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2008年6月27日 (金)

実験

別に、誰に対して言う、というのでも無いですが。

水伝って、実験出来る?

実験すれば良いのでは、と言う人は、どういう風にすれば良いか、というアイデアを持ってるのかな。

もし、万人を納得させられる実験計画を立てられる、という人がいれば、是非教えて頂きたいものです。

ちなみに私は、何度も書いてますが、科学的厳密に考えると、水伝は検証不能だと思ってます。水伝の主張の内容を分析すれば、そう言わざるを得ません。

もし、こうすれば良い、というアイデアがあれば、教えて下さい。

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「科学論」カテゴリの記事

コメント

私の水伝実験の定義は以下の通りです。
「シャーレを「きれいな言葉」群と「汚い言葉」群に分け、それぞれの中で氷の結晶を成長させる。その後、「きれいな言葉」群からは、自分がきれいと思う結晶が成長しているシャーレを選択、「汚い言葉」群からは自分が汚いと思う(又は結晶が成長していない)シャーレを選択する。選択した2群を比較すると、「きれいな言葉」群にはきれいな結晶が、「汚い言葉」群には汚い結晶(又は結晶が無い)がある。
注)「きれいな言葉」群に汚い結晶があったり、「汚い言葉」群にきれいな結晶があっても、それは選択しない」

この定義なら、再現実験は可能では?

もっともこんな定義をした時点で水がなんでも知っていることにはなっていませんが。
そういう意味ではやはり検証不能か・・・

投稿: Noe | 2008年6月27日 (金) 08:54

ここでは、突っ込みモードに入ります。

江本氏側は、良い言葉は、言語に関係無く、各言語体系で良いとされている語で結晶が綺麗になる、と主張していますね。
そこで、「良い言葉(綺麗な言葉)」をいかに定義するか、という前段階が考えられなければならないと思います。

それぞれの群からきれい/汚い結晶を選び出すとすると、どっちの群であるかは事前に知っている、という事ですよね? だとすると、バイアスが掛かりますよね。

もちろんここでは、江本氏らの再現実験は不能だ、というのが前提ですね。色々明らかで無いので。
むしろ、江本氏の主張をきちんと反映した実験を1から組み立てる事は可能か、という感じかな。

たとえば、日本語を話せる人全員に、「最も”良い”と思う言葉は何ですか」、という調査を行って、完全に回答が回収出来たとして、そこで一位だったものを「良い」言葉として構わないかというと、そうでは無いのですよね。それは、その当時の言語体系と社会状況とを前提して初めて出てくるものなので。
それほどに、言語の恣意性というのは強い原理だと思います。dlitさんが指摘されたアポリアをクリアしなければなりませんね。

投稿: TAKESAN | 2008年6月27日 (金) 10:35

ポイントは主観的に選んだ「いい言葉」「悪い言葉」と、主観的に選んだ「きれいな結晶」「汚い結晶」ということで、設定条件も結果の解釈もどっちも自分で決めてよいって所だと思っています。
「言葉」と「結晶」の対比はほとんどトートロジー。「俺がいい言葉と言ったら、それはいいんだ!俺がきれいな結晶だと言ったら、それはきれいなんだ!!」

結局、結晶さえある程度安定的に成長させることができれば、結果をいくらでも恣意的に解釈できる"実験"だということですよね。
「サイコロを振って1が出たら俺の勝ち。1以外が出たらお前の勝ち」と決めておきながら、1が出るまでサイコロを振り続けるみたいな。

素朴な水伝信者(このお話が"いい話"だと思っている人)にはこの「恣意的に解釈」の部分が正しく認識されていない気がします。

投稿: Noe | 2008年6月27日 (金) 13:32

下手をすると、仮に、悪いと世間に周知されている言葉で「綺麗」な結晶が出来たと観察されても、「実はこれは”良い”言葉だったのだ」、と言いかねないくらいの主張なんですよね。それくらい、思いつきと後付けのオンパレード。

