武道とかね。「簡単には使えない」ものをやらせる。日本剣道形とか柔道の型だけやる、とかどうでしょう。剣術の型ならば、たこやきさんも仰ったように体育館で出来ますし、木刀を使うので、慎重に道具を扱う、というのを学ばせる程度は出来るかも知れませんよ。高度に記号化されていれば、それを憶えるというプロセスも入りますし。

ところで、体育で柔道・剣道をやった方、それを体育の時間でだけやる事によって、何がしかの良い影響を実感しました? 後になって、やって良かった、と思った事はあります?

体力的に優位な子どもがそうで無い子どもを技の「実験台」にする事とか、ありますからね。ちゃんと考慮してるかな。週にたかが数時間やる程度で、武道の特徴を学ばせる、というのが可能なのでしょうか。

そもそも、この件に関して、武道・武術の専門家の意見をどのくらい取り入れたのでしょうね。凄く疑問。

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2008年8月23日 (土)

ABO FANさんへ質問2

TAKESANさんのInterdisciplinary (8/22付):血液型と性格 - ABO FAN Blog:So-net blog

では、引き続き質問です。

Q1 「有意な差がある」とは、何に差がある事ですか。
A1 比較対象となる複数の統計量です。

「比較対象となる複数の統計量」とは何ですか? ABO FANさんの主張は、「血液型と性格に関係がある」です。従ってABO FANさんは、その「複数の統計量」とやらを挙げる事が出来ます。過不足無く挙げて下さい。

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Q2 真値が異なれば良い、という意味ですか?
A2 回答不能です。「真値」が既知なら統計的検定は不要と思いますが?

真値が既知でであろうが未知であろうが、同じで無ければ「関係がある」という事ですか。

それと、その前の質問部分、即ち、

真値が全く同じである、という仮説が統計的に否定されさえすれば、「関係があると言える」、とABO FANさんは主張される、という事なのですか?

ここもお答え下さい。

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Q3 科学的に「血液型と性格に関係が無い」、という命題の定義を教えて下さい。
A3 「血液型と性格に関係が無い」という命題は“科学的”ではないと思います。

ありがとうございます。一つは はっきりしました。

お読みの皆さんへ。

ABO FANさんによれば、「血液型と性格に関係が無い」を科学的に定義する事は出来ないそうです。

科学的に「関係が無い」のはどういう事か説明出来ないのに、ABO FANさんの主張は、「関係がある」だそうです。

ここ重要。周りの人へ教えてあげましょう。

ああ、皆さんは、私が悪魔の証明の話をしていないのは、当然解っていらっしゃいますよね。何故なら私は、「血液型と性格に関係が無い事の証明」の事など言っていないからです。意味が解っていないのに、証明も何もありません。しかるにABO FANさんは、定義出来ないと仰る。そして、「関係が無い」が定義出来ないのに、その否定である所の「関係がある」を主張されている。

ここ重要。周りの人へ教えてあげましょう。

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アメリカではドルですし、中国は元ですし、ヨーロッパはユーロです。
世界中の人を対象とするなら「2円の差があった」というのは例外ではないのですか?

あれ。質問には答えて下さるのでは。

もう一度伺います。この部分の質問は、”この場合、「所属と所持金に関係がある」、と言えるのでしょうか。”です。お答え下さい。誰も「世界中の人」などとは言っていませんよ。書かない事を読んでしまうのは、ABO FANさんらしくありませんね。

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では、どうぞ。

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ゲームとの付き合い方

先週アップしたはずの記事が、投稿時刻の設定ミスで、上がって無かったようです…。

えっと、今週の日曜に上げるはずだったものかな。

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テレビ観てたら、NHK教育テレビ「土よう親じかん」 子育て応援番組という番組で、ゲームの特集をやっていました⇒土よう親じかん - 過去の放送 -

途中から観たのですが、結構良い構成だったかな、と感じました。よく付き合い方を考えていきましょう、という。細かい所で、それはどうかな、と思う部分はありましたが、まあそれは、見え過ぎるから気になるんでしょう。全体的には、良い番組だったんじゃないかな、と。

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2008年8月22日 (金)

ABO FANさんへ質問1

これは重要な部分なので、改めて伺いますが。

心理学と統計学がおわかりなら、「有意な差がある」だけでOKなはずです。
失礼しました。

「有意な差がある」とは、何に差がある事ですか。

後、私がコメント欄に書いた質問にも回答をお願いします。

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並外れている

上野投手は、尋常じゃ無いと思う。

精神力も身体能力も、物凄いですね。圧巻。

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2008年8月21日 (木)

テイルズ効果?

<マイクロソフト>Xbox360、8倍の売れ行きで品切れに 公式ホームページでおわび(毎日新聞) - Yahoo!ニュース

ほう。

テイルズが売れている、と聞いてはいたけど。本体と同時購入も多かった、て事なのかな。

ちなみに、私の中でテイルズは、デスティニー2で終わっています。他のは、知り合いがやるのを見るくらいかな。もう、どれくらいのタイトルが出てるかも把握出来てません。

エターニアは良いバランスのゲームだったなあ。

テイルズ オブ ヴェスペリア Video Games テイルズ オブ ヴェスペリア

販売元:ナムコ
発売日:2008/08/07
Amazon.co.jpで詳細を確認する

テイルズ オブ エターニア PSP the Best Video Games テイルズ オブ エターニア PSP the Best

販売元:ナムコ
発売日:2005/12/01
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Xbox 360(HDMI端子搭載) Video Games Xbox 360(HDMI端子搭載)

販売元:マイクロソフト
発売日:2008/01/09
Amazon.co.jpで詳細を確認する

Xbox 360 エリート(HDMI端子搭載) Video Games Xbox 360 エリート(HDMI端子搭載)

販売元:マイクロソフト
発売日:2007/10/11
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2008年8月20日 (水)

”純粋の「否定論者」”?

そして否定論者が、誰もいなくなった?:血液型と性格 - ABO FAN Blog:So-net blog

思い出したようにTB開いてますね。こっちにも飛ばしてますし(Jさんのコメントに見事に乗ったのが解りやす過ぎて、微笑ましい)。ようございます。

はい、意味不明な事を並び立てるのは後にして、「血液型と性格に関係がある」というのを早く定義して下さいね。「血液型と性格に関係が無い」、の説明でもいいですよ。

ABO FANさん的には、たとえば、Aという組織に属する人とBという組織に属する人の体重を量って、平均値が5g違えば、「体重と所属に関係がある」、と言えるのですか。読んでたら、イエスかノーで答えて下さい。多分無理だろうけど。

こんな意見が、とか、この人は、って、ちょっと前に紹介してるでしょ。わざとらしい。

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2008年8月19日 (火)

Wikipediaに突っ込みを入れる

Wikipediaの「合気」の項について、科学的あるいは論理的に、突っ込みを入れてみます。そりゃ文脈無視なんじゃないか、とか、細か過ぎるのでは、と言われそうな所も、敢えて。Wikipediaって言うか、そこで引用・紹介されている説に、と言った方がいいかな。

合気 - Wikipedia(最新版: 2008年6月8日 (日) 02:27)※以下、文字修飾は はずして引用します。

筋力に頼らずに

この表現は、よく用いられるが、実は不明確である。人間が運動を行うには一般に筋収縮が必要であるし、もし、「無駄な筋力」などの含意があるとすると、それはトートロジカルなので、説明としては不足していると言える。

佐川幸義の弟子にあたる吉丸慶雪によれば、合気とは屈筋の緊張を伴わない伸筋の力を使って相手を倒す技術である。彼は合気を「相手に掴まれたとき、掴まれたままその接点を利用して、純粋張力(呼吸力)を用い相手を崩すこと」であると定義する。

