疑似科学・ニセ科学
「疑似科学批判」のレビューを書かない:Chromeplated Rat:So-net blogにコメントしようとしたけど、ちょっと長くなったのでエントリィ。
考え方によっては、池内氏の用法が、それまでに用いられてきた「疑似科学」の用法を踏襲している所もある、と言えるのかも知れません。それこそ、占い等も疑似科学と呼ぶ、というのは、あった訳ですから。
これは私の考えですが(ある程度賛同頂けるとは思いますけれど)、昨今の(きくちさん等による)「ニセ科学(きくちさんの定義に従う)批判」というのは、それまでに用いられてきた疑似科学概念に含まれるものの内、判断がある程度明確である、「科学(とその時点で認められている知識・方法)のようで科学で無い」という部分を対象化し、切り離して捉えたものである、と言う事が出来ると思います。※私はそれを、「洗練された」と表現しますが、ここには異論もあるかも。
だからこそ、説の内容そのものでは無くて、主張のされ方をも考慮して、そのズレ方などを評価して判断を行う。それは、科学に進入した主張かどうかをまず判断する、という事。そうすれば、オカルトや宗教等を「○○科学」として批判する事(それは、科学的方法を「基準」として他文化まで評価してしまう事だから)を避けられるし、戦略的にも優れた概念であると思っています。
ここ最近、「疑似科学」を適当に使っているのをいくつか見て、最近の用いられ方、あるいは「ニセ科学」が異なる意味内容で用いられる場合がある、というのを踏まえて無いだろうな、と改めて思いました(最近のニセ科学批判が関わっているのは明らかなのに)。
そういう現状を鑑みると、「再定義」する試みというのは、ややこしいな、とは感じますね。
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コメント
当たり前のことを書くようで申し訳ないんですけど、やっぱりある程度意味の限定された言葉の定義を共有できてないと、それなりの精度の議論はできないじゃないですか。
で、これってやっぱり都度都度言葉の定義について言及したり、議論したりしていくしかないのかな、みたいに思います。面倒ですけど。
投稿: pooh | 2008年5月23日 (金) 08:10
本文の細かい言い回しを修正。文意は変わらないので、箇所は示しません。
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poohさん、今日は。
基本的には、言及する側にもある程度の責任はある、と思います。取りに行かないとどうしようも無い、と言うか。
その用法は、それまでの議論を踏まえていないのでは、と指摘したら、再定義だから云々、と言われる場合もあるので。
もちろん、それまでに議論してきた人が継続して言及する、というのは重要ですね。
wikiとか示しても、読まれなきゃ意味無いですものね。せっかくの優れたテキストなのに。
投稿: TAKESAN | 2008年5月23日 (金) 11:55