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2008年7月25日 (金)

今更

ここ数ヶ月の間に、産経・読売・毎日の各紙で、ゲーム脳説が紹介されました。いずれも(書き方に違いはあるけれども、ある程度傾向は一致していると言えるでしょう)、それが、他の科学的な仮説や実験研究と同等であるかのような、紹介の仕方でした。

これは実は、かなり異様な事であると言えます。

ゲーム脳は、そもそもニセ科学です。つまり、きちんとした研究を行ってすらいないのに、実証されたと言っているものです。研究は妥当だろうけれども主張が行き過ぎている、というものでも無いのです。あらゆるレベルで、科学的には「説」にすらなっていないもの。それを、中立・公平を努めようとしているのか何なのか解りませんけれど、「批判もある」、というかたちで紹介しているのです。これは、明確に「間違っている」と言える。

ゲーム脳は、ちょっと調べれば、実態が解るものです。それこそ、早ければ数十分で気付けるような代物。いや、気付かなくてはならない、と言った方が良いでしょう。何といっても、新聞記事なのですから。

ゲームの影響について、本当に中立・公平に論じたいのなら、ゲーム脳を持ち出すのは、筋が悪いのです。これは、かなり穏当な表現ですが、率直に言うと、調べるのをさぼっている、あるいは、一定水準以上の能力を持っていない、という事でしょうね。それを言い切って良いほどのものなのですよ、ゲーム脳というのは。

このような主張を、ゲームを擁護したいがための意見だ、と読むのも自由ですけれど。目を逸らせば楽だから、勝手にそうすれば良い。間違っているものには間違っていると言い続けます。まあ、文字通りにとれば、私は「ゲームを擁護している」訳ですが。不当に非難されているものを護りたいと思うのは、当たり前の心理です。

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コメント

批判派としてはとりあえず食いつきやすいですよね。「ゲーム脳」。
ゲーム脳以外にゲーム批判としてまとまっているものが無いから、ゲーム批判=ゲーム脳になるんでしょうね(これは、ゲーム批判自体に根拠が無いものとか、その批判はゲームに限らないんじゃ?というものが多いことの裏返しですが)。

それでも、まずゲーム脳を紹介しておいて、「批判も多い」と後から付け足すのは作為的ですね。
相ま論を延々紹介しておいて、「批判も多い」と付け足すのと構造的には変わらない。

投稿: Noe | 2008年7月25日 (金) 08:30

おはようございます。
有名な話なのでご存知の方も多数いらっしゃると思いますし、既にこちらでも取り上げられたことがあるかもしれませんが、
東京朝日新聞は明治末期に「野球有害論」キャンペーンを展開していました。その中で教育関係者の談話として以下のようなものを紹介しています。

◎野球という遊戯は悪く言えば巾着きりの遊戯、対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れようベースを盗もうなどと眼を四方八方に配り、神経を鋭くしてやる遊びである

◎「野球の弊害四ヶ条」
 一、学生の大切な時間を浪費せしめる。
 二、疲労の結果、勉学を怠る
 三、慰労会等の名目の下に牛肉屋、西洋料理屋等へ上がって堕落の方向に近づいていく。
 四、体育としても野球は不完全なもので、主に右手で球を投げ、右手に力を入れて球を打つが故に右手のみ発達する

◎対抗試合の如きは勝負に熱中したり、あまり長い時間を費やすなど弊害を伴う

◎手の平への強い玉を受けるため、その振動が脳に伝わって脳の作用を遅鈍にさせる

(以上http://allabout.co.jp/sports/baseball/closeup/CU20020126A/index4.htm
より引用しました)

内容がゲーム害悪論とほとんど変わりませんし、特に最後のものは、この時代から「脳に悪影響が」という言説が使われていたのかと、変に感心してしまいます。
しかしこの理屈を使えば、何でも当てはまりそうですね。

余談ですが、先日事件を起こした少女の家にはオカルト漫画(ひぐらし?)があったそうですが、こちらは若干マスコミも騒ぎ方が少ないように思えます。ゲーム版ひぐらしが出てきたら、どうなっていたか。
本当にこんなものは、事件の概要とどれほど関係があるのか。マスコミはいつから医師や裁判所になったんでしょう。

投稿: キャリン | 2008年7月25日 (金) 09:13

今回の八王子の事件については、ゲームとかに原因をこじつけられないらしくて、マスメディアも相当苦慮してるようですね。

読売のこの記事に笑いました。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20080724-OYT1T00479.htm?from=navr

それがほんとうだとすれば、原因として問われるべきはあんたたちマスメディアの無節操な報道姿勢なんじゃないの? みたいな気がするんですが。

投稿: pooh | 2008年7月25日 (金) 12:41

Noeさん、今日は。

ゲーム脳と、後『脳内汚染』ですね。後者は、最近岡田氏のインタビューが色々な所で出ていたりします。
尤も、後者はゲーム脳と較べるとちょっとややこしいので、解りやすいゲーム脳が採り上げられている、という見方も出来るかも知れません。

