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2008年6月14日 (土)

科学の限界

 問題の種類によっては、もっと簡単な自然現象でも、科学が取り上げ得ない問題がある。これは科学が無力であるからではなく、科学が取り上げるには、場ちがいの問題なのである。自然科学というものは、自然のすべてを知っている、あるいは知るべき学問ではない。自然現象の中から、科学が取り扱い得る面だけを抜き出して、その面に当てはめるべき学問である。そういうことを知っておれば、いわゆる科学万能的な考え方に陥る心配はない。科学の内容をよく知らない人の方が、かえって科学の力を過大評価する傾向があるが、それは科学の限界がよくわかっていないからである。

 

 世の中にはよく、科学者というものは、船が沈んだり、洪水が起きてしまったり、何か事故があったあとに出てきて、あれは原因はこうだった、ああだったということを、後からいう人間であって、ほんとうにその現場にいたら、やはり同じことだろうという人がある。気象警報を無視したり、分りきった治水策を実施しなかったりするようなことは、科学以前の問題であって、ここでは触れないことにする。本質的な問題としては、そういう非難は、ある程度まであたっている。しかしそうかといって、ちっとも科学を卑下する必要はない。科学というものには、本来限界があって、広い意味での再現可能の現象を、自然界から抜き出して、それを統計的に究明していく、そういう性質の学問なのである。

現在再読中の不朽の名著、中谷宇吉郎 『科学の方法』より引用しました(P14および、P16・17)。

科学には、適用の限界があるし、何もかも解るものでも無い。そしてそれは、科学者自身が、最もよく解っているはずなのです。あたかも、ドライバーが自動車の能力の限界を知っているように。

そこの所をよく認識しないと、科学者は科学を万能だと言って云々、という的外れな非難を行ってしまったりする。自分が言っている「万能」という語の意味も明確にしないままにね。

Book 科学の方法 (岩波新書 青版 (313))

著者:中谷 宇吉郎
販売元:岩波書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

 中谷博士とは異なる科学論があります。
 http://blog.goo.ne.jp/i-will-get-you/
  一般法則論

投稿: 一般法則論者 | 2008年6月14日 (土) 04:00

2度コメントを下さるという事は、読んでくれてるって事なのかなあ。

ぶっちゃけ、読まなくていいし、リンクも貼らなくていいですよ。用いている言語体系が著しく異なっているようですので、共通了解には永久に至らないでしょうから。

投稿: TAKESAN | 2008年6月14日 (土) 11:51

こんばんは。中谷宇吉郎先生は文がわかりやすくてすっきりしてますよね。朝永振一郎さんのもそうだと思います。
衒ったいいまわしや難しいことばを使わない、というだけでなく、なにか別段の修行とか信念とかがあったのではないかと想像してしまいます。

投稿: ちがやまる | 2008年6月14日 (土) 21:26

納得。
頭にすっ、と入ってくる感じ。

投稿: 知己 | 2008年6月14日 (土) 22:33

ちがやまるさん、知己さん、今晩は。

綺麗な文ですよね。丁寧で解りやすく書かれていて。

そして、するすると書かれているように見えるんですよね。これってよく読むと、ものすごい事が書いている訳ですが、それをさらりと読ませる。背景の知識・経験・認識力の豊かさを感じる事が出来ます。1とか2書くには、100知っていなければならない。

寺田寅吉翁の文も素晴らしいですよね。

投稿: TAKESAN | 2008年6月14日 (土) 22:41

私が個人的に思うのは、こういう文章って、ビジュアルを言語化する、というセンスなんじゃないかな、と。ビジュアルを具体的に、時間的展開に従って文に直していく、と言うか。

なんて言うか、記号の関係の整合性だけを考えているのでは、ごちゃごちゃになる気がします。

投稿: TAKESAN | 2008年6月14日 (土) 22:50

寺田寅彦 『感覚と科学』(青空文庫)⇒http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2356.html

寺田寅彦 『科学者とあたま』(青空文庫)⇒http://www.aozora.gr.jp/cards/000042/card2359.html

投稿: TAKESAN | 2008年6月15日 (日) 00:55

寺田寅彦氏は「ホトトギス」の影響がもろに入ってますもの。もちろん「文章」のことは相当意識して書いています。漱石の(もとは五高の英語の)弟子で、学生の時に正岡子規に会いに行った思い出も自分で書いてました。

投稿: ちがやまる | 2008年6月15日 (日) 09:50

ちがやまるさん、今日は。

余談ですが、以前、何かの講義で、夏目漱石と誰か(忘れた)の文章を比較する、というのがありました。漱石の文は良いなあ、と何となく思ったのでした(きちんと読んだ事が無いのです…)。

