灰色地帯の使い分け
ある時は、
「まだちゃんと確かめられて無いんでしょ? あるかも知れないじゃない。」
となり、またある時は、
「今までの常識では説明出来ないかも知れないけど、実験で確かめられたんだから本当でしょ?」
となる。グレーゾーンには濃淡がある訳で、一様では無く、文脈によってシフトさせられるようなものでは無いんですけどね。
ゲームのルールをきちんと憶えないとね。どんなプレイが巧いか判らないし、何が反則かも判断出来ない訳です。
| 固定リンク
「科学論」カテゴリの記事
- 気感を科学的に考える(2008.07.08)
- 科学の定義(2008.07.07)
- 科学の理解度判定問題に答える(2008.07.05)
- 戯言(2008.07.04)
- 気とニセ科学(2008.07.04)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/13103/12414041
この記事へのトラックバック一覧です: 灰色地帯の使い分け:

















コメント
余裕で文章の意味が掴めないと思いますが、安心して下さい。
書いた本人も、直感をきちんと言葉に出来なかった、と思っているのです。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 00:42
なんか興味深いエントリーを見つけたんだけど、何故だか直接アクセス出来ない(←変な書き方だけど、多分、解る人には解ります)。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 17:47
たぶんおなじものをテクノラティ経由で読みました。一旦書いてひっこめたのがインデックスされちゃったんでしょうね。
どうしたものでしょうねぇ。単純にああ云うのって困るなぁ。と云うか、最近は正直ああ云うものを読むことそのものが堪えます。
> 文脈によってシフトさせられるようなものでは無いんですけどね。
と云うか、「特定の文脈において、その文脈内での評価が定まる」ようなものなのではないでしょうか。ある文脈では白に近く、別の文脈では黒に近い、と云うようなケースもあると思います(もちろんここで云う文脈は、随時変化するようなものを想定していません)。
投稿 pooh | 2008年4月 8日 (火) 19:14
poohさん、今晩は。
ああ、多分同じものですね。
書いたのが全く見かけた事も無い人、では無かったので、気に留めました。書きぶりも内容も、よく解らないなあ、というものでしたね。
本文の方、ちょっと言葉の使い方が変ですよね。整理しないまま出してはいけない…。
結局、自分が持っているバイアスによって、学問的に見ればちゃんと位置づけられるものを恣意的に動かしてしまう、という感じでしょうか。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 19:28
なんか、経緯は分かるんですけどね。ただ、感情に引きずられて本来ちゃんとした論客だったはずのひとがあの種の言説を発してしまうのを見るのは辛いです。ひどく意気消沈します。
投稿 pooh | 2008年4月 8日 (火) 22:35
僕もテクノラティで読みました。
だめですね。もう彼のことは信じないな。
テクノラティの魚拓はとったけど、とってもしょうがなかったかな
投稿 きくち | 2008年4月 8日 (火) 23:23
空気読んでなかったら申し訳ないんですが、白黒あたまとかブタ野郎がどうしたとかいうエントリのことなんでしょうか。
投稿 黒猫亭 | 2008年4月 8日 (火) 23:35
日和見主義とか魔女狩りとか書いてるエントリのことだと思ってるんですけど。
グレーゾーンがあること自体は竹内薫も力説してるはずで、なにがいかんかな。グレーゾーンのあつかいが竹内先生とは違いますが。
しかし、消したつもりでもキャッシュが残るとは恐ろしい時代です
投稿 きくち | 2008年4月 8日 (火) 23:51
>きくちさん
ああ、だったらそれですね。存じ上げない方だったのでブログを見に行ったんですが、他の記事とは随分温度が違うのでビックリしました。
たしかにあの記事を読んだだけでは、何が言いたいのかわかりませんね。何か過去に遺憾な経緯があったようですが、敢えて伺わないことに致します。
投稿 黒猫亭 | 2008年4月 8日 (火) 23:58
経緯らしい経緯は思いつきません。思いつくのは唯一、僕がときどき竹内薫批判を書くことくらいですが。
投稿 きくち | 2008年4月 9日 (水) 00:17
※たかぎFさんのブクマにも関連のがあります。
黒猫亭さん、今晩は。
>皆さん
そうですね。これです⇒http://www.technorati.jp/post/3tm%2BhZsoZCUXRUjcigrg3XFOzUUHP91nCx49KZkIoQU%3D
経緯、というのは、2つほど思い浮かびますが、よく解らないです(あの書きぶりに至った経緯)。ニセ科学批判の論調が最近になって激変したとも思えないんですけどね。なんで魔女狩りになるのか、私には不明です。ある程度でも具体的に指摘されれば、色々考察の余地はあると思うのですけれど。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 02:15
グレーゾーンというのは、ニセ科学の議論の際、かなり頻繁に出てくる考えですよね。
きくちさんが書かれた最新のエントリーは、以前から仰っている事を改めて書いた、というものだと思います。
それを見て、何故ああいう、感情の発露のようなエントリーになるのか、よく解りません(削除したのにも何らかの事情があるのかも知れない)。少なくとも、あまり論理的で無く、それまでの議論を押さえた意見にも見えません。
読んだ時、困惑に近い感じを覚えました。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 02:27
具体的に書くと、私は、「グレーゾーン」には、たとえば鍼灸やサブリミナル効果が含まれる、と考えています。
