気感を科学的に考える
※話があちこちに飛びます。ご容赦を。また、武術や気論に馴染みの無い人は、読む事が困難です。て言うか、こいつは一体何を言っているんだ? となる可能性大、です。どきどき。
これは面白い。
『秘伝』とか、こういう論考を載せればいいのに。
こういった議論は、科学的には最も検証し辛く、あっち方面にいきやすい分野なので、慎重に慎重に語らないといけないですね。正直、ちょっとどきどきです。
私自身は、気感というのは基本的に、体性感覚と記憶のコラボレーション、だと思っています。様々な体性感覚が知覚され、それが記憶と照合され、「蒟蒻のような」感覚、と認知される、といった感じでしょうか。もちろん、初めに用いるイメージも、その助けをするでしょう。その意味で、完全に解明出来るかはともかく、純粋に知覚心理学的・認知心理学的現象、だと考えるのが、科学的にも妥当と考えます。
私の先生も(先生の師も)、殊更に「気」を強調する事はありませんでした。もちろん、日本武術なので、気という言葉自体は使います。ですが、いわゆる神秘的な現象を想起させるような用い方は、強く戒めていました。いかに合理的に相手を制するか、というのを目的とする武術だったのです。ですから、たとえば遠当てのような技法には、強く懐疑的でした。偶然タイミングが合って触れていないのに相手が倒れる、という現象は成立し得るかも知れないが、それは武術としての技ではあり得ない、というお考えでしたね。
意念を用いて手の間に何ものかを感じる、というのは、随分前にやろうとしましたね。まあ、ちょこっとは出来ました。でも、武術的にはほとんど意味が無いと考え、止めました。今は、気感、特に、何か具体物を感じるような場合は、上にも書いたように、生理的・バイオメカニクス的な変化に基づく知覚に「意味付け」したものだと考えているので、その自然科学的変化そのものを理解し、それと知覚と結び付けるべきだ、と考えています。つまり、この「感じ」はどこそこの筋肉が収縮していて……という風にダイレクトに理解したい、という事ですね。そうすれば、それが身体運動として合理的か否かも認識出来るので、良いですね。※高岡英夫氏の提唱する身体意識論の内、「クオリティ」と関わってくるでしょう。
とまあ、ここまでは、特に問題無く、心理学的メカニズムで説明し得るだろう、と考える事が出来ます。が、問題はここから。
そう、他人に手をかざされて気を感じた、という現象です。これをいかに見るか。難しいですね。科学的に考えてみると、
- 相手の手が何らかの物理的作用を及ぼした。
- 武術の稽古中である事、気の話題をしている事、等の認識をあらかじめ持っていたため、それが何らかの体性感覚的知覚を作り上げた。
- 全くの気のせい。
こういった可能性が考えられるでしょう。当然、実証科学的には、3が真っ先に疑われなければなりません。たとえば、目隠しをして気を当てて貰い、きちんと術者を判別出来るか、という実験が考えられるでしょう。そこら辺の実験が徹底的になされれば、「気を発せられた(と主張される)場合に、受けた側が確かに何かを”感じている”」、というのが認められるでしょう。もちろん、脳イメージング研究の精度が高まれば、何かを感じているのをビジュアルで客観的に捉えられる可能性もあります。いずれにしても、とても難しいですね。当然、考え得る限り慎重に進められねばなりません。
で、気を受けた側が確かに何かを感じているとして(それを仮定しないと先に進まないんで)、今度は、そのメカニズムを探求する必要が生じます。
※あくまで仮定です。科学的には、まず3の可能性を排除「するべき」です。それをすっとばして1や2のメカニズムを論ずるのは、基本的にナンセンスだと思います。以下は、思考実験に近いものです。それも無意味では無いでしょう。本質的に、このエントリーにはそういう性質を持たせてあるとご理解下さい。
1は、人間の手(で無くても良いが)から発せられる何らかの物理的実体が、受ける側に影響を及ぼし、「感じ」を与える、という事です。私自身は、これには非常に懐疑的です。人間の体性感覚受容器への適刺激を、他の人間が触れずに(かつ道具を使わずに)与えるというのは、とても考えにくい。まあ、生理・心理学的には、人間から発せられるものを測定し、今度はそれを実験的に作り出して与えてみて反応するか、というのを調べてみれば良い訳ですけれど。精神物理学的、あるいは知覚心理学的には、閾値以上の刺激を離れて与えるというのは、疑わしいと考えますが、どうでしょう。
次は、2ですね。手を触れずに気を当てられているという「感じ」を覚えるという現象が成立し得るとするならば、科学的には、2による社会心理学的・認知心理学的メカニズムが働いていると考えるのが、妥当かと思います。つまり、状況が「そうさせている」、という事です。その意味では、錯覚に近い。この説を実証するのは、物凄く難しいですね。どうすれば良いか考え付かないくらい。ともかく、1で無ければ2です。それ以外には考えようが無い訳ですね。