屈筋の緊張を伴わない伸筋の力、という意味が不明。バイオメカニクス的にどういう状態を指すのか。文字通りにすると考えるならば、各関節は伸展しかしてはならない事になる。そのような論理は全くナンセンスである。

佐川幸義に師事した物理学者、保江邦夫によれば合気は「自分の神経システムに発生させた神経電気を微弱帯電として利用することで敵の神経システムの機能を停止させ筋肉組織に力が入らなくさせる」ことをからくりとする武道の究極奥義である。尚、その神経電気は精神的内面を無の境地にもってゆくことで前頭葉運動野における意識的精神活動を小脳における無意識的神経活動に限りなく同調させた結果として生じるという。

疑似科学的。既存の科学的概念を用いているが、ほぼ意味不明。仕手がいかにしてそのような電流を発生させるのか。それをどう伝達させるのか。スタンガンのような仕組みで無いとすると、発せられるのは、運動機能を狂わせるような情報を持った電気信号でなければならない。その微弱な電気信号が仮に発生出来るとして、何故それが特異的に効力を及ぼすのか。何故接触している手等から伝達出来るのか。

神経生理学的にどのようなメカニズムを想定しているのか。仮にそのような電気信号を道具を用いずに発する事が可能であるとして(この時点でかなり無理な前提)、それを相手に伝達させられるとする。それは、戦闘状況においても普遍的に使えるか、つまり汎用的であるか。(て言うか、ありえないくらいダメな説明ですよ。本当に物理学者なの?)

岡本正剛は合気の原理として円運動・呼吸・反射という三つを挙げている。円や螺旋の動きで相手の中心を崩し、自由を奪う。ただしこの円運動ははっきり外から見える運動とは限らず、上級者になると身体内部で処理される。円運動で相手の人体の反射をひきおこし虚の状態を作り出す。そこから相手の重心を崩す。この動きの中に呼吸の力を用いることによって合気は威力が引き出される。

円とは何か、螺旋とは何か。それが普遍的であるとはっきり言えるのか。身体内部で処理される「円運動」とはいかなるものか。反射とは何か。生理学的なものか、心理学的な条件反応か。呼吸の力とは何か。生理学的な呼吸といかなる関係を持つものなのか。

合気を武術の技として考えるならば、本気で抵抗する相手に技をかけられなければ意味はない。しかし素直に技にかかり、合気の感覚を掴もうとすることが上達のための一つの手段であるとする考えがある。逆にそのような稽古には意味がなく、できるだけかかりにくい状況での稽古がお互いにとって最高の稽古であるという考えもある。

両方用いれば良い。

こんな感じかな。

武術関連の項目としては、結構よく纏まっていますよね。色々な説を併記していて。

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2008年8月18日 (月)

手の表情

ゲームやってて思うのは、中手骨の運動も再現出来るようなモデリングをゲームでもやれば、「手の表情」が表現出来て、よりリアルな演出が可能なんじゃないかなあ、という事。

手というのは、「ひしゃげる」ような動きが出来る訳ですが、ゲームなんかでは、一枚の板のようなモデリングになっているのが多いようです(モデリングは細かくされていてモーションが付いていないだけかも知れないけれど)。

で、最近の3DCGは、かなり精密になっているから、手の辺りだけ「浮いてしまう」んですよね。

まあ、素人的にはそういうのを思うのですが、これは、処理的に大変だったりしてそこまで手が回らないとか、コスト的な問題だとか、そういう事なのかな、と推察します。
でも、最近は顔のモーションキャプチャなんかもやってますし(顔のモーションといえば、額の皺をテクスチャじゃ無く再現しているのがあって、結構驚いた)、手の動きを再現するのも、難しく無いんじゃないかなあ、なんて感じたりも。

視線とかを含めた顔の表情も大事ですが、手も相当物を言いますからね。

と、こんな事をよく考えるのですが、専門分野(3DCGとかゲームとか)では、ここら辺はどういう風に捉えられているのでしょうね。

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ミクで武術:ポーズ色々

二人型を動画で作るのは困難なので、静止画。

○合気上げ風

Aikiage_2

手の形。朝顔の手風

Aikiagenote

○片手取り呼吸法

Katatekokyuuho1_2

その2

Katatekokyuuho2_3

○一教表(押さえ)

Ikkyo1

その2

Ikkyo2

ミクさん、なかなかいい姿勢ですねえ(笑)

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ちょっと余談。

3DCGの人間のモデルでたまに、手がピンと張っていて、指の一番先の関節だけ曲がっているポーズを取っているのを、見る事があります。でもこれって、実は結構不自然なんですよね。やってみると解りますが、一番先の関節だけ曲げるのは、とても難しい。先から二番目の関節を無理矢理反らしてやれば、なんとかそういう形になる、というくらい。ゆっくり拳を握っていくのを観察するとよく解るのですが、二番目の関節と連動するように曲がっていくんですよね。

そういう風なポーズを取らせているのを見かけると、うう、なんか気になるなあ、となるのです。細かい話ですが。

以上、余談でした。

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2008年8月17日 (日)

困難

ある有名な中国武術家の演武を以前見つけまして、あまりの動きの素晴らしさに息を呑みました。

それで、ちょっとミクさんに、その動きを再現してもらおうかな、と思ってモーションを作り始めたのですが、超難しい。

  • 画質が悪過ぎて、足の位置や方向が見え辛い。これは、膝の位置などから補完していけば、なんとかなる事ではあります。
  • 固定カメラで無いので、重心の微細な移動等を捉えるのが難しい。これはしょうが無いですが、位置関係を把握するのに物凄く認識力が要りますね。特に、自分が知っている動きでは無いので、身体の感じ(身体意識)を手掛かりに出来ない。自分のやっている動きなら、座ったままでも、目を瞑って意識すれば、大体掴めるのですが。
  • 達人の動きを再現しようという欲張った目的があるので、ほんのちょっとのズレも許容出来ない。達人は全身が見事に連動するので、止まった部分があってはならないのですね。それは、達人の動きからすると「不自然」。その、「全身のあらゆる部分が同時に動く」というのが、手付けモーションでの再現を困難にしています。視覚的に変化を把握するのもやりにくい訳ですね。力技で、フレームごとに完全にコピーする、という手もありますが。解像度が低い映像なので、それもまた難しい。

とまあ、こんな感じで、30フレームくらい作ったら、あまりに見事なダメ動作が出来上がったのでした。ニコニコで八極拳の套路を作ってる人(最近、柔術系にもチャレンジされている模様)は凄いなあ、と感心しますね。

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2008年8月16日 (土)

化け物

下の方に、オリンピック100mの結果書いてます。

ボルトやばいボルトやばいボルトやばい。

飛んでるかと思った。

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晒してしまって。動画投稿

動画投稿サイトで、剣術の指導場面がアップされていて、それを観ていたら、剣で絶対やっちゃいけない事をコツとして教えていて、あらら……となりました。剣の構造からして本当はそれは出来ないよ、という感じ。真剣に近い重さの物体でやれば解る事なんだけどなあ。

まあ、私の考えているのが妥当なのか、って突っ込みもあるかも知れませんけどね。

話は替わって。

動画投稿サイトの、武術系動画を埋め込んで紹介したいなあ、と思うのですが、著作権的にOKなのかどうなのか微妙なものばかりなので、ちょっと困るのですよね。流派のPRのために活用しているものなら大丈夫なのですが、市販のビデオを切り取ってそのままアップしているのもありますからね。中には、昔のテレビ番組からキャプチャしたと思しき超貴重なものもあって、宝の山なのですが。ブログに貼るとアウトですからね。

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2008年8月15日 (金)

自然の

テレビ観てたら、カレーの特集をやってました。で、その中で、

「小麦粉を使わずに自然のとろみ」

を云々、というナレーションがありまして。

んじゃあ、小麦粉を使って出したとろみは「自然じゃ無い」のか、と思ったり思わなかったり。

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2008年8月14日 (木)

破裂音

さっき、部屋で大きな音、何かが破裂するような音が鳴りました。

部屋を見回しても、特に割れた物とかも無いし、あれは何だったんだろう。

もしかしたら外で鳴ったのかな、と思って家の人間に聞いたら、やっぱり私の部屋の方から聞こえた、との事。

ううむ、気になる。別に、常時力が掛かるような硬くて脆い物も無かったはずだし。

どっかでタイヤがパンクでもしたのかな、とも思ったけど、聞こえた感じだと、家の中っぽかったなあ。耳なんて当てにならないけど。

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超絶的な動き

今まで見た動きの中で、多分最も衝撃を受けた動画↓

激烈な動き。最初見た時は、唖然としました。

有名な人なんですかね?

