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2008年5月20日 (火)

合気を捉える

似たような事は何回も書いてるけれど。

技術としての「合気」に関しては、高岡氏による「奪制御支体重」理論が、最も妥当で優れた説明、だと思っています。これは、一般に認識されている「合気」という技法を分析し、その現象面を科学的に定義したものですね(噛み砕いて言うと、「ああ、これが合気だね」、と多くの人が納得するような説明、という事)。すなわち、「制御を奪われ(奪制御)」「体重は自分で支えている(支体重)」状態が、「合気が”掛かった”」状態。

当然、そのような現象が果たして、人文・社会科学的メカニズムを完全に排除しても、ちゃんと再現出来るか、というのが、科学的には最も重要なのですが。その意味では、高岡氏の研究は画期的なものですが、まだ不充分だ、とも言えるでしょうね(高岡氏自身、部分的な解明、という意味合いの主張をしているので、押さえておきましょう。文脈によって、主張の強さが違っていたりするけれど…)。

武術の技法の有効性というのは、汎用性如何による、と言えますからね。非協力的な相手には掛からない、体力差が大きいと掛からない、掛けるまでに時間が掛かる、等の条件は、その汎用性を低くする。そして、そういう汎用性を、「合気」という技術は果たして備えているのか、それが重要。武術界の中の人達は、その汎用性を過剰評価し、外から見る人は、過小評価しますからね。どっちもダメ。「正確に理解」しないと。

もちろん、汎用性が低いなら低いなりに、有効な局面に用いていこう、と考えれば良い訳です。で、それを見出すには、知らなくてはならないのですね。まあ、簡単に言いますと、合気でプロレスラーも自由自在に吹っ飛ばせる、とか、そういうおかしな事を言っちゃいけない、という話です。

どちらかと言うと、合気というのは、技法の稽古を通して、普遍的な、高度の身体制御を身に着ける、という面があるんですよね。身体を拘束された状態から相手を崩す、という条件があり、それを達成するために、高度な身体制御を会得せざるを得なかった、という事なのでしょう。これは、経験的に優れた方法を見出したという点で、画期的な事だと思います。実際に腕を掴むなんてあり得ない、と言う人は、そこら辺にも思いを馳せる必要がありますね(でも、ほとんど腕を掴むなんて無い、というのはその通り)。

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コメント

ちょっとしたポイント。

高度な技術を持っているからと言って、その人の説明が正しい、妥当である、とは限らない。

いかにも神秘的な概念、たとえば気などを用いて説明されれば、なんとなく疑う、というのはあるだろうけれど、それが、「なんかそれっぽい」概念で説明されると、おっ、となったり、そうなのか、と鵜呑みにする。力学的にどうとか心理学的にどう、とか。重心云々とか背中の筋肉を使って、とか。そういうのって、「科学的っぽい」説明として受け取られる。梃子の原理がどう、とかね。

少数の単純な原理での説明を行う、というのは科学の基本だけれど、無理矢理単純化して、これが原理だ、と誤解させるのは、良くない。

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私が以前から注目しているのが、大東流(琢磨会)の森氏の合気の説明(肘伸ばしの合気、というものですね、確か)。それが妥当だろう、というのでは無く、他に較べてかなり論理的な説明で、とても興味深い。もちろん、それが科学的である、と即言えるのでは無いけれど、説明の論理が、軽く触れるだけで崩れるポイントが全身に分布している、というようなものなので、明確。森氏自身、科学的な説明を心掛ける、という風に仰っている。

だけれど、事は秘伝に関するものなので、外部に対しては、「仄めかす」ような書き方になっているのですね。これは当然の話なのですが(企業秘密のようなものだから)、その事によって、検討が出来ないのですよね。もちろん、それは仕方の無い事です。武術というのは、本質的に、情報を秘匿する所のある文化なので。

何で最後だけ文体が違うんだ?

投稿: TAKESAN | 2008年5月20日 (火) 01:09

ググってたら、長野峻也氏のブログがヒット。数年ぶりくらいに読みました。

ほほう、と思った。
保江氏の本を採り上げて批判的に言及していたのですが、何と、木村達雄氏と高橋賢氏も批判。少し驚きました。私が読まない間に、色々考察が変化したのかな(途中、木村氏と高橋氏の本が出ましたしね)。

別の所でもレビューを見ましたが、保江氏の本、松井章圭氏が出ているのですね(エピソードとして)。なるほど。前は、パラパラめくったくらいだったので、もう一回、ちゃんと読んでみようかな。

長野氏のブログ⇒http://yusin6.blog77.fc2.com/blog-entry-350.html

大部分に賛成。一部は、保江氏の本を私が精読していないので、保留。一部は、メカニズムの説明に、推測的な論理が結構含まれているので、保留(仮説的論理、と捉えるべきでしょうね)。

投稿: TAKESAN | 2008年5月20日 (火) 01:38

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