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2008年5月21日 (水)

掛からない

ある武術の達人がテレビに出ていて、出演者の芸能人に軽く技を掛けようとしたら、全然掛からなかった、というのを観た事があります。※どの人物であったかは憶えているのですが、ソースを失念して記憶が曖昧になっているので、こういう書き方です。ご了承下さい。武術に興味がある者なら知らない訳が無い、というくらい著名な方。

これ、「なんだ、インチキか」、と考えてはいけないんですね。そうじゃ無くて、ある程度の協力関係が無いと、掛からない、という風にまず解釈する。相手が全く武術に興味を持ってない場合、力を抜き切って手を持ったり、技を掛けようとした瞬間に手を引っ込めたり、という事があるので、「掛けようが無い」訳ですね。たとえば、攻撃せんと襲い掛かってくるのも、ある意味「協力」な訳です。合気道なんかで、本気で掴まないと掛からない、と言われるのは、そういうのが理由だったりします。ふわっと掴むと、関節を固めていないから、そこがぐにゃっと曲がって出来ない、という風になるんですね。

そこら辺の論理を、基本的に押さえておくべきだと思います。

まあ、その次の段階としては、「相手が軽く握ってきた時にどうするか」、という考察が出来るのですが。当身を入れる、とか、関節を取る、とか、様々な答えがありますね。どんな人間にどのように掴まれても同じように掛けられるか、というのは、技法の汎用性という面からは信じたくなりますが、基本的には、過剰な信用・期待でしょう。

とは言え、軽く掴まれても、「手をくっ付ける」技術がある、と言われる事もあります。合気柔術なんかでよく出てきますね。さて、これはどのくらいの汎用性を持つか。相手が離そうという意思を持っても効くのか、等のポイントがあります。これはもう、「出来る人にしか解らない」世界。本当は、出来ると称する人が見せないといけない。現象が存在する事を示す、いわゆる立証責任みたいなものですね。

ところが、武術の世界だと、情報を秘匿するという側面がある。戦闘技術なのですから、「奥の手」を簡単に晒す事は出来ない訳です。従って、詳細を隠すという行動が、正当化される。なので、かなりややこしい。

本当は、「ふーん、出来るの。やって見せて。」と応答するのが一番なんですよ。そうやって、徒に神秘化されるのを防がないといけない。やって見せないと信用出来る訳無いでしょ、と。そもそも、人間対人間の関係で成立する現象だから、外部からの観察のみで確認する事が、ほとんど不可能。たとえば陸上競技なんかだと、パフォーマンスが視覚的に明確に評価出来るから、ある意味では遥かに厳しいのです。

「手をくっ付ける方法があるのだ」、と主張する人がいるとして、「じゃあ、どうやるんですか?」と訊くと、それは秘伝だから教えられない、となるのですね。だから、技術・主張の妥当性の確認をしようが無い。それでも、そういう技術がある事は主張され、流派の優秀性や正当性が仄めかされたりする。ややこしい。

もし出来る人がいるとしても、その説明原理やメカニズムが正しいか否かを確認しなければならないのですが、現状、それ以前の段階に留まっています。本来、情報をオープンにしないのに正当性を主張する、というのは、おかしな話なのですけれど。

ちなみに、私自身は、いつまでも手をくっ付ける、なんて事は出来ません。生理・心理的な反応によって、長くとも数秒離れない、というのはあると思いますが、今の所、倒れてもずっとくっ付いて離れない、という現象については、懐疑的です。これはもちろん、あり得ないという主張では無く、保留、という意味ですが(遠当てと一緒で、無意識的な反応でそういう現象が生起し得る、とは考えています)。

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「武術・身体運動」カテゴリの記事

コメント

ひょっとして見当違いなのかもしれないんですけど。

臨戦態勢にある(したがって、「闘う」ための動きをする)相手と、そう云う状況にない相手では、当然「身体のどこに力がかかっているか」みたいな部分は違うわけですよね? そうなると、相手が前者の状況にあるのを前提にかける技は、後者の状態にある相手にはかからない、みたいなお話なんでしょうか。

そうなると、後者の状態にある相手には技なんかかけないで素でぶん殴るのが合理的だ、みたいな話だったりするんでしょうかね。

投稿: pooh | 2008年5月21日 (水) 08:14

poohさん、お早うございます。

そうですそうです。全くそういうお話なんです。

「闘志」の在り方等によって、全身の筋収縮の具合は異なるし、生理的状態も違う。だから、本来は、そういう所が考慮されていなければならないのですね。
しかるに、一部の「幻想的」な 武術の人は、いかなる相手にでも全く同じように技が掛かる、と信じる。

当然、あり得るのかも知れませんが、それは結局、見せて貰わなければ、信じる理由は全く無い訳ですね。

で、実用性の観点から言えば、軽く掴まれたら、その手を取って関節を極めれば良いし、仮当て(相手の気を逸らしたり、身体を固める反応を誘発するための当身)をして投げる(ヴォルク・ハンの小手返しのように)のが有効だったり、というのがあるのですね。そういう意味では、そういう状態の人に、力を込めた人相手に掛ける前提の技を使ってもしょうが無い、と言えます。

世の中には、K-1の選手に軽く触れて合気を掛けて動けなくする、というお話を信じたりする人もいるので、結構まずいんですよね。ニセ科学を信じるのと似てます。て言うか、信じさせるように色々仄めかす側が悪いのですが。