っと、ちょっと調べました。David Elsewhereという人らしいですね。こちらに、いくつか動画がありました⇒David Elsewhereの新たな動画めっけ:ひろぶろ

世界は広いね。

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2008年8月13日 (水)

引っ掛かる

何がって?

これが⇒瀬名NEWS: 水素水研究の基本を理解するためのリンク集

ここでの、「疑似科学批判」への言及への仕方が。

そしてこのふたつの記事に対して数十人が「はてなブックマーク」にコメントを書き入れましたが、その多くは印象的・反射的なコメントとなりました。

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*ふたつのはてなブックマークで雰囲気は異なっており、後者のほうが冷静なコメントが多いです。コメントが蓄積されるにつれて「場の空気」が生まれてきていることがわかります。

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反射的な態度で「これは疑似科学だ」と決めつけてしまうことは、商品の内容を吟味もせずに「ナントカ還元水は健康にいいらしいから買ってみよう」と手を出してしまうことと大差ありません。

3番目の引用部については、一般論としてその通りかと思います。が、それが疑似科学批判に多く見られる態度である、かのように主張しているように読めてしまうのは、私だけでしょうか。はてブの説明も、「その多くは印象的・反射的なコメント」、と言えるようなものですかね。「場の空気」というのも、随分曖昧な説明のような。ちなみに、私がはてブコメントで書いたのは、

ublftbo 科学, 未科学, 水素水 紹介されている実験内容からそのタイトルをつけるのは、早計じゃないかなあ。(はてなブックマーク - 水素水に記憶力低下抑制効果、日医大教授がマウスで確認 : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

これです。冷静で無い雰囲気の方で書いたものです。このコメントは、世間で「水素水」というものがどういうイメージで捉えられるかを考えると、この段階でそういうタイトルを付けるのは早計なのではないか、という趣旨で書きました。だから、タグが「未科学」な訳です。要するに、実験そのものでは無く、報道の仕方へのコメントです。

確かに、ほぼ懐疑的なコメントではありますが、これは疑似科学だ、と断ずるようなものが、それほど多いですか? いや、その前に、はてブの反応なんて、ごく一部のものだと思うけれど…。「その記事に対して強い反応がウェブ上で起こりました。」と特筆するような事柄なのかなあ。

 ここに疑似科学と実際の科学の複雑でおもしろい関係性があると私は思います。だからこそ、私たちは反射的な疑似科学批判ではなく、冷静な目で研究成果を見極めてゆく必要があるのです。

それはそうですね。と言うか、一般的に、よく吟味せず決め付けるのは、好ましく無い事でしょう。その前に、「反射的」という言葉の使い方に、なんとなく違和感を覚えますが。疑似科学批判(に限らず批判)は、その内容が妥当かどうかが問題になるのであって、「反射的」か否か、というのとは、また違うのではないかと。もちろん、「反射的」に、ネガティブな意味を含ませてあるのでしょうけれど。これは語感の問題なので、ちょっと余談でしたね。

まあ、考え過ぎなのかも知れませんが、わざわざ疑似科学批判についての見解を入れる所に、引っ掛かりを覚えたのでした。

ところで、瀬名さんは、「ニセ科学」概念は押さえていらっしゃるのかな。

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血液型で政治を語る

コメント欄にも貼りましたが、エントリーを上げておきましょう。

kikulog経由⇒東京新聞:心理研究家御瀧 政子さん Q 福田さんは典型的なA型?:政治(TOKYO Web)

誰も止める人はいなかったの? て言うか、「心理研究家」ってなんだよ。

この記事の内容を海外へ伝えて、日本の新聞記事の優秀さを知らしめるのも、良いかも知れませんね。

載るか、今時? こんな記事が。稀に見るダメ記事でしょう。

今回は少し軟らかく政治を考えてみようと、血液型を取り上げてみました。

そういう問題か?

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2008年8月12日 (火)

でいしょう ―せう

みみずくからの伝言 - 検証を伴わないお詫びへの疑問

コメント欄を。

段々、言ってる事がごちゃごちゃしてきてますね。

コンテクストを無視して切り取ってきてそこにレスするとか、結構筋が悪いと思うのですけどね。

ちなみに、厭味ってのは、時と場所を考えないと、かなり滑稽になるかと。後、言う相手もね。効かない人には全然効かないんで…。余計なお世話だけれど。

いや、まあ、厭味とか皮肉では無くて、極めてストレートに発せられた言葉なのかも知れませんが。そうだとするなら、何も言いますまい(もう散々言っちゃってるけど)。

感じとしては、あの人とかあの人とかあの人とかあの人と同じかな。慣れてしまってますけど、結構物凄い人達とやり取りしてきたものです(本当に凄い人達だと思う)。

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2008年8月11日 (月)

殺意

高校・大学・専門学校生 親に殺意3割 「よくある」は3%(産経新聞) - Yahoo!ニュース

「殺意」という概念をどう捉えるか、がとても難しい所です。自覚の線引き、感情の閾値、価値付け。A氏が誰かに「殺意を抱く」のと、B氏が「殺意を抱く」のは、同じ現象か。それを客観的に調べる尺度をどう作るか。

訊き方によっては、回答者が、「ああ、そういえばあれは”殺意”なのかなあ」と考える、そういうバイアスも掛かるかも知れません。親に全く反抗心を懐いた事の無い人はあまりいないでしょうし、そういうのを「殺意」と「再解釈」する可能性は、あるでしょう。後から情報を与えられて意味付けし直す、というのはよくある事です。それが感情のあり方に作用を及ぼす事もあると思います。

この記事で一番押さえておかなくてはならないのは、

 赤沢研究員は「本気で殺意を抱いた若者は、ごく少数の可能性があり、慎重な判断が必要」とした上で、「高頻度で殺意を抱く傾向が全体の3%にみられたことは気がかりだ。家庭や学校などでの生活背景を調べ、対策に生かしたい」と話している。

ここであって、色々な観点から分析して総合的に考える必要がある訳ですが、見出しのインパクトは大きいかも知れません。これを不用意に、「今時の若者」とか「心の闇」に結び付けたりね。

見るべき所は、ネガティブな感情を懐く頻度の方かも。頻繁にそうなるという事は、親子関係が良好で無いのを示している訳だから。

サンプルをどのように採ったか、とかが判らないから、どこまでこの結果を一般化出来るかは不明。この記事から確実に言えるのは、「調査した900人の内、○○に殺意を懐いた事があると回答した人は△△%だった」、くらいですね。

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process

おさらいの意味で。

Interdisciplinary: 論文の読み方

Interdisciplinary: SEARCH

Interdisciplinary: 論文の読み方#comment-20808409(PseuDoctorさんが書く、『論文の読み方』 )