水伝を科学的に興味深い説だ、と紹介するのと、ほとんど同じなんですよね。水伝に「批判も多い」なんて書き方をすれば、大顰蹙は必至な訳で。それほどダメな事をしています。

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キャリンさん、今日は。

ほぼ同じ構造なんですよね。テンプレートにして言葉を入れ替えれば、何の悪影響でも主張出来る。
尤もらしいロジックを用いているのですよね。部分的に見ると、それ自体はあり得るかも知れない、原理的にはあっても良い、というのも見られる。
しかし、それが確かめられていないのですよね。ロジックはエビデンスによって確かめられる必要がある、というのが、科学な訳ですね。

ひぐらしがゲーム版だったら、もしかすると、報道の仕方が異なったかも知れませんね。これほど不当な糾弾を受けている文化は、なかなか無いと思います。

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poohさん、今日は。

自殺の報道に関する議論と同じですよね。

もちろん、連鎖する可能性があるから全く報道すべきでは無い、とまでは言いませんが、それにしても、報道の「仕方」というのは工夫は出来るだろう、とも思います。
淡々と事実を伝えるだけで、情報を社会に流布するというマスメディアの役割は、達成出来ると思います。そこに、余計な「解釈」や「演出」を加えるんですよね。心理学や精神医学の専門家と勝手にマスメディアが言っている人が戯言を撒き散らしたり(当該学問が誤解される、という弊害もある)、過度な演出で印象を強めたり。

当然、犯人が嘘を言っている可能性もあります(が、通り魔が出現しているという情報を得た事は、間違い無く事実でしょう)。

投稿: TAKESAN | 2008年7月25日 (金) 13:39

http://yfukuoka.blog110.fc2.com/blog-entry-425.html

▼▼▼引用▼▼▼(10番目のQ&A)
A:バスジャック事件の犯人がどのようなストレッサーにさらされていたのかは、報道以上のものを私が知っているわけではないので、一番誠実な答えは「わからない」というものでしょう。従って、彼の行動について何か言及するとしても、それは十分な精度をもった推測だとは言えず、単なる憶測にすぎないということになると思います。
▲▲引用終了▲▲
これが、科学的な態度というものだと思います。

投稿: TAKESAN | 2008年7月25日 (金) 14:16

まぁ、『脳内汚染』についても、主張そのものは、「ゲームは麻薬と同じで依存させる効果があり、また、暴力性を増やしたりするので犯罪の原因になる」
と言う単純な主張なんですけどね。
ただ、いくつものロジックを都合良く貼り合わせてできあがったものがそうなので、批判するとなると、それを一つ一つ分解して批判しないといけない、という面倒くささがある、というだけの話で。
それでも、紙面に限りのある新聞媒体の場合、一応の「両論併記」(実際には、両論併記でも何でもないですが)に向かないのはあるかも知れません。

投稿: たこやき | 2008年7月25日 (金) 16:14

たこやきさん、今日は。

すごい変な書き方ですけど、ゲーム脳よりは脳内汚染の方が、まだ筋は良い、と言えると思います。あくまで相対的な評価で、あれを採り上げるのも良く無いですが。
きちんとした反論は、ゲーム脳より遥かに難しいのは確かですね。何しろ、社会調査・行動科学・脳生理、等の知見を持ってきて、ごちゃごちゃ組み合わせているので。

神経科学方面の研究の話をするなら、松田剛氏辺りの見解を持ってくるとかはして欲しいものです。

投稿: TAKESAN | 2008年7月25日 (金) 17:17

こんにちは。

「脳内汚染」について、以前から感じていたことなのですが、
「ゲーム」を「仕事」に置き換えても、日本ではこの論が成立してしまうのではないでしょうか?

 多くの働く日本国民は「仕事」をしていないこと自体に不安を感じるようです。その結果、正当な報酬がもらえなくとも「仕事をしていると感じる」ことで安心し、心身の破滅につながっている例も多いように感じます。

 低い賃金でも働いて安心してるので、経済的に自立できなくなります。その結果無理に残業をして体を壊したり、仕事にこだわるあまり病気や自殺につながることがあります。

 これって、立派な「依存」ではないでしょうか?

 少なくとも一部の仕事は、従事しているときの脳波がゲームをしているときの脳波に似ていると指摘されていましたよね。

 ということで「仕事脳の恐怖」があるんではないでしょうか?

