« 読書感想文 | トップページ | 記事の見方 »

2008年7月21日 (月)

子どもとゲームと親

亀@渋研Xさんへのレスも兼ねて。

※これは、読売新聞紙上の特集、「子ども――ゲーム」の7/17~7/19分の記事について言及したエントリーです。引用文は、その記事より。

全体としてみれば、確かに、他の同じような記事と較べると、頑張っている方なのかな、と思いました。個人的な感想としては、「それまで不味いものばかり食べさせられてきて、その後で、美味くは無いがちょっとマシなものを食べたら、結構美味しく感じる」、というような感じかな、と。ゲーム関連の記事は、あまりにも不味いものばかりですしね。
書き方としては難しいのでしょうね。不安を感じている養育者の紹介をするのだから、その具体例を書かざるを得ない訳ですが、私などから見ると、それは「不安を煽っている」ようにも感じるんですね。

ああいう記事に関心を持つ人の中には、ゲームに対して漠然とした不安を感じている人も多いでしょうから、果たして冷静に特集全体を見渡すのだろうか、と。

ところで、第一回に、「2才からゲームをしている」という風な記述がありますが、これ、どのくらいの割合なのでしょうね。私としては、2才児がゲームを「ゲームとして」プレイする、というのは、ちょっと考えられないです。ボタンを押せばグラフィックが変化するので、その単純な変化を楽しむ、というくらいのものなのではないかなあ。リモコン押せばテレビが消えるのを憶えて、それを面白がるみたいに。

▼▼▼引用▼▼▼(第一回より)
茨城県土浦市や東京・秋葉原の連続殺傷事件などの容疑者がゲーム好きだという報道を見て、長男の姿に重ねてしまう。現実とゲームの世界の区別がつかなくなり、道徳心が育たないのではないか、と思う。
▲▲引用終了▲▲
ここなんかは、完全に報道の害ですね。現在のゲーム研究の知見から考えても、こういった無根拠な情報による不安を与える方が問題なのでは、と思います。金川はともかく、加藤は「ゲーム好き」と言えるほどかな、という気もしますし。

第二回は、上にも書いたように、論外だと言えます。記事に対する要求水準が高いのではないか、とも思われるかも知れませんけれど、私としては、ゲーム脳を一説として採り上げるのは、陰謀論を、考察すべき興味深い一説として採り上げるのと全く同レベルだと考えているので、そういう評価になります。

榊原氏のコメントは尤もだと思います。
▼▼▼引用▼▼▼(第二回より)
 お茶の水女子大学教授で小科医の榊原洋一さん(発達神経学)は「ゲーム脳の考え方がもてはやされているのは、親が子どもからゲームを取り上げる根拠が欲しかったからではないか。しかし、ゲームをやらせるかどうかは、親の価値観に従って各家庭で決めることだ」と話している。
▲▲引用終了▲▲

第三回、ゲームを持ってない事で子どもが仲間はずれにされる、という可能性について書いてあります。

私は、このロジックがよく解りません。いや、仲間はずれにされる所の懸念が解らないのでは無くて、「ゲーム」の特徴であるかのように言われるのがよく解らない。

子どもは、流行りのものを知らない、所有していない、同じような考えを持っていない、という事で爪弾きにするのは、よくある訳ですね(子どもに限らないけれど)。それは、かなり一般的な事だと思います。
で、ゲーム云々とは直接関係は無くて、もっと一般的な社会心理学的な話ですよね。贔屓とか、その辺の。

まあ、何故こんな事を書くかというと、自分は、ゲーム好きだった事で、物凄く変な目で見られていた訳です。当時は、ゲームばっかりやっているとバカになる、というのが言われていたのですが(これは、ずうっと前から言われていて、最近になってそれが、「脳」への悪影響という具体的な論になってきたのですね)、そういう所から、小馬鹿(これほどぴったりな表現は無いでしょう)にされてきた、という経験があるのです。後、当時の子どもに一般的に人気があったものに興味が無いのを馬鹿にされたり。

昔だったら、(ちょっとステレオタイプ化します)女子だったらアイドルに興味が無いのを馬鹿にされたり、男子だったら野球やサッカーに興味が無いのはダメだと思われたり、というのが、結構あったような。