そして、それらに関しても、「主張のされ方」によって、白黒どちらかよりに位置づけられるかは異なる、と思います。サブリミナルなら、サブリミナル広告の効果を過剰に謳っているものは、黒に近いグレー(充分に研究が蓄積されていない、という点を考慮)で、感覚レベルで何らかの影響があるだろう、というのは、白だと看做す、という風に。
ニセ科学論で重要な論点の一つとして、「どのように主張されているか」、「主唱者は何を言っているか」、というのがあると考えます。それを踏まえて、ゲーム脳本を読む連載を書いた訳ですね。(一部の)ゲームは前頭前野をあまり賦活させない、というのは科学的にある程度確認されているけれども、それを「前頭葉の機能低下である」と解釈・主張した場合、ニセ科学と判断される訳ですね。他の理論体系との整合性を鑑みて。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 02:41
ああ、きくちさん。
多分、予想された「経緯」、正しいです。しかも、瀬名さんとのやり取りも影響しているようです。
ここから、特に有意義なやり取りにはなり得ないでしょうから、リンク貼ったりはしません。興味のある方は、たかぎFさんのブクマから辿ると良いかと思います。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 02:55
おはようございます。
何か「連絡」があったようなので、きちんと見られるようにいたしました。
私自身は別に問題ある投稿とは思っていませんが。感情を書き込んでいけないということはないでしょう。ええ、おっしゃるとおり、問題になさるようなことではないのですのが。
みなさんとはあまりにも根本的に考え方が違いますので、当該ブログには書き込まないだけです。はあ、それが卑怯だとか、論客ではない、と言われるなら、その通りだと思いますが。
と思いましたが、
魚拓まで取れるほど感心があるとは、、、
では、近いうちにまっとうな書き方で、意見を述べることにします。
投稿 アマサイ | 2008年4月 9日 (水) 07:02
>なんか興味深いエントリーを見つけたんだけど、
>何故だか直接アクセス出来ない。
>投稿 TAKESAN | 2008年4月 8日 (火) 17:47
うん?アップして下書きに保存してからすぐ見られたのですね。
ココログで、一度公表したら、下書きにしても読み取ることはできる、というのは知っていましたが(ええ、消したわけではない、というのはそういうことです)。
もうちょっと、肉付けしようかなと思っていたから。
投稿 アマサイ | 2008年4月 9日 (水) 07:09
連投してしまって、すいません。さらに考えてみるとそんなにね、改めてアップすることもね、ないかな。
ニセ科学批判、もうやることないでしょう、と思っているわけです。「水伝」に新たに賛同する人を叩くわけでしょう。「水伝」の亜流が出てきたら叩くわけでしょう。それって魔女狩りって思うんですけどね。
TAKESANさんのおっしゃるのはグレーゾーンじゃなくて単なる三分化です。
>きくちさん
竹内薫批判ですか?まあ、遺恨と解釈していただいても別に結構なんですけれど。グレーゾーンを持ち出すなら、竹内さんの一連の著書で、それは詳細に書いてあるわけで、それを批判しておいて(*)、「我々はニセ科学批判の際、グレーゾーンについては説明しているし」ってちゃんちゃら、おかしい。
*たしか、大方の定義は了解できるが、事例がまずい、というご指摘でしたが。
となると、ああいうわけのわからん、私の投稿になってしまうと。
ね、別に問題にすることではないでしょう。
投稿 アマサイ | 2008年4月 9日 (水) 07:32
なぜああいう書き方になるのかは、やはりわからないですね。
竹内薫氏については『トンデモ科学の・・』以来、ときおり書いているので、今になって評価を大きく変えたわけではないのですけど。むしろ、『トンデモ科学の・・』の頃よりは好意的な評価にシフトしていると思います。
「魔女狩り」っていう言葉には「冤罪」のニュアンスが含まれると思うのですが、違いますかね。
『水伝』が学校で使われなかったら、そしてテレビで好意的に取り上げられなかったら、基本は「無視」だったでしょうね。アマサイさんのおっしゃる「『水伝』の亜流」が同じような展開をたどれば、やはり徹底的にやるでしょうし、誰も見向きもしないなら無視でしょう。
それは「魔女狩り」ではないと思いますが、もっとも「魔女狩り」という言葉で何をおっしゃりたいのかによります。
それから、少なくとも僕たちがやろうとしているのは、なんでもかんでも「科学」か「ニセ科学」か判定しようとすることではないです。そういう意味では、アマサイさんのエントリーに書かれているのは僕たちのことではない
グレーゾーン問題については、僕にしろ田崎さんにしろ、ずっと以前から重要な問題として説明していますが、それでご不満ならしかたないです。
たしかに、グレーゾーンをどう扱うかは竹内氏と違います。しかし、その違いは竹内氏の最初の本からはっきりしていたわけで、今になってでてきたものでもない。
いずれにしても、ああいう書き方を「今」される理由はあまりよくわからないです。がっかりしましたが、まあそれだけだといってしまえばそれだけです。「議論」ではないですものね
投稿 きくち | 2008年4月 9日 (水) 09:52
きくちさん、こんにちは。
(確かここの家主さんはコメント投稿者同士の議論は禁止していましたね。ええ、このブログもよく拝見しています。でも、議論じゃないし、なんか不定形な引用の仕方されたし、って私が悪いんだと思いますけど。気に入らなかったら消してください)
>アマサイさんのエントリーに書かれているのは僕たちのことではない
そうお考えなら、それでよろしいと思いますよ。
>ずっと以前から重要な問題として説明していますが、それでご不満ならしかたないです。
うん、だから、根本的に認識が違うと思うわけで、同じ土俵に上がっても有益ではない。
>たしかに、グレーゾーンをどう扱うかは竹内氏と違います。
ええ、それはわかっています。
魔女狩りについては、まあ、読み手の定義で判断していただければ。
私は、そんなの、つまんない、しょうもないことだよ、ってニュアンスを込めたんですが。
悪意を感じる?