後は、他の生物や物体にどういう影響を与えるか、という所が考えられるでしょうね。私は、ここら辺にはほぼ全て否定的です。もちろん、厳密にあり得ないとは言えないですが。実験デザインは比較的簡単だと思うので(効果があるか否か、という実験ならば)、興味がある人がやれば良いと思います。極めて厳密、かつ慎重に行われなければならないのは、言うまでもありません。
私の持論は、「”気”とは、ある個人内、あるいは人間―人間のシステムで成立する生理・心理学的な総合的現象である」、です。それ以外の可能性は、基本的に排除します。
こんな所でしょうか。纏まりに欠けますけれど。
complex_catさんの文章、結構ぎりぎりの所ですね(笑) (はてブにも書きましたけど)綱渡り的な。ともあれ、気功にも科学にもお詳しい方の意見というのは、とても貴重だと思います。面白くて一気に読みましたしね。
そうそう、このエントリーを書いていて、思い出したエピソードがあります(記憶を元に書くので、詳細は違っています)。
以前、テレビにMr.マリック氏が出演していました。
マリック氏は、他の出演者の腕に手をかざし、触れないぎりぎりの所でさするように動かし、何か感じないかと訊きます。その人は、少し驚いたような顔をして、感じます、と言います。
そこでマリック氏が一言。
「”毛”です。」
これは面白かった。当時は意識していませんでしたが、一つ懐疑的な考えが鍛えられたかも知れません。
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またまた話は変わって。
畳半畳内で連続して受け身の取れる古武術の達人の聴勁を見せて貰ったことがありましたが,かならずしも気で説明する必要はないという方でした。その方は何度どんなタイミングで拳を出しても全部,簡単に外していました。
私は、「畳半畳内で連続して受け身の取れる古武術」というのを、一流派しか知りません…。
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コメント
綱渡りの拙エントリを解読していただき痛み入ります。
20年近く前にNHKが放送した「気」についての特別番組については,勿論民放などよりはまともな取組でしたが,「気」とは生命に対して何かの影響を与える「信号」なのではないかと話を進めていて,最後に気功師が糸でぶら下げたLD(レーザーディスクはなにもんだ。。時代を感じますね)を発気で動かすという技を見せていたのでした。前段を否定しているし,無生物へのそういったテレキネシス能力は,もうちょっと検証すべきと思いましたね。少なくとも今だったら,手品師がもっと上手く見せるでしょう。
>純粋に知覚心理学的・認知心理学的現象、だと考えるのが、科学的にも妥当と考えます。
私も基本的にはその範疇で検証すべき努力をする領域だと思います。そしてそれは,未だに不十分です。また,それ以外の世界であるという確固とした領域は,残念ながら私では「再現」不能なので,検証の俎板の上に載せることすらできません。一休さんの話にある画の虎を追い出してくれというような話です。
>私の先生も(先生の師も)、殊更に「気」を強調する事はありませんでした。
私の,太極拳,八極拳の師も同様でした。先ず徹底した物理現象として弟子に教えるというスタンスになると思います。その妙な力ばかりを追い求めて一生を棒に振る方がお出でだとか。
大気拳などでも,王郷斎老師の気に関する話が,沢井先生経緯で伝わっていますが,神経整理や近く認識的な分野にコミットした話だと思っています。
>意念を用いて手の間に何ものかを感じる、というのは、随分前にやろうとしましたね。まあ、ちょこっとは出来ました。でも、武術的にはほとんど意味が無いと考え、止めました。
私の場合は,30cmほどの距離でそれを感じられる状態まで行きました。が,考え方と経緯はエントリに書いたようにTAKESANさんと同じです。遠当てに対しても同様です。西野流呼吸法がやらせ事件を起こしました。実戦空手の雄,USA大山空手の大山館長が,最初からそれを看破されて「悲しい事情があるのだろう」と木っ端微塵の解説をされました。後に証された内幕がその通りだったので,武術関係では急速にそっち系の話は冷え込みましたね。ただ,武術稽古をしている人たちの間の同調現象として,神経生理的反応の分野,或いは純粋心理学的に検証する分野ではあると思います。
武には,それを上手く操って相手の近く認識の隙間に入り込む技が沢山ありますから,知らないと引っかかってしまう現象には枚挙にいとまがありません。それは,時代が下がって平和な時代になって技を見せ物にして稼ぐノウハウに生かされたりして,武とは無関係に生き残ってきた系譜もあると思います。