そういう経験があるので、結局、ゲームがポピュラーになって、状況が逆転したのではないかな、という事なんだと考えています。ゲームがどうこうという問題じゃ無くて、同じような方向性じゃ無い子どもを爪弾きにする心理自体を見るべきなのではないかな、と。
ゲームの普及度から考えると、ゲームを持ってない事で仲間はずれにする、という頻度は高くなると思いますが、それが即、ゲームそのものに内在する問題だ、と言えるかどうかは、ちょっと疑問です。
下手すると、ゲームが薬物と同様の効果を及ぼし、その結果として、ゲームをやらない子どもに排他的になるのだ、という主張も出てきかねません。実際、岡田氏はそれに近い事を言っているのですしね。

|

« 読書感想文 | トップページ | 記事の見方 »

「ゲーム脳」カテゴリの記事

「ゲーム論」カテゴリの記事

「メディア論」カテゴリの記事

コメント

さっそくありがとうございます。
やっぱり、ぼくよりも点数辛いですね。ぼくはなんとなく編集者目線で甘く見ちゃうんでしょうね。
ぼくも十全な記事だと思っているわけではないのはもちろん、いくつもの問題点があるとも感じています。ただ、一生懸命バランスをとろうとしていることがなんとなく伝わって来るので、うまく言えないけど「ああ、もったいねえなあ、あと、もう一歩二歩なのになあ」みたいに思っちゃうんですね。

この記事については、第3回の最後で“不安に駆られるばかりでなく、子どもの遊び環境についで親同士が語り合い、ゲームに対する「我が家の方針」についてじっくり考えたい”と書かれているので、今後の展開をさらに注視していきたいと考えています。

投稿: 亀@渋研X | 2008年7月21日 (月) 15:33

毎日の理系白書の時と同じような読み方、なのかも知れませんね。
あの時も、毎日や元村氏について、よくあそこまで書いた、という高評価もあった訳ですが、私なんかは、あれでもまだ足りない、と、かなり厳しく見ていました。そこら辺(私のような反応の仕方)を、川端裕人さんが懸念されたりもしました。※尤も、あの例は、元村氏が「当事者」という事情もあったので、若干状況が異なりますけれど。

変な言い方ですが、プロにはプロのレベルを求めたい、と言うか。
100m走の選手が10秒30で走ったのを評価するのは憚られるなあ、と。

後、たとえば、頑張って、何とかしようともがいて書いている、というのが解るのは、より「解っている」人だからこそ、というのもありますしね。新聞記事は、そもそも詳しく無い人や、漠然とした不安を抱えている人に向けられているので、つい厳しめの評価になってしまいます。

あ、そうか。
ゲームについてよく知らない人や、何となく不安だなあ、と思っている人の実際の感想を考慮すべきですね。ブログ検索で引っ掛かるかな…。

投稿: TAKESAN | 2008年7月21日 (月) 18:32

「ゲームがあると仲間はずれのタネになるからゲームなんて無い方がいい」
この発想、むしろ差別を助長する非常に危険なものであるという自覚は発言者には無いんでしょうね(心情的にはよ~く分かるんですが)。
子どもたちにとっては、ゲームなんか無くたって仲間はずれのネタには事欠きません。

投稿: Noe | 2008年7月22日 (火) 15:40

▼▼▼引用▼▼▼
子どもたちにとっては、ゲームなんか無くたって仲間はずれのネタには事欠きません。
▲▲引用終了▲▲
その通りだと思います。多くの人が興味を持つ対象があれば、必ず仲間はずれというのは起こる。だから本質的に、仲間はずれという現象そのものの問題を考えていかないとならない訳で。

外遊びが好きな子が多くなれば、ゲーム好きな子が爪弾きにされるかも知れないのですしね。

もちろん、仲間はずれというのは、大人にも普遍的にある事ですから、とても難しいのですが。

投稿: TAKESAN | 2008年7月22日 (火) 18:50

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/13103/22444048

この記事へのトラックバック一覧です: 子どもとゲームと親:

» 子どもとゲーム:実は「ゲームが問題」ではないことも [PSJ渋谷研究所X]
読売の連載「子ども/ゲーム」、興味深い記事なので、ここらでぼくも一度エントリを起こしておく。記事を引用しながら、問題点なども挙げてみる。 [続きを読む]

受信: 2008年7月22日 (火) 02:24

« 読書感想文 | トップページ | 記事の見方 »