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2008年7月10日 (木)

確認

改めて、「ゲームの影響」に関して、自分の考えを述べておきたいと思います。

まず、ゲームは人間にどのような影響を与えるか、というのを、時間的な所を無視して一般的に語る事は出来ない、と考えています。何故なら、(コンピュータ)ゲームというのは、一様なものでは無く、様々なジャンルが混在しているものを総合して指す概念であり、さらに、時代によって中身がどんどん変化していくものであるから。例として、「”日本料理”の影響」というのを考えれば解りやすいでしょう。「日本料理」は、色々な料理を総合した概念であり、その内容は時代によって変化していく訳ですね。

従って、ゲームの影響は、と言う場合には、ある時点、あるいは時間的に区間を切り取って評価するのですね。

次に、ジャンルの問題。

ゲームの影響は、と言うのはちょっと単純で、本当は、各ジャンルについて考えなくてはならない。どういうジャンルのゲームはどんな影響を与えるか、という事ですね。で、「ゲームの影響」と一般論的に語る場合には、ゲームのジャンルの構成比や、売り上げの高いソフトのジャンルを考慮する必要がある。再び料理でたとえると、「”日本料理”は塩分が高い」、と主張するような感じです。これは当然、日本料理に含まれるものが全て塩分が高い、と言っているのでは無く、総体的に見てどうであるか、という主張ですね。よく食されている料理に使われる材料の内、味噌や醤油には多く塩分が含まれている、というような前提がある。

本当は、こういう所を踏まえずに、ものは言えないのです。しかるに、ゲーム批判者は特に、中身の多様性と変容の可能性に目を向けにくい。「ゲームは~」と、一般的な所を語りたがる。ジャンルに言及する意見はあるにはあるけれど、どうにも、きちんと調査した形跡が見られません。

再び、ゲームの変容の可能性について。

ゲームが変わっていく、というのは、大きく分けて、グラフィカル的な所と、入力デバイス的な所、そして、ジャンルの構成比を考える事が出来るでしょう。普通は、「音」の影響は、あまり考慮はされないと思います。

グラフィカルな部分では、それがリアルになっていく所への影響が懸念されています。つまり、高度に抽象的・記号的なグラフィックから、具体的・写実的なグラフィックになった場合、心理的な影響の与え方は異なるのではないか、という見方。

次に、入力デバイス。これは、コントローラの形状や、入力する信号の多様性が考えられます。WiiやDSが出てきて、信号入力時の身体運動のあり方も変化してきていて、影響も異なってくるのではないか、という視点です。

最後に、ジャンルの構成比。これは、解りやすく言うと、「何が流行っているか」、という観点です。RPGが数百万本売れているのか、FPSが主流なのか。家族で楽しめるゲームが売れているのか、テキストを読み込んで攻略するタイプのゲームが人気なのか。また料理の喩えを出すと、塩辛いものが好まれるのか、それとも油っこいものか、辛いものか甘いものか。そういう観点ですね。

そういった様々な観点から、ゲームの内容は常に変容する可能性がある、と考える事が出来ます。特定の化学物質の与える影響について考える場合などとは、また異なった問題なのですね。

尤も、ゲーム一般に共通する要素、つまり、ディスプレイを長時間見る事などについて考えるのも可能です。それはそれとして、きちんと研究すれば良い訳ですね。でも、それを「ゲームの影響」と絡めるには、慎重にならなくてはいけない。どのようにディスプレイを注目するか、というのも、ゲームのジャンルや映像の演出効果によって変化するのですから。

ゲームの影響について語る際、極端な条件を前提する人がいるんですよね。暴力ゲームばかりやって云々、とか。そういう場合には、ジャンルの好みにどういう要因が関わってくるのか、という考え方をしなければならないのです。そもそも一つのジャンルに没頭するのは現実にどのくらいあるのか、とかですね。

一部の論者は、暴力ゲームの特性がそうさせる、としている訳ですね。条件付けや覚醒剤のような効果がある、と。それも、他の要因とどう関わってくるか、というのを考察すべきで、それは充分に行われているとは言えないように思います。覚醒剤的な効果、というのは、明らかに行き過ぎた主張です。覚醒剤のような効果をもたらす、と言うのなら、神経伝達物質の分泌の観測だけで無く、行動の観察をするのも重要だと思います。覚醒剤使用者と精神医学的・心理学的な状態が一致するか、という所をきちんと見なければ、ものを言うべきではありません。そして、ゲーム使用時の心理学的な研究は、行われている訳です。