 ちなみに本日、雨のため仕事が急に休みになり、なんとなく不安を感じています。私も「仕事脳」かもしれません。

投稿: 憂鬱亭 | 2008年7月26日 (土) 09:15

憂鬱亭さん、今日は。

基本的には、ごくシンプルなロジックで説明しているので、なにとでも入れ替えて見ると、成立してしまうようなものなのですよね。

依存については、本来的には、精神医学的・心理学的な文脈で捉えられるべきものだと思うのですが、それが、もっと日常的な、「なにかにのめり込んでなかなか止められなくなる」、程度の取られ方がなされているようにも感じます。
脳内汚染系は、薬物依存のアナロジーを安易に用いていますね。飛躍も多いです。「尤もらしい」説明というのは、ややこしいですね。

投稿: TAKESAN | 2008年7月26日 (土) 13:43

少なくとも原因と結果について,未成年凶悪犯罪とゲーム云々は,単なる結果だと思います。
 一方で,良くできた戦闘ゲームが,戦闘シミュレーションに役に立つ場合もあるでしょうし,戦闘シミュレーションレベルにもならないゲームを作ろうとしているならば,制作者としては志低いと思います。だから,良くできていても不思議ではないと思います。
 だからって,本当に戦闘(殺人)したいとか考えるかどうかは,本人の問題でしょう。というか,この部分の乖離は決して小さくないのは当たり前ですがそう思わない人がゲームを攻撃する人たちには見られます。そっち系のゲームがこの橋渡しをしてしまうという理屈みたいに見えるのですが,もしも橋渡しされちゃうならば,それは,されちゃう人間に内在する問題ではないかと思います。そして,されちゃう人間に深く関わる家庭の属性などに原因の一部を求めるなら,理解できますけどね(それでも寄与率100%ということにはならない)。

投稿: complex_cat | 2008年7月26日 (土) 14:22

ゲームを批判する人は、問題を混同しているように思われます。

仰るように、ゲームが、他の行動の訓練になる事は、充分あり得る訳ですね。論理的には、シミュレータとして機能し得る、という話で、それは、ドライブシミュレータやフライトシミュレータと同じです。
で、それは、基本的には技術的な部分のトレーニングになっているという事で、それが起こるからと言って、即殺人衝動の喚起等の現象に繋げるのは、早計なのですね。

また、他の要因を無視し過ぎるんですよね。他にも考慮すべき部分が沢山あるでしょう、と。

武術をやる人間は野蛮だ、という偏見を持つのと、似ているかも知れません。武術は、実体的には全く「暴力の訓練」な訳ですが、それが即、暴力を行使したくなる、とはならないのですよね。

少なくとも、ゲームユーザーからすると、ゲームをメタに見ない人は、素朴過ぎてダメですね。
危険なものだ、と教えるんじゃ無くて、メタに楽しむものだ、というのを教えるべきでしょうね。それが、坂元章教授の言う「ゲームリテラシー」だと思います。

ところで、これは結構いつも書くのですが、ゲーム批判の反論で、たとえば「自分は1日5時間ゲームをやっているけど何とも無いよ」、と言うのは、本当は、反論としては弱いのですよね。それは個人差で、統計的に見て影響を与えにくい事を示しているとは言えない、という再反論を食らいますし。

投稿: TAKESAN | 2008年7月26日 (土) 14:51

こんばんは。

ゲームがトレーニングに役立つかも、という記事が出ていますね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080819-00000020-zdn_n-sci
外科医の手先の器用さが増す、という程度であれば割りと納得しやすいのですが「ゲームの学習が科学的思考を促進する」とまでいうのは、良い意味で予想を裏切られた感じです。

投稿: PseuDoctor | 2008年8月19日 (火) 23:18

PseuDoctorさん、今晩は。

昼に、別記事にブックマークしたのですが、そっちも良記事だと思いました⇒http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.afpbb.com/article/environment-science-it/science-technology/2508635/3235721

本当は、マスメディアはこういうものをきちんと広めるべきだと思うのですが…。

それぞれの論文が、どのくらいものを言える物なのかは、精査しないといけないと思いますが、スタインクーラー博士の研究は興味深いですね。
経験的には、多くのゲーマーが実感している事であろうと思います。ゲーム内での課題遂行の条件として科学的思考の駆使が設定されている場合、ゲームを先に進めるには、科学的思考を利用するしか無い訳ですから、それは論理的に、ゲームを放り出さずに進める人は思考能力も高まる、というのを意味するのですよね。

私がいつも書いている、ゲームは大きな影響を与えるが、それは一概に良い悪いと言えるものでは無い、というのが示されている、と思います。ゲームはメディアなんですよね。「箱」と言ってもいい。それに何を入れるかで受ける影響が異なる、というのは、論理的には考えやすい所かと思います。

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プチ宣伝。
多分、そこら辺の理論的考察というのは、考えられる事は大部分、ここの「ゲーム論」カテゴリーに入ってると思うので、よろしければどうぞ。後はエビデンスで確認していく、という感じですが。

自分で言うのもなんですが、ゲームをよくやらない人にはなかなか把握出来ない所についても書けていると思います(だから、「そうだよね」、とゲーマーに同意される部分も、結構あると思う)。

投稿: TAKESAN | 2008年8月20日 (水) 00:38

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