ええ、悪意はあります。やっぱり、遺恨があるんでしょうね、はい。
>まあそれだけだといってしまえばそれだけです。「議論」ではないですものね
ええ、そうです、議論は初めから放棄してますから。
あんな独り言みたいなことを取り上げられるとはね。でも、本家本元じゃなくて、論客さんのブログですから、まあ、いいのかな。
投稿 アマサイ | 2008年4月 9日 (水) 10:40
アマサイさん、お早うございます。
>それが卑怯だとか、論客ではない、と言われる
>なら、その通りだと思いますが。
論客では無い、というのは全くその通りですが、私は特に、卑怯だ、とは思っておりません。
関心は、持ちました。アマサイさんが書かれたものでしたからね。そもそも巡回ブログで頻繁に読んでいたくらいだったので、何故あのような意味の解らない文章が書かれるのか、と思った訳です。
昨日の夜確認した際にも当該エントリーは見られませんでしたので、削除した、と判断しました。どちらであっても、その事実自体に、特に関心はありません。再アップするかどうかは、ご自由だろうと思います。
▼▼▼引用▼▼▼
ニセ科学批判、もうやることないでしょう、と思っているわけです。「水伝」に新たに賛同する人を叩くわけでしょう。「水伝」の亜流が出てきたら叩くわけでしょう。それって魔女狩りって思うんですけどね。
▲▲引用終了▲▲
水伝に新たに賛同する人、という括り方が、大雑把です。どのように信じているか、それをどのように流布するか。水伝を元にして他に何か広めるような事をしているか、という所を考えないとならないでしょう。それを考慮して、どのように批判するか、というのも変わってくるかと思います。※批判=叩く では無い、という前提です。
「魔女狩り」とニセ科学批判を同一視するのなら、具体例を挙げて下さい。魔女狩りというのは、全く「何の根拠も無いのに」魔女と看做されて断罪される、という現象だったと記憶していますが、それをアナロジーに用いるという事は、ニセ科学批判にも同様の構造を見て取っている、という意味であろうかと思います。
>TAKESANさんのおっしゃるのはグレーゾーンじゃな
>くて単なる三分化です。
ここは率直に言って、意味が掴めません。
竹内氏に関しては、グレーゾーンがあると竹内氏が言っている所全体が批判されているのですか? その他の具体的な論理展開の部分等なのでは?
>ね、別に問題にすることではないでしょう。
日和見主義者やうそつき野郎という、主張や立場の方向性の評価に関わる事を書かれれば、気にはなりますよね。
------
きくちさん、お早うございます。
私は、ニセ科学批判の活動の論調が変わってきた、とは感じないんですよね。むしろ、ニセ科学概念に関して議論が進んだりして、より洗練されてきている、という印象です。
いずれにしても、魔女狩りというのは当たらない、と私も思っています。よく見られる批判ではありますけれども。
------
ああ、アマサイさんに、ちょっと伺ってみたいのですが。
たとえば、私はここで、「ゲーム脳」説をニセ科学と看做して、かなり苛烈に批判しています。こういうのも、やはり「魔女狩り」と判断なさいますでしょうか?
