メモ:ニセ科学の定義とか色々
覚書。思いつくまま書いてますので、むちゃくちゃな文です。
ニセ科学とは、科学的に認められていない事でありながら、それがあたかも科学的に認められた事であるかのように主張、あるいは周知されている説である。
科学とは、現象の論理構造を、観察・観測によって得られたデータを元に明らかにしていく方法、および、その方法によって得られた知識の体系の事である。
科学では、(※極めて単純化すると)仮説を設定し、そこから演繹的に導かれる命題をテストし、仮説の真偽を確かめる。他の理論や知識(最も普遍的なものは、物理科学の知識だろう)との整合性を確認しながら進められる。テスト命題が認められれば、その仮説は反証に耐えたと看做し(証明はされない)、更なる検証作業を進め、妥当性の高い仮説である事を論証していく。テスト命題が認められなければ、仮説を破棄、もしくは修正を行う。実験や観察の結果から、帰納的に仮説を構築する事もある。
パターン ※ここで「検証」とは、実験や観察によって、仮説の真偽を確かめる事を意味する。立証もしくは反証。
- 未検証の事を検証済み(立証された)と言う
- 未検証の事を検証済み(反証された)と言う
- 検証済み(立証された事)を未検証だと言う
- 検証済み(反証された事)を未検証だと言う
- 検証済み(立証された)の事を逆に(反証された)言う
- 検証済み(反証された)の事を逆に(立証された)言う
- 検証不能な事を検証(立証・反証)されたと言う。
- 検証不能な事を検証可能だと言う。
- 科学的に定義されている術語を、元々の意味を踏まえずに用い、独自の説明体系を構築する。
検証については、それが途中であり、まだ説の真偽が確定していない場合がある。いわゆるグレーゾーン。現象の構造が複雑である場合、その真偽は判断しにくい。それは未検証では無く、検証途中という事であり、また、論者によって立場が異なり、科学者のコンセンサスが得られていない。これについて「言い過ぎ」てしまうと、論理的にはニセ科学と判断出来るかも知れない(わざわざニセ科学と呼ぶ必要があるかどうか、という問題もある)。
今、ある説をニセ科学を判断したとして、将来それが立証されたとする。その場合、ニセ科学であったという評価は覆らない。ニセ科学とは、主張内容とその実態との「ずれ」の評価だからである。
ここで言う「科学的である」とは、「真である」事を意味しない。従って、ニセ科学と判断した事に対して、将来立証されるかも知れないではないかと反論するのは、当たらない。それは、真であるか否か(現象を正しく説明する理論であるか)という観点であるから、ニセ科学論とは文脈が異なる。
グレーゾーンについてちょこっと。
まず、白~黒の、グラデーションのついた「帯」を考える。
色々な人に、「白と黒の境界に線を引かせる」と、全ての人が同じ場所に線を引く事は、ありえないだろう。
しかし、ある程度の幅にそれが収まるとは考えられる。たとえば、端付近に線を引く人はいない。
------
主張されるものは何か。仮説か、理論か、効果か。仮説や理論の場合は、きちんと検証されているか、他の理論との整合はどうか、という観点から考える。効果を謳っている場合は、エビデンスを考える。データの採り方は妥当か、統計解析の方法は適切か。統計的な有意差を、実質的な差異と評価していないか。
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コメント
メモ
http://d.hatena.ne.jp/filinion/20080607/1212808091
一読では意味が取れなかったので、後ほど再読。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 8日 (日) 17:24
私はニセ科学の代表としてゲーム脳を思い浮かべるので、やはりそれについて考える訳です。
で、ニセ科学が使える技術と看做されるから支持される、という面があるとして、たとえばゲーム脳については、どの面を「技術」として捉えられるのだろうか、というのを考えるのですね。子どもをしつけるのに使える、という事? そうだとして、それが使えないものだと説得するにはどうすれば良いか、というのも思います。技術として使えると思っている人に、いかにして「技術として使えない」と説得するか。
ゲーム脳なんかは、「不安解消(概念)装置」として機能しているんじゃないかな、と思ってるんですけどね。技術的実用性云々というよりは。体感治安なんかを正当化したりね。ある意味では実用的であるけれど、「技術的」とは言えないでしょう。
うーん。
私なんかは、そもそも信じられ方は「多様である」、と考えているのですよね。だから、批判の仕方も多様であるし、また、そうであるべきだと思います。