「阪神優勝」で綺麗な結晶が出来た、という主張は、そのおかしい部分の最たるもの、と言えるでしょうね。

投稿: TAKESAN | 2008年6月27日 (金) 14:12

TAKESANさん:

江本氏に確認しなければならないのは、水は「書いてあるのが何語なのか」をどうやって判断するかということでしょうね。

#何語か判断出来るのであれば、「水翻訳機」作って欲しいなあw

例の田崎さんの「SHINE」のお話なんかそうですな(^^;。

投稿: JosephYoiko | 2008年6月27日 (金) 17:48

JosephYoikoさん、今晩は。

田崎さんの例は秀逸ですね(元ネタがあるとか無いとか)。

まず、色んな国の感謝を意味する言葉を見せて、結晶の出来方を調べるとか。

水伝側は、「想念波動」とか持ち出しますからね…何とでも後付けで説明をして。元々破綻してるので、あんまり関係無いのに。

投稿: TAKESAN | 2008年6月27日 (金) 19:50

上にTAKESANさんが書いていること
「もちろんここでは、江本氏らの再現実験は不能だ、というのが前提ですね。色々明らかで無いので。
むしろ、江本氏の主張をきちんと反映した実験を1から組み立てる事は可能か、という感じかな。」

とたぶん同じことなのですが、実験というのは江本氏が見た現象が(もしあるとすれば)何によって生じるかを「験す」ものになるはずなので、「実験」ということをもしもやるならそのスタートは全く別の立場の人が江本氏と同じセットで同じ現象が再現できるところでなくてはならないでしょう。それを可能にするところまでは江本氏の責任です。
責任を果たさないで写真集ばかり出すのは、本人からすれば(一部の心理状態の人にのみ感応する)「ポエム」ということでしょうが、私の目からはウソをたねに本を売る詐欺に見えます。

かりに責任を果たす気になったとしたらたとえばどんなことをする必要があるかというと、
(1)顕微鏡を持って入れる氷温室がなくても家庭にある冷蔵庫の製氷室で同じことができる実験系を開発する
(2)微量成分の影響にかんする検討結果を公表する(-- 鉛を気にする人はガラスから溶出する成分にも気をつかいます。ほかに界面活性剤の影響は、とか。)
(3)凍らせる液滴の大きさ等にかんする検討結果を公表する(-- 微量成分を気にする人からみれば液量を多くする実験系に切り替える方が安全と思うでしょう。他にも水蒸気圧をコントロールするためにどこを密閉するかとかも重要ですよね、たぶん。)
などですね。apjさんがよく立証責任といわれますが、科学「実験」の世界では、他の人が(やろうとするなら)追試できるところまで持っていくのが江本氏に課せられた責任になります。

投稿: ちがやまる | 2008年6月27日 (金) 19:59

いかにも大掛かりな「実験」をしているように見せかけ、読者にインパクトを与えて科学的(潜在的にしろ)であるという印象を与えておきながら「ポエム」と言うのは、狡猾、卑怯ですね。

立証責任に関して、ある所で相も変わらず意味の解らない反論をしている人がいて、なかなか味わい深いものがあります(←ご存知無い方は、そのまま知らないでいた方が幸せです)。

水が言葉を理解するとなると、言葉の二重分節をきちんと判断出来るのですよね。恐るべし、水。

投稿: TAKESAN | 2008年6月27日 (金) 20:32

TAKESANさん
>まず、色んな国の感謝を意味する言葉を見せて、結晶の出来方を調べるとか

に関してですが,「水は語る」で英語と韓国語がやられていました.
彼は異なる結果であるが,同様な傾向であるとしています.相違点が見られたのは,語源が異なるから当然かもしれないとのことでした.