------
今、アマサイさんの最新のコメントを読みました。※コメントは、よほどの事が無い限りは削除しませんので、基本的に、ご自由に書いて頂いて構わないです。
>確かここの家主さんはコメント投稿者同士の議論
>は禁止していましたね。
他所と勘違いなさっています。このブログもよく拝見、という部分、本当ですか? ここをよく見ておられるなら、ここの大部分が、コメンター同士のやり取りで成り立っている、というのは知られていても良いような。
ところで、「なんか不定形な引用の仕方されたし」って、どこの事でしょう? 黒猫亭さんのコメントの事かな。黒猫亭さんのは引用では無く、確認のために印象に残りやすいワードを出されただけだと思いますけれど(別の部分の事でしたらすみません)。
>魔女狩りについては、まあ、読み手の定義で判断
>していただければ。
ここは意外ですね…。アナロジーをそんな風に使われるのは、適当では無いと思います。
遺恨が即問題になるかはよく判りませんけれど、お書きの主張は、ニセ科学批判を積極的に行っている人の多くに掛かるものになっているので、やはり気に留めざるを得ません。
>ええ、そうです、議論は初めから放棄してますから。
放棄、ですか。批判が含まれているので、そういう仰り方は、通用しにくいとは思います。
一般に、WEBでは「独り言」は成り立ちませんよね。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 11:21
TAKESANさん、こんにちは。
>一般に、WEBでは「独り言」は成り立ちませんよね。
まあ、そうですね。投稿規定については、勘違いのようですね。あれ?どこと間違えているんだろう。ここを頻繁に読んでいるのは間違いないのです。詳細に、ではありませんが。
>水伝に新たに賛同する人、という括り方が、大雑把です。
あの文章では、あれで問題ないと思いますけれど。精緻に区分けして語ることではないし。
ゲーム脳については、あまりニセ科学としての認識が流布していないように思います。マスコミの取り上げ方が十分でないのかな。そうですね、ゲーム脳はまだ批判を続けるべきですね。
三分化については、
>投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 02:41
に対してです。それ以上言及することはありません。
何か私はお答えした方がよろしいようですね。
うーん、質問がたくさんありすぎて、何を?
まあ、あの投稿をなげやりではなく、ある程度、筋を通せばいいのかな。
別に私はみなさんを、ニセ科学批判賛同者を、敵視しているわけではありませんので。それに思いの外、私のブログの読者の方がいらっしゃるようなので、その方たちにはお答えしなくてはいけませんね。
しばらく時間をください。
投稿 アマサイ | 2008年4月 9日 (水) 12:30
アマサイさんのあのエントリーは、率直に言うと、「ややこしい」訳です。具体的な指摘等はあまり無く、「何を言われているか」が判然としない。私もkikulogは読んでいるし、コメントも書く事があります。そういう意味では、言及された当事者の一人、と言えなくもないのですから、あの書きぶりを見ると、やはり、困惑するのです。
感情を込めた文章について、どう書くべきか、というのは、私などが何か申し上げる筋合いでは無いのですが、少なくとも、「論拠」は示すべきではないか、と思う次第です。
伺いたい事は、
・「魔女狩り」と「ニセ科学批判」を同一視する論理的な
根拠。
・「叩く」という概念の意味。
・「うそつき」とはどういう意味か。
ですね。後、「ニセ科学」の意味はご存知でしょうか。たとえば、右サイドバーにあるwikiをご覧になった事は、あるでしょうか。
それと。
「論客」、というのは、根拠を筋道立てて示さない意見を書かない人、という意味なのでは? そういう意味で、当該エントリーが、「論客では無い」事を示すと看做すのは、別に不当な評価でも無いでしょう。
言葉の意味なので、用いる人によって、ニュアンスが出るでしょう。これはどういう意味なのか、というのを疑問に思ったら、訊けば良いとおもいますよ。現に私は、アマサイさんに色々訊いている訳です。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 13:04
こんにちは、TAKESANさん。
以前、poohさんの所に書いた「防衛か侵略か」みたいな話を書いてみます。
あるファンタジーの最後の部分なんですね。話としては2体の神が争うのだけど神同士で争うと宇宙が壊れるので人間というか半分神みたいな代理を立てて争うなんて話で、最後に半神である主人公が相手の半神を倒すのね。その時に「これでこの世界はお前が支配するのだな」なんて相手に言われて「私は世界の支配は望まない世界の平和な一画が有ればよい」なんて答えるのね。そうすると相手が「では、何故私と戦った」と問い、「お前の支配する世界では私の望む一画の平和が守れないからだ」なんて答える訳です。なんとなく、これがずっと気になっているわけです。
なんていうか、私にせよ、きくちさんにせよ、世の中の一画で平和に科学をやっていたんだと思うんです。でもね、科学の顔をした科学でないものが社会中を跋扈したら、たぶん、我々の平和な一画すら平和で居られなくなるんだろうと思うんです。だから、「そんなの流行らせないでくれよ」と戦いを挑む見たいになっちゃう。それを、良く考えずに見ると、「支配権を求めて争っている」様にしか見えないんだろうな、なんて思います。
投稿 技術開発者 | 2008年4月 9日 (水) 13:04
>アマサイさん
オレが少し言及したのは、識らない事情を踏まえた識らない人の話であることを確認したかったからなので、それが確認出来た以上、議論に加わるような立場にはないと思います。
投稿 黒猫亭 | 2008年4月 9日 (水) 13:50
技術開発者さん、黒猫亭さん、今日は。ご説明、ありがとうございます。>黒猫亭さん
>技術開発者さん
そのファンタジー、もしかして、頭文字は「B」ではありません?(←タイトルを書いてしまうとネタバレになるので、こう書きます) 思い当たるような気が。全然違うかも知れないですが(笑)