結局、「陥りがちな罠」というのが何なのか、よく解らなかったのでした。
ところで、やっぱり、「疑似科学」と「ニセ科学」は異なった概念として捉えた方が良いだろうなあ、というのは思いますね。
科学を積極的に「擬態(poohさんの所でのFREEさんのコメントより拝借)」しない以上、それは「ニセ科学」と呼ばれる事は無いと思います(呼ぶべきでも無い)。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 8日 (日) 17:58
こんにちは、TAKESANさん。
少し。昔良く語っていた心の病気の話でも書いてみましょう。
ある患者さんが「家の館内放送が五月蠅くて眠れない」と訴える訳ですね。でもって「どういう所に住んでいるの」と聞くと普通の民家であって、館内放送設備などは無い訳です。患者さんも「自分の家に館内放送は無い」と言う訳です。でも、患者さんにしてみると「自分が寝ようとすると館内放送が始まって、五月蠅くて眠れない」訳です。
この話で大事なところは、「家に館内放送が無い」という認識と、「館内放送が五月蠅い」という認識が患者さんの中で統合出来ていないことにあるわけです。周りの人は「お前の家に館内放送など無いのだから、それが五月蠅くて眠れないというのはおかしい」と分かります。それは、2つの情報が統合出来ているからです。患者さんの症状としての問題は何かが聞こえて眠れない事よりも、それが「館内放送である」と根拠無く確信している、つまり妄想状態にある事にあるわけです。
ニセ科学批判をしていると、この「情報の統合」と言うことが上手くできなくなっている状態を感じます。多くの情報が一つの真実に基づくときには、個々の情報はそれなりの位置を見つけて落ち着くべきところに落ち着く訳です。館内放送があるのならそれが五月蠅いこともあり得るけど、館内放送が無ければ患者津産が五月蠅く感じて眠れないのは館内放送が原因ではないときちんと落ち着く訳ですね。それができなくなっている部分にニセ科学の蔓延問題の根深さがあると考えています。
投稿: 技術開発者 | 2008年6月 9日 (月) 08:50
技術開発者さん、今日は。
ニセ科学論において、技術開発者さんが仰る所の情報の統合が出来るためには、やはり「知識」が必要になるのだと考えます。
つまり、より広い体系的知識で考えてみれば矛盾だらけの説も、その知識が無い事できちんとした評価が出来ない、というのもあると。
よく書く事ですが、ニセ科学というのは、論理的にはある程度の整合性を持っていたりするのですよね。しかしそれは、他の知識や理論を全く無視しなければならない。そして、その知識をそもそも知らなければ、無視している事に気が付かない、というのがあるのだと思います。
たとえばビリーバーなんかは、論理的合理的な思考が出来ない、と言うよりは、開かれた態度を採らないという「態度」が問題なんだと考えています。そこに至った経緯や、ものの考え方は、十人十色でしょうから、個別に見ていかないといけないのですよね。
------
最近話題の、携帯電話でポップコーンを作る、という話⇒http://b.hatena.ne.jp/entry/http://labaq.com/archives/51035475.html
▼▼▼引用▼▼▼
xevra 科学的には妥当性を感じないトンデモ。ただ、ケータイの電波は人体には有害だろうからその注意喚起のために使うならいいんじゃない?
▲▲引用終了▲▲
これはひどい。
ゲーム脳はトンデモだが、ゲームが人間に何らかの影響は与えるだろうからいいんじゃない? と言うのと同じじゃない?
---
ところで、「携帯電話でポップコーンが作れる」と、「携帯電話の電波でポップコーンが作れる」は、等価じゃ無いよね。
観尽くした訳じゃ無いから解らないけれど、そもそも、動画投稿した人が、「電波で作れる」と言ったの?
もしケータイの電波で作ると言うなら、ポップコーンの素を袋から出す所から撮影して、バイブ機能を切った携帯で、透明なテーブルの上で、横に振動を感知する小さな物体なりを置いて作る、というのくらいはしてもいいよね。
動画を投稿した人の「驚きよう」を見ると、意図的にタネを仕掛けて「騙そう」とした訳では無い、という気はする。定かでは無いけど。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 9日 (月) 13:09
http://jp.youtube.com/watch?v=GQr6SbYpTYM
こんなのもあった。変な燃え方。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 9日 (月) 13:20
>こんなのもあった。変な燃え方。
音声が出せないので勘違いかもしれませんが、これって発信時ではないですよね?