投稿: sor_a | 2008年6月27日 (金) 23:03

多分、良いという方向性があって、その中でいくつかの分類が出来る、という感じなのでしょうね。
英語には英語の傾向があるのか、とか、日本語の「ありがとう」特有の形があるのか、というのを突っ込んだらどう答えるだろうなあ。YESと答えれば、じゃあ、傾向というのはどういう基準で分けるのですか、となりますね。で、それをどう実験で確認しますか、と。
「Thank you」群と「ありがとう」群で比較しますか、なんて。

尤も、そもそもは意味に反応すると言っている訳なので、破綻するのですけれど。

投稿: TAKESAN | 2008年6月27日 (金) 23:20

江本氏のやってきていることは、ふつうの意味での再現実験はできませんよね。示されている条件が少なすぎて。
ということは、江本氏の主張を再構築してあげないと、意味のある実験をデザインできないことになります。
再構築のときも、「よい言葉」「悪い言葉」「きれい」「きたない」の類いは、あいまいすぎて基準として採用はできない。というわけで、たとえば「言葉や思念は、物質に一定時間(少なくとも数日程度)は持続する影響を与えることができる」と要約するならば、「どんな影響?」ってのがクリアされないとデザインできない。
難しいな。

やっぱり、氷結結晶というか、雪の結晶の気相成長の原理を逸脱する形状を生み出すような影響を与え得る、つまり、「音声や文字、思念による刺激を水に与えることで、中谷ダイアグラムに反する結晶が作成可能だ」というぐらいに構成するしかないのかな。これなら実験可能なんじゃないでしょうかね。

投稿: 亀@渋研X | 2008年6月28日 (土) 09:20

「水伝」を実験的に検証する、と言った場合、2通りの解釈が出来ると思います。即ち、

 1)江本氏らの行った実験を再現して、それを確か
  める。つまり追試。

 2)江本氏の主張を分析し、それをきちんと検証出
  来るような実験系を構築して確かめる。

1)は当然、条件が不明な点があり、論文が出されている訳でも無いので、科学的な手続きとして、「追試は不能」と言えます。
2)は、江本氏の主張がどのようなものか、というのを分析し、それが確認出来るような実験をデザインしなければならない訳ですが、幾度も書いているように、言語論的な難問がある事により、厳密には実験的な検証が不能な命題である、と私は考えています。

もちろん、心理学的実験のように、「良いとされている言葉」を掛けたり見せたりして結晶の出来方(物理・化学的条件を整えて。結晶の出来方の評価は、心理学的もしくは数学的に行うとして)を見る、というものを考える事は出来ますが、これは、江本氏の「主張の一部を必ず零す」事になります。ここは一番重要だと思っています。

投稿: TAKESAN | 2008年6月28日 (土) 12:51

初めまして、氷村という者です。

>TAKESANさん
>「実はこれは”良い”言葉だったのだ」

 「しかしッ!!『江本勝!!』すでにッ!」
 「一般に汚い言葉と思われていますが、意外にも、きれいな結晶を作りました。『糞』は自分の一部であり、大地に戻れば立派な肥料にもなる感謝すべき存在なのです。」などと言ってしまっています。
 ギアッチョの口癖が「クソッ!」なのは理に適っていたのですね(違

 あとはやはり「大麻」でしょうかね。8ページ余りを割いての大プッシュです。資源として注目する分には構わないのですけど、「大麻が法律で取り締まられているのは石油産業の陰謀」というのはいくら何でも、と思います。

 その他の結晶写真と照らし合わせてみて言えるのは、江本勝は「自然の産物は良い、科学技術の産物は悪い」というニューエイジ思想の典型的な特徴の持ち主だという事ですね。

>田崎さんの例は秀逸ですね(元ネタがあるとか無いとか)。

 "shine"の元ネタはこれ↓ですね。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1412214544
 英語圏の人物で、口に怪我を負ってローマ字で筆談をしていた事がポイントだそうです。


>sor_aさん
>「水は語る」で英語と韓国語がやられていました.