投稿: TAKESAN | 2008年5月21日 (水) 11:07

TAKESANさん こんにちは。

これは渋川先生のモデルの方が元野球選手のタレントに技をかけようとしてかからなかったエピソードでしょうか。
あのシーンは普通の人が見ると「やっぱり体格差が大きいと無理なのね」って思ってしまうのが困るところですねえ。

投稿: グレートパンダー | 2008年5月21日 (水) 12:06

グレートパンダーさん、今日は。

おお、ご覧になっていましたか。そうです、その番組です。さっきググったら、その話題を採り上げていた所を見つけました。

確か、塩田先生が手を捕ろうとしたら、坂東さんが引っ込めてしまったのでしたっけ(うろ憶えです)。
ああいうのって、武術はインチキだと思っていて、しかも武術は神秘性を売りにしている、と思い込んでいる人は、「やっぱインチキか」、とか、身体の大きさが違うからなあ、となるんでしょうね。

塩田先生はご著書で(「修行」の方かな)、本気で掴まれないと掛かりにくい、とはっきり仰ってるんですけどね。

※記憶が曖昧なので、番組の描写には不正確な所があるかも知れませんので、よろしくです>皆さん

投稿: TAKESAN | 2008年5月21日 (水) 12:50

TAKESANさん こんにちは。

この状況で大東流の故佐川師だとどうだっただろうとかんがえたりします。
佐川師の鍛錬法目当てにひさしぶりに「秘伝」誌を買いました。”合気”の正体がわかった気がしました。鉄棒、ハンマー振りを毎日数千回で数十年継続。佐川師の腕は常識では考えられないほど太くなっていたとのこと。佐川師の師の武田師が腕の太さから「腕の化物か」といわれたこと。合気を使えたと誰もが認めるのが武田師、佐川師の二人だけであること。これらのことから”合気”の正体は、超鍛錬から生まれる超腕力と考えざるをえません。抵抗不可能という性質もただ単に巨大な腕力と考えれば当たり前のことです。「透明な力」という呼称も「太い腕から生み出されるすごい力」というあまりにも当たり前なことが、当たり前すぎて見えなくなっていたことの比喩と考えれば筋が通ります。
私、グレートパンダーはここに「合気=腕力」説を提唱するっ!!!!

投稿: | 2008年5月21日 (水) 16:39

おお、それは珍…もとい、新説ですね。これは一つ、前腕強化に勤しまねば。

って、『秘伝』、早く読まないと…。とっくに出てるんだった。
しかし、佐川先生の姿勢は美しいですね。高橋氏の本も、本文はあまり読まず、佐川先生の写真をひたすら観察しましたよ。

投稿: TAKESAN | 2008年5月21日 (水) 17:30

いわゆる太極拳で言う「捨己従人」という言葉がありますね。某拳法の有段者と試武をやって,それを試させていただいたことがあり,技を無効化するしくみが少し分かった気がしました。日本武術でも聴勁(この用語,日本武術だとなんというのでしょうか,概念がないかも)が完全に出来ている人は,技のかけ方や受け方が柔軟だと思います。
 異世界とやると,約束が通用しないので,無意識で,その世界に予定調和していない状況でどうするか,いろいろ発見があるとある方が仰っていたことです。合気の有段者が捌けると自信を持っていた空手の前蹴り一発で沈むことも含めて。

投稿: complex_cat | 2008年5月23日 (金) 08:14

うわあ、コメント見逃していました、すみません。今になって気付くなんて…。

>complex_catさん

聴勁に当てはまる概念、あるかな…。合気道に「合わせ」というのがありますが、これはちょっと概念が広過ぎるかな。力(あるいは「気」)の流れを感じて合わせる、という感じの説明がなされる事がありますが、この内の「感じて」という部分が、聴勁に当たるかも知れません。それを対象化して名前を付けたものは、私が知る限りでは、無いですね。

柔道経験者で武術に懐疑的な人に、技を掛けさせて貰った事もありますが、全く掛かりませんでしたね。「知らない人の方が掛からない」というのは、体験しておいた方が良いように思います。

ちなみに、塩田翁は、手が離れたらどうするか、と訊かれ、当身を入れれば良い、と仰ったそうですね。全くご尤もです。※ソース失念

投稿: TAKESAN | 2008年7月 6日 (日) 03:53

このエピソードは井上師範のものです
掛からない坂東に即当身を入れ
坂東「ずるいじゃないですか」
井上「合気道には当身も有ります」と
2chでもこの嘘情報(塩田説)を流す人がいますね~
困ったものです

投稿: 通りすがりに迷いこんだ者 | 2009年2月21日 (土) 05:57

番組に関しては、今映像が確認出来ないと何とも言えないです。私は実際に観ましたが、当然記憶が変容している可能性はあります。

いずれにしても、どちらであったか、というやり取りは、映像が無いと進みようが無いと思います。

私は、あれは絶対塩田先生だった、と頑張る気もありません。が、記憶にあるのは塩田先生です。

塩田先生説が嘘情報と断ずるのは、実際に映像を提示しながらで無いと、結局説得力は持たないと思われます。

いや、井上氏であればあったで、たとえばキャプチャ画面などが存在すれば、それは非常にありがたいのです。別に、「どっちであって欲しい」というのは無い訳ですから。

投稿: TAKESAN | 2009年2月21日 (土) 11:36

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