世の中唯物論というよりは,唯感論というか,どちらかというと自分の感覚を絶対視する考え方が基本だと思います。トンデモや疑似科学の場合,唯感論による罠に陥った人が沢山おられます。
そういった意味では,地下で繋がっている部分のある関連領域分野だと思います。
後,畳半畳のお話は分かってしまいましたね。そちらの分野での評価はいかがなのでしょうか。何せそっちは,明るいないので。
投稿: complex_cat | 2008年7月 8日 (火) 07:44
神経整理や近く認識的な分野
→神経生理や知覚認識的な分野
何せそっちは,明るいないので。
→何せそっちは,明るくないので。
です。失礼しました。
投稿: complex_cat | 2008年7月 8日 (火) 08:44
complex_catさん、今日は。
NHKの番組の話は面白いです。今だと、アンビリバボー辺りがやりそうなネタですね(時折やっていますが)。
単純な知覚の問題では無いので、実証研究は難しそうですね。まず、思い込みや錯覚の可能性を排除していくというのが重要だと思います。
私の先生の先生は(直接習った訳ではありませんが、著書や講習会の映像がいくつもあります)、武術の技とは力学的に合理的なものである、というのを強調しておられました。気を強調して、いかにも神秘的な現象を前面に出す事には、嫌悪感を表明されていました。
遠隔的に技を行う、遠当て的な現象は、高岡氏の言う「人文・社会科学的メカニズム」が働いている、と見る事が出来ますね。尤も、高岡氏は、意識を直接操作出来る、というのも主張しておられますが、私はこれには全く与しません。明らかに疑似科学的ですしね。
▼▼▼引用▼▼▼
後,畳半畳のお話は分かってしまいましたね。そちらの分野での評価はいかがなのでしょうか。何せそっちは,明るいないので。
▲▲引用終了▲▲
推測が当たっているとして(はずれてるかも知れないので)、私はその方は、日本武術界では最高峰の達人だと思っています。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 8日 (火) 13:43
みなさん こんにちは。
▼▼▼引用▼▼▼
後,畳半畳のお話は分かってしまいましたね。そちらの分野での評価はいかがなのでしょうか。何せそっちは,明るいないので。
▲▲引用終了▲▲
推測が当たっているとして(はずれてるかも知れないので)、私はその方は、かなりお茶目な方だと聞いています。その方のお弟子さんに聞いた話です。
あるとき、その方が中国武術の体当たり動作をまねた後に一言。
「これがホントの○○○」
できすぎな上に酒の席で聞いた話なので信憑性は薄い気がしますが、聞いた時は爆笑しました。
投稿: | 2008年7月 8日 (火) 18:11
すみません。名前入れ忘れました。上の記事はグレートパンダーが投稿しました。
投稿: グレートパンダー | 2008年7月 8日 (火) 18:13
グレートパンダーさん、今晩は。
自分が書いたコメントかと思いましたよ。
>「これがホントの○○○」
う、解らない…。
これだけ話が進んで、実は3人とも想定している人が違う、なんて事があったりして。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 8日 (火) 18:45
>これだけ話が進んで、実は3人とも想定している人が違う、なんて事があったりして
それは恐いですね。「マスターアイアンマウンテン」だと私は思っているのですが。
投稿: グレートパンダー | 2008年7月 8日 (火) 19:15
ああ、一致してますね。
ちなみに、初めて無足の受身をビデオで観た時は、驚愕しました。人間業じゃ無いぞ、って。
あれは、武術を知らない人に見せてあげたいですね。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 8日 (火) 19:24
ははは,どうやら一緒のようです。
なお,その場受け身は,別の古武術家の方もやっておられました。東北の方で活動中です。その方の技も進化途中でした。
達人は滅多にお目にかかれませんが。居ないわけではない と思っております。
投稿: complex_cat | 2008年7月 8日 (火) 21:07
表に出てこない達人、というのもいらっしゃいますね。
達人の動きがビデオで沢山出ていて参考に出来るので、良い時代ですね。尤も、達人では無い人の動きも沢山出ていますから、注意したい所ですが。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 8日 (火) 21:19