待機時の微弱な電波でも5台併せるとこんなことに・・・っていう感じでしょうか。
ところで、わざわざアンテナを向けていますが、電波にそんなに強い指向性があるんでしょうか?
投稿: Noe | 2008年6月 9日 (月) 13:56
Noeさん、今日は。
動画は、全部着信時ですね。
ポップコーンの代わりに温度計を置くと良いような。
▼▼▼引用▼▼▼
ところで、わざわざアンテナを向けていますが、電波にそんなに強い指向性があるんでしょうか?
▲▲引用終了▲▲
よく知りませんけれど、携帯電話単体の場合は、無いですよね、多分。
ところで、布の発火点て、結構高いですよね。上の動画、テーブルの下でなんかしてますよね。
是非ASIOSに採り上げて欲しいですね。
追記メモ
http://d.hatena.ne.jp/kidmin/20080608
投稿: TAKESAN | 2008年6月 9日 (月) 14:46
ポップコーンのトリックに関する解説。
http://www.kotaro269.com/archives/50658498.html
最後(2008年06月09日 13:38)のコメントを参照。
ありそうなことだとは思いますが、裏は取っていません。
また、言及されているWikipediaの記述は、午前5時頃に削除されていることが「変更履歴」で確認できます。削除の理由は「フェイク動画」とされています。なんだかな。
投稿: 亀@渋研X | 2008年6月 9日 (月) 15:11
亀@渋研Xさん、今日は。
あれ、ホントだ。消えてますね。
数十分前に確認した時には、まだありました。
削除の理由の意味がよく解んないですね。
これって、どこかに元ネタがありそうですね。動画で無く、やり方を示したテキストが。
誰か、「ゲームのコントローラでポップコーンが出来る」、という実験でもやってくれないかな。
懐疑的にものを考える良い教材ですね。現象として面白いので、心を掴めるし。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 9日 (月) 15:26
いまんとこのまとめをアップ。
http://shibuken.seesaa.net/article/99949934.html
あ、filinionさんのエントリへの応答が書きかけだった(汗
投稿: 亀@渋研X | 2008年6月 9日 (月) 16:43
こんにちは、TAKESANさん。
>ニセ科学論において、技術開発者さんが仰る所の情報の統合が出来るためには、やはり「知識」が必要になるのだと考えます。
>つまり、より広い体系的知識で考えてみれば矛盾だらけの説も、その知識が無い事できちんとした評価が出来ない、というのもあると。
う~ん。知識と言えば知識なんだけどね。なんていうかいわゆる「情報」としての知識と「体系」としての知識の違いみたいなものかな。ゲーム脳に関して言うと、「脳波がこうなら脳の状態はこうなっている」なんて説の内部にのみ目を向けると破綻は無かったりする訳ですね。でも「そもそも脳波とは」なんて脳波の専門家がイチャモンを付けている場合に、森さんの言っている「脳波」というのが、それまでの脳波の研究と全く整合しないということが分かる訳です。その時、森さんのいう「脳波とは」と脳波の専門家のいう「脳波とは」が全然同列には語れないという事が分かるかどうかなんですね。専門家がいう「そもそも脳波とは」には、過去に膨大な蓄積があって言っている訳ですからね。この膨大な脳波研究の蓄積の個々の知識は無くても、その全体量の差を理解する力が統合には必要なんですね。
投稿: 技術開発者 | 2008年6月 9日 (月) 16:50
>亀@渋研Xさん
なんか過冷却の話みたいだな、というのは、私も思いました。
私もポップコーンでググって、色々調べてみようかな。
------
>技術開発者さん
多分、技術開発者さんが仰っている事と同じような事を、私も考えていると思います。
それで、一番基盤になる知識が、物理科学の体系で、高校くらいまでに学ぶものですよね。
水伝なんかは、2つのアプローチがあって、物理的にあり得ないという方向と、言語論的にあり得ないという方向がありますね。「物質の振る舞い」、あるいは「言語のあり方」の、より一般的な論理から否定される訳ですね。こういうのを知っているかどうかを、「知識がある無し」と表現しています。
投稿: TAKESAN | 2008年6月 9日 (月) 17:32
こんにちは。
コメントありがとうございました。
頂いたコメントについて検証させて下さい。
TAKESANさんのコメントは便宜上「」に囲みました。
「apjさんやたんぽぽさんが過去に何を発言されたかは知りませんが、」
私も昨日のニケさんのaliceさん宛のコメントを読んで、初めてニケさんのあの走ったエントリーを理解したのです。
「apjさんはニケさんが言及したまさに当事者であって、しかも非難の根拠として吉岡氏の説を援用したので、それは全くダメである事をapjさんが指摘するのは妥当です。」
勿論、そうです。
だから私たちもあの当初は、「なぜ?」と悩んでいたのです。ご本家を持ち出した事はニケさんの認識は間違っています。
が、その原因の一つがapjさんの書き方だとしたら、
分かった以上は留意することも肝要ではないですか?