ニセものが出回るというのは、一般的に好ましく無いですよね。で、充分実証されたかどうか、という観点で、ニセ科学かどうかは判定されるのだと思います。今ニセ科学と判断されたものが将来科学的な知識として認められる可能性はある、という部分は重要な所ですね。今きちんと認められていないものを「認められたかのように」言うのは良くない、という事ですよね。害悪を及ぼす可能性もかなりある訳ですしね。悪徳商法とかニセ医療なんかは想定しやすいですし、ゲーム脳なんかは、文化を不当に位置づける虞がある。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 15:37
こんにちは、TAKESANさん。
>今ニセ科学と判断されたものが将来科学的な知識として認められる可能性はある、という部分は重要な所ですね。
kikulogにずいぶん書いたんだけど、まあニセ科学とされると少しはややこしいけど、社会の普通の人が「不確かな話だから乗らないでおこう」とされても、まっとうな研究者は何も困らないと思うんです。なぜなら、周りが「あり得ない」と言っても気にせず自分の考えで突っ走る事ができるのが研究者の素質であり、そして「あり得ないと思っていたけどあり得るんだね」と納得させるだけの確かな実験を計画し結果を出すのが研究者のスキルだと思っているからです。
なんていうか、研究者向きの素質をそのようにし、スキルをそのようにしてきたのは、実は「健常な保守性」が保たれた社会だったんだろうと思います。もともとが容易に受け入れて貰えない社会に適応するように研究者というのは作り上げられているのだから、容易に受け入れてくれない社会でないとむしろ存在価値が発揮出来ないんじゃないかと思うんです。
ファンタジーは「T」です。文庫本で5冊くらいになる奴です。
投稿 技術開発者 | 2008年4月 9日 (水) 16:49
ありゃ、勘違いでしたね<ファンタジー
同じようなストーリーのがあるんですねえ。
技術開発者さんがよく仰る「健常な保守性」、重要な概念だと思います。なんと言うか、ちょっとの事では認めてあげないよ、的な。それがあるからこそ、科学の体系は保たれるのではないかな、と。
ちょうど、坂元章他著 『サブリミナル効果の科学』を読んだ所なのですが、実に良い本でした。仮説を実証的に検討するというプロセスを考えるのに最適な本、かも知れません。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 17:54
アマサイさんはこういうブログを書いておられたのですね。さっき知りました。↓
http://www.feecle.jp/blog/?b=amateur-scientist&n=2
この流れだと、たしかに「今」ではなくて、「前から」なのだということはわかりました。わかっても残念なだけですが。
でも、あたかもグレーゾーンを認めることが相対主義であるかのように書くのはちょっとどうかと思います。僕たちの主張は「グレーゾーンがあるからといって、ミソもクソも一緒にするのは、悪しき相対主義である」ですから。グレーゾーンと相対主義は同義でも対立概念でもなく、単に「違うもの」です。
もしかして、本当に僕たちがごく最近になってグレーゾーンの話をし始めたと思っておられるのかもしれないので、それは勘違いであると言っておく必要がありそうです。たとえば、2003年に書いた文書には既に今とまったく同じ形で(当然考えておくべきこととして)書いてあります。
TAKESANさん:
「ニセ科学かどうか」というのは、常にその時点で判断されるべきものだと思います。だから、ある時点でニセ科学だったものが、(そのままの形ではないにせよ)後にニセ科学でなくなることはあるでしょう。しかし、それが過去にニセ科学であったことを帳消しにはしないと考えています。
投稿 きくち | 2008年4月 9日 (水) 20:15
こんばんは。
kikulogにも書かせて頂きましたが、私は「ニセ科学とニセ科学以外の非科学との間のグレーゾーン」の存在を強く意識して発言しています。実際、科学と非科学の間のグレーゾーンの話だと思って読めば、トンデモブラウさんの御意見にも技術開発者さんの御意見にも殆ど違和感を感じないのですね。
ですから、読む人によっては、私が物凄く細かい点にこだわっているように見えてしまうのかもしれません。
投稿 PseuDoctor | 2008年4月 9日 (水) 22:41
>アマサイさんはこういうブログを書いておられたの
>ですね。
ですね。たかぎFさんのブクマにある関連のもの、というのはそれでした。
確か、田崎さんのページで公開されている、シンポジウムの資料(2005年のかな)にも、グレーゾーンの話は書かれていましたね。私がニセ科学について勉強し始めた頃に参考にしたものなので、印象に残っています。なるほどな、と思ったものです⇒http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/events/JPSsympo0306.html
---
えっと、誤解は無いと思いますが、一応。
私が上で、現在ニセ科学とされるものでも将来実証される可能性がある、と書いたのは、まさにきくちさんが仰る事を強調したかったから、ですね。すなわち、後から実証されたとしても、以前の「ニセ科学である」という評価が覆る訳では無い、という論理ですね。
仮に(仮に、です・・)、15年後くらいにゲーム脳(ここでは、前頭前野に深刻な機能低下をもたらす、という説だとします)が立証されたとしても、2008年現在の、「ゲーム脳はニセ科学である」という判断が間違っていた、とはならない訳ですね。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 22:47
上のコメントは、きくちさんへのレスです。
------
PseuDoctorさん、今晩は。
kikulogの方、トンデモブラウさんのコメント等を読んでいて、同じ事を異なる言葉で説明しているのではないのかな、と思いました。今一つ掴みきれてはいませんけれど、PseuDoctorさんが書かれたコメントと同じような印象を持ちました。
灰色は黒と看做す、よりも、灰色は白とは看做さない、というのが重要かな、と思います。
私としては、「悩む事に慣れる」のが肝要かな、と。
投稿 TAKESAN | 2008年4月 9日 (水) 22:56
うう。
kikulogの方、なんか、全く意味が解らなくなってきた。
皆さんはどうですか?