科学における実証の過程。

再掲。

研究論文を読むための重要なポイント。

  1. 研究上の問いは明確に述べられているか?
  2. 導入,問題の陳述,文献の概観は,読み手に適切に設定されているか? またこの題材は研究上の問いと一致しているか?
  3. 研究上の問いや題材からみて,仮説は適切で,明確に述べられているか?
  4. 鍵となる術語はきちんと定義されているか?
  5. 独立変数はこの研究上の問いに適切か? 独立変数の水準は適切か?
  6. 独立変数の基準や基準測度は適切か,妥当か,信頼性があるか?
  7. 従属変数は,この研究にとって適切か?
  8. 従属変数の基準や基準測度は適切か,妥当か,信頼性があるか? 得点化,評定,判定の手続きは妥当で信頼性があるか? 装置が用いられている場合,それは正確で信頼できるか?
  9. 統制は適切か? 結果は統制されていない変数に影響される可能性がないか? 統制群や比較対照群がある場合,それは適切に選ばれているか?
  10. 研究デザインは仮説の検証に適しているか,また研究上の問いに答えるものか?
  11. 方法や手続きは理解され追試できるよう十分な詳細さをもって明瞭に記述されているか? 参加者は適切に方向づけられ,動機づけられているか? 彼らは課題をどのように理解しているのか? 教示は十分に明瞭で正確か? 参加者間のコミュニケーションが,結果への影響要因のひとつになっていないか? デザイン,データ収集,査定,分析,報告の中に実験者バイアスの徴候はないか?
  12. 参加者は適切に選ばれているか? サンプルは対象をきちんと代表しており偏りがないか? 手続きは,実験参加者を保護するための指針を遵守しているか? サンプルの人数(N)は適切か? 参加者をグループ,処理,あるいは条件に割り当てるのに適切な手続きが使われているか? マッチング,均等化,ランダマイズのような群の等価性を確立するための適切な技法が使われているか? 参加者の欠落が生じているか? また生じている場合,それはサンプルを偏らせていないか?
  13. 統計的検定は適切か? そして,その使用の前提条件に合っているか? 自由度は正しいか? 誤差の測度は妥当か? 計算や統計的な結果の表示に間違いがないか?
  14. 表や図ははっきりと凡例がつけられ正しく表示されているか?
  15. 結果は正しく解釈され,適切に報告され,意味づけられ,きちんと書かれているか?
  16. 考察はデータの概観からみて適切か?
  17. 結論はデータからみて妥当であり,データによって保証されるものか?
  18. 結果の一般化は妥当か?
  19. 引用文献は本文の中の引用と対応しているか?
  20. 倫理的な基準は研究のすべての段階で遵守されているか?
  21. この研究を改善し,再デザインするとしたらあなたはどうするか?

SEARCH

  1. 主張の言明(State)。
  2. 主張を支持する証拠(Evidence)の検証。
  3. 代替(Alternative)仮説の考察。
  4. 査定(Rate)――妥当かどうかの基準(Criteria)に従い、各仮説(Hypothesis)を評価。(P232-233)

Rate(査定)の妥当性の基準。

  • テスト可能性――テスト不能な仮説は価値が無い。本書の例:「頭の中に発見不可能なグレムリンがいて、それが時々、頭痛を引き起こしている」という主張。この仮説は意味をなさない。何故ならば、グレムリンは発見不可能、という定義がなされており、テストのしようが無いからである。この仮説は、何の情報ももたらさない。
  • 豊饒性――仮説が、新しい現象を説明するか、検証可能な驚くべき予測をもたらしているか。たとえば、アインシュタインの理論から予測された現象が、エディントンの観測によって検証された例。
  • 範囲――仮説がどれくらい多くの現象を説明出来るか。たとえば、ニュートンの理論とアインシュタインの理論との関係。”他の条件が同じであれば、最大の範囲を持つ仮説が、すわち、最も多くの異なる現象を予測し説明するものが、最もよい仮説である”(P166)
  • 保守性――よく知られた、しっかりした根拠に基づく信念と、矛盾していないか。”経験的証拠――信頼が置ける観察と科学的検証から導かれた結果や、自然の法則や、すでに確立されている理論――と矛盾していないか”(P237)。ニセ科学の議論でも、よく出てくる話ですね。つまり、数多くの人が長い時間をかけて積み上げてきた科学の体系と矛盾するかどうか、という事です。
    • 同様に、もし誰かが極めて確固とした理論と矛盾する仮説を出してきた場合、その仮説が正しく、理論が間違っていることを示す、よい証拠が出されるまで、その仮説は信憑性がないとみなさなければならない。超常的主張というのは、定義からしてありそうもないことである。したがって、そうではないというよい証拠が提出されて初めて、この判定を覆すことができるのである。(P238)

これらがチェックされる事によって、仮説が妥当な理論として認められていく訳ですね。

色々な説をこれらの基準に当てはめて総合的に検討してみるのも、興味深い試みでしょう。

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2008年8月10日 (日)

開会式。動き

直感な話ですが。

オリンピックの開会式観てたら、中国武術の演武をしている女性の方がいたので、注目してみました。

私は中国武術の世界には疎いので、その女性が斯界での有名人なのか、とか、何の武術か、というのは解らなかったので(テレビでは太極拳と紹介されていましたけど)、動きの質そのものを観察。

私の見立てによると、身体運動一般のレベルとしては、かなり凄いものなのではないかな、と感じました。身体の本質的な柔らかさとか、バランスの良さとか(前者に依存する)、見事なものだな、と。

で、武術の動きとして考えてみると、力を発するという所があまり見られないように思いました。とても滑らかで柔らかい動きではあるが、「極め」が見えない、と言いますか。

まあ、そういう印象だった、という事で、当たっているかどうかは解りません。一応、武術の動きとしての一般的な所を見たつもりではありますが、知らず知らずの内に、自分が知っている体系のフィルタを通して見てしまう、というのは往々にしてありますので。

それにしても、大人数で武術の演武で図形を描くマスゲームみたいなやつ、あれは凄いと思った。何が凄いかと言うと、そこそこ動ける人をあれだけ集め、あれだけ統制した動きを実現させた、という所。良い悪い好き嫌いは別にして、総合的にレベルの高いパフォーマンスであったとは言えるでしょう。

最後の花火を間近で見られた人が羨ましいなあ。

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ゲーム脳Q&A:一応完成的な

ゲーム脳Q&A

誤記や文の整合性の不備の指摘を頂いたり、アクセシビリティについてアドバイスを受けたりして、何とか見られるようになったと思います。

まだ一部のブラウザで(と言うか、IEエンジン以外全部なんだけど…)、リンクで無い所に下線が出たりしますが、閲覧に大きな支障は無いかと思われます。

一応、Opera、sarari、Sleipnir、Lunascapeで確認しましたが、特に問題はありませんでした。

ブログに追加しました↓

  • 右サイドバーの、”ニセ科学関連リンク―各論:ゲーム脳”にリンク追加。
  • 右サイドバーに、マイリスト「ゲーム脳Q&A」を追加。

メールやコメント欄でご教示下さった皆様、本当にありがとうございます。とても助かりました。改めて、お礼申し上げます。

もし読む価値が認められる、と思われたら、広くご紹介して頂けるとありがたいです。

一応、コンセプトとしては、

  • なるべく噛み砕いて説明し、一般に聞き慣れないような言葉は入れないよう努めた。
  • ゲーム脳がいかに誤ったものか、というのを強調するよりは、なるべく淡々を事実を記述する事にした。
  • 情報は最小限にした。とにかく、「読み進められる」ように配慮した。
  • ゲーム脳の批判と共に、ゲームの悪影響を単に否定する訳では無い事を併記した。
  • 悪影響を云々するなら、正しい手続きに則って行うべきである、というのを説明した。
  • 「科学の手続き」を、なるべく日常的な言葉を用いて説明した。
  • 「ニセ科学」という言葉を一切用いないようにした。
  • ニセ科学という言葉を用いてはいないが、その概念を理解してもらうように書いた。つまり、
    1. 科学の手続きを説明し、ゲーム脳はそれに従っていない事を解ってもらう。
    2. そして、(この文書を読む人は、恐らくゲーム脳が流布されているのは知っているはずだから)「科学には標準的な手続きがあるがゲーム脳(森氏)はそれに従っていない。しかし、ゲーム脳は実証された説であるかのように流布されている」、という所を認識してもらうのを期待して書いた。
    3. そうすれば直観的に、「実証されていないのに実証されたかの如く流布されている主張」が存在する事に気付けるはずだと考えたからである。そしてそれは、即ち「ニセ科学」の概念である。