暑いのと忙しいのとで、面白そうな話題なのに突っ込んだコメントが書けません。
ただ、complex_cat さんの姿勢が面白いのは、体験されたこと自体は常識離れした現象で、その実感は疑いようもないという立場でありながら、幾らでも「オレ理論」の方向へ行けるのに、飽くまで既存の材料で解釈出来ないかと模索しておられることですね。
常識離れした現象を常識離れした「オレ理論」をでっち上げて解釈するのは物凄く簡単なことですが、既存の理論体系と整合しない孤立した理論を思い附きで語ってもまず妥当性はないわけで。
最近京極の対談集を読んだおかげで、人間の生きる現実には「不思議な体験」とか「怪異」それ自体はあるんだということを再認識しましたね。ただ、考えてもわからないことに手前勝手な理屈を附けるから、ニセ科学だのオカルトだのになるわけですね。
投稿: 黒猫亭 | 2008年7月 9日 (水) 01:07
黒猫亭さん、今晩は。
やはり、科学的な原則として、同じ現象を説明出来るなら、より単純な方を選び、また、それまでに蓄積された知識と整合するように論を組み立てる、というのを意識するかどうかって事なのだと思います。
まず物質科学を基盤として考える。最も客観的で厳密な体系な訳ですからね。その上で、体感は紛れも無くあるものと前提する。そうすると、科学的には、「脳が何かしている」と考えるのが妥当です。脳が外界からの刺激をそのまま知覚・認知する訳では無いのは、心理学的にも認められた知見ですし。
尤も、complex_catさんは科学の専門家でいらっしゃるから(確かそうでしたよね。apjさんのブログのコメントで見ました)、私などがこんな事を書くのはおこがましい訳ですけれど…。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 9日 (水) 03:04
黒猫亭さん,私が知る限り,神秘主義が科学の前に勝利した事例は,全くと言って良いほどないのです。それは,自然科学が急速に発達してきた今では,特にそうなので,まず,その「戦闘理論」の枠組みで戦うのが大前提だと思います。また,科学側が敗北する場合,これは,武術や格闘技の構造と同じで,その武術自体の敗北なのか,個人の敗北なのか見極める必要があります。
ゲーム脳は地方のミニコミ誌も含めて,マスコミが好きですね。私は縁あって宮崎県のリベラルなミニコミ誌をとっていますが,そこの編集者がゲーム脳大好きです。森氏は地方公演などで,オレ理論の普及啓発活動をやっていますから,地方のリテラシーの脆弱なところへの浸透は進みます。大体,時間に余裕のある地方のお年寄りが後援会の中心になりますから,催眠商法などと相同行為だと思っています。
ガイア理論など,マスコミ遍歴を持つ関係者も含めたスイートスポットにはまり込むトンデモ理論というのがあるのだなぁと私は思っています。
投稿: complex_cat | 2008年7月 9日 (水) 08:34
TAKESANさん こんにちは。
以下ネタばらしです。
その方のお弟子さんに聞いた話です。
あるとき、その方が八極拳の背中での体当たり動作をまねた後に一言。
「これがホントの鉄山靠」
できすぎな上に酒の席で聞いた話なので信憑性は薄い気がしますが、聞いた時は爆笑しました。
投稿: グレートパンダー | 2008年7月 9日 (水) 12:31
>complex_catさん
あちらでのレスにも書きましたが、講演会が行われたり、保健室のポスターで紹介されたり、といった事があるみたいです。
私が色々調べた印象だと、やはり、低年齢のお子さんを持つ方に浸透するという感じですね。中には、間違いでもゲームが止めさせられるならいいじゃないか、という意見もあります。水伝と一緒の構造です。
ゲーム脳が流布する過程で、業界がほとんど何もしなかった、というのが、広まってしまった要因になっている、と考えています。その中で積極的に行動された数少ない人の中のお一人が、ゲイムマンさんです。ゲイムマンさんの活動が無ければもっとひどい状況だったかも知れません。
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グレートパンダーさん、今日は。
>「これがホントの鉄山靠」
こ れ は。
いやあ、創作だとしても、実に良く出来てるネタじゃないですか(笑) 上手いなあ。
余談。
『バーチャファイター』は、中国武術への誤解を広めたものの一つですよねえ。いや、いつも書いてるように、私はフィクションならある程度のものは許容するので、受け取る側が鵜呑みにするのが問題だ、と思っているのですが。講談を真に受けるのと一緒ですね。真に受けないような構えを持たせるべき。
投稿: TAKESAN | 2008年7月 9日 (水) 13:31