えっと。
グレーゾーンを取り敢えず黒と看做す、というのは、端的に言って、「間違い」だと思うんですけどね。そうした方が良いとか、そういう問題じゃ無い。だって、グレーと言ってるじゃないですか。白とは言えない、という結構シンプルな話だと考えているのだけれど…。
て言うか、PseuDoctorさんのせっかくのコメント、全然ちゃんと読まれて無いよね。
投稿 TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 12:49
こんにちは。
私は、リスク管理上、科学的グレーは黒にしとくのが良い、みたいな話かなと思ったんですけど。
投稿 A-WING | 2008年4月10日 (木) 13:03
ニセ科学=黒、では無い訳ですね。
灰色~黒を「白である」と言ったものが、ニセ科学。
黒は、そもそも科学的対象では無いものや、研究によって否定されたもの。で、それが白の方に行くというのは、ほぼあり得ない。
それについて、「これは白(科学的に認められたもの)である」、と主張するのが、「ニセ科学」。
黒~白のグラデーションのついた「帯」を考える。
その帯のどこに位置づけられるかを判断するのは、科学的方法。
そして、その位置付けを無視して「白い上塗りを施した」ものが、ニセ科学。
だから、帯の真ん中付近や白寄りにあるものでも、「ニセ科学」と判定される事はある。要するに、何が主張されているか、という話だから。
そして、それの研究が進み、「科学(つまり白)」と認められる事もある。白として位置付けられるという事。
でもそれは、「白で無いのに白い衣を纏わせた」事実を覆す訳では無いのですね。
こんな感じでどうでしょう?
投稿 TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 13:13
A-WINGさん、今日は。
私もそうなのかな、と思っていたのですが、トンデモブラウさんのコメントを見ると、ニセ科学という語を用いているので、今一つよく解らないのですね。
で、科学的グレーを黒にしておくのが、という事であるとしても、やはりそれは、間違いですよね。黒、というのは、そこから抜け出す事が考えにくい(だから、黒と判定する事に意味がある訳ですね。黒から抜け出す可能性がある程度あるなら、位置付ける意味が無くなりますので)というレベルの説なのですし。
投稿 TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 13:24
混乱の原因のひとつは僕が「グレーゾーン」という言葉そのものをグレーに使っていることにあるのかなとは思っています。すみません。
基本的にはグレーに使っています。
僕のブログにTAKESANさんへの返事として「気持ち」を書きましたが、歯切れ悪すぎて納得されないかたが多いかも
投稿 きくち | 2008年4月10日 (木) 19:37
きくちさん、今晩は。
ありがとうございます。
kikulogの方で頂いたお返事については、「黒と主張する人と白と主張する人が両方(ある程度の割合ずつ)いる」、というのを白だと言う場合をニセ科学と表現出来るかどうか、という所が重要な所なのでしょうね。
つまり、そういうケースが、きくちさんの仰る、「科学とニセ科学のグレーゾーン」という事だと解釈しました。
とすると、私の認識と特にずれは無いように思いました。と言うのも、私は、「濃い目のグレーから黒にかけて」を白と言っているものを「ニセ科学」と判断するべきだ、と思っているのですね。ニセという、強い価値判断を含む語を貼り付ける訳ですし。ニセという語は、切れ味の鋭い道具のようなものなので、使い所を誤ると、大変な事になるのでしょうね。
うーん、ですので、何と言うか、「科学とニセ科学の間にグレーゾーンがある」とされないくらい慎重に、「これはニセ科学だ」、という判断をすべきである、と思っていますし、そうされてきていると感じています。多分、今、「タミフルによって異常行動が引き起こされるとう説はニセ科学だ」、と言う人がいたら、「いや、それは早計だ」、となるかと思います。
尤も、前から書いているように、「主張のされ方」も関わってくるので、そこも考慮する必要があるかと思いますけれど。たとえば、血液型―性格関連説は、どの程度の関連を想定しているかによって、ニセ科学とされるかそうで無いかは変わってきますよね。
だからこそ、きくちさんが、「科学とニセ科学の間にグレーゾーンがある」という書き方をされているのを見て、あれ、と思ったのでした。
私はkikulogで、「グラデーションのついた灰色の領域がある、という感じです。」と書きましたが、その内より黒に近い部分を白と断言した場合に「ニセ科学」と看做す、という感じでしょうか。
投稿 TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 21:27