こんな感じです。

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2008年8月 9日 (土)

じょうずに焼けました~

あの”こんがり肉”も食べられる 『モンハン』とカラオケ店がコラボ! ”狩人達の宴”開催 - ファミ通.com

こんがり肉のビジュアルに、心意気を感じます。

回復薬Gの横にあるのは? 活力剤? 元気ドリンコ? 意表をついて、硬化薬とか(笑)

カラオケパセラ【二次会パーティー・カラオケランキング】 モンスターハンター×パセラコラボイベント 「狩人達の宴」開催決定 !!

肉、イイ値段。

今は温暖期だから、米+ジャムを使ったメニュウを……オッタマケーキ…。

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2008年8月 8日 (金)

無知

無知について過去に書いたもの。

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Interdisciplinary: 無知の知と既知の知と未知の知

  • 今までに何が知られ、何が知られていないかを知らないと、自身の無知を知る事は出来ない。

Interdisciplinary: 無知の知

  • 既知の知が無いばかりに、自身の、客観的に見れば大した事でも無い思いつきを、大きな発見であるかのように誤解する。

Interdisciplinary: 受けとめ方

  • 本来、金を払って教えてもらうような事を、忠告として受け取る。それはありがたい話なのだが、自身の不充分さを責められているようで、受け容れがたいのかも知れない。

Interdisciplinary: パズル

  • 思考と知識は、まるでパズルのよう。

Interdisciplinary: あったまいい

  • メタになって、無知な自分を知ろう。

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知らない事そのものよりも、知っているかのように装う方が恥ずかしい。それに、装う事に頭を使って、当該対象をちゃんと見なくなってしまう。

知ったかぶりする時間があるなら、その時間を使って勉強すればいいじゃないですか。

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凄い人

昨日、タモリさんが弔辞を読み上げているのをテレビで観て、震えた。

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2008年8月 7日 (木)

ゲーム脳Q&A:β版くらい

取り敢えず、作ってみました⇒ゲーム脳Q&A:トップページ

質問は、最小限に。あまり多いと、却って解りにくくなるかも、と思ったので。今後増えるかも知れません。

デザインは、その内変えると思います。

誤字脱字衍字があれば、教えて頂ければ嬉しいなあ、なんて。

正直、カテゴリー分けは、かなり無理矢理です。「ゲーム脳を批判したいなら、森氏のように実験でデータを集めてからやるべきではないでしょうか。」が何故そこなんだ、と私も思ったりします。

リンク集とか置くかも知れません。でも、簡潔で完結なコンテンツの方が良いかも、と思わないでもありません。

ぶっちゃけ、htmlをちゃんと使うのは、初めてだったりします。もしかすると、やっちゃいけない事とかやってるかも知れないので、教えて頂ければありがたいなあ、なんて。

質問を考えて下さった皆さん、超ありがとう。

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2008年8月 6日 (水)

テンプレート交換

換えました。

前回に引き続き、カナヘイさんという方のイラスト。良い感じです。

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2008年8月 5日 (火)

メモ:科学・未科学・ニセ科学 どの部分への評価か

未整理御免。

どの部分に対する評価か。

○ある現象を説明する言明についての評価。

「△△は□□である。」

※ここで「確かめる」とは、成り立つか否かが調べられているか、という事。確かめられた=成立する事が解った、という意味では無い。

その言明について何が解っているか。

  1. 科学的に確かめられた(a)――科学的に、成り立つ事が判明した。
  2. 科学的に確かめられた(b)――科学的に、成り立たない事が判明した。
  3. 科学的に確かめられている途中である。
  4. 科学的に、まだ確かめられていない。
  5. 科学的に、確かめようが無い。

1・2は科学、3は未科学、4は未科学、5は非科学。それぞれについて、「科学を装って」事実と異なる主張をすれば、「ニセ科学」。

○プロセスについての評価。

  1. 科学的に標準的な方法に従って研究が進められている(上の1~3に対応。1と2は、「進められた」)。
  2. まだ確かめられていない。つまり手をつけていない(上の4と対応)。
  3. 科学的に標準的な方法によらず確かめようとされている(上の4・5と対応)。

1は科学、2は未科学、3は非科学・疑似科学。それぞれについて、「科学を装って」事実と異なる主張をすれば、「ニセ科学」。

○どちらに着目するかで、表現が変わる。

言明1・2は、科学的プロセスに従って成立するか否かが確かめられたので、当然、プロセス1を経た、という事を意味する。従って、「科学的」。※「科学的」を、「科学によって成り立つ事が判明した」という意味で捉えるならば、1のみ「科学的」。2は「科学的で無い」。

言明3は、プロセス1と対応する。言明に着目すれば、それは「未科学的」。プロセスに着目すれば、「科学的」。つまり、科学の方法によって研究されている途中(科学的)であるが、それが成り立つかどうかは未だ確定的では無い(未科学)、という事。

言明4かつプロセス2は。未だ確かめていない、という事。即ち未科学。理由は、関心を持つ人がいない、新しい説である、等。

言明4かつプロセス3は、言明が科学的に論証可能であるにも拘らず、科学的方法に則っていない、という場合。論理的にはあるが、具体的な例は思いつかない。言明5かつプロセス3と併せて、非科学もしくは疑似科学、と言える。

例――古川の時代には、血液型と性格が強く連関しているという言明そのものは、未科学だった(言明4)。しかし、その検証のプロセスは、概ね科学的であったと言えるであろう(言明4→3(→2?)、プロセス1)。そして現在は、科学的な検証が進んだ事によって、その言明が成り立たない事が示された(言明2、プロセス1)。これは、科学としての結論である。※そして、上の注釈の観点だと、「血液型と性格が強く連関する」という言明そのものは、「科学的で無い」と判断される。

迷宮のような文章ですが、ご了承下さいませ。

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じゃあどうするの?

