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2008年8月27日 (水)

考察:その1

続くかどうか判らないですが、取り敢えず、その1.

田部勝也さんへのレスも兼ねています。

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TAKESANさんが“何を”「解っていて」と思っていらっしゃるのかは分かりませんけど、
Interdisciplinary: ようやく示された#comment-52253973

これは、「自覚」と言い換えた方が解りやすいのかも知れません。
つまり、ABO FANさんが、「自分の論の矛盾点」を自覚していながらやり取りしてきたのではないだろうか、という事ですね。

それは、コメントを頂いたエントリーで引用した「予防線」の部分を見ても、推測出来ます。

つまり、ABO FANさんは、「血液型と性格に関係が無い」と「血液型と性格に関係がある」が別の問題である、と主張しようとした訳ですね。これは、それが同じだとすると論が完全に崩壊するのを自覚していたからそう書いた、と見る事が可能です。要するに、あまりにもしつこく私が訊くから、それには答えつつ、でも「関係がある」とは別の話だと言い訳が出来るようにした(しようと試みた)。

私は、ABO FANさんが「答えない」所が、唯一の一貫性だったと思っています。それは、ここを答えてしまうと終わりだ、というのを理解していたからなのではないかな、と。

しかし、ABO FANさんは答えてしまった訳ですね。つまり、「定義してしまった」。これはもう、言い逃れ出来ない状況です。

当然、「関係が無い」の否定が「関係がある」ですから、ABO FANさんの定義を適用するなら、「関係がある」とは即ち、「帰無仮説が正しく無い」というのを意味します。しかし、それまでにABO FANさんが主張してきたのは、「血液型と性格は関係がある。何故かと言えば、”差が有意”だからである」、というものでした。そして、これは間違っている訳ですね。何故ならば、「帰無仮説が正しく無い」と「差が有意である」はイコールでは無いから。

ここで、完全に破綻します。ABO FANさんの主張の核心の部分の矛盾が、はっきりと示されたのですから。

帰無仮説というのは、母数についての仮説です。従って、帰無仮説が正しいというのは、母集団についての言明という事になる。今までABO FANさんは、母集団は想定していない、とひたすら私の質問に答えてきた(kikulogにて)訳ですが、それを自ら否定しました。

ABO FANさんはもう、定義を変えるか、「有意」である事が「関係ある事」の十分条件であるという意見を撤回するしか無い訳ですね。少しでも主張に整合性を与えようとするならば、そうするしかありません。

もちろん、母集団において差がわずかでもあれば「関係がある」と看做す、という定義は、誰も同意しないでしょう。その定義を今回、ABO FANさんはしました。はっきりとね。

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「解っていてやっているかも」、という推測については、もしかすると、私はABO FANさんを買い被っているのかも知れません。しかし、見縊るよりはましでしょうから、一応、そういう考えで取り組んでいます。

いずれにしても、主張の核を修正しない限り、ABO FANさんの論は、検討の価値が全く無いもの、と断言して全く差し支え無いですね。

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新しいエントリーが上がっていました⇒血液型と性格 - ABO FAN Blog: TAKESANさんのInterdisciplinary (8/26付)

案の定、私の態度に言及し、やり取りを終わらせようとしています。想定内。

まあ、よろしいです。定義をABO FANさんが示したのは事実なので、それ以上知る必要もありません。これからも、有意である=関係がある、といい続ければよろしいでしょう。めちゃくちゃな知識を流布されるのは好ましくありませんが、おかしな部分は明確に示されたので、ここを見に来る方々に対しては、それを参考にして頂きたいと思います。