 水伝vol.1の時点で既に英語と韓国語が登場していますね。
 手持ちの江本勝の著書でざっと確認してみた所、他にはマレーシア語・タガログ語・ポルトガル語・フランス語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・中国語(北京語?)が登場しています。
 ここに挙げた物でポルトガル語以外の物はサンマーク文庫の「結晶物語」でカバーされています。
 「結晶物語」が約5年前の本なので、現在ではもっと増えているかも知れませんね。

投稿: 氷村 | 2008年6月28日 (土) 18:41

氷村さん、今晩は。

あー、そっか。既にやってしまってるんですねえ。まさに後付け。

ちなみに、5部は最初の方しか読んでなかったり(笑)
読もう読もうと思っていて、そのまま…。

>元ネタ
おお、マンガに同じネタがあったんですねえ。教えて頂いてありがとうございます。

水伝って、どこがどう変かを指摘するのって、実は難しかったりするんですよね。
水伝以外の別のエントリーで書いた喩えを使うと、めちゃくちゃに組み立てられたジグソーパズルのどこがおかしいかを見つけるような、そんな困難さがあります。

投稿: TAKESAN | 2008年6月28日 (土) 19:51

これは思いつきにすぎないんですが、「なぜ結晶の形と言葉に関連があると思ってしまうのか」であれば実験をデザインできそうな気がします。

別に結晶と言葉でなくてもいいのですが、対象物A群とB群を組み合わせる課題を、特別な条件なしで与えるのです。
予想としては、具体物の場合は「形状」「色彩」などの外見的特徴や、「重さ」「固さ」「手触り」「重心の偏り」などの物質的な特性の類似性で組み合わせようとするのではないか。外見的な特徴を備えない抽象概念や極小のものを混ぜた場合は、先入観や持論に基づく「印象」「連想」で組み合わせを決めようとするのではないか。
たとえば色でも形状でも言葉でも、重々しいとか堅苦しい、柔らかいといったように、物質的特性を連想可能だったりしますよね。

まあ、これも実験してみるまでもなさそうですけど(^^;;

もちろんこうした実験は、「そこに実質的な関連がない」ということを証明する実験にはなりません。ですけど、「人はそこに関連を見つけてしまうものだ」ということを示すデモンストレーションには、なるかもしれませんよね。

投稿: 亀@渋研X | 2008年6月29日 (日) 10:15

こんにちは。

「まあ、これも実験してみるまでもなさそうですけど(^^;;」(亀@渋研Xさん)

そんなことはないでしょう。枠組みや条件をもっとブラッシュアップする必要はあるでしょうけれども、心理学の方の人たちはそういうようなことをやっているわけですよね。

科学の最前線をめざさなくても、たとえば「水の音声程度の周波数の振動が氷るかどうかに影響をおよぼすか」を検討する、ということなどは、全く無意味ということはないでしょう。水の性質とは別にその実験系特有の条件が反映していたに過ぎないということがわかったとしても、それを別なところで役立たせることができるかもしれませんし。なにも結果が得られなかったとしても途中経過をしっかりやってあれば教育的意義はもちろんあるでしょう。

結局、実験というのは「何を験すか」「何を験したと考えるか」というところが一番大事で、「江本の考えが本当かを実験する」ということになると江本氏をひっぱり出してくる以外になくなってしまう、ということなんでしょう。

アマチュアサイエンスとして、水を凍らせる「科学実験」が盛んになったら、「江本教」は自然消滅(少なくとも希釈されてしまう)でしょうね。

投稿: ちがやまる | 2008年6月29日 (日) 11:43

亀@渋研Xさん、ちがやまるさん、今日は。

言葉がどのようなイメージを想起させるか、等は心理学的に面白いと思います。感性工学なんかは特にそういうアプローチを採るようにも思いますが、どうなんでしょう。

ちがやまるさん
▼▼▼引用▼▼▼
結局、実験というのは「何を験すか」「何を験したと考えるか」というところが一番大事で
▲▲引用終了▲▲
その通りですね。

水伝は、「祈りが水に与える影響」なんかを傍証にしようとしているようですが、あれも、実に曖昧な実験ですね。

投稿: TAKESAN | 2008年6月29日 (日) 12:49

「なぜ結晶の形と言葉に関連があると思ってしまうのか」
について少し考えてみたのですが.
主観的な美しさという尺度で両者を測定できるというルールがあるからかなと思いました.
適当な例で申し訳ありませんが,美しい人は優しいと思ってしまう傾向があります(光背効果).つまり,容姿に関する主観的美しさが高い対象を性格に関する主観的美しさが高い対象と対応づけてしまうという傾向があるということです.これと似た感じではないかと思いました.