思うんですけど。

科学の方法を否定したり、懐疑的に見たりする人って、現象の仕組みを解明するにはどうすれば良い、と考えているんでしょうね。具体的に言及されているのを、今まで見た事が無いのです。

と言うかですね。

私は、自分なりに、科学の方法を少し勉強してきて、社会や自然の仕組みを解き明かす方法、「どうなっているか」を確かめる方法としは、明らかに最も優れている、という風に思っているのです。他にどういう方法があるのかとか、さっぱり解らない。数学的に誤差を評価したり、人間の心理が関わる研究では、主観を排するように実験をデザインしたり、という方法が確立され洗練されてきているし、かなり成功していると思うのですよ。そういう方法に代わるやり方って、どうするんですか? ちゃんと、具体的に科学的方法を学んだ上で、否定なりをしているのですか? そうだとすると当然、具体的に、詳細に、厳密に、語る事が出来るでしょう。

たとえば、「○○に住む人には△△な人が多い」、という言明がある、としますね。

これは、どうやって「確かめ」れば良いと思いますか。そういうのを具体的に考えてみた事はありますか。

表面的な記号の繋がりだけを見ているのではありませんか。自分が批判している対象の具体性に思いを馳せた事はありますか。○○によって科学の限界が示された、的な文だけを鵜呑みにしてはいませんか。それを詳細に検討した事はありますか。科学において、「実証」というのがどれだけ厳しいプロセスを必要とするか、考えた事はありますか。「統計的方法」を非難する人は、当該方法のどこがどうおかしいかを、ちゃんと指摘できますか。

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2008年8月 4日 (月)

用語の説明

やすさんのコメントへのレスです。

これは私の見解なので、他の方とは違いがあるかも知れませんが。私は主にニセ科学について考えてきたので、それについて中心的に説明したいと思います。

まず「ニセ科学」は、その時点での標準的な方法や知識に従っているか、という部分が検討され評価される概念です。つまり、ある分野において、正当とされている実証の手続きを経ず、充分に仮説や理論の根拠が確かめられていないにも拘らず、実証されたと主唱者が主張していたり、世間に周知されていたりするものです。
例を挙げると、血液型性格判断です。
これは、血液型の情報からその人の性格傾向を高い確率で当てられる、という説ですが、現在、その説を裏付ける信頼の置けるデータは存在せず(これは、最も慎重な記述)、従って、現状で、この説を事実であるかの如く主張すれば、それはニセ科学だ、と判断される事になります。

もちろん、血液型と性格に関連があるかも知れないという仮説を主張し、それを確かめる、という営為は、「科学」です。ですから、今、関係があるかも知れないから確かめてみよう、という研究者なり好事家なりがいれば、それは「科学的」と言えます。

そして、これは意外と知られていないのですが、仮に(仮にです)、何年後かに、血液型と性格に強い連関が見出され、それは性格を当てる事が出来るほどである、というのが解ったとしても、それは、以前の「ニセ科学である」という判断を否定するものではありません。何故ならば、無い証拠をあたかもあるように言ったという所を根拠に、「ニセ科学」と判断されたからです。

という事は、ニセ科学か否かの判断には、必ずしも「言っている事が当たっているかどうか(事実に合致しているかどうか)」は入らない、と言えます。ですからニセ科学には、

 ・証拠が無いのにあると言う。
 ・証拠が確かめられているのに無いと言う。
 ・まだ解らないのにある/無いと言う。

これらのパターンがあると考えられます。

その時は当てずっぽう(ちゃんとした根拠を出さなかった、という意味)で理論を主張したら(これはこうだ、と断定的に)、ニセ科学と批判された。でも後になって事実であると判明した。だから、ニセ科学と判断したのは誤りだったのだ。

とはならない訳ですね。

「疑似科学」の方ですが、これは、伊勢田哲治氏の論考等を参考になさるのがよろしいかと思います。私の理解は、科学哲学の専門的な議論を充分押さえるに至っていないので、不用意に説明すると、誤解を招くかも知れません。

というのを踏まえて頂いた上で、私の認識を書きます。

まず、「科学」という概念がどのようなものかと考えると、それは、自然現象なり社会現象なりの仕組みを、経験によって得られたデータを手掛かりにして解き明かしていく営為であり、その方法及び、それによって集積された知識の体系をも含む総体、と見る事が出来ます。そうすると、「疑似科学」という概念は、そのような条件を一部満たしていないが、何かの現象を尤もらしく説明する論理体系、と一応言えるのではないかと思っています。

また、SF等で用いられる設定を「疑似科学」と称する場合もあるようですが、こちらは、既存の科学の概念を用いてはいるが、実際の概念とは異なっていたり矛盾したりする創造的・想像的論理体系、と言う事が出来るでしょうか。

で、こちらは、必ずしも非難される対象では無いので(事実と言っているのでは無く、フィクションの設定として用いられるのだから)、菊池さんは、このようなものが疑似科学と呼ばれる場合もあるから、それとは区別し、事実であるかのように主張される、あるいは信じられているものを、「ニセ科学」と呼んで区別するようにした、と伺っています(「ニセ科学」は、シャーマーの訳本から)。

疑似科学にしろニセ科学にしろ、それ自体は厳密には定義されていないと認識しています。たとえば伊勢田哲治氏は、科学哲学における境界設定問題(線引き問題)において、科学と疑似科学の厳密な「線引き」は出来ない、と主張されています。この種の問題で、必要十分条件を与えて厳密に概念を定義する事は出来ない、と。
しかし、だからといって、全く科学と擬似科学を分ける事が出来ず、その試みが無意味だというのでは無く、科学~疑似科学の間にはグレーゾーンがあるが、これは明らかに白、これは明らかに黒、というのは、色々な観点を総合すれば判断出来る、という事も言われています。

たとえば、「テレビゲーム」を定義する、という問題に似ているでしょうか。完全に定義し切る事は不可能だが、かと言って、これはテレビゲームだ、と言う事も無理だ、とはならないですよね。自然科学的に対象となる実体では無く、社会的に用いられる概念なので、そもそも、厳密に定義するのは不可能である、とも言えます。しかし、だからそういう語を用いるべきでは無い、とは当然ならない訳ですね。

「ニセ科学」に関しては、「科学で無いのに科学を装っているもの」というのが、一応の定義ではあります。ただ、科学そのものを完全に厳密に定義出来ないので、ニセ科学も厳密に定義出来るとは言いがたいとは思います。

ここで、科学が定義出来ないのに何故ニセ科学と言えるのか、という疑問が出るかも知れません。そこに関しては、ある説が「科学的に実証/反証 された」という言明が可能か否か、という部分の認識が関わってくるでしょう。もし、仮説なり理論なりが実証されたと「言う事が出来る」のを認めるなら、未検証の説を検証された、と言ってしまったら、それはニセ科学になる訳ですね。

もし、科学的に実証/反証された という言明は不能だ、という立場なら、議論が不可能になるでしょうね。そもそも仮説や理論の検証が出来ないと言っている訳ですから。

どうして「ニセ科学」という概念を用いるかと言うと、扱いやすく、問題設定が比較的正確に出来るから、なんですね。要するに、その当時の標準的な科学の方法、というある程度明確な基準があるので、それに照らせば、ニセモノだと判断出来る訳です。

具体的には、実験や観察をしてデータを採って、それを分析して論文を書き、査読者による審査を通ったら、他の研究者によって追試され、科学的に認められた説としての地位を得る。で、それが出来ていないのに、「出来た」と言ったり、「本当だ」と言ったりすれば、それはニセモノだと判断されるのですね。充分な物的・状況証拠が無いのに、「あいつが犯人だ」、「あいつは犯人じゃ無い」、と主張するのと同じです。後からその推測が当たっていたとしても、(推理小説ならともかく)なるほど真実だったのだ、とはならないですよね。

大分長くなり、簡潔にまとめられたとは言いがたいですが、参考にして頂ければありたがいです。不明な点があれば、ご質問を下されば、出来る限りお答えします。

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2008年8月 3日 (日)

ニセ科学に関する質問と答えの一例

はてブ経由⇒ニセ科学とは? - 教えて!goo

ニセ科学という概念について、理解がバラバラな感じですね。

ちょっと回答者になったつもりで、質問への私なりの答えを書いてみます。

1、ニセ科学とは、どういうものの事を指すのですか?