と、言いたいのです。
ただ、apjさんはニケさんのコメントを読んでいないかもしれませんね、、、
また、ここで問題を元に戻すならば、
apjさんのそもそもの発言趣旨は私も是としています。
至極当然です。
ただニケさんは、自分に「非がある」と言われたと解釈したようですね、、、、
さて、
これ以上、この問題を貴方と私でここで考察する必要はないので、「そうしたことだった」という理解で先に行きましょう。
「よく解らないのですが、「問題解決」とは何を指すのでしょう。解決すべき「問題」とは?」
ここでの「問題」とはまさに貴方が先に提示したことです。
擬似科学とニセ科学への理解。
です。
そして時間は現在と未来において。
当事者はニケさんです。
「なんか、論宅さんに対して丁寧に慎重に説明するべきだ、と言われているのと同じような感じもします。」
スルー。
感じたことは私の守備範囲ではありませんから、、
「「水伝騒動」をほとんど知らない人は、どうすればいいんですかね。その騒動を基にして無理な一般化をする人に、どう対処すれば良いのでしょうね。」
スイデン騒動ですか、、、
はぁっ、、、
実は私は既に手から離しています。
今回、ニケさんのエントリーに意見を挟んだのは、
「ニセ科学」を伝えるときの手法を導き出せないか、と思ったからです。
少なくとも、私の中では、あの騒動が発話者の啓蒙でないことを知った時点で無関係です。
(したがって、ご存知のように、すぐに自分の勘違いを謝りました)
その後、何回も私の名が出場していたようですが、、、
私自身は無縁です。
「ニケさん、aliceさんやせとともこさんに対して、poohさんの所での立場がどうとか、そういう心配をなさっていますね。そういう見方をするんですねえ。立場とかそういう問題じゃ無いのに。」
御意。
私も同様に「感じました」。
おいおい、、、と思いました。
と、言う事で、
ニセ科学を言及する時の難しさを改めて考えています。
また、ご意見いただけると嬉しく思います。
投稿: せとともこ | 2008年6月16日 (月) 13:49
今、コメントを送信したら、先のエントリーの方に、もう一つお返事がついていたので、
実は当惑しています。
(こっちに書くのは私だけ?なのですか、、、)
では、頂いたコメントについて検討します。
先の通り、「」はTAKESANさんのコメントです。
「後もう一つ。
poohさんの所で、子どもに勉強を教える事、および「教育」の喩えを出しておられますけれど、そもそも、ブログで意見を表明する事という行為についても問題になっている訳なので、そこは念頭に置いておくべきかと思います。」
ブログでの意見表明という行為、、、
そうですね。
この辺りは、私も悩んでいます。
因にあなたは、何故ブログを書いていらっしゃいますか?
私は、リアルで行っている事を伝えています。
また、実際に知り合うことなんてない方々と、こうして話すことで、自分自身の見聞を広めたいと思っています。
ゆえに、議論や討論は「より生産的」でありたいと、いつも願っています。
実際、意見表明をブログというツールで行う事は難しいですね、、、
「陰謀論批判をニセ科学批判の一部だと看做している所も、指摘してあげた方がいいんじゃないかな。」
この文の主語は私ですか?
目的語はニケさん?
言い換えるなら「せとはニケさんに、
あなたは、陰謀論批判をニセ科学批判の一部だと看做していますよ」と指摘することが望ましいということですか???