ああ、そうだ。
ニセ科学と呼べるかどうか、という話題は、以前apjさんの所でありました。「温泉の効能」の話ですね。
その時にも、色々議論がありましたね。これなんかが、「科学とニセ科学のグレーゾーン」の例の一つと言えますね。
投稿 TAKESAN | 2008年4月10日 (木) 21:39
あんまり軽々しく「ニセ科学」とは呼ばないということだと思います。
なんというか、「ニセ科学」と呼ぶためには、いろいろ調べるわけです。そのうえで、それぞれの場合について「こういうわけでニセ科学と呼んで問題なかろう」と理由が言えるものをニセ科学と呼んでいます。
EMが典型で、非常に怪しい段階でも、「おそらく効果は限定的。否定的な検証データもある。ただし、比嘉先生の言っていることは明らかにおかしい」という言い方をしていて、「ニセ科学」と言い切っていいかどうかはだいぶ長く躊躇しました。少なくとも僕にとって、これは長くグレーな問題でした。かつての文書にも「EM菌はニセ科学か?」と書いたと思います。その場合でも、「比嘉さんの言うことはおかしい」とか「比嘉さんはトンデモさん」とか言うのにそれほどの躊躇はないんです。
天羽さんが「水商売ウォッチング」をあくまでも「宣伝の中に書かれた非科学的表現の指摘」に絞っているのと、たぶん似た話だと思います
投稿 きくち | 2008年4月10日 (木) 22:37
こんばんは。
科学-非科学のグラデーションに関しては、TAKESANさんの抱かれているのと殆ど同じイメージを持っています。問題は「科学-ニセ科学」なんですけど、私はここにも(上記とは別の)グラデーションが存在すると思っています。
もう一つ座標軸を追加すれば解り易いかな。
例えば原点に「科学」を置いて、x軸を「非科学度」、y軸を「ニセ科学度」として、個々の具体例をプロットして散布図を作ってみたら面白いかもしれません。
具体例としては「水伝」「ゲーム脳」「温泉の効能」「常温核融合」etc.などが良さそうです。
プロダクト・ポートフォリオ・マトリクス(PPM)風に四分割してみても良いでしょう。名称もPseudoScience Matrix(PSM)とか名付けたりして。
まあ、この程度の事は、とっくにどなたかが考えておられるかもしれませんけれども。
>きくちさん
そうですね、言葉は使い過ぎるとどんどん意味が軽くなり変質してしまう傾向があるようです。ですから「言葉の指し示す範囲を拡張する」というような話は、最大限慎重に取り扱うべきなんですね。
それと、ニセ科学と呼ぶべきかどうかを決める時の苦労や苦悩に対して、一般の人が「単にそれを知らない」のはまだ仕方が無いとしても、一般人である事を理由に「積極的に目を背けよう」というのは、やっぱり好ましくないと考えます。
投稿 PseuDoctor | 2008年4月10日 (木) 23:32
僕も、「科学・非科学」と「科学・ニセ科学」は違う座標軸というイメージです。ただ、直交はしていない感じ、かな。
でも、確かに平面上にそれぞれの人の印象で書いてみると面白いかもしれません。人によって、「非科学」「ニセ科学」の捉え方がどれくらい違うか、わかるかも。
「これこれはニセ科学ですか」と聞かれたときに、無理に白黒つけず、わからないものは「わからない」と答えるのは重要だと思うんですよ。これはアマサイさんが完全に誤解(というか、悪意ある曲解のように思えますが)してる点ですけどね。
僕はしじゅう「よく調べてみないとなんとも言えない」と言います。あるいは、「今わかっているのはこれこれこういうことです」とだけ言うこともよくあります。
「電磁波は身体に悪いというのはニセ科学か」なんてよく訊かれるんですが、わかっていることを言う以外にないですよね。たとえば、「高圧線から出る低周波磁場の発癌性についてはIARCがGroup 2Bに分類していて、その意味は・・」というような話をするしかないわけです。
投稿 きくち | 2008年4月10日 (木) 23:57
PseuDoctorさん、今晩は。
>きくちさん、PseuDoctorさん
レス書いてたら、激しく長くなったので、エントリー起こしました⇒http://seisin-isiki-karada.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_0f4d.html
投稿 TAKESAN | 2008年4月11日 (金) 00:42
ポパーの本、確認してみたら、「にせ」じゃ無くて、「えせ」(訳者後書きにて)でした。
何という記憶の変容。
投稿 TAKESAN | 2008年4月11日 (金) 16:01
今日は。なかなか消化が難しいスレですよね。