「科学で無いのに科学を装っているもの」を指します。ここで「科学」とは、ある時期における、実証科学的な方法によって集積された知識の体系、及び方法そのものの事です。

2、具体的にニセ科学の例を挙げなさい。

ゲーム脳、血液型性格判断、水からの伝言、等。

3、ニセ科学と宗教は違うものなのですか?

同じではありません。

4、「3」の同じ物なら、同じ物という理由、
違う物なら、違う物という理由を教えてください。

ニセ科学の必要条件が、宗教の必要条件では無いから。

5、これを投稿した作者は、「仮説」が万人に受け入れられたら、
それは、「証明された」に等しいから、
現在、「ニセ科学」として、糾弾されていても、
はやっていた当時、本当であると認められていたら、
後でやぁやぁと文句を言うのは、
卑怯者のする事だと思っている。
その考え方は間違っていると思うか?

これ、意味がよく解らないですよね。「あいまい表現」(1番上の回答への補足より)とかでは無く、日本語として意味が取れない。なんとなく、こういう意味なのかな、というのは考えられなくも無いですが。

次に、回答者の回答の仕方を検討。

1番目

1. ニセ科学は、似非科学、疑似科学、トンデモ科学、超科学(または、ちょー科学、ちょ~科学)などとも呼ばれるそうです。

問いと答えがずれてるような。

3. 宗教に限らずニセ科学を利用して人を騙すことは多々あるようです。 厳密に言えば宗教=ニセ科学ではないかと。

「厳密に言えば宗教=ニセ科学ではないかと。」って、どっちの意味? イコールである、と言っているのか、イコールで無いと言っているのか。どっちにも取れる。前の文からすると、後者かな。

2番目

1、「科学である」と標榜して実は「科学は無力だ」あるいは「科学は行き詰まった」等と言って科学を否定する理論体系。

これはどうかなあ。「科学を否定する」ってのは違いますよね。科学であると標榜していて実態はそうで無い、というものが、ニセ科学な訳で。たとえば、現代の科学は行き詰って云々と言い、現代科学の方法を非難したりするのはあるでしょうけれど、そういう主張がなされているのが、ニセ科学という概念の条件に入っているとは言えないでしょう。多分、2問目への回答と繋がってると思います。

2、ニューサイエンス

ニセ科学の例は、という問いなので、この答えは、意味が広過ぎると思います。ニューサイエンスは、色々な主張を含んだ思想的なものなのでしょうし。

3、2種類あると思います。

同じかどうか、という質問なので、単に、両方の悪い面を共通点として挙げるのは、適切では無いでしょうね。

4、『「仮説」が万人に受け入れた事』は『証明された』に等しくないと思いますが。
 実在と認識は独立した物だと思います。
 科学史上でも、新しい発見で過去の常識がひっくり返った例は沢山あります。

まあ、一般的な用法としては、万人に受け容れられた、というのを「証明」として考える、というのはあると思いますけれど、ちゃんと見ると、もっと慎重に記述した方が良いかも知れませんね。「万人に受け容れられた」というのをどう取るか、というのもポイントですけどね。回答への補足を見ると、5問目は、ここと関わっているみたいです。

3番目

永久機関は、そのものがニセ科学と言うより、それを成功したと言っていたり、それは実は理論的には可能なのだ、とか言ったりした場合に、ニセ科学と判断されるのだろうと思います。

4番目

1.疑似科学

単なる言い換えじゃないですか。

2.多くの健康法/ダイエット法

多くの、と言われても。曖昧過ぎてダメですね。これは、ニセ科学的な健康法はニセ科学だ、と言ってるようなものです。

4.同一性に対する反証は科学を標榜しない宗教が疑似科学の要件を満たさない

どなたか、ここの意味が解る方がおられたら、教えて下さい。

5番目

1、ニセ科学とは、どういうものの事を指すのですか?
>商品を効果的に宣伝する為、全く根拠のない事実を、あたかも真実のように宣伝する事

正確には、「宣伝する事」をニセ科学とは言えないでしょうね。後、商品云々は別に関係無くて、それは、例示です。また、事実で無いものを真実であるかのように言うのは、単に「ウソ」でしょうね、一般的に。商品云々というのが入ると、詐欺と言えるでしょうけれど。何故「ニセ+科学」なのかを考えないと。

3~5は、意味がよく解らないです。後、回答者さんの返答も…。

6番目


科学的と見える手法により、通常では導き出しえない結論をさも絶対的に正しいかのように主張するもの。

「科学的と見える手法」というのが解らない。いや、読点の位置と、読み方か…。

科学的と見える手法により通常では導き出しえない結論を、さも絶対的に正しいかのように主張するもの。

こうすれば、意味は取れるかな。それでも、「見える」というのが不明確ですが。


宗教には信仰の対象(神、仏など)が必須条件となるが、ニセ科学はそれを必要としない。
ただし「科学で何でも説明がつく」「科学的に証明されたとされるものは絶対的に正しい」という考え方を「科学への信仰」とするのなら、同じものと言えなくもない。

後段は、いわゆる科学絶対主義とか言われるようなものだと思うのですが、それは、比喩以外では「宗教」とは言えないのかな、と思います。つまり、懐疑的・批判的に見ずに対象を妄信する、という部分を宗教のアナロジーとして捉えている訳ですよね。科学も宗教的だ、という程度の言い方しか出来ないなじゃないかな。

7番目

1 根拠がないorほとんどないものをさもあるように言い、
商売すること

これは間違いですね。ニセ「科学」なので、科学であるかどうか、という所がポイントです。商売も、別に必要な条件ではありません。まあ、「根拠」に科学的根拠という含意があるのかも知れませんが、全体的には誤りでしょう。

9番目(8番目は飛ばします)

1.追試・検証などが(作為・不作為を問わず)不完全
 あるいは、因果関係を不合理に解釈した理論体系、かな?
 ある意味、科学で取り扱うべきでない事象をあたかも科学的に理論付けたように見せかけたものもそうですね

これも、正確では無いかも。検証等が不完全である事自体は、科学的な研究の途中のものに含まれるのですし。不完全なものを完全(完全が引っ掛かるなら、「充分」とでも)と言ったりしたら、それはニセ科学とされるでしょう。後半のは、合っていると思います。説明体系に形而上学的概念を用いて「科学だ」と言ったりするものですね。水伝は、本当はこれかな。

2.気・漢方・オルゴン・各種占い・パワーストーン・錬金術などなど

これは、以前から「擬似科学」と呼ばれるものかな。「科学を装う」という条件を考えると、必ずしも、これらの主張がそのままニセ科学に含まれる、とは言えないでしょうね。

------

これだけ色々な説明があるので、やはり、概念の理解については相当の混乱がある、と考えられます。

もちろん、ニセ科学という語自体は、以前から使われており、疑似科学という言葉もあって、色々な説明や議論がなされているので、しょうが無いとも言えます。そして、「何となく聞いた事のある」言葉のイメージをそのまま持ってきて使うから、議論が成り立たなかったり、誤解が生じたりする訳ですね。

別に、ニセ科学をこのように使わなくてはならない、と強く主張したい訳でも無いのですが(上では、誤りであるとか不正確であるとか書いていますが)、それでも、その概念に関しては、きちんと議論が行われているので、それを踏まえたものを求めたくはなります。

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2008年8月 2日 (土)

変遷と言うほどでも無いかも知れないけれど

私の場合は、初めに読んだ専門書的な本で、普通にニューサイエンス的なものが出てきていたので、「科学とはそういうものだ」、と認識しました。既存の科学の方法に対する批判という点をそれほど強く意識し、同調した訳でも無いのですが、それでも、それまでの科学はアトミスムで、ホーリスムの考えを取り入れなければならない、という言説でしたので、なるほど、以前の科学はそんなに不充分だったのか、と、「科学を知らないままに」思った、というのはあります。