また,水伝を信じる理由としては,科学っぽい見た目というのもあるかもしれませんが,もっとクリティカルなものとしてそれによって得られるメリットがあるからというのもあるかもしれません.
つまり,「水からの伝言」には,汚い言葉を使うと水の結晶が汚くなってしまうという恐怖を喚起するメッセージと,でもきれいな言葉を使えば綺麗に戻るという解決法のメッセージがあります.このことから絶対汚い言葉を使わないと言う人でなければ,この話を信じることで綺麗になれるといえます.
これは全くの絵空事ですが,水伝を知らない人を対象に,解決策のある群とない群に分けて水伝を聞かせたら両群の信じる人には差が見られるかなと思います.

投稿: sor_a | 2008年6月30日 (月) 21:56

詳しく理解しているわけではないので雑な言い方になってしまいますが、たとえばデザインやそれに隣接する世界では、色彩や形状(幾何学的な単純図形も含めて)が一定の印象というか心理的効果を与えることは、ほとんど当たり前のこととして語られています。
確か、色彩コーディネーターなんていうものの資格試験には、色彩の性格とか効果とかいったような文脈で出題もされているはずです(色彩心理学?)。
印刷物であれ立体物であれ、デザインする際には、そうしたことを念頭に置いて、言葉や主題を強化したり裏切ったりするように構成して行くわけです。

また、おそらくは音楽・音響といった分野でも音階や和声・音高変化や音量変化の使い方などで、はたまた演劇などでは所作や発声などで同様の知見が共有されているに違いありません。
いずれの分野にしても、職業的知識としては基礎レベルのものでしょうから、単なる経験的な知見ではなく、心理学などでも確かめられているだろうと思っています。

引き起こされる情動の多くは言葉で説明される(置き換えられる)わけですし、もちろん言葉にもおおまかであれ「語感」などの印象はあるわけで。
それやこれやで、先には「実験してみるまでもなさそう」なんて書いたんです。でも、ちがやまるさんの「そんなこともないでしょう」というコメントを読んで、実は文献などで典拠を確認したことはないということに気づきました(汗)。

実は、ぼくは上記のようなことについて、仕事を通してデザイナーさんたちから学んだこととして原稿にしたこともあるんです。ですが、まさか、いくらなんでも、そんな口伝みたいなものではないと思うんですよね。

だけど、いまちょっと調べたぐらいでは、それらしい心理学の文献はないなあ……。案外、現場で使われている知見は、ちゃんと確かめられたことはない「俗流心理学」みたいなものだったりして(大汗)。
だとしたら、改めて実験してみるのも意味があるかもしれません。

投稿: 亀@渋研X | 2008年6月30日 (月) 22:56

こんばんは。
ちょっと流れを切ってしまうようで申し訳ないのですが。
新発売の「水伝4」では「ありがとう」の言語数が格段に増えています(日本語含めて24ヶ国語)。こちらで話題になっているのに気づいて慌てて自分のブログでまとめてみました。
とりあえずお知らせまで。

投稿: FSM | 2008年7月 1日 (火) 00:34

sor_aさん、今晩は。

後背効果のような社会心理学的メカニズムは、あるかも知れませんね。

敢えてややこしい所に踏み込むと、美しい=良い、という信念を学習させる社会的なシステムがあるのではないか、と考える事も出来ますね。これは、より一般的なレベルの、「美しいものと良いもの」との関連付け、という文脈になりますけれど。

水伝の信じやすさに関しては、「言葉についての認識」が効いてくるのではないか、と推測しています。つまり、言語の恣意性というものに直観的にでも気付けているかどうか。結局、言葉は文脈によって意味が変わるし、それだけ切り取って云々してもしょうが無いだろう、という簡単な話な訳ですが、意外と、言われてみなければ気付きにくい所でもあります。