投稿: せとともこ | 2008年6月16日 (月) 14:04
「スルー」は、わざわざ書く必要は無いです。本当にスルーするのなら。感じた事は守備範囲で無い、とだけ、はっきりお書きになればよろしいです。
実は、かなり重要な部分であると思ってたんですけどね。
今2つ目のコメントを読みました。
私がブログを書いている理由は、色々です。
ブログで意見を表明するという事は、「他人に誤りを吹き込む可能性」がある、という事です。
陰謀論批判がニセ科学批判の一部だと看做す事は、基本レベルでの間違いなので、ニケさんにニセ科学論を理解して欲しいと思う方は指摘した方が良いだろう、という意味です。
後1・2回のやり取りで、この話題は終了します。
投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 14:20
ところで、「感じた事は守備範囲では無い」というご意見を見ると、ニケさんの心情を忖度するせとともこさんの意見はどう捉えたら良いのだろうな、と思います。
---
そもそも私がpoohさんの所で書いたのは、apjさんのコメントは、ニケさんのapjさんに対する直接的な非難への応答なので、その書き方についてとやかく言うのは妥当なのかな、という事だった訳ですけれど。
投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 14:41
TAKESANさん。
こんにちは。
コメントありがとうございます。
まず、頂いたコメントの順番にしたがってお返事を差し上げます。
なお、徒に議論を好むものではありませんので、
このテーマに関して後、2〜3回(もし更に生産あるものならその限りではありませんが)という設定は申し受けました。
「「スルー」は、わざわざ書く必要は無いです。本当にスルーするのなら。感じた事は守備範囲で無い、とだけ、はっきりお書きになればよろしいです。
実は、かなり重要な部分であると思ってたんですけどね。」
並びに重複テーマである以下のコメントについて。
「感じた事は守備範囲では無い」というご意見を見ると、ニケさんの心情を忖度するせとともこさんの意見はどう捉えたら良いのだろうな、と思います。」
この質問は、
具体的な例としてニケさん、
一般的な問題として討論の姿勢という二点にわたってお答えする事が妥当と思います。
まず一点目。
これに関しては、先のコメントで書きましたように、
ニケさんがどう感じたか、、、と言う直近の話題で言及するならば、
私とあなたで討論しても、問題が拡散して行くだけで、なんら得るものがありませんから、
「ニケさんは傷ついた」と思っているらしい、そういう事で先に進もう、、、と書いています。
特別にニケさんの気持ちを忖度したという思いはないのですが、仮にそのように解釈なさったのなら、
私の今後の課題として、誤読を極力さけるべく書くようにしたいと思います。
二点目。
一般論として、討論の姿勢でも原則として「感じた事」や「好悪」は、私は討論対象には致しません。
なお、論宅さんとの論争とニケさんとの論争は、スライドできるような性質のものなのですか???
私は知らなかったのすが、、、
「陰謀論批判がニセ科学批判の一部だと看做す事は、基本レベルでの間違いなので、ニケさんにニセ科学論を理解して欲しいと思う方は指摘した方が良いだろう、という意味です。」
ご教示ありがとうございます。
機会をみつけ、そのように致しますね。
最後のご意見。
「apjさんのコメントは、ニケさんのapjさんに対する直接的な非難への応答なので、その書き方についてとやかく言うのは妥当なのかな、という事だった訳ですけれど。」
はい。
そうですね、、、
と、言うことで、私は妥当ではない、
と思っています。
少なくとも、apjさんにとって、
今後の考察の一つとしておいても損はないだろうと思います。
と、言う事で。
おっとと。
ブログの意義。
ううううう〜〜〜〜む。
そうですかぁ、
TAKESANさんの認識は「「他人に誤りを吹き込む可能性」がある、という事」ですか、、、
まぁ、特殊命題と言う事で受け取っておきます。
ありがとうございました。
これからも、いろいろお教えください。
よろしくお願い致します。
投稿: せとともこ | 2008年6月16日 (月) 15:24
前半についてはよく解りませんでした。
あの、一応。
こちらの誤解なら申し訳無いのですが、もちろん、「他人に誤りを吹き込む可能性」がブログの意義の一つだ、と書いた訳では無いですよ。インターネットに主張を公開する以上そういう可能性はある、という事です。それが特殊命題、って、ちょっと読み取れませんでした。
て言うか、これって当然の話だと思っていたのですが、そうでも無いですか? 読者が不特定多数である以上、誤解を招く可能性は、常にありますよね。そんなに読み取りにくい文だったかなあ。