なんにせよ、過度に単純化して考えてはならないのです。単純化したいなら、それを正当化する確固とした根拠を提出するべきです。

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コメント

1つの可能性
http://www.cogmed-japan.com/
スウェーデンにコグメドという会社があって、ワーキングメモリーを鍛える脳トレゲームを開発してるんだが、
これによってADD・ADHD(IGDAの新さんが言ってた病名ですよ>ゲイムマンさん)の脳機能改善が見込めるようだ。
こちらはどこかのなんちゃって脳科学者とは違って
>一般の方が科学のプロセスを全て追試したり、論文に目を通す時間がないため、
>専門家がオープンに、プロセスとしての科学を実践することは重要で、コグメドはこれに協力を惜しみません。
といっているようですし。
こういった研究が進んで、結果として精神科・心療内科・小児科で脳トレゲームが薬物に頼らない脳機能障害治療として確立されることが、
(私にとっては)ゲーム脳完全否定のゴールだと思っています。(ここにいる人たちとは目標設定が違うだけでしょう。)
あとは余談だが、なぜADD・ADHDにこだわるかってのは世間様一般の評価は「発達障害=犯罪者予備軍、ニート予備軍」だとにらんでいるからってのと、
anomy本人が「キレやすい少年」で「ゲーム好き」な過去があって「現職VDT作業者」で抗鬱薬と睡眠導入剤が手放せない「現役メンヘラー」だからって理由です。

投稿: anomy | 2008年7月10日 (木) 19:43

anomyさん、今晩は。

仰りたい事は何となく解りますし、ご意見の大部分には多分賛同しますけれど、もうちょっと解りやすく書いて頂けると助かります。文意が判然としませんので。
何故このコメント欄に書いたか、誰かの主張に対しての意見か、別のエントリーでの議論を踏まえているのか、それとも一般論を仰っているのか、情報提供して下さったのか、等を明らかにしてもらえた方が、管理者としては、コミュニケーションがやりやすいです。

もしかすると、私が語の意味を捉え損なっているのかも知れませんが、ゲーム脳は現段階で完全否定して構わないものです。何故なら、「間違っている」から。私の意識としては、ゲーム脳が間違っている事をどう知らしめるか、というのが重要だと思っています。ゲームの心理学的・精神医学的悪影響の研究や、有効活用の模索は、一応ゲーム脳とは別の話です。

ゲーム脳のカテゴリーもありますので、よろしければご参照下さい。

何らかの医療効果を持つゲームが開発されるなら、それはシリアスゲーム的なものとして、とても有意義なものとなるかと思います。どんどん研究されていくと良いですね。

投稿: TAKESAN | 2008年7月10日 (木) 20:41

こんばんはanomyです。

TAKESAN様が読み違えたのではなくて、私が拡大解釈をしてしまったとご理解ください。
私は以前からゲーム脳を「テレビ・コンピュータ・ゲームの影響で現れた後天的ADD」と定義して話を進めていたので、
もとから「ゲーム脳」と「情報技術の心身への影響」がごっちゃ混ぜになるしかない話の進め方をしていたようです。
(そういう理由で、画面脳の人をフォローするような書き方になってしまった。これは誤解を招いたと思います。)

コメントの目的はゲームのいい影響という意味での情報提供です。
森氏は以前「ゲーム脳を批判したかったら私の悪口を書くんじゃなくてゲームをやってていいことを教えてくれ」みたいなことを言っていました。
コグメドのADHD改善プログラムはその意味で格好の「ゲームをやってていいこと」の事例です。

投稿: anomy | 2008年7月10日 (木) 21:13

anomyさん、今日は。

ゲーム脳が、何か他の概念に置き換えられて解釈されて、「実はあるかも知れないではないか」、と言われる事が、よくあります。

もちろん、ゲームが心身に与える影響というのは、まだまだ調べるべき事が沢山ある訳ですけれど、かといって、それが「ゲーム脳」と関連してくるというのでは無いんですね。

ゲーム脳は、科学的に妥当な定義の存在しないものですから、その時点でまともな理論では無い訳です。その上で、脳波で判定出来る、などと言っているので、取るに足らないものなのですね。ですから本来は、まず定義を明らかにするべきだ、という代物なのです。

でも、実は何も言っていないが故に、周りが好きに捉えてしまう可能性がある。ゲームの悪影響一般をゲーム脳に絡める訳ですね。でもそれは、ゲーム脳説の実態を知らない事による誤解です。

つまり、ゲーム脳を独自に再定義してはならないのです。そもそも森氏の造語なのですから。もしどうしても再定義しようとするならば、森氏の論とは異なっている事、「ゲーム脳」という語を用い、他の語を用いないのが妥当である事、等をきちんと説明しなければなりません。

そういう事情もあって、私はここで、ゲーム脳説とはどのようなものか、森氏は何を言っているのか、というのを調べて書いています。

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このエントリーの補足。

坂元章氏によると、ゲームが暴力性を高める傾向というのは、1990年代後半から見られるそうです。これは、グラフィックの向上によるものと考えられています。より具体的・フォトリアルなグラフィックになっているから、それが影響している、という事のようです。

心理学的には、高度に抽象的・記号的なキャラクターと、よりリアルなグラフィックが異なる作用を及ぼすというのは、充分に考えられる事でしょう。

当然、暴力性が高まるというのは、心理学的研究によって見出された傾向であり、それは、他の要因によって抑えられたり改善されたりするものです。ゲームの悪影響を強く主張したい人は、暴力性が高まる可能性がある、という所だけ拾って過剰に喧伝するかも知れないので、注意が必要です。

坂元氏がどれほど慎重にものを書いているかを見るのも、参考になるでしょう⇒http://www.hss.ocha.ac.jp/psych/socpsy/sakamoto/works_media.htm

投稿: TAKESAN | 2008年7月11日 (金) 11:27

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