上に貼った『科学者とあたま』なんか、クリシンにも通ずるんじゃないかな、と思って紹介してみました。

投稿: TAKESAN | 2008年6月15日 (日) 12:29

こんにちは。『科学者とあたま』を読みました。前に読んだときは、科学者の(セルフ)マネジメントというような話題に注目していましたが、今回ひとつ小さな点に思いあたりました。彼は「芭蕉や広重の世界」と科学の世界との通路、ということを折々(頻度はわかりませんが)考えていたみたいですね。

投稿: ちがやまる | 2008年6月15日 (日) 14:20

『科学者とあたま』に書かれていた事は、自分も前に考えた事があって、変な言い方ですけれど、「頭が悪くて良かったかもな」、と思ったんです。
私の場合、どちらかと言うと、心理学的な側面に目が行きました。認知とか思考とか。

ちなみに、「芭蕉や広重の世界」について触れないのは、私がそれを全然知らないから、だったりします…。

投稿: TAKESAN | 2008年6月15日 (日) 14:39

TAKESANさん。
こんにちは。
poohさんちではコメントありがとうございました。
向こうでも書いたのですが、poohさんにご迷惑をおかけしたくないので、
此方に引っ越してきました。
宜しいでしょうか?

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

apjさんは、まさに「当事者」ですよ。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

TAKESANさんのコメントです↑

私は、本当のことを言うとニケさんは、
apjさんの言い方に傷ついたのだと思うのです(あこでは書かなかったのは、問題紛糾する可能性があるから)。
勿論、ニケさんの動機は「ぶいっちゃん擁護」に尽きるのですが、
昨日のエントリーでaliceさんに以下の様にコメントしているのです。

===============
「(他ブログへコメントしたものを一部転載)

>apjさんのコメントのところを読んでいてつくづく「これは話にならないな」と思いました。論議をして溝が埋まる可能性が感じられない。
http://www.cm.kj.yamagata-u.ac.jp/blog/index.php?logid=9848#com9880

たんぽぽさんの発言
「彼らは、自分たちが、なにかの正義であり、批判されない
特権があるかのような、うぬぼれがあるみたいです。」
「それで「とんでも」を批判されたことが、なかなか受け入れられず、批判したほうが悪いと、責任転嫁をしようとするのでしょう...」

またapjさんは、
> その後、相手方がごたごた言ったところで、理が無いのは誰が見たって明らかですから、相手にしないで放っておいても、たんぽぽさんの評価が変わることはおそらく無いでしょう。たんぽぽさんに対する評価を変えた、と思い込んでいるのは、ごねてる人達だけの主観であって、その他の第三者が見れば、何を理のない主張をしてるんだか」で終わりです。相手をしないで放っておくだけで、ごねている人達の評価は自然に下がるわけで、わざわざ反論しなくても済むので楽だと思うんですけど……。」
================

そこへもってきて、poohさんちで、apjさんのつけた
コメントを見たら、やっぱり問題解決にはならない、むしろ遠のくと思ったのです。
と、言うことでちょっと差出がましく書いてしまいました。

本来ならば、私も、
あなたの最初につけたコメントのように、ニケさんには、
疑似科学とニセ科学は積集合を問題にしていることを言及していることを伝えていきたいと考えています。

いずれにしても、
ニケさんが投げかけて問題は真摯に受け止めていく必要があると考えている私です。

こちらに勝手に移して申し訳ありません。

では、、、またね。

投稿: せとともこ | 2008年6月16日 (月) 12:36

せとともこさん、今日は。

poohさんの所で続けるのは申し訳無いので、こちらとしても、その方がよろしいです。

apjさんやたんぽぽさんが過去に何を発言されたかは知りませんが、apjさんはニケさんが言及したまさに当事者であって、しかも非難の根拠として吉岡氏の説を援用したので、それは全くダメである事をapjさんが指摘するのは妥当です。

「傷付いた」かどうかは、よく判りません。

よく解らないのですが、「問題解決」とは何を指すのでしょう。解決すべき「問題」とは?

なんか、論宅さんに対して丁寧に慎重に説明するべきだ、と言われているのと同じような感じもします。

もしレスがありましたら、こちらのエントリーにお願いします⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4b57.html#comments

poohさんの所にも書きましたけど。

「水伝騒動」をほとんど知らない人は、どうすればいいんですかね。その騒動を基にして無理な一般化をする人に、どう対処すれば良いのでしょうね。

ニケさん、aliceさんやせとともこさんに対して、poohさんの所での立場がどうとか、そういう心配をなさっていますね。そういう見方をするんですねえ。立場とかそういう問題じゃ無いのに。

投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 13:15

後もう一つ。

poohさんの所で、子どもに勉強を教える事、および「教育」の喩えを出しておられますけれど、そもそも、ブログで意見を表明する事という行為についても問題になっている訳なので、そこは念頭に置いておくべきかと思います。

陰謀論批判をニセ科学批判の一部だと看做している所も、指摘してあげた方がいいんじゃないかな。

投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 13:24

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