あ、もちろん、「誤りを吹き込む」という所、意図的か否かは関係無いですよ。
もし、「吹き込む」を、意図的に教える事だ、と読んだのでしたら、「誤りが伝達される」とか「誤りを広めてしまう」、等に読み替えて頂ければありがたいです。
これを踏まえて整理すると。
ブログに意見を書くというのは、誤りを吹き込む可能性を持っている。そして、その事についての批判は甘んじて受けなければならない。
という事です。
批判の仕方、その受け方は、ケース・バイ・ケースです。
後、私は多分、好悪とかについては、最も「書かない」類の人間だと思っています。
「感じた」事を論の対象にしないのは、不可能だとも思います。それを積極的に論じようとしたつもりも無いですけれども。
ところで、poohさんの所で議論になってたのは、そもそも何の話でしたっけ? よく解らなくなってきたんですが。
投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 16:08
取り敢えずこの話題は、後1・2ターンで終了にしますね。
投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 16:09
こんにちは。
今まで頂いたコメントの中で、今回のコメントが一番わかりました。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
読者が不特定多数である以上、誤解を招く可能性は、常にありますよね。そんなに読み取りにくい文だったかなあ。
あ、もちろん、「誤りを吹き込む」という所、意図的か否かは関係無いですよ。
もし、「吹き込む」を、意図的に教える事だ、と読んだのでしたら、「誤りが伝達される」とか「誤りを広めてしまう」、等に読み替えて頂ければありがたいです。
これを踏まえて整理すると。
ブログに意見を書くというのは、誤りを吹き込む可能性を持っている。そして、その事についての批判は甘んじて受けなければならない。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
なるほど。
それなら了解。
いや、、、突然、TAKESANさんが、
「ブログでの意見表明とは何か」と私に問われ、
私が、自分の場合をのべ、次に貴方に伺ったら、
「他人に誤りを吹き込む可能性」がある、という事」と言われたので、
なるほど、
「ブログでの意見表明は、ある場合は他人に誤りを吹き込む可能性がある」と言う事で、
これは特殊命題か、、、と思ったわけです。
が、
今回の説明でミッシングリングが見つかり、私自身は納得しました。
TAKESANさんに同意です。
そして、
だからこそ「やりがいがある」と思い、私自身は楽しんでいます。
さてさて、
くろやぎさん♪
さっきのお便り、御用はなぁ〜〜〜に。
ですね。
なんでしたっけ???
やっぱり「批判方法」に収斂していきそうですね。
批判方法。
poohさんちではきくちさんが、
半信半疑の人が対象って言われていましたが、
確かに対象が何かも大切ですね。
私の場合「子どもたち」だから、
「言い方」に拘るのかもしれいませんね、、、
もうちょっと考察を深めます。
と、言う事で、
この話は、もう終わりで私はOKです。
では、、、、またね!!!
投稿: せとともこ | 2008年6月16日 (月) 16:43
そうですね、取り敢えず、この辺で。ブログの意義に関しては、「色々です」と書いた所で説明は終了で、次の文では話題を替えたつもりでした。意義は一言では説明出来ない、と言いたかったのでした。まあ、「誤りを意図的に吹き込む」事について、「意義」なんて言い方はしませんよ(笑)
で、一つだけ、言っておきたい(説明しておきたい)事があります。
「吉岡氏を援用する」のは、ニセ科学批判を批判する上で、最高に悪い選択です。
poohさんの所で、私があれほど強い書き方をしたのは、ニケさんが、最悪の選択をしていたからです(だから、aliceさんに、ニケさんのエントリーをきちんと読んだかを伺った訳です)。
投稿: TAKESAN | 2008年6月16日 (月) 17:36
面白いエントリー⇒http://blogs.yahoo.co.jp/satsuki_327/22345505.html
必ずしも、さつきさんの主張に全面的に賛同するものではありませんが、とても興味深い論考です。
某ブクマでも指摘されていますが、私も、「疑似科学」という概念は、もっとニュートラルなもので、ある論理体系そのものへの評価に用いられる語なのではないか、と思っています。SFなんかは、疑似科学と呼べる訳ですね。
いずれにしても、参考に出来るエントリーだと思います。
投稿: TAKESAN | 2008年6月23日 (月) 13:34
こんにちは、aliceです。
