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2008年4月11日 (金)

再構成?

感情が、解釈の邪魔をする事があるよね。同じものでも、心のありようによって、印象が変わる。

気をつけないといけない。

もちろん、感情と認知が切り離せない事自体を、心に留めておかなくちゃならない。

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「随想」カテゴリの記事

コメント

噛み合った話になっているかどうかわかりませんが、オレが論の筋の善し悪しを言うのも似たような部分に意識があるからだと思います。

学問の分野ではどうだかわかりませんが、ネットの言説で筋の悪いものは、大概大本の対象に対する認識が歪んでいることが多いと感じます。何故その論の筋が悪いのかを構造面から読み解いていくと、何かこう「隠れた変数」みたいなものがあるとしか思えない場合が多いですよね。

特定の言説構造において論理の飛躍がある部分を視る場合、何故そこでそのような飛躍があるのかということを考えると、勿論合目的的な強弁だったり詭弁だったりということもあるんでしょうけれど、より素朴に本人の中で飛躍が意識されていないということが多いと思うんです。

では何故意識されないのかと考えると、「隠れた変数」があるからではないか、つまり文面に表れない媒介項があるんではないか、と想像したりするわけです。以前自分のところでも同じような話をしましたけれど、それは感情であったり利害であったりという個人性のバイアスで、そこが明言されていない(不都合であったり意識されなかったりするから)為に第三者視点における論理は破綻しているように見えるけれど、本人視点では整合する論理があるんじゃないか、と思うことがよくあります。

まあ、こういうことを言っているから「こいつは心情を忖度する論者だ」なんて言われるわけですが(笑)、逆に謂えば、心情を忖度されるというのは、他人から視て言説単体では整合的に解釈不能な不可解なことを言っているという話なんですけどね(笑)。

投稿: 黒猫亭 | 2008年4月11日 (金) 12:34

黒猫亭さん、今日は。

普段の友人との会話なんかでも、気分によって、同じ事を他の状況の時に聞いたら解釈は変わっていただろうな、と振り返る事がありますよね。

前に書かれたものに対する読み取り方も、読み直した時の感情の状態によって、異なってきたりする。知識が蓄積された事で読み方が変わる、というのならいいのですが、そうで無い場合には、歪みとなる。

そういう場合はよくあるので、常に自分の心のありようをチェックする必要があるのではないかな、と思っています。内省ですね。

投稿: TAKESAN | 2008年4月11日 (金) 16:05

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