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コメント

そもそも、心理学を勉強しているはずの人が、吉田氏を知らないってどういう事ですかね。心理統計系では、よく見るお名前だと思うんですが。豊田秀樹氏とかと共に。

投稿: TAKESAN | 2008年8月27日 (水) 01:56

>TAKESANさん「つまり、ABO FANさんが、「自分の論の矛盾点」を自覚していながらやり取りしてきたのではないだろうか、という事ですね」

私はその見解にはかなり懐疑的ですね。

マキアヴェッリの「天国への道を知る最良の方法は地獄への道を探究することである」という言葉に強く感化された自分は、第2次大戦終戦間際のヒトラーや日本の軍部の言動から、研究・開発の失敗、スポーツ選手の敗戦まで、注目して読みあさっていた時期があるのですけど(そんなに真面目に調べていたわけではありませんけど)、そういうのを見ていると、「自分の(主張や作戦計画や戦局見通しなどの)矛盾にはまったく無自覚なのに、それにも関わらず(表面的な言動だけ見ると)あたかもそれを自覚して“予防線”を張り巡らしているかのような言動をしている」といった状態はかなり普通に見られる事に気づくと思うんですよね(第2次大戦に詳しい人は思い当たる人や事例がいくらでも出てくるでしょう)。

たぶん、こういう状態は心理学とかで既に名前が付けられていると思うのですけど(精神分析だと防衛機制の(不完全な)抑圧とかになるのかな?)、誰に何を言われても「もしかしたら自分の論は矛盾しているかも知れない」などとは露ほども思わないけど、だからと言って、そういう確信・信念と、あたかも矛盾を自覚して予防線を張っているかのような言動とが一人の人間のなかで葛藤なく同居するというのは、決して珍しくないし、そういう状態に陥るのは結構簡単(自分もかなり危ない(苦笑))という事は、私はかなり強く自戒しているつもりです。

そういう意味でも、ABO FANさんの言動はケーススタディ・他山の石として学ぶべきところが少なくないと思います──というか、個人的には、ABO FANさんの言動を通して、そういう「人間の基本仕様」に気づいてくれる人が少しでもいてくれたら、かなり大きな成果だと思っています。

投稿: 田部勝也 | 2008年8月28日 (木) 00:42

まず、いずれにしても推測の域は出ない、というのを前提として踏まえておいて、私の考えを書きますと。

あれほどの詭弁を弄しておきながら、一部だけ頑なに「避けている」ような書き方をしているのは何故だろう、と考えた訳ですね。もしかすると解っててやっているのか、と。この部分には、いくつかの解釈が可能で、それを確認する術は無いですね。

まあ、ABO FANさんに、「あなたは解っててやってるのですか?」と訊ける訳でも無いので、真相解明は不可能です(笑)

いずれにしても、核心に迫れたとは思うので、もはやABO FANさんの言動に強い興味は無くなりましたけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年8月28日 (木) 01:07

http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2008-08-30

ダメだこの人。もうどうしようも無い(いや、知ってたけど)。

▼▼▼引用▼▼▼
基本的は、私の説明と同じはずなのですが、私の説明が悪くて誤解したのか、それともはじめから誤解していたのかは、TAKESANさんとの議論ではよくわかりませんでした。
▲▲引用終了▲▲
きました。「実は違っているのだ」作戦。
でも無理ですよ。言い訳が絶対出来ないような発言を引き出したのだから。もう遅いのです。

まあ、ABO FANさんは、「帰無仮説が正しい」事をどう証明するか、それを説明出来ないので、どのみち無意味です。

▼▼▼引用▼▼▼
私の主張(というか心理学者のロジックに基づいた分析や主張)を、極力統計を使わないで、わかりやすく説明する必要があることが、よくわかりました。
▲▲引用終了▲▲
これまた解りやすい。

極力統計を使わない、のでは無くて、統計を使った説明が出来ないから、でしょう。

統計を使わない説明(使おうとして使えていなかった)って、今までABO FANさんが散々やってきた事じゃないですか。

どんな入門書にも載っているような事を理解していないのに、「入門書としてよく出来ている」という評価が出来るというのが、もう……可笑しくて可笑しくて。

結局、私の質問には答えられないから、話題をはぐらかしているというのが丸解りで、ある意味微笑ましいです。

投稿: TAKESAN | 2008年8月30日 (土) 12:19

http://abofan.blog.so-net.ne.jp/2008-08-30-1

早く、「血液型と性格に関係が無い」=「帰無仮説が正しい」という「定義」について、解説しましょうね。

またループしてますけど、今までとは訳が違うので。もう遅いんだけどね。まあ、話を逸らしたいんでしょう。

投稿: TAKESAN | 2008年8月31日 (日) 13:13

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