もっとも、それがニューサイエンスという立場の影響を受けているものなのかも知れない、というのを知ったのは、大分後の話です。当時は、「カプラ? そういう科学者がいるのね」、という程度の理解でしたし。
で、それがきっかけで、多分ニューサイエンスの特徴の一つである、「意識」を過剰に重視し、それを科学の既存の理論と無理矢理結び付けようとする言説にも、親しんでいきました。
白状しますと、天外伺朗・茂木健一郎 『意識は科学で解き明かせるか』なんかを読んで、おお、なるほど、「なんか解らないけど」これは凄い、となったものです。知りもしないのに、何となく凄そうだ、と思った訳ですね。

で、そういう認識が続いたのは、ほんの数年前までなんですね。多分4年くらい前は、超能力捜査も、あるかも知れない、という風に思っていましたし。

そこから認識が変わっていったのは、ニセ科学論に興味を持ってきたのと、心理学や自然科学をちゃんと勉強しようと思い、小学生の参考書から買って読むようになったりしたのとがきっかけでした。要するに、それまで知らなかったものを知ろう、と考えたのですね。そういう意味では、いわゆる説得されて、というのでは無く、自ら知らなかったものを知ろうと志向し、色々な事に気付けた、というケースです。
そういう経験もあったので、ニセ科学を信じて科学を軽視・敵視するのは、当該体系に関する知識を持ち合わせておらず、ニセ科学を批判する人が言っている事を「実感」出来ないからではないか、というのを、時折書くのですね。

色々なケースがあるというのを認識し、考えていくべきなのでしょうね。いつも書くように、万能包丁は無いのですし、包丁を用いる対象も、多種多様なので。

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質問系サイトでゲーム脳を調べてみた

ユーザーが質問を投稿し、それに別のユーザーが回答するサイトで、「ゲーム脳」で検索してみました。結構沢山ヒットして、やはり情報としてはかなり流布しているのかなあ、と感じます。以下、その内いくつかを拾って紹介してみます。どのようにゲーム脳が理解されているか、また、質問についてどのような回答のパターンがあるか、というのを見るのも有意義でしょう。ダメな批判、というのもあるので、ちょっと細かい突っ込みモードで行きます。

質問するならOKWave

ゲーム脳にならないの? -OKWave

ゲーム脳を受け容れている人が、じゃあ脳トレではどうなの、という疑問を持たれたようです。回答によって質問者さんは、ゲーム脳のニセ科学性を理解したみたいですね。

テレビゲームって脳に悪いの? -OKWave

質問者さんは、ゲーム脳という言葉は出していませんが、ゲームは脳に悪影響を及ぼすという説を知り、ゲームを止めたとの事。恐らく、ゲーム脳か脳内汚染の知識を聞いたのでしょう。

回答では、ジャンルの多様性について言及されています。後、RPG等のゲームの構造を分析し、それは認知を働かせるものだ、というロジックですね。それは特に、ゲームの脳への悪影響を直接云々するようなものではありませんが、「ゲームはものを考えずに出来る」的な意見に対しての反論にはなります。

ただ、成長過程でのやりすぎは多少の問題を含んでいるようです。
RPGなど「死んでもすぐ生き返る」もののやりすぎで小動物を簡単に殺してしまう子供や
「失敗してもセーブしたとこからのやりなおし」のため、取り返しの付かないことを平気でしてしまう子。
あとは「負けることが絶対イヤ」(ゲームは機械相手なので勝てるようにできているから)で負けを認められない子供が増えているみたいです。
そのあたりは親御さんがきちんと管理する必要はありますね。(回答者:Mizyu)

これは誤っていますね。小動物を殺す事と、RPG等のゲームとの関連は、明らかにされていないはずです。全体的に、新聞等で適当に主張されるゲームの悪影響。「増えている」とする根拠もありません。

ゲーム脳について -OKWave

ゲーム脳を受け容れた上で、そうすれば最もなりやすいか、という質問。回答では、森氏の論の誤謬を指摘。短いですが、とても良く纏められた回答です。ただ、質問者さんの回答者への返答を見ると、ちょっと理解が足りていないかも、という感じ。

ゲーム脳??? -OKWave

一番シンプルでありがちな質問。しかし、回答者の、

(本当に学説として認められるには10年以上の地道な基礎研究と最低3万人以上の実証実験のデータが不可欠です)

この部分は、的外れの感があります。最低3万人のデータが必要、というのは言い過ぎでしょう。データが多ければ色々ものを言える、というのは一般的にそうでしょうけれど、別に3万という具体的な数字を出す事でも無いと思います。

------------

…。

……。

上に纏めたものの4倍くらいの文章があったんですが、消滅しちゃいました。泣きたくなりますよね。

という訳で、もう一度まとめる気力はさすがに無いので、このまま上げます。Yahoo!知恵袋にも面白い質問・回答があるので、参照してみて下さい。

私が見つけたベストアンサー↓

「ゲーム脳」ってよく言うけど、どうゆう意味ですか?どうゆう脳なんですうか? - Yahoo!知恵袋(タイトル原文ママ)

hosiken2001さん(多分、id:hosikenさん)の回答です。お見事。と言うか、回答としてほとんど完璧だと思います。

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2008年8月 1日 (金)

メモ:ニセ科学批判者

まとめていないです。乱文。

「ニセ科学批判者」という言葉について。

これ、多義的ですよね。

文字通りには、ニセ科学を批判している人間の集合、と考える事が出来ますね。最も意味を広く取ると、そうなります。

でも、使い方(今の使われ方)としては、ある程度名が知られていたり、よく議論を行っている人、というように、意味を狭めて用いられますね。きくちさんとかapjさんとか、そういう方々を指している、という。

また、ニセ科学批判者という言葉が、批判の仕方(言葉遣いなどの「態度」の問題)や他の部分まで認識を共有している集団、というような意味で用いられる。そうすると、あんな批判の仕方をしている人はちゃんとしたニセ科学批判者では無い、とか、こういう批判者がいるが放っといていいのか、とか、そういう言い方が出てくる可能性がある訳ですね。まあ、端的に言うと、仲間の行動をどうするか、という感じかな。

個人的には、「ニセ科学批判者」なんだから、ニセ科学を批判している、という条件を満たせば、そう呼んで良いと思うんですよ。だから本当は、「ニセ科学批判者というのはおこがましいが」、的な謙遜の言葉を見ると、「いや、ニセ科学を批判しているのだから、別に良いのでは」、なんて感じたりもするんですね。却って「大袈裟」にしてしまうきらいがあるんじゃないかな、と。

別に、「本物の」ニセ科学批判者があるとか、「あるべきニセ科学批判者の姿」、という話では無いのですし。ニセ科学を批判すれば、それはもう批判者なので、後は、その批判の内容とか「ニセ科学概念への理解」が妥当かどうかが検討される、と、そういう話なんだと思います。

一部の批判者の言動をもって「ニセ科学批判者一般」に敷衍して非難する、という場合もあって、なかなか厄介ではありますが。←この場合に、「ニセ科学批判者」というのが、単に、ニセ科学を批判している人を指す、という理解があれば、無闇な一般化に気付けると思うのです。

まあ、一部の代表例を指して使う、というのは便利だし、私もやらない事は無いのですが、ほどほどにしないといけませんね。言葉の意味の広がりはややこしい。

追記

このエントリー、公開するようなレベルの文じゃありませんね。一旦上げたので、このままにしときますけど。

結局言いたかったのは、別に、「ニセ科学批判者」という、何か資格(これも変な喩えだなあ)みたいなものがある訳では無いから、そんなに大袈裟に扱う事も無いよね、って話です。

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