せとともこさん、こうしてご挨拶するのは初めてでしょうか?こんにちは。
もう話が終わりかけのところ、遅レス&横レスすみません。
-----------
私も昨日のニケさんのaliceさん宛のコメントを読んで、初めてニケさんのあの走ったエントリーを理解したのです。
-----------
あぁ、なるほど。
私もぼや~んとは頭に引っかかっていました。何かがニケさんのかのエントリではごちゃごちゃになっていて、それはおそらく3つぐらいかな…と。
私の場合水伝騒動をリアルに知らない上、ニセ科学もつい最近知ったばかりなので、断定できる自信がなかったんですが、せとともこさんの情報からすると、ニケさんの中では
・たんぽぽさんとその発言を擁護する人
・apjさん
・apjさん以外の、ニセ科学批判者
このあたりがごっちゃになっているのだろうとは想像していました。
apjさんは…時に言い方で損してますね。もったいないことではあると思います。
投稿: alice | 2008年6月23日 (月) 15:49
あれっまた変なこと書いている。
上のコメントの
「このあたりがごっちゃになっているのだろうとは想像していました。」
は、
「このあたりがごっちゃになっていることがわかりました。」
です。
(あー、確認してから投稿すればよかった。すみません。)
投稿: alice | 2008年6月23日 (月) 15:52
aliceさん、今日は。
あー、ごめんなさい。
別のエントリーに書きましたが、ニケさんに関しては、ここでは書かないという宣言をしましたので、よろしく…。
もちろん、ニセ科学論一般について書いて頂くのは歓迎しますので。
投稿: TAKESAN | 2008年6月23日 (月) 15:56
という訳で、一般論に持っていきます。
ニセ科学批判というのは、文字通り、ニセ科学を批判するという条件で繋がっています。
で、論者によって、考え方も微妙に異なっています。批判の仕方とかもですね。重要なのは、ニセ科学の定義の共通了解であって、批判の仕方に関しては、一応は、別の話として捉えようとしています。
たとえば私は、ニセ科学を批判して2年近く経ちますけれど、水伝騒動の内容は、ほとんど知りません。
だから、一緒にされると、訳が解らないんですね。なんで色々なものを一括りにされるの、って。困ると言うよりも、意味が解らない、という。
陰謀論とかオカルトとかを「ニセ科学」として批判している、という思い込みも散見されます。
そういうものに関しては、それは違う、と言い続けるしか無いですね。
投稿: TAKESAN | 2008年6月23日 (月) 16:03
あっ、これはどうもすみません、失敗、失敗。
そう、お互いの論じている対象が、実は違ったものであったりすると、いつまでもいつまでもすれちがってしまいますものね。それだと虚しいから、はじめに定義が必要ということですね。
投稿: alice | 2008年6月23日 (月) 23:35
すれ違いの例は、何度も何度もあるんですよね。で、とにかく、ニセ科学という言葉の意味に共通了解が無いと始まらない、という。
実は、ニセ科学Wikiは、そういう事情もあって作られたものなんですね。ニセ科学論について的外れな非難や勘違いに基づいた検討が見られる、だからニセ科学論に関するまとめやFAQがあった方が良いのではないか、という流れでした。
ちなみに、ニセ科学という言葉をこういう意味で用いなければダメだ、という主張では無いんですね。
たとえば、きくちさんやapjさんがニセ科学という語を用いて水伝批判を展開された。そして、それを対象として、ニセ科学批判論を批判するものが出てきた。そこでは、きくちさんやapjさんが用いているのと異なった意味で「ニセ科学」という語を用い、それを前提として、批判論者を批判していた訳ですね。その一つが、オカルトをニセ科学だと看做している、という誤解だったりします。
こう使うべきだ、では無く、こう使っているのをちゃんと理解して下さい、という事なんですね。
だから、科学哲学上の境界設定問題的な文脈で、疑似科学と同義でニセ科学という語が用いられる事があっても、それが批判される訳じゃ無いんですよね。たとえば、「昨今のニセ科学(疑似科学)批判では~」として、水伝批判を出してきて、批判批判を展開する。で、昨今のもので水伝批判を絡めて批判しているのは、きくちさんやapjさんや田崎さんであるのは明らかなので、まずそこで用いられている定義を踏まえていますか、という話になるのですね。
ここら辺については、このブログの科学論カテゴリーで、色々話が出ているので、参考になるかも知れません(きくちさんやapjさんのコメントもありますので)。コンテンツが多過ぎて、読むのは面倒ですが…。※ココログフリーは、カテゴリーページは分割されないので、激しく重いです。
投稿: TAKESAN | 2008年6月24日 (火) 00:18