言霊信仰的なものへの親和性を挙げる人もいますね。ここら辺は全部推測ですから、調べてみなければ何とも言えないですが。

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亀@渋研Xさん、今晩は。

私が先に挙げた感性工学等の分野では、色々応用的な研究があるかも知れません。

「色彩心理学」という分野の専門書、私はほとんど見た事が無いのでググってみたのですが、どうやら、何とか講座、というようなものが、結構あるみたいですね。「いかにも怪しげな筆跡心理学」なんかもありますので、注意したい所ですね。
学術的にきちんとしてそうなもので、http://www.amazon.co.jp/dp/4121011694
こういう本がありました。

基本的には、心理学的な研究は色々の分野で既に行われている、と考えておいた方が良いのでしょうね。基礎から応用に亘って幅広いので、探すのが面倒ですが…。

最もシンプルな所では、人間は幾何学的にどのような形状を好む傾向があるか、という研究が考えられるでしょうね。
多分、ほとんどの人は、水伝で用いられた結晶の写真は美しいと感じたと思うんですよね。そういう所については、ある程度の普遍性がある、と私は考えています。そうであるからこそ美という概念がある、とも言えます。問題は、その普遍性がどの程度のものであるか、ですね。文化による差があるか否か、とか。

まあ、こういうのを考えていくと、美とは何か、という優れて哲学的な話題にもなってしまって手に負えないですが(笑)

------

FSMさん、今晩は。

24ヶ国語、ですか。それはまた…。

うーむ。これは、現存する言語体系の「ありがとう」を網羅して、「実験」の確からしさを演出する、という方策ですね。これだけ沢山の「ありがとう」で試して出来たんだから正しいんだろう、という説明を用いるかも知れません。

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ところで、どなたか、言語の恣意性を解りやすく説明しているWEBサイトをご存知無いでしょうか。評判の良い記号論の入門テキストがあるにはあるのですが、あれはちょっと難し過ぎるので…。
池上嘉彦氏のテキストのように解りやすいのが、WEBにあれば良いのだけれど。

記号論のテキストって、入門書レベルでも、どういう学説があって誰が誰をどのように批判して、というのが書いてあるから、初心者が読める代物では無いんですよね。哲学書なんかと同じで。

水伝批判でより重要なのは、縦の恣意性ですよね。

投稿: TAKESAN | 2008年7月 1日 (火) 01:24

亀@渋研Xさんがおっしゃっていた「実験」で思い浮かべたのは
http://ci.nii.ac.jp/naid/110000989111/
こんな感じのものでした。
こういう方法で、色と感情を示す言語との関連については昔から検討されていたみたいです。くふうするといろいろ試せそうですよね。

投稿: ちがやまる | 2008年7月 1日 (火) 11:24

ちがやまるさん、今日は。

ほう、そんな研究もあるのですね。

余談も混ぜて。
実は、私が興味を持っている事に、「人間はどのような”姿勢”や”動き”を美しいと思うか」、というのがあります。これは、武術の演武や型を評価するという所に関心がある者が、誰しも抱くものだと思います。
そして、身体運動の自然科学的合理性とその美的評価が連関するか、という所も考えています。

個人的には、そこには連関関係があって、それはある程度普遍的である、と考えています。
これは武術・身体運動カテゴリー向けの話題ですね(笑)

投稿: TAKESAN | 2008年7月 1日 (火) 13:25

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» 「水からの伝言」に書いてあること(3) [ほたるいかの書きつけ]
 TAKESANさんのところ で各国語の「ありがとう」に対して「水伝」ではどのような結晶を見せているか、というのが話題になっていたので、この際ここでまとめておく(話題に出遅れたから、というのは秘密だ)。  「水伝4」では日本語含めなんと24ヶ国語での「ありがとう」を... [続きを読む]

受信: 2008年7月 1日 (火) 00:28

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