この話はメタレベルにならざるを得ない部分があると思います。色々な理由で、白とも黒とも決められないものをグレーと呼んでいるわけですからそれを黒と言うのはやはり形容矛盾じゃないでしょうか。
それでも敢えてそれを黒と見なそうというのは、そうすることによるメリットとデメリットを秤にかけた上での一種のスローガンの様なもので、それに対しては、黒と見なせる(または見なせない)理由付けよりも、そのスローガンに賛同するかしないかが問題なのだという印象を受けました。因みに私はpseudodoctorさんと同じ理由で賛同できないです。
投稿 ネット沙代 | 2008年4月11日 (金) 18:49
ネット沙代さん、今晩は。
この問題は、実例を踏まえながらメタ次元の考察を進めて行くのが良いのでしょうね。
トンデモブラウさんは、グレーゾーンを取り敢えずニセ科学としておこう、というご意見ですけれど、ニセ科学という概念には、科学と誤認される、という条件が含まれるので、ニセ科学という言葉の捉え方そのものに齟齬があるのかな、という印象です。
投稿 TAKESAN | 2008年4月11日 (金) 20:14
こんばんは。
あちらに書いたように、今はあまり時間が無いのですが、TAKESANさんのところは気軽に書ける(既に御存知の通り、これは真剣な褒め言葉です)ので、書いてしまいましょう(笑)。
しかも、殆どきくちさん宛のコメントになってしまってTAKESANさんには二重に失礼なんですけど、お許しください。トンデモブラウさんの御意見に関しては、やはりもう少し落ち着いてからkikulogの方に書きたいと思います(もしかしたらその頃にはもう私の付け加える事は残っていないかもしれませんが)。
>きくちさん
>僕も、「科学・非科学」と「科学・ニセ科学」は違う座標軸というイメージです。
>ただ、直交はしていない感じ、かな。
うんうん、そう思います。もっと鋭角な感じですよね。直交だと「全然非科学ではないのに明らかなニセ科学である」というものもある事になってしまうけれど、そういうものはちょっと想像し難いです。
ただ、散布図を描くときの座標軸は直交していないと凄く見づらいので、一旦そこに具体例をプロットしたうえで「左上に位置するものは殆ど無いよね」「仮にあったとしても専門家の間だけで問題になるような事例っぽいね」「じゃあ、普通の人はここの存在は無視しても大丈夫そうだね」みたいな議論が出来れば良いのかな、と思ったのです。
もっと言えば、評価基準のコンセンサスが得られ、かつ、ある程度の事例数を集められれば、「非科学度」と「ニセ科学度」の相関係数を計算できますよね。その相関の強さが、先ほどの2軸間の角度を示していると思うのです(相関係数が0ならば軸は直角だし、1ならば軸は完全一致、つまり0度ですよね)。
なんか、ちょっとした研究テーマになりそうな気がしてきました。
でも、発表の場がありませんね(笑)。
>無理に白黒つけず、わからないものは「わからない」と答えるのは重要だと思うんですよ。
これも、本当にそう思います。全く分野は違うけれど、病気の診断でも同じなんですね。正直に「わからない」と言うと怒り出す人は結構いそうだけど、わかっている範囲をきちんと述べた上で「ここから先はわからない」と言うのは(勇気がいるけれども)とても大切な事です。
ああ、そうか。
私がきくちさんに妙に親近感を感じるのは、きくちさんのニセ科学に対する態度に、真面目な医者が病気に向き合う誠実さと似たものを感じるからなのでしょうね、きっと(って、何かPoohさんっぽい書き方ですね)。
投稿 PseuDoctor | 2008年4月12日 (土) 11:51
うわ、真昼間から「こんばんは」なんて書いてしまった。
やっぱり慌てている・・・
投稿 PseuDoctor | 2008年4月12日 (土) 12:02
気軽に書ける、と言って頂けるのはありがたいです。
他のコメンターの方へのコメントも歓迎ですので、よろしくです。
実は、未だに、科学~ニセ科学のグレーゾーン、というのと、それのビジュアル的なイメージが、きちんと把握出来ていなかったりします。
という訳で、もうちょっと考えてみますね。
解らない事を解らない、というのは、私も、凄く大切な事だと思っています。
投稿 TAKESAN | 2008年4月12日 (土) 13:01
これは昨日考えた事で、ちょっとした思いつきのメモ程度なので、さらっと流して下さい。
黒を白と言うのは「ニセ科学」。
では、「白を黒と言った」場合は「ニセ科学」と言えるか?
そして、具体例は挙げられるか?
投稿 TAKESAN | 2008年4月12日 (土) 13:09
あー、上のは無視して下さい。
同じ事を見方を変えただけだ。
投稿 TAKESAN | 2008年4月12日 (土) 13:45
多分、一箇所誤読していると思います。
投稿 TAKESAN | 2008年5月 4日 (日) 03:22